体重と不妊、二重の偏見――治療を遠ざける現実

不妊は、35歳未満では12か月、35歳以上では6か月、避妊をせずに性交渉を持っても妊娠に至らない状態と定義され、世界的におよそ17%の成人が経験するとされます。過剰な脂肪蓄積を伴う肥満は、排卵障害やホルモンの乱れなどを背景に不妊のリスクを高めることが知られており、BMI30.0kg/m²以上の女性は、18.5〜29.9kg/m²の女性に比べ、不妊治療の成功率低下や周産期合併症を経験する確率が2倍に上るとの疫学データもあります。複数の学会ガイドラインは、肥満のある女性が不妊治療を受ける際、減量を主要な治療目標のひとつとして位置づけてきました。

一方で、減量による不妊治療成績の改善効果については一貫した知見が得られておらず、どの程度の減量がどの程度の期間で必要かという知見も乏しいのが現状です。加えて、肥満と不妊はいずれも社会的なスティグマの対象になりやすい健康状態です。肥満は「本人の選択の結果」とみなされやすく、不妊は「妊娠・出産という自然な身体機能からの逸脱」として捉えられがちで、この二つを同時に経験する人々は複合的な偏見にさらされるリスクを抱えています。Obesity Reviews誌に2026年に掲載されたスコーピングレビュー(doi:10.1111/obr.70213)は、こうした人々が不妊治療の現場でどのような経験をしているのかを、既存の質的研究・横断研究から整理して明らかにしています。

方法──6つのデータベースから13研究を抽出

PRISMA拡張版のスコーピングレビュー指針(PRISMA-ScR)に基づき、2024年7月17日にMedline、Embase、CINAHL、PsycInfo、Scopus、Proquest Theses and Dissertationsの6データベースが検索されました。検索語には「肥満」「不妊」「経験」に加え、BMIだけでなく「大きな身体」など多様な表現が含まれています。初回検索で2724件、追跡調査でさらに742件が抽出され、スクリーニングを経て142件が全文精読の対象となり、最終的に13件の研究が採用されました。得られた知見は3名の研究者が独立してテーマ化し、当事者を含む有識者パネルが、その妥当性と今後の方向性を検討しています。

「体重のせいだ」とだけ言われて――13研究に映る共通体験

採用された13件のうち11件は質的研究、2件は横断研究でした。参加者数は質的研究で14人から249人、横断研究で302人と403人、対象国はイギリス、カナダ、ニュージーランド、アメリカ、オーストラリア、スウェーデンの6か国です。7件の研究がBMI(30.0〜35.0kg/m²以上)を主な指標として用いており、参加者が受けていた治療にはIVF、子宮内人工授精、排卵誘発、妊孕性温存治療などが含まれます。パートナーや医療専門職の視点のみを扱った研究は1件も見つかりませんでした。分析の結果、体重ばかりが強調される「教育・情報不足」、治療へのアクセスが制限される「アクセス制限」、支援が伴わない「体重管理支援の不足」、罪悪感を抱く「自己責任化」という4つのテーマが導き出されました。

「なぜ痩せるべきか」を説明されないまま、体重だけが焦点になる

5件の研究で、参加者は肥満や大きな身体が不妊と関連していることは認識していたものの、その理由については十分な説明を受けていなかったと報告しています。利用可能な治療選択肢や、体重が治療成功率にどう影響するのかについての情報不足が、大きな障壁として挙げられました。ある参加者は「34歳で体重は290ポンドでした。同じ体重のときに、3年前には1人目を妊娠していたのに」と、妊娠不可を告げられた経験を振り返っています。体重が診察のたびに話題になり、無関係な相談をしていても会話は結局体重に戻っていったという証言もありました。

体重が「入口」を閉ざす――不妊治療へのアクセス制限

10件の研究で、体重・BMI・身体の大きさが、不妊治療へのアクセスや治療の質を左右する主要な要因として語られていました。3件の研究では特にIVFにおけるBMI制限の不公平さが具体的に語られ、体重減少の目標値やその根拠が示されないまま治療の入口が閉ざされることに、参加者は不公平感を訴えました。ある参加者は、受付担当者から「BMIは54なんですよね?それなら体重を落とすまで、こちらでできることは何もありません」と言われ、相談だけでもしたいと伝えても取り合ってもらえなかった経験を語りました。BMI制限は、長年体重と向き合ってきた末にさらに直面する「もうひとつの壁」として経験されていました。

「痩せてください」で終わる指導――体重管理支援の不足

10件の研究で、参加者は減量を促されるものの、どの程度の減量がどのように治療成績向上につながるのかについて、曖昧な説明しか受けられなかったと報告しています。医療者からもほぼ全員に「痩せた方がよい」と言われる一方、実際の健康行動を尋ねられることはほとんどなく、診察は「どれだけ体重を落としたか」の確認から始まりがちでした。2件の研究では、極端な食事制限など健康を損ないかねない方法で減量を試みた例も報告されました。参加者が求めていたのは、栄養士など専門職への紹介を含む継続的な支援や、過去の取り組みを前提とした個別性のある助言であり、「BMIを落とすように」という一般的な指導の繰り返しは支援として不十分だと受け止められていました。

「自分のせい」という重荷――自己責任化される妊娠への願い

6件の研究で、参加者は妊娠を望む前に減量できなかったことへの罪悪感を語っています。大きな身体を持つ母親は「良い母親ではない」という社会的な認識や、胎児をリスクにさらすことを「選んでいる」とみなされる感覚が、複数の研究で報告されました。過去の減量の失敗を自責の念とともに振り返る参加者の姿も描かれ、医療者の言葉が「妊娠を望むこと自体が間違っている」と感じさせていたと分析した研究もありました。一方で、「自分の身体を信じること」、体重ではなく健康そのものに焦点を当てることも助言として紹介されています。

日本の不妊治療現場への含意

日本では、生殖補助医療の助成制度や各施設の受け入れ基準において、BMIに基づく独自の目安が用いられている場合があります。本レビューが示した知見は、体重に関する情報提供のあり方や、治療の可否を判断する基準の説明責任について、日本の臨床現場にも共通する論点を提起しています。臨床現場では、肥満と不妊の関連を一律に「体重の問題」として片づけるのではなく、なぜ体重が治療選択肢や妊娠経過に影響しうるのかを個々の病歴に即して説明することが、患者の納得を支える土台になり得ます。医師と患者のあいだでは、減量の助言が画一的な「痩せてください」で終わるのではなく、栄養指導や生活習慣支援につながる具体的な道筋を伴うことが望まれます。体重にまつわる説明は確率としての情報であって、当事者の意思や価値を判定するものではないという前提を、診察室で共有できるかが問われています。

研究の強みと限界

本レビューは、肥満または大きな身体と不妊を同時に経験する人々の生きた経験を横断的にまとめた、著者らの知る限り最初の研究です。肥満や不妊治療の当事者を含む有識者パネルが、テーマの解釈や今後の方向性の検討に加わった点も特徴です。一方で、スコーピングレビューという性質上、個々の研究の質は評価対象になっておらず、対象となった研究は13件と限られています。採用された研究の多くは体重スティグマに焦点を当てたものであり、不妊そのものに伴うスティグマとの関係は十分に検討されていません。13研究はいずれも女性本人の視点に限られ、パートナーやジェンダーダイバースな人々、医療専門職の視点を扱った研究は見つかりませんでした。

おわりに

本レビューが示した4つのテーマは、肥満または大きな身体を持ち不妊を経験する人々が、情報不足、アクセス制限、支援の欠如、自己責任化という重なり合う課題に直面していることを浮き彫りにしています。BMIのみに依拠した基準の妥当性や体重管理支援のあり方については、なお十分な研究の蓄積がなく、今後は患者中心の意思決定支援ツールの開発や多角的な視点からの研究が求められます。体重と不妊をめぐる経験は確率と情報の問題として扱われるべきであり、その視点が今後の臨床実践や政策形成の出発点になると考えられます。

参考文献

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7. Riggan, K. A., Rousseau, A. C., Kn, D. S., et al.『Patient Perceptions of Body Mass Index Restrictions Limiting Fertility Care for Women With High Body Mass Index』Reproductive BioMedicine Online 2023;47(2):103210. doi:10.1016/j.rbmo.2023.04.001

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卵子提供者が「本当に望んでいること」──匿名性と『その後』をめぐる37研究の声

卵子提供(oocyte donation)は、若く健康な女性にホルモン刺激と採卵を行い、その卵子を生殖補助医療(ART)に用いる医療行為です。連日の注射による卵巣刺激や複数回の超音波検査、鎮静・全身麻酔下での経腟採卵など、身体的負担の大きい侵襲的な処置を伴います。欧州IVFモニタリングコンソーシアム(EIM)の集計では、2019年に欧州40カ国で82,373件の卵子提供周期が行われ、臨床妊娠率は新鮮胚移植で50.5%、凍結胚移植で44.8%に達したと報告されています。世界的に利用は増加傾向にあり、臨床的・倫理的な課題への関心も高まっています。

卵子提供には商業的取引、利他的な無償提供、治療費の一部を軽減する「卵子シェアリング」という主要な3モデルがあり、匿名性の扱いは国によって大きく異なります。近年は消費者向け遺伝子検査サービスの普及により、ドナーの匿名性を維持すること自体の現実性が問われ始めています。2016年と2021年に発表された先行のシステマティックレビューは提供への肯定的な態度を示す一方、将来の接触への期待は十分に検討していませんでした。この空白を埋めるべく、Human Reproduction Update誌に2026年に掲載されたシステマティックレビュー(doi:10.1093/humupd/dmag020)は、PRISMAガイドラインに準拠し17カ国37件の研究を統合的に分析しています。

方法──17カ国37件の研究を、どのように選び出したか

PubMed、Embase、PsycINFO、Web of Scienceを対象に2024年5月に検索し、2025年9月に更新(PROSPERO登録番号CRD42024560246)。9,809件から重複2,691件を除き7,118件とし、抄録スクリーニングで6,885件を除外、233件の全文を評価対象としました。22件は入手不能で211件を全文スクリーニングし、174件を除外基準(英語以外、学会抄録、選択基準不適合、テーマ非該当、2005年以前の発表など)で除いた結果、37件が組み入れられました。質評価はJBIチェックリストで2名が独立に実施し、テーマ別ナラティブ・シンセシスで統合。組み入れ研究は17カ国、質的研究15件・混合研究法5件を含み、発表年は2007〜2025年です。

提供の動機は「利他」か「報酬」か──単純な二択ではなかった

37件のうち13件では「他者を助けたい」という利他的な動機が主要な理由として報告され、面識のある相手への「既知提供」で特に顕著でした。一方7件では経済的な報酬が主な理由でした。ある米国の研究(Fertil Steril誌、2010年)では80人中58.8%が金銭的利益を「非常に重要」と評価し、多くは経済的負担を抱える学生でした。

11カ国・1,423人を対象とした大規模研究(Hum Reprod誌、2014年)では、利他的動機のみが47.8%、利他と経済的動機の組み合わせが33.9%、純粋な経済的動機のみが10.8%という内訳でした。動機は単純な二項対立ではなく、多くの提供者で利他と報酬は併存していました。別の米国の研究(Fertil Steril誌、2025年)では363人中90.6%が提供を肯定的な経験として捉えていました。

匿名か、名乗るか──国によってこれほど違う「その後」の選択

匿名性への態度は国や制度によって大きく異なりました。ベルギーの研究(J Assist Reprod Genet誌、2024年)では108人中56%が、匿名性が保証されなくても提供を続けると回答した一方、15%は非匿名なら受け入れなかったとしています。南アフリカの研究(PLoS One誌、2020年)では150人中54%がID開示(将来、身元を開示する制度)を望み、34%は匿名性を望みましたが、身元開示が義務化されても79%は提供を続けると回答しており、匿名性が決定的な条件ではないことを示唆しています。

英国の研究(Hum Reprod誌、2007年)は2005年の匿名性廃止という法改正の前に匿名で提供していた75人が対象で、38人は匿名性が失われても提供を続けると答えました。フランスの研究(Reprod Biomed Online誌、2020年)では72人中71%が匿名性に肯定的で、61%は匿名性がなくても提供していたと回答した一方、子どもへの開示は39%にとどまりました。先述の米国の研究では、提供を後悔した20%(363人中)のうち45%が「匿名性が義務であったこと」を理由に挙げています。

提供者たちが本当に知りたかったこと──「その後」への渇望

8件の研究で、提供者は妊娠の成否や子どもの健康状態、性別、外見といった「その後」の情報を強く知りたいと望んでいました。スウェーデンの研究(Hum Reprod誌、2025年)では100人中95.8%が身元開示請求時の通知を望み、71.1%がドナーコンシーブドとの接触に肯定的でした。61.5%は将来の接触への支援を望んでおり、提供の結果を知らないまま過ごす提供者も一定数存在しました。

別の米国の研究(J Assist Reprod Genet誌、2019年)では36人中68.8%が自分の卵子から子どもが生まれたか把握しておらず、31.3%が少なくとも1人の出生を確認していました。出生を把握していた提供者は、いずれも肯定的あるいは家族的な感情のみを報告しています。非ID開示の提供者12人を対象とした研究(J Assist Reprod Genet誌、2025年)では、75%が「提供の事実は親からのみ子どもに伝えられるべきだ」と考えていました。

臨床現場への示唆

日本では、卵子提供に関する法整備は依然として発展途上にあり、実施は限られた医療機関を通じた枠組みの中で行われています。今回の知見は、提供前のカウンセリングで「提供後にどのような情報を、どのタイミングで共有するのか」を具体的に話し合っておくことの重要性を裏づけています。臨床現場では、身体的リスクの説明にとどまらず、将来的な接触の可能性や、遺伝子検査サービスの普及によって匿名性が保てなくなる可能性についても伝えることが求められます。提供後のフォローアップ体制の不備は複数の研究で指摘されており、相談窓口の整備が提供者の安心につながると考えられます。

研究の強みと限界

このレビューには限界があります。英語以外で発表された研究は除外されており、文化的な多様性の一部が反映されていない可能性があります。組み入れられた37件はサンプルサイズが3人から1,423人までばらつき、量的・質的・混合研究法が混在するため一般化には限界があります。データ収集のタイミングも提供後数週間から31年後までと幅広く、体系的な比較は困難でした。一方で17カ国という広範な文化的・法的背景をカバーしている点は、このレビューの大きな強みです。

おわりに

今回のシステマティックレビューは、卵子提供者の動機、匿名性や情報開示への態度、将来の接触への期待が、いずれも提供が行われる法的・社会的な文脈と密接に結びついていることを示しました。利他的な動機と経済的な動機は多くの場合併存し、匿名性への態度は国によって異なる一方、提供後の情報や接触を望む声は文化や制度を超えて共通して見られました。より充実した提供前後のカウンセリングと縦断研究が、今後の課題として指摘されています。

参考文献

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不妊治療中の生産性低下は、あらゆる疾患を上回った──34の健康問題を比較した韓国の全国調査

健康問題によって職場での労働生産性が損なわれる現象は、health-related productivity loss(HRPL)と呼ばれます。HRPLは、病気やけがのために欠勤する「アブセンティーズム(absenteeism)」と、出勤はしているものの体調不良によってパフォーマンスが落ちる「プレゼンティーズム(presenteeism)」の両方を含む包括的な指標です。人口の高齢化と慢性疾患を抱えたまま働く労働者の増加、さらに非正規雇用や単発就労といった不安定な雇用形態の広がりを背景に、雇用者や政策立案者のあいだでHRPLへの関心は高まっています。

これまでの研究の多くは、特定の診断名や大まかな疾患カテゴリーに注目したものでした。しかし実際の職場では、正式な診断の有無にかかわらず、さまざまな症状や訴えが日々の業務パフォーマンスに影響を与えています。個々の健康状態がどの程度強く生産性と関連しているかに加え、その健康状態がどれだけ多くの労働者に該当するかという有病率を同時に考慮しなければ、職場でどの健康問題を優先的に支援すべきかは見えてきません。不妊治療のように有病率は高くないものの、渦中にある人への影響は大きいと推測される健康問題は、この2つの視点を組み合わせて初めて、その位置づけが明らかになります。

こうした問いに対し、韓国労働パネル調査(Korean Labor and Income Panel Study, KLIPS)の第26波(2023年)データを用い、12,554人の労働者を対象に34種類の自己申告健康状態とHRPLとの関連、および集団レベルでの生産性損失の負担を包括的に検証した研究が発表されました(2026年、in press)。年齢・性別・職種で調整した回帰分析により、どの健康状態が個人にとって最も大きな打撃となるのか、そしてどの健康状態が労働力全体にとって最大の負担となるのかを、それぞれ独立に示した点が特徴です。

方法──全国代表サンプル12,554人を、34の健康状態で比較した

KLIPSは1998年に開始された韓国の全国代表的な世帯パネル調査で、2段階層化クラスターサンプリングにより選ばれた都市部5,000世帯・約13,300人を追跡しています。今回の分析では、HRPL・社会人口学的特性・生活習慣・職業特性・健康状態のすべての項目に回答した20歳以上の労働者12,554人が対象となりました。

HRPLは、妥当性が確認された評価尺度であるWork Productivity and Activity Impairment Questionnaire–General Health version(WPAI-GH)を用い、過去7日間の健康問題による欠勤時間、実労働時間、0〜10点で評価する業務パフォーマンスへの支障度の3項目から算出されました。アブセンティーズムは欠勤時間が予定労働時間に占める割合として、プレゼンティーズムは出勤時間のうちパフォーマンス低下によって失われた分として計算され、両者の合計がHRPLとなります。

呼吸器症状、糖尿病、がん、腰痛、抑うつ、不安、不眠、不妊治療、更年期症状など34の健康状態について、複数回答形式のチェックリストで自己申告してもらい、それぞれについて年齢・性別・職種を調整した線形回帰モデルで、その健康状態を報告した労働者と報告しなかった労働者とのHRPLの平均差(adjusted mean difference)を算出しました。さらに、各健康状態の有病率(%)と調整後平均差(パーセンテージポイント)を掛け合わせることで、集団レベルでの生産性損失の負担(burden)を推定しています。頑健性を確認するため、フルタイム労働者7,729人に限定した感度分析、および性別による探索的な層別解析も行われました。

34疾患中、最大の個人差は不妊治療だった

12,554人全体の平均HRPLは19.0%(95%信頼区間 18.674〜19.370)で、その大半はプレゼンティーズム(平均18.7ポイント)によるものであり、アブセンティーズム(平均0.6ポイント)はごくわずかでした。つまり労働生産性の損失のほとんどは、欠勤ではなく「出勤しているのに本来の力を発揮できない」ことによって生じていたことになります。

年齢・性別・職種を調整したうえで、34の健康状態のなかで個人のHRPLと最も強く関連していたのは不妊治療で、報告した労働者は報告しなかった労働者よりもHRPLが52.18ポイント高いという結果でした。これは2位の不安(23.83ポイント)の2倍以上にあたり、抑うつ(20.43)、がん(20.23)、胃腸炎(18.36)を大きく上回る数値です。WPAI-GHは0〜100の尺度で評価されるため、52.18ポイントという差は、不妊治療を行っている期間の労働生産性が、他の労働者と比べておおむね半分近くまで落ち込んでいる可能性を示唆する、非常に大きな値といえます。

しかし社会全体で見ると、話は変わる

個人単位では最大級の影響を持つ不妊治療ですが、有病率(その状態を報告した労働者の割合)を掛け合わせた集団レベルの負担で見ると、順位は大きく入れ替わります。最も負担が大きかったのは腰痛(109.2)、次いで首・肩の痛み(85.0)、上肢または下肢の関節痛・機能障害(73.5)、疲労(61.5)で、いずれも個人レベルの関連度は不妊治療ほど強くないものの、多くの労働者が経験するありふれた症状であるために、労働力全体への影響が大きくなっていました。一方、不妊治療の集団レベル負担は0.4にとどまり、34項目中もっとも低い部類に入ります。これは、不妊治療を報告した労働者の割合そのものが少なかったためです。

この対比は、職場の健康施策を考えるうえで重要な示唆を含んでいます。「渦中にある一人ひとりへの影響の大きさ」と「労働力全体としての負担の大きさ」は、必ずしも一致しません。腰痛や疲労のような頻度の高い症状への対応と、不妊治療のように頻度は高くなくても当事者への影響が極めて大きい問題への支援は、異なる理由からそれぞれ優先度を持つといえます。

女性ではさらに際立つ、不妊治療・不安・抑うつの影響

性別による探索的な層別解析では、全体的な傾向はおおむね男女で共通していたものの、健康状態ごとの関連の強さや集団レベルの負担には違いが見られました。女性労働者では、個人レベルでHRPLと最も強く関連していたのは不妊治療、不安、抑うつであった一方、男性労働者ではがん、不安、胃腸炎が最も強い関連を示しました。また、集団レベルの負担については、多くの健康状態で女性のほうが男性よりも高い傾向がありました。これは、一部の健康状態について女性のほうが個人レベルの関連がやや強かったことに加え、多くの健康状態の有病率そのものが女性で高かったことの両方が影響していると考えられますが、負担指標は有病率と関連の強さを掛け合わせたものであり、両者の寄与は形式的に分解されていないため、この解釈は慎重に扱う必要があります。

そのほかの注目すべき所見

HRPLは60歳以上(22.4%)で20〜29歳(14.2%)より高く、高校卒以下(20.7%)は大学院卒(16.8%)より高い値を示しました。雇用形態別では正規雇用者(17.4%)に比べ、日雇い労働者(22.3%)や無給の家族従事者(23.1%)で高く、非正規・不安定就労の労働者ほど生産性損失が大きい傾向が見られました。また、余暇時間の身体活動が高い労働者はHRPLが低い一方、仕事上の身体的負荷が高い労働者はHRPLが高いという「身体活動パラドックス」に一致する対照も確認されています。

労働時間では、週35時間未満の短時間労働者でHRPLが最も高く(19.6%)、週52時間超の長時間労働者では高くなりませんでした(17.4%)。これは横断研究に特有の逆因果、すなわち健康状態の悪い労働者ほど労働時間を短縮している可能性を反映しているとみられ、フルタイム労働者7,729人に限定した感度分析でも主要な結果パターンは一貫していました。なお更年期症状は報告した労働者のほうがHRPLがやや低いという逆説的な結果(調整後平均差−4.68ポイント)を示しており、症状の重い女性がすでに離職している可能性(healthy worker survivor effect)など、横断研究ゆえの解釈の難しさを象徴する所見となっています。

臨床的意味・日本への含意

日本では、不妊治療は2022年に保険適用の範囲が拡大されましたが、通院回数の多さや排卵・移植のタイミングに合わせた急な受診の必要性など、働きながら治療を続けるうえでの負担は依然として大きいとされています。今回の結果は、不妊治療中の労働者が経験する生産性低下の大きさが、がんや抑うつを含む34の健康状態のなかでも際立って大きいことを、韓国の全国代表データという形で裏づけるものです。診察室で不妊治療と仕事の両立の相談を受ける医師にとっては、この負担が「気の持ちよう」ではなく、比較可能な形で数値化できる規模の生産性損失であるという点が、患者への説明や職場との調整を後押しする材料になり得ます。

同時に、集団レベルの負担では不妊治療の順位が低くなるという結果は、職場の健康施策が有病率の高い疾患に偏りがちであることの裏返しでもあります。臨床現場では、不妊治療のように相対的に少数の当事者に大きな影響を与える健康問題について、母数の小ささゆえに職場全体の施策から見落とされやすい構造がある可能性を踏まえた対応が求められます。

研究の強みと限界

この研究の強みは、全国代表的な大規模サンプルと妥当性の確認された尺度を用い、34種類という幅広い健康状態について、個人レベルの関連の強さと集団レベルの負担という2つの指標を同時に算出した点にあります。特に、頻度は低いが影響の大きい健康状態(不妊治療など)と、頻度は高いが個人への影響は中程度の健康状態(腰痛など)を同じ枠組みで比較できるようにした点は、優先順位づけを考えるうえで実務的な意味を持ちます。

一方で限界も複数指摘されています。横断研究であるため因果関係の方向は特定できず、更年期症状で見られた逆説的な結果はこの限界を象徴しています。健康状態とHRPLはいずれも自己申告であり、想起バイアスや社会的望ましさによる過小・過大申告の可能性があります。職場の心理社会的ストレスや組織文化といった要因は測定されておらず残余交絡の可能性が残るほか、各健康状態の重症度や罹病期間も把握されておらず、たとえば同じ「腰痛」でも軽度から重度まで一括りにされている点には注意が必要です。

おわりに

この研究は、韓国の労働者を対象に、34種類の健康状態とHRPLとの関連、およびそれぞれの集団レベルの負担を包括的に評価しました。個人レベルでは不妊治療が34項目中最大の生産性損失と関連していた一方、集団レベルの負担では腰痛や首・肩の痛みなど頻度の高い症状が上位を占めるという、視点によって優先順位が入れ替わる結果が示されました。因果関係の解明には縦断的な研究が必要とされていますが、個人への影響の大きさと集団としての負担の大きさを分けて捉える視点は、職場における健康支援の設計に新たな示唆を与えるものです。

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男性不妊の隠れた主役──炎症と酸化ストレスの悪循環

世界保健機関(WHO)は男性不妊を、避妊をせずに12か月以上性交を続けても妊娠に至らない状態のうち男性側に原因がある場合と定義しています。不妊に悩むカップルは全体の8~15%にのぼり、男性因子は単独あるいは女性因子との複合で約半数を占めます。診断技術は進歩したものの、多くの男性が今なお「原因不明(特発性)不妊」の診断を受けており、精子形成を妨げるメカニズムの全体像は十分に解明されていません。

これまでの男性不妊研究は、活性酸素種(ROS)による酸化ストレスを中心に据え、抗酸化サプリメントで是正するという枠組みが主流でした。しかし、抗精子抗体の産生やインフラマソームの活性化など免疫が関わる経路は酸化ストレスだけでは説明がつかず、抗酸化療法の効果が限定的になる例が繰り返し報告されてきました。この問いに取り組んだ総説がReproductive Medicine and Biology誌に2026年に掲載されました。2015~2025年の文献を統合し、慢性炎症を「見過ごされてきた精子機能障害の駆動因子」と位置づけた内容です(doi:10.1002/rmb2.70090)。

方法──2015~2025年の文献を、免疫と酸化ストレスの両面から統合した

PubMed、Scopus、Web of Scienceを対象に構造化検索が行われ、500件の文献が抽出されました。観察研究、症例対照研究、コホート研究、介入研究を中心に、動物実験やin vitro研究も含めて採用されています。研究デザインが多様であったため、定量的なメタ解析ではなく質的な統合(narrative synthesis)が選ばれ、PRISMAに基づく系統的なバイアスリスク評価は実施されていません。

炎症と酸化ストレスが支え合う「悪循環」

精巣は血液精巣関門(BTB)によって全身の免疫系から隔てられ、TGF-βやIL-10といった抗炎症因子と常在マクロファージが協調して防御を維持しています。この炎症は完全にゼロであるべきものではなく、精巣の細胞は生理的な範囲でIL-1、IL-6、TNF-αなどを産生し精子形成を支えています。感染症や肥満、慢性疾患でこのバランスが崩れるとマクロファージは炎症性のM1型に傾き、血液精巣関門の透過性が高まります。関門が破れると精子特異抗原が全身免疫にさらされ、抗精子抗体の産生や補体カスケードの活性化が引き起こされます。不妊男性の精漿はIFN-γ、TNF-α、IL-12、IL-18が高く調整性サイトカインが低いプロファイルを示し、精液所見の悪化やART成績不良との関連が指摘されています。

炎症と酸化ストレスの関係は一方向の連鎖ではなく双方向的です。サイトカインや免疫細胞はROSの産生を促し、ROSはインフラマソームを介して自然免疫を活性化します。ミトコンドリア由来のROSはNLRP3インフラマソームの引き金にもなるため、酸化ストレスが先に炎症を誘発する逆方向の経路も成立します。いったん成立したこのループは自己増幅的に持続し、運動率とDNAの完全性という同じ標的を攻撃し続けます。この双方向性は、酸化ストレスが免疫の活性化によって二次的に生じている男性で、抗酸化療法単独の効果が限定的になりやすいことの説明になっています。

精子を直接攻撃する、もうひとつの経路──ROSに頼らない免疫ダメージ

総説は精子への障害経路を大きく2つに整理しています。ひとつは、炎症が主にROSの産生を増幅することで作用する「ROS依存性」の経路で、白血球や精子由来のROSが脂質過酸化やDNA鎖の切断を引き起こします。もうひとつは、ROSを介さずに免疫が直接精子や生殖組織を傷つける「ROS非依存性」の経路です。

抗精子抗体(ASA)による凝集や不動化はその代表例です。凝集型のASAは精子の塊形成を誘導して前進運動率を著しく低下させ、不動化型のASAは補体活性化を介して運動を完全に停止させます。TNF-αとTRAILを介した受容体依存性アポトーシスや、HLA型に規定される自己反応性T細胞の応答もこの経路に含まれ、いずれも抗酸化療法には反応しにくいとされています。精漿中の白血球が1ミリリットルあたり100万個を超える「白血球精液症」はWHOの診断基準で、精漿IL-6が30 pg/mL超、IL-8が7000 pg/mL超であれば活動性の炎症を示すとされています。

何が炎症の引き金になるのか──前立腺炎からクラミジア、精索静脈瘤まで

炎症性の男性不妊を引き起こす要因は、内因性と外因性に大別されます。内因性の代表が前立腺炎と男性副生殖腺感染症(MAGI)で、慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群では精子濃度や運動率の低下、DNA断片化の増加が観察され、精漿IL-6やTNF-αの上昇が関与します。多くが無症状のまま持続感染するクラミジア・トラコマティスは世界で最も多い性感染症で、精巣上体炎の原因になります。精索静脈瘤も重要な要因で、不妊男性の35~40%にみられ、血流のうっ滞と低酸素が精巣の免疫調節を乱し、NLRP3インフラマソームの活性化がテストステロン産生の抑制を引き起こすと報告されています。

環境化学物質、肥満、加齢、心理的ストレス──外因性の悪循環

プラスチックの原料であるビスフェノールAやフタル酸エステルの一種DEHPは、精巣細胞のエストロゲン受容体やNF-κB経路を介して炎症を誘導します。尿中のDEHP代謝物濃度が最も高い男性は、総精子数と前進運動率が34~42%低い炎症性のプロファイルを示していました。肥満は、脂肪組織の肥大が炎症性サイトカインを増やし、アロマターゼを介したホルモンバランスの乱れを通じて精子形成を妨げる「肥満-炎症-アロマターゼ軸」が指摘されています。

父親の年齢が40歳を超えると抗精子抗体の産生とNLRP3の発現が高まる「inflammaging(炎症性老化)」が生じます。2022年のゲノムワイド関連解析ではHLA-G*01:04という多型を持つ男性でTNF-α/IL-10比が1.8倍に上昇し、精子運動率の低下がみられました。心理的なストレスや慢性的な不安、うつも、HPA軸の活性化を介して全身性の炎症と酸化ストレスを高めると考えられています。うつ状態の男性では精漿中の酸化ストレスマーカー(MDA)が高く精子無力症との関連が指摘されていますが、これは確率的な関連として理解される必要があります。

精子DNAとエピジェネティクス──次世代への影響

精子細胞のDNA修復能力は体細胞に比べて著しく限定的で、酸化損傷の修復はOGG1を中心とする塩基除去修復にとどまり、ヌクレオチド除去修復の機構が備わっていません。そのため炎症によるROS産生の増加は、修復されないまま固定される損傷リスクを押し上げ、テロメアの短縮や精子DNAのメチル化パターンの乱れを促します。こうした変化は遺伝子配列を変えずに次世代の表現型に影響しうるとされ、父親の炎症性疾患と児の自閉スペクトラム症をはじめとする神経発達症のリスク上昇との関連を示す疫学研究もありますが、これはあくまで確率の話であって、個々の家族の運命を決定づけるものではありません。

妊娠転帰と児への影響

父親側の炎症性疾患は妊娠転帰にも影響を及ぼすと報告されています。炎症性関節炎を持つ男性のパートナーでは、両親の年齢など既知の交絡因子を調整してもなお流産のリスクが高いことが示されており、全身性の炎症が精子DNAに影響し胚発生を妨げるという理論的なモデルが提唱されています。生殖器道に炎症を持つ男性の精子を用いた顕微授精(ICSI)では、修復不可能なDNA損傷が胚に持ち込まれることで流産率が高まるとも報告されています。

見えない炎症を測る──バイオマーカーの現在地

標準的な精液検査だけでは亜臨床的な炎症をとらえられません。総説は、精子DNA断片化を調べるTUNEL法(指数20.3%超で高度損傷、感度96.6%)やSCSA、精漿IL-6濃度(50 pg/mL超で活動性炎症の目安)、酸化還元電位、白血球精液症、γH2AXなどを整理していますが、いずれも炎症に特異的というよりは酸化ストレスやDNA損傷の一般的な指標にとどまり、白血球精液症のように無菌性の炎症を捉えられない指標もある点には注意が必要です。

治療戦略──抗炎症薬から精密医療まで

治療には薬物療法、免疫療法、生活習慣の改善を組み合わせた包括的なアプローチが求められています。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は精索静脈瘤や前立腺炎に伴う炎症の第一選択薬のひとつで、自己免疫性の炎症にはTNF-α中性化を目的とした生物学的製剤も有効性を示す一方、精子形成への影響も懸念され慎重な使用が求められます。オメガ3系脂肪酸や、亜鉛・セレン・ビタミンE・コエンザイムQ10による抗酸化療法は、精子DNA断片化を20~30%、運動率を12~18%改善させたと報告されています。瞑想でIL-6が20%低下した試験や、地中海式食が炎症マーカーの低下と関連していたメタ解析など、生活習慣の効果も示されています。今後は、NLRP3阻害薬や免疫プロファイルに応じた精密医療への移行が模索されています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、男性不妊の評価は精液検査を中心に行われることが多く、炎症の亜臨床的な広がりを日常的に捉える体制は十分に整っているとは言えません。今回整理された知見は、精索静脈瘤や慢性前立腺炎、クラミジア感染といった治療可能でありながら見落とされやすい炎症性の要因に注意を向ける必要性を示しています。抗酸化サプリメントだけを処方して効果が乏しい場合、その背景に炎症という別の駆動因子が隠れている可能性を検討する余地があります。ただし、いずれのバイオマーカーも標準化された臨床閾値は確立しておらず、国内での検証データも限られているため、個々の患者の病歴や所見と組み合わせた総合的な判断が求められます。

研究の強みと限界

本総説の強みは、酸化ストレス中心だった従来の男性不妊研究に対し、ROS依存性・非依存性という2つの経路を区別し、免疫が関わる機序を体系的に整理した点にあります。前立腺炎やクラミジア感染症といった治療可能な感染因子に光を当てている点も意義が大きいといえます。一方で、免疫応答は遺伝的背景や生活習慣によって個人差が大きく単一の療法があらゆる患者に有効とは限らないこと、精漿中のIL-6やIL-8に明確なカットオフ値の合意がなく標準化されたバイオマーカーが不足していること、系統的なバイアスリスク評価を実施しておらず対象文献の多くが動物実験に基づいていることが限界として挙げられます。

おわりに

男性不妊における炎症の病態生理は複雑ですが、炎症と酸化ストレスの軸への理解が深まりつつあることに加え、抗感染療法や生物学的製剤から栄養学的・行動学的介入まで治療の選択肢も広がりつつあります。今後は、長期的なコホート研究と人工知能を用いたデータ解析を通じて、病因ごとに異なるサイトカインプロファイルを特定し、個々の免疫-炎症学的な特徴に応じた治療を選ぶ、個別化された男性不妊診療への道筋が模索されています。

参考文献

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2人目を望んで、ARTに戻る夫婦は3組に1組──決め手は「凍結卵子・胚」という備え

高所得国の多くでは、この30年ほど出生率の低下が続いています。少子化の背景として、子どもを持つこと自体を望まなくなったのか、それとも希望する時期が先送りされているだけなのかは、長く議論の対象となってきました。イタリアの国立統計研究所(ISTAT)によれば、子どもを持ちたいと考えている人のうち56.1%は2人以上を希望していますが、実際の合計特殊出生率は2024年時点で1.18人にとどまっています。希望する子どもの数と実際に持てる数のあいだのこの差は「fertility gap」と呼ばれ、晩婚化・晩産化や年齢による妊孕性低下への理解不足、生殖補助医療(ART)の効果に対する過大評価などが影響していると考えられています。

世界保健機関(WHO)は、生殖年齢にある人の6人に1人が不妊を経験すると推計しており、望む家族の形を実現することを基本的な生殖に関する権利の一つと位置づけています。ARTによって最初の子どもを授かった夫婦のうち、どれくらいが2人目・3人目を目指して治療に戻り、どのような要因がその復帰を左右するのかは、これまで十分に明らかにされてきませんでした。過去の系統的レビューでは、初回出産後にARTへ復帰する割合は研究間で25%から50%までばらつきがあると報告されています。

この問いに答えるため、イタリア・ミラノの単一施設で行われた大規模コホート研究が、Human Reproduction Open誌に2026年に掲載されました(doi:10.1093/hropen/hoag063)。2010年から2020年にかけてARTで最初の子どもを授かった5852組の夫婦を2024年12月まで追跡し、誰がどのような条件のもとで治療に戻り、2人目・3人目の出産に至ったのかを検討した研究です。

方法──5852組を、最長15年にわたって追跡した

対象は、2010年1月から2020年12月のあいだにイタリア・ミラノのHumanitas不妊治療センターでARTにより最初の子ども(index birth)を授かった夫婦です。着床前遺伝学的検査(PGT-A)を行った周期や、提供配偶子を用いた周期は除外されました。女性の年齢は18歳から46歳までとされており、これはイタリアの規制上の上限に基づく基準です。最終的に5852組が解析対象となり、2024年12月まで追跡されました。

追跡期間は、最初の出産がいつ起きたかによって夫婦ごとに約4年から15年まで幅があります。最初の出産後に、卵巣刺激・凍結胚移植・凍結卵子の融解移植のいずれかを含む治療周期を1回でも開始した夫婦は「復帰群」、そうでない夫婦は「非復帰群」に分類されました。治療を伴わない診察のみの受診は非復帰群に含まれています。解析では、母親の年齢や、凍結保存されている卵子・胚の有無によって夫婦を4群(凍結なし、卵子のみ、胚のみ、卵子と胚の両方)に分け、復帰率や2人目出産率を比較しました。

3組に1組が、二人目を目指して治療に戻った

5852組のうち、1978組(33.8%)が最初の出産後にARTへ復帰し、3874組(66.2%)は復帰していませんでした。復帰した夫婦は、最初の出産時点での母親の年齢が非復帰群より若く(平均34.5±3.7歳 対 35.6±3.9歳、P<0.001)、最初の出産が双子であった割合は大きく低くなっていました(2.7%対18.1%、P<0.001)。分娩時の妊娠週数はわずかに長く(平均38.8±2.3週対38.1±2.6週、P<0.001)、男性因子による不妊の割合(45.6%対37.8%)や母児の合併症の割合(23.6%対19.5%)も復帰群でやや高くなっていましたが、いずれも差自体は大きくありませんでした。BMIや、最初の出産までの卵巣刺激周期数には差が見られませんでした。

復帰した夫婦のうち、2人目の出産に至ったのは49.3%(974組/1978組)でした。3人目を目指して治療に戻る夫婦は少数にとどまりましたが、卵子と胚の両方が保存されている場合には、3人目の出産率も50%を超えていました。復帰から2人目出産までの期間は中央値36か月(範囲9〜113か月)で、凍結保存の有無による差は見られませんでした(P=0.620)。

凍結卵子・胚があると、復帰率は最大2倍近くに

復帰のしやすさを最も強く分けていたのは、凍結保存された卵子・胚の有無でした。凍結保存された生殖材料が残っている夫婦の復帰率は41.0%であったのに対し、残っていない夫婦では23.3%にとどまり、約1.8倍の差がありました(P<0.001)。さらに保存状況を4区分に細分化すると、凍結なし群23.3%、卵子のみ保存群28.7%、胚のみ保存群41.6%、卵子と胚の両方を保存している群44.3%と、保存している生殖材料が多いほど復帰率が段階的に高くなる傾向が見られました(P<0.001)。

2人目の出産に至った割合についても、同様のパターンが確認されています。復帰した夫婦の中で2人目を出産した割合は、凍結なし群39.5%、卵子のみ保存群48.8%、胚のみ保存群50.3%、卵子と胚の両方を保存している群では64.6%に達し、保存状況による差は明確でした(P<0.001)。多変量解析でも、凍結保存された生殖材料の有無は復帰の独立した予測因子であり(調整オッズ比〔aOR〕2.21、95%信頼区間〔CI〕1.95〜2.50、P<0.001)、年齢などで調整してもこの関連はほとんど弱まりませんでした。凍結された卵子・胚は単なる治療の予備ではなく、若い時点での妊孕性そのものを保存した資源として機能していると考えられます。

双子出産だった夫婦は、復帰の可能性が9割近く低かった

多変量解析では、凍結保存された生殖材料の有無以外にも、いくつかの要因が独立してARTへの復帰と関連していました。母親の年齢は1歳上がるごとに復帰のオッズが0.93倍(95% CI 0.92〜0.95、P<0.001)となり、年齢が上がるほど復帰しにくくなる傾向が示されています。最初の出産が双子であった場合は、単胎だった場合と比べて復帰のオッズが0.12倍(95% CI 0.09〜0.16、P<0.001)と、9割近く低くなっていました。双子出産によって早期に希望する家族の人数を達成したと感じる夫婦が多いことに加え、双子の育児が夫婦関係の解消リスクをやや高めるという先行研究の知見も、この関連の背景として指摘されています。

一方で、男性因子による不妊(aOR 1.26、95% CI 1.12〜1.42、P<0.001)、最初の出産時の母児合併症(aOR 1.29、95% CI 1.12〜1.49、P<0.001)、分娩時の妊娠週数が長いこと(1週あたりaOR 1.03、95% CI 1.01〜1.06、P=0.021)は、いずれも復帰の可能性をやや高める方向に関連していました。男性因子不妊との関連は、女性側の妊孕性が比較的保たれている夫婦が多いことを反映している可能性があります。また、分娩時の妊娠週数や合併症の経験といった産科的な体験も、次の妊娠に踏み出すかどうかの判断に関わっていることがうかがえます。

年齢が上がるほど、復帰も出産も難しくなる

年齢層別(30歳未満、30〜37歳、38歳以上)に見ると、いずれの年齢層でも凍結保存された生殖材料がある夫婦のほうが復帰率は高いという傾向は共通していましたが、年齢が上がるにつれて全体の復帰率自体は低下していました。30歳未満では、凍結なし群35.0%から卵子・胚両方保存群46.5%までの範囲、30〜37歳では28.1%から45.1%、38歳以上では14.0%から38.6%まで、年齢が上がるほど群間の値そのものも下がっていく形です。

2人目の出産に至った割合についても、年齢による差は顕著でした。30歳未満で復帰した夫婦では69.4%から75.8%が2人目を出産していたのに対し、30〜37歳では42.8%から67.1%、38歳以上では17.7%から38.2%まで低下しています。いずれの年齢層でも、凍結保存された生殖材料がある場合のほうが出産率は高く保たれており、卵子・胚を保存しておくことの効果は、年齢が上がった後にこそ大きく現れる形となっています。

日本の生殖医療現場への示唆

日本では、ARTによる出生数が増加を続ける一方で、2人目・3人目を目指す治療への理解や支援体制は、初回治療ほど整理されていない面があります。今回の結果は、最初の出産の時点で凍結保存された卵子・胚が残っているかどうかが、その後の家族形成の可能性を大きく左右することを示しています。診察の場では、1回の治療周期・1人の子どもの誕生だけを目標とするのではなく、その後の家族計画も視野に入れた説明や、余剰胚・卵子の凍結保存についての情報提供が、長期的な視点でのカウンセリングとして意味を持つと考えられます。

イタリアの制度では、治療に厳密に必要な数の胚しか作成・凍結できないという規制があり、胚の作成数に事実上の制限がない国とは異なります。それでも、若い年齢で得られた卵子・胚の保存が、将来の妊孕性低下を部分的に補う手段になり得るという知見は、規制の枠組みが異なる国の臨床現場にも参考になります。

研究の強みと限界

この研究の強みは、5852組という大規模なコホートを最長15年にわたって追跡し、単一施設の完全なデータベースに基づいているため追跡からの脱落がない点にあります。一方で限界も指摘されています。非復帰を選んだ夫婦の心理社会的・経済的な背景は評価されておらず、自然妊娠に関するデータも把握されていません。イタリアでは凍結卵子・胚を他施設へ移送することが制度上認められているため、他施設での治療継続による過小評価の可能性も否定できません。さらに単一施設・単一国での研究であり、イタリア特有の制度的・文化的背景が結果に影響している可能性があるため、他の医療制度への一般化には注意が必要です。

おわりに

今回のコホート研究は、ARTで最初の子どもを授かった夫婦のうち約3組に1組が、その後2人目を目指して治療に戻ること、そしてその可能性は母親の年齢、最初の出産が単胎か双子か、そして凍結保存された卵子・胚の有無によって大きく左右されることを示しました。凍結保存された生殖材料の有無は、年齢などで調整した後も独立した予測因子であり続けており、若い時点で保存された妊孕性が、その後の家族形成を後押しする資源として働くことを裏づけています。今後は、心理社会的・経済的要因が復帰の判断にどう関わるのかを含め、生物学的要因と社会的要因が長期的な生殖選択をどのように形づくるのかについて、さらなる研究が必要とされています。

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続ける? やめる?──抗うつ薬という選択が、産後うつのリスクを左右する

産後うつは、米国では出産を経験した女性のおよそ7人に1人が経験するとされる疾患で、近年その頻度は増加傾向にあります。治療されない周産期のうつは、妊娠・産後にまつわる自殺念慮や自殺の最大の危険因子であるとともに、物質使用障害やそれに関連する死亡の危険因子でもあり、これらを合わせたものが産後1年間における母体死亡の主要な原因を占めています。産後うつはさらに、母子の愛着形成や母乳育児の選択・母乳の質、そして児の認知・情緒発達にも影響を及ぼすことが報告されています。

こうした背景から、米国産科婦人科学会(ACOG)と米国精神医学会(APA)は、妊娠期・産後の抑うつスクリーニングとともに、うつ病の既往がある一部の患者に対して妊娠中の抗うつ薬継続を推奨しています。しかし、妊娠中の抗うつ薬使用をめぐる評価は一様ではありません。低出生体重児や新生児集中治療室(NICU)入院、心奇形との関連は近年の研究で否定的な結果が積み重なっている一方、早産や新生児遷延性肺高血圧症、出生後72時間ほどで軽快する新生児適応症候群(易刺激性、落ち着きのなさ、筋緊張の亢進、頻呼吸などを特徴とする)との関連を指摘する研究もあります。他方で、治療されない妊娠中のうつ病自体も、早産、在胎不当過小児、死産、低出生体重、周産期合併症、器械分娩の増加、そして産後うつと関連することが知られています。あるメタ解析とコクランレビューは、妊娠中の抗うつ薬使用が産後うつの予防に有効かどうかについて、現時点のエビデンスでは結論を出せないと報告していました。

この空白を埋める目的で行われた後方視的コホート研究が、American Journal of Obstetrics and Gynecology誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1016/j.ajog.2026.07.031)。妊娠前からうつ病の既往があり抗うつ薬を服用していた患者を対象に、妊娠中に服薬を継続した場合と中断した場合とで産後うつのリスクがどう異なるか、そしてそのリスクが人種・民族、年齢、妊娠初期の抑うつ症状によって左右されるかどうかを検証した内容です。

方法──6,552人を、服薬パターン別に3群に分けて追跡した

米国の統合医療システムであるKaiser Permanente Northern California(KPNC)で行われた研究です。KPNCは約470万人の会員を抱え、都市部・郊外・準農村部にまたがる地域の人口構成を反映しているとされます。2010年1月から2019年12月までに出産した18歳以上の患者のうち、最終月経の1年以内にうつ病の診断を2回以上受け、かつ最終月経の6か月以内に抗うつ薬の処方があった患者が対象とされました。統合失調症、統合失調感情障害、精神病性障害、双極性障害の既往がある患者、妊娠中のPHQ-9(抑うつ症状を評価する9項目の質問票)記録がない患者、抗うつ薬の用量が推奨量に満たない患者、産後にKPNCを受診していない患者は除外されました。

出産のあった392,378人のうち、これらの基準を満たしたのは6,552人でした。医薬品の処方履歴(服薬の継続期間、リフィル間隔42日以内を許容)に基づき、患者は妊娠中に抗うつ薬を継続した群(継続群、2,216人)、いったん中断してから再開した群(中断後再開群、1,258人)、中断したままの群(中断群、3,078人)の3群に分類されました。産後うつは、出産後1年以内の国際疾病分類(ICD)の診断コード、またはPHQ-9スコア10点以上(大うつ病の診断に対する感度・特異度88%)のいずれかとして定義されました。年齢、人種・民族、居住地域の中央値所得、経産回数、多胎妊娠の有無、保険の種類、妊娠管理を開始した妊娠週数、最終月経前の抗うつ薬用量、そして妊娠初回のPHQ-9スコアなどを共変量として調整した上で、修正ポアソン回帰分析により調整相対危険度(aRR)が算出されました。

中断すると、産後うつのリスクは1.14倍に

対象となった6,552人のうち、37.7%にあたる2,469人が産後うつを発症しました。継続群と比較すると、いったん中断してから再開した群は産後うつのリスクが有意に高く(調整相対危険度〈aRR〉1.14、95%信頼区間1.05〜1.24)、中断したままの群も同様に高いリスクを示しました(aRR 1.14、95%信頼区間1.06〜1.22)。特に重症の産後うつ(PHQ-9スコア20点以上)に限ると、中断群のリスクは継続群の1.33倍でした(95%信頼区間1.09〜1.62)。治療必要数(NNT、1人の産後うつを防ぐために継続的な抗うつ薬治療が必要な人数)は15と算出されています。人種・民族、年齢による有意な交互作用は認められませんでした(p>0.05)。

なお、産後うつを発症した患者の内訳を見ると、継続群では34.3%、中断後再開群では41.0%、中断群では38.7%が該当しており、中断後再開群がもっとも高い発症率を示しました。

「症状あり×中断」で、リスクは2.72倍に

妊娠初回のPHQ-9スコアで抑うつ症状の有無別に見た解析では、全体の50.8%が軽度以上の抑うつ症状(PHQ-9スコア5点以上)を有しており、これは服薬状況とは独立して産後うつリスクの上昇と関連していました(aRR 1.55、95%信頼区間1.45〜1.65)。重症の産後うつに限るとリスクはさらに大きく、2.10倍でした(95%信頼区間1.76〜2.52)。

継続群でかつ妊娠初回のPHQ-9スコアが5点未満の患者を基準とすると、同じ継続群でもPHQ-9スコアが5点以上だった患者はリスクが1.67倍(95%信頼区間1.47〜1.89)、中断後再開群でPHQ-9スコアが5点以上だった患者は1.87倍(95%信頼区間1.64〜2.13)でした。重症の産後うつに限ると、それぞれ2.23倍(95%信頼区間1.57〜3.18)、2.75倍(95%信頼区間1.91〜3.95)まで上昇しています。中断群では、妊娠初回のPHQ-9スコアが5点未満であってもリスクは1.21倍(95%信頼区間1.07〜1.38)、5点以上では1.78倍(95%信頼区間1.58〜2.01)に達し、症状ありで中断した場合の重症産後うつリスクは2.72倍(95%信頼区間1.94〜3.82)にのぼりました。これは、今回の解析で示された組み合わせの中で最も高いリスクです。

興味深いのは、中断群がもともと妊娠初回のPHQ-9スコアが低く、産後うつの既往を持つ割合も他の2群より低かったにもかかわらず(既往ありの割合は継続群25.9%、中断後再開群27.7%に対し中断群22.2%)、産後うつのリスク自体は最も高い部類に入っていた点です。この点は、抑うつ症状の重症度だけでなく、服薬継続そのものが産後うつリスクに独立して関わっている可能性を示唆しています。

日本の周産期医療への示唆

日本の産科・精神科の臨床現場でも、妊娠中の抗うつ薬使用については、胎児への影響を懸念する患者と、母体のメンタルヘルス悪化を懸念する医師との間で、判断に迷う場面が少なくありません。今回の結果は、うつ病の既往があり妊娠前から抗うつ薬を服用していた患者においては、妊娠中の服薬継続が産後うつの予防に一定の効果を持つ可能性を示しており、既存のガイドラインが推奨してきた方針を支持する内容といえます。

日本では、妊娠初期のPHQ-9をはじめとする抑うつ症状のスクリーニングを、服薬継続の是非を判断する材料として活用する余地があります。今回の研究でも、妊娠初回の抑うつ症状の程度が産後うつリスクを大きく左右することが示されており、症状が軽度以上であれば、服薬継続の必要性についてより慎重な話し合いが求められることになります。臨床現場では、こうした数値を踏まえたうえで、患者ごとの背景やこれまでの治療歴を考慮しながら、個別化された意思決定を進めていくことが望ましいと考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、約470万人規模の統合医療システムのデータを用い、妊娠前の抑うつ症状・服薬歴・精神科既往を縦断的に把握できた点、そして98%という高いスクリーニング受診率のもとで妊娠中・産後のPHQ-9データを収集できた点にあります。中断群がもともと抑うつ症状や産後うつ既往の少ない集団であったにもかかわらず産後うつリスクが高かったという結果は、見かけ上の交絡では説明しにくく、知見の妥当性を支持するものと位置づけられています。

一方で限界もあります。後方視的研究であるため、測定されていない交絡因子や誤分類、欠損データの影響を完全には排除できません。対象は保険加入者を中心とした統合医療システムの患者であり、他の医療制度や無保険者を含む集団への一般化には注意が必要です。また、PHQ-9は抑うつ症状評価の妥当性が確認された尺度である一方、身体症状に関する項目を含むため、妊娠に伴う身体的変化と抑うつ症状を完全に切り分けられない可能性があります。ICD-9からICD-10への移行に伴う診断コードの記録上の変動も、観察された頻度に一定の影響を与えた可能性があります。

おわりに

今回の研究は、うつ病の既往があり妊娠前から抗うつ薬を服用していた患者において、妊娠中の服薬継続が産後うつリスクの低下と関連することを示した、この分野で数少ない大規模な実証データです。特に妊娠初期に抑うつ症状を認める患者では、服薬継続の効果がより大きく現れる可能性が示されました。これらの知見は、専門学会のガイドラインや、医師と患者の間での妊娠中の抗うつ薬治療に関する意思決定に、具体的な根拠を提供するものです。今後は、服薬継続と一時中断が、自殺念慮や自殺関連行動、母乳育児の選択、母子の愛着形成、そして児の認知・行動発達といった、産後うつ以外の指標にどのような影響を及ぼすかについても、検証が求められています。

参考文献

1. Ridout KK, Eswarappa C, Alavi M, Peterman K, Harris B, Avalos L, Ridout SJ.『Antidepressant Continuation in Pregnancy and Postpartum Depression Risk Across Racial and Ethnic Groups』American Journal of Obstetrics and Gynecology 2026(in press). doi:10.1016/j.ajog.2026.07.031

2. Getahun D, Oyelese Y, Peltier M, et al.『Trends in Postpartum Depression by Race/Ethnicity and Pre-pregnancy Body Mass Index』American Journal of Obstetrics & Gynecology 2023;228(1):S122-S123. doi:10.1016/j.ajog.2022.11.248

3. Molyneaux E, Telesia LA, Henshaw C, Boath E, Bradley E, Howard LM.『Antidepressants for preventing postnatal depression』Cochrane Database Syst Rev 2018;4(4):CD004363. doi:10.1002/14651858.CD004363.pub3

置き去りにされる男性──不妊クリニックでの体験を追う

不妊は世界保健機関(WHO)により、避妊をせずに12か月間性交を続けても妊娠に至らない状態と定義されており、生殖年齢にあるカップルのおよそ6組に1組が経験するとされる、身近で世界的な健康課題です。男性因子はこのうち単独の原因としておよそ30%を占め、さらに20%のケースで女性因子と併せて関与しているとされています。しかし、不妊治療の中心である体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)といった生殖補助医療(MAR)は、実際の身体的負担の大半を女性側が担う構造になっているため、診療の焦点も自然と女性に偏りがちです。

その結果、男性不妊の検査と治療の道筋は必ずしも体系立てられておらず、多くの男性が「置き去りにされている」「十分な説明を受けられていない」と感じているという指摘が、これまでの研究で繰り返し報告されてきました。男性不妊は糖尿病や心血管疾患といった全身の健康状態、さらには前立腺がんや精巣がんの生涯リスクとも関連するとされ、精液検査や問診を通じた評価には診断以上の意味があります。にもかかわらず、男性患者がどのような経路で検査を受け、どのような生活指導を受け、どのような情報を求めているのかを大規模に描き出した研究は、これまで多くありませんでした。

この空白に答える形で発表されたのが、Human Fertility誌2026年(DOI: 10.1080/14647273.2026.2705218)に掲載された、アイルランドの2つの不妊治療クリニックで504人の男性患者を対象に行われた臨床サービス評価です。この論文が明らかにした、検査の入り口から情報ニーズまでの実態を読み解きます。

方法──504人の男性患者へのアンケートで、検査の経路をたどる

この調査は、男性不妊領域への事業展開を進めるFerring Pharmaceuticals社が主導し、既存文献や過去の類似調査を参考に作成した10問のアンケート(選択式・はい/いいえ形式)を用いて実施されました。なお、このアンケート自体は妥当性が検証された標準化ツールではありません。

対象は、2022年にアイルランド共和国内の2つの民間不妊治療クリニック(Cork のWaterstone Clinicと、DublinのReproMed Fertility Clinic)で不妊の検査・治療を受けていた男性です。Waterstone Clinicでは紙の質問票に匿名で回答する形式が取られ、複数選択が可能でした。一方ReproMed Clinicでは電子回答形式が取られ、多くの設問で単一選択のみが可能という運営上の違いがありました。この違いは、後述する結果の一部(生活習慣の変更や求める情報の種類)の単純比較を難しくしている点に留意が必要です。最終的に504人(ReproMed 284人、Waterstone 220人)が回答を完了し、倫理審査は臨床サービス評価という位置づけのため必要とされませんでした。

検査までの道のりは、施設や紹介元でバラバラだった

妊娠を望んで挙児を試み始めてから実際に検査を受けるまでの期間は、12か月未満が24%(121人)、1〜3年が64%(323人)、3〜5年が8%(40人)、5年超が4%(20人)でした。多くは想定される範囲内でしたが、一部には3年以上検査を受けずに過ごした患者も含まれていました。

精液検査を最初に依頼したのが誰かを見ると、かかりつけ医(GP)からの依頼は3人に1人(30%)にとどまり、二次医療機関にあたる一般不妊クリニックの専門医からが26%、三次医療機関にあたるIVF専門クリニックの専門医からが41%と、専門施設からの依頼が多数を占めていました。さらに、検査結果を実際に説明されたのは、二次医療で31%、三次医療で54%だった一方、GPから結果の説明を受けた患者はわずか15%にとどまりました。異常な精液検査結果が出た後の紹介先についても(データが取得できたReproMedの284人に限ると)、GPが30%(84人)、二次医療が21%(60人)、三次医療が49%(140人)と、紹介パターンは初診時の傾向とよく似ていました。

これらの数値が示すのは、精液検査の入り口も、結果の説明を受ける場も、患者ごとに大きく異なるという実態です。標準化された「男性不妊の診療パス」が存在しないため、同じ男性因子による不妊であっても、受診した医療機関や最初に相談した医師によって、その後の経験が大きく変わり得ることが数値として裏付けられました。

追加の検査を受けたのは3人に1人ほど、治療の主眼はやはり女性側に

初回の精液検査時に健康に関する質問票への回答を求められた患者は77%でした。その後の経過を見ると、精液の再検査を受けたのは33%(167/504人)、血液検査を受けたのは22%(110/504人)、陰嚢の超音波検査を受けたのは4%(22/504人)にとどまりました。

治療の提供状況については、パートナーを介さず男性本人に直接向けられた治療の選択肢を提示されたのはわずか14%(49人)である一方、パートナーを伴う治療(生殖補助医療など)を提示されたのは86%(306人)にのぼりました(なお149人はこの設問に無回答でした)。男性因子による不妊であっても、実際の治療の焦点はほぼ一貫して女性側に置かれている構造が、この結果からも読み取れます。背景には、男性不妊そのものを直接治療する根拠に基づいた選択肢が限られているという事情があり、多くのカップルが生殖補助医療という形で対応せざるを得ない現状があります。

禁酒・減量はよく聞かれるが、4人に1人は『何も変えなかった』

検査期間中に生活習慣の変更を試みたかを尋ねた設問では、回答方式の違い(ReproMedは単一選択、Waterstoneは複数選択)によって単純比較はできないものの、両施設に共通する傾向が見られました。最も多かったのは飲酒量の減少・中止(ReproMed 16%、Waterstone 58%)で、次いで減量(ReproMed 15%、Waterstone 45%)、陰部への熱曝露の軽減(ReproMed 14%、Waterstone 27%)、カフェイン摂取の制限(ReproMed 12%、Waterstone 39%)、禁煙の試み(ReproMed 10%、Waterstone 23%)、サプリメントや嗜好品の使用制限(いずれもReproMed 1%、Waterstone 20〜21%)と続きました。

一方で「何も変えなかった」と回答した割合は、ReproMedで約3人に1人(32%)、Waterstoneで約5人に1人(20%)、全体では27%にのぼりました。過度の飲酒が精液の質に悪影響を及ぼすことは比較的よく示されている一方、カフェインと不妊の関連については一貫したエビデンスがなく、喫煙は不妊だけでなく全身の健康にとっても重要な危険因子とされています。参考として、アイルランドの人口統計では15歳以上の喫煙率が16%と報告されている中、Waterstone Clinicの患者の23%が禁煙を試みたと回答しており、この集団における喫煙率が一般人口より高い可能性が示唆されます。ただしこれは間接的な比較であり、確定的な結論を導くものではありません。

8割が『情報が足りない』と回答──求められているのはウェブサイト

回答者の79%が「男性不妊についてもっと情報が提供されるべきだ」と答えました。具体的に求められていたのは、精液検査の数値の読み方、男性生殖器の解剖生理、血液検査の内容、外科的な精子回収術など、検査や治療の実務に直結する内容でした。

情報の入手手段については、ウェブサイトを希望した患者が81%(407人)と大多数を占め、専用アプリが15%(76人)、Facebookなどのソーシャルメディアはわずか4%(21人)にとどまりました。男性不妊をめぐる知識不足や、精子の数と男性性を結びつける偏見が依然として根強いことも先行研究で指摘されており、正確で専門的な情報にオンラインでアクセスできる環境を整えることは、比較的取り組みやすく効果の見込める対策として位置づけられます。

日本への示唆──紹介経路の違いが、説明機会の格差を生む

日本では、2022年度から不妊治療の保険適用が拡大した一方、男性不妊の検査・治療体制は施設ごとの差が大きく、泌尿器科と生殖医療科の連携が十分でないケースも指摘されています。今回の研究が示した「GP経由では検査結果の説明を受ける機会が15%にとどまる一方、専門施設では54%に達する」という格差の構造は、紹介体制の異なる日本の医療環境にも通じる論点です。

臨床現場では、男性不妊の説明や生活指導が女性側の診療の陰に隠れやすいという課題が繰り返し指摘されてきました。今回の結果で情報の入手希望先としてウェブサイトが圧倒的に選ばれたことは、医療機関のウェブサイトや公的な情報発信の充実が、男性患者への情報提供という課題に対する現実的な糸口になり得ることを示しています。

研究の強みと限界

この研究の強みは、504人という比較的大規模な集団から得られたデータであり、運営方法の異なる2施設で似た傾向が確認され、結果に一定の一貫性が認められる点にあります。

一方で限界も少なくありません。用いられたアンケートは妥当性が検証された尺度ではなく、独自に作成されたものです。またこの研究はFerring Pharmaceuticals社が資金提供・主導したものであり、著者6名のうち2名は同社の従業員です。企業主導の調査という性質上、結果の解釈には一定のバイアスが含まれ得る点に留意が必要です。さらに2施設で回答方式(紙と電子、複数選択と単一選択)が異なるため、割合の単純な比較には限界があります。対象もアイルランドの民間クリニック2施設に限られ、公的医療機関や他国への一般化には慎重さが求められます。加えて横断的な質問票調査であるため、想起バイアスの影響も否定できず、臨床サービス評価という位置づけのため通常の倫理審査も経ていません。

おわりに

今回の研究は、男性不妊患者が経験する臨床経路が、受診した施設や最初に相談した医師によって大きく異なり、なおかつ情報提供が不足している実態を、504人分のデータとして具体的に示しました。標準化された男性不妊の診療パスウェイの構築、根拠に基づいた生活指導の体系化、そして男性本人に向けた分かりやすい情報発信の強化が、今後の課題として挙げられます。男性不妊そのものを直接治療する選択肢は依然として限られていますが、正確な情報提供と生活習慣への働きかけは、今この瞬間にも実行可能な支援策であることを、この研究の結果は示しています。

参考文献

1. Dalal, K., Bajaj, P., Swainston, J., Arce Sáenz, H., Waterstone, J., & Martins da Silva, S. (2026). 『Investigating the journey and experience of male patients through infertility clinics』Human Fertility 2026;29(1):2705218. doi:10.1080/14647273.2026.2705218

2. Agarwal, A., Baskaran, S., Parekh, N., et al. (2021). 『Male infertility』Lancet 2021;397(10271):319-333. doi:10.1016/S0140-6736(20)32667-2

3. Arya, S. T., & Dibb, B. (2016). 『The experience of infertility treatment: The male perspective』Human Fertility 2016;19(4):242-248. doi:10.1080/14647273.2016.1222083

4. Domar, A., Vassena, R., Dixon, M., et al. (2021). 『Barriers and factors associated with significant delays to initial consultation and treatment for infertile patients and partners of infertile patients』Reproductive Biomedicine Online 2021;43(6):1126-1136. doi:10.1016/j.rbmo.2021.09.002

ストレスを1日3回はかっても──体外受精の成績はほぼ動かなかった

不妊治療を受ける女性は、心理的ストレスを強く感じやすいことが知られています。ストレスと妊娠の関係については、極度のストレスが視床下部・下垂体・卵巣系(HPO系)を抑制し、排卵障害につながりうるという生理学的な仕組みが説明されてきました。一方で、月経周期が規則的な不妊症患者において、日常的なストレスが実際にどの程度生殖機能に影響するのかは、これまで十分に解明されていませんでした。

従来の研究の多くは、ストレスを1回きりのアンケートで評価するものでした。しかし心理的ストレスは日々変動するものであり、単発の測定では見えてこないパターンがある可能性があります。こうした背景から、体外受精(IVF)の周期に沿って1日3回、テキストメッセージでストレスを繰り返し測定し、その変動パターンと治療成績の関係を検証した研究が、Journal of Assisted Reproduction and Genetics誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1007/s10815-026-03972-5)。

この研究は、ストレス測定の手法そのものの実施可能性(feasibility)を検証する探索的な位置づけですが、日常的な心理状態が生殖医療の現場でどこまで臨床的な意味を持つのかを考える材料になります。

方法──1日3回のテキストメッセージで、2つの周期を追跡した

対象は、米国の単一の大学病院で黄体期エストロゲン先行(luteal priming)プロトコルによる体外受精を予定していた18〜42歳の女性です。2023年6月から11月にかけて93人がスクリーニングされ、32人が適格と判定され、26人が同意、最終的に25人が試験を完了しました。平均年齢は36.0歳(標準偏差3.6)でした。

このプロトコルでは、まず薬剤を使わない「先行周期」で排卵を確認し、その後に排卵誘発剤を用いる「調節卵巣刺激(COS)周期」で採卵を行います。研究チームは、この2つの周期それぞれの卵胞期(月経開始から排卵または採卵まで)にわたり、参加者に「今どのくらいストレスを感じていますか(1〜10のスケール)」という質問を、朝8時・午後2時・夜8時の1日3回、テキストメッセージで送信しました。あわせて、家庭用のホルモン測定機器を用いて尿中のLH(黄体形成ホルモン)やプロゲステロン代謝物なども毎日測定し、排卵の有無を確認しました。

集められたストレスの推移データは、関数主成分分析(FPCA)という手法で解析されました。これは、日々ばらつくストレスの波形を、いくつかの典型的な「パターン(主成分)」に分解する統計手法です。得られた主成分の得点と、排卵の有無、卵胞期の長さ、LHのピーク値、そして体外受精の成績(採卵数、胚盤胞の発育、妊娠・出産など)との関連が検討されました。

ストレスは周期を通じて緩やかに変動していた

テキストメッセージへの回答率は、先行周期で55.6%、COS周期で75.7%(いずれも参加者あたりの平均)でした。ストレスの得点は、多くの参加者で1〜10のスケールのうち概ね2〜5点程度の「軽度〜中等度」の範囲に収まっていました。

FPCAの結果、先行周期・COS周期のいずれにおいても、ストレスの変動パターンの9割前後は、単一の主成分(第1主成分、PC1)で説明できました。先行周期ではPC1とPC2をあわせて96.5%(PC1が92.0%、PC2が4.5%)、COS周期では95.0%(PC1が88.7%、PC2が6.3%)の変動が説明されています。PC1は、周期の前半でストレスが下がり、その後横ばいになるという、多くの参加者に共通する緩やかなパターンを表していました。

先行周期では、25人全員が排卵しました。ストレスのパターン(PC1・PC2)は、排卵の有無や卵胞期の長さとは統計的に関連していませんでした(卵胞期長との関連:PC1のβ=−0.28[95%信頼区間−0.71〜0.16]、PC2のβ=−0.74[95%信頼区間−2.17〜0.68])。

体外受精の成績にも、ストレスパターンとの関連は見られなかった

COS周期では、平均10.5日間(標準偏差2.2)の刺激を経て、平均13.9個(標準偏差6.9)の卵子が採取され、平均4.8個(標準偏差3.2)の胚盤胞が得られました。一方で、10人(40%)が「周期の中止」「採卵数4個未満」「胚盤胞が得られない」「正倍数性の胚盤胞が得られない」のいずれかに該当する、あらかじめ定義された不良な治療成績の基準を満たしていました。

しかし、ストレスの変動パターン(PC1・PC2)は、この不良な治療成績とも、刺激期間の長さとも、統計的に有意な関連を示しませんでした。移植を受けた参加者における臨床妊娠率・生児出生率(いずれも初回移植後66.7%)についても、ストレスパターンとの関連は認められませんでした。卵胞期を前期・中期・後期の3つに分けて解析した探索的な検討でも、COS周期の成績との関連は見られませんでした。

唯一関連が見えたのは、LHのピーク値だけだった

排卵や妊娠・出産といった主要な指標には関連が見られなかった一方、先行周期における第2主成分(PC2、卵胞期の中頃にストレスのピークがあり、その後緩やかに上昇するパターン)は、排卵直前のLHピーク値の低さと関連していました(β=−2.64、95%信頼区間−4.89〜−0.39、p=0.024)。この関連は、他の交絡因子を調整した解析でも維持されました(β=−2.52、95%信頼区間−4.14〜−0.90、p=0.006)。

この結果は、動物実験などで示されてきた仮説──ストレスによるホルモン変化が、キスペプチンという脳内の神経細胞群を介してLHの分泌パターンに影響しうるという仕組み──と方向性が一致するものです。ただし、この関連は排卵そのものの成否や卵胞期の長さの変化としては表れておらず、研究チームは「臨床上の主要な結果には影響しない、比較的軽微な生理学的変化」と位置づけています。なお、先行周期とCOS周期のストレス水準を比較したところ、両者はおおむね同程度で、参加者が日々報告した「最も低いストレス」の値のみ、先行周期のほうがわずかに低い傾向が見られました(p<0.05)。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、不妊治療に伴う心理的ストレスへの関心が高まる一方で、日々のストレスをどこまで治療方針に反映させるべきかについては、明確なコンセンサスがあるわけではありません。今回の結果は、軽度から中等度のストレスを経験している患者において、日常的なストレスの変動そのものが、排卵や体外受精の主要な治療成績を大きく左右するわけではない可能性を示しています。

診察室で不妊治療に関わる医師や心理士にとっては、この知見は「ストレスを感じること自体が治療の失敗に直結するわけではない」という説明の裏付けの一つになり得ます。ただし、この研究で測定されたのは特定の集団における軽度〜中等度のストレスであり、より強いストレスを抱える患者や、うつ・不安症状が顕著な患者における影響までを否定するものではない点には注意が必要です。

研究の強みと限界

本研究の強みは、1日3回のテキストメッセージという実施可能性の高い手法で、2つの周期にわたる心理的ストレスの推移をリアルタイムに追跡した点、そして家庭用のホルモン測定機器を用いて毎日の排卵関連ホルモンを客観的に評価した点にあります。関数主成分分析という手法により、単純な「高い・低い」の二分類では捉えられない、時間的な変動パターンを可視化できたことも特徴です。

一方で限界もあります。第一に、参加者は25人と少なく、大きな効果しか検出できるだけの検出力しかありません。小さな効果や、サブグループごとの違いを検出するようには設計されていませんでした。第二に、コルチゾールなど客観的な生理学的ストレス指標は測定されておらず、あくまで主観的な自己申告のストレスに基づく結果です。第三に、用いられたストレス指標は不妊症に特化したものではなく、参加者が経験していたストレスの水準自体も、軽度〜中等度の範囲にとどまっていた可能性があります。生殖機能に影響を及ぼすほどの強いストレスを抱えた集団であれば、異なる結果が得られる可能性は否定できません。

おわりに

今回の研究は、体外受精を受ける女性の日常的な心理的ストレスを、テキストメッセージによる反復測定という形で丁寧に追跡した探索的な検討です。軽度から中等度のストレスを経験している集団では、ストレスの変動パターンは比較的安定しており、排卵や体外受精の主要な治療成績とは明確な関連を示しませんでした。一方で、特定のストレスパターンとLHピーク値との関連は示唆されており、ストレスがHPO系の生理機能に微細な影響を及ぼしている可能性は残されています。今後、より多様なストレス水準の集団を対象とした、より大規模な前向き研究による検証が期待されます。

参考文献

1. Strohl H, Do N, Ryu H, Dayo O, Ho E, Hu J, Kauffman A, Stelzer I, Lang A, Church K, Zou J, Su I. Association of daily perceived stress with fertility outcomes in natural and controlled ovarian stimulation cycles: a feasibility study. J Assist Reprod Genet 2026. doi:10.1007/s10815-026-03972-5.

「共感の場」か「誤情報の温床」か──子宮内膜症とSNSの両面性

子宮内膜症は、生殖年齢の女性のおよそ10%、世界で1億9,000万人が経験するとされる慢性の炎症性疾患です。月経痛や性交痛、慢性骨盤痛、不妊など多様な症状を伴い、うつや不安といった心理的な負担、生活の質の低下も指摘されています。症状が正常な月経の一部として片づけられやすいことや、診断に至るまでの過程の複雑さから、発症から診断確定までに5〜12年を要するとされてきました。

こうした背景のなか、多くの患者がFacebook、Instagram、TikTok、YouTube、Redditといったソーシャルメディア(SM)や、オンライン患者コミュニティを利用し、体験を共有し、助言を得て、症状管理の方法を探るようになっています。地理的な制約を越え、認知を広げ、仲間同士の支え合いを生む場として、SMは存在感を増してきました。一方で、そこで語られる医学情報の正確さについては、これまで断片的な報告にとどまっていました。

このような状況を受け、SM上の子宮内膜症関連コンテンツについて、利用者の特徴、共有される内容、情報の質、発信者の属性という4つの観点から、これまでの研究を包括的に整理した系統的レビューが、The Journal of Minimally Invasive Gynecology誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1016/j.jmig.2026.06.035)。

方法──26本の研究を、4つの視点で整理した

対象となったのは、PubMedとScopusを用いて2025年12月28日までに検索された文献のうち、SMと子宮内膜症の関係を検討した原著論文です。単一のウェブページのみを対象とした分析や、非英語文献、原著でない記事は除外されました。スクリーニングの結果、1,311件の記録から最終的に26本の研究が採用されています。内訳は横断的な量的研究が8本、混合研究法が9本、質的研究が9本でした。

研究の質は、横断研究についてはNewcastle-Ottawa Scale、混合研究法についてはMixed Methods Appraisal Tool、質的研究についてはCritical Appraisal Skills Programmeのチェックリストを用いてそれぞれ評価され、全体として妥当な水準にあることが確認されています。抽出された変数は、SM利用者の特徴、共有される内容の種類、情報の質(DISCERNやPEMATといった標準化された評価指標、または専門家による判定)、そして発信者が医療者(HCP)か非医療者(non-HCP)かという分類です。

対象となった26本のうち24本(92.3%)は具体的なプラットフォームを特定しており、Facebookが最も多く9本(34.6%)、続いてInstagramが8本(30.8%)、TikTokとRedditがそれぞれ6本(23%)、YouTubeが4本(15.4%)、X(旧Twitter)が3本(11.5%)でした。分析対象は投稿やコメントといったSM上のコンテンツそのものを扱った研究が21本(80.8%)を占め、患者を対象とした調査・インタビュー形式の研究は5本(19.2%)にとどまっています。

SNSを使う人たちの横顔──診断までの平均10年

利用者の特徴を検討した7本の研究では、若年層が中心的な利用者層であることが共通して示されました。年齢データを報告した5本のうち、ある横断研究では利用者の年齢中央値は30歳、別の2本では平均年齢が31.4±7.3歳、32.1±7.3歳とされ、さらに別の研究では利用者の69%が25〜44歳でした。一方で、10代のうちからSMでの関わりが始まっているとする質的研究も存在します。

心理的な側面を扱った4本の研究のうち、量的な比較を行った1本では、SM利用者は非利用者に比べて不安を訴える割合が高く(75% 対 42%)、抑うつについても同様の傾向(61% 対 25%)が示されました。残る3本の質的研究でも、利用者に共通して大きな心理的負担があることが一貫して報告されています。

医療へのアクセスに関する不満も目立ちました。ある研究では、SMで情報を求めていた患者のうち、実際に医師から処方された治療を受けていたのはわずか30.4%でした。別の研究では、SM利用者の81.6%が診断過程を補う目的でSMを使っており、診断までの平均期間は10年に及んでいました。同様に、10年を超える診断の遅れや、医療者から症状を軽んじられたと感じた経験を経てSMにたどり着いた患者の様子を描いた質的研究もあります。

何が語られているか──体験談、症状、そして自己管理

共有される内容を検討した24本の研究のうち、最も多く報告されたのは患者自身の体験談で、研究によっては投稿の75%を占めていました。日常生活における負担、対人関係、仕事への影響、自己負担の医療費といった経済的な側面についても、質的な分析から語られています。

症状に関する内容は11本の研究で扱われ、投稿に占める割合は19.6%から88%までと幅がありました。最も頻繁に話題となる症状は月経痛(ディスメノレア)で、ある研究では投稿の約50%を占めた一方、別の研究ではわずか10%にとどまるなど、プラットフォームや調査方法によるばらつきが見られます。性交痛についての言及はさらに少なく、腹部の張りや消化器症状を指す「エンドベリー」と呼ばれる非公式な症状名も、セルフケアや患者アドボカシーの文脈で頻繁に取り上げられていました。不妊・妊孕性に関する懸念は10本の研究で報告されています。

疾患管理や治療に関する内容は15本の研究で扱われ、外科的治療の利点・欠点や、ホルモン療法とその副作用が主な話題でした。補完代替療法についての言及も6本の研究で確認され、非エビデンスに基づく治療を推奨する内容が2.8%から23.1%を占めるとする報告もあります。感情的な支え合いやアドボカシー活動も繰り返し取り上げられる主題であり、孤立感の軽減や仲間同士の支援がSMコミュニティの機能として質的に確認されました。医療システムや医療者への不信感を扱った内容は9本の研究で報告され、いわゆる「医療的ガスライティング」に言及する投稿の割合は、研究によって5.9%から30%までの幅がありました。

情報の質は玉石混交──短編動画で目立つ低い信頼性

情報の正確さを標準化された尺度で評価した研究は8本ありました。TikTok上のコンテンツをDISCERNとPEMATの両方で評価した研究では、理解しやすさは中程度(75.3%)である一方、行動につなげやすさ(実際に何をすべきかの明確さ)は低く(10.7%)、信頼性の指標であるDISCERNスコアの中央値も5点満点中2点と、全体として低い情報の質が示されました。同様にTikTokを対象とした別の研究でも中央値は1点にとどまった一方、YouTubeを対象とした研究ではDISCERNスコアの中央値が3〜4点と、比較的中程度の質が確認されています。

専門家による評価を用いた研究では、プラットフォームによって結果にばらつきが見られました。Facebookの専用フォーラムや公開ページを対象とした研究では、教育的な内容の94%がエビデンスに基づいていたと報告された一方、Instagramを対象とした研究では、11の教育領域のうち根拠に基づく内容が50%を超えたのはわずか4領域にとどまるなど、混在した結果が示されています。

全体としては、TikTokやYouTubeなど短編動画中心のプラットフォームで情報の質が低い傾向にあり、コンテンツ全体のおよそ23〜24%に誤解を招く情報が含まれていたと推計されています。誤情報は治療選択に関するものが最も多く、ホルモン療法など根拠に基づく治療への懐疑的な見方を示しつつ、検証されていない代替的なアプローチを勧める内容が目立ちました。

発信者による差──量では非医療者、質では医療者

発信者の属性を検討した10本の研究では、コンテンツの発信者が医療者(HCP)か非医療者(non-HCP)かによって、内容の性質にも質にも明確な違いが見られました。医療者による投稿は教育的な内容が中心である一方、患者やインフルエンサーなど非医療者による投稿は、個人の体験談やピアサポートが主でした。ある研究では、医療系動画の96%が臨床的な説明や手術に関する内容であったのに対し、非医療系動画の96%は個人的な語りが中心だったと報告されています。

質を比較した7本の研究では、多くが医療者による発信のほうが正確であるという結果を示しました。ある研究では、准医療職(看護師や助産師など)による投稿が最も正確な内容を含んでいた一方(73.7%、p<0.001)、別の研究では医療者による動画のDISCERNスコアが患者による動画より有意に高いことが確認されています(5点満点中2点 対 1点、p<0.001)。非医師による発信のほうが有意に誤情報が多いことを示した研究もあります(p=0.0008未満)。ただし、YouTubeを対象とした1本の研究では、発信者による質の差は確認されませんでした。

発信量とエンゲージメント(閲覧数やいいねなどの反応)については、逆説的な構図が浮かび上がりました。Instagram、Facebook、TikTokを対象とした複数の研究では、非医療者がコンテンツ全体の80〜95%を占めることが繰り返し確認されており、非医療系動画のほうが医療系動画より閲覧数やいいねの数が多かったとする報告もあります。一方で、病院や医療機関のアカウントのほうが一般アカウントよりエンゲージメント率が高かったとする研究(Facebookで1.44%対0.88%、Instagramで3.33%対3.19%)や、発信者による差が見られなかったとする研究も存在し、必ずしも医療者の発信が一様に埋もれているわけではないことも示されています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本の臨床現場でも、子宮内膜症を含む婦人科疾患に関する情報をSMで得ようとする患者は少なくないと考えられます。今回のレビューが示した知見は、SMが患者にとって仲間同士の支え合いや情報収集の重要な場である一方、そこで流通する情報の正確さは発信者によって大きく異なる可能性を示しています。診察室では、患者がすでにSMで得た情報を持って来院することを前提に、その内容を頭ごなしに否定するのではなく、どのような情報に触れているかを丁寧に確認したうえで説明を補う姿勢が、信頼関係の構築に役立つと考えられます。

また、医療者による発信の質が高い一方でその可視性や拡散力が必ずしも高くないという今回の知見は、医療者と患者のあいだで情報発信のあり方を見直す出発点になり得ます。学会や医療機関、あるいは個々の医療者による発信を、患者が実際に触れやすい形で届ける工夫が、今後の課題として位置づけられます。

研究の強みと限界

本レビューの強みは、量的研究と質的研究の双方を統合し、PRISMA 2020ガイドラインに準拠して方法論的な透明性を確保した点、そしてInstagram、TikTok、Facebook、Reddit、YouTube、Xという主要な6プラットフォームを横断して26本の研究を網羅した点にあります。NOS、CASP、MMATという複数の評価ツールを用いた質評価も、エビデンスの頑健性を支える要素となっています。

一方で限界もあります。研究デザインやプラットフォームの特性が多様であったため、メタ解析ではなく記述的な統合にとどまっています。また、横断研究が中心であるため、SM利用と心理的負担や診断の遅れとの因果関係を明確に結論づけることはできません。Redditのように匿名性の高いプラットフォームでは、利用者の属性や診断の実態を検証することが難しく、データの信頼性に影響した可能性も指摘されています。さらに、英語文献に限定して検索が行われているため、他言語圏への一般化には注意が必要であり、SMプラットフォーム自体が急速に変化し続けていることも、知見の時間的な妥当性に影響し得る点です。

おわりに

今回のレビューは、子宮内膜症をめぐるSMの役割について、これまでで最も包括的な整理を提供するものです。SMは、診断の遅れや医療への不満を抱える患者にとって、仲間同士の支え合いや情報収集の重要な場である一方、そこで流通する情報の正確さは発信者や形式によって大きく異なり、特に短編動画コンテンツでは誤情報の割合が高い傾向にあることが示されました。医療者による発信は相対的に信頼性が高いものの、必ずしも患者の目に触れやすい形では届いていない現状も浮き彫りになっています。今後は、医療者がSMという場によりいっそう関わり、患者の体験に基づく語りと科学的根拠に基づく情報とを橋渡しする発信のあり方を模索していくことが、課題として位置づけられています。

参考文献

1. Latini CM, Cremonesi M, Meschia V, Matrangolo R, Coro I, Leonardi M, Vignali M, Vercellini P, Salmeri N. The role of social media in endometriosis: a systematic review of users, content, information quality, and content creators. The Journal of Minimally Invasive Gynecology. 2026. doi:10.1016/j.jmig.2026.06.035.

反復着床不全は、心にどう影響するか──女性に重くのしかかる負担

体外受精や顕微授精による生殖補助医療において、胚移植を繰り返しても妊娠に至らない状態は「反復着床不全(RIF)」と呼ばれます。一般には3回の胚移植を経ても妊娠反応が陽性にならない場合と定義され、生殖補助医療を受ける夫婦のおよそ10〜20%が経験するとされています。不妊そのものが心理的な負担を伴うことは広く知られていますが、反復着床不全に特化した心理的影響については、これまで断片的な研究が積み重ねられてきたにとどまり、包括的な整理は十分になされてきませんでした。

反復着床不全は、単なる不妊治療の延長ではなく、質的に異なる心理的経験である可能性が指摘されています。移植のたびに希望と落胆を繰り返すという特有の経過が、うつや不安にどのような影響を及ぼすのか。そして、女性と男性でその現れ方に違いはあるのか。こうした問いに答えるべく、General Hospital Psychiatry誌(2026年)に、1995年から2025年までに発表された文献を対象としたシステマティックレビューとメタ解析が掲載されました(doi:10.1016/j.genhosppsych.2026.07.001)。

方法──28件の研究を、性別・時間経過別に統合した

PubMed、EMBASE、PsychInfoの3つのデータベースを用い、PRISMAガイドラインに沿って1995年1月から2025年11月までの文献が検索されました。対象は、反復着床不全(厳密な定義では2〜3回以上の胚移植不成功)を経験した男女における、生活の質、うつ、不安、パートナーシップ・社会的関係、レジリエンス(精神的な回復力)、コーピング戦略に関する研究です。最終的に28件の研究が組み入れられ、その内訳は厳密なRIF定義を満たす研究が9件、胚移植の周期数のみに基づく定義が12件、治療期間1年以上という定義が7件でした。研究デザインは横断的な質問紙調査が18件、縦断的なコホート研究が8件、質的研究が2件です。うつについては3件の研究(RIF群の女性125人 対 対照群168人など)、不安については状態不安で5件、特性不安で3件のデータを用いてメタ解析が行われ、結果は標準化平均差(MD)と95%信頼区間で示されました。

うつも不安も、女性のほうが重く出た

メタ解析の結果、反復着床不全を経験した女性はうつスコア(ベック抑うつ質問票、BDI)が対照群より有意に高く(MD 0.69、95%信頼区間0.45〜0.93)、男性でも同様に有意な差が見られました(MD 0.61、95%信頼区間0.31〜0.91)。標準化された指標のため直感的にはわかりにくい数字ですが、対照群との差が中程度からやや大きい水準にあることを意味します。

不安については、「今この瞬間の不安」を測る状態不安が、女性では対照群より有意に高かった一方(MD 0.16、95%信頼区間0.00〜0.31)、男性では有意差が確認されませんでした(MD -0.07、95%信頼区間-0.26〜0.12)。性格的な不安の強さを示す特性不安については、女性・男性ともに対照群との有意差は見られませんでした。

さらに、女性と男性を直接比較したメタ解析でも、女性のほうがうつ(MD 0.56、95%信頼区間0.26〜0.87)、状態不安(MD 0.54、95%信頼区間0.37〜0.71)、特性不安(MD 0.51、95%信頼区間0.33〜0.69)のいずれにおいても有意に高いスコアを示しました。生活の質(QoL)についても、女性は男性より低い評価を報告する傾向がありました。

ただし、含まれた研究における平均的なうつスコアは、薬物療法が必要とされる臨床的な基準を下回る水準にとどまっており、いずれの研究においても自殺念慮や自殺関連行動の報告はありませんでした。軽度から中等度の負担であっても、日常生活や治療継続への影響という観点では見過ごせない水準だと位置づけられています。

経過とともに負担は増すのか、それとも和らぐのか

縦断研究のデータからは、心理的な負担が一様に悪化し続けるわけではないことが示されています。ある研究では、治療開始前は対照群と同程度だったうつスコアが、最初の体外受精・顕微授精周期を経て妊娠判定の4〜6週間後には有意に上昇したと報告されました。一方で、5年など長期にわたり治療が不成功に終わった場合には、個人的な苦痛はむしろ減少し、状態不安・特性不安も治療期間3年未満の群より低くなる傾向が示されています。

男性については、治療開始から12か月後に身体的なストレス症状の増加とコーピングの努力が増しているにもかかわらず、メンタルヘルスの指標は低下していたとする報告があり、治療関連の社会的な苦痛が12か月後にむしろ増加したとする研究もありました。パートナーシップに関する結果は一貫しておらず、婚姻満足度や夫婦間のストレスと治療期間の長さとの関連を示した研究と、示さなかった研究の両方が存在しました。

コーピング戦略にも男女差が見られた

感情への対処の仕方にも性差が確認されています。女性では、経験に意味を見出そうとするコーピング(意味づけ型コーピング)が、本人だけでなくパートナーの婚姻ストレスの軽減にもつながっていた一方、男性では周囲に助けを求める、感情を言葉にするといった積極的なコーピングが婚姻ストレスの低さと関連していました。男性は女性に比べて、怒りや不安を抑え込む感情の抑制を用いる傾向が強く、これは短期的にはストレスを和らげる可能性がある一方、長期的には不適応的なパターンにつながりうると指摘されています。

レジリエンスについては、女性における不妊関連の生活の質(FertiQoL)にプラスの効果を持つことが示された一方で、複数回の治療不成功を経験した女性では、その保護的な効果が弱まる傾向も確認されています。家族からの社会的サポート、とくに家族による支援は、不妊関連の生活の質と有意な正の関連を示しました。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、反復着床不全に特化した心理的支援の枠組みが十分に整備されているとは言えず、多くの施設で心理的なケアは個々の医師や看護スタッフの対応に委ねられているのが実情です。今回の結果は、反復着床不全が単なる不妊治療の延長ではなく、独自の心理的負担を伴いうることを示しており、特に女性においてうつ・不安のリスクが高いことを踏まえた、性差に配慮したスクリーニングや支援体制の検討が今後の課題になり得ます。

治療開始の早い段階では心理教育やピアサポート、複数回の不成功を経た段階ではより構造化された心理的介入というように、治療の進行段階に応じた支援のあり方が、日本の臨床現場での議論の出発点になると考えられます。また、男性は女性に比べて感情表出が少なく、心理的な負担が遅れて表面化しやすいため、支援が届きにくい層として見過ごされやすい点にも注意が必要です。

研究の強みと限界

本研究の強みは、1995年から2025年までの30年間にわたる文献を対象に、うつ・不安については標準化平均差によるメタ解析を実施し、さらに男女差やコーピング戦略、時間経過による変化までを包括的に整理した点にあります。

一方で限界も少なくありません。第一に、反復着床不全の定義が研究間で大きく異なっており、直接的な比較が困難でした。第二に、対照群を設定した研究は一部にとどまり、その内訳も健常者から治療開始前の患者、妊娠達成者までさまざまで、解釈を複雑にしています。第三に、メタ解析が可能だった研究数はいずれのアウトカムでも3〜5件と少なく、推定の精度には限界があります。第四に、含まれた研究の多くが女性を対象としたものであり、男性のデータは相対的に不足しているため、性差に関する結論は暫定的なものにとどまります。さらに、無作為化比較試験など介入効果を直接検証した研究は反復着床不全の集団ではほとんど存在せず、今後の課題として残されています。

おわりに

今回のシステマティックレビューとメタ解析は、反復着床不全を経験する患者においてうつと不安が対照群より有意に高く、生活の質の低下も伴うことを示しました。うつと不安のいずれにおいても女性は男性より高いスコアを示し、男性の心理的反応はやや遅れて表れる可能性も示唆されています。コーピング戦略やパートナーシップ、社会的支援のあり方は、心理的な帰結を左右する重要な要因として位置づけられています。治療の進行段階に応じた段階的な心理的支援モデルや、性差・カップル単位に配慮した支援のあり方が、今後の生殖医療における課題として提起されています。

参考文献

1. Di Giacopo S, Kalaitzopoulos DR, Meier M, Leeners B. Emotional, psychological, social and treatment-related effects of recurrent implantation failure in men and woman: A systematic review and Meta-analysis. Gen Hosp Psychiatry 2026;102:59-69. doi:10.1016/j.genhosppsych.2026.07.001.

不妊治療の2年間──夫婦の「性欲」はどう変わるか

不妊治療(体外受精や人工授精などの生殖補助医療、以下MAR)を受けているあいだ、カップルの性生活は排卵日に合わせたスケジュールに縛られやすく、性的な満足度や欲求が低下しやすいことが、これまでの研究で繰り返し指摘されてきました。実際、女性の42%、男性の28%が不妊が自分の性欲に悪影響を及ぼしたと回答したとする報告や、MARを受ける女性の58%、男性の29%が性欲の問題を経験しているとする報告もあります。

ただし、こうした知見の多くは一時点の調査や、女性のみを対象とした研究に基づくものでした。カップルという単位で、しかも治療開始から長期にわたって性欲がどう変化していくのかを追った研究は、これまでほとんど存在していませんでした。すべてのカップルが一様に性欲を失っていくのか、それとも経過には多様なパターンがあるのか。この問いに答えるため、カナダの複数施設で実施された前向きコホート研究がJournal of Sexual Medicine誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1093/jsxmed/qdag216)。

方法──217組のカップルを、2年間・5時点で追跡した

対象は、医学的な原因による不妊でMARを開始したばかりのカップル217組です。ベースライン、6か月後、12か月後、18か月後、24か月後の計5時点で、オンライン調査により性欲を測定しました。性欲の評価には、女性用の性機能質問票(FSFI)と男性用の勃起機能質問票(IIEF)から、それぞれ2項目ずつを用いています。

解析には、ダイアド(2者関係)潜在クラス成長分析(DLCGA)という手法が用いられました。これは、カップルを一つの単位として捉え、時間の経過とともにどのような性欲の変化パターン(軌跡)のグループに分かれるかを統計的に推定する方法です。あわせて、年齢や教育歴、不妊の原因、治療の種類、治療回数、妊娠の有無、経済的負担、関係満足度、パートナーからのサポート感など、多岐にわたる要因が、どの軌跡グループに属しやすいかを予測するかどうかも検証されました。

4つの軌跡──「足並みの揃った低下」から「高いままの安定」まで

解析の結果、カップルの性欲の変化は一様ではなく、4つの異なる軌跡グループに分かれることが示されました。全体を通じて、MARを受けている本人(調査対象の大半が女性)の性欲は、いずれのグループでも時間とともに低下する傾向が見られました。

最も割合が高かったのは「不一致型」(37%、80組)で、MARを受けている本人の性欲は緩やかに低下する一方、パートナーの性欲は高いまま安定していたグループです。次いで「高欲求維持型」(26%、56組)で、両者とも比較的高い性欲を保ったまま緩やかに低下するにとどまりました。「中程度低下型」(27%、59組)は、両者とも中程度の水準から緩やかに低下するパターンです。最も割合が小さかったのが「急激な低下型」(10%、22組)で、両者ともベースラインでは中程度の性欲だったものが、2年間で急激に低下し、調査終了時にはきわめて低い水準に達していました。

何が軌跡を左右するのか──治療内容ではなく、教育歴と関係満足度

単変量の解析では、男性因子による不妊、両者の関係満足度、MARを受けている本人が感じるパートナーからのサポート、本人の年齢と教育歴の6つが、軌跡グループの違いと関連していました。しかし、これらを同時に投入した多変量解析では、教育歴と関係満足度の2つだけが独立した予測因子として残りました。

教育歴については、複雑なパターンが見られました。MARを受けている本人の教育歴が高いほど、「急激な低下型」に比べて「中程度低下型」や「不一致型」に属する見込みが高く、最も深刻な低下パターンに対しては保護的に働いていました。ところがその一方で、教育歴が高いほど「高欲求維持型」には属しにくいという、先行研究とは逆の関連も示されています。研究では、教育歴の高さが仕事上のストレスの大きさや、出産の先送り、あるいは性の悩みへの気づきやすさ・報告のしやすさと関連している可能性が考察されています。

関係満足度については、より一貫した結果でした。MARを受けている本人、パートナーのいずれについても、関係満足度が高いほど「高欲求維持型」に属する見込みが高くなっていました。一方で、不妊の期間や診断名、体外受精か人工授精かといった治療の種類、治療周期数、妊娠の成否、治療の中断といった、いわゆる医学的・治療関連の要因は、いずれも軌跡グループの違いを予測しませんでした。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本の生殖医療の現場では、不妊治療中の性生活の変化について、体系的に話題にする機会は限られているのが実情です。今回の結果は、治療の種類や治療周期数といった医学的な要因そのものよりも、カップルの関係満足度のほうが、性欲の経過を左右する重要な手がかりになりうることを示しています。医師や看護師などの医療者にとっては、治療の説明にあわせて性欲の変化が起こりうることをあらかじめ伝え、個人差が大きいことを共有すること自体が、患者の不安や自責感を和らげる一助になると考えられます。

また、「不一致型」が最も多い層だったという結果は、片方だけが性欲の低下を経験している場合でも、それが必ずしも特殊な状況ではないことを示唆しています。カップルにとっては、こうした差が生じること自体を「異常」と捉えず、話し合いの糸口とすることが助けになる可能性があります。関係満足度を保つための時間の使い方や、治療と関係のない共通の目標を持つことなど、カップル単位での心理的サポートの重要性が、今回の結果からも改めて示された形です。

研究の強みと限界

本研究の強みは、217組という比較的大きなサンプルを2年間、5時点にわたって追跡した縦断デザインにあります。また、個人単位ではなくカップル単位で解析するダイアドの手法を用いることで、変数中心の解析では見えなかった多様な組み合わせのパターンを明らかにできた点も特徴です。

一方で限界もあります。性欲の評価は過去4週間についての自己申告であり、記憶の想起バイアスや社会的望ましさバイアスの影響を否定できません。対象者は教育歴・就労率が高く、白人・異性愛者が多数を占めており、同性カップルや単身での不妊治療といった「社会的不妊」のケースは除外されているため、結果の一般化には注意が必要です。また、MARを受けていないカップルとの比較対照群が設けられておらず、観察されたパターンがMARに特有のものか、より一般的な関係性の変化を反映しているのかは判別できません。

おわりに

今回の研究は、不妊治療中のカップルの性欲の変化が一様ではなく、少なくとも4つの異なる軌跡に分かれることを、大規模な縦断データで示しました。医学的な治療要因よりも、教育歴や関係満足度といった心理社会的な要因のほうが、軌跡の違いと関連していたという知見は、治療説明や心理的サポートのあり方を考えるうえでの土台になりうるものです。今後は、より多様な背景を持つカップルを対象とした追跡調査や、対照群を伴う研究によって、知見の妥当性をさらに検証していくことが課題とされています。

参考文献

1. Rosen NO, Jabbour K, Marcotte-Beaumier G, Rossi M, Bergeron S, Brassard A, Péloquin K. Patterns and predictors of classes of sexual desire trajectories in couples with medical infertility undergoing medically assisted reproduction. J Sex Med 2026;23(8):qdag216. doi:10.1093/jsxmed/qdag216.

体外受精を受ける人の「心の資本」──35歳未満・心理的苦痛の強さが左右する3つのタイプ

体外受精・胚移植(IVF-ET)は、身体的な負担だけでなく、長期にわたる不確実性と心理的な負荷を伴う治療です。侵襲的な処置、厳格なスケジュール、そして着床がうまくいかない経験を繰り返すなかで、患者は自分の身体や人生の見通しに対するコントロール感を失いやすいことが知られています。

これまでの心理学研究の多くは、不安や抑うつといった否定的な心理状態に注目してきました。しかし近年のポジティブ心理学の広がりを受けて、自己効力感・レジリエンス・希望・楽観の4要素からなる「心理資本(Positive Psychological Capital)」という、患者が本来持っている内的な強さに目を向ける研究が増えています。心理資本は、侵襲的な処置に耐える力、結果を待つ不確実な期間を支える力、失敗した周期から立ち直る力の源になると考えられていますが、IVF-ET患者を対象とした研究はまだ多くありません。

こうした背景のもと、International Journal of Women’s Health誌(2026年)に、中国・浙江省の三次医療機関で実施された602人のIVF-ET患者を対象とする研究が掲載されました。心理資本を潜在プロファイル分析(Latent Profile Analysis, LPA)という手法でタイプ分けし、どのような患者がどのタイプに属しやすいかを検討した内容です(doi:10.2147/IJWH.S602396)。

方法──何人を、どう調べたか

対象は、2025年7月から11月にかけて中国・浙江省の三次医療機関の生殖内分泌科外来で、初回の胚移植を受けたIVF-ET患者です。20歳以上で結婚しており、独立して電子アンケートに回答できることなどが条件とされ、重篤な身体疾患や精神疾患の既往がある人、移植周期をキャンセルした人は除外されました。638人に配布し、回答に一貫性のない36人を除いた602人(有効回答率94.4%)が解析対象となりました。平均年齢は32.99±4.52歳で、35歳未満が392人(65.1%)を占めています。

胚移植当日に、心理的苦痛を測るKessler心理的苦痛尺度(K10、10〜50点)と、自己効力感・レジリエンス・希望・楽観の4次元・26項目からなる心理資本質問票(Positive Psychological Capital Questionnaire, PPQ、7段階評価)が実施されました。この26項目の回答パターンをもとに、統計ソフトMplusを用いて1〜4クラスの潜在プロファイルモデルが順にあてはめられ、AIC・BIC・aBICなどの適合度指標とEntropy(分類の正確さを示す指標、0〜1で1に近いほど良好)、LMRT・BLRTという2種類の検定を組み合わせて、最適なクラス数が検討されました。

心理資本は3タイプに分かれた──低群2割、中間層が最多

モデルの比較では、クラス数を1から3に増やすとAIC・BIC・aBICのいずれも段階的に低下し、LMRT・BLRTともに統計学的に有意でした(いずれもP<0.001)。4クラスモデルではEntropyが0.925とやや高くなったものの、LMRTが有意ではなくなり(P=0.091)、4クラス目を加えても適合度の改善が乏しいと判断されました。こうした複数の指標を総合し、Entropy 0.924の3クラスモデルが最終的に採用されています。

3つのタイプの内訳は、心理資本スコアが低い「低群」が130人(21.6%、スコア97.86±9.34)、中程度の「中間群」が275人(45.7%、スコア119.40±7.36)、高い「高群」が197人(32.7%、スコア145.48±11.45)でした。全体の心理資本スコアの平均は123.28±19.86で、理論上の得点範囲の中間よりやや高い、中程度の水準にあたります。各次元別では、自己効力感32.58±6.42、楽観30.73±5.62、希望30.41±5.47、レジリエンス29.63±6.52の順で高く、4つの次元のなかではレジリエンスがもっとも低い値でした。心理的苦痛を示すK10スコアの平均は18.22±5.96で、目安として「まずまずの精神健康状態」に相当する水準です。

低群に属する患者は、自己効力感・楽観・希望・レジリエンスのいずれの次元でも低い水準にあり、困難に直面したときに内的な動機づけや緩衝材となる仕組みを欠きやすく、無力感や挫折感を抱きやすい傾向が報告されています。一方、高群に属する患者は、治療中の不安やストレスをうまく調整し、さまざまな課題に前向きに対処できていたと自己報告されています。中間群は、一定の心理的な適応力を持ちながらも、治療の反復や不確実性に直面したときに楽観的な態度やストレスへの耐性が揺らぎやすい層と位置づけられました。

誰が「低群」になりやすいのか──若さは守りにならない

単変量解析では、年齢、居住地(都市・農村・町)、世帯の月収、不妊期間、妊娠歴の分布が3タイプ間で有意に異なっていました(いずれもP<0.05)。これらの変数と自己効力感スコアを投入した多変量ロジスティック回帰分析では、年齢とK10スコア(心理的苦痛)の2つが、独立した予測因子として残りました。

低群を基準とした場合、35歳未満であることは、中間群に属するオッズを0.534倍(95%信頼区間0.316〜0.902)、高群に属するオッズを0.361倍(95%信頼区間0.205〜0.637)に下げていました。言い換えると、35歳未満の患者はそうでない患者に比べて、低群にとどまりやすいということになります。心理的苦痛(K10スコア)についても、スコアが1点高くなるごとに、中間群に属するオッズが0.942倍(95%信頼区間0.911〜0.975)、高群に属するオッズが0.857倍(95%信頼区間0.819〜0.897)に低下しており、心理的苦痛が強いほど低群にとどまりやすいという関係が確認されました。

若い患者のほうが心理資本を保ちやすいだろうという直感とは逆の結果ですが、論文では、キャリアの初期段階にある若い患者ほど仕事と治療の両立に迫られやすく、これまでの人生経験のなかで治療の失敗を繰り返し経験する機会が少ないこと、また中国の文化的背景として、若く結婚したばかりの女性ほど早期の妊娠を求める家族からの圧力を受けやすいことなどが、この関連を説明しうる要因として挙げられています。ただし本研究は横断研究であるため、因果関係の方向までは特定できません。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本でも、体外受精を受ける患者への心理的支援の必要性は繰り返し指摘されてきましたが、多くの現場では、心理的な状態を体系的にスクリーニングする仕組みは十分に整っていません。今回の結果は、年齢と心理的苦痛という、外来診療のなかでも比較的把握しやすい2つの指標が、心理資本の低い群を早期に見分ける手がかりになりうることを示しています。

特に、35歳未満だからといって心理的な負担が軽いとは限らないという知見は、日本の臨床現場での説明のあり方にも示唆を持ちます。治療を受けている患者にとっては、年齢的な余裕があるはずだという周囲の見方と、実際の心理的な負担感との間にずれが生じやすい可能性があり、医師や看護師が患者への声かけや支援の優先順位を検討するうえで、参考になる視点だと考えられます。ただし、本研究の対象は中国の単一施設であり、文化的背景や医療制度の違いを踏まえると、同じ分類やカットオフ値がそのまま日本の患者にあてはまるとは限らない点には注意が必要です。

研究の強みと限界

本研究の強みは、602人という比較的大規模なサンプルに対して潜在プロファイル分析という個人中心の手法を用い、心理資本という肯定的な側面から患者の異質性を捉え直した点にあります。同じ研究チームは、以前に不安や抑うつと関連する「失感情症」という否定的な特性についても潜在プロファイル分析を行っており、今回の研究は、これを肯定的な資源の視点から補完するものと位置づけられています。

一方で限界も少なくありません。第一に、単一施設での機縁法(convenience sampling)によるデータであり、選択バイアスや施設固有の偏りが生じている可能性があります。第二に、対象は「初回の胚移植」を控えた患者に限られており、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)や移植可能な胚が得られなかったことなどにより周期をキャンセルした患者は含まれていません。こうした患者では心理資本がより低い可能性があり、除外による影響は無視できません。第三に、横断研究であるため因果関係の方向は特定できず、心理的苦痛と心理資本のどちらが先に生じるのか、あるいは両者が相互に影響し合っているのかは、今回のデータだけでは判断できません。第四に、すべて自己報告による測定であり、社会的望ましさに基づく回答の偏りなども否定できません。

おわりに

今回の研究は、IVF-ET患者の心理資本が低群(21.6%)・中間群(45.7%)・高群(32.7%)という3つのタイプに分かれること、そして35歳未満であることと心理的苦痛の強さが、低群に属することと関連する独立した因子であることを示しました。多くの患者が一定の心理的な資源を保持している一方で、特に低群に属する患者は、心理的な資源が枯渇した状態にあり、早期の注意を要する可能性があります。研究チームは、年齢と心理的苦痛という2つの指標を組み合わせた早期のスクリーニングと、タイプに応じた段階的な心理的支援の可能性を提案していますが、本研究は横断研究であることから、こうした介入の効果そのものは今後の縦断研究や介入研究によって検証される必要があるとされています。

参考文献

1. Yan Y, Ma Y, Xu L, Lv Y, Zhang X, Yu G. Latent Profile Analysis and Predictors of Positive Psychological Capital in Patients Undergoing in vitro Fertilization-Embryo Transfer. Int J Womens Health. 2026;18:602396. doi:10.2147/IJWH.S602396.

「かみ合わない」夫婦ほど、不妊治療のストレスに苦しむ──251組が示した4つの向き合い方

不妊は、WHOの2023年の報告によれば、生涯有病率が17.5%、直近12か月有病率が12.6%とされ、成人のおよそ6人に1人が経験する健康課題です。中国国内の大規模調査では、直近12か月の不妊有病率が2007年の約12.0%から2010年には15.5%、2020年には約18.0%へと上昇したことが報告されています。

不妊は身体的な問題にとどまらず、夫婦双方に心理的・関係的な負担をもたらします。女性では21.0〜52.2%、男性では14.0〜23.6%が抑うつ症状を経験するとされ、不妊治療中のカップルのおよそ45.0%が中等度から重度の心理的苦痛を報告するという調査もあります。近年の研究は、個人単位の分析から夫婦単位の分析へと視点を移し、パートナー同士が共同でストレスに対処する「ダイアディック・コーピング(2者間コーピング)」という概念に注目してきました。しかし、多くの研究は集団全体を均質なものとみなす手法に依拠しており、夫婦ごとの対処スタイルの多様性や、その心理的帰結の性差までは十分に検討されていませんでした。

こうした課題を踏まえ、Scientific Reports誌(2026年)に、中国湖南省衡陽市の生殖医療クリニックで実施された横断研究が掲載されました。2024年12月から2025年3月にかけて251組の不妊治療中の夫婦を対象に、個人ごとの対処パターンではなく夫婦単位の対処パターンを分類し、それが不安・抑うつとどう結びつくのかを検証した内容です(doi:10.1038/s41598-026-62111-3)。

方法──251組の夫婦を、4つの尺度で調べた

対象は、中国の2つの三次医療機関の生殖医療クリニックを受診した、異性愛の法律婚夫婦251組です。妻の平均年齢は31.27±4.38歳、夫は32.93±4.69歳で、76.9%が子どものいない夫婦でした。夫婦それぞれが独立した場所で、パートナーと相談せずに4種類の自己記入式質問票に回答しました。

用いられたのは、2者間の対処行動を測る「Dyadic Coping Inventory(DCI、37項目)」、病気や治療をどう捉えているかを測る「簡易版疾病知覚質問票(BIPQ)」、不安症状を測る「GAD-7」、抑うつ症状を測る「PHQ-9」の4種です。DCIは、ストレスの伝え合い、支援的な対処、委任的な対処、共同での対処、否定的な対処という5つの下位尺度からなり、この5つの得点パターンをもとに、統計的な手法である潜在プロファイル分析(LPA)を用いて、夫婦を対処スタイルごとにグループ分けしました。そのうえで、疾病知覚(不妊をどれだけ脅威と感じているか)が、対処スタイルと不安・抑うつとの関係をどう媒介するかを、夫婦それぞれのデータを組み込んだ統計モデル(APIMeM)で検証しています。

見えてきた「4つの向き合い方」

解析の結果、分類の精度を示すエントロピー値0.93という高い分類精度のもと、4つの対処プロファイルが識別されました。

最も多かったのは「夫が積極的・妻が受け身」タイプ(38.4%、95組)で、夫が支援的な対処に前向きに取り組む一方、妻の関与は相対的に低いという組み合わせでした。次に多かったのが「低関与・相互不関与」タイプ(31.6%、80組)で、夫婦とも対処のすべての側面で関与が乏しく、否定的な対処(責め合いや回避)の傾向も相対的に高いグループでした。3番目は「高い相互関与」タイプ(23.3%、59組)で、夫婦双方が対処のあらゆる側面で高い得点を示し、協働的に不妊というストレスに向き合っている組み合わせです。最も少なかったのは「妻が積極的・夫が支援役」タイプ(6.7%、17組)で、妻が主体的に働きかけ、夫はそれを支える形で応じるという組み合わせでした。

最も苦しんでいたのは、夫婦とも「関わりが薄い」グループ

4つのプロファイル間で、不安・抑うつの得点には明確な差が見られました。妻については、不安(F=27.999、p<0.001)、抑うつ(F=18.982、p<0.001)のいずれも群間で有意差があり、事後検定の結果、「低関与・相互不関与」タイプの妻が、他の3タイプの妻よりも一貫して高い不安・抑うつ得点を示しました。さらに、「夫が積極的・妻が受け身」タイプの妻は、「高い相互関与」タイプの妻よりも不安・抑うつがやや高い傾向も見られています。

夫についても同様の傾向で、不安(F=35.057、p<0.001)、抑うつ(F=12.194、p<0.001)のいずれも群間差が確認されました。「低関与・相互不関与」タイプの夫が、他のすべてのタイプの夫よりも不安が高く、「妻が積極的・夫が支援役」タイプの夫も、「夫が積極的・妻が受け身」タイプや「高い相互関与」タイプの夫より不安が高いという結果でした。総じて、夫婦双方が能動的に関わり合う「高い相互関与」タイプが、妻・夫のどちらにおいても最も心理的に安定した状態と結びついていました。

心のフィルター「不妊をどう捉えるか」が橋渡しをする

対処スタイルが、なぜ不安・抑うつの違いにつながるのか。その一つの経路として検討されたのが、不妊という状況をどれだけ脅威的・制御不能なものと捉えているかという「疾病知覚」です。統計モデルの結果、妻・夫のいずれにおいても、自分自身の疾病知覚が自分自身の不安・抑うつと正の関連を示しました(疾病知覚が脅威的であるほど、不安・抑うつが高い)。

妻については、「妻が積極的・夫が支援役」「夫が積極的・妻が受け身」「高い相互関与」という3つの対処タイプいずれにおいても、対処スタイルと妻自身の不安・抑うつとの関連の一部が、疾病知覚を介した間接的な経路で説明されました。つまり、より協働的な対処スタイルほど疾病を脅威と感じにくく、それが不安・抑うつの低さにつながっているという構図です。一方、夫についてはこの媒介経路がより限定的で、「夫が積極的・妻が受け身」タイプと「高い相互関与」タイプでは確認された一方、「妻が積極的・夫が支援役」タイプでは統計的に裏付けられませんでした。妻の疾病知覚が比較的どのタイプでも安定してその後の心理状態と結びついていたのに対し、夫の疾病知覚はどの対処スタイルに置かれているかによって関わり方が変わる、という違いが見られたことになります。

妻の不安な気持ちは、夫にもうつる

さらに注目されるのは、パートナーをまたいだ関連です。不安モデルでは、妻の疾病知覚が高いほど(=妻がより脅威的に感じているほど)、夫自身の不安も高くなるという、パートナー間の間接的な関連が3つの対処タイプいずれでも確認されました。一方、夫の疾病知覚から妻の不安への同様の関連は認められませんでした。また、抑うつモデルでは、こうしたパートナーをまたいだ関連はいずれの方向でも確認されず、不安と抑うつとで、パートナー間の伝わり方に違いがある可能性が示唆されています。ただし、本研究は一時点の横断調査であるため、これらの関連は時間的な前後関係を示すものではなく、あくまで統計的な結びつきとして解釈する必要があります。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本の不妊治療の現場では、心理的支援がしばしば妻(患者)を中心に組み立てられ、夫(パートナー)への支援は付随的な位置づけにとどまることが少なくありません。今回の結果は、夫婦の対処の組み合わせそのものに着目する視点を提供するものです。とりわけ「低関与・相互不関与」という組み合わせが、妻・夫のどちらにおいても不安・抑うつと結びついていたことは、コミュニケーションが乏しいまま治療が進む夫婦への注意を促すものと言えます。

一方で、夫婦のどちらか一方だけが積極的に関わるという非対称な組み合わせ(妻が積極的・夫が支援役、あるいはその逆)についても、心理的な帰結が夫婦で異なりうることが示されています。日本の臨床現場では、妻への説明や心理教育に重点が置かれがちですが、夫の疾病知覚や心理状態が対処スタイルによって変わりうるという知見は、夫への個別の関わり方を検討する材料になり得ます。ただし、著者らも述べているとおり、この研究で識別された4つの対処タイプは臨床的な分類として検証されたものではなく、今回の結果を直ちに支援方法の変更に結びつけるのではなく、今後の追試を踏まえて検討していく必要があります。

研究の強みと限界

本研究の強みは、夫婦251組という規模で、個人ではなく夫婦という単位で対処スタイルを分類し、疾病知覚を介した媒介経路を、妻・夫双方の視点から検証した点にあります。分類の精度を示すエントロピー値は0.93と高く、最も小規模なグループ(17組)についても分類の確からしさは高い水準でした。

一方で限界も複数指摘されています。第一に横断研究であるため、対処スタイルと不安・抑うつの前後関係は特定できません。第二に、統計モデルにおいて夫婦を最も可能性の高いグループに割り当てて扱っており、グループ分けの不確実性が十分に反映されていない可能性があります。第三に、全ての測定が自己報告によるものであり、共通の測定方法に由来するバイアスの可能性を完全には否定できません(ただし、いわゆるHarmanの単一因子検定では、単一因子が説明する分散は20.71%にとどまり、深刻な問題を示す水準ではありませんでした)。第四に、性役割に関する信念など、非対称な対処パターンの背景にありうる要因は測定されておらず、その解釈は今後の課題として残されています。また、夫を対象としたGAD-7・PHQ-9の信頼性係数がやや低め(それぞれ0.687、0.683)であった点も、夫における関連の弱さに影響した可能性があります。

おわりに

今回の研究は、不妊治療中の夫婦の対処スタイルが一様ではなく、夫婦がどのように役割を分担し、どちらがどれだけ関与しているかによって、心理的な帰結が異なりうることを示しました。妻の心理状態は、対処スタイルにかかわらず自身の疾病知覚と比較的安定して結びついていた一方、夫の心理状態は対処スタイルの組み合わせによって関わり方が変わるという、性差を伴う結果が得られています。これらの知見は因果関係を示すものではなく、今後の縦断研究や、対処スタイルに応じた心理的支援のあり方を検討するための、探索的な手がかりとして位置づけられています。

参考文献

1. Chen J, Qian S, Li Y, Wu Y, Zhang J, Zhou Y. Dyadic coping profiles and emotional distress in Chinese infertile couples. Sci Rep (2026). doi:10.1038/s41598-026-62111-3.

PCOSによる不妊は、心にも重い──原因不明不妊との比較でみえた心理的負担

不妊治療を受ける女性にとって、身体的な検査や治療そのものに加えて、精神的な負担が重なることは以前から指摘されてきました。複数の研究で、不妊の女性は妊孕性に問題のない女性に比べてうつ症状や不安症状のスクリーニング陽性率が高く、生活の質(QOL)も低下しやすいことが報告されています。

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、生殖年齢の女性における代表的な内分泌疾患であり、不妊の主要な原因のひとつです。月経周期の乱れや男性ホルモン(アンドロゲン)の過剰、多嚢胞様の卵巣所見に加えて、肥満やインスリン抵抗性といった代謝異常を伴うことも多く、心理面への影響も以前から注目されてきました。しかし、PCOSによる不妊と、原因がはっきりしない「原因不明不妊」とを直接比較し、さらにPCOSの中でもタイプ(表現型)によって負担に違いがあるかどうかを検討した研究は、これまで十分ではありませんでした。

こうした背景のもと、Journal of Ovarian Research誌(2026年)に、インドの三次医療機関で実施された横断研究が掲載されました。PCOSによる不妊の女性120人と、原因不明不妊の女性120人、合計240人を対象に、スクリーニング用の質問票を用いてうつ・不安の症状負担とQOLを比較し、あわせてPCOSの表現型別の違いも検討した内容です(doi:10.1186/s13048-026-02186-8)。

方法──240人を、PCOSと原因不明不妊で比較した

対象は、2019年10月から2021年3月にかけて、インドの産婦人科三次医療機関(VMMC・Safdarjung病院)の不妊外来を受診した18〜40歳の女性240人です。PCOS群120人は改訂ロッテルダム基準(排卵障害、臨床的または生化学的な男性ホルモン過剰、超音波での多嚢胞様卵巣所見のうち2項目以上)で診断され、原因不明不妊群120人は排卵機能、卵管疎通性、パートナーの精子所見などの標準的な検査で原因が特定できなかった女性でした。以前に精神科的な診断を受けている女性や重い全身疾患のある女性は、心理面の評価への影響を避けるため対象から除外されています。

心理的な指標は、うつ症状をPHQ-9とベック抑うつ質問票(BDI)、不安症状をGAD-7とベック不安質問票(BAI)という、いずれも自己記入式のスクリーニング質問票で評価しました。QOLはWHOQOL-BREF(身体・心理・社会・環境の4領域を含む質問票)で測定しています。ここで重要なのは、これらの数値はあくまで「症状の重さのスクリーニング結果」であり、精神科医による診断面接に基づく確定診断ではないという点です。論文自体も、この違いを繰り返し強調しています。

うつ・不安のスクリーニング陽性率は、PCOS群で数倍に

PHQ-9で9点を超える「うつ症状のスクリーニング陽性」は、PCOS群で60.0%だったのに対し、原因不明不妊群では14.0%にとどまりました(p<0.001)。同様に、GAD-7で7点を超える「不安症状のスクリーニング陽性」は、PCOS群で63.3%、原因不明不妊群で21.0%でした(p<0.001)。いずれも、PCOS群では原因不明不妊群のおよそ3〜4倍の頻度で、臨床的に意味のある水準の症状が疑われる結果となっています。

QOLの総合スコア(WHOQOL-BREF、高いほど生活の質が良好)は、PCOS群で66.8%、原因不明不妊群で85.1%と、大きな差がついていました(p<0.001)。特に心理面と社会面の領域で、PCOS群のスコアの落ち込みが目立っていたと報告されています。

「軽い症状」ではなく「中等度以上」が多いという違い

重症度別の内訳を見ると、両群の違いはより鮮明になります。PHQ-9で「中等度」または「中等度から重度」に該当した割合は、PCOS群で60.0%(中等度46.7%、中等度から重度13.3%)だったのに対し、原因不明不妊群ではわずか8.0%(いずれも中等度)でした。GAD-7の「中等度」不安についても、PCOS群で30.8%観察された一方、原因不明不妊群では0%でした。つまり、単に「症状がある人の割合」が多いだけでなく、「症状の重さそのもの」もPCOS群でより深刻な傾向にあったということになります。

このほか、身体化症状(原因不明の身体的不調を訴える傾向)、パニック関連症状、摂食関連症状についても、いずれもPCOS群でより高頻度に観察されました(それぞれ37.5% vs 8.0%、27.5% vs 0%、20.0% vs 3.0%、いずれもp<0.001)。

体形やホルモン値にも、はっきりした差

背景となる身体的指標にも差がありました。BMIはPCOS群で平均29.16kg/㎡、原因不明不妊群で26.72kg/㎡と、PCOS群で有意に高値でした(p<0.001)。肥満(BMI高値)に該当する割合もPCOS群で52.5%と、原因不明不妊群の6.0%を大きく上回っています。黄体形成ホルモン(LH)、血中テストステロン、DHEAS(副腎由来の男性ホルモン)、中性脂肪の値も、いずれもPCOS群で有意に高い水準にありました(すべてp<0.001)。これらはPCOSに伴う代謝異常や男性ホルモン過剰という、よく知られた特徴を裏づける結果です。

同じPCOSでも、男性ホルモン過剰型はよりつらい

PCOSは一様な疾患ではなく、ロッテルダム基準の3要素(排卵障害・男性ホルモン過剰・多嚢胞様卵巣所見)の組み合わせによって、A〜Dの4つの表現型に分類されます。今回の研究では、3要素すべてを満たす表現型A(n=84)が最も多く、次いで排卵障害と卵巣所見のみの表現型D(n=15、男性ホルモン過剰を伴わない)、男性ホルモン過剰と卵巣所見の表現型C(n=11)、男性ホルモン過剰と排卵障害の表現型B(n=10)という内訳でした。

男性ホルモン過剰を伴う表現型BとCでは、他の表現型に比べてうつ・不安のスクリーニング陽性率が高く、QOLスコアも低い傾向が見られました。具体的には、表現型Bのうつ症状陽性率は100.0%、不安症状陽性率は70.0%、QOLスコアは平均54.25(±3.33)。表現型Cではうつ症状陽性率90.9%、不安症状陽性率45.5%、QOLスコア平均58.4(±6.1)でした。一方、男性ホルモン過剰を伴わない表現型Dでは、うつ症状陽性率40.0%、不安症状陽性率40.0%、QOLスコア平均75.3(±11.29)と、他の表現型に比べて負担が相対的に軽い傾向にありました。ただし、表現型BとCの対象者数はそれぞれ10人・11人と少なく、この結果はあくまで記述的な傾向として解釈する必要があるとされています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、不妊治療の現場において心理的なスクリーニングが一律に組み込まれているとは言えず、身体的な検査や治療計画が優先されやすい面があります。今回の結果は、PCOSによる不妊の女性が、原因不明不妊の女性に比べてうつ・不安の症状負担を抱えやすく、生活の質の低下も大きい可能性を示しており、特に男性ホルモン過剰を伴うタイプでその傾向が強い可能性を示唆しています。

医師と患者のあいだでは、体重管理やホルモン値といった代謝面の説明に重点が置かれがちですが、今回の知見は、PCOSと診断された女性に対して心理面の状態を定期的に確認し、必要に応じて心療内科や心理士と連携する体制を検討する根拠のひとつになり得ます。論文自体も、生殖医療・内分泌・メンタルヘルスの専門職が連携した多職種による支援体制の重要性を指摘しています。

研究の強みと限界

本研究の強みは、PCOSによる不妊と原因不明不妊という2つの群を直接比較した点、複数の検証された質問票(PHQ-9、GAD-7、BDI、BAI、WHOQOL-BREF)を組み合わせて多面的に評価した点、そしてPCOSの表現型別の分析まで行った点にあります。

一方で限界も少なくありません。第一に横断研究であるため、PCOSと心理的負担のあいだの因果関係を証明するものではありません。第二に、心理的な評価は自己記入式のスクリーニング質問票によるものであり、精神科医による構造化面接に基づく確定診断ではないため、結果は「症状負担」を反映するものであって、確定した精神疾患の頻度ではありません。第三に、自己記入式であることから、回答者の心理状態や社会的望ましさによる回答の偏りが生じた可能性も否定できません。第四に、表現型BとCの対象者数が10〜11人と少なく、表現型別の結果は慎重に解釈する必要があります。第五に、単一の三次医療機関でのデータであるため、地域の一般診療所や他の医療環境への一般化には注意が必要です。

おわりに

今回の研究は、PCOSによる不妊が、原因不明不妊に比べてスクリーニングベースでのうつ・不安の症状負担が大きく、生活の質も低下しやすいことを示しました。特に男性ホルモン過剰を伴う表現型では、その傾向がより顕著である可能性が示されています。これらの知見は、不妊治療における心理的スクリーニングの導入や、生殖医療・内分泌・メンタルヘルスをまたいだ多職種支援のあり方を検討する材料となり得るものです。今後は、より大規模な表現型別のコホートや、縦断的な追跡研究によって、PCOSに伴う代謝の変化と心理的負担との時間的な関係を明らかにしていくことが課題とされています。

参考文献

1. Kataria K, Kapoor G, Saha R, Lachyan A. Psychological distress and quality of life in women with infertility due to polycystic ovarian syndrome versus unexplained infertility: a cross-sectional study with phenotype-based analysis. J Ovarian Res 2026. doi:10.1186/s13048-026-02186-8.