非閉塞性無精子症(NOA)は、男性不妊のなかでも最も重い病態のひとつです。射出精液中に精子がまったく存在せず、原因は精巣そのものの造精機能の障害にあります。治療の選択肢は限られており、顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE、以下mTESE)が生物学的な父親になるための唯一に近い手段ですが、実際に精子を回収できる確率は40〜60%程度とばらつきがあり、手術前にその成否を見通す指標が乏しいことが、患者への説明や意思決定を難しくしてきました。
一方、腸内細菌は短鎖脂肪酸や炎症性メディエーターを介して全身に作用し、性ホルモンの代謝や血液精巣関門の維持にも関与するとされ、『腸精巣軸』と呼ばれる双方向のネットワークが想定されています。原因不明の男性不妊やNOAの患者では健常男性と異なる腸内細菌プロファイルが報告されてきましたが、腸内細菌叢とmTESEの手術結果を関連づけて体系的に調べた研究は、これまで存在していませんでした。こうした空白を埋める研究が、Journal of Assisted Reproduction and Genetics誌に2026年に掲載されました(DOI: 10.1007/s10815-026-04002-0)。台北栄民総合医院で実施されたこの前向きコホート研究は、39人の無精子症男性の便を全長16S rRNA遺伝子シーケンシングで解析し、腸内細菌叢の組成が手術による精子回収の成否とどう関わるのかを検証しています。
方法──39人の無精子症患者の便を、次世代シーケンサーで読む
研究対象は、2022年5月から2024年1月にかけて台北栄民総合医院でTESEを受けた無精子症の男性39人です。このうち14人は精管切除後などによる閉塞性無精子症(OA、造精機能自体は正常)、25人が非閉塞性無精子症(NOA)でした。NOAの原因は特発性が15人(60%)と最多で、悪性腫瘍治療後やY染色体AZFc微小欠失などが続きます。NOA群は血清FSH(15.5±15.2 vs 4.7±3.6 mIU/mL、p=0.009)、LH(9.0±8.1 vs 4.5±2.0 IU/L、p=0.006)がOA群より有意に高く、原発性の精巣機能不全を反映する内分泌像が確認されています。全員が手術当日に排便検体を提供し、PacBio社のロングリード技術で解析しました。NOA群はさらに、mTESEで精子が回収できた群(NOA(+)、13人、52%)とできなかった群(NOA(−)、12人、48%)に分けて比較され、両群のあいだに年齢・BMI・ホルモン値の有意差はありませんでした。
同じ『無精子症』でも、腸内細菌はまるで違う
腸内細菌叢の全体像を見ると、優勢な4つの門のうちFirmicutesはどちらの群でも最多(OA 64.0%、NOA 62.8%)で差はありませんでしたが、Bacteroidota(OA 28.47% vs NOA 23.47%、p<0.001)は減少し、Proteobacteria(OA 3.76% vs NOA 9.72%、p<0.001)は増加しているという、はっきりした偏りがNOA群に確認されました。約2.6倍に増えたProteobacteriaは、リポポリサッカライド(LPS)という強力な内毒素を産生する細菌を多く含む門で、腸内環境の不安定さを示す指標です。検出されたOTU(細菌の種類を区別する分類単位)は両群合わせて8,876種類にのぼり、共通していたのはわずか922種類(10.4%)でした。
細菌の多様性そのもの(アルファ多様性)には群間で差はありませんでしたが、個体間でどれだけ組成がばらついているか(ベータ分散)は、NOA群のほうが有意に大きいという結果でした(weighted UniFrac p<0.001)。NOA群は細菌の種類数自体は変わらないものの個人差が大きく、より不安定な腸内環境にあると解釈できます。LEfSe解析でも、OA群では短鎖脂肪酸を産生するLachnospiraceae科やRoseburia属など『腸に優しい』細菌群が優勢という結果が示されています。
精子が『見つかる』人と『見つからない』人を分けるもの
本研究のもう一つの核心は、mTESEにより精子が回収できたNOA(+)群と、できなかったNOA(−)群の腸内細菌叢を比較した部分です。両群のOTU構成はほとんど重なっておらず、合計5,762種類のうち共通していたのはわずか330種類(5.7%)でした。最も際立った違いはFirmicutesとBacteroidotaの比率(F/B比)で、NOA(+)群ではこの比率が有意に高く、Firmicutesの相対存在量は中央値で約72%(NOA(−)群は約59%)、Bacteroidotaは約18%(同約30%)と両者が逆方向に動いていました。種レベルではFinegoldia magnaというグラム陽性の嫌気性球菌が、NOA(+)群で有意に増加していました(いずれもp<0.05)。
LEfSe解析でも同様の傾向が確認され、NOA(+)群ではFinegoldia magnaなどFirmicutes門の細菌が優勢だった一方、NOA(−)群ではBacteroides属、Blautia属、Parabacteroides属などBacteroidota門を中心とした細菌が優勢でした。興味深いのは、過去に原因不明の男性不妊でAnaerococcus属の減少が報告されていた点との対比です。今回はNOA(+)群(残存する造精機能がある群)でAnaerococcus属がむしろ増えており、同じ属でも不妊の病態や文脈によって関連の方向が異なりうることが示唆されています。
腸から精巣へ──『腸精巣軸』という仕組み
なぜ腸内細菌の構成が、精巣での造精機能と結びつくのでしょうか。ひとつの鍵は、Bacteroidota門やLachnospiraceae科の細菌が産生する短鎖脂肪酸(SCFA)、特に酪酸(ブチレート)です。動物実験では、無菌マウスに酪酸産生菌を定着させると、血液精巣関門のタイトジャンクションタンパク質の発現が回復し、精巣内のテストステロン濃度が上昇したことが報告されています。今回の研究でOA群に多かったLachnospiraceae科やRoseburia属などはいずれもSCFA産生菌で、NOA群ではこうした『腸に優しい』細菌が相対的に減少していました。
SCFAの供給が乏しくなると、腸管バリアと血液精巣関門の両方が弱まり、腸内細菌由来のエンドトキシン(LPS)が全身循環に入り込みやすくなります。実際、NOA群ではLPS産生に関わることの多いProteobacteria門が増加しており、循環中のLPSがLeydig細胞でのステロイド産生を抑制し酸化ストレスを引き起こすという既存の知見とも符合します。ただし、こうした仕組みの多くは動物実験にもとづく推論であり、今回の研究自体は一時点の腸内細菌叢を調べた観察研究です。腸内細菌の違いが精巣機能の結果か原因かは、この研究単独では判定できません。
腸内細菌で、手術の成否を予測できるか
研究チームは、ROC解析で腸内細菌の指標が精子回収の成否をどの程度予測できるかも検証しています。F/B比はAUC 0.763(95% CI 0.544〜0.934)で、カットオフ値2.20以上のとき感度76.9%、特異度75.0%という中程度の識別性能を示しました。一方Finegoldia magnaの相対存在量はAUC 0.756(95% CI 0.551〜0.923)で、感度は46.2%とやや低いものの8.7%以上というカットオフでは特異度100%という結果が得られています。この菌が男性の生殖機能と関連づけられた報告はこれまでになく、今回が初めての知見とされています。数値はいずれも95%信頼区間の幅が広く、探索的な位置づけにとどまる点に注意が必要です。
日本の生殖医療現場への含意
日本では、非閉塞性無精子症に対するmTESEは保険適用のもとで広く実施されていますが、術前に精子回収の可能性を見通す手段は限られており、患者への説明は精巣容積やホルモン値、組織所見などにもとづく確率的な情報にとどまっているのが実情です。今回のような腸内細菌マーカーが将来的に非侵襲的な補助情報として利用できれば、便検体という比較的負担の少ない方法で手術前カウンセリングに新たな材料を加えられる可能性があります。ただしF/B比やFinegoldia magnaの値は既存の臨床指標を補完する候補であり、それ単独でmTESEの適応を決める基準にはなりません。
研究の強みと限界
この研究は、NOA患者の腸内細菌叢とmTESEの結果を体系的に結びつけた最初の報告とされ、全長16S rRNA遺伝子のロングリードシーケンシングで種レベルまで踏み込んだ解析を行っている点に強みがあります。一方、39人という症例数は大規模集団への一般化には限られた規模であること、16S rRNA解析は細菌の種類を明らかにできても代謝機能までは評価できないこと、一時点の便検体のみで経時的な安定性が未確認であること、ROC解析のカットオフ値が外部検証を経ていないこと、台湾の単一施設からの登録であることが限界として挙げられています。
おわりに
今回の研究は、非閉塞性無精子症という原因の見えにくい病態において、腸内細菌叢の組成がmTESEによる精子回収の成否と関連することを、初めて体系的に示したものです。Firmicutes-to-Bacteroidota比の上昇とFinegoldia magnaの増加が残存する造精機能を持つ患者群で確認され、AUC 0.76前後という中等度の予測性能が得られました。腸精巣軸を介した炎症性メディエーターや短鎖脂肪酸の関与が背景として想定されていますが、これらは仮説の域を出ておらず、より大規模で多施設にわたる前向き研究が今後の課題として位置づけられています。
参考文献
1. Huang IS, Bregente CJB, Lin TP, Huang EYH, Kao CY, Huang WJ.『Gut microbiota signatures associated with spermatogenic capacity and sperm retrieval outcomes in non-obstructive azoospermia』J Assist Reprod Genet. 2026. doi:10.1007/s10815-026-04002-0.
2. Lundy SD, Sangwan N, Parekh NV, et al.『Functional and taxonomic dysbiosis of the gut, urine, and semen microbiomes in male infertility』Eur Urol. 2021;79(6):826-836.
3. Cao Y, Wang H, Jin Z, et al.『Characterization of non-obstructive azoospermia in men using gut microbial profiling』J Clin Med. 2023;12(2):701.
4. Al-Asmakh M, Stukenborg JB, Reda A, et al.『The gut microbiota and developmental programming of the testis in mice』PLoS ONE. 2014;9(8):e103809.
5. Tremellen K, McPhee N, Pearce K, Benson S, Schedlowski M, Engler H.『Endotoxin-initiated inflammation reduces testosterone production in men of reproductive age』Am J Physiol Endocrinol Metab. 2018;314(3):E206-213.
6. Bernie AM, Mata DA, Ramasamy R, Schlegel PN.『Comparison of microdissection testicular sperm extraction, conventional testicular sperm extraction, and testicular sperm aspiration for non-obstructive azoospermia: a systematic review and meta-analysis』Fertil Steril. 2015;104(5):1099.
