2人目を望んで、ARTに戻る夫婦は3組に1組──決め手は「凍結卵子・胚」という備え

高所得国の多くでは、この30年ほど出生率の低下が続いています。少子化の背景として、子どもを持つこと自体を望まなくなったのか、それとも希望する時期が先送りされているだけなのかは、長く議論の対象となってきました。イタリアの国立統計研究所(ISTAT)によれば、子どもを持ちたいと考えている人のうち56.1%は2人以上を希望していますが、実際の合計特殊出生率は2024年時点で1.18人にとどまっています。希望する子どもの数と実際に持てる数のあいだのこの差は「fertility gap」と呼ばれ、晩婚化・晩産化や年齢による妊孕性低下への理解不足、生殖補助医療(ART)の効果に対する過大評価などが影響していると考えられています。

世界保健機関(WHO)は、生殖年齢にある人の6人に1人が不妊を経験すると推計しており、望む家族の形を実現することを基本的な生殖に関する権利の一つと位置づけています。ARTによって最初の子どもを授かった夫婦のうち、どれくらいが2人目・3人目を目指して治療に戻り、どのような要因がその復帰を左右するのかは、これまで十分に明らかにされてきませんでした。過去の系統的レビューでは、初回出産後にARTへ復帰する割合は研究間で25%から50%までばらつきがあると報告されています。

この問いに答えるため、イタリア・ミラノの単一施設で行われた大規模コホート研究が、Human Reproduction Open誌に2026年に掲載されました(doi:10.1093/hropen/hoag063)。2010年から2020年にかけてARTで最初の子どもを授かった5852組の夫婦を2024年12月まで追跡し、誰がどのような条件のもとで治療に戻り、2人目・3人目の出産に至ったのかを検討した研究です。

方法──5852組を、最長15年にわたって追跡した

対象は、2010年1月から2020年12月のあいだにイタリア・ミラノのHumanitas不妊治療センターでARTにより最初の子ども(index birth)を授かった夫婦です。着床前遺伝学的検査(PGT-A)を行った周期や、提供配偶子を用いた周期は除外されました。女性の年齢は18歳から46歳までとされており、これはイタリアの規制上の上限に基づく基準です。最終的に5852組が解析対象となり、2024年12月まで追跡されました。

追跡期間は、最初の出産がいつ起きたかによって夫婦ごとに約4年から15年まで幅があります。最初の出産後に、卵巣刺激・凍結胚移植・凍結卵子の融解移植のいずれかを含む治療周期を1回でも開始した夫婦は「復帰群」、そうでない夫婦は「非復帰群」に分類されました。治療を伴わない診察のみの受診は非復帰群に含まれています。解析では、母親の年齢や、凍結保存されている卵子・胚の有無によって夫婦を4群(凍結なし、卵子のみ、胚のみ、卵子と胚の両方)に分け、復帰率や2人目出産率を比較しました。

3組に1組が、二人目を目指して治療に戻った

5852組のうち、1978組(33.8%)が最初の出産後にARTへ復帰し、3874組(66.2%)は復帰していませんでした。復帰した夫婦は、最初の出産時点での母親の年齢が非復帰群より若く(平均34.5±3.7歳 対 35.6±3.9歳、P<0.001)、最初の出産が双子であった割合は大きく低くなっていました(2.7%対18.1%、P<0.001)。分娩時の妊娠週数はわずかに長く(平均38.8±2.3週対38.1±2.6週、P<0.001)、男性因子による不妊の割合(45.6%対37.8%)や母児の合併症の割合(23.6%対19.5%)も復帰群でやや高くなっていましたが、いずれも差自体は大きくありませんでした。BMIや、最初の出産までの卵巣刺激周期数には差が見られませんでした。

復帰した夫婦のうち、2人目の出産に至ったのは49.3%(974組/1978組)でした。3人目を目指して治療に戻る夫婦は少数にとどまりましたが、卵子と胚の両方が保存されている場合には、3人目の出産率も50%を超えていました。復帰から2人目出産までの期間は中央値36か月(範囲9〜113か月)で、凍結保存の有無による差は見られませんでした(P=0.620)。

凍結卵子・胚があると、復帰率は最大2倍近くに

復帰のしやすさを最も強く分けていたのは、凍結保存された卵子・胚の有無でした。凍結保存された生殖材料が残っている夫婦の復帰率は41.0%であったのに対し、残っていない夫婦では23.3%にとどまり、約1.8倍の差がありました(P<0.001)。さらに保存状況を4区分に細分化すると、凍結なし群23.3%、卵子のみ保存群28.7%、胚のみ保存群41.6%、卵子と胚の両方を保存している群44.3%と、保存している生殖材料が多いほど復帰率が段階的に高くなる傾向が見られました(P<0.001)。

2人目の出産に至った割合についても、同様のパターンが確認されています。復帰した夫婦の中で2人目を出産した割合は、凍結なし群39.5%、卵子のみ保存群48.8%、胚のみ保存群50.3%、卵子と胚の両方を保存している群では64.6%に達し、保存状況による差は明確でした(P<0.001)。多変量解析でも、凍結保存された生殖材料の有無は復帰の独立した予測因子であり(調整オッズ比〔aOR〕2.21、95%信頼区間〔CI〕1.95〜2.50、P<0.001)、年齢などで調整してもこの関連はほとんど弱まりませんでした。凍結された卵子・胚は単なる治療の予備ではなく、若い時点での妊孕性そのものを保存した資源として機能していると考えられます。

双子出産だった夫婦は、復帰の可能性が9割近く低かった

多変量解析では、凍結保存された生殖材料の有無以外にも、いくつかの要因が独立してARTへの復帰と関連していました。母親の年齢は1歳上がるごとに復帰のオッズが0.93倍(95% CI 0.92〜0.95、P<0.001)となり、年齢が上がるほど復帰しにくくなる傾向が示されています。最初の出産が双子であった場合は、単胎だった場合と比べて復帰のオッズが0.12倍(95% CI 0.09〜0.16、P<0.001)と、9割近く低くなっていました。双子出産によって早期に希望する家族の人数を達成したと感じる夫婦が多いことに加え、双子の育児が夫婦関係の解消リスクをやや高めるという先行研究の知見も、この関連の背景として指摘されています。

一方で、男性因子による不妊(aOR 1.26、95% CI 1.12〜1.42、P<0.001)、最初の出産時の母児合併症(aOR 1.29、95% CI 1.12〜1.49、P<0.001)、分娩時の妊娠週数が長いこと(1週あたりaOR 1.03、95% CI 1.01〜1.06、P=0.021)は、いずれも復帰の可能性をやや高める方向に関連していました。男性因子不妊との関連は、女性側の妊孕性が比較的保たれている夫婦が多いことを反映している可能性があります。また、分娩時の妊娠週数や合併症の経験といった産科的な体験も、次の妊娠に踏み出すかどうかの判断に関わっていることがうかがえます。

年齢が上がるほど、復帰も出産も難しくなる

年齢層別(30歳未満、30〜37歳、38歳以上)に見ると、いずれの年齢層でも凍結保存された生殖材料がある夫婦のほうが復帰率は高いという傾向は共通していましたが、年齢が上がるにつれて全体の復帰率自体は低下していました。30歳未満では、凍結なし群35.0%から卵子・胚両方保存群46.5%までの範囲、30〜37歳では28.1%から45.1%、38歳以上では14.0%から38.6%まで、年齢が上がるほど群間の値そのものも下がっていく形です。

2人目の出産に至った割合についても、年齢による差は顕著でした。30歳未満で復帰した夫婦では69.4%から75.8%が2人目を出産していたのに対し、30〜37歳では42.8%から67.1%、38歳以上では17.7%から38.2%まで低下しています。いずれの年齢層でも、凍結保存された生殖材料がある場合のほうが出産率は高く保たれており、卵子・胚を保存しておくことの効果は、年齢が上がった後にこそ大きく現れる形となっています。

日本の生殖医療現場への示唆

日本では、ARTによる出生数が増加を続ける一方で、2人目・3人目を目指す治療への理解や支援体制は、初回治療ほど整理されていない面があります。今回の結果は、最初の出産の時点で凍結保存された卵子・胚が残っているかどうかが、その後の家族形成の可能性を大きく左右することを示しています。診察の場では、1回の治療周期・1人の子どもの誕生だけを目標とするのではなく、その後の家族計画も視野に入れた説明や、余剰胚・卵子の凍結保存についての情報提供が、長期的な視点でのカウンセリングとして意味を持つと考えられます。

イタリアの制度では、治療に厳密に必要な数の胚しか作成・凍結できないという規制があり、胚の作成数に事実上の制限がない国とは異なります。それでも、若い年齢で得られた卵子・胚の保存が、将来の妊孕性低下を部分的に補う手段になり得るという知見は、規制の枠組みが異なる国の臨床現場にも参考になります。

研究の強みと限界

この研究の強みは、5852組という大規模なコホートを最長15年にわたって追跡し、単一施設の完全なデータベースに基づいているため追跡からの脱落がない点にあります。一方で限界も指摘されています。非復帰を選んだ夫婦の心理社会的・経済的な背景は評価されておらず、自然妊娠に関するデータも把握されていません。イタリアでは凍結卵子・胚を他施設へ移送することが制度上認められているため、他施設での治療継続による過小評価の可能性も否定できません。さらに単一施設・単一国での研究であり、イタリア特有の制度的・文化的背景が結果に影響している可能性があるため、他の医療制度への一般化には注意が必要です。

おわりに

今回のコホート研究は、ARTで最初の子どもを授かった夫婦のうち約3組に1組が、その後2人目を目指して治療に戻ること、そしてその可能性は母親の年齢、最初の出産が単胎か双子か、そして凍結保存された卵子・胚の有無によって大きく左右されることを示しました。凍結保存された生殖材料の有無は、年齢などで調整した後も独立した予測因子であり続けており、若い時点で保存された妊孕性が、その後の家族形成を後押しする資源として働くことを裏づけています。今後は、心理社会的・経済的要因が復帰の判断にどう関わるのかを含め、生物学的要因と社会的要因が長期的な生殖選択をどのように形づくるのかについて、さらなる研究が必要とされています。

参考文献

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モザイク胚の成績を分けるのは──「型」だった

体外受精における着床前遺伝学的検査(PGT-A)は、次世代シーケンサーの導入によって、胚盤胞の5~20%に「モザイク」と呼ばれる中間的なコピー数プロファイルが見つかることを明らかにしてきました。モザイク胚とは、正倍数体細胞と異数体細胞が同一の胚の中に共存する状態を指します。2015年に初めてモザイク胚移植後の健児出産例が報告されて以降、世界では2700件を超えるモザイク胚移植が実施され、その妊孕性に関するデータが蓄積されてきました。

移植可能な正倍数体胚が存在しない場合、モザイク胚は次善の選択肢として検討されます。しかし過去のメタ解析には、モザイクの型・レベル・複雑性による層別化が不十分である点、産科・周産期アウトカムの報告が乏しい点、複数の研究間でコホートが重複している点、モザイク判定の閾値が研究ごとに異なる点といった限界が指摘されてきました。

こうした課題に応えるかたちで、8件の研究・1904件のモザイク胚移植と9332件の正倍数体胚移植を統合したシステマティックレビュー・メタ解析が、Reproductive BioMedicine Online誌2026年53巻5号(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105872)に掲載されました。本総説は、モザイクの型によって臨床成績がどこまで変わるのか、そして観察研究に潜む選択バイアスの影響をどう見積もるべきかを、体系的に検証しています。

方法──8件の研究、1904件のモザイク胚移植を統合する

PRISMA 2020ガイドラインとMOOSEチェックリストに準拠し、PubMed、Embase、CENTRAL、Web of Science、Scopusなどのデータベースを2025年12月31日まで検索。対象は、体外受精・顕微授精を受け、胚盤胞の栄養外胚葉生検によるPGT-Aを実施した女性です。異数体細胞の割合が50%未満の低レベルモザイクを中心としたモザイク胚の移植と、同一のPGT-Aプラットフォームで判定された正倍数体胚の移植とを比較しています。

データベース検索で2847件の文献に加え89件を追加で収集し、重複除去後1856件をタイトル・抄録で除外、67件を全文精査した結果、最終的に8件が定量的メタ解析の対象となりました。データの重複を避けるため、Viotti(2021)を、完全に重複するVictor(2019)・Munné(2020)の代表として位置づけ、この2件は解析から除外して透明性確認のみに用いています。Fragouli(2017)とSpinella(2018)はViotti(2021)と一部重複するため、主解析に残したうえで感度分析でも検証しました。

Newcastle-Ottawa Scaleによるバイアスリスク評価では、8件中5件が低リスクと判定されました。唯一の前向き二重盲検非選択試験であるCapalbo(2021)は、適応されたRoB 2.0基準でも低リスクと評価されています。解析にはDerSimonian-Laird変量効果モデルを用い、感度分析としてHartung-Knapp-Sidik-Jonkman法による調整も実施しました。

生児出生率は26%低下、しかし研究デザインで結論が変わる

8件の研究を統合したプールされたリスク比(RR)は、生児出生率・継続妊娠率(LBR/OPR)についてRR 0.74(95% CI 0.64~0.85、P<0.001、I2=78%)でした。モザイク胚移植は正倍数体胚移植に比べて26%の相対的な低下がみられる計算になります。ただし95%予測区間は0.41~1.34と幅広く、個々の診療現場では効果が消失したり、逆転したりする可能性すら含んでいます。

流産率については、7件のデータを統合した結果、RR 1.57(95% CI 1.05~2.35、P=0.03、I2=72%)とモザイク胚移植群で高い傾向が示されました。ただしこの数値は、最大の寄与研究であるViotti(2021、モザイク胚移植全体の52.5%、正倍数体胚移植の59.6%を占める)の影響を強く受けています。Viotti(2021)単独では流産率20.4%対8.6%と大きな差がある一方、後述する前向き二重盲検試験のCapalbo(2021)では11.5%(正倍数体)対11.0%(低グレードモザイク)対12.7%(中グレードモザイク)とほぼ同等でした(再計算RR 0.96、95% CI 0.56~1.60)。

「選択バイアスか、生物学的な差か」──前向き二重盲検試験が示した別の顔

本総説が最も重視する知見は、唯一の前向き二重盲検非選択試験であるCapalbo(2021)の結果です。この試験では、胚がモザイクかどうかの分類情報を医師にも患者にも伏せたまま移植を実施しました。正倍数体胚484件(生児出生率43.4%)、低グレードモザイク胚(異数体細胞20~30%)282件(42.9%)、中グレードモザイク胚(30~50%)131件(42.0%)のあいだで、生児出生率に統計学的な差は見られませんでした。事前に規定された非劣性マージン7.5%に対し、実際の差の95%信頼区間は-5.7%~7.3%におさまり、正式に非劣性が確認されています。

この結果は、通常の後ろ向きコホート研究では、正倍数体胚の選択肢がない患者にのみモザイク胚が移植される、という構造的な偏り(適応による交絡)が生じている可能性を強く示唆します。すなわち、モザイク胚を移植された患者群は、そもそも高齢である、正倍数体胚の数が少ない、過去の治療周期の不成功回数が多いなど、予後が悪い集団に偏りやすいということです。本総説は、プールされたRR 0.74という数値の少なくとも一部、あるいは大部分が、モザイク胚そのものの生物学的な劣性ではなく、この選択バイアスに由来する可能性を指摘しています。

発見──分節性モザイクは正常胚に迫り、複雑型は大きく劣る

一方で、モザイクの「型」によって成績が大きく異なることも、本総説の重要な発見です。異数性のタイプ別に見ると、染色体の一部分だけが異数体になる「分節性モザイク」はRR 0.90(95% CI 0.81~1.00、I2=28%)と正倍数体胚に近い成績を示したのに対し、染色体全体が異数体になる「全染色体モザイク」はRR 0.60(95% CI 0.53~0.68、I2=22%)と有意に劣る結果でした(交互作用P<0.001)。

複雑性による用量反応関係も明確です。Viotti(2021)のデータでは、生児出生率・継続妊娠率は、分節性モザイク43.1%、単一の全染色体モザイク32.5%、2本の全染色体モザイク27.2%、3本以上の複雑型モザイク20.8%、正倍数体52.3%の順に低下していきます(傾向のカイ二乗検定P<0.0001)。全染色体モザイクに限れば、異数体細胞の割合が50%未満の「低レベル」は36.1%、50%以上の「高レベル」は19.3%と、レベルによる差も顕著でした(交互作用P<0.001)。なお、モノソミー型とトリソミー型のあいだに有意差は見られていません。

産科・周産期アウトカムと安全性

出生体重、在胎週数、早産、先天異常などの産科・周産期アウトカムを報告した研究は限られています(いずれも3~4件程度)。出生体重の統合結果は加重平均差約-50g(有意差なし)、早産はRR約1.1(有意差なし)、先天異常の頻度も両群で同程度でした。Capalbo(2021)では、遺伝学的検査を行った新生児38人に異常核型や片親性ダイソミーは認められず、1例のBeckwith-Wiedemann症候群はPGT-Aでは検出できないインプリンティング異常に起因すると考えられています。ただしこれらの評価はGRADE基準で「非常に低い」から「低い」の確実性にとどまり、慎重な解釈が必要です。

臨床的意味・日本への含意

日本の生殖医療の現場でも、正倍数体胚が得られない、あるいは移植可能な胚が枯渇した状況でモザイク胚の移植を検討する場面は増えています。本総説が示す優先順位の考え方は、Viotti(2021)という単一の後ろ向きデータセットに基づく仮説的な位置づけながら、次のような目安を提供します。分節性・単一部分・低レベル(50%未満)のモザイクは生児出生率約43%と正倍数体(約52%)に近く、優先候補になり得ます。単一の全染色体・低レベル・予後良好な染色体では約36%、低レベルの2本染色体モザイクでは約27%程度とされます。一方、3本以上の複雑型モザイク(20.8%)や、高レベルの全染色体モザイク(19.3%)は、優先すべき選択肢としては推奨されていません。染色体ごとの片親性ダイソミーリスクなど、個別の染色体特性を踏まえた判断も引き続き重要とされています。

臨床現場での説明においては、統合されたRR 0.74という数字だけを切り出して伝えるのではなく、後ろ向き研究に内在する選択バイアスの可能性と、前向き二重盲検試験が示した「型による差はあっても選択バイアスを除けば同等」という知見の両方を、患者と共有する必要があります。

研究の強みと限界

本総説の強みは、PRISMA 2020とMOOSEに準拠した厳密なプロトコル、コホート重複の事前解決、モザイクレベル・型・複雑性・用量方向による層別化の実施にあります。一方で限界も明確です。含まれる8件のうち7件が後ろ向き研究であり、選択バイアスと不可分です。プールされた推定値は単一のデータセット(Viotti, 2021)に強く依存しており、モザイク判定の閾値も研究間で20~30%から20~80%までばらつきがあります。すべてのアウトカムは移植あたりで報告されており、患者あたりの累積妊孕性を反映していない可能性、および同一患者が複数回移植された場合の単位分析バイアスの可能性も残ります。周産期データは4件にとどまり、複雑性の層別解析は単一研究に由来します。長期の発達予後の追跡データも不足しており、メタ回帰による異質性の要因分析も、研究数(8件)が不十分なため実施されていません。

おわりに

本総説は、モザイク胚移植が正倍数体胚移植に比べて生児出生率・継続妊娠率が低い(RR 0.74、95%予測区間0.41~1.34)という後ろ向きデータの傾向を確認する一方、選択バイアスを実験的に排除した唯一の前向き二重盲検非選択試験では、すべてのモザイクグレードで正倍数体胚と同等の成績が示されたことを明らかにしました。分節性モザイクは正倍数体に近い成績を示し、複雑型・高レベルの全染色体モザイクは成績が劣るという、モザイクの型による差は一貫して観察されています。今後は、Capalbo(2021)の独立施設での再現、モザイク判定閾値の国際的な標準化、産科アウトカムと長期発達予後を含む前向きレジストリの構築、そして周産期アウトカム報告の標準化が求められています。

参考文献

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胚の育ち方に差をつけたのは──喫煙でも飲酒でもなく、葉酸だった

肥満や2型糖尿病、心血管疾患などの生活習慣病において、喫煙・飲酒・運動不足といった修正可能な生活習慣因子が重要な役割を果たすことはよく知られています。この問題は、妊娠可能年齢の女性にとって特に重要な意味を持ちます。不健康な生活習慣は、胎児の成長や発達、さらには子どもの長期的な健康にまで影響しうるためです。

妊娠前から妊娠初期にかけての「周産期前(periconception)」と呼ばれる期間の生活習慣が、胚の大きさや成長(頭殿長:CRL)、その後の出生時の状態や子どもの健康に影響することは、複数の研究で示唆されてきました。喫煙は頭殿長の縮小と関連し、葉酸サプリメントの摂取は頭殿長の増加と関連するという報告がある一方、飲酒やカフェイン摂取、運動と胚の成長との関係については、これまで一貫した結論が得られていませんでした。加えて、従来の研究の多くは「大きさ」だけに着目しており、胚が発生学的にどこまで育っているかという「形態的な発生段階」を評価した研究はごくわずかにとどまっていました。

近年、高解像度の3次元(3D)超音波とバーチャルリアリティ(VR)技術を組み合わせることで、生体内(in vivo)で胚の奥行きを立体的にとらえ、四肢の位置や体幹の彎曲、脳の形態といった特徴から発生段階を判定する「カーネギー分類」を、生きた胚に対して適用できるようになりました。妊娠前からの生活習慣因子と、この形態的発生および成長の両方との関連を大規模な集団ベースのコホートで検討した研究が、Human Reproduction誌2026年号に報告されました(DOI: 10.1093/humrep/deag125)。

方法──オランダの前向きコホートで、993組の妊娠を3D超音波とVRで追跡した

この研究は、オランダ・ロッテルダムで実施されている集団ベースの前向きコホート研究「Generation R Next Study」の一部として行われました。2017年から2021年にかけて、単胎の自然妊娠2173例が対象となり、そのうち妊娠時期の推定が信頼でき、妊娠10週2日までの3D超音波データと生活習慣に関する情報がそろっていた993組が解析対象とされました。

胚の評価は、妊娠7週および9週前後に経腟3D超音波検査で撮影したデータを、VRシステム(I-Wall)を用いてホログラムとして再構成する方法で行われました。形態的な発生段階は、四肢の位置、体幹の彎曲、脳(前脳・中脳・菱脳)の形態的特徴から23段階に分類する「カーネギー分類」で評価し、成長は頭殿長(CRL)で評価されました。生活習慣因子(喫煙、飲酒、カフェイン摂取、葉酸サプリメント摂取、身体活動)は妊娠初期のアンケートで把握し、あわせて妊娠初期の血清葉酸濃度も測定されました。線形混合モデルを用いて、妊娠週数・母体年齢・民族・教育歴・経産回数・胎児の性別、および他の生活習慣因子で調整した上で、各因子とカーネギー分類・CRLとの関連が検討されました。

差がついたのは、葉酸だけだった

対象女性の平均年齢は31.4歳(標準偏差3.9)で、69.5%が妊娠前から葉酸サプリメントを適切に(妊娠前から)摂取しており、85.3%は血清葉酸濃度が十分(25.5nmol/l以上)でした。一方、妊娠初期に喫煙していた女性は22.2%、飲酒していた女性は18.3%、カフェインを1日4単位(約240mg)以上摂取していた女性は8.7%、そして75.2%が「非常に活動的」な身体活動レベルにありました。

解析の結果、妊娠前からの葉酸サプリメント摂取が不十分だった群では、最終段階(ステージ23)に到達するまでの発生が0.51日遅れており、妊娠10週2日時点でのCRLも0.72mm(-1.6%)小さいという結果が示されました。血清葉酸濃度が不十分(25.5nmol/l未満)だった群では、この差はさらに大きく、発生の遅れは1.01日、CRLの縮小は1.24mm(-3.7%)に達していました。これらの関連は、母体年齢や教育歴などの交絡因子、および他の生活習慣因子で調整した後も、効果の大きさがほとんど変わらず頑健に保たれました。

対照的に、喫煙、飲酒、カフェイン摂取、身体活動については、カーネギー分類・CRLのいずれとも統計学的に有意な関連は認められませんでした。身体活動が「非活発」な群でCRLがやや大きいという関連が調整前には見られましたが、母体年齢などで調整すると有意性は消失しました。今回の自然妊娠を対象とした集団では、複数の生活習慣因子の中で、胚の育ち方に一貫して差をつけていたのは葉酸だけだったことになります。

血中葉酸濃度が高いほど、発生も成長も早かった

血清葉酸濃度を連続変数として解析したサブ解析でも、同じ傾向が確認されました。血清葉酸濃度が四分位範囲(IQR、14.6nmol/l)分高くなるごとに、カーネギー分類は0.19〜0.21(95%CI 0.06〜0.32)、CRLは0.48〜0.51mm(95%CI 0.15〜0.86)、それぞれ有意に増加しており、量依存的な関連が見て取れます。血清葉酸を上限値(45.4nmol/l)を超える対象を除いて解析した感度分析でも、効果の大きさはほぼ変わりませんでした。

葉酸がこうした関連を持つ機序としては、まず葉酸がDNA合成やタンパク質合成、エピジェネティックなプログラミングに不可欠な「一炭素代謝」に関与していることが挙げられます。細胞分裂が急速に進み外的な影響を受けやすい妊娠初期にこの経路が滞ると、長期的な健康への影響につながりうるとされています。また、葉酸は絨毛細胞における mTOR(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)という経路の感知因子としても働き、胎盤でのアミノ酸輸送やミトコンドリア機能に関わっています。葉酸が不足するとこのmTORシグナルが抑制され、胎盤のアミノ酸輸送体の発現が低下し、絨毛細胞の機能が損なわれることで、胚および胎児の発達が制限される可能性が動物実験などから示唆されています。

これまでに胚の形態的発生と葉酸の関連を検討した研究は、高リスク妊娠234例を対象とした一件のみで、そこでは赤血球中の葉酸濃度(長期的な葉酸状態を反映する指標)の低さが、体外受精・顕微授精による妊娠での発生遅延と関連すると報告されていました。今回の研究は、より簡便に測定できる血清葉酸濃度(直近の摂取状況を反映する指標)でも同様の関連を確認した点で意義があります。血清葉酸は臨床現場や大規模な疫学研究で広く使われている指標であるため、葉酸関連リスクを評価する実用的な手段としての意義が示された形です。

喫煙について今回の研究で有意な関連が見られなかった点は、過去の報告と対照的です。689例の高リスク妊娠を対象とした先行研究では喫煙と発生遅延との関連が報告されていましたが、その集団の半数近くは体外受精・顕微授精による妊娠で、喫煙の影響が有意だったのも体外受精・顕微授精群に限られていました。体外受精・顕微授精による妊娠は受精・着床の時期が正確に把握できるため小さな影響も検出しやすいこと、また生殖補助医療の技術自体が外的曝露への感受性を高める可能性が、この違いの背景として考えられています。カフェインについても、先行研究では1日540mg(約6単位)を超える摂取で頭殿長の縮小が報告されていましたが、今回の研究では最大摂取量が1日4単位にとどまっており、有意な関連が検出されなかった一因と考えられます。

臨床現場への示唆──「妊娠がわかってから」では遅い可能性

日本では、二分脊椎などの神経管閉鎖障害の予防を目的として、妊娠を計画する女性に対し妊娠の少なくとも1か月前からの葉酸摂取が推奨されています。今回の研究が示したのは、葉酸摂取の開始時期や血中濃度が、こうした特定の先天異常の予防にとどまらず、胚が正常なスケジュール通りに発生し、順調に成長していくかどうかにも関わりうるという点です。妊娠判明後に慌てて葉酸サプリメントを始めても、胚の発生がすでに進んだ段階にあることを踏まえると、妊娠前からの継続的な摂取と、可能であれば血中濃度による確認が、より確実な選択肢として位置づけられます。

臨床現場では、妊娠を希望する女性への保健指導の中で葉酸摂取が推奨される場面は多いものの、実際に妊娠前から摂取を開始しているかどうかまでは確認されないことも少なくありません。今回の結果は、単に「葉酸をとりましょう」と伝えるだけでなく、いつから、どの程度の血中濃度を目指して摂取するかまで具体的に伝えることの重要性を裏づけるものといえます。無料での葉酸サプリメント配布などの人口レベルでの施策も、一部の国・地域ではすでに導入されており、こうした仕組みづくりも選択肢として議論されています。

研究の強みと限界

この研究の強みは、大規模な集団ベースのデザインで、多くの自然妊娠例を妊娠前から追跡できている点、そして妊娠初期の胚を3D超音波で複数回にわたって撮影したデータがそろっている点にあります。VR技術を用いることで、胚の形態的な発生段階と頭殿長の両方を、精度高く評価できたことも特徴です。

一方で限界もあります。妊娠週数の推定は最終月経日を基準としており、これは月経周期の変動や記憶の不正確さにより誤差が生じうる方法ですが、周期が不規則な例や最終月経日が不明な例を除外することで、この影響を最小限にとどめる工夫がなされています。また、生活習慣因子の多くは自己申告のアンケートに基づいており、社会的に望ましいとされる回答をする傾向(社会的望ましさバイアス)や記憶違いにより、実際の曝露が過小に申告されている可能性があります。これは、真の関連を過小評価している可能性を意味します。さらに、対象集団は望ましくない生活習慣への曝露が少なく、葉酸サプリメントの摂取率も高く、社会経済的地位も高い、比較的健康な集団であったため、より高リスクな集団への一般化には注意が必要です。カーネギー分類はもともと摘出胚の観察に基づいて作られた分類であり、生体内では観察できない特徴もあるため、発生段階の判定精度に一定の限界がある点にも留意が必要です。

おわりに

今回の研究では、妊娠前からの葉酸サプリメント摂取が不十分であること、および血清葉酸濃度が不十分であることが、妊娠初期における胚の形態的発生の遅れと成長の減少に関連することが、大規模な集団ベースの前向きコホートで示されました。一方、喫煙、飲酒、カフェイン摂取、身体活動については、同様の関連は確認されませんでした。妊娠前からの葉酸摂取開始とその継続を通じて十分な葉酸状態を確保することの重要性が、あらためて示された形です。今後は、喫煙や飲酒についてはコチニンやホスファチジルエタノールといった客観的な生体指標を用いた検証、身体活動については活動量計を用いた客観的な評価、さらにはカーネギー分類と頭殿長を組み合わせた評価によって、生活習慣因子が胚の健康に与える影響のさらなる解明が期待されます。

参考文献

1. Graafland N, Posthumus AG, Mulders AGMGJ, Gaillard R, Koning AHJ, Jaddoe VWV, Steegers EAP, Rousian M.『Maternal lifestyle risk factors and human embryonic morphologic development using 3D ultrasound: a population-based prospective cohort study』Human Reproduction 2026;00(00):1–12. doi:10.1093/humrep/deag125

電子タバコの「バニラ香料」──ごく微量でも、初期胚の細胞を撹乱する可能性

妊娠可能年齢の女性の間で、電子タバコ(EC)の使用が増えています。紙巻きたばこの健康被害を懸念し、より害が少ないとされる代替品として電子タバコに切り替える例があるためです。しかし、PRAMSやPATHといった大規模な疫学調査は、妊娠中のEC使用と、低出生体重、早産、在胎不当過小児、胎児発育制限、児の神経発達異常との関連を報告してきました。

一方で、電子タバコに含まれるどの成分が、どのような仕組みで胎児の発生に影響しうるのかは、これまでほとんど分かっていない。特に香料は、食品や化粧品での使用濃度(0.01mg/ml以下)をはるかに上回る高濃度でリキッドに添加されることがあり、その代表格がバニラの香り成分であるバニリンです。バニリンはEC用リキッドの半数以上に含まれ、製品によっては30mg/mlを超える濃度で検出されています。

バニリンは、カルシウムを通す受容体チャネルの一種であるTRP(トランジェント受容体電位)チャネルを活性化することが知られており、なかでもTRPV4は上皮組織や胚組織に広く発現し、肺の形態形成や上皮の分化にも関わる。ヒト胚性幹細胞(hESC)にもTRPV4が発現していることが、研究チームの過去のRNA解析で確認されていた。この着想をもとに、着床後のエピブラスト(将来すべての胚体組織のもとになる細胞層)のモデルとしてhESCを用い、電子タバコ使用時に想定される濃度のバニリンがTRPV4を介して初期発生に影響するかを検証した論文が、Human Reproduction誌に掲載された(2026年、doi:10.1093/humrep/deag126)。

方法──ヒト胚性幹細胞に、ナノモルからミリモル濃度のバニリンを曝露した

研究では、H9とH1という2種類のヒト胚性幹細胞(hESC)株が用いられた。hESCは、妊娠3~4週ごろに三つの胚葉(外胚葉・中胚葉・内胚葉)へと分かれていく原腸形成(ガストルレーション)の過程を経る、着床後のエピブラストのモデルとして広く使われている細胞です。研究チームはこれらの細胞に、0.45マイクロモル(450ナノモル)から450マイクロモルまで濃度を変えたバニリンを曝露し、一部の条件ではTRPV4チャネル拮抗薬(HC067047)またはTRPV4機能遮断抗体(ACC-124)を併用した。実験はいずれも、hESCの異なる継代を用いて3回ずつ繰り返された。

評価項目は、細胞内カルシウム濃度、コロニーの成長・剥離・形態、細胞死(活性化カスパーゼ3陽性率)、ミトコンドリア還元酵素活性(MTTアッセイ)、細胞間の隙間形成、細胞接着分子EpCAMの発現、多能性マーカーOCT4の発現、そして分化マーカー(内胚葉のSOX17、外胚葉のPAX6、中胚葉のNCAM)の発現です。加えて、EC用リキッド中のバニリン濃度(3~33mg/ml)や吸入回数などの実測データに基づく定量的曝露モデルを用いて、電子タバコを使用する妊婦の母体血中バニリン濃度も推定された。

マイクロモル濃度は、細胞を「殺す」

高濃度(マイクロモル、100µM前後)のバニリンを与えると、hESCの細胞内カルシウム濃度は投与直後から急上昇し、約40秒でピーク(約5000相対蛍光単位)に達したのち、4分以内にほぼ元の水準へ戻った。この反応は、TRPV4拮抗薬(HC067047)およびTRPV4機能遮断抗体のいずれによっても抑制され、カルシウム流入がTRPV4の活性化によって引き起こされていることが確認された。

136µMおよび450µMのバニリンに72時間曝露すると、コロニーの面積(成長)は有意に減少し、450µMでは剥離も有意に増加した。ミトコンドリア還元酵素活性を調べるMTTアッセイでは、バニリンは濃度依存的に活性を低下させ、活性を70%まで低下させる濃度(IC70)は221.7µM、50%まで低下させる濃度(IC50)は402.7µMでした。136µMおよび450µMでは、アポトーシス(細胞死)を示すカスパーゼ3陽性細胞の割合も有意に増加した一方、分裂期にある細胞の割合(mitotic index、約5.5%)には有意な変化がなく、バニリンは細胞増殖そのものを妨げるのではなく、細胞死と剥離を通じてコロニーを縮小させていたことが分かりました。これらの変化は、TRPV4拮抗薬の併用によっていずれもほぼ完全に防がれた。

ナノモル濃度は、殺さずに「運命」を変える

研究の中心的な発見は、細胞毒性を示さないはるかに低い濃度――450ナノモル(0.45µM)――でも、hESCに明確な変化が起きたことです。この濃度でも、TRPV4を介したカルシウム流入が確認されました(投与後1分以内にピーク約3000相対蛍光単位、マイクロモル濃度でのピーク約5000相対蛍光単位よりは小さいものの、明確な反応です)。

0.45~45µMの範囲では、コロニー内の細胞同士の隙間形成が増加し、細胞接着分子EpCAMの発現(蛍光強度、面積比のいずれで見ても)が有意に低下した。さらに6日間、0.45µMのバニリンに曝露したコロニーでは、多能性マーカーOCT4の発現が有意に低下する一方、通常は未分化なhESCには存在しない内胚葉マーカーSOX17の発現が新たに認められた。外胚葉マーカーPAX6や中胚葉マーカーNCAMには有意な変化がなかったことから、バニリンは無秩序に細胞の性質を壊すのではなく、内胚葉方向への分化を選択的に誘導していると考えられた。これらの変化――カルシウム流入、EpCAM低下、OCT4低下、SOX17上昇――は、いずれもTRPV4拮抗薬の併用によって防がれ、TRPV4の活性化がこの一連の反応の起点であることが確認された。

なお、バニリンの主要代謝物であるバニリン酸(100µM)は、同じ条件下でカルシウム流入を誘導せず、hESCにTRPV1チャネルの発現も検出されなかった。この結果は、観察された作用がTRPV1ではなくTRPV4を介した特異的な経路であることを裏付けている。

電子タバコユーザーの血中に、この濃度は本当に届くのか

450ナノモルという濃度が実際に意味を持つかどうかは、電子タバコの使用によって母体血中にどの程度のバニリンが到達しうるかにかかっている。研究チームは、EC用リキッド中のバニリン濃度(1mg/ml以下~33mg/ml)、吸入から製品への移行効率、肺での貯留率、肺から母体循環への移行率、母体血液量による希釈などを組み込んだ定量的曝露モデルを用い、妊娠2週時点での母体血中濃度を推定した。その結果、1時間あたり1回の吸入で低濃度(1mg/ml以下)のリキッドを使う最小限の曝露シナリオでは13nM、1時間あたり64回の吸入で高濃度(33mg/ml)のリキッドを使う最大の曝露シナリオでは27,489nMと、ナノモルから低マイクロモルの範囲に広く分布した。より典型的な使用パターン(1時間あたり1~4回の吸入、リキッド濃度9~33mg/ml)に相当する条件では、推定血中濃度はおよそ450nM――今回の実験でTRPV4活性化と内胚葉分化誘導が確認された濃度そのもの――に近い値となった。

参考として、母体が喫煙した場合、ニコチンは胎児循環中に3~154nMの濃度で検出されるとの報告があり、今回推定されたバニリン濃度の範囲と重なる。この事実は、バニリンが実際に発生初期の胚に到達しうる濃度域であることの妥当性を支持する材料といえる。

香料表示のない電子タバコと、妊娠に気づかれにくい時期の重なり

日本では、リキッドを加熱・気化させて吸うタイプの電子タバコが若年層を中心に広がっており、フレーバー付き製品の人気も高い。今回の研究が対象とした妊娠2~3週は、多くの女性がまだ妊娠に気づいていない時期であり、将来の臓器の土台となる三つの胚葉が分かれていく原腸形成という、発生上重要な過程が進行している。この時期に胚の細胞運命が予定より早く内胚葉方向へ傾くと、その後の胚発生に必要な細胞の配置や信号のやり取りが乱れ、着床後の初期段階での胚の喪失や成長制限につながる可能性が理論的には考えられる。

臨床現場では、電子タバコは紙巻きたばこに比べて「害が少ない」という印象を持たれやすく、禁煙支援の一環として選ばれる場面もある。しかし、香料の種類や濃度をパッケージに表示する法的義務は、日本を含む多くの国にない。妊娠を計画している患者や妊娠中の患者への問診では、電子タバコの使用の有無だけでなく、フレーバー付き製品を含めた具体的な使用状況を確認することが、リスクを把握するうえでの手がかりになると考えられる。

研究の強みと限界

今回の研究は、ヒト胚のごく初期の発生過程を倫理的・技術的制約から直接調べられないという限界を、hESCという培養モデルを用いて補おうとした点に強みがある。TRPV4拮抗薬・機能遮断抗体を併用した対照実験によって、観察された変化がTRPV4の活性化を介したものであることを一貫して示せている点も、機序としての説得力を高めている。

一方で、限界も明確です。第一に、この研究はあくまで培養皿の中のhESCを用いた実験であり、実際の胚やヒトでの発生異常や胚死亡を直接示したものではない。第二に、曝露モデルは単回・短時間の吸入パターンに基づく推定であり、数日から数週、数か月にわたる慢性的な曝露の蓄積は考慮されていないため、実際の曝露濃度がモデルの推定より高くなる可能性も否定できない。第三に、内胚葉分化はSOX17という単一マーカーの上昇を中心に確認されており、追加のマーカーによる検証や、より長期的な分化過程の追跡が今後望まれる。研究チームは、同様の手法でメントールや合成清涼剤WS-23(いずれも電子タバコに高濃度で使われる成分)についても、それぞれTRPA1・TRPM8チャネルを介してhESCに悪影響を及ぼすことを別途報告しており、今回の結果と合わせて、電子タバコに含まれる複数の香料成分がヒト胚性幹細胞に発現するTRPチャネルを介して初期発生に影響しうるという、一貫した図式を示している。

おわりに

今回の研究は、電子タバコの代表的な香料成分であるバニリンが、TRPV4チャネルの活性化を介して、濃度に応じて二つの異なる形でヒト胚性幹細胞に影響することを示した。マイクロモル濃度では細胞死や剥離といった細胞毒性を引き起こし、電子タバコユーザーの母体血中で実際に到達しうると推定されるナノモル濃度では、細胞を殺すことなく多能性の喪失と内胚葉方向への分化を誘導した。この知見は、電子タバコの使用が、多くの女性がまだ妊娠に気づいていない発生のごく初期の段階で、胚の細胞運命に影響を及ぼしうる可能性を示唆している。今後は、動物モデルやより長期的な分化追跡を含めた研究により、培養皿の中で観察されたこの変化が、実際のヒト胚発生にどの程度反映されるのかを検証していくことが求められる。

参考文献

1. Etemadi S, Talbot P.『Nanomolar vanillin, an e-cigarette flavorant, appears to disrupt pluripotency and promote endodermal differentiation in human embryonic stem cells via TRPV4 activation』Human Reproduction 2026;(in press). doi:10.1093/humrep/deag126

2. Etemadi S, Talbot P.『Menthol, a consumer product additive, adversely affects human embryonic stem cells via activation of TRPM8 and TRPA1 channels』Stem Cells Translational Medicine 2025;14:szae099. doi:10.1093/stcltm/szae099

3. Etemadi S, Debich M, Talbot P.『A synthetic coolant (WS-23) in electronic cigarettes disrupts normal development of human embryonic cells』bioRxiv 2025(preprint, not peer reviewed). doi:10.1101/2025.08.20.671188

モザイク胚、本当に危ないのはどれ?――同じ「モザイク」でも、リスクは同じではない

体外受精における着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)の普及により、正常細胞と異常細胞が混在する「モザイク胚」の判定が増えている。頻度は胚盤胞全体の2~40%とされ、解釈と移植可否の判断は生殖医療の現場で議論されてきた。

モザイクの成り立ちには二つの経路がある。受精後の細胞分裂でミスが生じる「体細胞分裂エラー」と、減数分裂の段階で異常が生じ一部の細胞だけが正常化する「減数分裂エラー」である。後者は胚全体が本来的に異常を持つ可能性を意味し臨床的な重みが大きいが、実際どれだけが減数分裂由来かは研究間でばらつきが大きかった。

染色体異常の親由来と分裂起源を一括判定する手法「PGT-AO」を用い、391個のモザイク胚盤胞を解析した論文が、Human Reproduction Open誌(2026年、doi:10.1093/hropen/hoag067)に掲載された。

方法――8932個の胚盤胞から391個のモザイク胚を抽出して解析した

2020年1月~2024年12月、中国の生殖医療センターの胚盤胞8932個のうち391個が「モザイク」と判定され、384個(98.2%)で由来を判定できた。あわせて体細胞分裂由来モザイク胚移植96周期を正常胚移植288周期と比較し、単一細胞解析でも染色体構成を検証した。

発見①――「本当に危ないモザイク」は、全体のわずか3.9%

384個のモザイク胚盤胞のうち、減数分裂エラー由来は15個、3.9%にとどまった。残り96.8%は体細胞分裂由来であり、多くのモザイク胚は胚全体が本来的に異常を持つわけではなかった。

発見②――リスクを分けた3つの因子:高レベルモザイク、母親由来、高齢出産

高レベルモザイク(異常細胞割合50%以上)では減数分裂エラー率7.2%、低レベルの2.0%の約3.7倍(オッズ比3.72、95%信頼区間1.25~11.12、P=0.012)。母親由来のモザイクでは8.9%、父親由来の0.4%の実に21.7倍(オッズ比21.66、95%信頼区間2.78~168.55、P<0.001)。母体年齢35歳以上では9.6%、35歳未満3.0%の約3.4倍(オッズ比3.43、95%信頼区間1.12~10.46、P=0.039)。

体細胞分裂由来モザイク胚を移植した場合――出生成績は正常胚と変わらなかった

体細胞分裂由来モザイク胚96個の移植成績を正常胚288個と比較すると、臨床妊娠率(63.5% 対 61.1%、P=0.671)、流産率(19.7% 対 12.5%、P=0.169)、生児出生・継続妊娠率(47.9% 対 52.8%、P=0.409)のいずれも有意差はなく、生児8例では臍帯血のSNPアレイ解析がすべて正常だった。

見落とされたリスク――単一細胞解析が明かした胚内のばらつき

胚盤胞を単一細胞に分離すると、生検で「高レベルモザイク」と判定された胚でも、実際に異常を示す細胞の割合は8.7%から100%までばらついていた。生検1点だけでは胚全体を正確に反映しない場合がある。象徴例として、生検でモザイク・21番染色体モノソミー(異常細胞割合35%)とされた胚の移植後、羊水検査で均一なトリソミー21が確認され、胎盤ではモザイクトリソミー21が31~100%検出された。

臨床的意味・日本への含意

日本では、着床前胚染色体異数性検査は日本産科婦人科学会が定める要件のもとで実施され、モザイク胚の移植可否は症例ごとの遺伝カウンセリングに委ねられている。今回の結果は、判定を一律に「危険」「安全」と扱うのではなく、異常細胞の割合、親由来、母体年齢を加味した個別のリスク評価の必要性を示している。

研究の強みと限界

強みは、親由来と分裂起源を同時に解析する手法を確立し、大規模なコホートに適用した点にある。限界は、1回の生検が胚全体を代表しない可能性があること、減数分裂由来の胚は倫理的配慮から移植されておらず転帰が不明な点である。

おわりに

今回の解析は、モザイク胚盤胞のうち減数分裂由来の異常を持つものが3.9%にとどまり、そのリスクが異常細胞の割合、親由来、母体年齢と関連することを明らかにした。体細胞分裂由来のモザイク胚移植は正常胚と同程度の出生成績が確認された一方、単一細胞解析は生検1点では胚全体をとらえきれない場合があることも示した。長期的な出生児の追跡を含め、知見の蓄積が今後も求められる。

参考文献

1. Liu J, Cai B, Xu Y, Wang J, et al.『Risk factors associated with meiotic errors in blastocysts with mosaic results on biopsy』Human Reproduction Open 2026;2026(3):hoag067. doi:10.1093/hropen/hoag067

卵子凍結の「2回目」──急いでも、空けても、卵子はわずかに減る

計画的卵子凍結(将来の妊娠に備えて未受精卵を凍結保存する選択)は、生殖補助医療の中で急速に広がっている選択肢です。米国生殖医学会の集計によれば、2022年に実施された生殖補助医療周期の7.5%を計画的卵子凍結が占めるまでになりました。多くの患者は、将来希望する家族の人数を確保するために複数回の採卵を計画しますが、その際に必ず突き当たる問題が「1回目からどれくらい間隔を空けて2回目を行うか」という日程設計です。

仕事や生活の都合で短期間に連続して採卵を済ませたい患者もいれば、体への負担を考えて数か月空けたいと考える患者もいます。しかし、間隔の長さが2回目の卵子採取数にどう影響するかについては、これまでまとまったデータがほとんど存在しませんでした。1回目の刺激周期で発育しなかった卵胞が「プライミング」され、次周期で成熟卵子になりやすくなるという仮説がある一方、卵巣には黄体の消退を待つ回復期間が必要だという考え方もあり、臨床現場の判断は一定していませんでした。

こうした状況を受けて、2010年から2022年にかけて米国の複数の生殖医療施設ネットワークで採卵を受けた2412人のデータを解析し、採卵間隔が2回目の成熟卵子数に与える影響を検証した後ろ向きコホート研究が、Reproductive BioMedicine Online誌2026年53巻5号(論文番号105871)に掲載されました(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105871)。

方法──2412人を、間隔ごとに3グループに分けて解析した

対象は、2010年から2022年の間に計画的卵子凍結のために2回以上の採卵を受けた18歳から41歳の女性2412人です。1回目と2回目の採卵の間が180日を超えるケース、体外受精を目的とした緊急凍結、低刺激プロトコル(FSH総量500 IU未満)を用いた3人などは解析から除外されました。

1回目の採卵終了から2回目の刺激開始までの日数に応じて、対象は3群に分類されました。28日以内の「即時群」(n=399)、29日から90日の「標準群」(n=1448)、91日から180日の「延期群」(n=565)です。排卵後の初回消退出血までの平均日数(約10日)と卵巣周期の平均長(約28日)をもとに、標準群はおおむね卵巣周期を1〜3回空けたケースに相当するよう区分が設計されています。

主要評価項目は、1回目の成熟卵子数や年齢、刺激プロトコル、トリガー薬剤で調整したうえでの2回目の成熟卵子数です。副次評価項目として、総卵子数、刺激日数、ゴナドトロピン総投与量(IU)、周期のキャンセル率が設定されました。解析には過分散を考慮したポアソン回帰が用いられ、標準群を基準に、即時群・延期群それぞれとの比較でレートレシオ(発生率比)と95%信頼区間が算出されました。非劣性の判定基準は、卵子数の20%減少があらかじめ設定されています。

即時群は9%減、延期群は7%減──それでも「非劣性」の範囲内

年齢などの背景因子で調整した解析の結果、2回目の成熟卵子数は、標準群と比較して即時群で9%少なく(レートレシオ0.91、95% CI 0.86〜0.96)、延期群で7%少ないという結果でした(レートレシオ0.93、95% CI 0.89〜0.98)。数にすると、いずれの群も標準群よりおおむね卵子1個分程度少ない計算です。

あらかじめ設定された非劣性の基準は「20%以上の減少」でした。95%信頼区間の下限が0.8を上回れば非劣性と判定する枠組みで見ると、即時群・延期群のいずれも信頼区間の下限が0.86および0.89と0.8を上回っており、統計学的には非劣性の基準を満たす結果となりました。総卵子数についても同様の傾向で、即時群のレートレシオは0.90(95% CI 0.86〜0.95)、延期群は0.95(95% CI 0.91〜0.99)でした。

刺激期間の日数は、3群のあいだで有意な差は見られませんでした。一方、ゴナドトロピンの総投与量は、即時群が標準群より平均187 IU多く必要でした(95% CI 35〜339)。延期群と標準群のあいだでは、投与量に統計学的な有意差はありませんでした(平均差7 IU、95% CI -126〜141)。

周期のキャンセル率は全体で4.1%(101/2472周期)であり、間隔による差は認められませんでした(即時群4.6%、標準群4.0%、延期群3.9%、P=0.868)。また、卵巣予備能の指標であるAMH値のカテゴリー(1未満、1〜3、3超のng/mL)と間隔群のあいだに、成熟卵子数・総卵子数のいずれについても有意な交互作用は見られませんでした(それぞれP=0.890、P=0.661)。卵巣予備能が低い人ほど間隔の影響を強く受ける、といった関係は今回のデータでは確認されなかったことになります。

なぜ差が出るのか──先行研究との比較で見えてくること

このテーマをめぐっては、これまでにも小規模な研究が行われてきましたが、結果は一致していませんでした。721組の夫婦を対象とした先行研究では、2回の体外受精刺激周期のあいだに卵巣周期を1回空けた群と2回以上空けた群とで採卵数や治療成績に差は見られず、今回の結果と方向性が一致しています。一方、卵巣の反応が乏しい632組の夫婦を対象とした別の研究では、2回目を間を空けずに行った群のほうが採卵数の改善が大きかったという逆の結果も報告されています。対象が卵巣予備能のおおむね正常な計画的卵子凍結の患者か、卵巣反応不良の不妊治療患者かという集団の違いが影響している可能性が指摘されています。

ゴナドトロピン(排卵誘発剤)が次周期以降の卵胞動員を早めることはなく、反復した卵巣刺激が卵巣機能に悪影響を及ぼす明確な根拠もないとする既存の知見とも、今回の結果は矛盾しません。即時群でゴナドトロピンの必要量がやや多かった点は、短い間隔での刺激には多少多めの薬剤投与が必要になる可能性を示唆していますが、最終的な卵子数の改善にはつながらなかったことになります。

日本の生殖医療現場への示唆

日本では、卵子凍結を検討する女性が、仕事のスケジュールや心身の負担を考慮しながら次回採卵の時期を相談する場面は少なくありません。今回の結果を踏まえると、1回目の採卵から間を空けずに2回目を行っても、逆に数か月空けても、標準的な間隔(1〜3回の卵巣周期を空ける)と比べて成熟卵子数の差はわずか1個程度にとどまり、あらかじめ設定された臨床的に意味のある差(20%減少)には達しません。

臨床現場でも、患者の仕事や生活上の制約を踏まえたスケジューリングの柔軟性を後押しする材料になり得ます。ただし、間を空けずに2回目を行う場合はゴナドトロピンの投与量がやや多くなる可能性があり、薬剤費用の増加につながりうる点は、日程を相談する際に伝えておくべき情報といえます。また、この研究の対象は卵巣予備能がおおむね正常な計画的卵子凍結の患者であり、卵巣機能が低下している患者や不妊治療中の患者にそのまま当てはまるかどうかは、今回のデータからは判断できません。

研究の強みと限界

この研究の強みは、12年間、複数施設にわたる2412人という大規模なデータを用いている点です。多様な刺激プロトコルが混在していたことは、単施設・単一プロトコルの研究に比べて結果の一般化可能性を高める一方で、プロトコルの違いを完全には調整しきれていない可能性があります。ただし、両周期で同一のプロトコル・トリガー薬剤を用いた1551人に限定した感度分析でも、結果は変わりませんでした。

限界としては、まず後ろ向きコホート研究であり無作為化されていないため、群間の背景因子の違いによる残余交絡を完全には排除できません。AMHや胞状卵胞数には統計学的に有意な差があったものの、いずれも標準群で最も低い値であったため、むしろ群間差を小さく見積もる方向に働いた可能性があります。凍結した卵子そのものの妊孕性(将来の妊娠・出産につながる能力)は今回評価されておらず、間隔の違いが最終的な出産率に影響するかどうかは今後の課題です。加えて、患者は実際の卵巣周期数ではなく採取からの日数で分類されており、卵巣周期の長さには個人差があるため、一部の患者は分類が実態とずれている可能性があります。

おわりに

今回の解析では、計画的卵子凍結における2回目の採卵を、1回目から28日以内に行っても、91日から180日空けて行っても、29日から90日という標準的な間隔と比較して成熟卵子数は非劣性という結果が示されました。即時群で9%、延期群で7%という成熟卵子数の減少は統計学的に検出されたものの、あらかじめ設定された臨床的に意味のある差の基準には届きませんでした。周期のキャンセル率にも差はなく、刺激期間もおおむね同程度でした。

今後は、凍結された卵子の妊孕性そのものへの影響や、卵巣予備能が低下した集団における間隔の影響について、前向き研究によるさらなる検証が期待されます。現時点のデータからは、卵子凍結の日程を仕事や生活の事情に合わせて柔軟に組み立てることについて、一定の根拠が示されたといえます。

参考文献

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培養液に「正解」はあるのか──26本の試験を集めても、答えはまだ出ていない

体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)では、採取した卵子と精子を受精させたあと、胚を子宮に戻すまでの数日間、培養液と呼ばれる特殊な溶液の中で育てる工程が欠かせません。世界では1978年の初めてのIVF出生以来、累計1000万人以上の子どもがIVFによって生まれており、年間およそ400万周期の治療が行われ、約100万人が誕生していると推計されています。培養液の選択はこの過程を支える重要な要素ですが、どの培養液が最も良い結果につながるのかについては、長年にわたり明確な合意がありませんでした。

培養液には、初期胚(1〜3日目)向けの「卵割期用培地」と、胚盤胞(5〜6日目)まで育てるための「胚盤胞期用培地」があり、さらに培養途中で組成の異なる培地に交換する「連続交換法」と、同じ培地のまま培養を続ける「単一培地法」に分かれます。メーカーや製品によって成分や濃度が異なり、成分の詳細が公開されていない製品も少なくありません。どの培養液が妊娠や出生の可能性を高めるのかという問いに答えるには、質の高い比較試験の積み重ねが必要ですが、これまでの研究は小規模で設計にばらつきがあることが指摘されてきました。

こうした状況を踏まえ、Cochrane Database of Systematic Reviewsの2026年版(Issue 8)に、ヒト着床前胚の培養液を比較したランダム化比較試験(RCT)を対象とする系統的レビューの更新版が掲載されました(DOI: 10.1002/14651858.CD007876.pub3)。2015年に発表された前回のレビューから10年以上が経過しており、現時点までに蓄積されたエビデンスを整理し直す試みです。

方法──26本の研究を、女性1人を単位として比較した

この総説は、2025年8月28日までに登録された文献を対象に、5779件の記録を検索し、重複を除いた2715件のタイトル・抄録を精査、213件の全文を評価したうえで、最終的に26件の研究(女性3913人を対象にした13研究、周期361件を対象にした2研究、卵子・卵子複合体・胚合計30,542個を対象にした12研究など)を採用しています。このうち、累積生産率、生産率、継続妊娠率という3つの重要な指標(critical outcomes)を報告していたのは8研究(女性3315人)にとどまりました。

解析では、クラスター効果(1人の女性から複数の胚や周期が生じること)による誤差を避けるため、報告の単位にかかわらず「女性1人あたり」に揃えて発生率を算出し直しています。バイアスリスクはCochraneのRoB1ツールで、エビデンスの確からしさはGRADE方式で評価されました。

「同じ組み合わせを比べた試験」は、ひとつもなかった

26研究は、比較していた培養液の組み合わせがそれぞれ異なっていました。適切な設計で同じ2製品を比較した試験が2つと重ならなかったため、結果を統合するメタ解析は実施できず、各試験の結果はそのまま個別に提示されています。市販されている培養液の種類は多岐にわたり、G5、HTF、Sydney IVF、G1シリーズ、GM501、BlastAssist、EmbryoAssist、EmbryoGen/BlastGenなど、少なくとも39種類の培養液が今回の研究群の中で使われていました。

836人を対象にした試験だけが、「中程度の確からしさ」の差を示した

累積生産率を報告していた研究は1件のみでした。オランダの多施設で836人の女性を対象に行われたこの試験では、G5という培養液を使った群の累積生産率が44.1%、HTF(human tubal fluid)を使った群が37.9%となり、G5群の方が高い傾向が示されました(オッズ比[OR] 1.29、95%信頼区間[CI] 0.98〜1.70)。中程度の確からしさのエビデンスと評価されており、今回のレビュー全体の中では最も信頼度の高い結果です。

同じ試験では、継続妊娠率もG5群45.3%に対しHTF群38.7%(OR 1.32、95% CI 1.00〜1.73)、臨床妊娠率もG5群47.7%に対しHTF群40.1%(OR 1.36、95% CI 1.04〜1.79)と、いずれもG5群でやや高い数値が確認されています。ただし、いずれも1件の試験だけに基づく結果であり、信頼区間の下限が1に近い(効果なしの可能性を排除できない)点には注意が必要です。

その一方で、生まれた子の体重は181g軽かった

妊娠や出生に至る確率だけでなく、生まれてきた子どもの健康も重要な指標です。出生体重を報告していた4研究のうち、先の836人規模の試験では、G5群の単胎新生児の出生体重が、HTF群と比べて平均181g軽いという結果が示されました。

残る3研究では、比較した培養液のあいだで出生体重に明確な差は見られていません。今回の結果は1件の試験にとどまり、確率の話であって運命を決めるものではありませんが、妊娠や出生の「成功率」だけを見て培養液を評価すると、子どもの発育に関わる情報を見落とす可能性があることを示す一例といえます。総説の著者らも、生産率や継続妊娠率に加えて、生まれた子どもの健康状態を評価項目に含める必要性を今後の研究課題として挙げています。

サプリメントの効果は「単独」では測れない――GM-CSFとアルブミン濃度の相互作用

デンマークで743人を対象に行われた別の試験では、EmbryoAssistという培養液に顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)を添加した群と、添加しない群が比較されました。ヒト血清アルブミン(HSA)濃度が低い条件では、GM-CSF添加群の方が生産率(24.0%対18.4%、OR 0.71、95% CI 0.50〜1.02)、継続妊娠率(30.0%対21.3%、OR 0.63、95% CI 0.45〜0.88)ともにやや高い傾向が見られました。ただし試験の途中でプロトコルが変更されており、エビデンスの確からしさは非常に低いと評価されています。

興味深いのは、HSA濃度を標準的な水準まで引き上げた群では、GM-CSFを添加しても差がほとんど見られなかった点です(継続妊娠率29.0%対28.1%、OR 0.96、95% CI 0.67〜1.38)。これは、観察された差がGM-CSFそのものというより、HSA濃度との組み合わせによって生じていた可能性を示唆しています。

このほかの比較――Sydney IVF Cleavage対G1シリーズ3(449人)、GM501対Sydney IVF(170人)、G2シリーズ対BlastAssist M1/M2(176人)、Sydney IVF対EmbryoGen/BlastGen(100人)、GM501対ISM1(172人)、ECM/Multiblast対Global(80人)――は、いずれも参加者数が100〜450人規模と小さく、信頼区間も広いため、培養液間の差があるともないとも判断できない「非常に低い確からしさ」の結果にとどまっています。

研究の強みと限界

今回のレビューは、2025年8月までの文献を対象に網羅的な検索を行い、2015年版から10年以上ぶりに知見を更新した点に意義があります。一方で、限界も少なくありません。含まれた試験の多くはランダム化の手順が不明確で、女性ではなく卵子や胚を無作為に振り分けている試験、同じ女性に複数の群の胚を移植していた試験もありました。すべての領域で低リスクと判定された試験は1件もなく、半数以上の領域で低リスクだった試験もわずか2件にとどまっています。

培養液の成分組成を報告していない試験も多く、製造企業が詳細を公開していないケースも影響しています。さらに、含まれた試験の多くは10年以上前に実施されたもので、当時使用されていた培養液の一部はすでに市場から姿を消しています。そのため、今回得られた知見を現在の臨床現場にそのまま当てはめられるかどうかにも、一定の留保が必要です。

日本の生殖医療現場への含意

日本の生殖医療現場では、培養液の選択は各施設の経験や費用、供給状況などをもとに行われているのが実情です。今回のレビューが示した「G5がHTFより優れている可能性がある」という所見は、中程度の確からしさとはいえ1件の試験に基づくものであり、これだけを根拠に特定の培養液を推奨する段階には至っていません。臨床現場で患者から使用している培養液について尋ねられた際には、現時点でどの培養液が優れているかを裏付ける十分な根拠は存在しないこと、そして出生体重のような子どもの健康に関わる指標についても、まだ研究が限られていることを丁寧に説明する必要があります。

おわりに

26本のランダム化比較試験を集めても、同じ組み合わせを比較した適切な設計の試験は1組も存在せず、培養液どうしを直接比べる形でのメタ解析は実現しませんでした。836人規模の試験1本が示したG5とHTFの差は、今後の研究で確認されるべき手がかりの一つに位置づけられています。総説は、女性を無作為化の単位とすること、累積生産率を優先的に評価すること、培養液の成分組成を詳細に報告すること、そして生まれた子どもの健康状態を追跡することを、今後の研究に求めています。培養液という胚培養の土台をめぐる問いには、まだ十分な答えが出ていません。

参考文献

1. Laverde M, Zagers M, van Wely M, Youssef MA, Mastenbroek S, supported by the Cochrane Gynaecology and Fertility Review Group.『Culture media for human pre-implantation embryos in assisted reproductive technology cycles』Cochrane Database of Systematic Reviews 2026;Issue 8:CD007876. doi:10.1002/14651858.CD007876.pub3.

2. Laverde M, Zagers M, van Wely M, Youssef MA, Mastenbroek S, supported by the Cochrane Gynaecology and Fertility Review Group.『Culture media for human pre-implantation embryos in assisted reproductive technology cycles(Protocol)』Cochrane Database of Systematic Reviews 2009. doi:10.1002/14651858.CD007524.

正倍数性胚を移植しても、妊娠するとは限らない──機械学習が特定した7つの因子

体外受精(IVF)において、移植する胚の染色体が正常(正倍数性、ユープロイド)であるかどうかは、妊娠成立を左右する重要な因子として知られています。着床前遺伝子検査(PGT-A)によって正倍数性と判定された単一胚を移植する方法は、生児出生率を高め、多胎妊娠のリスクを減らすことが複数の研究で示されてきました。しかし、正倍数性胚を移植しても、すべての周期で妊娠が成立するわけではありません。染色体異常という要因を取り除いてもなお着床に至らない周期が一定数存在することは、体外受精を繰り返す患者にとって、身体的にも経済的にも大きな負担となります。

妊娠成立には、胚の染色体状態以外にも、母体年齢、内分泌環境、子宮内膜の状態、胚の形態学的な質、培養や凍結融解の条件など、多数の要因が関与すると考えられています。これらの要因は互いに複雑に影響し合うため、従来の統計手法だけでは、その全体像を捉えきれない側面がありました。近年、大量のデータから非線形な相互作用を検出できる機械学習を用いて、IVFの成績を予測しようとする研究が増えています。

こうした背景のもと、トルコの生殖医療センターで2011年10月から2023年2月にかけて実施されたガラス化保存-融解単一正倍数性胚移植4300周期を対象に、5種類の機械学習アルゴリズムを用いて臨床妊娠に関わる因子を特定した研究が、Reproductive BioMedicine Online誌2026年(53巻4号、論文番号105864)に掲載されました(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105864)。

方法──4300周期を、5つの機械学習モデルで解析した

対象となったのは、22歳から46歳までの女性が受けた、顕微授精(ICSI)または形態学的選択顕微授精(IMSI)による受精後のガラス化保存-融解単一正倍数性胚移植周期4300件です。通常の体外受精(conventional IVF)による周期、子宮形態異常(ミュラー管異常など)、未治療の内分泌疾患、内膜厚7mm未満の周期は解析から除外されました。臨床妊娠は、移植後7週の経腟超音波検査で胎児心拍が確認された場合と定義されています。

解析には、年齢や体格指数(BMI)、抗ミュラー管ホルモン(AMH)濃度、胚移植周期数、内膜厚、胚の質など、あらかじめ臨床的関連が想定された26項目の変数が用いられました。データは訓練用(70%)とテスト用(30%)に分割され、訓練データに対して5分割交差検証を行いながら、AdaBoost、Random Forest、XGBoost(Extreme Gradient Boosting)、LightGBM(LGBM)、Extremely Randomized Trees(ExtraTrees)という5種類の機械学習アルゴリズムのハイパーパラメータが最適化されました。モデルの性能は正解率、感度、特異度、適合率、F1スコア、AUC(ROC曲線下面積)で評価され、SHapley Additive exPlanations(SHAP)という手法を用いて、各変数が予測にどう寄与しているかが解析されています。

発見──浮かび上がった7つの因子

5つのモデルによるpermutation feature importance(変数を並べ替えた際の予測精度低下の大きさで重要度を測る手法)のランキングを統合するコンセンサス方式によって、臨床妊娠と関連する7つの変数が特定されました。前周期数(number of previous cycles)、AMH濃度、内膜厚、融解後の胚の質、母体年齢、凍結保存胚数、内膜調整法(自然周期か人工周期か)です。

SHAP解析からは、それぞれの変数が妊娠確率に与える方向性も示されています。前周期数が多いほど、また母体年齢が高いほど、臨床妊娠の確率は低下する方向に影響していました。一方、AMH濃度が高いほど、また融解後の胚の質が良好であるほど、臨床妊娠の確率は上昇する方向に影響していました。

なお、26項目すべてを用いた解析(特徴量選択を行わない設定)でも、胚移植日(Day 5かDay 6か)、融解後の胚の質、前周期数、内膜調整法、除去された細胞(excluded cells)の有無といった変数が上位に挙がっており、選択された7因子と重なりが確認されています。

妊娠した群としなかった群、何が違ったのか

4300周期のうち、臨床妊娠が成立したのは2902周期(67.5%)、成立しなかったのは1398周期(32.5%)でした。妊娠成立群は非成立群に比べて、母体年齢が若く(平均33.9±4.8歳 対 34.4±4.9歳、p=0.004)、不妊期間が短く(4.6±3.6年 対 5.0±3.8年、p=0.001)、それまでの移植周期数が少ない(4.6±2.6回 対 5.9±3.1回、p=0.001)という特徴がありました。内膜厚(10.2±1.9mm 対 9.9±1.8mm、p=0.001)、AMH濃度(2.9±2.3ng/ml 対 2.7±2.2ng/ml、p=0.002)、凍結保存胚数(5.7±3.9個 対 5.1±3.7個、p=0.001)は、妊娠成立群のほうが高い値を示しています。

胚の質についても差がみられ、融解後にトップクオリティと評価された胚の割合は、妊娠成立群で61.6%、非成立群で49.6%でした(p=0.001)。反対に、中程度の質と評価された胚の割合は、妊娠成立群で5.1%、非成立群で12.2%でした。内膜調整法は、自然周期(mNC-FET)を用いた割合が妊娠成立群で66.0%、非成立群で58.8%と、妊娠成立群のほうが高くなっていました(p=0.001)。壊死巣(necrotic foci)がない胚の割合(96.4% 対 93.0%、p=0.001)、除去細胞のない胚の割合(87.4% 対 82.3%、p=0.001)、Day 5移植の割合(94.1% 対 88.0%、p=0.001)も、いずれも妊娠成立群で高くなっていました。

予測精度はAUC0.76〜0.78──モデル間の差は大きくなかった

7つの因子に絞った設定での5モデルの性能は、正解率0.702〜0.726、感度0.711〜0.741、特異度0.672〜0.703、適合率0.809〜0.825、F1スコア0.758〜0.779、AUC0.760〜0.778という、比較的狭い範囲に収まりました。もっとも高いAUCを示したのはXGBoost(0.778)で、もっとも低かったのはAdaBoost(0.760)でした。1000回の反復によるブートストラップ解析では、XGBoostとRandom ForestのAUCの間にのみ統計学的な有意差が認められ(p=0.048)、それ以外のモデル間の組み合わせでは有意差はありませんでした。

較正(キャリブレーション、予測確率と実際の発生割合の一致度)の評価では、26項目すべてを用いた設定においてRandom Forest(Brierスコア0.178)とLGBM(0.179)がもっとも良好な較正を示し、7因子に絞った設定ではXGBoost(0.201)が最良でした。ただし、7因子に絞った設定では、各モデルが出力する予測確率が0.4〜0.7という狭い範囲に集中する傾向があり、確率としての識別力がやや低下することも確認されています。この点は、変数を絞り込むことで解釈しやすさを得る一方、予測確率の細かな識別力を犠牲にしうるという、特徴量選択に伴う既知のトレードオフとして論文中で言及されています。

なぜこれらの因子が妊娠に影響するのか──メカニズムの手がかり

前周期数の多さは、反復着床不全(RIF)と呼ばれる状態を反映している可能性があります。RIFの背景には免疫学的要因や子宮の形態異常、内分泌異常など複数の要因が関わるとされ、正倍数性胚を移植してもなお妊娠に至らない周期が積み重なっている場合、胚以外の要因の検討が必要になると指摘されています。AMH濃度は卵巣予備能を反映する指標として知られ、一般に若い年齢と関連します。今回、AMH濃度が高いほど妊娠確率が上昇する方向に働いていたのも、卵巣予備能や母体年齢との関連を反映していると考えられますが、AMH濃度と妊娠転帰の関連についてはこれまでの研究でも一貫した結果が得られておらず、正倍数性胚移植に限定した検討はまだ少ないのが現状です。

内膜厚については、7〜10mm程度が着床に適した範囲とされ、この範囲内で内膜の血流やホルモン応答が良好に保たれると考えられています。薄い内膜は着床不全や早期の妊娠喪失と関連することが、これまでの複数の研究で示されています。内膜調整法をめぐっては、自然周期(mNC-FET)のほうが人工周期(AC-FET)よりも妊娠転帰が良好とする報告が近年相次いでおり、人工周期では黄体が形成されないことによる血管新生の乏しさや脱落膜の発達の違いが理由として挙げられています。ただし、両者に差がないとする報告もあり、内膜調整法の選択は依然として議論が続いている領域です。

母体年齢については、卵子の染色体異常リスクが上がることは知られていますが、正倍数性胚に限定した場合でも年齢の影響が残るかどうかは、これまで研究間で結果が分かれてきました。11,375件の正倍数性胚移植を対象としたメタ解析では、胚の染色体正常性を考慮してもなお母体年齢が高いほど体外受精の成功率が低下することが示されており、今回の結果はこの知見と一致する方向です。

臨床的意味・日本への含意

日本の生殖医療の現場でも、正倍数性胚移植を行っても着床に至らない周期は珍しくなく、反復着床不全(RIF)としてどのように評価・対応するかは、日々の診療で直面する課題のひとつです。今回示された7因子は、いずれも日本の臨床現場で日常的に測定・記録されている項目であり、既存の検査データから患者ごとのリスクをある程度層別化できる可能性を示しています。

特に、前周期数の多さと母体年齢の高さは変更が難しい因子である一方、内膜厚や内膜調整法は周期ごとに調整可能な要素です。内膜厚については本研究でも妊娠成立群のほうが有意に厚い値を示しており、7〜10mm程度を目安とした内膜の状態確認や必要に応じた調整が、正倍数性胚移植であっても着床の可能性に影響しうることを示唆しています。内膜調整法として自然周期を選ぶか人工周期を選ぶかは患者の周期の規則性や施設の運用方針によって異なりますが、今回の結果は自然周期を用いた群で妊娠成立率が高い傾向を裏付けるものであり、個々の患者に応じた調整法の選択を検討する材料のひとつになりうると考えられます。

いずれの因子も、単独で妊娠の成否を決定づけるものではなく、あくまで確率に影響する要因であるという位置づけで理解される必要があります。

研究の強みと限界

本研究の強みは、4300周期という大規模なデータセットを対象に、5種類の機械学習アルゴリズムを用いて一貫した結果を確認した点、また染色体異常のある胚をあらかじめ除外することで、胚のプロイディ(染色体数の状態)による交絡を取り除いたうえで他の因子の影響を検討した点にあります。

一方で、いくつかの限界も述べられています。欠測データ(全体の10%未満)は平均値・最頻値による補完で対応されており、この手法が変数間の関連をやや弱めた可能性があります。また、単一施設での後方視的研究であるため、他施設や他集団への一般化には限界があり、独立したデータセットによる外部検証が必要とされています。さらに、7因子に絞った設定では予測確率の識別力がやや低下する傾向がみられており、論文では、今後の前向き研究において、予測精度(discrimination)だけでなく較正(calibration)も含めた評価を、PROBAST-AI(AIを用いた予測モデルのバイアスリスク評価のための指針)に沿って行う必要があると指摘されています。

おわりに

今回の研究は、正倍数性胚移植という、胚の染色体異常という交絡因子をあらかじめ取り除いた条件のもとでも、前周期数、AMH濃度、内膜厚、融解後の胚の質、母体年齢、凍結保存胚数、内膜調整法という7つの因子が、臨床妊娠の成否に関連することを、複数の機械学習モデルを用いて一貫して示しました。これらの因子に基づくリスク層別化は、今後、個々の患者に応じた体外受精のプロトコル調整や、治療方針の検討に役立つ可能性があります。今後は、外部データセットを用いた検証や、予測確率の較正を含めた前向き研究による確認が期待されます。

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AIが胚盤胞を正確に見分ける──新しい半教師あり画像解析

体外受精(IVF)における胚盤胞の評価では、内細胞塊(ICM)、栄養外胚葉(TE)、胚盤胞腔、透明帯(ZP)という異なる組織を正確に区分することが、着床能力の評価に直結します。これらの領域をコンピュータで自動的に切り分ける技術は「セグメンテーション」と呼ばれ、胚培養士による形態評価を支援する画像解析AIの土台となっています。

ただし、この自動セグメンテーションには根本的な制約があります。AIモデルの学習には大量の手作業アノテーション(専門家が画像上に組織の境界を描き込んだ正解データ)が必要ですが、これは胚培養士の専門知識に依存する時間のかかる作業であり、評価者間でのばらつきも避けられません。近年は少量のラベル付きデータと大量のラベルなしデータを組み合わせて学習する「半教師あり学習(SSL)」が有力な解決策とされてきましたが、胚盤胞画像特有の透明性やHoffman位相差(HMC)光学系による境界の不明瞭さ、深度による見かけの大きさの違い(スケール混乱)、ラベルなしデータの活用不足といった課題が残されていました。

こうした課題に対し、組織どうしの入れ子構造(ZPの中にTE、その内側に胚盤胞腔、さらにICMという階層関係)そのものを手がかりにする新しい手法が、PLOS One誌2026年8月号(21(8): e0355053、DOI: 10.1371/journal.pone.0355053)に報告されました。トポロジー(位相構造)誘導型の二頭構造ネットワーク「TGDBN」と名付けられたこの手法は、わずかなラベル付きデータからでも、組織の境界を高精度に描き出すことを目指しています。

方法──249枚の胚盤胞画像を、どう学習させたか

検証には、公開されている胚盤胞顕微鏡画像データセットが用いられました。Hoffman位相差(HMC)光学系で撮影された高解像度画像249枚に、ICMと胚盤胞腔の手動アノテーション(Pacific Center for Reproductive Medicineによる)が付与されています。このうち190枚を学習用、9枚を検証用、50枚をテスト用に割り当て、半教師あり学習の設定として学習データの10%または50%のみにラベルを与え、残りはラベルなしデータとして扱いました。

提案手法のTGDBNは、1つの共通エンコーダから2つの出力ヘッドに分岐する単一モデル構造を採っています。一方はピクセル単位で組織カテゴリーを予測する「セグメンテーションヘッド」、もう一方は構造的な手がかりを生成する「トポロジー誘導ヘッド」です。後者にはさらに2つの工夫が組み込まれています。1つ目はDICE(Decoder Intra-Class Enhancement)モジュールで、デコーダの終盤3層の特徴を組織カテゴリーごとに分割したうえで、境界があいまいで低コントラストな「見分けにくい領域」を重点的に強調します。2つ目はMSFA(Multi-Scale Feature Aggregation)モジュールで、複数の解像度の特徴を統合し、各ピクセルが最寄りの組織境界までどれだけ近いかを示す「構造ガイドマップ」を生成します。これら2つのモジュールが連動することで、ラベルなし画像に対しても組織の階層的な位置関係(トポロジー)を守った予測を促す仕組みになっています。

評価指標には、ICMセグメンテーションについてAccuracy(正解率)、Recall(再現率)、Dice係数、Jaccard係数の4つが用いられ、バックボーンにはU-Netが採用されました。手法の汎化性を検証するため、胚盤胞とは異なる医療画像として、左心房の3D MRIデータセット(100症例)でも同様の評価が行われています。

ラベルはわずか10%──それでも11手法中トップの精度

ICMの二値分割タスクにおいて、学習データのわずか10%にしかラベルを与えなかった条件でも、TGDBNはAccuracy 97.62%、Recall 92.49%、Dice係数91.78%、Jaccard係数86.33%を達成し、比較対象となった11種類の既存半教師あり学習手法の中で最も高い成績を収めました。学習データを100%ラベル付けした「完全教師あり」条件での上限値(Dice係数95.00%)と比べても、その差はわずか3ポイント程度にとどまっています。ラベル付き画像を50%に増やした条件では、Accuracy 98.28%、Dice係数94.01%、Jaccard係数89.78%まで性能が向上し、完全教師ありの水準にさらに近づきました。

定性的な可視化結果でも、TGDBNの予測マスクは正解ラベルとよく一致しており、他の半教師あり手法に見られがちな断片的で不連続な誤分割が抑えられていたと報告されています。特に低コントラストで小さな領域における境界の描出精度が、既存手法との差を生む要因になっていました。

二つの工夫の効果──どちらが欠けても精度は伸び悩む

各モジュールの寄与を切り分けるアブレーション試験も行われています。両モジュールを取り除いた基本モデル(ベースラインB)ではDice係数87.59%にとどまりましたが、DICEモジュールのみを追加すると91.15%、MSFAモジュールのみを追加すると91.21%まで改善しました。そして両モジュールを組み合わせた完全版のTGDBNでは、Dice係数91.78%まで到達しています。単独の改善幅がおよそ3〜4ポイントであるのに対し、組み合わせによってさらに上積みが得られたことは、境界の強調(DICE)と多スケール統合による構造ガイド生成(MSFA)が、互いに補完的な役割を果たしていることを示唆しています。

胚盤胞に限らない──心臓のMRIでも通用した汎化性

胚盤胞は、ZPの内側にTE、その内側に胚盤胞腔とICMが入れ子状に存在するという特徴的な構造を持ちますが、同様に階層的な構造を持つ他の医療画像でもTGDBNが通用するかを検証するため、左心房の3D MRIデータセット(100症例、V-Netをバックボーンとして使用)でも比較が行われました。その結果、ラベル付きデータが10%の条件でDice係数89.47%、20%の条件で92.32%を記録し、いずれも比較対象手法の中で最高値でした。完全教師あり条件での上限値(Dice係数93.60%)との差は、20%ラベルの時点で1.3ポイント程度まで縮まっています。この結果は、TGDBNが胚盤胞画像に特化した手法ではなく、入れ子構造や層状構造を持つ医療画像に広く応用できる可能性があることを示しています。

臨床的意味・日本への含意

日本の生殖医療の現場では、体外受精治療において胚盤胞のグレーディングが移植胚選択の重要な判断材料となっており、胚培養士による形態評価の質と再現性が治療成績に影響し得ることが知られています。画像解析AIによる自動セグメンテーションは、この評価を補助し、施設間・評価者間のばらつきを減らす手段として期待されていますが、実用化にあたっては大量の手作業アノテーションという高いコストが障壁になってきました。今回の研究が示したように、ラベル付きデータが1割程度であっても実用的な精度に近づけるのであれば、AI開発に必要なアノテーション負担を大きく下げられる可能性があります。臨床現場では、こうした技術は最終的に胚培養士の判断を置き換えるものではなく、評価を支援し、記録を標準化するツールとして位置づけられることが想定されます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、公開データセットを用いて11種類もの既存半教師あり学習手法と直接比較した点、そしてアブレーション試験によって提案した2つのモジュールそれぞれの寄与を定量的に示した点、さらに胚盤胞とは異なる医療画像(左心房MRI)でも同様の優位性を確認し、手法の汎化性を検証した点にあります。

一方で限界もあります。使用された胚盤胞データセットは249枚と規模が限られており、単一の光学系(HMC位相差顕微鏡)・単一の提供元によるものであるため、異なる撮影条件や機種、施設のデータでの再現性は今後の検証課題です。また、本研究はセグメンテーションの精度(正解マスクとの一致度)を評価したものであり、実際の妊娠率や着床率、生児出生率といった臨床アウトカムとの関連は検討されていません。時系列変化を追うタイムラプス動画像ではなく静止画像を対象としている点、そして2000エポックにわたる学習に要する計算資源の大きさも、実運用に向けては考慮が必要な点として著者らも言及しています。

おわりに

本研究は、胚盤胞の主要な組織構造が持つ入れ子状のトポロジーを明示的な学習信号として取り込むことで、少量のラベル付きデータからでも高精度なセグメンテーションを実現できることを示しました。ラベル付きデータが10%という条件でも、完全教師あり学習に近い水準の精度が得られたことは、医療画像アノテーションのコストという半教師あり学習研究全体の課題に対する一つの解決策を提示するものです。今後は、より多様な撮影条件やタイムラプス画像への拡張、そして実際の臨床アウトカムとの関連を検証する研究が期待されます。

参考文献

1. Li Y, Wang H, Hu J, Zhang J. 『TGDBN: Topology-guided dual-backbone network for semi-supervised blastocyst segmentation in assisted reproductive technology』PLOS One 2026;21(8):e0355053. doi:10.1371/journal.pone.0355053

卵子凍結は、染色体異常を増やさない――ただし「授かる力」は静かに目減りする

卵子凍結は、女性の妊孕性を保存する標準的な技術として広く用いられ、近年は着床前遺伝学的検査(PGT-A)の文脈でも重要性を増しています。加齢や卵巣予備能低下がある女性では、複数回の採卵で卵子を凍結・蓄積し、検査にまわせる胚の数を増やす「卵子蓄積」という戦略が使われることがあります。一方、凍結・融解が染色体分配を担う紡錘体に与える影響は以前から懸念され、その形態の一時的な変化も報告されてきましたが、これが実際にヒト胚の染色体異常パターンをどう変えるのかは、染色体単位ではあまり検討されてきませんでした。2026年、Reproductive Biomedicine Online誌に掲載された観察研究が、122人の高年齢患者から得た新鮮卵子と凍結融解卵子を同一個人内で比較し、この問いに答えを示しました(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105841)。

方法――同じ女性から採った「新鮮」と「凍結」の卵子を比べた

対象は2019〜2022年にイタリアの民間クリニックでIVF・PGT-Aを受けた高年齢女性122人(平均39.7±2.7歳)。組み入れ基準は採卵時年齢35歳以上、AMH1.5ng/mL以下など、染色体異常リスクが高い集団です。研究の核は「卵子蓄積」で、1回目の採卵で得た卵子を凍結保存し、2回目の採卵で得た新鮮卵子とともに、融解した凍結卵子を同時に授精させます。同一患者から新鮮・凍結融解両方の胚が得られるため、個人差の影響を抑えて比較できます。441個の新鮮卵子と343個の凍結融解卵子が授精に用いられ、新鮮由来184個、凍結融解由来80個の胚盤胞に生検が行われ、次世代シーケンシングで全染色体が解析されました。

染色体異常の「頻度」は、凍結でも変わらなかった

検出された異数性胚は163個(新鮮114個、凍結融解49個)。分節性異数性を除外した152個(新鮮107個、凍結融解45個)を解析した結果、胚盤胞あたりの整倍体率は新鮮38.0%(70/184)、凍結融解38.8%(31/80)とほぼ同じで有意差はなく(P=0.91)、染色体ごとの異数性の分布パターンにも有意な違いはみられませんでした(P=0.58)。トリソミー・モノソミーの内訳比率も両群で同様でした。

「お決まりの染色体」――加齢パターンも凍結の影響を受けない

加齢に伴う異数性で知られる16・22・21・15・18・13番の6本は、両群とも年齢が上がるほど頻度が高くなる、よく似た年齢依存パターンを示しました。加齢との関連が知られていない19番も両群で高頻度にみられた点は興味深い所見です。38歳以上と未満を比較したオッズ比解析でも、両群で年齢が高いほどオッズ比が上昇する傾向が一致し、信頼区間も重なっていました。異数性を単純型・多発型・複雑型に分類した解析でも、複雑型が加齢とともに増える傾向は新鮮群(P=0.14)・凍結融解群(P=0.16)で共通し、群間差はありませんでした。

「もうひとつの数字」――卵子1個から、いくつ授かるか

染色体異常のパターンに差がなかった一方、授精した成熟卵子(MII)1個あたり何個の整倍体胚盤胞が得られるかという「卵子の底力(oocyte resilience)」の指標には明確な違いが現れました。この数値は新鮮群0.15±0.23個、凍結融解群0.08±0.19個となり、新鮮群が有意に高いことが示されました(P=0.004)。染色体異常の起こりやすさは変わらないのに、最終的に移植可能な胚にたどり着く確率は、凍結卵子ではおよそ半分程度にまで低下していたことになります。

差が最も開くのは「40代前半」

年齢層別では、39歳未満は新鮮群0.19±0.26個対凍結融解群0.14±0.24個(P=0.14)、40〜42歳は0.15±0.23個対0.05±0.13個(P=0.008、有意差あり)、43歳以上は0.01±0.05個対0個(P=1、両群とも極めて低い)という結果でした。少なくとも1個の整倍体胚盤胞を得られた患者の割合も同様の傾向で、39歳未満48.1%対31.5%、40〜42歳40.0%対15.6%、43歳以上4.3%対0%。差がもっとも顕著だったのは40〜42歳という、妊孕性温存や卵子蓄積を検討する層と重なる年齢帯でした。

臨床的意味・日本への含意

日本でも、加齢に伴う不妊への対応として卵子凍結や卵子蓄積が徐々に広がりつつあります。今回の結果は二つを示唆します。ひとつは、凍結・融解そのものが染色体異常を新たに生み出すわけではないという点。染色体異常の多くは受精前、卵子成熟の過程(減数分裂)ですでに決まっており、主な原因は加齢であって、凍結保存の有無がその質を大きく左右するわけではないと考えられます。もうひとつは、凍結卵子は染色体の質を保っていても、胚盤胞まで発育しきる力はやや弱い可能性がある点です。背景には細胞質の成熟度やミトコンドリア機能などが関わっている可能性が指摘されています。臨床現場では、「染色体異常のリスクは上がらないが、使える胚の数はやや少なくなり得る」という前提をカウンセリングに反映させ、とくに40代前半で凍結を検討する患者には、より多くの卵子を確保する計画をあらかじめ説明しておくことが望ましいと考えられます。

研究の強みと限界

強みは、同一患者内で新鮮卵子と凍結融解卵子を直接比較し、個人差の影響を抑えたうえで染色体レベルと年齢層別の解析を組み合わせた点です。限界としては、観察研究であり対象数は患者122人・異数性胚152個と限られること、胚発生を追跡するタイムラプスモニタリングがないこと、胚盤胞に到達する前に発育停止した胚の染色体解析や受精後由来のモザイク型異数性が対象外であることが挙げられます。したがって、胚盤胞に到達しなかった胚でごくわずかな染色体不安定性が生じていた可能性までは否定できません。

おわりに

今回の研究は、卵子凍結が高年齢患者の染色体特異的な異数性パターンを大きく変えるものではないことを、詳細な染色体レベルの解析によって示しました。一方で、凍結された卵子は染色体の質を保ちながらも、胚盤胞まで到達する発生能においてはやや劣る傾向があることも明らかになっています。この知見は、PGT-Aの結果を解釈する際や、高年齢患者に妊孕性温存・卵子蓄積を提案する際のカウンセリングに、新たな枠組みを提供するものといえます。今後は、より大規模な集団やタイムラプスモニタリングを組み込んだ研究による、発生能低下の背景メカニズムのさらなる解明が期待されます。

参考文献

1. Canosa S, Ottolini CS, Capalbo A, Coticchio G, Cimadomo D, Revelli A, Gennarelli G, Bongioanni F, Rienzi L.『Impact of oocyte vitrification on chromosome-specific aneuploidy patterns and oocyte resilience in advanced maternal age patients』Reproductive Biomedicine Online 2026;53(4):105841. doi:10.1016/j.rbmo.2026.105841

2. Canosa S, Cimadomo D, Maggiulli R, Revelli A, Gennarelli G, Ottolini CS, Capalbo A, Bongioanni F, Rienzi L, Coticchio G.『Oocyte vitrification reduces blastocyst yield but preserves reproductive competence in advanced maternal age patients undergoing oocyte accumulation with PGT-A』Reproductive Biomedicine Online 2026;53(1):105503. doi:10.1016/j.rbmo.2026.105503

3. Tsai S, Johal J, Malmsten J, Spandorfer S.『Embryo ploidy in vitrified versus fresh oocytes: Is there a difference?』Journal of Assisted Reproduction and Genetics 2023;40(10):2419-2425.

AI胚評価は従来法に匹敵する──しかし、染色体異常は見抜けない

体外受精における胚選択は、各周期で得られた複数の胚盤胞の中から、出生に至る可能性が最も高い1個を選ぶ試みです。染色体が正常な状態(正倍数体)であることは着床のしやすさを左右する最も強い予測因子とされ、正倍数性が確認された胚盤胞を移植した場合、着床前遺伝学的検査(PGT-A)を行わずに移植した場合と比べて生児獲得率が高く、流産率も低いことが複数の報告で示されています。しかしPGT-Aには栄養外胚葉の生検という侵襲的な手技と専門設備が必要で、労力とコストが増えるため、米国生殖医学会(ASRM)と米国生殖補助医療技術学会(SART)の合同委員会は、一般集団への一律導入の利益は不確実だと指摘しています。

そのため非侵襲的な胚選択は従来、固定された時点での形態評価に頼ってきましたが、この方法は評価者間・評価者内でのばらつきが大きいという限界を抱えています。タイムラプス技術の登場により胚の発生過程を連続的に観察できるようになり、近年はAIを組み込んで形態動態の自動アノテーションやスコアリングを行うツールが普及しつつあります。ただし、多くのAIモデルは移植優先順位の効率化を目的に開発されたものであり、「AIがPGT-Aの代替として染色体異常を予測できる」という理解は、現時点のエビデンスでは支持されていません。きょうだい胚(同一周期で得られた複数の胚)の中で、AIが実際に正倍数体を優先的に選び出せるかどうかを直接検証した研究は、これまで数少なかったのが実情です。

この点を検証したのが、Fertility and Sterility誌(2026年)に掲載された研究です(DOI: https://doi.org/10.1016/j.fertnstert.2026.07.025)。3個以上のきょうだい胚盤胞のうち少なくとも1個が正倍数体、少なくとも1個が異数体であった279周期を対象に、従来の形態評価、形態動態評価、2種類のAIモデル、ランダム推測という5通りの方法で、それぞれが正倍数体をどれだけ正確に「1位」に選び出せるかを比較しています。

方法──786周期から279周期を絞り込んで比較

2013年から2020年にかけて、イタリア・ローマの生殖医療施設で実施された786件のPGT-A周期(タイムラプスインキュベーターでの培養を経て胚盤胞が得られた周期)を対象に、生検された胚盤胞が3個未満の423周期と、全ての胚が正倍数体または全て異数体だった84周期を除外しました。残る279周期(胚盤胞1,260個)が解析対象です。各胚盤胞は、2名の胚培養士がPGT-A結果を伏せた状態で独立して評価し、結果が食い違った場合は3人目が判定しました。評価方法は、①Gardnerスコアによる静的形態評価(内細胞塊・栄養外胚葉の組み合わせで1点[AA]から9点[CC]まで採点)、②Gardnerスコアに拡張胚盤胞到達時刻(tEB)と到達時の面積という形態動態パラメータを加えた評価、③AIモデルversion-1、④AIモデルversion-2(いずれもVitrolife社のiDAScore、1~9.9点のスケール)の4通りです。加えて、偶然の水準を推定するため、random.orgを用いたランダム推測も比較対象に含めました。各周期内で1位にランクされた胚が実際に正倍数体だった割合を、各方法の的中率として算出しています。

68%対58%――AIが上回ったのは「静的形態評価」だけ

正倍数体を1位に選び出せた周期の割合は、AIモデルversion-2が68%(190/279周期、95%信頼区間62.4~73.3%)で最も高く、次いで形態動態評価が64%(179/279周期、95%CI 58.4~69.7%)、AIモデルversion-1が62%(174/279周期、95%CI 56.6~67.9%)、Gardnerスコアによる静的評価が58%(163/279周期、95%CI 52.6~64.0%)という順でした。統計的に有意差が確認されたのはAIモデルversion-2のみで、静的評価を有意に上回っていました(p=0.022)。参考として、ランダム推測での的中率は44%(124/279周期、95%CI 38.7~50.3%)にとどまり、これは静的評価より有意に低い水準でした(p=0.001)。つまり、いずれの方法も偶然よりは正倍数体を選び出せているものの、最も成績の良かったAIモデルversion-2でも、約3割(32%)の周期では、正倍数体のきょうだいがいるにもかかわらず異数体を1位に選んでしまう計算になります。

見え方の違い――AIは胚の「ばらつき」を人間ほど感じ取らない

研究チームは、各周期内でのスコアのばらつき(変動係数、CV=標準偏差÷平均)を計算し、これが的中率とどう関係するかも調べています。胚培養士によるスコアのばらつきの中央値は0.75(第1四分位0.57~第3四分位0.96)で、AIモデルversion-1の0.29(0.17~0.37、p<0.001)やversion-2の0.60(0.41~0.74、p<0.001)より明らかに大きく、胚培養士の目にはきょうだい胚間の違いがより大きく映っていたことがわかります。胚培養士のスコアとAIモデルの相関はversion-1でr=0.358、version-2でr=0.330と、いずれも有意ではあるもののゆるやかな相関にとどまり、AIモデルversion-1とversion-2同士の相関はr=0.647と強い相関を示しました。さらに、胚培養士の評価ではばらつき(CV)が大きい周期ほど正倍数体を正しく選べる傾向があり、この関連は母体年齢で調整した後も有意でした(p=0.009)。一方、AIモデルのCVと的中率のあいだにはこうした関連は見られませんでした。これは、AIが胚培養士とは異なる画像的特徴に基づいて判断している可能性を示唆する結果です。

年齢が上がるほど、どの方法も「当たらなく」なる

母体年齢が上がるにつれて、いずれの方法でも的中率は低下する傾向が見られました。静的評価は35歳未満の87%から42歳超では17%に、ランダム推測は66%から22%に、形態動態評価は84%から39%に、AIモデルversion-1は79%から33%に、それぞれ低下しています。これに対しAIモデルversion-2は、42歳未満までは65%以上を維持し、42歳以上でも44%と、他の方法ほど大きく落ち込みませんでした(全体の傾向としては有意差なし、p=0.161)。ただし42歳以上の対象は18周期のみで、解析対象279周期全体の9.5%にすぎない点には注意が必要です。

臨床的意味・日本への含意

日本では、体外受精・PGT-Aの実施件数は増加傾向にあり、非侵襲的な胚の優先順位付けとAI活用への関心も高まっています。今回の結果が示すのは、AIモデルが従来の形態評価に対して統計的に有意な改善を示した一方で、その改善幅は的中率にして10ポイント程度にとどまり、しかもどの方法を用いても3割前後の周期で異数体が正倍数体より優先されてしまうという実態です。既存の系統的レビュー・メタ解析(6,879個の胚を対象)では、AIによる正倍数性予測の統合感度は0.71、特異度は0.75、AUCは0.80と報告されており、一定の予測能力は示されているものの、確定診断としての精度には至っていません。臨床現場では、PGT-Aが倫理的・法的・技術的な制約で実施できない状況において、AIによる胚ランキングが非侵襲的な優先順位付けの補助となり得る一方、染色体異常の有無を判定する目的では使用できないという位置づけを明確にしておく必要があります。異数体の胚が着床した場合、約9割が流産に至るとされており、優先順位付けの精度向上は、患者の心理的・身体的負担の軽減という観点からも意味を持ちます。

研究の強みと限界

この研究は単一施設・後ろ向きコホートという設計上の制約を持ちます。対象を「3個以上の胚盤胞のうち正倍数体・異数体が両方含まれる周期」に限定しているため対象集団は限られており、他の患者集団や施設にそのまま一般化できるとは限りません。また、この研究はシミュレーションであり、実際の臨床判断に使用されたものではなく、着床や生児獲得といった最終的な臨床アウトカムに対する検証は行われていません。解析対象にはDay7の胚盤胞や、通常の臨床では除外されがちな低グレード(BB未満)の胚も含まれており、これらは現行のAIモデルの学習データに十分反映されていない可能性があります。加えて、「正倍数体が1位に選ばれるか」という指標は、「生児に至る胚が1位に選ばれるか」とは異なる点にも留意が必要です。ただし正倍数性は全てのきょうだい胚について判定できる指標である一方、生児獲得は移植された胚だけに観察される選択バイアスを伴う指標であるため、代替指標としての妥当性は一定程度支持されます(異数体の胚盤胞が出産に至る割合は2%未満である一方、移植された正倍数体胚の生児獲得率は約50%と報告されています)。

おわりに

今回の研究は、AIによる胚ランキングが従来の非侵襲的評価と同等かそれをやや上回る成績を示す一方、染色体異常の有無を診断する精度には達していないことを示しました。正倍数体のきょうだいが存在するにもかかわらず異数体を優先してしまうケースは、AIを含むいずれの評価方法でも一定数残されており、遺伝学的検査に代わる診断ツールとしてAIを扱うことには慎重さが求められます。今後は、AIモデルの継続的な学習と、解釈可能性を高めた「グラスボックス」型モデルの開発、そして人間の判断とAIを組み合わせた運用の検証が、生殖医療における胚選択の精度向上に向けた課題として位置づけられています。

参考文献

1. Cimadomo D, Taggi M, Innocenti F, Cimadomo V, Coticchio G, De Falco F, et al. AI-based embryo ranking can match or improve traditional assessments but cannot predict an aneuploid chromosomal constitution. Fertility and Sterility 2026. doi:10.1016/j.fertnstert.2026.07.025

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生検なしで、胚の染色体はわかるのか──使用済み培養液が示した新しい可能性

着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)は、染色体数の異常がない胚を選んで移植することで、流産率の低下や治療効率の向上につながる可能性があるとされています。しかし従来のPGT-Aは、胚盤胞の一部の細胞(トロフェクトダーム、TE)を切り取って調べるトロフェクトダーム生検を必要とし、胚の発生能力やその後の妊娠転帰への影響が指摘されてきました。トロフェクトダームは単なる採取対象ではなく、着床や胎盤の形成に関わる重要な細胞群であることが、この懸念を後押ししています。

こうした侵襲性の問題を避ける方法として、胚を培養した後の培養液(使用済み培養液、SCM)に漏れ出す細胞外DNA(cfDNA)を解析する、非侵襲的な染色体スクリーニング(niPGT-A)が注目されています。2016年に報告された先駆的な研究では、胚を生検しなくても染色体評価が可能になりうることが示されましたが、SCM中のcfDNAは量・質ともに限られ、診断精度にばらつきが残ってきました。近年は、NGSのライブラリ調製後に測定される「ライブラリ濃度」が、niPGT-Aの成績を左右する指標になりうることも示唆されています。

Reproductive Medicine and Biology誌2026年号(25:e70085、DOI:10.1002/rmb2.70085)に掲載された研究は、凍結融解した胚盤胞を8時間培養した後に採取したSCMを用いたniPGT-Aの実行可能性を検証するとともに、ライブラリ濃度を組み合わせることでSCMの判定精度が向上するかどうかを調べました。

方法──廃棄予定の胚盤胞26個を、3通りの方法で調べた

対象は、生殖補助医療を終えた患者のうち廃棄予定となった凍結融解胚盤胞26個(17人の患者由来、年齢中央値32歳、四分位範囲31〜37歳)です。融解した胚盤胞を8時間培養したのち、漏出した胞胚腔液を含むSCMを採取し、続いてトロフェクトダーム生検、さらに残った胚盤胞全体(WB)も回収しました。同一の胚から得たSCM・TE生検・WBの3種類をすべてNGSで解析し、互いの結果を比較しています。

染色体の判定は、PGDISガイドラインに基づき、正常(カテゴリーA、異常細胞20%未満)、モザイクないしモザイク疑い(カテゴリーB、20〜79%)、異数性(カテゴリーC、80%以上)、判定不能(カテゴリーD)の4群に分類しました。一致率は、WBと完全に一致するかを見る「染色体レベル」と、4分類のいずれかが一致するかを見る「カテゴリーレベル」の2段階で評価しています。ライブラリ調製後のDNA濃度はQubitで定量し、ROC解析によるAUCの比較、探索的な決定木分析、リーブワンアウト交差検証も行われました。

SCMは9割超で判定可能、しかし染色体レベルの一致率はTEに届かず

26個すべての胚でSCM、TE、WBの検体が解析されました。判定可能率は、SCMが92.3%(24/26)であったのに対し、TEとWBはいずれも100.0%(26/26)でした。WBとの染色体レベルの一致率は、SCMが30.8%(8/26)、TEが57.7%(15/26)で、TEのほうが有意に高い結果でした(McNemar検定、p=0.0348)。一方、カテゴリーレベルの一致率は、SCMが69.2%(18/26)、TEが76.9%(20/26)となり、両者に有意差は見られませんでした(p=0.5271)。厳密な染色体単位の一致ではTEに及ばないものの、正常・モザイク・異数性という大まかな分類での一致率は、SCMもTEに近い水準まで迫っていたことになります。

WBで検出された23件の染色体異常のうち、SCMで検出できたのは11件にとどまり、検出率は47.8%でした。SCMとWBのカテゴリー判定が食い違った8例のうち、3例は実際より軽い方向への判定(過小評価)、2例は過大評価、3例はSCMが判定不能でした。過小評価の1例は、WBでモザイクと判定された胚がSCMでは正常と判定されており、臨床的にはより注意を要する食い違いといえます。

ライブラリ濃度が高い胚ほど、異数性のリスクが高い

SCMとWBのカテゴリー判定が一致した胚は、一致しなかった胚に比べてライブラリ濃度が有意に高いことがわかりました(中央値[四分位範囲]、8.45[3.0〜13.5]対2.1[0.4〜4.7]ng/μL、p=0.0098)。さらに、WBで正常(カテゴリーA)と判定された胚は、モザイクないし異数性(カテゴリーB/C)の胚に比べてライブラリ濃度が有意に低いことも示されました(2.3[1.1〜10.5]対6.7[4.1〜13.9]ng/μL、p=0.0402)。感覚的に言えば、ライブラリ濃度が低めの胚ほど正常である可能性が高く、高めの胚ほど染色体異常を伴っている可能性が高いという関係です。

なお、SCMが判定不能(カテゴリーD)となった胚のうち2個は、WB解析では正常胚でした。判定不能という結果は「異数性の代わりのサイン」ではなく、解析上の情報不足として扱うべきであると論文は指摘しています。従来の胚盤胞形態評価との間には統計学的に有意な関連はありませんでしたが、形態の良い胚ほどライブラリ濃度が低くなる傾向が示唆されました(片側p=0.062)。

SCM判定+ライブラリ濃度で、AUCは0.81から0.95へ

SCMのカテゴリー判定とライブラリ濃度を組み合わせた探索的な決定木分析では、全体の正常胚率50.0%に対し、SCMが正常/判定不能(A/D)に分類された群は91.7%、モザイク/異数性(B/C)に分類された群は14.3%と大きな差が見られました。さらにA/D群の中でも、ライブラリ濃度が4.9ng/μL未満の胚はすべて正常(100.0%)であったのに対し、4.9ng/μL以上では正常胚率が80.0%(4/5)にとどまりました。SCMでカテゴリーBと判定された胚では、正常胚は33.3%(2/6)にすぎませんでした。

ROC解析では、SCMのカテゴリー判定単独よりも、ライブラリ濃度を加えたモデルのほうが有意に高い判別性能を示しました(AUC 0.9527対0.8077、p=0.0158)。過学習の影響を確認するリーブワンアウト交差検証でも、26個中23個(88.5%)を正しく分類し、感度84.6%、特異度92.3%、交差検証後のAUCは0.896と良好な性能が保たれていました。誤分類の3例のうち2例は偽陰性で、いずれもSCMでカテゴリーBと判定された胚でした。

臨床現場への含意

日本では、PGT-Aを実施しないまま胚盤胞を凍結し、治療の経過の中で後になって染色体評価の必要性が生じる場面が想定されます。今回の方法は融解後わずか8時間の培養だけで実施でき、追加の生検を要さないため、そうした状況での運用に組み込みやすい特徴があります。染色体レベルの一致率が限定的であることを踏まえると、SCM単独の結果を確定的な染色体診断とすることは避け、正常胚である可能性が高い胚を絞り込むための補助的な情報として位置づけることが妥当と考えられます。

臨床現場では、特にカテゴリーB(モザイク疑い)の解釈に注意が必要です。SCMでカテゴリーBと判定された結果は、真の胚モザイシズムを反映している場合もあれば、DNA量の少なさや増幅時のノイズに由来する場合もあり、生検に基づく確定的なモザイク診断と同列に扱うことは適切ではありません。また、正常であるべき胚がSCMでは軽度に見誤られる「過小評価」は、染色体異常を伴う胚を誤って優先移植してしまうリスクにつながるため、過大評価よりも臨床的な影響が大きい可能性がある点にも留意が必要です。

研究の強みと限界

この研究の強みは、SCMのカテゴリー判定とライブラリ濃度という技術的指標を組み合わせた評価がこれまで直接的には検証されていなかった点、そして融解後わずか8時間の培養のみで実施可能という点にあります。

一方で、対象は17人の患者に由来する胚盤胞26個にとどまり、サンプルサイズは小さいものでした。決定木モデルは同じ小規模な探索的データセットで構築と内部検証の両方が行われており、ライブラリ濃度4.9ng/μLというカットオフ値は確立された臨床的閾値ではなく、独立したコホートでの外部検証が今後の課題です。また、比較基準としたWB解析も、トロフェクトダーム由来のDNAの影響を強く受けている可能性があり、完全な標準とは言えず、現時点で得られる最良の参照基準として位置づけられています。なお、本研究はOVUS株式会社から研究費・試薬・解析支援の提供を受けており、著者の1人は同社の学術アドバイザーを務めていることが利益相反として開示されています。

おわりに

凍結融解胚盤胞を8時間培養して得られたSCMを用いたniPGT-Aは、実行可能であることが示されました。染色体レベルの一致率は限定的である一方、カテゴリーレベルの一致率はトロフェクトダーム生検に近い水準に達し、ライブラリ濃度を組み合わせることで正常胚である可能性が高い胚の識別精度が向上することが示されています。この知見は、PGT-Aを行わずに凍結された胚を後から遺伝学的に再評価する場面で実用的な情報を提供しうる可能性を示すものですが、サンプルサイズが限られた探索的な結果であり、より大規模で独立したコホートによる検証が今後の課題として残されています。

参考文献

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EmbryoGlueに浸す時間、出産率に影響なし──1089件の胚移植が示した「曝露時間」の答え

体外受精において、胚移植時に使用される培地は妊娠成立を左右しうる要素のひとつとされてきました。中でもヒアルロン酸を高濃度に含む移植培地「EmbryoGlue」は、通常の培地に比べてヒアルロン酸濃度が高く(0.5 mg/ml)、アルブミン含有量を抑えることで、子宮内腔での胚の保持や、胚と子宮内膜の初期接着を助けると考えられており、世界的に広く使われています。ただし製造元は最短10分から最長4時間という曝露時間の目安を示しているものの、上限を明確に定めていません。そのため実際の臨床現場では、培養室の作業状況や医師のスケジュールといった組織的な事情によって、胚がEmbryoGlueに浸されている時間は数分から数時間まで大きくばらつくのが実情です。

この曝露時間の長さが胚の生存性や着床能力にどう影響するのかは、これまで正面から検証されてこなかった論点です。手作業による時間記録には、記憶違いや近似値による誤差が入り込みやすく、正確な曝露時間を評価すること自体が難しかったためです。近年、培養室内の作業を自動的に時刻記録する追跡システムの普及により、こうした手技的なタイミングを精密に測定できる環境が整ってきました。

この技術的な進歩を背景に、EmbryoGlueへの曝露時間と出産率の関連を検証した論文がReproductive Biomedicine Online誌2026年(第53巻4号)に掲載されました(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105845)。フランスの体外受精専門施設で実施された、1089件の新鮮胚移植を対象とする後ろ向きコホート研究です。

方法──1089件の新鮮胚移植を、自動追跡システムで解析した

この研究は、フランスの民間IVFセンターで2022年2月から2024年7月までに実施された新鮮胚移植のうち、曝露時間の自動記録データが得られた1089件(878人の女性)を対象としています。胚は培養皿からEmbryoGlueを満たした移植皿へ移された時点から、子宮内への移植までの時間を「曝露時間」と定義し、CooperSurgical社の自動追跡システム「RI Witness」による時刻記録を用いて、1件ごとに精密に算出しました。主要評価項目は出産(妊娠24週以降の生児出産)、副次評価項目は臨床妊娠(超音波で確認された妊娠嚢の有無)です。解析では、曝露時間を四分位(Q1〜Q4)に分けた比較に加え、連続変数としても扱い、母体年齢・胚の発育段階(day2、day3、day5、day6)・移植胚数・胚の質で調整した多変量ロジスティック回帰分析を行いました。胚移植は単一胚移植を基本方針としつつ、反復着床不全の既往がある場合などには2〜3個の胚を移植するケースも含まれています。

平均135分、1分から407分まで──曝露時間の実態

胚のEmbryoGlueへの平均曝露時間は135.1±81.3分(中央値112分)で、最短1分から最長407分(約6.8時間)まで、非常に幅広く分布していました。この分布をもとに四分位に分けると、Q1は72分未満、Q2は72〜112分、Q3は113〜194分、Q4は194分超となりました。全体の出産率は26.4%(288/1089件)、臨床妊娠率は36.6%(399件)でした。単一胚移植は68.5%(746件)を占め、移植のタイミングはday3が319件、day5が624件と、この2つが中心でした。

出産率は26.4%、曝露時間による差はなし

曝露時間の四分位別に出産率をみると、Q1で27.4%(76/277件)、Q2で29.9%(80/268件)、Q3で24.3%(66/272件)、Q4で24.3%(66/272件)となり、統計的に有意な差は認められませんでした(P=0.381)。曝露時間が長いQ3・Q4でやや出産率が低い傾向はみられたものの、これは偶然の範囲内という結果です。出産に至った移植群と至らなかった群を比べても、平均曝露時間はそれぞれ128.4分と137.5分で、統計的な差はありませんでした。

多変量解析でも「関連なし」は揺るがなかった

曝露時間を連続変数として扱った単変量ロジスティック回帰分析では、曝露時間が長くなるほど出産の確率がわずかに下がる傾向がみられましたが、統計的に有意ではありませんでした(オッズ比0.999、95% CI 0.997〜1.000、P=0.099)。母体年齢・胚の発育段階・移植胚数・胚の質で調整した多変量解析でも結果は変わらず、有意な関連は確認されませんでした(調整後オッズ比0.999、95% CI 0.997〜1.001、P=0.230)。母体年齢(39歳未満/以上)や胚の発育段階(初期胚/胚盤胞)で分けたサブグループ解析でも、いずれの群でも曝露時間と出産率のあいだに有意な関連は見られませんでした。オッズ比が0.999という数値は、実質的に1.000(関連なし)とほぼ同義であり、曝露時間が1分延びても出産の可能性はほとんど変化しないことを意味します。

「短ければ良い」「長ければ良い」──分かれていた先行研究との対比

EmbryoGlueの曝露時間をめぐっては、これまでにも限られた数の報告がありましたが、結論は一致していませんでした。2015年に発表された監査研究は、曝露時間を「31分超(長時間)」と「30分未満(短時間)」に分けて比較し、短時間群のほうが生化学的妊娠率が有意に高いという結果を報告しています(P=0.0323)。ただしこの研究は、2つの異なる時期のデータを非ランダムに比較したもので、30分という区切りにも明確な根拠はなく、出産率を主要評価項目としていませんでした。

一方、凍結融解胚移植を対象とした前向きランダム化研究では、融解後1〜3時間の曝露群を比較し、2時間超で臨床妊娠率が有意に上昇したと報告されています(P<0.05)が、対象は119件と限られ、出産率は評価されていません。別の大規模な後ろ向き研究では、曝露時間が10〜30分でも2〜4時間でも、EmbryoGlue使用群は標準培地群より臨床妊娠率(P=0.031)・出産率(P=0.023)がともに改善しており、曝露時間の長短自体は結果を左右しなかったとされています。動物実験でも、マウス胚を4時間までヒアルロン酸濃縮培地に曝露しても着床や胎児発育はむしろ良好に保たれており、今回のヒトでの知見と方向性が一致しています。今回の研究は、これらの先行知見と矛盾するものではなく、曝露時間そのものに焦点を当てた初めての研究として、手つかずだった論点を補完する位置づけにあります。

臨床的な意味・日本への含意

日本の体外受精施設でも、EmbryoGlueをはじめとするヒアルロン酸濃縮培地は広く使用されており、培養室の作業スケジュールや医師の外来状況によって、胚の待機時間が数分から数時間にわたって変動する状況は共通しています。今回の結果は、製造元が推奨する10分〜4時間という範囲の中であれば、曝露時間を厳密に管理しなくても出産率に不利益が生じない可能性を示しています。臨床現場では、複数の胚移植や採卵・移植の同時進行など、時間的な制約が生じる場面が少なくありませんが、曝露時間の長さそのものを過度に懸念する必要はなさそうだという情報は、培養室の運用に一定の柔軟性をもたらす材料になり得ます。ただし製造元が示す推奨範囲を大きく外れる極端な曝露(たとえば数分未満や8時間超)についてはデータがなく、この研究の結論が及ぶ範囲ではない点には注意が必要です。

研究の強みと限界

この研究の強みは、自動追跡システムによって曝露時間を客観的かつ精密に測定した点にあります。手作業による記録につきものの記憶違いや近似値の混入を避けられ、対象期間中のほぼすべての新鮮胚移植を組み入れた大規模なサンプルサイズ(1089件)により、日常診療の実態を反映した外部妥当性の高い結果といえます。一方で限界もあります。単一施設での後ろ向き研究であるため、他施設への一般化には慎重さが求められます。同一女性が複数回移植を受けているケースが含まれているにもかかわらず、この患者内相関は統計解析上考慮されていません。胚の質の評価は標準化された基準とタイムラプスシステムを用いているものの、評価者の主観が完全には排除できません。EmbryoGlueをカテーテルに充填する量にも、施行ごとにわずかなばらつきが生じている可能性があります。さらに今回の対象は新鮮胚移植に限られており、凍結融解胚移植でも同様の結果が得られるかは、今後の検証課題として残されています。

おわりに

1089件の新鮮胚移植を対象としたこの研究では、EmbryoGlueへの曝露時間の長さと出産率のあいだに、統計的に有意な関連は認められませんでした。四分位比較、単変量・多変量ロジスティック回帰分析、年齢や胚のステージ別のサブグループ解析など、複数の解析手法を通じて一貫した結果が得られており、日常診療で生じる幅広い曝露時間の範囲内では、胚の生存性や着床能力が損なわれる可能性は低いことが示唆されています。今後は、他施設を含む前向き研究によってこの知見を検証するとともに、特定の患者集団において曝露時間を調整することで結果が改善するかどうかを探る研究が期待されます。

参考文献

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融解時間を短縮しても大丈夫──凍結胚のより速い回復

体外受精において、受精卵をいったんガラス化保存し、必要な時期に融解して子宮に移植する凍結胚移植は、現在の生殖医療の標準的な選択肢のひとつになっています。妊娠率の向上やスケジュールの柔軟性から、多くの施設で「全胚凍結」の方針が広がっており、ガラス化保存そのものは胚の凍結保存法として確立された技術とされています。

一方、凍結胚を体温に戻す融解の工程には、いくつかの方式があります。従来から用いられてきたのは、胚を保護していた高濃度の凍結保護剤(CPA)を、濃度の異なる複数の溶液に段階的に浸すことで少しずつ取り除いていく多段階融解法です。浸透圧の急激な変化による細胞損傷を避けられる一方、工程数が多く、培養士の手技によって結果にばらつきが生じやすいという課題も指摘されてきました。これに対して近年、単一の溶液に短時間浸すだけで済ませる短縮融解法への関心が高まっており、いくつかの臨床研究では生存率や妊娠率が従来法と同程度であることが報告されています。ただし、こうした既存の報告の多くは生存の有無や妊娠の成否といった最終的な臨床アウトカムに焦点を当てたもので、融解直後という限られた時間の中で胚がどのように回復していくのか、その動的な過程を定量的に検討した研究は多くありませんでした。

この問いに取り組んだのが、韓国・Seoul Fertility Clinicの研究チームによる後方視的コホート研究です。Cryobiology誌(2026年、DOI:10.1016/j.cryobiol.2026.105681)に掲載されたこの論文は、プロペンシティスコアマッチングという手法を用いて患者背景をそろえたうえで、単一の凍結胚盤胞を移植した546周期を対象に、融解後の胚盤胞がどれだけ速く、どれだけ良好な形態で回復するかをタイムラプス画像で追跡しました。

方法──546周期を、タイムラプスで追跡した

対象となったのは、2025年1月から12月までの間にSeoul Fertility Centerで単一凍結胚盤胞移植を受けた546周期です。組み入れ条件は母体年齢40歳未満、子宮内膜厚7mm超のみとし、母体年齢41歳以上、3回以上連続した着床不全の既往、2個以上の胚移植、day7胚盤胞、初期胚移植、融解後培養期間が短いもの、データ欠損のある周期は除外されました。患者背景をそろえるためプロペンシティスコアマッチングを行った結果、短縮融解法(SWP)群271周期、多段階融解法(MWP)群275周期が解析対象となりました。

MWP群では、スクロース濃度を0.5M、0.25M、0.125M、0.0Mと段階的に下げながら、それぞれの濃度に2.5分ずつ浸すことでCPAを徐々に除去しました。一方SWP群では、1.0Mのスクロース溶液に37℃で1分間直接浸したのち、培養液で2〜3回洗浄するのみという、はるかに簡略化された手順が用いられました。両群とも、その後は同じ手順でタイムラプス培養システム(EmbryoScope、Geri)に移され、5分間隔で画像が記録されました。各工程の実施時刻は電子トレーサビリティシステム(Witness)によって自動的に記録され、人為的な誤差の混入が最小化されています。

評価された指標は、胚盤胞の再拡張が始まる時刻(tSRE)、再拡張が完了する時刻(tCRE)、孵化が始まる時刻(tHSP)という3つの動的な指標に加え、胚盤胞質スコア(BQS)、内細胞塊(ICM)とトロフェクトダーム(TE)のグレードといった形態学的な指標です。統計解析にはStudentのt検定、Mann–Whitney U検定、Pearsonのカイ二乗検定などが用いられ、有意水準はP<0.05に設定されました。

再拡張も孵化も、短縮法のほうが速かった

まず、両群の生存率はいずれも100%で、融解直後に細胞が生き残るかどうかという点では差がありませんでした。しかし、生存後にどれだけ速やかに機能を回復するかという動的な指標では、明確な差が認められました。再拡張が始まるまでの時間(tSRE)はSWP群0.148時間、MWP群0.179時間(P=0.009)、再拡張が完了するまでの時間(tCRE)はSWP群2.16時間、MWP群2.91時間(P<0.001)、そして孵化が始まるまでの時間(tHSP)はSWP群3.08時間、MWP群5.24時間(P<0.001)と、いずれもSWP群のほうが有意に短縮していました。

孵化開始までの時間で見ると、SWP群はMWP群よりおよそ2.2時間、比率にして4割ほど早く孵化のプロセスに入っていたことになります。単に「生き残るかどうか」だけでなく、「どれだけ速く生理機能を取り戻すか」という観点で見ると、短縮融解法のほうがむしろ優れた回復動態を示したという結果です。

形態スコアも、短縮法のほうが良好だった

融解前後で胚盤胞質スコアがどう変化したかを比べると、SWP群はMWP群に比べて「改善した」と判定される胚の割合が有意に高く、「悪化した」と判定される胚の割合は有意に低いという結果でした(P<0.05)。また、内細胞塊(ICM)とトロフェクトダーム(TE)のグレード分布を見ても、もっとも良好な評価であるグレードAの胚の割合はSWP群のほうが有意に高いことが示されました(P<0.05)。融解のプロセスを簡略化したにもかかわらず、形態学的な質の面ではむしろ良好な結果が得られたことになります。

孵化のタイミングと、臨床的な妊娠成績は変わらなかった

孵化の進行段階を、殻(透明帯)の外に出た部分の割合に応じて早期・中期・後期の3段階に分類して比較したところ、両群の分布に統計学的な有意差は認められませんでした(P=0.156)。内訳は早期がSWP群22.6%、MWP群30.9%(P=0.105)、中期が21.7%対21.1%(P=0.522)、後期が55.7%対48.0%(P=0.152)でした。

妊娠に関わる臨床アウトカムについても、陽性β-hCG率(SWP群54.6%対MWP群55.6%、P=0.810)、臨床妊娠率(52.0%対48.4%、P=0.392)、経過妊娠率(45.8%対42.2%、P=0.400)のいずれにおいても、両群間に有意差は見られませんでした。唯一、化学妊娠率(着床はしたものの、超音波で妊娠が確認される前に妊娠反応が消失する早期の妊娠喪失)はMWP群9.2%に対しSWP群3.4%と、MWP群のほうが有意に高いという結果でした(P=0.040)。これは短縮融解法が不利であることを示すものではなく、むしろ臨床妊娠率や経過妊娠率が両群で同等であったことを踏まえると、短縮融解法が全体としての妊娠成績を損なわないことを支持する所見といえます。

なぜ融解時間を短くしても大丈夫なのか

この論文では、短縮融解法が生物学的な質を落とさない理由として、いくつかのメカニズムが考察されています。ひとつは胚盤胞という発生段階そのものの特性です。胚盤胞は細胞数が多く、内部に液体で満たされた腔(胚盤胞腔)を持つため、細胞表面積と体積の比が初期胚に比べて有利で、水分やCPAの移動が効率的に行われやすいとされています。この構造的な特徴が、急激な浸透圧変化に対する耐性の高さにつながっている可能性が指摘されています。

もうひとつは、融解時の温度管理です。今回の研究では、融解の初期段階の溶液温度を体温に近い37℃に保つことで、CPAの拡散と除去が室温下より速やかに進み、細胞内に残留する化学的な毒性やストレスが軽減されたと考えられています。加えて、CPAへの曝露時間そのものを短くすることで、細胞膜へのストレスや代謝面への負荷を減らせる可能性も論じられています。これらの要因が組み合わさることで、工程を簡略化しても細胞レベルでの回復力が保たれた、というのがこの論文の解釈です。

孵化という関門と、着床への意味

孵化は、胚が透明帯という殻を破って外に出る過程であり、子宮内膜との接着、すなわち着床に先立つ不可欠なステップです。過去の報告によれば、胚盤胞のおよそ2割は完全な孵化に至らず、着床のタイミングまでに孵化が起こらない場合、着床不全のリスクは50〜70%高まるとされています。今回の研究で、SWP群がMWP群よりも有意に早く孵化を開始していたという所見は、こうした孵化の重要性を踏まえると、単なる時間短縮以上の生物学的な意味を持つ可能性があります。ただし、孵化開始までの時間が短いこと自体が、そのまま着床率の向上につながるかどうかは、今回のデータからは臨床妊娠率に有意差がなかったことも踏まえ、慎重に解釈する必要があります。

日本の現場での位置づけ

日本では、凍結胚移植は生殖補助医療の中核を担う技術のひとつであり、融解の手順は施設ごとに一定の裁量で運用されています。多段階融解法は長年にわたり広く使われてきた方法ですが、複数の溶液を用意し、決められた時間ごとに胚を移し替えるという手技は、培養士の負担が大きく、施設や担当者による手技のばらつきが生じやすい工程でもあります。今回のような研究結果は、融解工程を単純化しても胚の生物学的な質や臨床成績が損なわれないことを示すエビデンスのひとつとなり、培養室での作業効率化や標準化を検討するうえで参考材料になり得ます。もっとも、施設ごとに使用する凍結保護剤の組成や機器、培養環境は異なるため、ある施設で示された結果がそのまま別の施設に当てはまるとは限らず、導入にあたっては各施設での検証が前提になります。

研究の強みと限界

この研究の強みは、プロペンシティスコアマッチングによって患者背景をそろえたうえで比較を行った点、そして生存や妊娠といった最終的なアウトカムだけでなく、形態学的スコア、タイムラプスによる動的な回復過程、孵化の進行段階という複数の側面から多角的に評価した点にあります。

一方で限界も指摘されています。第一に、後方視的な観察研究であり、評価の中心も体外での胚の挙動にとどまるため、出産に至るまでの長期的な妊娠転帰を十分に反映しているとは言えません。第二に、プロペンシティスコアマッチング後も卵巣刺激への反応が低い患者群のサンプルサイズは相対的に小さく、この集団に限定した解釈には慎重さが求められます。卵巣刺激のプロトコルやその後の卵巣反応は胚の発生能に影響しうる要因であるため、著者らは今後、低〜中反応群に焦点を当てた大規模なランダム化比較試験や多施設共同研究が必要だとしています。

おわりに

今回の研究では、融解手順を大幅に簡略化した短縮融解法が、従来の多段階融解法と比べて胚盤胞の生存率を損なうことなく、むしろ再拡張や孵化開始までの時間を有意に短縮し、形態学的な質の指標でも同等以上の結果を示すことが確認されました。臨床妊娠率や経過妊娠率といった最終的なアウトカムにも有意差はなく、化学妊娠率はむしろ短縮融解法群で低いという結果でした。生存の有無だけでなく、融解後にどれだけ速やかに生理機能を回復するかという動的な視点を加えることで、簡略化された手技の生物学的な妥当性を裏づける知見が示されたといえます。今後は、より大規模な前向き研究や多施設共同研究を通じて、長期的な妊娠・出産アウトカムを含めた検証が進むことが期待されます。

参考文献

1. Park JK, Won J, Jeon Y, Hwang JY, Kim JW, Chang EM, Lee WS.『Shortened warming preserves cellular resilience and accelerates post-warming development in human blastocysts: A propensity score–matched study』Cryobiology 2026;124:105681. doi:10.1016/j.cryobiol.2026.105681

2. Ma M, Zhang L, Liu Z, Teng Y, Li M, Peng X, An L.『Effect of blastocyst development on hatching and embryo implantation』Theriogenology 2024;214:66-72. doi:10.1016/j.theriogenology.2023.10.011

6つの市販AIで胚を評価──精度は横並び、選ぶ胚は食い違う

生殖年齢が上がるにつれ、体外受精(IVF)で得られる胚の染色体異常(異数性)の頻度は高まる。異数性のある胚は着床不全や流産、先天異常のリスクと関連するため、着床前遺伝学的検査(PGT-A)によって染色体数の正常な胚(正数性胚)を選んで移植する取り組みが広がっている。ただしPGT-Aは胚盤胞の一部組織を採取する侵襲的な検査であり、コストや技術的な負担、実施できる施設の限界も指摘されてきた。

そこで近年注目されているのが、胚の静止画像や培養中の動画(タイムラプス)を人工知能(AI)で解析し、染色体異常のリスクを推定するツールである。市販のAI胚評価システムはすでに複数存在するが、それぞれ異なる訓練データやアルゴリズムに基づいており、多くは染色体正数性そのものではなく着床能や胚盤胞の質を予測する目的で作られている。これらの市販AIが実際にどの程度染色体異常のリスクを見分けられるのか、複数のAIを使った場合に同じ胚を『良い胚』として選ぶのか――という問いは、十分に検証されてこなかった。

この問いに答えるため、Reproductive BioMedicine Online誌(2026年)に、6種類の市販AI胚評価アルゴリズムを、1000個のPGT-A済み胚盤胞を対象に一斉に比較検証した研究が報告された(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105865)。スペイン・IVIRMA Valenciaで実施されたこの研究は、複数の市販AIを同一データセットで直接比較した数少ない大規模検証として位置づけられる。

方法──1000個の胚を、6つの市販AIで採点した

2022年1月から2023年12月にかけてIVIRMA Valenciaで実施された顕微授精(ICSI)周期のうち、PGT-Aの結果と完全なタイムラプスデータがそろった周期が解析対象となった。最終的に273人の患者による273周期から得られた1000個の胚盤胞が組み入れられ(1周期あたり2〜14個)、そのうち129個(26周期)は卵子提供周期由来、871個(247周期)は自己卵子周期由来だった。

胚は受精後3日目にレーザーによるアシステッドハッチングを施行し、ASEBIR(スペイン生殖生物学会)分類でグレードA〜Cの胚盤胞をday 5(平均116時間)またはday 6(平均140時間)に生検した。栄養外胚葉細胞を5〜8個採取し、次世代シーケンシングによる標的PGT-Aで染色体を解析。モザイク率50%未満は正数性、50%以上は異数性として二値の判定に用いた。

評価対象は匿名化された6種類の市販AI(論文中ではA〜Fと表記)。うち3つは胚盤胞の静止画1枚を解析する静止画像型(A:Life Whisperer Genetics、B:Life Whisperer Viability、E:Hera)、残り3つはタイムラプス動画から発生の時間経過(形態動態)を解析する動画型(C:KIDScore D5、D:iDAScore、F:EmbryoAid)である。染色体正数性の予測を目的として開発されたのはAlgorithm Aのみで、残る5つは主に着床能や生存能力の予測を目的としたものだった。

各AIのスコアと染色体正数性の関連は、卵子年齢・パートナー年齢・体格指数(BMI)・卵子の由来(提供卵子か自己卵子か)・生検日(day5/6)・ASEBIRグレードで調整した多変量ロジスティック回帰、およびROC曲線のAUC(曲線下面積)によって評価された。さらに各AI内でのスコア四分位ごとの正数性割合、そしてAI間での胚の順位の一致度がKendallのτ-b係数で検討された。

AUC 0.71〜0.74──6つのAIは、驚くほど『横並び』だった

1000個のうち正数性胚は487個(48.7%)、異数性胚は513個(51.3%)だった。卵子提供周期の正数性率は76.7%(129個中)、自己卵子周期では44.5%(871個中)と、卵子の由来による差は大きかった。

6つのAIはいずれも、正数性胚に対して異数性胚より有意に高いスコアを付けていた(すべてP<0.001)。多変量ロジスティック回帰でも、スコアが高いほど正数性である確率が高いという関連が全アルゴリズムで確認された(調整オッズ比1.12〜1.38、いずれもP<0.001)。

判別能を示すAUCは、Algorithm B(Life Whisperer Viability)の0.726からAlgorithm D(iDAScore)の0.742まで、6つとも0.73前後に収まり、95%信頼区間も互いに重なり合っていた。動画型アルゴリズム(C・D・F)の平均AUCは0.733、静止画像型(A・B・E)の平均AUCは0.730とその差はごくわずかで、タイムラプスによる形態動態情報が静止画に対して明確に優れているとは言えなかった。

比較対象として従来の形態評価(ASEBIRグレード)だけを用いた場合のAUCは0.613(95% CI 0.578〜0.648)にとどまり、6つのAIのAUC(0.726〜0.742)を下回った。グレードAとグレードCの比較では調整オッズ比7.142(約7倍)とグレード自体は正数性と強く関連していたが、個々の胚を判別する能力ではAIの方が優れていた。ただしAUC 0.73前後は『良好』というより『中程度』の判別能であり、正数性胚と異数性胚のスコア分布には大きな重なりがあった。この重なりは、AIスコア単独では個々の胚が正数性か異数性かを確実に見分けられないことを意味している。

同じ胚でも、AIが変われば順位は食い違う

判別能そのものは6つのAIでほぼ横並びだったが、同じ胚に対する評価の『順位』まで一致していたわけではない。AI間で胚の順位付けがどれだけ一致するかをKendallのτ-b係数で調べたところ、最も低い組み合わせ(Algorithm AとC)で0.242、最も高い組み合わせ(Algorithm BとF)でも0.459にとどまった(いずれもP<0.001)。研究チームの基準では、τ-b値0.3未満は『弱い一致』、0.3〜0.5は『中程度の一致』とされており、6つのAIの組み合わせはすべて弱い〜中程度の一致にとどまり、強い一致(τ-b>0.5)を示す組み合わせは1つもなかった。

実際の順位を比較すると、差はより明確になる。6つすべてが『上位5位以内』とした胚は1つもなく、『上位10位以内』で全アルゴリズムが一致した胚もわずか1個だった。『上位25位以内』まで広げても共通して選ばれた胚は36個にとどまり、そのうち正数性だったのは30個(83.3%)。逆に『下位10位以内』で一致した胚も1個のみ、『下位25位以内』で共通した18個のうち異数性は13個(72.2%)だった。AIによる上位・下位の評価は正数性・異数性の傾向をある程度反映してはいるものの、どのAIを使うかで実際に優先される胚はしばしば異なっていた。

なお、同一メーカーが開発した複数アルゴリズム間では比較的高い一致度がみられ、設計思想や訓練データに共通点がある可能性が示唆された。一方、6つのAIの出力を組み合わせた複合モデルを試みた探索的解析では、個々のアルゴリズム単独の性能を上回る改善は見られなかった。

移植後の妊娠転帰は、AIスコアでは予測できなかった

正数性と判定された487個の胚のうち207個が実際に移植された。全体の着床率(移植後5週の妊娠嚢確認)は51.2%、生児獲得率は40.1%、流産率は13.0%だった。移植胚をAIスコアの四分位別に比較しても、いずれのアルゴリズムでも着床率・生児獲得率・流産率に統計学的に有意な差は見られなかった。正数性胚のみに限定したROC解析でも、着床の成否を判別するAUCは0.48〜0.55と、判別能はほぼないに等しい水準だった。

これは、AIスコアが染色体正数性とはある程度関連する一方で、正数性が確認された胚の中でどの胚が着床・出産に至るかという予後予測にはほとんど寄与しないことを示している。研究チームは、正数性胚という集団内ではもともと生物学的なばらつきが小さいこと(いわゆる天井効果)を反映していると考察している。

臨床的意味・日本への含意

日本では、体外受精の胚移植において形態評価が広く用いられている一方、PGT-Aの実施には一定の制約があり、施設や周期によっては利用できない場合も少なくない。こうした状況で、AIによる胚評価は、遺伝学的検査を実施できない場面での胚の優先順位づけを補助する手段として位置づけられる可能性がある。

ただし今回の結果が示すのは、AIスコアが『正数性である確率が高い胚』をある程度絞り込めるという点であって、個々の胚について正数性か異数性かを診断できるわけではないという点である。臨床現場では、AIスコアを『この胚なら必ず正常』と読み替えるのではなく、複数の候補胚がある場合の優先順位づけを補助する参考情報の一つとして扱う必要がある。どのAIを採用するかによって優先される胚が変わりうることから、使用するアルゴリズムの選定や、訓練データ・検証結果の透明性も臨床導入の際の論点となる。

研究の強みと限界

この研究の強みは、単一施設内で標準化された条件のもと、1000個という大規模なPGT-A済み胚盤胞を用い、6種類の市販AIを同一データセットで直接比較した点にある。従来、個々のAIの性能は別々の研究・データセットで報告されることが多く、AI間の直接比較は限られていた。

一方で限界もある。後ろ向き・単一施設の研究であり、施設ごとに異なる培養条件や患者背景の影響は考慮されておらず、他施設への一般化には注意が必要である。外部データセットによる検証を伴わない単一データセットでの評価であり、過学習の可能性も否定できない。Algorithm A以外は正数性予測ではなく着床能・生存能力の予測を目的に開発されたもので、今回用いた『メーカー推奨の閾値』による分類指標は正数性の判別用に設計されたものではない。さらにAI間の順位一致度は中程度にとどまり、臨床判断が使用するアルゴリズムによって左右されうることを意味している。市販AIの多くはアルゴリズムの詳細や訓練データが非公開である点も、再現性の検証を難しくしている。

おわりに

今回の検討は、1000個のPGT-A済み胚盤胞を用いて6種類の市販AIの染色体正数性に対する判別能を直接比較したものである。いずれもAUC 0.73前後という『中程度』で横並びの判別能を示し、従来の形態評価(AUC 0.613)を上回った一方、単独で正数性・異数性を確実に見分けられる水準には至らなかった。AI間の胚順位の一致度は中程度にとどまり、使用するアルゴリズムによって優先される胚が異なりうることも示された。正数性胚に限定した移植後の着床・出産・流産といった転帰については、いずれのAIスコアも予測力を示さなかった。

今後は、複数施設・前向きデザインによる外部検証に加え、AIによる形態動態情報とcfDNAによる非侵襲的遺伝学的検査、培養液のメタボローム解析など異なる種類の情報を組み合わせた統合的なアプローチが、単独のAIが抱える性能の天井を超えられるかが、今後の検討課題として位置づけられている。

参考文献

1. Giménez-Rodríguez, C., Caparrós López-Battú, B., Bori, L., Bellver, J., Remohí, J.A., Meseguer, M.『Head-to-head comparison of six commercial artificial intelligence algorithms for embryo ploidy risk stratification in 1000 PGT-A-tested blastocysts』Reprod Biomed Online 2026;53(4):105865. doi:10.1016/j.rbmo.2026.105865.

2. Bamford, T., Barrie, A., Montgomery, S., et al.『Morphological and morphokinetic associations with aneuploidy: a systematic review and meta-analysis』Hum Reprod Update 2022;28:656-686.

3. Diakiw, S.M., Hall, J.M.M., VerMilyea, M.D., et al.『Development of an artificial intelligence model for predicting the likelihood of human embryo euploidy based on blastocyst images from multiple imaging systems during IVF』Hum Reprod 2022;37:1746-1759.

4. Zaninovic, N., Sierra, J.T., Malmsten, J.E., Rosenwaks, Z.『Embryo ranking agreement between embryologists and artificial intelligence algorithms』F S Sci 2024;5:50-57.

ノロジカの休眠明けを告げるホルモン──着床のときだけ現れる「プレグナノロン」

多くの哺乳類において、受精卵は着床に向けて連続的に発育を続けますが、一部の種では受精後の胚が一時的に発育を止め、数か月にわたって「眠った」状態を保つ現象が知られています。これは胚性休眠(embryonic diapause)と呼ばれ、出産の時期を子の生存に有利な季節へと合わせるための繁殖戦略と考えられています。

ヨーロッパに生息するノロジカ(Capreolus capreolus)は、この胚性休眠を示す代表的な種のひとつです。夏(7〜8月)に交配・受精した後、胚は4〜5か月にわたって発育速度を落とした状態(胚盤胞期)にとどまり、12月から1月にかけて再活性化と着床が起こり、春(5〜6月)に出産を迎えます。この間、黄体は退行することなく機能を維持し、プロゲステロン(P4)を産生し続けることが知られていますが、休眠から再活性化、着床へと至る過程を制御する内分泌的なしくみの詳細は、これまで十分に解明されていませんでした。

プロゲステロンは、コレステロールから合成される前駆体プレグネノロン(P5)を出発点として、複数の代謝経路によってさまざまな「プロゲストゲン(黄体ホルモン様物質)」へと変換されます。その中には、脳や末梢組織で神経伝達物質受容体に作用する「神経ステロイド」と呼ばれる一群の物質も含まれており、ヒトやウマ、ゾウなど一部の種では、これらの代謝産物が妊娠の維持に関与していることが報告されています。しかし、ノロジカにおいてP4以外のプロゲストゲンがどのように変動するかは、ほとんど調べられてきませんでした。こうした背景のもと、Reproduction誌(2026年)に、休眠明けから妊娠後期までの血中プロゲストゲンの動態を網羅的に解析した研究が掲載されました(doi:10.1093/reprod/xaag091)。

方法──休眠明けの血中ホルモンを、高精度の質量分析で追跡した

研究チームは、飼育下のノロジカのうち妊娠が確認された3頭と非妊娠の2頭を対象に、2024年12月から2025年4月にかけて頻回に採血を行いました。血漿サンプルは、ウルトラハイパフォーマンス液体クロマトグラフィーに高分解能質量分析計を組み合わせた手法(UHPLC-HRMS)によって分析され、P4に加え、その前駆体や代謝産物である複数のプロゲストゲン(プレグナノロン、アロプレグナノロン、5α-ジヒドロプロゲステロンなど)の濃度が同時に測定されました。分析の検出下限は50 pg/mL、定量下限は100 pg/mLに設定されています。

さらに、同じ飼育集団から得られた過去のデータや、狩猟シーズンに採取された黄体組織・胎盤組織のサンプルも解析対象に加えられました。黄体組織については、採取時の胚の形態や細胞数をもとに、休眠中期・休眠後期・伸長前・管状期・伸長期・着床後という6つの発育段階に分類されています。

非妊娠個体には一切現れない、妊娠特異的なホルモン

解析の結果、P4をはじめとする多くのプロゲストゲンは、12月から2月にかけて妊娠個体と非妊娠個体のあいだで明確な差を示しませんでした。これは、休眠から再活性化への移行期においてP4濃度が変化しないとする、これまでの複数の報告と一致する結果です。

その中で際立った動きを見せたのが、神経ステロイドの一種であるプレグナノロン(3α,5β-テトラヒドロプロゲステロン)でした。プレグナノロンは、非妊娠個体では12月から3月まで一貫して検出されなかった一方、妊娠個体では12月末から1月上旬にかけて血中に出現し始め、その後急激に上昇して4月(観察終了時点)まで持続しました。これは、ちょうどノロジカの着床が起こると考えられている時期と重なります。

縦断的に頻回採血された3頭の妊娠個体を比較すると、プレグナノロンが最も早く検出された個体は出産も最も早く、逆に検出が遅かった個体は出産も遅い傾向が見られました。興味深いことに、この関係は交配のタイミングとは対応しておらず、交配が早くてもプレグナノロン検出と出産がともに遅い個体も確認されています。一方で、血中プレグナノロン濃度と産子数(1〜3頭)のあいだには明確な関連は見られませんでした。

胎盤には存在し、黄体にはほぼ存在しない

飼育集団15頭分の横断的なデータを解析したところ、妊娠が進むにつれてP4濃度が低下する一方でプレグナノロン濃度が上昇し、一部の個体ではプレグナノロンがP4の濃度を上回る場面も確認されました。同じ神経ステロイドであるアロプレグナノロン(3α,5α-テトラヒドロプロゲステロン)や5α-ジヒドロプロゲステロンについては、個体間で増減の傾向が一致せず、妊娠の有無との明確な関連は見られませんでした。

組織サンプルの解析では、プレグナノロンは着床後の胎盤組織にほぼすべての検体で検出された一方、黄体組織ではその大半で検出されず、着床後の黄体5検体中1検体でわずかに検出されたのみでした。統計的な有意差としては確定できなかったものの、この分布の偏りは、プレグナノロンが胎盤由来である可能性を示唆しています。対照的に、アロプレグナノロンは黄体組織で明確に検出され、胎盤組織ではごく低い濃度にとどまっており、両者で産生の場が異なることがうかがえます。

なぜ胎盤で「5β型」が作られるのか

プロゲステロンから神経ステロイドが生成される過程には、大きく分けて2つの経路があります。ひとつは5α還元酵素を介して5α-ジヒドロプロゲステロンを経由し、最終的にアロプレグナノロンに至る経路、もうひとつは5β還元酵素を介して5β-ジヒドロプロゲステロンを経由し、プレグナノロンに至る経路です。ウシやヒツジを用いた過去の研究では、胎児側の組織(コンセプタス)が主に5β型の代謝産物を、母体側の子宮内膜が主に5α型の代謝産物を産生するという、組織による使い分けが報告されています。今回のノロジカの結果は、こうした種を超えた代謝の分業パターンと符合するものです。

ヒトにおいても、プレグナノロンやアロプレグナノロンをはじめとする神経ステロイドが母体血中で妊娠中に上昇し、出産前後に低下することが知られています。今回の知見は、こうした妊娠に伴う非古典的プロゲストゲンの産生が、種を超えて保存されたしくみである可能性を示すものといえます。ただし、これらの物質が実際にどのような生理作用を持つのかは、まだ十分に解明されていません。

生殖生物学研究にとっての意味

野生動物の胚性休眠は、着床のタイミングを人為的にコントロールする手がかりとして、比較生殖生物学の分野で長く注目されてきたテーマです。今回示されたプレグナノロンの動態は、休眠がいつ終わり、真の妊娠期間がいつ始まったのかを、血液検査によって外側から推定できる可能性を示しています。もしプレグナノロンが胎盤に由来するという仮説が確認されれば、超音波検査などの画像診断に頼らずに再活性化と着床の時期を追跡する、簡便な指標になり得ます。

生殖医療の現場で扱われるP4以外のプロゲストゲンの役割は、ヒトにおいてもまだ十分に整理されているとは言えません。ウマやゾウ、イワダヌキなど一部の種でP4以外の黄体ホルモン様物質が妊娠維持に関与することが報告されている中、今回のノロジカの結果は、着床期に特異的に出現する非古典的プロゲストゲンという新たな切り口を提供するものであり、胎盤性ステロイド産生の多様性を考えるうえでの比較対象となり得ます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、休眠から着床までの移行期を狙って頻回に採血した縦断デザインと、UHPLC-HRMSによる複数プロゲストゲンの同時定量、さらに血漿データを胎盤・黄体組織の直接測定で裏付けている点にあります。

一方で限界も少なくありません。第一に、縦断的に頻回サンプリングされた妊娠個体は3頭にとどまり、非妊娠個体も2頭と、いずれも小規模なサンプルサイズです。横断的な解析は15頭に拡張されているものの、結論の一般化には慎重さが求められます。第二に、プレグネノロンと3β-ジヒドロプロゲステロンは質量分析上区別できず、両者の合計値として扱われています。第三に、一部のP4濃度は検量線の上限を超えたため上限値として記録されており、実際の濃度を過小評価している可能性があります。第四に、組織サンプルは複数年の狩猟シーズンにわたって収集されたものであり、個体や季節による背景の違いが結果に影響した可能性は否定できません。第五に、本研究は観察研究であり、プレグナノロンが着床や妊娠維持に果たす機能的な役割そのものを証明するものではなく、今後の機序解明的な研究が必要とされています。

おわりに

今回の研究は、ノロジカの休眠明けから着床期にかけて、これまで注目されてこなかったプロゲストゲンであるプレグナノロンが妊娠個体に特異的に出現することを、初めて示したものです。血中での出現時期が着床の時期と重なること、また胎盤組織で優位に検出されることから、胎盤由来の非古典的プロゲストゲンが着床や妊娠維持の内分泌制御に関与している可能性が示唆されます。この知見が休眠期間と真の妊娠期間を区別する指標として確立されるかどうか、またプレグナノロンがどのような生理作用を持つのかについては、今後さらに規模を拡大した縦断研究や機序解析による検証が必要とされています。

参考文献

1. Elsafadi S, Chen H, Giacometti R, Hankele AK, Holtze S, Goeritz F, Hildebrandt T, Ulbrich SE. Pregnanolone appearance coincides with the period of implantation following embryonic diapause in the roe deer. Reproduction 2026;00(00):1-25. doi:10.1093/reprod/xaag091.

正倍数性胚移植は「何回まで」続けるべきか──6回で見えた生児出生率98.8%の意味

体外受精において、着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)で染色体数の異常がない「正倍数性」と判定された胚を移植しても、必ずしも1回目で妊娠・出産に至るとは限りません。移植を重ねて様子を見るべきか、それとも子宮内膜の検査や免疫学的検査といった別の対応に切り替えるべきか。この判断は、生殖医療の臨床現場で繰り返し問われてきた課題です。

これまでの研究では、正倍数性胚を3回連続で移植しても妊娠に至らない「真の反復着床不全」は、患者全体のごく一部にとどまることが示されてきました。2021年に発表された研究では、3回の移植後に95%を超える患者が着床に至ったと報告され、2024年には123,987人を対象とした多施設研究で、3回目までの累積生児出生率が92.6%、5回目までで98.1%に達したことが示されています。一方で、これらの検証はいずれも5回目までにとどまっており、6回目以降のデータや、妊娠に至らなかった場合の内訳(流産、生化学的妊娠、非妊娠)についての情報は限られていました。

こうした背景のもと、Fertility and Sterility誌(2026年)に、米国ニューヨークの大学附属生殖医療センターで2014年1月から2024年12月までに実施された正倍数性胚移植のデータをもとに、6回目までの累積生児出生率と、移植ごとの詳しい転帰を検証した後方視的コホート研究が掲載されました(doi:10.1016/j.fertnstert.2026.07.016)。

方法──5,811人、7,763回の移植を、生児出生に至るまで追跡した

対象は、2014年1月から2024年12月にかけて、1回以上の正倍数性胚を用いた単一胚移植(以下、SET)を受けた患者です。生児出生に至るか、6回のSETを完了するまで追跡されました。子宮腔の異常所見が未修正の患者、先天性子宮奇形(手術で修正した中隔を除く)、提供卵子を用いた患者、代理懐胎、非正倍数性胚の移植は除外されています。生児出生に至らなかった患者は、同じ採卵周期または新たな採卵周期由来の凍結胚を用いて、次のSETに進むことができました。治療を中断した患者は、その時点のSETで打ち切りとして扱われています。

主要評価項目は、(1)6回までの連続したSETにおいて、少なくとも1回の生児出生に至る累積確率(以下CP1LB)、(2)各回のSETごとの生児出生率でした。CP1LBは実測値に加え、生児出生を「イベント」、SET回数を「時間変数」としたKaplan-Meier法によっても推定されています。副次評価項目として、流産(超音波で確認された臨床妊娠の消失)、生化学的妊娠(血中hCGが陽性となった後に妊娠反応が消失)、非妊娠(hCG陰性)の割合も、各回のSETごとに評価されました。

最終的に、5,811人の患者、6,589件の採卵周期、7,763回の正倍数性胚SETが解析対象となりました。移植1回目の年齢中央値は37歳(四分位範囲34〜40歳)でした。

3回目で92%、6回目で98.8%――回数を重ねるほど確率は積み上がった

Kaplan-Meier法で推定されたCP1LBは、1回目のSET後63.1%(95%信頼区間61.8〜64.3%)、2回目後83.0%(81.9〜84.1%)、3回目後92.0%(91.0〜93.0%)、4回目後96.0%(95.1〜96.9%)、5回目後98.3%(97.4〜99.0%)、6回目後98.8%(97.8〜99.4%)でした。5回目までは統計学的に有意な上昇が続き、5回目と6回目の間には有意差が見られませんでした(P=0.2)。

言い換えると、90%程度の確率で生児出生に至りたいと望む場合、目安としておよそ3個の正倍数性胚(3回のSET)が必要という計算になります。実際、5,811人のうち81.0%(4,709人)が最終的に生児出生に至り、残る1,102人のうち1,097人(18.9%)が治療を中断し、6回のSETを終えても生児出生に至らなかったのはわずか5人(0.1%)にとどまりました。

なお、治療を中断せずに全員が継続したと仮定した、最も厳しい見積もり(感度分析)では、CP1LBは1回目63.1%、2回目76.1%、3回目79.7%、4回目80.7%、5・6回目とも81.0%となりました。実測値との差は、治療を中断した患者の存在による不確実性を反映していると考えられます。

移植1回あたりの成功率は、2回目以降ほぼ一定だった

移植1回あたりの生児出生率は、1回目の63.1%から2回目の54.0%(95%信頼区間51.3〜56.5%)へといったん低下したものの、2回目から5回目まではおおむね安定していました(2回目54.0%、3回目53.1%、4回目50.4%、5回目57.6%、いずれの差もP>0.05)。1回目の成功率が高いのは、グレードの良い胚が優先的に移植される傾向を反映していると考えられています。なお6回目の生児出生率は28.6%でしたが、対象がわずか7人であり、信頼区間も8.2〜64.1%と幅が広く、確定的な結論を導くには不十分とされています。

流産、生化学的妊娠、非妊娠の割合も、1回目から2回目にかけて上昇したのち、3回目以降はほぼ横ばいで推移しました。流産率は1回目7.1%から2回目9.8%、生化学的妊娠率は1回目8.4%から2回目11.0%、非妊娠率は1回目20.0%から2回目23.8%へとそれぞれ上昇しましたが(いずれもP<0.02)、2回目から6回目の間には有意差が見られませんでした。異所性妊娠、死産、人工妊娠中絶といった転帰は全体を通じてまれで、研究期間全体でそれぞれ36件、15件、56件が報告されています。

胚盤胞の発育日数による違いも確認されました。1回目・2回目のSETでは、day7胚(受精後7日目に胚盤胞へ到達した胚)の生児出生率が、day5・day6胚に比べて低い傾向が見られましたが(1回目56.3% vs 66.5〜66.8%、2回目47.1% vs 58.0〜58.5%、いずれもP<0.01)、3回目以降はこの差は見られなくなりました。

「反復着床不全」は、実際にはどのくらいの頻度なのか

正倍数性胚を3回連続で移植しても生児出生に至らない状態は、しばしば「反復着床不全」と呼ばれます。今回のコホートでこの基準に該当したのは、5,811人中184人(3.2%)でした。この184人のその後を見ると、32.1%(59人)が4回目のSETで、10.3%(19人)が5回目で、1.1%(2人)が6回目で生児出生に至り、残る56.5%(104人)は研究期間内に生児出生に至りませんでした(うち99人は6回のSET完了前に治療を中断、5人は6回すべてを終えても生児出生に至らず)。3回目までの内訳を見ると、18.5%が着床すら成立せず、43.5%が1回以上の生化学的妊娠を、48.9%が1回以上の流産を、12.0%が異所性妊娠・死産・人工妊娠中絶のいずれかを経験していました。

つまり、3回移植して結果が出なかった患者のうち、3人に1人以上が4回目以降の移植で生児出生に至っています。これは、初期の移植の失敗が、その後の移植の成功を予測するものではないことを示唆しています。今回の結果は、2021年の研究や2024年の多施設研究とも一致しており、失敗を重ねた移植歴そのものが患者個人の着床能力の低さを意味するわけではなく、確率的なばらつきの範囲内であることを裏づけています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本の臨床現場では、正倍数性胚を用いた移植が不成功に終わった場合、子宮内膜受容能検査や免疫学的検査といった追加の検査、あるいは治療方針の変更が検討されることがあります。今回の結果は、こうした追加の介入なしに、標準的なプロトコルのまま移植を継続すること自体が、多くの患者にとって合理的な選択肢であり得ることを示しています。特に、3回目までの移植で結果が出なかった患者に対しても、4回目以降の移植で3人に1人以上が生児出生に至っている点は、今後の治療方針を話し合ううえでの目安になります。

一方で、今回のデータは単一施設・後方視的研究であることに加え、6回目のSETは対象がごく少数(7人)にとどまっており、6回目以降の判断にはなお慎重さが求められます。日本では、治療の身体的・経済的・心理的負担も考慮したうえで、患者ごとの正倍数性胚の在庫数や年齢、個々のリスク許容度に応じて、何回まで移植を継続するかを個別に話し合っていくことが、今後の診療の出発点になると考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、5,811人・7,763回という大規模なデータであること、6回目までの移植を対象とした点、そして生児出生だけでなく流産・生化学的妊娠・非妊娠といった転帰の内訳まで詳細に追跡した点にあります。単一施設のデータであるため、体外受精や胚移植のプロトコルが標準化されている一方、他施設への一般化には注意が必要です。

限界としては、第一に後方視的研究であり、CP1LBに影響しうる要因を完全には制御できていません。第二に、治療を中断した患者は継続した患者に比べて年齢が高い傾向があり、中断者がそのまま治療を続けていれば生児出生に至った可能性も否定できないため、CP1LBの実測値は本来の累積成功率を過大評価している可能性があります。第三に、10年間という研究期間中に胚培養やPGT-Aの技術自体が進歩しており、時期による違いが解析に反映しきれていない可能性があります。第四に、3回を超える移植を受けた患者数は相対的に少なく、4回目以降の推定精度には限りがあります。

おわりに

今回の研究は、正倍数性胚を用いた単一胚移植について、6回目までの累積生児出生率と移植ごとの転帰を、これまでで最大規模のデータで示すものです。3回目までの累積生児出生率は92.0%、5回目・6回目までではいずれも98%を超え、移植1回あたりの成功率も2回目以降は安定していました。反復して不成功に終わった場合でも、その後の移植で生児出生に至る患者が一定数存在することも確認されています。これらの知見は、正倍数性胚の在庫数や個々のリスク許容度に応じた、根拠に基づくカウンセリングの土台になり得るものであり、今後はより多施設での検証や、6回目以降のデータの蓄積が期待されます。

参考文献

1. Durbin C, Parra CM, Blakemore JK, DeVore S, Wertz B, Fino ME, Licciardi F, Berkeley A, McCaffrey C, Grifo JA. Cumulative probability of a live birth after up to six sequential single euploid embryo transfers. Fertil Steril 2026. doi:10.1016/j.fertnstert.2026.07.016.

2. Pirtea P, De Ziegler D, Tao X, Sun L, Zhan Y, Ayoubi JM, et al. Rate of true recurrent implantation failure is low: results of three successive frozen euploid single embryo transfers. Fertil Steril 2021;115:45-53.

3. Gill P, Ata B, Arnanz A, Cimadomo D, Vaiarelli A, Fatemi HM, et al. Does recurrent implantation failure exist? Prevalence and outcomes of five consecutive euploid blastocyst transfers in 123,987 patients. Hum Reprod 2024;39:974-980.

同じ患者の卵を分けて比較──タイムラプス培養は胚の質を確かに押し上げる

体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)で得られた胚をどのように育てるかは、妊娠成績を左右しうる要素のひとつです。従来の培養器では、発育の様子を確認するために胚を1日1回程度取り出す必要があり、その間の温度や気体組成の変動が発育に影響する可能性が指摘されてきました。近年普及が進むタイムラプス培養器は、胚を庫内に置いたまま連続的に画像を撮影できるため、こうした環境変動を避けながら、受精確認や卵割のタイミングといった従来は捉えられなかった発育情報を得られる利点があります。

タイムラプス培養については、良好胚盤胞率や妊娠率が向上したとする報告がある一方、有意差が見られなかったとする報告もあり、その臨床的な価値には議論が続いてきました。特に、患者ごとに卵巣刺激への反応や卵子の質が異なるため、通常の比較研究では培養器の違いそのものの効果を、患者背景の違いから切り離して評価することが難しいという課題がありました。

こうした背景のもと、Reproductive Medicine and Biology誌(2026年)に、日本国内の3施設が参加した前向き多施設共同研究が掲載されました。同一患者から得られた「きょうだい卵子」を、従来型の培養器とタイムラプス培養器に無作為に振り分けて比較するという手法により、患者背景の影響を排除したうえで培養環境の効果を検証した内容です(doi:10.1002/rmb2.70077)。

方法──同じ患者の卵子を、二つの培養法に分けて追跡した

対象は、2022年4月から2023年12月にかけて、JISART(日本生殖補助医療標準化機関)に加盟する3施設で初めて採卵を受けた患者です。書面での同意が得られ、かつ成熟卵子(MII期)が4個以上採取された205周期が最終的な解析対象となりました。

各患者から得られた成熟卵子は、体外受精・顕微授精のいずれの方法で受精させた場合も、交互配分という手順によって従来型の培養器群とタイムラプス培養器群に1対1の割合で無作為に割り振られました。割り付けは胚培養士による形態評価が行われる前に完了しており、判定者・患者ともにどちらの培養器で育った胚かを知らされない盲検の状態で、移植する胚が選ばれました。

解析対象となった成熟卵子は合計3,244個で、従来型培養器群に1,607個、タイムラプス培養器群に1,637個が割り振られました。受精確認は精子と接触させてから17±1時間後に行われ、前核が2つ見える卵子(2PN)を正常受精と判定しました。発育段階ごとの胚の質はガードナー分類などの基準で評価され、少なくとも2名の胚培養士が独立して判定しました。

Day2の良好胚が42.1%対35.3%──胚盤胞の質にも差

正常受精率(2PN率)は、従来型培養器群で77.7%(1,248/1,607)、タイムラプス培養器群で76.6%(1,254/1,637)とほぼ同等で、統計学的な有意差はありませんでした(p=0.47)。受精そのものが起こるかどうかには、培養器の違いはほとんど影響しないという結果です。

一方、受精から2日目における良好胚(4細胞以上かつ断片化20%未満)の割合は、タイムラプス培養器群で42.1%(528/1,254)、従来型培養器群で35.3%(440/1,248)となり、タイムラプス培養器群のほうが有意に高い結果でした(p<0.01)。数値でみると、およそ7ポイントの差があったことになります。ただし、4細胞期に到達した胚の割合そのものには両群で差がなく(55.7%対55.2%、p=0.82)、タイムラプス培養が発育のスピードそのものを速めたわけではないことがうかがえます。

胚盤胞まで培養を延長した胚(従来型群998個、タイムラプス群1,065個)についても、胚盤胞に到達する割合自体には有意差がなかった一方(68.2%対66.7%、p=0.49)、良好な質の胚盤胞に育った割合は、タイムラプス培養器群で44.1%(470/1,065)、従来型培養器群で38.1%(380/998)と、タイムラプス培養器群のほうが有意に高くなっていました(p<0.01)。これらの結果は、タイムラプス培養が胚の発育「量」よりも、発育の「質」を押し上げる方向に働いている可能性を示しています。

妊娠率は数値上高い傾向、ただし統計的には未確定

本研究は良好胚盤胞率を主要評価項目として統計学的な検出力が設計されており、妊娠率などの臨床的な成績は探索的な副次評価項目という位置づけです。この点を踏まえたうえで、実際の妊娠成績を見ていきます。

新鮮胚移植の臨床妊娠率は、タイムラプス培養器群で44.4%(4/9)、従来型培養器群で15.8%(3/19)と、数値上はタイムラプス培養器群で高い傾向がみられましたが、症例数が少なく統計学的な有意差には至りませんでした(p=0.16)。凍結融解胚移植(FET、361周期)においても、臨床妊娠率はタイムラプス培養器群で45.3%(92/203)、従来型培養器群で36.7%(58/158)と高い傾向が見られたものの、こちらも有意差はありませんでした(p=0.1)。

患者内での複数周期の相関を調整した統計モデル(一般化推定方程式)による解析では、FET全体でみるとタイムラプス培養器の使用は妊娠率の有意な上昇とは関連しませんでした(調整オッズ比1.44、95%信頼区間0.92〜2.24)。しかし、胚盤胞移植に限って解析すると、年齢・BMI・喫煙状況・不妊診断名で調整した後、タイムラプス培養器群のほうが妊娠に至る可能性がおよそ2倍高いという結果が得られました(調整オッズ比1.99、95%信頼区間1.02〜3.87)。これは、胚盤胞まで培養を延長する周期において、タイムラプス培養の恩恵がより明確に表れる可能性を示唆する結果です。

培養器に入れるタイミングが、成績を左右する

本研究では、タイムラプス培養器の連続観察によって、前核が消失するタイミング(受精の目印が見えなくなる時点)が、最も早い例で受精後14時間であったことが確認されました。この結果から、研究チームは、正常な受精イベントを見逃さないためには、受精後13時間以内には卵子をタイムラプス培養器に投入することが望ましいと提案しています。培養器に入れる時間が遅れるほど、受精の判定に必要な情報を取りこぼすリスクが高まることになります。

また、従来型培養器群では16個(1.0%)の卵子で、受精確認の時点で前核が確認できず「受精未確定」に分類されましたが、タイムラプス培養器群ではこうした未確定例は1件もありませんでした。これらの未確定卵子のうち胚盤胞まで培養を延長した15個では、66.7%が胚盤胞に到達し、46.7%が良好胚盤胞へと発育しており、通常の受精卵と同程度の発育能力を持っていたことになります。連続観察によって、こうした「見た目には受精確認できないが実際には正常受精している胚」を移植候補として活かせる可能性が示された形です。

最初の分裂パターンが、その後の発育を予測する

タイムラプス培養によって、受精卵が最初に1個から2個の細胞に分かれる「第一分裂」の様子を詳しく観察することができます。研究チームは、正常な分裂(1個から2個へ)を示した胚(全体の81.5%)に加えて、分裂後5時間以内にさらに3個以上に分かれてしまう「連続的な異常分裂」(11.0%)と、最初から一気に3個以上に分裂する「直接的な異常分裂」(7.5%)の3群に分類しました。

良好胚盤胞へ到達する割合は、正常分裂群で51.5%であったのに対し、連続的異常分裂群では28.3%、直接的異常分裂群ではわずか2.1%にとどまり、いずれも正常分裂群より有意に低い結果でした(p<0.01)。異常な分裂パターンを示した胚は、たとえ胚盤胞まで発育したとしても、質の面で見劣りする可能性が高いことが、連続観察によって初めて具体的な数値として示されたことになります。ただし、こうした異常分裂の背景には、染色体の分配異常だけでなく、染色体そのものには問題がなくても細胞分裂の仕組み自体に乱れが生じているケースも含まれる可能性が、近年の関連研究から指摘されています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、タイムラプス培養器の導入が施設によって異なり、受精確認や胚評価の運用にもばらつきがあるとされています。今回の結果は、同一患者内で培養条件をそろえた比較という、これまでの研究より内的妥当性の高い手法によって、タイムラプス培養がDay2の良好胚率や良好胚盤胞率を確実に押し上げることを示した点で意義があります。

臨床現場では、胚盤胞移植を予定している患者において、タイムラプス培養を選択する意義がより大きい可能性があります。一方で、新鮮胚移植や胚移植あたりの妊娠率そのものについては、今回のデータだけでは統計学的に確定的な結論を出すには至っておらず、生児出生率や新生児の長期予後まで含めた評価は今後の課題として残されています。培養器への投入タイミングについても、受精後13時間以内という具体的な目安が示されたことは、日々の培養室運用を見直すうえでの参考情報になり得ます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、同一患者からの「きょうだい卵子」を無作為に2群へ配分するデザインを採用した点にあります。これにより、年齢や卵巣予備能、刺激プロトコルといった患者ごとの背景因子を両群で完全にそろえたうえで、培養環境そのものの効果を評価することができました。従来の患者間比較を中心とした研究の限界を克服する設計といえます。

一方で限界もあります。第一に、複数施設が参加したことで、施設ごとの検査手技や胚評価基準に一定のばらつきが生じた可能性があります。第二に、対象が初回採卵の患者に限られており、反復着床不全や難治性不妊の患者への結果の当てはめには注意が必要です。第三に、新鮮胚移植の症例数が19例・9例と少なく、妊娠率の比較における統計学的な検出力は限定的でした。第四に、本研究は良好胚盤胞率を主要評価項目として設計されており、妊娠率や生児出生率については探索的な結果にとどまるため、今後の大規模研究による検証が必要とされています。

おわりに

今回の研究は、同一患者由来のきょうだい卵子を用いた前向きデザインにより、タイムラプス培養が良好胚率・良好胚盤胞率を有意に押し上げることを、これまでより高い精度で示しました。臨床妊娠率についても数値上は向上する傾向が一貫して見られており、特に胚盤胞移植では統計学的にも有意な関連が確認されています。ただし、生児出生率や新生児の長期予後への影響を確定づけるには、さらなる大規模研究が必要とされています。今回の知見は、タイムラプス技術を単なる観察ツールにとどめず、培養室の運用そのものを見直すデータ駆動型の材料として活用していくうえでの土台になり得るものです。

参考文献

1. Mio Y, Kuramoto T, Utsunomiya T, Jwa SC, Yumoto K, Tsounapi P. Time-Lapse Culture Improves Development and Pregnancy Outcomes of Sibling Normally Fertilized Oocytes: A Prospective Multicenter Study. Reprod Med Biol 2026;25:e70077. doi:10.1002/rmb2.70077.

「着床の窓」に合わせた胚移植は効くのか──反復着床不全だけに表れた効果

体外受精における胚移植では、胚の質だけでなく、子宮内膜が着床を受け入れられる状態にあるかどうかも成績を左右します。子宮内膜が胚を受け入れられる限られた期間は「着床の窓(Window of Implantation、WOI)」と呼ばれ、標準的なホルモン補充周期(HRT)では、この窓がすべての患者で同じタイミングに訪れるという前提のもとで移植日が決められてきました。しかし実際には、窓の時期が標準よりも前後にずれている患者が一定数存在することがわかってきています。

この「窓のずれ」を遺伝子発現解析で調べ、個々の患者に合わせて移植日を調整する手法は、個別化胚移植(personalized embryo transfer、pET)と呼ばれています。反復着床不全(recurrent implantation failure、RIF)の患者を対象とした一部の観察研究やランダム化比較試験ではpETによる成績改善が報告されてきた一方、対象を限定しない集団や初回の体外受精周期を含む研究では、明確な効果が確認できていないという報告も多く、両者の結果は一致していません。この違いが、患者集団の選び方によるものなのか、検査手法の違いによるものなのか、あるいは着床の窓そのものが時間とともに変化する性質を持つためなのかは、これまで十分に検討されていませんでした。

こうした背景のもと、Reproductive Medicine and Biology誌(2026年)に、日本の生殖医療クリニックで実施された前向きコホート研究が掲載されました。RT-qPCR法による子宮内膜受容能検査(ERPeakSM)を用いたpETが、RIF患者と非RIF患者それぞれでどの程度成績に影響するのかを比較するとともに、着床の窓が時間の経過とともにどれほど安定しているのかを、繰り返し検査を受けた患者のデータから検証した内容です(doi:10.1002/rmb2.70081)。

方法──RIFと非RIF、二つの集団で移植成績を比較した

対象は、2022年8月から2023年12月にかけて日本の民間生殖医療クリニックで凍結融解胚移植(FET)を受けた患者1,295人です。RIFは、グレードの高い胚盤胞(Gardnerスコア3BB以上)を1個または2個移植する胚移植を3回以上連続して受けても臨床妊娠に至らなかった場合と定義されました。ホルモン補充周期(HRT)による主解析では、RIF群725人のうち199人がpET、272人が標準タイミングでの移植(npET)を受け、非RIF群570人のうち74人がpET、351人がnpETを受けています。

子宮内膜受容能検査には、48種類の遺伝子発現を調べるRT-qPCR検査(ERPeakSM)が用いられました。この検査は子宮内膜の状態を「レセプティブ(至適タイミング)」「プレレセプティブ(窓がまだ開いていない状態で、24時間の移植延期が必要)」「ポストレセプティブ(窓を過ぎた状態で、24時間の移植前倒しが必要)」の3つに分類します。pET群では、検査結果に応じて移植日が個別に調整されました。

背景因子の違いを調整するため、母体年齢、父親年齢、抗ミュラー管ホルモン(AMH)値、BMI、妊娠・分娩歴、不妊期間、これまでの胚移植回数、移植胚数を用いた傾向スコアマッチング(PSM)が行われ、RIF群では161組、非RIF群では67組のペアが作成されました。さらに、より生理的な状態に近いとされる修正自然周期での凍結融解胚移植(mNC-FET)についても、逆確率重み付け(IPTW)を用いた副次解析が行われています。加えて、複数回の検査を受けた患者のデータから、着床の窓の時間的安定性がカプランマイヤー法で評価されました。

RIF患者では生児出生率が2.25倍、非RIF患者では差なし

PSMで背景をそろえたRIF群(161組)では、pET群の生児出生率が41.0%だったのに対し、npET群は23.6%にとどまり、調整オッズ比は2.25(95%信頼区間1.39〜3.64、p<0.001)でした。数字で見ると、pETを受けた場合、生児出生に至る確率がおよそ2.25倍に高まったことになります。流産率についても、pET群17.4%に対しnpET群36.2%と、pET群のほうが明らかに低く、調整オッズ比は0.37(95%信頼区間0.17〜0.82、p=0.014)でした。臨床妊娠率も、pET群54.0%、npET群32.9%(調整オッズ比2.40、p<0.001)と、pET群で高い値が確認されています。移植された胚が正倍数性(染色体数に異常がない)と確認された胚に限定したサブ解析でも、RIF患者における生児出生率はpET群54.5%、npET群24.2%(p<0.05)と、有意な差が保たれていました。

一方、同じくPSMで背景をそろえた非RIF群(67組)では、pET群の生児出生率35.8%、npET群25.4%と数値上はpET群のほうが高いものの、調整オッズ比は1.54(95%信頼区間0.73〜3.24、p=0.26)で統計学的な有意差には至りませんでした。流産率にも有意差はありませんでした(22.6% vs. 29.2%、p=0.54)。窓のずれが確認された患者の割合そのものは、RIF群48.3%、非RIF群46.6%とほぼ同程度であり(p=0.82)、窓のずれの有無だけでは、pETの効果がRIF患者に限って現れた理由を十分に説明できないとされています。論文では、非RIF患者のうち検査を選択した層に、高齢や卵巣予備能低下といった別の予後不良因子が重なっていた可能性が指摘されており、残余交絡の影響も否定できないとされています。

修正自然周期でも、個別化移植の効果が示唆された

修正自然周期での凍結融解胚移植(mNC-FET)を受けたRIF患者72人(ERPeakSM群19人、対照群53人)を対象とした副次解析では、IPTWで背景因子を調整した後、ERPeakSM群の生児出生率46.3%に対し、対照群は19.2%で、オッズ比は3.63(95%信頼区間1.17〜11.30、p=0.026)でした。修正自然周期は内因性のホルモン変動に沿うため、標準的なHRT周期よりも生理的な着床の窓に近いと考えられてきましたが、この結果は、自然周期であっても一部のRIF患者では窓のずれが残っている可能性を示しています。ただし対象数が19人と少なく、信頼区間の幅も広いため、論文では今後より大規模な前向き研究での確認が必要とされています。

着床の窓は一生同じではない──加齢とともに変化する

この研究のもう一つの特徴は、着床の窓が時間とともに変化するかどうかを検証した点にあります。複数回のERPeakSM検査を受けた105人、117件のデータを解析したところ、検査間隔の中央値は24.0か月(範囲6〜48か月)で、そのうち52件(44.4%)で窓の状態に変化(シフト)が確認されました。従来、患者ごとの着床の窓は一定であるという前提が置かれてきましたが、今回のデータは、半数近い患者で窓の位置が変わりうることを示しています。

カプランマイヤー分析では、窓が変化しないまま維持される期間の中央値は全体で34.0か月でした。年齢で層別化すると、38歳以上の患者(78人)では中央値30.0か月と、より早い時期に窓の変化が生じていたのに対し、38歳未満の患者(39人)では観察期間中に中央値に達しませんでした(ログランク検定、p=0.0059)。検査後12か月以内という短期間で見ても、37歳以下では窓の変化が確認された患者はゼロだった(0/7、0%)のに対し、38歳以上では31.3%(5/16)で変化が見られており、この差自体は統計学的有意には至らなかったものの(p=0.130)、加齢に伴う窓の不安定化を示唆する所見とされています。論文では、こうした変化の背景として、子宮内膜のホルモン受容体発現の低下や、細胞老化、血流の変化といった加齢に伴う生理的変化が挙げられています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本の生殖医療現場では、子宮内膜受容能検査は先進医療の枠組みで評価が進められている段階にあり、その臨床的位置づけについて議論が続いています。今回の結果は、少なくともRIF患者においては、個別化された移植タイミングが妊娠・出産成績を押し上げうることを、比較的大規模な国内データで示した点に意義があります。一方で、RIF歴のない患者に対する一律の検査実施については、今回のデータからは明確な根拠が得られていません。日本の先進医療制度のもとでは、非RIF患者への検査は高齢や良質胚移植を予定する場合などに限って認められていますが、今回の結果は、その適用範囲をさらに慎重に検討する必要性を示すものといえます。

また、着床の窓が加齢とともに変化しうるという知見は、一度検査を受ければその結果が長期にわたって有効という前提を見直す材料になります。論文では、38歳以上の患者については18〜24か月ごとの再検査を検討する余地があるとされており、特に貴重な正倍数性胚を移植する場面では、こうした再評価のタイミングが臨床上の判断材料になり得ます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、1,295周期という規模で、RIFと非RIFという二つの集団を分けて比較した点、そして傾向スコアマッチングやIPTWによる背景因子の調整に加え、着床の窓の時間的安定性という新しい視点を組み合わせて検証した点にあります。

一方で限界も述べられています。第一に、日本国内の単一施設による観察研究であり、他の集団への一般化には注意が必要です。第二に、検査を受けるかどうかは無作為に決められておらず、傾向スコアマッチングで測定された因子は調整されているものの、患者ごとの服薬状況や黄体ホルモンの吸収の個人差といった、測定されていない要因の影響は排除できません。第三に、mNC-FETの副次解析は対象数が小さく、効果の大きさについては一定の不確実性が残ります。第四に、着床の窓のシフトが起きた正確な時期は、2回の検査の間のどこかでしか特定できない(区間打ち切り)ため、今回示された再検査間隔は、あくまで保守的な目安とされています。また、pET群では移植前のモック周期で子宮内膜生検が行われており、この生検自体が着床を促す「エンドメトリアル・スクラッチング効果」を持つ可能性も、レセプティブと判定された患者でも成績が改善していた一因として指摘されています。

おわりに

今回の研究は、遺伝子発現解析に基づく個別化胚移植が、反復着床不全の患者においてはHRT周期・修正自然周期のいずれでも妊娠・出産成績を高めうることを示す一方、反復着床不全のない患者への一律の適用は支持しないという結果を提示しています。あわせて、着床の窓が固定されたものではなく、加齢とともに変化しうる動的な性質を持つことも示されました。これらの知見は、対象を選んだ検査運用や、年齢に応じた再評価のあり方を検討する土台になり得るものであり、今後は多施設でのランダム化比較試験による検証が必要とされています。

参考文献

1. Ohara Y, Abe K, Saito S, Karino A, Doshida M, Takeuchi T, Matsubayashi H, Ishikawa T, Handa M, Takiuchi T, Kodama M. Personalized Embryo Transfer Improves Live Birth Rates in Recurrent Implantation Failure: A Propensity Score-Matched Prospective Cohort Study With Window of Implantation Stability Analysis. Reprod Med Biol 2026;25:e70081. doi:10.1002/rmb2.70081.

胚選択も卵子診断も、AIに聞く時代へ──体外受精・顕微授精をめぐる人工知能活用の最前線

体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)を含む生殖補助医療(ART)は、不妊治療の中心的な選択肢として世界的に普及してきました。一方で、不妊の頻度は増加傾向にあり、治療にともなう心理的・経済的な負担も小さくありません。どの胚を移植すべきか、どの程度の刺激薬を投与すべきか、卵子や精子のどのような特徴が良好な結果につながるのか――こうした判断の多くは、依然として胚培養士や医師の経験と目視による評価に委ねられている部分が大きいのが実情です。

こうした判断の一部を、人工知能(AI)や機械学習(ML)によって支援しようとする研究が、この数年で急速に増えています。画像から胚や卵子の状態を評価するモデル、大量の臨床データから妊娠・出産の確率を予測するモデル、卵巣刺激の投与量を助言するモデルなど、対象は多岐にわたります。これらの研究を横断的に整理したレビューが、Tissue and Cell誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1016/j.tice.2026.103777)。体外受精と顕微授精のそれぞれについて、AI・ML技術がどのような場面で使われ、どの程度の精度を示しているのかを、代表的な研究とともにまとめた内容です。

方法──体外受精と顕微授精に関わるAI研究を、技術別に整理した

本総説は、体外受精・顕微授精の各工程にAI・ML技術を適用した近年の研究を対象に、その手法と成果を整理したレビューです。取り上げられた研究では、ランダムフォレスト(RF)、サポートベクターマシン(SVM)、勾配ブースティング(XGBoost、LightGBMなど)といった従来型の機械学習に加え、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)や敵対的生成ネットワーク(GAN)などの深層学習(DL)技術が用いられています。対象となる工程は、卵巣刺激の投与量調整、卵子の成熟度評価、受精・胚発育の予測、胚盤胞の形態評価、着床前遺伝子検査(PGT-A)における染色体異数性の判定、そして妊娠・出産の予後予測まで、生殖医療のほぼ全工程に及んでいます。体外受精に関する研究と顕微授精に関する研究を分けて整理したうえで、AI・ML活用がもたらす臨床的意義と、今後の課題が論じられています。

卵から胚盤胞まで──AIが入り込む場面はここまで広がった

体外受精に関するAI応用のうち、まず注目されるのは非侵襲的な胚評価です。胚培養液中の代謝物をAIで解析し、着床能力を示す指標を算出する試みでは、148種類の代謝物バイオマーカーをもとに構築された予測モデルが、約85%の精度で胚の着床可能性を評価できたと報告されています。また、共焦点顕微鏡による定量的位相イメージングとAIを組み合わせ、胚の核の状態から健常性を評価する手法(EVATOM)も、良好な精度を示したとされています。

胚盤胞の画像そのものをAIで生成する試みも報告されています。敵対的生成ネットワークを用いて、実在の胚盤胞と見分けがつかない高精細な合成画像を作成する研究では、患者のプライバシー保護や、学習データが不足しがちな胚画像の水増しへの応用が期待されています。一方、着床前遺伝子検査(PGT-A)の分野では、AIを用いた標準化解析によって、正倍数性(染色体数が正常であること)の判定率が向上し、継続妊娠率・生児出生率が改善したという報告もあります。既存のAI評価システム(iDAScoreなど)や形態動態(モルフォキネティクス)による評価システム(KIDScoreなど)は、実際の染色体異数性率と一定の相関を示す一方で、これらのスコアだけで染色体の異常の有無を確定的に診断することはできず、胚生検を優先すべきだとする指摘もなされています。

卵巣刺激に関しても、AI活用が進んでいます。GnRHアンタゴニスト法による初回の体外受精周期を対象とした研究では、極体形成(卵子成熟)の割合が高くなるかどうかを、勾配ブースティング法(XGBoost)によって75%の精度で予測できたと報告されています。予測に寄与した主な因子は、ピーク時のエストラジオール値、アンタゴニスト投与開始日のエストラジオール値、ゴナドトロピンの平均投与量、トリガー日のプロゲステロン値でした。妊娠・出産アウトカムの予測についても、複数のアルゴリズムを比較検討した研究があり、LightGBMというアルゴリズムを用いたモデルでは、精度92.31%、再現率87.80%、AUC(予測性能を示す指標で、1に近いほど精度が高い)90.41%という結果が示されています。この研究で重視された特徴量は、体格指数(BMI)、不妊期間の長さ、エストロゲン濃度でした。

顕微授精でも同じ流れ──卵子1枚の画像から「使える胚になるか」を予測する

顕微授精に特化したAI応用も広がっています。とくに規模の大きな研究として、6カ国8施設から集めた10,677枚の顕微授精前の卵子画像をもとに、連合学習(複数施設のデータを直接共有せずに学習させる手法)によって卵子の発育能力を予測するモデルが開発されています。このモデルは、実際に利用可能な胚盤胞へと発育するかどうかを、感度83〜88%で予測できたと報告されており、施設ごとにデータの持ち出しが難しい医療分野において、複数施設のデータを活用する現実的な方法としても注目されています。

顕微授精そのものの手技を支援するAIも報告されています。卵子や割球期胚の画像から、注入に適した部位を自動的に認識する深層学習モデルでは、98%を超える精度が得られたとされ、手技の標準化や客観性の向上に役立つ可能性が示されています。また、無精子症のために精巣内から精子を採取する手術(顕微鏡下精巣内精子採取術)を受けた患者において、新鮮精子と凍結保存精子のどちらを用いるべきかを予測するモデルや、ブライトフィールド顕微鏡画像から採取困難な希少精子を自動検出するモデルなど、男性不妊の診療を支援する応用も進んでいます。総説では、こうした男性側の評価をAIで補うことが、これまで見過ごされがちだった「男性不妊学的な知見の不足」を補う手段になりうるとも論じられています。

精度が上がっても、超えられない壁がある

複数の研究に共通して見られるのは、AI・MLモデルが従来の形態評価よりも高い予測精度を示す一方で、それだけで診断や治療方針を確定させるには至っていないという点です。たとえば、834人の患者から得られた3,573個の胚盤胞を対象にした研究では、AIによる評価(iDAScore)、形態動態による評価(KIDScore Day 5)、従来の形態評価基準(Gardner分類)のいずれも、染色体異数性の割合とは一定の相関を示したものの、個々の胚の染色体異常の有無を正確に診断することはできず、確定診断には胚生検を優先すべきだと結論づけられています。106,640件という大規模な体外受精・顕微授精周期のデータを用いてベイジアンネットワークモデルを構築した研究でも、受精率の低下や完全受精失敗のリスクを高い精度で予測できた一方、モデルはあくまで補助的な位置づけとして扱われています。

総説はまた、遺伝子検査に関するAI活用が、文化的・宗教的な背景によって受け止められ方が大きく異なる可能性にも触れています。着床前遺伝子検査そのものに対する考え方は国や地域、個々の価値観によって幅があり、AIによる判定精度の向上が、そのまま臨床導入の是非を決めるわけではないという点は、今後の議論において重要な視点とされています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、体外受精・顕微授精の症例数が世界的に見ても多い一方、胚選択や卵巣刺激の投与量調整は、依然として個々の施設や医師の経験に基づいて行われている場面が少なくありません。今回のレビューが示すように、海外ではすでに、卵子や胚の画像評価、卵巣刺激の投与量支援、PGT-Aの判定支援など、複数の工程でAI・MLモデルの実装が試みられています。こうした技術は、多数の症例データを持つ施設ほど恩恵を受けやすい一方、モデルの多くが単一施設や特定地域のデータで構築されている点には注意が必要です。日本の患者集団や診療体制にそのまま適用できるかどうかは、別途の検証が求められます。

また、遺伝子検査に関するAI活用については、日本国内でも技術的な精度向上だけでなく、患者への説明のあり方や、検査を受けるかどうかの意思決定支援のあり方について、臨床現場での議論が今後さらに必要になると考えられます。

研究の強みと限界

本総説の強みは、体外受精と顕微授精のそれぞれについて、卵巣刺激から胚評価、遺伝子検査、妊娠予後予測まで、生殖医療のほぼ全工程にわたるAI・ML研究を横断的に整理した点にあります。個々の研究がどのような手法を用い、どの程度の精度を示したかを一覧できる点は、臨床家がこの分野の全体像をつかむうえで有用です。

一方で限界もあります。第一に、本総説はシステマティックレビューではなく、対象研究の選定基準や網羅性が明示されているわけではありません。第二に、取り上げられた個々の研究の多くは単一施設による後方視的研究であり、外部データセットでの検証や前向き試験を経たものはまだ限られています。第三に、報告された精度指標(正解率、感度、AUCなど)は研究ごとに定義や算出方法が異なり、単純に数値だけを横並びで比較することはできません。第四に、AIモデルの性能は学習に用いたデータセットの質や患者背景に強く依存するため、ある施設で高い精度を示したモデルが、別の医療環境でも同様の性能を発揮するとは限りません。

おわりに

今回のレビューは、体外受精・顕微授精のほぼすべての工程において、AI・ML技術の応用が試みられている現状を示すものです。胚培養液の代謝物解析、胚盤胞の画像評価、卵巣刺激の投与量支援、PGT-Aの判定支援、そして顕微授精前の卵子画像からの発育能力予測まで、対象は多岐にわたり、いずれの分野でも従来の評価法と同等かそれ以上の予測精度が報告されています。同時に、これらのモデルの多くが単一施設のデータに基づく後方視的研究にとどまっており、より大規模で多施設にわたる前向き検証と、遺伝子検査をめぐる倫理的な論点の整理が、今後の実装に向けた課題として指摘されています。

参考文献

1. Jamshidvand H, Mohsennezhad A, Salehisedeh N, Riahi A, Sahbafar H, Sabbaghian M. Applications of artificial intelligence and machine learning in assisted reproductive technology: Focus on In Vitro fertilization (IVF) and intracytoplasmic sperm injection (ICSI). Tissue and Cell 2027;104:103777. doi:10.1016/j.tice.2026.103777.

移植カテーテルに残った子宮液で「着床の窓」は読めるか──非侵襲的な遺伝子検査の可能性

子宮内膜が受精卵(胚)を受け入れやすい状態になる期間は「着床の窓」と呼ばれ、多くの女性ではおよそ3〜4日間しか続かないとされています。この窓の時期が前後にずれたり短くなったりすると、良好な胚を移植しても着床に至らないことがあり、体外受精治療における難しい課題のひとつとされてきました。

子宮内膜の受容能(着床の窓が開いているかどうか)を調べる方法としては、内膜組織を採取する生検が従来から用いられてきました。しかし、この方法は侵襲的であり、移植周期そのものの内膜を検査に使うことができないため、前周期のデータをもとに移植のタイミングを決めざるを得ないという限界がありました。近年注目されている子宮内膜受容能検査(ERA)も、内膜組織の採取という点では同様の制約を抱えています。

こうした背景のもと、Methods誌(2026年)に、胚移植に使ったカテーテルの先端に残った子宮液・細胞を用いて子宮内膜の受容能を予測する手法を検証した研究が報告されました(doi:10.1016/j.ymeth.2026.07.008)。移植そのものの妨げにならない非侵襲的な方法として、実用化が期待される内容です。

方法──移植カテーテルの残液を、遺伝子発現で読み解いた

対象は、2021年6月から2022年3月にかけて中国・上海の生殖医療センターで、自己卵を用いた新鮮または凍結胚移植周期を受け、その後臨床妊娠(超音波検査で胎嚢または心拍が確認された状態)に至った223周期です。子宮内膜の状態が「着床前」であると想定される初期胚(受精後3日目、D3)移植のカテーテル残液96検体と、「着床可能」と想定される胚盤胞(受精後5日目、D5)移植のカテーテル残液127検体が集められました。

胚移植の際、カテーテルの先端はわずかな陰圧によって子宮腔内の液や細胞を吸着します。この残留物をリン酸緩衝生理食塩水で洗い流して回収し、遠心分離を経て細胞を抽出、全RNAシークエンシング(トランスクリプトーム解析)にかけました。1検体あたりに含まれる細胞数は、およそ300〜2,000個と推定されています。

223検体は、遺伝子(シグネチャー遺伝子)の選定とモデル構築に用いる訓練セット(111検体、D3が48、D5が63)と、そのモデルの性能を検証するテストセット(112検体、D3が48、D5が64)にランダムに分けられました。訓練セットのデータから、D3とD5のあいだで発現量が有意に異なる遺伝子(DEG)を抽出するとともに、既報の子宮内膜シングルセル解析データを参照して上皮細胞・マクロファージで動的に変化する遺伝子を絞り込み、両者を統合したうえでランダムフォレストという機械学習アルゴリズムによってモデルの学習を行いました。

カテーテルの残液には、内膜の上皮細胞とマクロファージが多く含まれていた

解析の前提として、カテーテル残液に十分な子宮内膜細胞が含まれているかどうかが検証されました。細胞の種類構成を推定する解析(CIBERSORT)の結果、線毛のない上皮細胞が最も多く、次いでマクロファージ、リンパ球が多く含まれていることが確認され、検体ごとの構成にはばらつきが見られました。この結果は、カテーテル残液が子宮内膜の情報を反映した検体として利用できることを裏づけるものです。

D3とD5のあいだでは、1,725個の遺伝子で発現量に有意な差が認められ、そのうち1,071個がD5で増加、654個がD5で減少していました。増減した遺伝子群の機能を解析したところ、走化性(細胞の移動を誘導するしくみ)、細胞接着、免疫関連の経路(T細胞活性化の調節、白血球同士の接着など)が多く含まれており、ケモカインシグナル伝達経路や自然免疫・獲得免疫に関わる複数の経路が有意に濃縮されていました。着床期には子宮内膜の免疫環境が大きく変化することが、これらの結果からもうかがえます。

57個の遺伝子で、精度83%・AUC 0.91の予測モデルに

最終的に、内膜の受容能を予測するために57個のシグネチャー遺伝子が選定されました。この遺伝子群の中では、生体アミンの代謝、MHCクラスII複合体、抗原提示に関わる機能などが濃縮されており、経路解析ではグルタチオン代謝が最も強く濃縮されていました。相関の強い上位3遺伝子(ADAMDEC1、SPP1、GPX3)については、RNAシークエンシングのデータでD5(着床可能とされる時期)における発現上昇が確認され、別の手法(RT-qPCR)による検証でも同じ傾向が再現されています。

この57遺伝子を用いてランダムフォレストで学習したモデルをテストセットに適用したところ、AUC(曲線下面積、1.0に近いほど高精度)は0.9159、正診率は83.03%、特異度85.93%、感度79.16%という結果が得られました。訓練セットでのAUCは1.00に達していましたが、論文はこれについて、訓練データ111検体に対して特徴量となる遺伝子が57個と比較的多く、過学習(モデルが訓練データに過剰に適合してしまう現象)が生じている可能性を明確に認めています。10分割交差検証や再帰的特徴削減といった手法で頑健性を高める工夫が取られたものの、より大規模で独立したデータでの検証が今後必要とされている点には留意が必要です。

既存の内膜受容能マーカー研究(ERA検査で選定された238遺伝子群や、複数のメタ解析で報告されたマーカー群など)との重なりは、SPP1、C4BPA、DPP4、GPX3、MAOA、NNMT、IDO1、CPなど、全体のおよそ2割にとどまりました。論文は、研究ごとに検体の採取時期や対象集団、解析手法の基準(発現変化の閾値など)が異なることが、この重なりの小ささに影響している可能性を指摘しています。

臨床的な意味と日本の生殖医療現場への含意

日本の生殖医療現場では、内膜組織の生検を伴う検査は患者の身体的負担が大きく、また移植周期そのものの内膜を評価できないという制約が指摘されてきました。今回示された手法は、移植の操作自体で得られる残液を利用するため、追加の侵襲的な処置を必要とせず、移植と同じ周期の内膜情報が得られる点に特徴があります。

ただし、論文自身が明記しているとおり、この研究で構築されたモデルは、移植した周期の内膜状態を移植後に評価するものであり、その周期の移植タイミングをリアルタイムで調整するためのものではありません。妊娠が成立しなかった場合に、モデルが内膜受容能の異常を示していれば次周期の内膜調整プロトコルの見直しに役立てられる一方、内膜受容能が良好と判定されれば、胚の質など他の要因に注意を向ける手がかりになるとされています。日本の臨床現場でこうした手法を取り入れる場合も、移植当日の判断材料としてではなく、次周期以降の方針決定を支える補助的な情報として位置づけることが妥当と考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、内膜生検よりも侵襲性の低い方法で、実際に妊娠に至った周期のデータを用いてモデルを構築・検証した点、そしてカテーテル残液に含まれる細胞構成や免疫関連遺伝子の変化まで詳細に解析した点にあります。

一方で限界も複数指摘されています。第一に、前述のとおり訓練セットでのAUC 1.00とテストセットでのAUC 0.91という差は過学習を示唆しており、より大規模かつ多施設のデータによる外部検証が必要です。第二に、本研究は単一施設での後方視的研究であり、選択バイアスや未測定の交絡因子の影響を否定できません。第三に、対象を「着床前」と「着床可能」の2群に絞っており、着床可能な時期を過ぎた「着床後」の内膜状態を予測できるかは検証されていません。第四に、解析対象はすべて妊娠が成立した周期の検体であり、妊娠が成立しなかった周期のデータは含まれていません。これは、着床不全の原因が胚側の要因など内膜受容能以外にも多岐にわたり、これらを十分に除外できないための判断とされていますが、着床不全例を含めた検証は今後の課題として挙げられています。

おわりに

今回の研究は、胚移植カテーテルに残った子宮液・細胞という、従来は廃棄されていた検体から子宮内膜受容能を予測できる可能性を示したものです。57個のシグネチャー遺伝子を用いたモデルは、テストセットでAUC 0.91、正診率83%という結果を示し、免疫関連の遺伝子発現の変化が着床期の内膜で重要な役割を果たしていることも確認されました。過学習の可能性や検体の偏りといった限界を踏まえたうえで、多施設・大規模なデータによるさらなる検証が、臨床応用に向けた次の課題として位置づけられています。

参考文献

1. Chen M, Zhou D, Zou Y, Wang Y, Sun J, Mao Y, Li T, Chen Y, Niu J, Pan J, Guo Y, Liang S, Zhao M, Li K, Liu W, Bukulmez O, Yeung WSB, Lu S, Sun H, Teng X. Sequencing of uterine fluid is a promising tool for predicting endometrial receptivity: a proof-of-concept study. Methods 2026;254:212-220. doi:10.1016/j.ymeth.2026.07.008.

「活性酸素の量」で胚を選ぶ──着床率を80%まで引き上げたマウスの実験

体外受精(IVF)で得られた胚盤胞の中には、形態的に高品質と判定されても、実際には着床に至らないものが少なくありません。着床率の低さは体外受精における妊娠成立を妨げる大きな要因の一つとされ、その背景には、培養環境の影響によって胚盤胞に生じる特定のタンパク質発現の乱れが関わっていると考えられてきました。

着床の成立には、胚盤胞の栄養外胚葉と子宮内膜との接着を仲介する「インテグリンα5β1」というタンパク質が重要な役割を果たします。これまでの研究では、アルギニンとロイシンという2種類のアミノ酸を培養液に加えることで、細胞内の活性酸素(ROS)レベルが上昇し、それに伴ってインテグリンα5β1の発現が高まり、胚盤胞の着床能が向上することが示されてきました。ただし、この処理を行っても、一部の胚盤胞ではインテグリンα5β1の発現が低いままにとどまることも分かっていました。

そこで、個々の胚盤胞の活性酸素レベルをあらかじめ測定し、そのレベルに応じて胚盤胞を選別することで、着床率をさらに高められるかを検証した研究が、F&S Science誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1016/j.xfss.2026.07.002)。マウスを用いた実験によって、活性酸素レベルを指標とした胚盤胞の直接選別という新しい発想を提示する内容です。

方法──20個ほどの胚盤胞を、活性酸素レベルで2群に分けた

実験に用いられたのはICR系統のマウスです。体外受精によって得られた胚盤胞を、0.2mMのL-アルギニンと0.2mMのL-ロイシンを含む培養液で24時間処理しました。その後、各胚盤胞を専用の微小格子(マイクログリッドアレイ)に1個ずつ配置し、活性酸素の指標となる蛍光試薬(CellROX Orange)と、グルタチオン(GSH、活性酸素を消去する物質)の指標となる蛍光試薬(ThiolTracker Violet)を用いて、生きたままの胚盤胞を共焦点レーザー顕微鏡で撮影しました。

1回の体外受精周期あたり約20個の胚盤胞が得られ、それぞれの活性酸素レベルを測定したうえで高い順にランク付けし、上位6個を「高ROS群」、下位6個を「低ROS群」としました。この過程を12回の独立した周期で繰り返しました。高ROS群と低ROS群の胚盤胞は、それぞれ同じ偽妊娠マウス1匹の左右異なる子宮角に移植され、移植から6日目に着床部位の数を色素法で数えました。同じ個体の中で2群を直接比較できる点が、この実験系の特徴です。

高ROS群の着床率は80.6%、低ROS群は62.5%だった

胚盤胞1個ごとの活性酸素レベルには大きなばらつきが見られた一方、グルタチオンのレベルは全体的に低く、群間での差は見られませんでした(相対値で高ROS群0.59±0.04、低ROS群0.50±0.03、有意差なし)。これに対し、実際に移植された72個ずつの胚盤胞で比較した活性酸素レベルは、高ROS群で3.89±0.11、低ROS群で2.68±0.09と、明確な差がありました(P<0.05)。

着床率については、高ROS群で80.6±4.5%、低ROS群で62.5±4.5%となり、統計学的に有意な差が認められました(P<0.05)。12匹の偽妊娠マウスのうち9匹では高ROS群のほうが着床率が高く、残る3匹では両群が同じ着床率でした。高ROS群で最も低い着床率は50.0%だったのに対し、低ROS群では33.3%まで下がる例があり、ばらつきの幅にも差が見られました。さらに、高ROS群では12匹中11匹(91.7%)が、低ROS群全体の平均着床率(62.5%)を上回っており、活性酸素レベルの高い胚盤胞を選ぶことで、着床率の底上げが期待できることを示しています。

カットオフ値は3.91――発育段階による差はなかった

活性酸素レベルの分布を見ると、値は二峰性(高い群と低い群に分かれるパターン)を示していました。この分布をもとにROC分析を行ったところ、高ROS群と低ROS群を分けるカットオフ値は3.91で、この値を用いた場合の感度は55.6%、特異度は98.6%、曲線下面積(AUC)は0.825でした。特異度の高さは、この値を上回る胚盤胞を「高ROS」と判定した場合に誤判定が少ないことを意味しますが、感度は高くないため、実際に着床能が高い胚盤胞のすべてを拾い上げられるわけではありません。

また、胚盤胞の発育段階(拡張期、孵化中、孵化完了)によって活性酸素レベルに差があるかも検討されましたが、拡張期(3.13±0.12)、孵化中(3.40±0.12)、孵化完了(3.24±0.06、ただしn=2)の間で明確な違いは見られませんでした。活性酸素レベルは、胚盤胞の見た目の発育段階とは独立した指標である可能性を示しています。

ヒトへの応用可能性と、慎重に見るべき点

インテグリンα5β1は、ヒトの胚盤胞が子宮内膜へ接着する際の栄養外胚葉の遊走にも関わっていることが知られています。マウスとヒトの胎盤は、形成過程や分子メカニズムの点で共通する部分が多いとされ、着床のごく初期の段階に限れば、マウスで得られた知見がヒトにも応用できる可能性は否定できません。今回の研究では、アルギニンとロイシンによる活性酸素の上昇が、ヒトの胚盤胞でも着床能を高める可能性が指摘されています。

ただし、基礎となる培養液の組成は動物種によって異なるため、アルギニンとロイシンが培養液中の他の成分とどのように相互作用するかは、種ごとに検証が必要とされています。また、今回用いられた蛍光色素には細胞への毒性リスクが指摘されており、着床能を測るためだけに胚盤胞へ色素を取り込ませる手法を、そのままヒトの臨床現場に持ち込むことは難しいと考えられます。今後の課題として、培養液中に排出される代謝産物を分析するなど、胚盤胞そのものに色素を加えない代替法の開発が挙げられています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、体外受精による出生児数が世界的に見ても多く、移植胚盤胞の選別方法は臨床上重要な関心事とされています。現在、形態評価やタイムラプス撮影によるAIスコアリングなど、非侵襲的に胚を評価する手法の開発が進んでいますが、今回の研究が示した活性酸素レベルという指標は、それらとは異なる切り口です。

現時点では、この手法がそのままヒトの臨床現場に導入できる段階にはありませんが、着床のごく初期に関わる分子メカニズムに着目した選別法として、今後の技術開発の方向性を示すものと位置づけられます。臨床現場では、形態評価や遺伝子検査に加えて複数の指標を組み合わせて胚の質を評価する、いわゆる「多層的な選別」の考え方が、今後さらに重要になっていくと考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、同一の偽妊娠マウスの左右の子宮角に高ROS群と低ROS群を同時に移植することで、母体側の個体差を排除しながら2群を直接比較できた点にあります。また、活性酸素レベルという指標をもとに、胚盤胞を生きたまま個別に評価し、選別に応用できることを示した点も新規性のひとつです。

一方で限界も残ります。着床率は子宮角ごとの着床部位数として数えられており、個々の胚盤胞がどの着床部位に対応するかまでは追跡できていません。そのため、算出されたカットオフ値(3.91)は、あくまで群としての傾向を示すものであり、個々の胚盤胞の着床能を確実に予測する値ではない点に注意が必要です。さらに、着床は妊娠成立の一つの指標にすぎず、活性酸素レベルの高い胚盤胞を選ぶことが、着床はしても妊娠の初期以降まで正常に発育しない胚盤胞を選んでしまうリスクを高める可能性も否定できません。今回の実験では、蛍光イメージングを行った群と行わなかった群との比較(内部対照)は設けられておらず、撮影操作そのものが胚の発育や出生率に与える影響は検証されていません。また、実験はマウス1種に限られており、異なる動物種、とりわけヒトでの再現性については今後の検証が必要とされています。

おわりに

今回の研究は、マウスの体外受精由来胚盤胞において、移植前に活性酸素レベルを測定することで、着床能の高い胚盤胞を選別できる可能性を示しました。同じ偽妊娠マウスの体内で高ROS群と低ROS群を比較したところ、着床率はそれぞれ80.6%と62.5%となり、統計学的に有意な差が認められています。活性酸素は単に胚に害を及ぼす物質としてだけでなく、インテグリンα5β1の発現を介して着床能を高める生理的な役割も担っていると考えられており、その両面性を踏まえた選別法の検討が今後の課題です。妊娠・出産までを見据えた検証や、ヒトへの応用に向けた非侵襲的な代替手法の開発など、前向きな研究の積み重ねが求められています。

参考文献

1. Asano H, Nakazato M, Fukui E, Matsumoto H. Selection of blastocysts with higher implantation potential based on reactive oxygen species levels prior to embryo transfer in mice. F&S Science 2026. doi:10.1016/j.xfss.2026.07.002.

2. Nakazato M, Matsuzaki M, Okai D, Takeuchi E, Seki M, Takeuchi M et al. Arginine with leucine drives reactive oxygen species-mediated integrin α5β1 expression and promotes implantation in mouse blastocysts. PNAS Nexus 2024;3:pgae114.

社会的卵子凍結から10年──実際に「使われ」「生まれた」のはどれくらいか

将来の妊娠に備えて健康な状態で卵子を凍結保存しておく「社会的卵子凍結」(elective oocyte cryopreservation、EOC)は、加齢や病気による治療ではなく、キャリア形成や結婚のタイミング、パートナーの不在といった非医学的な理由で選択される生殖医療の一手段です。2010年代以降、この技術は世界各地で急速に普及しており、カナダでは2010〜2016年の間に周期数が67%増加、イスラエルでは16倍、オーストラリアでは倍増、米国では15倍に増え、2022年には米国だけで年間29,000周期を超えたと報告されています。

一方で、凍結した卵子を実際に使いに戻ってくる女性の割合(帰還率)は一貫して低く、8割以上の女性が凍結後に一度も卵子を利用していないという報告もあります。そのため、凍結した卵子が最終的にどれだけ出産に結びついているのかという「その先」のデータは、これまで限られた症例数や、不妊症・がん患者を中心にしたデータに依存してきました。ラテンアメリカ地域からの長期追跡データは、とりわけ乏しいとされています。

こうした背景のもと、Reproductive BioMedicine Online誌(2026年)に、ブラジル・サンパウロの単一施設で2013年1月から2022年12月までに実施された社会的卵子凍結2,431周期を対象とした後方視的コホート研究が掲載されました。凍結した女性のうちどれだけが実際に卵子を使いに戻り、どれだけが出産に至ったのかを、10年間という長期スパンで検証した内容です(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105825)。

方法──2,073人の女性を、10年間追跡した

対象は、2013年1月から2022年12月にかけてブラジル・サンパウロの生殖医療施設で社会的卵子凍結を実施した2,073人の女性、2,431周期です。がんの治療前など医学的理由での凍結や、体外受精治療の一環としての凍結は除外されました。データ確認の結果、338周期がこの基準に該当せず除外され、最終的に2,093周期(1,783人)が解析対象となり、そのうち2,050周期(1,755人)で卵子の凍結保存に成功しました(成功率97.9%)。

凍結時の平均年齢は36.5±2.8歳、1回の周期あたりの平均凍結個数は8.4±6.4個でした。凍結後にこの施設へ戻ってきて卵子を融解・利用した女性については、体外受精治療と同様の手順で顕微授精、胚培養、必要に応じて着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)を経て、胚移植と妊娠・出産までの経過が追跡されました。

解析では、胚移植に至った周期と至らなかった周期、出産に至った周期と至らなかった周期がそれぞれ比較されたほか、追跡期間の違いを補正するため、Kaplan-Meier法による経時的な利用率の推定も行われました。

戻ってきたのは、わずか7.6%

2013年から2022年の10年間で、社会的卵子凍結の年間周期数は57周期から336周期へと、約5倍に増加しました。年を追うごとに凍結時の年齢や採卵数にも統計学的に有意な変動が見られ、施設全体としての需要拡大がうかがえる結果でした。

一方で、凍結保存に成功した1,755人の女性のうち、同じ施設に卵子を使いに戻ってきたのは134人、7.6%にとどまりました。凍結から利用までの平均期間は4.1±2.2年でした。これに加え、140人(8.0%)は保存していた卵子を他院に移送しており、その後の転帰は不明です。この他院への移送分を合わせた「利用率」の推定値は15.6%でした。凍結卵子の81.4%はなお同施設での保存が継続されており、廃棄を選んだのは4.4%にとどまっています。

追跡期間の差を補正したKaplan-Meier分析では、累積利用率は凍結後1年で0.13%、2年で1.83%、3年で4.02%、5年で9.37%と推定されました。半数以上の女性が追跡期間中に一度も利用していないため、利用までの期間の中央値は算出できませんでした。この利用率は、凍結時の年齢による差は見られなかった一方(log-rank検定P=0.24)、凍結した成熟卵子(MII卵子)の累積個数が多いグループほど、より早く、より高頻度に利用に至る傾向が示されました(log-rank検定P<0.0001)。

戻った女性の3人に2人が胚移植へ、その半数近くが出産に

実際に卵子の融解を行った134人のうち、95人(69%)が少なくとも1回の胚移植に到達しました。融解後の卵子生存率は平均82.1±23.6%でした。胚移植に至った周期と至らなかった周期を比較すると、胚移植に至った群のほうが、凍結時年齢が若く(36.4±2.7歳 vs 37.9±2.9歳、P=0.003)、採卵数・成熟卵子数・凍結個数のいずれも多いという傾向が見られました。凍結した卵子数が多い群では2前核胚(2PN)や胚盤胞、正倍数性胚盤胞の個数も有意に多く、胚移植達成には検査室レベルでの経過(融解後の生存率、受精率、胚盤胞発生率)が強く関わっていました。

胚移植を受けた95人のうち、45人(47.3%)が出産に至りました。治療を意図した全体(134人)に対する出産率は32.8%にあたります。出産に至った周期と至らなかった周期の比較では、獲得した胚盤胞の総数(3.9±2.6個 vs 2.8±1.9個、P=0.02)、胚盤胞発生率(53.0±22.1% vs 41.2±21.4%、P=0.005)、PGT-A実施の割合(59.6% vs 37.3%、P=0.04)に有意差が見られました。一方、凍結時の年齢そのものは、出産の有無とは統計学的に関連していませんでした。

何が胚移植達成を左右したのか──年齢と凍結個数の役割

凍結時に把握できる情報だけを用いた多変量ロジスティック回帰分析では、凍結時年齢が高いほど胚移植達成のオッズが低く(調整オッズ比0.86、95%信頼区間0.74〜0.99、P=0.037)、凍結した成熟卵子の累積個数が多いほどオッズが高くなる(調整オッズ比1.11、95%信頼区間1.03〜1.20、P=0.004)という関係が確認されました。

さらに、融解周期での検査室データ(融解卵子数、生存率、受精率、胚盤胞発生率、PGT-A実施の有無)を加えたモデルでは、融解した卵子数や胚盤胞発生率などの検査室レベルの指標が胚移植達成の独立した予測因子として浮かび上がった一方、凍結時年齢や凍結個数そのものは有意な予測因子ではなくなりました。研究チームは、これは凍結時点の情報がカウンセリングにおいて重要である一方、実際に治療が進むかどうかは、融解後に得られる検査室成績によって左右されることを示していると位置づけています。なお、PGT-A実施は胚移植達成のオッズを大きく下げる結果でした(オッズ比0.04)が、これは異数性(染色体数の異常)が確認された胚を移植前に除外した結果を反映したものと解釈されています。

出産に関しては、胚移植を受けた群を対象とした別の多変量モデルで、凍結時年齢、凍結から移植までの期間、胚盤胞発生率、PGT-A実施、移植胚数のいずれも統計学的に有意な予測因子とはなりませんでした。胚盤胞発生率とPGT-A実施は出産オッズとの関連が示唆される傾向にとどまっています(いずれも信頼区間が0をまたぐ境界的な結果)。研究チームは、出産の成否がこの研究で測定した項目だけでは説明しきれない、多因子的なものであることを示していると述べています。

パートナーの有無という視点──独身での凍結という選択

融解に戻った女性のうち27%が、融解の時点で独身でした。これは、パートナーがいない状況下でも生殖の選択肢を確保する手段として社会的卵子凍結が機能していることを示す結果として位置づけられています。凍結を選ぶ女性全体でみても、独身の割合は46%にのぼり、体外受精治療を受ける女性における独身の割合(2%)とは対照的です。この傾向は他国の報告とも一致しており、パートナーの不在が社会的卵子凍結を選択する主要な動機のひとつであることがうかがえます。

研究チームは、若い年齢での凍結のほうが将来の妊娠可能性は高いにもかかわらず、若い女性ほど実際には卵子を利用しない傾向があることにも触れています。自然妊娠を望む気持ちやパートナーの不在、経済的な事情がその背景として挙げられており、こうした利用率の低さは、社会的卵子凍結の費用対効果をめぐる議論にもつながる論点とされています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本でも社会的卵子凍結を実施する施設は増えていますが、凍結後にどれだけの女性が実際に利用し、どれだけが出産に至るのかという長期データは限られています。今回の結果は、凍結すること自体が将来の妊娠を保証するものではなく、実際に利用に至る女性は一部にとどまること、そして利用に至った場合でも、出産率は凍結時の年齢だけでは説明しきれない複数の要因に左右されることを示しています。

臨床現場でのカウンセリングにおいては、凍結時の年齢と成熟卵子の獲得個数が、その後の治療進展の見通しに関わる重要な情報として位置づけられます。今回のデータでは、凍結した成熟卵子が15個以上あったグループのほうが、より早期に、より高い頻度で利用に至っていました。一方で、実際に出産まで到達できるかどうかについては、年齢そのものよりも融解後の検査室成績が大きく関わっており、単純な「若いうちに多く凍結すれば安心」という説明だけでは不十分である可能性が示唆されています。

日本の生殖医療の説明の場では、社会的卵子凍結を「将来の妊娠を保証する保険」としてではなく、成功率に幅のある選択肢のひとつとして位置づけたうえで、凍結時期や個数についての現実的な見通しを共有することが、今後の議論の出発点になると考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、単一施設ながら2,073人、2,431周期という大規模な10年間のコホートであること、ラテンアメリカ地域からの初めての長期報告であること、そして他院への移送分も含めた利用率の推定を行っている点にあります。時間経過を考慮したKaplan-Meier分析と多変量回帰分析を組み合わせることで、単純な帰還率と、追跡期間を補正した累積利用率という2つの視点からの評価が可能になっています。

一方で限界もあります。第一に後方視的な観察研究であり、詳細な背景因子の情報が限られています。第二に単一施設のデータであるため、他の医療体制や社会背景を持つ国への一般化には注意が必要です。第三に、一部の統計解析ではオッズ比の信頼区間が非常に広く、症例数の少なさを反映していると考えられ、効果の大きさそのものよりも関連の有無を示す結果として解釈すべきだとされています。第四に、他院へ卵子を移送した女性の転帰は追跡できておらず、真の利用率や出産率はこの研究で示された数値よりも高い可能性があります。

おわりに

今回の研究は、社会的卵子凍結を選んだ女性のうち、実際に卵子を使いに戻るのは10人に1人に満たないこと、そして戻った女性の中でも出産に至るのはおよそ半数程度であることを、10年間という長期データで具体的に示しました。凍結時の年齢と成熟卵子の個数は、その後の治療進展の見通しに関わる一方、実際の出産の成否は複数の要因が絡み合う結果であることも明らかになっています。今回の知見は、社会的卵子凍結を検討する女性への説明や、凍結後のフォローアップ体制のあり方を考えるうえでの土台となるものであり、今後は他の医療体制のもとでの追跡データとの比較が課題になるとされています。

参考文献

1. Chéles DS, Alegretti JR, Gomes C, Domingues TS, Panzan MQ, Motta ELA, Caetano JPJ, Chehin MB, Lorenzon AR. A decade of elective egg freezing in Brazil: reproductive outcomes of women using stored oocytes. Reprod Biomed Online 2026;53(4):105825. doi:10.1016/j.rbmo.2026.105825.

プログラム周期での凍結融解胚移植──専門家27名が示した17の合意事項

凍結融解胚移植(FET)における子宮内膜の準備法には、大きく分けて自然排卵を利用する方法(真の自然周期、あるいはhCGでタイミングを合わせる修正自然周期)と、外因性のエストロゲンとプロゲステロンで子宮内膜を整える「プログラム周期(ホルモン補充周期)」がある。GnRHアゴニストトリガーの普及や凍結技術の進歩により、fresh胚移植を行わずすべての胚をいったん凍結する「フリーズオール」戦略が広がるなか、FETの実施件数自体が世界的に増加している。

プログラム周期は、通院回数が少なく移植日程を柔軟に組める利点がある一方、複数の非ランダム化研究では、黄体を伴う周期に比べて妊娠高血圧症候群や巨大児のリスク上昇との関連が指摘されてきた。エストロゲンの投与経路や用量、黄体補充の期間や中止方法など、臨床上の細部については明確なエビデンスが乏しく、施設ごとに運用が大きく異なっているのが実情である。

こうした未解決の論点を整理するため、Reproductive Biomedicine Online誌(2026年)に、国際的な生殖医療専門家によるデルファイ・コンセンサスの結果が報告された(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105820)。科学委員会が作成した17のステートメントについて、27名の拡大専門家パネルが5段階評価で賛否を投票し、最終的に17項目すべてが合意基準を満たすという結果になった。

方法──17のステートメントを、27名の専門家が3ラウンドで評価した

本コンセンサスは、1名の科学コーディネーターと5名の専門家からなる科学委員会が、文献と専門家意見に基づいて17のステートメントを作成することから始まった(ラウンド1)。続いて、科学委員会メンバーを含む27名の拡大専門家パネル(欧州13名、中東4名、北アフリカ1名、アジア3名、北米4名、南米2名)が、5件法(1=強く賛成〜5=強く反対)でオンライン投票を行った(ラウンド2)。参加者の66%以上が賛成または反対のいずれかに一致した場合に合意が成立したとみなされた。最後に、投票結果を共有するウェブ会議が開かれ、最終報告書がまとめられた(ラウンド3)。

ラウンド2の投票では、17項目すべてが1回の投票で合意基準を上回った。ステートメント2は100%の賛成を得たほか、6項目が90%超、9項目が80%超、残る1項目(ステートメント9)も74.1%の賛成を得ている。

プログラム周期か排卵周期か──「柔軟性」と引き換えの産科リスク

ステートメント1は「プログラム周期かどうかは、利点(予測可能性・柔軟性)と欠点(妊娠高血圧症候群、産後出血、在胎不当過大児のリスク約1.5倍の増加)を丁寧に説明したうえで、患者との共同意思決定とすべきである」というもので、81.5%の賛成を得た。根拠となったメタ解析では、プログラム周期は自然周期FETに比べて、妊娠高血圧症候群のオッズ比が1.90(95%信頼区間1.64〜2.20)、子癇前症が2.11(1.87〜2.39)、産後出血が2.53(2.19〜2.93)、帝王切開が1.62(1.53〜1.71)と、いずれも有意に高いことが示されている。ただし、これらは非ランダム化研究に基づく低〜非常に低い質のエビデンスであり、臨床実践への直接の勧告にはつながらないとされている。

2026年に発表された中国での大規模ランダム化比較試験(4,376名)でも、自然排卵周期のほうがプログラム周期より子癇前症のリスクが低いという結果(2.9% vs 4.6%、相対危険度0.63、95%信頼区間0.43〜0.94、p=0.02)が示された。もっとも、この上昇は妊娠34週以降に発症する軽症の子癇前症が中心であり、早発型の重症例が増えているわけではない点も付言されている。パネルは、排卵周期が可能な患者では優先すべきとしつつも、月経不順や無排卵などでプログラム周期しか選択肢がない患者も一定数存在することから、個々のリスクに応じた判断が重要だとしている。

GnRHアゴニストによる下垂体抑制は「原則不要」

ステートメント2「プログラム周期の前にGnRHアゴニストによる下垂体のダウンレギュレーションを日常的に行う必要はない」は、17項目のなかで唯一100%の賛成を得た。根拠となったコクランレビューでは、GnRHアゴニストの併用の有無で生児出生率(オッズ比0.92、95%信頼区間0.71〜1.19)に明確な差は認められておらず、パネルは固定用量のエストロゲン投与のみで大多数の患者の卵胞発育を十分に抑制できるとの見解を示した。

エストロゲンの投与経路(経口・経皮・経腟)についても、経腟投与のデータはまだ限られるものの、いずれも同程度に有効とする見方が92.6%の賛成を得た(ステートメント3)。増量法と固定用量法の比較でも生児出生率に明確な差はみられず(ステートメント4、92.6%)、投与期間は7〜35日の幅があってよいが10〜28日がより望ましい可能性があるとされた(ステートメント5、88.9%)。ある単施設コホート研究では、投与が28日を超えると生児出生率が低下し(オッズ比0.66、p=0.026)、35日を超えると早期流産のオッズ比が2.37に上昇したと報告されている。

プロゲステロン投与開始前の血中エストラジオール値やLH値のルーチンモニタリングについても、パネルはその意義に懐疑的な立場をとった。生児出生は幅広いエストラジオール濃度域で成立しており(ステートメント6、92.6%)、LHについても投与前の測定が必須とはいえない(ステートメント7、88.9%)との判断が示されている。一方で、プロゲステロン投与開始前の血中プロゲステロン測定については、内因性プロゲステロンによる早期の黄体化(いわゆる「エスケープ排卵」、下垂体抑制を行わない周期の1.9〜7.4%で起こりうる)を見逃さないため、実施を検討すべきとされた(ステートメント8、81.5%、専門家意見)。

プロゲステロン補充──投与経路より「濃度」と「タイミング」が鍵

黄体補充の投与経路(経腟・皮下・筋肉内)については、同程度の成績が得られるとする見解が74.1%の賛成にとどまり、17項目のなかで唯一20%を超える反対(11.1%が「強く反対」)が示された、最も意見の分かれたステートメントとなった(ステートメント9)。経腟プロゲステロン単独では十分な血中濃度が得られない患者が一定数存在するため、複数経路の併用が臨床現場で広く行われている。特に米国では、生児出生率の観点から筋肉内投与が好まれる傾向がある。

移植日までのプロゲステロン投与期間については、初期胚(day3)では4日間、胚盤胞(day5)では6日間が目安とされ、day6で凍結された胚盤胞ではむしろ7日間の投与のほうが良好な成績(生児出生率44.8% vs 36.45%、p=0.039)につながる可能性が示された(ステートメント10、85.2%)。

移植当日(またはその前日)の血中プロゲステロン濃度が10ng/ml未満の場合、経腟投与単独では生児出生率が低下しうるとするステートメント11は92.6%の賛成を得た。メタ解析では、10ng/mlを上回る群は下回る群に比べて妊娠継続・生児出生の相対危険度が1.47(95%信頼区間1.28〜1.70)であったが、採血のタイミングが最終投与から何時間後かで測定値が変動するため、施設内での標準化が前提となる。低濃度が確認された場合には、注射剤・坐剤や経口ジドロゲステロンの追加投与(レスキュー)により、十分な濃度の患者と同程度の成績が得られる可能性が高いとする見解も96.3%の賛成を得た(ステートメント12)。

黄体補充の継続期間については、比較試験のデータが乏しいなかで、妊娠10〜12週まで継続するのが一般的な運用であるとされ(ステートメント13、81.5%、専門家意見)、中止の方法については急な中止と漸減のどちらでも大きな差はないと考えられている(ステートメント14、88.9%、専門家意見)。

生児出生率はプロトコル間でおおむね同等

プログラム周期、真の自然周期、修正自然周期のあいだで、生児出生率は同程度と考えられるとするステートメント15は88.9%の賛成を得た。2024年にLancet誌に発表されたベトナムでのランダム化比較試験では、1回の移植あたりの生児出生率は真の自然周期37%、修正自然周期33%、プログラム周期34%と、いずれも近い値であった。2026年に発表されたより大規模な中国での多施設ランダム化比較試験(4,376名)でも、健常な生児出生率は自然排卵群41.6%、プログラム周期群40.6%(相対危険度1.03、95%信頼区間0.96〜1.10)と、有意差は認められていない。プログラム周期は通院回数や超音波・ホルモンモニタリングの負担を軽減できる点が実務上の利点として挙げられ(ステートメント16、85.2%)、遠方から通院する患者にとっては、1回の受診で移植日程を確定できる柔軟性が特に有用とされている。

それでも残る産科リスクの差──排卵周期を「基本」とする根拠

ステートメント17は「観察研究、メタ解析、および1件のランダム化比較試験によれば、プログラム周期は自然周期・修正自然周期・軽刺激周期などの排卵周期に比べて、母体・産科リスクの増加と関連する」という内容で、92.6%の賛成を得た。56,445例の自然周期FETと57,231例のプログラム周期FETを含むメタ解析では、自然周期FETのほうが、在胎不当過大児(オッズ比0.88)、巨大児(0.81)、低出生体重(0.81)、早期流産(0.73)、早産(0.80)、超早産(0.66)、妊娠高血圧症候群(0.60)、子癇前症(0.50)、前置胎盤(0.84)、産後出血(0.43)のいずれについても、リスクが低いという結果が示されている。

この絶対リスク差から算出された「治療必要数(何人にプログラム周期を行うと1人に有害事象が増えるか)」を見ると、産後出血は19.2人、子癇前症は27.8人、妊娠高血圧症候群は45.5人に1人という水準であった。数値としては決して低くはないものの、多くの患者にとって絶対リスクの上昇自体は限定的であることも示唆される。パネルは、排卵周期が可能な女性ではこちらを基本の選択肢とすべきとしつつ、個々の産科リスク因子を踏まえた判断の必要性を強調している。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、月経不順や遠方からの通院、仕事との両立などを理由に、プログラム周期による凍結胚移植が広く選択されている。今回の合意は、GnRHアゴニストによる下垂体抑制やLH・エストラジオールのルーチンモニタリングを省略しても、大多数の患者では成績に影響しない可能性を示しており、通院負担の軽減という観点からは後押しとなる内容といえる。一方で、産科リスクに関する複数のメタ解析やランダム化比較試験の結果は、可能な場合には排卵周期を優先する方向性を支持しており、月経が規則的で通院に大きな制約がない患者への説明のあり方について、あらためて検討する余地があることを示している。

黄体補充については、経腟プロゲステロン単独で十分な血中濃度が得られない患者が一定数存在することを踏まえ、移植前後の血中プロゲステロン測定と、必要に応じた複数経路の併用という考え方が、日本の臨床現場でも参考になりうる。ただし、測定のタイミングを施設内で標準化しなければ、値の解釈自体が難しくなる点には注意が必要である。

研究の強みと限界

本コンセンサスの強みは、欧州・中東・北アフリカ・アジア・北米・南米という6地域から集まった27名の専門家が議論に参加し、地域による診療実態の違いを反映した合意を形成した点にある。17項目すべてが1回目の投票で合意基準に達したことも、論点の整理が的確であったことを示している。

一方で限界も存在する。各ステートメントはあくまで専門家の集合的な見解であり、根拠として引用された研究の多くは観察研究で、交絡因子の調整が不十分なものも含まれる。ステートメント9のように意見が分かれた項目もあり、投与経路の選択には依然として施設間・地域間のばらつきが大きいことがうかがえる。また、スポンサーとなった製薬企業の関係者が原稿の一部作成に関与しているため、利益相反の観点からの留意も必要である。

おわりに

今回のデルファイ・コンセンサスは、プログラム周期による凍結融解胚移植について、GnRHアゴニストによる下垂体抑制の省略やモニタリングの簡略化が可能な範囲、黄体補充における投与経路・期間・レスキューの考え方、そして排卵周期との産科成績の違いまでを、国際的な専門家の視点から整理したものである。プロトコル選択は一律の答えを求めるものではなく、個々の患者の月経パターン、既往歴、通院可能な範囲、施設の運用体制などを踏まえた個別化が求められる。今後は、どの患者群がプログラム周期による産科リスク上昇の影響を特に受けやすいのかを明らかにする、質の高い比較試験の蓄積が課題として残されている。

参考文献

1. Ata B, Devine K, Humaidan P, Mumusoglu S, Garcia Velasco J, Wu IH, Schwarze JE, D’Hooghe T, Yarali H, on behalf of the Collaborators in the Programmed FET Delphi Consensus Group. Expert opinion on best practice in programmed frozen embryo transfers: a Delphi consensus. Reprod Biomed Online 2026;53(3):105820. doi:10.1016/j.rbmo.2026.105820.

自然周期の凍結胚移植──黄体補充は本当に必要か

凍結融解胚移植(FET)は、体外受精治療において広く行われている手法です。移植前の子宮内膜の準備方法には、排卵誘発剤を使わずに自然の排卵周期を利用する「自然周期FET(NC-FET)」と、ホルモン剤で子宮内膜を人工的に整える「ホルモン補充周期(HRT-FET)」があります。NC-FETでは、卵巣刺激周期に見られるような黄体機能不全が起こりにくいと理論的には考えられていますが、実際の臨床現場では、移植後の妊娠成立を後押しする目的で、黄体ホルモン剤(黄体補充、LPS)がしばしば投与されています。

この黄体補充が本当に必要かどうかについては、これまでの研究で結論が一致していません。腟内プロゲステロン製剤を用いた複数のランダム化比較試験(RCT)では生児出生率の改善が報告される一方、hCGトリガーの有無を比較した試験や複数の後方視的研究では、有意な効果が示されていません。こうした背景のもと、経口黄体ホルモン剤であるジドロゲステロンを用いた黄体補充と、薬剤を一切使用しない群とを比較した大規模な後方視的研究が、BMC Pregnancy and Childbirth誌(2026年、Article in Press)に掲載されました(doi:10.1186/s12884-026-09550-y)。

方法──2施設、2,657周期を、薬剤の有無で比較した

対象は、中国・香港大学深圳病院(2015年〜2023年)と上海交通大学医学院附属第六人民医院(2023年のデータ)の生殖医療センターで実施されたNC-FET周期です。43歳を超える女性、子宮の器質的異常がある患者、無精子症の男性因子、重症の子宮内膜症、内分泌・代謝疾患、無月経や習慣流産の既往がある患者などは除外されました。

自然周期では、卵胞径が14mmを超えた時点から血中エストラジオール(E2)、プロゲステロン(P4)、黄体形成ホルモン(LH)を連日測定し、直前3日間の平均値の2倍を超え、かつ絶対値が20 IU/Lを上回った時点を「LHサージ」と定義しました。LHサージから3日目に分割期胚(day2)を、6日目に胚盤胞を移植する方法が取られています。LHサージの3日目から、一方の群には経口ジドロゲステロン(1回10mg、1日3回、合計30mg/日)を投与し、もう一方の群には薬剤を投与しませんでした。主要評価項目は胚移植あたりの生児出生率で、副次評価項目として陽性妊娠率、臨床妊娠率、着床率、流産率、異所性妊娠率、多胎率が設定されました。

背景因子を揃えると、両群の差は消えた

解析対象となった2,657周期のうち、黄体補充群は1,160周期、無投薬群は1,497周期でした。傾向スコアマッチング(PSM)前の時点では、女性の年齢、BMI、不妊期間、胞状卵胞数、E2値、移植胚数、続発性不妊の割合などに有意な差があり、単純比較はできない状態でした。そこで、これら8つの変数について1対1のマッチングが行われ、両群802周期ずつが解析対象として残されました。マッチング後は、すべての背景因子で有意差が消え、両群はほぼ揃った集団になりました。

この揃った集団で比較すると、生児出生率は黄体補充群27.930%、無投薬群32.173%(P=0.064)、臨床妊娠率は33.416%対38.030%(P=0.054)、着床率は27.322%対29.636%(P=0.229)と、いずれも統計学的に有意な差は認められませんでした。数値としては無投薬群のほうがやや高い傾向にありましたが、これは黄体補充が有害であることを意味するものではなく、両群の差が偶然の範囲内にとどまったと解釈されています。流産率(16.418%対15.635%、P=0.798)、異所性妊娠率(0.374%対0.748%、P=0.315)、多胎率(2.868%対2.369%、P=0.532)についても、有意差は見られませんでした。

分割期胚移植でも、胚盤胞移植でも、結果は変わらなかった

分割期胚(day2)移植と胚盤胞移植とでは、もともとの妊娠率や生児出生率の水準が異なるため、研究チームはこの2つを分けたサブグループ解析も行いました。分割期胚移植のサブグループ(黄体補充群473周期、無投薬群461周期)では、生児出生率21.353%対24.295%(P=0.284)。胚盤胞移植のサブグループ(黄体補充群329周期、無投薬群341周期)では、生児出生率37.386%対42.815%(P=0.152)と、いずれの区分でも有意差は認められませんでした。着床率、流産率、異所性妊娠率、多胎率についても同様に、両群間の差は統計学的に有意ではありませんでした。

なぜ自然周期では黄体補充が不要なのかもしれないのか

卵巣刺激を伴う新鮮胚移植周期で黄体機能不全が生じやすいのは、過剰なステロイドホルモンが視床下部・下垂体系にフィードバックをかけてLHサージを妨げること、また採卵の際に卵胞内の顆粒膜細胞が除去されてしまうことが背景にあるとされています。これに対して自然周期では、卵胞が自らの排卵に至るまで発育し、その後の黄体形成も生理的な過程として進むため、理論上は黄体機能不全が起こりにくいと考えられます。今回の研究チームは、実際にLHサージの起点をもとに移植日を決定する厳密な自然周期プロトコルを採用しており、この設定のもとでは薬剤の追加が結果を大きく変えなかったと報告しています。

ジドロゲステロンの用量については、体外受精の新鮮胚移植周期を対象にしたLotus I・IIという大規模RCTで、1日30mgという用量が黄体補充として許容可能かつ有効であることが示されています。研究チームは以前、ホルモン補充周期(HRT-FET)でも同じ30mg/日のジドロゲステロンと腟用プロゲステロンゲルを比較し、同等の成績を報告していました。今回はその知見を自然周期に応用した形ですが、有意な上乗せ効果は確認されませんでした。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本の生殖医療の現場では、NC-FETにおける黄体補充の要否について、施設ごとに運用が分かれているのが実情です。今回の結果は、少なくとも今回と同様の厳密なLHサージ判定プロトコルを用いる場合には、経口ジドロゲステロンの追加投与が生児出生率や臨床妊娠率を明確に押し上げるとは言えないことを示しています。患者にとっては、内服薬という負担が一つ減る可能性がある一方、無投薬でも妊娠・出産の成績が損なわれるわけではないという安心材料にもなり得ます。

一方で、この結果がすべてのNC-FETプロトコルに一般化できるわけではありません。LHサージの検出方法や、hCGトリガーを用いる「修正自然周期」を採用している施設では、黄体補充の位置づけが異なる可能性があります。医師と患者のあいだでは、施設が採用している自然周期の方式に応じて、黄体補充の要否を個別に説明することが引き続き重要になると考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、2,657周期という規模の大きさと、傾向スコアマッチングによって背景因子の偏りを調整した点、さらに分割期胚移植と胚盤胞移植を分けてサブグループ解析を行った点にあります。経口ジドロゲステロンと無投薬という2群を直接比較した研究はこれまで乏しく、その意味でも新規性のあるデータです。

一方で限界もあります。第一に後方視的研究であり、黄体補充の有無は無作為に割り付けられたものではないため、選択バイアスの可能性は否定できません。第二に、LHサージ後の排卵そのものを超音波で確認していないため、一部の周期で想定と異なるタイミングで排卵が起きていた可能性があります。第三に、対象は中国人女性に限られており、他の集団への一般化には注意が必要です。研究チームは、今後は前向きのランダム化比較試験によって、経口ジドロゲステロンの位置づけをさらに検証する必要があるとしています。

おわりに

今回の研究は、経口ジドロゲステロンによる黄体補充と無投薬とを比較し、傾向スコアマッチング後の生児出生率、臨床妊娠率、着床率、流産率のいずれにも統計学的に有意な差がないことを示しました。分割期胚移植・胚盤胞移植のいずれのサブグループでも同様の結果が得られており、厳密なLHサージ判定に基づく自然周期FETでは、黄体補充の上乗せ効果が限定的である可能性を示唆する結果と言えます。ただし本研究は後方視的分析であり、今後の前向き研究による検証が引き続き求められています。

参考文献

1. Ye T, Shao H, Huang Y, Lin S, Ding S, Li Y. Comparison between oral dydrogesterone versus no drugs in clinical outcome within the natural cycle-frozen-thawed embryo transfer cycle: a retrospective analysis. BMC Pregnancy Childbirth. 2026. doi:10.1186/s12884-026-09550-y.

正常な胚を移植しても流産──子宮筋腫の「大きさ」がカギ

流産は生殖補助医療(ART)における妊娠不成立の主要な原因の一つであり、身体的・心理的・社会的な負担が大きいことが知られています。従来、早期の妊娠喪失は胚の染色体異数性に起因するところが大きいとされてきましたが、それ以外にも母体の免疫機能異常、血栓性素因、性器の形態異常、感染症、子宮因子など、複数の要因が関与すると考えられています。

子宮因子のなかでも、子宮筋腫は生殖年齢女性に最も多い良性腫瘍です。骨盤痛や不正出血、圧迫症状だけでなく、妊娠・出産の成績にも影響しうることが指摘されてきました。とりわけ筋層内筋腫(intramural fibroids)については、妊娠率や生児出生率を下げるとする報告がある一方、流産リスクとの関連は一致した結論が出ていません。多くの先行研究が「筋腫の有無」のみに着目し、大きさや個数といった定量的な特徴を十分に考慮してこなかったことが、結果のばらつきを生んだ一因とみられています。

こうした背景のもと、Fertility and Sterility誌(2026年)に、着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)で正倍数性が確認された単一胚盤胞を移植した筋層内筋腫合併の不妊女性557例を対象とする、大規模な後方視的コホート研究が掲載されました。胚の染色体異常という流産の主要因をあらかじめ除外した状態で、筋腫のどのような特徴が流産リスクと関連するのかを検証した内容です(doi:10.1016/j.fertnstert.2026.07.008)。

方法──筋層内筋腫を持つ女性の、単一正倍数性胚移植を追跡した

対象は、北京大学第三医院で2018年1月から2025年4月までにPGT周期を実施し、経腟超音波検査で子宮腔の変形や子宮内膜への圧迫を伴わない筋層内筋腫(FIGO分類4型・5型)が確認された不妊女性です。次世代シークエンシング(NGS)で正倍数性と判定された単一の融解胚盤胞を移植し、胚移植後24〜30日の超音波検査で子宮内妊娠が確認された初回移植周期に限定されました。粘膜下筋腫(FIGO3型)や筋腫核出術の既往、子宮奇形、子宮内癒着、腺筋症や子宮内膜症の合併、自己免疫疾患や血栓性素因を有する例は除外されています。

妊娠成績は、妊娠12週未満での妊娠喪失(稽留流産・自然流産を含む)を「早期流産群」、12週以降も妊娠が継続した例を「妊娠継続群」として比較されました。筋腫については、個数(単発・多発)、FIGO分類、最大径、部位(前壁・後壁・側壁・子宮底部)が超音波で系統的に評価されています。統計解析では、早期流産の頻度がまれではなかった(子宮内妊娠の17.6%)ことから、多変量解析には修正ポアソン回帰が用いられ、母体年齢、BMI、抗ミュラー管ホルモン(AMH)、不妊期間、内膜調整法などの交絡因子を調整したうえで、筋腫最大径・胚盤胞発育日数(D5対D6/7)・内細胞塊(ICM)グレードとのリスク比(RR)が算出されました。

557例中98例(17.6%)が早期流産──筋腫径で明確な差

PGT周期を経て単一正倍数性胚盤胞移植を受けた1,421例のうち、子宮内妊娠が確認されたのは557例(39.2%)でした。このうち98例(17.6%)が早期流産、459例(82.4%)が妊娠を継続し、442例(79.4%)が出産に至りました。出産例における早産率は12.7%、低出生体重児の割合は5.7%でした。

背景因子の比較では、母体年齢やBMI、不妊期間、AMHなど多くの項目で両群に差はありませんでしたが、筋腫の最大径は早期流産群で有意に大きく(中央値1.8cm対1.5cm、P=0.046)、筋腫の個数や部位、子宮容積、頸管長には有意差が見られませんでした。胚の質に関しては、D5(採卵5日目)胚盤胞の割合が早期流産群で有意に低く(32.7%対45.5%、P<0.001)、ICMグレードも早期流産群で有意に不良でした(P=0.003)。

筋腫径1cmごとに流産リスク1.22倍、ICMグレードCはさらに大きなリスク

母体年齢、BMI、AMH、不妊期間、内膜調整法を調整した修正ポアソン回帰分析では、筋腫の最大径が1cm大きくなるごとに早期流産のリスクがおよそ1.22倍になることが示されました(RR 1.216、95%信頼区間1.043〜1.401、P=0.002)。ICMグレードCの胚は、グレードAの胚と比べて流産リスクがおよそ5.2倍でした(RR 5.199、95%信頼区間1.841〜13.946、P<0.001)。D6/7胚盤胞についても、D5胚盤胞と比べて流産リスクが高い傾向が見られましたが、95%信頼区間が1をまたいでおり(RR 1.493、95%信頼区間0.978〜2.325、P=0.044)、境界域の関連として慎重な解釈が求められています。

このモデルの識別能はAUC 0.656(95%信頼区間0.597〜0.714)にとどまり、キャリブレーションは良好でした(P=0.398)。流産が多因子性の現象であることを踏まえれば、この程度の識別能は想定内といえます。また、各説明変数の分散拡大係数(VIF)は1.021〜1.158と、多重共線性を疑う水準(10以上)を大きく下回っていました。

なぜ、これまでの研究では関連が見えなかったのか

粘膜下筋腫が妊娠・出産に悪影響を及ぼすことはほぼ確立された知見ですが、筋層内筋腫と流産リスクの関係は長らく議論の的でした。5,512例の妊婦を対象とした前向きコホート研究では、交絡因子を調整すると筋腫の有無による流産リスクの増加は認められず(調整ハザード比0.83、95%信頼区間0.63〜1.08)、1,394例の筋腫合併例と20,435例の非合併例を含むメタ解析でも、有意差は示されていません(リスク比1.16、95%信頼区間0.80〜1.52)。

今回の研究チームは、こうした結果の食い違いについて、多くの先行研究が筋腫の「有無」だけに着目し、大きさや個数といった個人差の大きい特徴を十分に考慮してこなかった点を指摘しています。筋腫の負担は個人によって大きく異なるため、量的な特徴を反映しない解析では、異なる集団間で一貫しない結果が生じやすいという考え方です。今回のように、胚の染色体異常という交絡因子をPGTであらかじめ除外したうえで、筋腫径という連続変数を用いて評価したことが、この研究の特徴になっています。

胚の質も、独立した予測因子だった

興味深いのは、正倍数性が確認された胚同士を比べても、胚の質そのものが流産リスクと関連していた点です。D6/7胚盤胞はD5胚盤胞に比べて代謝活性やエピジェネティックな調節に違いがある可能性があり、着床後の発育を維持する力に差が出ることが考えられます。また、ICMは将来の胎児となる部分であるため、そのグレードが低いことは、胚そのものの発育能力が低いことを反映している可能性があります。染色体数に異常がない「正倍数性」の胚であっても、形態学的な質、とくにICMグレードは、移植胚を選ぶ際の重要な判断材料になりうることを、この結果は示しています。

筋腫を摘出すれば流産は防げるのか

筋腫核出術(筋腫を外科的に摘出する手術)は、生殖に対する悪影響を軽減する手段として期待されてきました。しかし、別のメタ解析では、筋腫核出術を受けた群と筋腫を温存した群のあいだで、臨床妊娠率に有意差は認められていません(オッズ比1.10、95%信頼区間0.77〜1.59)。手術による子宮への侵襲や筋層の構造変化が、筋腫を取り除く利益を相殺している可能性が考えられます。今回の研究は筋腫が大きいほど流産リスクが高いことを示しましたが、一定の大きさを超えた筋腫について筋腫核出術が実際に流産率を下げるかどうかは、依然として明らかになっていません。無作為化比較試験を含む前向き研究による検証が必要とされています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、筋層内筋腫を持つ患者への胚移植の可否について、筋腫の大きさを定量的に組み込んだ統一的な基準が確立されているとは言えない状況です。今回の結果は、筋腫の「有無」だけでなく「大きさ」を評価に組み込むことの重要性を示しています。とくに、比較的大きな筋層内筋腫を持つ患者に対して移植の可否や説明の仕方を検討する場面では、筋腫径を一つの参考指標として位置づけられる可能性があります。

一方で、この研究のRRは1cmあたり1.22倍というゆるやかな傾きであり、ICMグレードによるリスクの大きさ(5.2倍)と比べれば影響は限定的です。臨床現場では、筋腫径のみを理由に移植の可否を判断するのではなく、胚の質や母体背景を含めた総合的な評価のなかに、筋腫径という一つの情報を加えるという位置づけが妥当と考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、PGTによって胚の染色体異常という主要な交絡因子を除外したうえで、筋腫の大きさという定量的な指標と流産リスクの関係を検証した点にあります。単一施設で1,421周期という規模のデータを、系統的に記録された臨床情報から解析している点も特徴です。

一方で限界も少なくありません。第一に、後方視的な単一施設研究であり、生活習慣や培養条件など測定されていない交絡因子の影響を完全には排除できません。第二に、筋腫の内膜への近接度や血流、筋腫全体の体積といった特徴は評価されておらず、これらが独立した影響を及ぼしている可能性が残ります。第三に、そして最も重要な点として、この研究の対象は「子宮内妊娠が成立した」患者に限定されています。筋腫が着床そのものを妨げていた可能性のある症例は、この時点で解析対象から除外されてしまっているため、今回示されたリスク比は、着床が成立した後に限定された関連(条件付きの関連)として解釈する必要があり、筋腫が妊娠成立全体に及ぼす影響を過小評価している可能性があります。

おわりに

今回の研究は、胚の染色体異常を除外した条件下で、筋層内筋腫の最大径が早期流産の独立した予測因子であることを示すとともに、ICMグレードという胚の質的指標も同様に重要な役割を果たすことを明らかにしました。筋腫の「有無」ではなく「大きさ」に着目する視点は、これまで一致しなかった先行研究の結果を整理するうえでの手がかりになり得るものです。今回の知見をただちに一律の診療変更に結びつけるのではなく、前向き研究や筋腫核出術の効果を検証する臨床試験によって、さらに検証を重ねていく必要があるとされています。

参考文献

1. Wang C, Zhang X, Chen L, Wang Y, Li R. Influencing factors for early miscarriage after frozen-thawed euploid blastocyst transfer in patients with intramural uterine fibroids. Fertil Steril 2026; doi:10.1016/j.fertnstert.2026.07.008.

2. Hartmann KE, Velez Edwards DR, Savitz DA, et al. Prospective Cohort Study of Uterine Fibroids and Miscarriage Risk. Am J Epidemiol 2017;186:1140-8.

3. Sundermann AC, Velez Edwards DR, Bray MJ, Jones SH, Latham SM, Hartmann KE. Leiomyomas in Pregnancy and Spontaneous Abortion: A Systematic Review and Meta-analysis. Obstet Gynecol 2017;130:1065-72.

4. Pritts TL, Ogden M, Parker W, Ratcliffe J, Pritts EA. Intramural Leiomyomas and Fertility: A Systematic Review and Meta-Analysis. Obstet Gynecol 2024;144:171-9.

反復着床不全は、心にどう影響するか──女性に重くのしかかる負担

体外受精や顕微授精による生殖補助医療において、胚移植を繰り返しても妊娠に至らない状態は「反復着床不全(RIF)」と呼ばれます。一般には3回の胚移植を経ても妊娠反応が陽性にならない場合と定義され、生殖補助医療を受ける夫婦のおよそ10〜20%が経験するとされています。不妊そのものが心理的な負担を伴うことは広く知られていますが、反復着床不全に特化した心理的影響については、これまで断片的な研究が積み重ねられてきたにとどまり、包括的な整理は十分になされてきませんでした。

反復着床不全は、単なる不妊治療の延長ではなく、質的に異なる心理的経験である可能性が指摘されています。移植のたびに希望と落胆を繰り返すという特有の経過が、うつや不安にどのような影響を及ぼすのか。そして、女性と男性でその現れ方に違いはあるのか。こうした問いに答えるべく、General Hospital Psychiatry誌(2026年)に、1995年から2025年までに発表された文献を対象としたシステマティックレビューとメタ解析が掲載されました(doi:10.1016/j.genhosppsych.2026.07.001)。

方法──28件の研究を、性別・時間経過別に統合した

PubMed、EMBASE、PsychInfoの3つのデータベースを用い、PRISMAガイドラインに沿って1995年1月から2025年11月までの文献が検索されました。対象は、反復着床不全(厳密な定義では2〜3回以上の胚移植不成功)を経験した男女における、生活の質、うつ、不安、パートナーシップ・社会的関係、レジリエンス(精神的な回復力)、コーピング戦略に関する研究です。最終的に28件の研究が組み入れられ、その内訳は厳密なRIF定義を満たす研究が9件、胚移植の周期数のみに基づく定義が12件、治療期間1年以上という定義が7件でした。研究デザインは横断的な質問紙調査が18件、縦断的なコホート研究が8件、質的研究が2件です。うつについては3件の研究(RIF群の女性125人 対 対照群168人など)、不安については状態不安で5件、特性不安で3件のデータを用いてメタ解析が行われ、結果は標準化平均差(MD)と95%信頼区間で示されました。

うつも不安も、女性のほうが重く出た

メタ解析の結果、反復着床不全を経験した女性はうつスコア(ベック抑うつ質問票、BDI)が対照群より有意に高く(MD 0.69、95%信頼区間0.45〜0.93)、男性でも同様に有意な差が見られました(MD 0.61、95%信頼区間0.31〜0.91)。標準化された指標のため直感的にはわかりにくい数字ですが、対照群との差が中程度からやや大きい水準にあることを意味します。

不安については、「今この瞬間の不安」を測る状態不安が、女性では対照群より有意に高かった一方(MD 0.16、95%信頼区間0.00〜0.31)、男性では有意差が確認されませんでした(MD -0.07、95%信頼区間-0.26〜0.12)。性格的な不安の強さを示す特性不安については、女性・男性ともに対照群との有意差は見られませんでした。

さらに、女性と男性を直接比較したメタ解析でも、女性のほうがうつ(MD 0.56、95%信頼区間0.26〜0.87)、状態不安(MD 0.54、95%信頼区間0.37〜0.71)、特性不安(MD 0.51、95%信頼区間0.33〜0.69)のいずれにおいても有意に高いスコアを示しました。生活の質(QoL)についても、女性は男性より低い評価を報告する傾向がありました。

ただし、含まれた研究における平均的なうつスコアは、薬物療法が必要とされる臨床的な基準を下回る水準にとどまっており、いずれの研究においても自殺念慮や自殺関連行動の報告はありませんでした。軽度から中等度の負担であっても、日常生活や治療継続への影響という観点では見過ごせない水準だと位置づけられています。

経過とともに負担は増すのか、それとも和らぐのか

縦断研究のデータからは、心理的な負担が一様に悪化し続けるわけではないことが示されています。ある研究では、治療開始前は対照群と同程度だったうつスコアが、最初の体外受精・顕微授精周期を経て妊娠判定の4〜6週間後には有意に上昇したと報告されました。一方で、5年など長期にわたり治療が不成功に終わった場合には、個人的な苦痛はむしろ減少し、状態不安・特性不安も治療期間3年未満の群より低くなる傾向が示されています。

男性については、治療開始から12か月後に身体的なストレス症状の増加とコーピングの努力が増しているにもかかわらず、メンタルヘルスの指標は低下していたとする報告があり、治療関連の社会的な苦痛が12か月後にむしろ増加したとする研究もありました。パートナーシップに関する結果は一貫しておらず、婚姻満足度や夫婦間のストレスと治療期間の長さとの関連を示した研究と、示さなかった研究の両方が存在しました。

コーピング戦略にも男女差が見られた

感情への対処の仕方にも性差が確認されています。女性では、経験に意味を見出そうとするコーピング(意味づけ型コーピング)が、本人だけでなくパートナーの婚姻ストレスの軽減にもつながっていた一方、男性では周囲に助けを求める、感情を言葉にするといった積極的なコーピングが婚姻ストレスの低さと関連していました。男性は女性に比べて、怒りや不安を抑え込む感情の抑制を用いる傾向が強く、これは短期的にはストレスを和らげる可能性がある一方、長期的には不適応的なパターンにつながりうると指摘されています。

レジリエンスについては、女性における不妊関連の生活の質(FertiQoL)にプラスの効果を持つことが示された一方で、複数回の治療不成功を経験した女性では、その保護的な効果が弱まる傾向も確認されています。家族からの社会的サポート、とくに家族による支援は、不妊関連の生活の質と有意な正の関連を示しました。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、反復着床不全に特化した心理的支援の枠組みが十分に整備されているとは言えず、多くの施設で心理的なケアは個々の医師や看護スタッフの対応に委ねられているのが実情です。今回の結果は、反復着床不全が単なる不妊治療の延長ではなく、独自の心理的負担を伴いうることを示しており、特に女性においてうつ・不安のリスクが高いことを踏まえた、性差に配慮したスクリーニングや支援体制の検討が今後の課題になり得ます。

治療開始の早い段階では心理教育やピアサポート、複数回の不成功を経た段階ではより構造化された心理的介入というように、治療の進行段階に応じた支援のあり方が、日本の臨床現場での議論の出発点になると考えられます。また、男性は女性に比べて感情表出が少なく、心理的な負担が遅れて表面化しやすいため、支援が届きにくい層として見過ごされやすい点にも注意が必要です。

研究の強みと限界

本研究の強みは、1995年から2025年までの30年間にわたる文献を対象に、うつ・不安については標準化平均差によるメタ解析を実施し、さらに男女差やコーピング戦略、時間経過による変化までを包括的に整理した点にあります。

一方で限界も少なくありません。第一に、反復着床不全の定義が研究間で大きく異なっており、直接的な比較が困難でした。第二に、対照群を設定した研究は一部にとどまり、その内訳も健常者から治療開始前の患者、妊娠達成者までさまざまで、解釈を複雑にしています。第三に、メタ解析が可能だった研究数はいずれのアウトカムでも3〜5件と少なく、推定の精度には限界があります。第四に、含まれた研究の多くが女性を対象としたものであり、男性のデータは相対的に不足しているため、性差に関する結論は暫定的なものにとどまります。さらに、無作為化比較試験など介入効果を直接検証した研究は反復着床不全の集団ではほとんど存在せず、今後の課題として残されています。

おわりに

今回のシステマティックレビューとメタ解析は、反復着床不全を経験する患者においてうつと不安が対照群より有意に高く、生活の質の低下も伴うことを示しました。うつと不安のいずれにおいても女性は男性より高いスコアを示し、男性の心理的反応はやや遅れて表れる可能性も示唆されています。コーピング戦略やパートナーシップ、社会的支援のあり方は、心理的な帰結を左右する重要な要因として位置づけられています。治療の進行段階に応じた段階的な心理的支援モデルや、性差・カップル単位に配慮した支援のあり方が、今後の生殖医療における課題として提起されています。

参考文献

1. Di Giacopo S, Kalaitzopoulos DR, Meier M, Leeners B. Emotional, psychological, social and treatment-related effects of recurrent implantation failure in men and woman: A systematic review and Meta-analysis. Gen Hosp Psychiatry 2026;102:59-69. doi:10.1016/j.genhosppsych.2026.07.001.

胚の「顔写真」をAIが読む──非侵襲で発生能力を見抜く

体外受精における胚の評価は、着床の可能性をできるだけ高めながら、侵襲的な検査は最小限にとどめるという、相反する要請の間で発展してきました。世界保健機関(WHO)の推計では、世界の成人のおよそ6人に1人が不妊を経験するとされ、体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)の成績向上は、生殖医療における継続的な課題です。米国のSART(Society for Assisted Reproductive Technology)の報告では、妊娠率は35歳未満で54%、35〜40歳で約45%、40歳を超えると11%にとどまるとされ、年齢による低下が顕著です。

現在の胚評価は、形態学的グレーディングと着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)という2つの柱によって支えられています。前者は簡便で非侵襲的である一方、評価者によるばらつきが大きいという問題があり、後者は客観性が高い反面、費用がかさみ、胚そのものにダメージを与えうるという課題を抱えています。

こうした背景のもと、Biology of Reproduction誌(2026年)に、胚の発生能力を評価するための現行手法と、非侵襲的な新技術の動向を包括的に整理した総説が掲載されました(doi:10.1093/biolre/ioag147)。前核期の形態評価からPGT-A、培養液分析、タイムラプス撮影、人工知能(AI)、さらには胚が発する極めて微弱な光を利用する手法まで、幅広いアプローチの現状と限界がまとめられています。

方法──現行の胚評価法を、発生段階ごとに整理した

胚は、受精後およそ17時間で「前核期」に達し、精子と卵子に由来する2つの前核が観察されます。この時期には、前核内の「核小体前駆体」の数や配置、左右対称性などが評価対象となります。代表的な評価法として、6段階のパターンで前核の成熟度を分類する方式や、European Society of Human Reproduction and Embryology(ESHRE)による簡易分類(対称・非対称・異常の3区分)があります。3,000個超の前核期胚を対象とした後方視的研究では、対称性の高いスコア1の胚で着床率15%、スコア2〜3の胚で着床率9%と有意差が示されましたが、その後の妊娠転帰までは予測できないとする報告も複数あります。

受精後2〜3日目には卵割期に達し、細胞数や対称性、フラグメンテーション(細胞の断片化)の程度が評価されます。受精後4日目の桑実胚期、そして5〜6日目の胚盤胞期へと発生が進むにつれ、評価の対象は栄養外胚葉(TE)、胞胚腔、内細胞塊(ICM)へと移っていきます。現在もっとも広く用いられている胚盤胞のグレーディング法は、この3要素を組み合わせて評価する方式で、高スコアの胚盤胞を1個移植した場合の着床率は50%に達したとする報告もあります。

10人の胚培養士が同じ胚を選ぶのは、2人に1人だけ

形態学的グレーディングの最大の弱点は、評価者間のばらつきです。10人の胚培養士が、同じ100症例について単一胚移植の対象を選定した多施設研究では、10人全員が同じ胚を選んだのは全体の50%にとどまりました。複数の時点で評価するとこのばらつきはさらに拡大するとされ、経験年数による差も報告されています。総説の中で紹介されている別の解析では、胚培養士が妊娠成績を予測する正答率はわずか51%であったとされており、これは統計的にはコイン投げとほぼ同じ精度です。

PGT-Aは万能ではない──数個の細胞から全体を推し量る限界

PGT-Aは、胚盤胞のTEから5〜10個程度の細胞を採取し、次世代シーケンシング(NGS)で染色体数の異常(異数性)を調べる検査です。しかし、これはあくまで一部の細胞からの推定にすぎません。異数性細胞の割合が胚全体の20%であった場合、生検した細胞の中にそれが1つも含まれない確率は約33%、10%であれば約60%、5%未満であれば80〜90%にのぼると試算されています。細胞ごとに染色体構成が異なる「モザイク胚」の臨床的な扱いをめぐっても、専門家の間で見解が分かれています。

PGT-Aの効果を検証した研究では、反復流産の既往がある患者を対象とした後方視的解析で、PGT-Aを実施した群の生児出生率は47.7%、異所性妊娠が19.0%、自然流産が10.8%と報告され、特に40歳超の患者で恩恵が大きいとされました。別の解析では、35歳以上でPGT-Aを実施した群の臨床妊娠率が54.3〜64.8%であったのに対し、非実施群では33.7〜54.5%にとどまり、全年齢を通じてPGT-A実施群の生児出生率はおよそ3%高かったとされています。一方で、生検や増幅過程でのエラーにより、生検した胚盤胞のうち実際に移植可能となったのは24.4%にすぎなかったとする報告もあり、技術的な限界も無視できません。カナダのある不妊治療クリニックでの費用対効果分析では、1胚あたり約2,500カナダドルのコストに見合う明確な利益が得られるのは38歳超の患者に限られるとされました。また、ドイツのように胚保護法によってPGT-Aの実施が厳しく制限されている国もあり、規制の違いは国境を越えた不妊治療(いわゆる生殖医療ツーリズム)の一因にもなっているとされています。

培養液を読む──「オミクス」技術の可能性と壁

胚が培養液中に放出するタンパク質、代謝産物、無細胞DNA(cfDNA)などを分析する「培養液分析(SCM分析)」も、非侵襲的手法として注目されてきました。代謝物を測定するメタボロミクスでは、グルコース消費量の多い胚盤胞ほど着床成績が良好であることや、異数性胚ではグルタミン消費量が高いことなどが報告されています。培養液中のミトコンドリアDNAについても、良好な胚盤胞ほど含有量が少ないとする「静かな胚」仮説を支持する報告がある一方、統計的に有意差が見られないとする報告も複数あり、結果は一貫していません。

これらのオミクス的手法に共通する課題は、非胚由来のDNAによる汚染と、増幅効率の不安定さです。ある解析では、胚盤胞由来の培養液に含まれるゲノムDNAはわずか4コピー程度、ミトコンドリアDNAは約600コピーにとどまるとされ、この少なさが増幅の失敗につながりやすいことが示されています。さらに、市販の培養液80種類以上を比較した調査では、成分組成が完全に一致する製品は1つもなかったと報告されており、培養液そのものの違いが結果に影響を与えている可能性も指摘されています。こうした標準化の欠如から、現時点でSCM分析は臨床応用に足る信頼性を備えた手法とはみなされていません。

タイムラプス撮影は、成績を本当に押し上げるのか

タイムラプス撮影(TLI)は、培養器から胚を取り出すことなく5〜15分ごとに撮影を行い、発生過程を継続的に観察できる技術です。分裂のタイミングなど、静止画では得られない情報が得られる利点があります。しかし、その臨床的な有用性については評価が分かれています。従来法とTLIによる評価を比較した多施設ランダム化比較試験(SelecTIMO試験)では、臨床妊娠率にも生児出生率にも有意差は認められませんでした。別のランダム化比較試験でも同様に、発生率、着床率、臨床妊娠率のいずれにも統計学的な差は見られなかったとされています。撮影システム自体のコストが高いことも踏まえると、TLI単独での成績向上効果は、現時点で確立されているとは言えない状況です。

AIは胚培養士を超えられるか

人工知能(AI)、なかでも機械学習(ML)は、近年もっとも急速に発展している非侵襲的評価法です。胚盤胞の静止画とPGT-A結果を組み合わせて倍数性を予測するアルゴリズムでは、正倍数性胚のランク付け精度が70%に達し、経験豊富な胚培養士を有意に上回ったとする報告があります。タイムラプス画像を用いた別のアルゴリズムでは、11万個を超える胚のデータを学習させ、既知の着床データを持つ1,094個の胚で判別性能(AUC-ROC)0.67を達成しました。染色体異常のタイプまで判別を試みたアルゴリズムでは、正倍数性と異数性の判別精度69.3%(AUC-ROC 0.761)、複合的な異数性と単純な異数性・正倍数性の判別精度74.0%(AUC-ROC 0.760)という結果も報告されています。静止画のみを用いたLife Whispererというシステムでは、盲検試験において精度59.2%を記録し、同じ画像セットに対する胚培養士の精度47.4%を上回りました。

予測精度は、入力するデータの種類によっても変化します。ある比較研究では、形態動態(モルフォキネティクス)の情報のみを用いた場合の精度は56%でしたが、発生に関する特徴量を加えると67%、さらに患者の年齢や臨床情報を加えると72%まで向上したと報告されています。ただし、患者の民族性や既往歴、体格指数といった機微な個人情報を扱うことへの懸念も指摘されており、ある調査では医療従事者の11.1%がAI利用に伴うプライバシー侵害への懸念を表明しています。加えて、多くのAIモデルが判断根拠を検証できない「ブラックボックス」である点や、経験の浅い胚培養士ほどAIへの依存度が高くなる傾向があるとする報告、少数データでの学習に伴う過学習の問題など、臨床応用にあたって解決すべき課題は少なくありません。

胚が放つ、目に見えない光

哺乳類の卵子や着床前胚は、代謝や酸化的なプロセスを反映して、極めて微弱な自発光(1平方センチメートル・1秒あたり100光子未満)を発していることが知られています。これは「超微弱光子放出(UPE)」または「バイオフォトン」と呼ばれ、低ノイズのイメージングセンサーなどの技術進歩によって、計測が現実的になりつつあります。マウス胚を用いた研究では、正常に発生する胚と変性した胚とで光子放出の強度に違いが見られたと報告されていますが、ヒトの着床前胚を対象とした報告は、今のところ存在しません。

胚の「顔写真」から、染色体の状態を読み解く

総説では、胚の顕微鏡画像そのものを定量的に解析する新しい手法として、University of Guelphで開発された画像解析ソフトウェア「r-Algo 2.0」が紹介されています。この手法は、グレースケールの顕微鏡画像を数値のグリッド(ビットマップ)に変換し、各画素の明るさの分布から、平均輝度(MPI)、輝度のばらつき(MPH)、特定の輝度域に画素が集中する度合い(MPC)といった指標を算出するものです。ヒツジの前核期胚を対象とした先行研究では、その後胚盤胞まで発生した胚と、途中で発生が停止した胚との間で、これらの指標に有意な差が見られ、発生停止を予測する精度はMPIで86%、MPHで83%、MPCで85%に達したと報告されています。

この手法をヒトの胚盤胞に応用した予備的研究も紹介されています。顕微授精を受けた50人の患者(年齢29〜42歳)から得られた day5胚盤胞129個(正倍数性78個、異数性51個)の画像を、PGT-A実施直前に撮影し、r-Algo 2.0で解析したところ、特定の狭い画素強度域において、正倍数性胚と異数性胚のあいだに統計学的に有意な差が確認されました。いずれの指標も、正倍数性胚のほうが異数性胚より高い値を示しています。差が確認された画素強度域は極めて狭く、細胞質レベルでのわずかな微細構造の違いが反映されている可能性が考えられていますが、この所見のみで倍数性を確実に判定できるわけではなく、今後さらなる検証が必要とされています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本の生殖医療現場でも、形態学的グレーディングとPGT-Aが評価の中心を占めており、評価者間のばらつきや、PGT-Aの費用・侵襲性といった課題は共通しています。今回の総説が示す非侵襲的な画像解析技術は、既存の形態評価を補完する形で、将来的にPGT-A実施の要否を判断する参考情報になり得る可能性を示しています。ただし、現時点でヒトの胚を対象とした検証は予備的な段階にとどまっており、日本の臨床現場で直ちに導入を検討する段階にはありません。今後、より大規模で多施設にわたる検証が積み重ねられることで、画像解析に基づく評価が、侵襲的検査の代替あるいは補完として位置づけられるかどうかが明らかになっていくと考えられます。

研究の強みと限界

本総説の強みは、前核期からPGT-A、培養液分析、タイムラプス撮影、AI、超微弱光子放出、そして画像解析ソフトウェアに至るまで、胚評価をめぐる技術を包括的かつ系統的に整理した点にあります。一方で限界もあります。第一に、紹介されているr-Algo 2.0のヒト胚への応用研究は、単一施設・50症例という小規模な予備的検討にとどまり、他施設での再現性は確認されていません。第二に、AIモデルの多くは判断根拠が不透明な「ブラックボックス」であり、臨床現場での説明責任という観点から課題が残ります。第三に、超微弱光子放出はヒト胚での実証データがまだなく、概念実証の段階にあります。第四に、培養液分析については、汚染や増幅効率のばらつきといった技術的な問題が依然として解決されていません。

おわりに

今回の総説は、胚の発生能力評価をめぐる現行手法の到達点と限界を整理したうえで、非侵襲的な新技術がどこまで臨床応用に近づいているかを示すものです。形態学的グレーディングの主観性、PGT-Aの侵襲性とコスト、培養液分析の標準化の欠如、タイムラプス撮影の限定的な効果といった、それぞれの手法が抱える課題が浮き彫りにされる一方、AIによる画像解析や、胚の画像そのものから倍数性を推定しようとするr-Algo 2.0のような新しいアプローチが、今後の胚評価のあり方を変えていく可能性が示唆されています。これらの技術がPGT-Aを完全に代替するかどうかはまだ明らかではなく、今後のさらなる検証によって、その位置づけが定まっていくと考えられます。

参考文献

1. Singh S, Abass M, Bartlewski J, Kochan J, Murawski M, Wyroba J, Bartlewski PM. “Old and new” frontiers in embryo viability assessment: Current practices and introduction of emerging approaches. Biol Reprod 2026;ioag147. doi:10.1093/biolre/ioag147.

胚を長く育てても、赤ちゃんのDNAはほぼ変わらない──胚培養期間とエピジェネティクスの関係

体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)では、受精卵を体外で培養したのち子宮に戻しますが、そのタイミングには「初期胚移植」(受精後2〜3日目、分割期)と「胚盤胞移植」(受精後5〜6日目)の2つがあります。胚盤胞移植は初期胚移植より妊娠・出産の成功率が高いことが知られている一方、早産や在胎週数に対して大きめに生まれる「LGA(large for gestational age)」のリスクが上昇するとの報告が積み重ねられてきました。

このリスク上昇の背景として想定されてきたのが、DNAメチル化をはじめとするエピジェネティックな変化です。受精後の胚は、ゲノム全体で一度メチル化が消去され、その後新たにメチル化が付け直される「エピジェネティック・リプログラミング」という大規模な再構築の途上にあります。培養期間が長くなるほど、この時期の胚が人工的な培養環境にさらされる時間も長くなるため、DNAメチル化のパターンに影響が及ぶのではないか、という懸念が指摘されてきました。

では実際に、培養期間の違いは新生児のDNAメチル化にどの程度の影響を与えるのでしょうか。Bioscience Reports誌(2026年)に、フィンランド・タンペレ大学病院のグループによる、この問いに正面から答える研究が掲載されました(doi:10.1042/BSR20260093)。

方法──臍帯血と臍帯動脈のDNAメチル化を、全ゲノムで比較した

対象は、タンペレ大学病院不妊治療クリニックで体外受精・顕微授精治療を受けた50組(初期胚移植25組、胚盤胞移植25組)と、自然妊娠による30組の、合計80組の新生児です。単胎妊娠で在胎36週6日以降に分娩した例に限定されています。

出生後、臍帯血は76例(体外受精・顕微授精由来47例、自然妊娠由来29例)、臍帯動脈は全80例から採取され、Illumina社のMethylationEPIC BeadChipという網羅的な解析基盤を用いて、ゲノム全体のDNAメチル化レベルが測定されました。解析は、特定の遺伝子座ごとにメチル化の差を検討する「EWAS(エピゲノムワイド関連解析)」、ゲノム全体の平均的なメチル化レベルの比較、そしてDNAメチル化パターンから推定される「エピジェネティック年齢」(妊娠週数を予測する複数の指標)の比較という、複数の角度から行われました。

EWASでは、統計学的に確からしい差はゼロだった

初期胚移植群と胚盤胞移植群を比較したEWASでは、臍帯血で31,180カ所、臍帯動脈で25,540カ所のCpG部位(メチル化が起こりうるDNA上の目印)で、単純な検定では意味のありそうな差(P<0.05)が見られました。しかし、数十万カ所を同時に検定する際に必要となる多重検定補正を行うと、いずれの部位も有意水準(FDR<0.05)を満たしませんでした。臍帯血と臍帯動脈のあいだで、共通して差が見られた部位が重なり合っているかどうかも検証されましたが、統計学的に意味のある重なりは認められませんでした(P=0.032)。培養期間による一貫した差を示すDNAメチル化領域(DMR・VMR)も、見つかりませんでした。

ゲノム全体のメチル化レベルも、培養期間による違いはなかった

個々の部位ではなく、ゲノム全体でならしたメチル化レベルを比較しても、初期胚移植群と胚盤胞移植群のあいだに差はありませんでした(臍帯血P=0.13、臍帯動脈P=0.31)。妊娠週数を推定する5種類のエピジェネティック年齢指標(Horvath、Lee、Bohlin、Knight、EPICの各クロック)についても、両群のあいだに差は見られませんでした。培養期間の長さそのものが、赤ちゃんの生物学的な「発育の進み具合」を狂わせている様子はうかがえない結果です。

10%超の差がついた224カ所──ただしその多くは遺伝的な個人差

個々のCpG部位のメチル化レベルを群間で比較したところ、臍帯血で224カ所、臍帯動脈で116カ所において、中央値で10%を超える差が見られました。このうち44カ所は両方の組織に共通し、43カ所は差の向きも一致していました。さらに、43カ所のうち19カ所は、MUC4遺伝子(6カ所)、ALLC遺伝子(4カ所)、HOOK2遺伝子(2カ所)などを含む6つの領域に、1000塩基以内という近い距離で密集していました。

研究チームは、これらの部位のメチル化パターンが、もともとの遺伝的な個人差(一塩基多型などの遺伝子変異)によって規定されている可能性を、公開データベース(GoDMC)を用いて検証しました。その結果、データのあった17カ所すべてで、既知の遺伝子変異との関連が確認されました。つまり、これらの差は培養期間そのものの影響というより、群間でたまたま偏っていた遺伝的背景の違いを反映している可能性が高いと考えられます。

自然妊娠との比較でも、大きな違いは見られなかった

自然妊娠群と初期胚移植群、自然妊娠群と胚盤胞移植群のそれぞれについても、同様の解析が行われました。臍帯血では、いずれの比較でも多重検定を満たす有意な部位は見つかりませんでした。臍帯動脈では、自然妊娠群と胚盤胞移植群のあいだで、EIF4G3という遺伝子内のcg25263722という1カ所のみが統計学的に有意でした(P=5×10⁻⁸)。ただしこの部位の群間の差は中央値でわずか1.6%にとどまり、同じ遺伝子の周辺にある51カ所の別のCpG部位ではいずれも差が見られなかったことから、生物学的な意味は限定的と考えられています。ゲノム全体のメチル化レベルやエピジェネティック年齢についても、自然妊娠群と両ART群のあいだに差は認められませんでした。

臍帯血と臍帯動脈は、まったく別のメチル化地図を持っていた

この研究でもっとも際立った違いは、実は培養期間ではなく組織の種類によるものでした。同じ新生児から採取した臍帯血と臍帯動脈を比較すると、458,044カ所ものCpG部位で統計学的に有意な差(FDR<0.05)が見られ、そのうち325,268カ所は中央値で2.5%を超える差がありました。全体の約6割の部位で、臍帯血のほうが臍帯動脈よりもメチル化が高い傾向にありました。組織ごとに求められる遺伝子発現パターンが異なる以上、こうした組織差は自然なことですが、培養期間による変化がいかに小さかったかを際立たせる結果でもあります。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、胚盤胞移植は妊娠・出産率の高さから広く選択されている一方、早産やLGAとの関連を懸念する声も一部にあります。今回の結果は、少なくともDNAメチル化という分子機構を介した経路については、培養期間の長さそのものが赤ちゃんのエピゲノムに大きな影響を及ぼしている証拠は乏しいことを示しています。胚盤胞移植を検討する患者への説明や、医師・培養士による意思決定の場面において、この種のデータは安心材料として活用しうるものです。ただし、今回の研究は培養期間という単一の要因に絞った検証であり、培養液の組成や酸素濃度、受精方法といった他の培養条件の影響までを否定するものではありません。

研究の強みと限界

本研究の強みは、EWAS、ゲノム全体のメチル化レベル、エピジェネティック年齢、DNAメチル化領域(DMR・VMR)解析という複数の手法を組み合わせ、さらに臍帯血と臍帯動脈という2種類の組織を同時に検討した、多角的な検証にあります。

一方で限界もあります。第一に、各群25〜30例という小規模なコホートであり、より小さな、あるいは一部の胚にのみ生じるような変化までは検出できていない可能性があります。第二に、単一施設(フィンランドの1病院)のデータであり、他地域・他施設への一般化には注意が必要です。第三に、この研究では遺伝子データそのものは収集されておらず、遺伝的な個人差の影響は公開データベースとの照合によって間接的に推定されています。このデータベースは旧世代の解析基盤(約45万カ所)に基づくため、一部の部位については遺伝的関連の有無を確認できませんでした。第四に、新鮮胚移植と凍結融解胚移植の割合が初期胚移植群と胚盤胞移植群で異なっていた(P<0.001)点は、統計解析上調整されているものの、結果の解釈には留意が必要です。

おわりに

今回の研究は、体外受精・顕微授精における胚培養期間の長さが、新生児のDNAメチル化に及ぼす影響を、ゲノム全体のスケールで検証した初めての報告です。EWAS、全体的なメチル化レベル、エピジェネティック年齢のいずれの指標でも、初期胚移植と胚盤胞移植のあいだに大きな差は見出されず、自然妊娠との比較でも同様の結果でした。培養期間よりも、臍帯血と臍帯動脈という組織の違いのほうが、はるかに大きなメチル化の差を生んでいたことも示されています。これらの知見は、胚盤胞移植を受けた児の将来的な健康について、少なくともDNAメチル化を介した経路に関しては一定の安心材料を提供するものですが、より大規模な集団での追試が今後の課題として残されています。

参考文献

1. Ciantar J, Raitoharju E, Marttila S, Lehtimäki T, Pohjonen EM, Ahinko K, Kaartinen N. The length of the embryo culture in assisted reproductive technology does not have a major impact on newborn DNA methylation. Bioscience Reports 2026;46(8):BSR20260093. doi:10.1042/BSR20260093.

凍結胚移植の出生を予測するAI──何が結果を左右するのか

凍結融解胚移植(FET)は、採卵した周期とは別のタイミングで胚を子宮に戻す治療法であり、近年は移植周期全体の6割以上を占めるまでに普及しています。しかし生児出生率はいまなお40%前後にとどまり、多くの患者が治療の失敗を経験し、身体的・心理的・経済的な負担を抱えています。従来、成功の見込みは医師の経験や過去のデータをもとに個別に判断されてきましたが、妊娠の成立から出生に至る過程は数多くの要因が絡み合う複雑なプロセスであり、人の判断だけで精度の高い予測を行うことには限界があります。

こうした課題に対して、機械学習(ML)を用いた予測モデルの開発が進んでいます。すでに新鮮胚移植を対象とした予測モデルはいくつか報告されていますが、FETに特化したモデルは比較的少なく、また多くのモデルは全体としての予測精度に主眼が置かれ、個々の患者に対してどの要因がどう影響しているかを示す仕組みには乏しいという課題がありました。

こうした背景のもと、BMC Pregnancy and Childbirth誌(2026年)に、FETを受けた患者の生児出生を予測する解釈可能な機械学習モデルの開発と検証に関する論文が掲載されました(doi:10.1186/s12884-026-09610-3)。中国・遵義医科大学附属病院で実施された研究で、SHAP(シャープレイ加法的説明)という手法を用いて、予測の根拠を個々の患者ごとに示せる点が特徴です。

方法──4,937例のデータを、3つのモデルで解析した

対象は、2021年1月から2023年12月にかけてFETを受けた患者3,470例(後方視的コホート、開発用)と、2024年1月から12月にかけて新たにFETを受けた患者1,467例(前方視的コホート、外部検証用)の合計4,937例です。年齢20〜42歳の患者が対象とされ、夫婦いずれかの染色体異常や重い全身疾患を持つ患者、着床前診断・着床前スクリーニングを受けた患者などは除外されました。

患者背景、卵巣予備能、排卵誘発に関する指標、子宮内膜の状態、胚の培養に関する指標、内分泌・代謝関連の指標など、7領域42項目のデータが収集されました。LASSO回帰という手法でまず12個の候補変数に絞り込み、さらに多変量ロジスティック回帰で最終的に10個の予測因子(年齢、AMH、不妊期間、FET施行回数、移植した胚盤胞数、移植した良好胚数、hCG投与日のE2値、hCG投与日の子宮内膜厚、移植胚の種類、子宮内癒着の既往)が選ばれました。これらをもとに、ロジスティック回帰(LR)、ランダムフォレスト(RF)、XGBoostという3種類のモデルが構築され、テストセットと外部検証セットの双方で性能が比較されています。

的中率で先んじたのはXGBoost、外部検証でもAUC 0.81

開発コホートの生児出生率は41.21%、外部検証コホートでは46.01%でした。3つのモデルの予測精度(AUC、1に近いほど識別能が高い指標)は、テストセットでLR 0.818、RF 0.828、XGBoost 0.843、外部検証セットでLR 0.798、RF 0.796、XGBoost 0.809となり、いずれの段階でもXGBoostが最も高い性能を示しました。XGBoostは決定木を段階的に組み合わせて予測を改善していく手法で、変数どうしの複雑な相互作用を捉えやすいという特徴があります。

XGBoostモデルはテストセットで、正診率77.2%、適合率78.6%、特異度85.8%、F1スコア0.725という結果でした。予測された確率と実際の結果の一致度を示すキャリブレーション曲線も良好で、モデルの誤差の指標であるBrierスコアは0.154(外部検証では0.175)と、いずれも精度の高さを裏づけるものでした。臨床的な有用性を評価する決定曲線分析(DCA)では、テストセットで20〜70%、外部検証セットで20〜80%というかなり広い確率のしきい値の範囲で、このモデルを使うことによる臨床上の利益が確認されています。

「何が結果を左右するか」を可視化する──SHAP分析

この研究の特徴は、最も精度の高かったXGBoostモデルに対してSHAP分析を適用し、それぞれの予測因子が生児出生の確率をどの程度、どの方向に動かしているかを可視化した点にあります。影響度の大きい順に、①これまでのFET施行回数、②移植した胚盤胞数、③移植した良好胚数、④AMH、⑤hCG投与日のE2値、⑥移植胚の種類、⑦年齢、⑧hCG投与日の子宮内膜厚、⑨不妊期間、⑩子宮内癒着の既往、という10項目が挙げられています。全体的な傾向としては、FET施行回数が多いほど、良好胚の移植数やAMHが低いほど、また年齢や不妊期間が長いほど、生児出生の確率は低下する方向に働いていました。

最も影響が大きかった「これまでのFET施行回数」は、それ自体を治療で変えることはできない要因です。しかし論文は、この情報を患者への説明や期待値の調整に活用できると位置づけています。実際、8,400件の単一胚移植周期を対象とした別の研究でも、体外受精を一度も受けたことがなく生児出生歴もない患者のほうが、複数回の体外受精を経て一子を得た患者よりも、その後の妊娠成績が良好であったことが報告されています。複数回の移植を繰り返している患者に対しては、背景にある要因をより丁寧に調べ、個別化した対応を検討する余地があるといえます。

患者一人ひとりへの説明にどう使うか

論文では、SHAPを用いた個別患者への説明の具体例も示されています。ある患者では、モデルが予測した生児出生の確率は29.3%で、全体の平均である41.6%を大きく下回っていました。その内訳を分解すると、過去2回のFET不成功(影響度-0.154)、胚盤胞ではなく初期胚を移植したこと(-0.0645)、AMHが2.04と低めであること(-0.0638)がマイナス方向に働いていた一方、良好胚を2個移植したことはプラス方向(+0.183)に寄与していました。こうした内訳を示すことで、変えられない要因(これまでの治療歴)と、今後の治療方針で調整しうる要因(胚の種類や子宮内膜の状態など)を切り分けて説明できる点に、臨床的な意義があるとされています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本でも、FET後の生児出生率は依然として個々の患者の背景によって大きく異なり、治療を重ねるほど身体的・心理的な負担が積み重なっていくという課題は共通しています。今回のモデルがそのまま国内の診療に導入できるわけではありませんが、FET施行回数や胚の質、AMHといった、日常診療で日常的に把握している指標の組み合わせから、ある程度の確度で見通しを示せる可能性を示した点は注目に値します。特に、複数回の移植を経験している患者への説明や、移植する胚の選び方を検討する場面では、こうした予測の枠組みが判断材料の一つになり得ると考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、4,937例という規模の大きさに加え、後方視的コホートでの開発・内部検証にとどまらず、時期の異なる前方視的コホートによる外部検証まで行っている点、そしてSHAP分析によって個々の患者への説明可能性を高めている点にあります。

一方で限界も示されています。第一に、開発・検証ともに単一施設のデータに基づいており、地理的に異なる施設での独立した外部検証は行われていないため、他施設への一般化には注意が必要です。第二に、子宮内膜の遺伝子発現や腸内・膣内細菌叢の特徴、胚の形態動態パラメータといった新しい生物学的指標や、患者の生活習慣、食習慣、心理状態といった臨床的な要因は、今回の解析には含まれていません。これらは妊娠成績に関与しうる要因であり、モデルの予測精度に一定の影響を与えた可能性があるとされています。今後は、多施設共同の前方視的研究による検証と、より幅広い予測因子の組み込みが課題として挙げられています。

おわりに

今回の研究は、FETを受ける患者の生児出生を予測する解釈可能な機械学習モデルを構築し、内部・外部の双方で妥当性を確認したものです。XGBoostモデルは外部検証でもAUC 0.809という良好な精度を示し、SHAP分析によって、どの要因がどの程度予測に寄与しているかを個々の患者ごとに示せる仕組みが提供されました。これは、治療方針の検討や患者への説明に活用しうる材料となる一方、単一施設のデータに基づく研究である以上、その適用範囲には限界もあります。多施設でのさらなる検証を経て、臨床応用の妥当性が今後も検討されていく必要があるとされています。

参考文献

1. Luo S, Wang D. Development and validation of a machine learning-based model for predicting live birth outcomes in patients undergoing frozen-thawed embryo transfer. BMC Pregnancy Childbirth 2026 (in press). doi:10.1186/s12884-026-09610-3.

凍結胚移植の周産期リスク──犯人は「凍結」ではなく「ホルモン補充」だった

日本では2022年4月に不妊治療の保険適用が始まって以降、生殖補助医療(ART)による治療周期数は急増し、2023年には56万件を超えました。ART由来の出生8万件超のうち95%は凍結胚移植(FET)によるもので、新鮮胚移植(Fresh ET)は5%にとどまっています。

一方、ARTによる妊娠は自然妊娠に比べて妊娠高血圧症候群(HDP)、妊娠糖尿病(GDM)、前置胎盤、胎盤癒着症(PAS)、弛緩出血による産後出血(PPH)のリスクが高いことが繰り返し報告されてきました。中でもホルモン補充周期(HRC-FET)は、排卵を伴う自然周期(NC-FET)に比べてさらにリスクが高いとされています。ただし従来の研究の多くは「新鮮胚移植 対 凍結胚移植全体」あるいは「ホルモン補充周期 対 自然周期」という二群比較にとどまり、リスク上昇が凍結保存そのものに由来するのか、子宮内膜調整法(黄体形成の有無)に由来するのかを切り分けられずにいました。

この問いに、大阪の複数施設で2015年から2023年にかけて実施された7,593件の出産周期を対象とする大規模な後方視的研究が答えを示しました。Reproductive Medicine and Biology誌(2026年)に掲載されたこの研究は、新鮮胚移植・ホルモン補充周期凍結胚移植・自然周期凍結胚移植の3群を同時に比較し、リスクの所在を明らかにしています(doi:10.1002/rmb2.70072)。

方法──3つの胚移植方式を、7,593件の出産周期で比較した

対象は、2015年から2023年にかけて大阪市内の3施設で実施され、生児出生に至った胚移植周期です。新鮮胚移植908件、ホルモン補充周期凍結胚移植(HRC-FET)4,707件、自然周期凍結胚移植(NC-FET)1,978件の計7,593件が解析対象となりました。母体年齢、BMI、分娩歴、移植時の子宮内膜厚などで調整した一般化推定方程式(GEE)による多変量解析を用い、新鮮胚移植を基準として、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、前置胎盤、胎盤癒着症、弛緩出血による産後出血という5つの主要な周産期合併症のリスクを比較しました。さらに、ホルモン補充周期と自然周期を直接比較する感度分析、および母体年齢で層別化した感度分析も行われました。

リスクの正体は「凍結」ではなく「ホルモン補充」だった

新鮮胚移植を基準とした多変量解析の結果、ホルモン補充周期凍結胚移植は、妊娠高血圧症候群(調整オッズ比1.96、95%信頼区間1.46〜2.62)、胎盤癒着症(同4.71、95%信頼区間2.41〜9.21)、弛緩出血による産後出血(同3.29、95%信頼区間2.21〜4.90)のいずれについても、統計学的に有意なリスク上昇を示しました。5つの合併症のうち1つでも認めた割合も、新鮮胚移植のおよそ2.1倍(調整オッズ比2.09)に上っています。

一方、自然周期凍結胚移植では、これらいずれの合併症についても新鮮胚移植との間に有意差は見られませんでした(妊娠高血圧症候群の調整オッズ比0.98、胎盤癒着症1.45、弛緩出血1.37)。妊娠糖尿病と前置胎盤については、3群のあいだで明確な差は認められませんでした。

凍結保存そのものの影響を切り分けるため、凍結胚移植どうし(ホルモン補充周期 対 自然周期)を直接比較した感度分析でも、ホルモン補充周期は自然周期に比べて妊娠高血圧症候群(調整オッズ比1.99)、胎盤癒着症(同3.23)、弛緩出血(同2.41)のリスクが高いという結果が再現されました。母体年齢で層別化した解析でも、36歳未満・35歳超のいずれの年齢層でも同様の傾向が確認されています。これらの結果は、リスク上昇が胚の凍結保存という技術そのものに由来するのではなく、子宮内膜の調整方法、とりわけ黄体の有無に関わっている可能性を強く示唆しています。

鍵を握るのは「黄体」の有無

ホルモン補充周期では排卵そのものを意図的に抑制し、エストロゲンとプロゲステロンの補充によって子宮内膜を整えるため、妊娠黄体が形成されません。一方、自然周期では排卵が起こり、黄体が形成されたうえで移植が行われます。黄体は、リラキシンや血管内皮増殖因子といった、妊娠初期の心血管系の適応や母体血管のリモデリングに関わる生理活性物質を分泌するとされ、これらが不足すると母体の血管機能が十分に整わないまま妊娠が進み、妊娠高血圧症候群のリスク上昇につながっている可能性が指摘されています。また、黄体の欠如は絨毛外栄養膜細胞の子宮筋層への過剰な侵入や胎盤形成の異常(胎盤癒着症)、血管の脆弱性を介した出血傾向(弛緩出血)にも関与しうるとされ、過去の胎盤の形態学的研究では、ホルモン補充周期由来の胎盤にフィブリノイド層の増加や脱落膜の減少といった組織学的変化が報告されています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、2022年の保険適用開始以降、凍結胚移植の件数がさらに増加しており、その大半はホルモン補充周期によって実施されています。今回の結果は、これまで「凍結胚移植だから」とひとまとめに語られがちだったリスクが、実際には子宮内膜調整法によって大きく異なる可能性を示しています。医学的・スケジュール上の制約が許す場合には、排卵を伴う周期による移植がリスク低減につながる選択肢として検討されうる一方、ホルモン補充周期には計画的に移植日を設定できる、頻回の受診が不要であるといった臨床上の利点もあり、患者ごとのリスクとベネフィットの検討が求められます。診察の場では、ホルモン補充周期を選択する場合に、妊娠高血圧症候群や胎盤癒着症、産後出血への注意深い経過観察が必要であることを、あらかじめ患者に説明しておくことの重要性も示唆されます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、7,593件という規模の大きさに加え、新鮮胚移植・ホルモン補充周期・自然周期という3群を同時に比較したことで、凍結保存そのものの影響と子宮内膜調整法の影響を切り分けた点にあります。単純な二群比較にとどまっていたこれまでの研究の限界を超える設計といえます。一方で限界もあります。後方視的研究であり、群間で母体年齢やBMI、分娩歴などの背景因子に一定の偏りがあったため選択バイアスの可能性は否定できません(解析ではこれらを統計学的に調整しています)。また大阪の3施設という単一の医療グループ内のデータであり、他地域への一般化には注意が必要です。さらに、前置胎盤や胎盤癒着症などまれな合併症は症例数が少なく、特に胎盤癒着症の年齢層別解析では信頼区間が非常に広くなっている点にも留意が必要です。

おわりに

今回の研究は、これまで凍結胚移植全体に帰属されがちだった周産期合併症リスクの多くが、実際にはホルモン補充周期という子宮内膜調整法に集中していることを、大規模なデータで示すものです。妊娠高血圧症候群、胎盤癒着症、弛緩出血による産後出血のリスク上昇は、いずれも黄体の欠如という生理学的背景と関連づけて説明されており、医学的・運用上可能な場合には排卵を伴う周期での移植を検討する根拠となり得ます。今後は、より多施設にわたる前向き研究によって、この知見の一般化可能性がさらに検証されていく必要があるとされています。

参考文献

1. Fujioka S, Matsumoto H, Konishi H, Terawaki N, Nakaoka Y, Fukuda A, Morimoto Y. Hormone Replacement Cycle Frozen–Thawed Embryo Transfer Is Associated With Elevated Perinatal Risk Compared With Natural Ovulatory Cycle Frozen–Thawed and Fresh Embryo Transfers: Retrospective Analysis of 7,593 Live Birth Cycles. Reprod Med Biol 2026;25:e70072. doi:10.1002/rmb2.70072.

ICSIの「黄金の時間帯」──卵子の裸化から2.75時間、その先で何が起きているか

顕微授精(ICSI)は、世界の体外受精周期の約50〜70%で用いられる標準的な技術です。卵子から卵丘細胞を取り除く「裸化」という処理を終えたあと、実際に精子を注入するまでの時間間隔(以下、裸化-注入間隔)については、これまで国際的なガイドラインでも明確な基準が示されてきませんでした。多くの培養室では、施設ごとの慣習に基づいてこの間隔が運用されているのが実情です。

卵丘細胞は、卵子にピルビン酸や乳酸、抗酸化物質を供給し、代謝や成熟を支える役割を担っています。裸化によってこの支援が絶たれた卵子は、酸化ストレスや代謝の変化にさらされる一方で、細胞質の成熟が進む時間でもあるとも考えられています。つまり、裸化後の時間経過には、卵子の質を高める側面と、老化を進める側面の両方が存在し得るということです。この二律背反から、至適な時間帯が存在するのではないかという仮説が立てられてきました。

こうした背景のもと、Journal of Translational Medicine誌(2026年)に、中国・昆明の医療機関で2024年1月から2025年4月までに実施された1,152周期の新鮮ICSI周期を対象とした後方視的コホート研究が掲載されました(doi:10.1186/s12967-026-08586-0)。裸化-注入間隔と胚の発育成績との関係を、一般化加法モデルや制限付き三次スプラインといった非線形の統計手法で解析した内容です。

方法──裸化から注入までの時間を、分単位で追跡した

対象は、2024年1月から2025年4月にかけて実施された1,316周期のうち、選択基準を満たした1,152周期の新鮮ICSI周期です。裸化完了から精子注入までの時間(裸化-注入間隔)を分単位の精度で記録し、主要評価項目には「胚盤胞に至る前の受精3日目における胚の利用率」(良好胚・使用可能胚の数を採取卵子数で割った値)が設定されました。

解析では、まず一般化加法モデルで非線形性の有無を確認したうえで、制限付き三次スプライン回帰によって裸化-注入間隔と利用率の関係を詳細にモデル化しました。年齢や卵巣予備能、治療プロトコルなど16の共変量を調整したうえで、BIC(ベイズ情報量規準)による変数減少法とLASSO(エラスティックネット)正則化という2つの手法を組み合わせ、最終的に裸化-注入間隔・基礎FSH値・採取卵子あたりのエストラジオール値(E2)の3変数からなる簡潔なモデルが採用されました。ブートストラップ法による2,000回の再抽出、交差検証、19の患者サブグループでの層別解析など、多角的な頑健性の検証も行われています。

「早すぎても、遅すぎてもよくない」──逆U字の関係

解析の結果、裸化-注入間隔と受精3日目の胚利用率のあいだには、有意な非線形の関係が確認されました(一般化加法モデルでの有効自由度2.80、p<0.05)。線形回帰では検出できなかった関連が、非線形モデルによって初めて明らかになった形です。

最終的に採用された簡潔なモデルでは、裸化-注入間隔の効果はp=0.017で有意となり、観測された時間範囲全体で胚利用率は12.2ポイントの幅で変動しました。ピークは裸化後2.75時間の時点にあり、至適な時間窓は1.75〜3.75時間と定義されました。この関連は、共変量を段階的に調整しても消えることなく、未調整モデルから完全調整モデルへの係数の減衰は24%にとどまりました(p=0.036)。

この効果は、受精率や卵割率には影響を及ぼさず、受精3日目の胚発育にのみ特異的に見られました。つまり、裸化-注入間隔の違いは、受精そのものを妨げるのではなく、その後の胚発育の過程で蓄積的に影響してくると考えられます。

年齢や卵巣予備能が違っても、傾向は変わらなかった

19の患者サブグループ(年齢、BMI、AMH値、卵巣反応性、刺激プロトコルなど)で層別解析を行ったところ、裸化-注入間隔の効果は方向性において89.5%の一貫性を示し、14の因子との交互作用検定でも有意な差は認められませんでした(すべて補正後p>0.10)。研究チームはこれを、特定の患者層に応じた個別化よりも、標準化されたタイミング管理によって幅広い患者層に恩恵が及び得ることを示す所見と位置づけています。

頑健性の検証でも、ブートストラップ再抽出による符号の一致率は99.8%、100回のランダムサブサンプリングでも92%の反復で有意性が保たれ、交差検証でも訓練データのR2の80.8〜83.7%が維持されました。単一の解析手法に依存した結果ではないことが、複数の角度から確認されています。

「30分」の違いが、100周期あたり14個の胚の差になる

実際の数値で見ると、この研究のコホートでは、裸化後0〜0.5時間という早すぎるタイミングでの利用率は37.9%にとどまった一方、1.5〜3.5時間の範囲ではおおむね48〜51%の利用率が保たれていました。裸化後4.5〜5時間まで時間が経過すると、利用率は再び41.3%まで低下しています。

集団全体で見ると、至適な時間窓(1.75〜3.75時間)の内側にあった周期の利用率は49.2%、外側にあった周期では44.5%と、4.6ポイントの差が観察されました。今回のコホートでは、全体の30.4%の周期がこの至適窓の外側で実施されていました。研究チームの試算では、すべての周期でタイミングを標準化した場合、100周期あたり約14個の追加的な使用可能胚が得られる可能性があるとされています。追加の薬剤や機器を必要とせず、スケジュール調整のみで達成できる改善という点が強調されています。

なぜ「2〜4時間」なのか──3段階の時間経過モデル

研究チームは、この逆U字の関連を説明するしくみとして、裸化後の卵子が経る3つの時間帯を想定しています。裸化直後の0〜2時間は、ヒアルロニダーゼによる細胞ストレスやATP(エネルギー)供給の低下、機械的操作による極体のずれなどが生じやすい、いわば急性ストレスの時期にあたります。続く2〜4時間は、こうしたストレスからの回復が進み、核と細胞質の成熟が同期し、ミトコンドリア機能や酸化状態が整う、いわば最適な成熟状態の時期と位置づけられています。そして4時間を超えると、卵丘細胞による保護がないまま老化が加速し、ミトコンドリア機能不全や酸化的な損傷、紡錘体の異常などが進行していくと考えられています。

この仮説は、あくまで既存の基礎研究の知見を組み合わせた説明であり、今回の研究自体がこのメカニズムを直接証明したわけではありません。ただし、受精率には影響がなく胚発育にのみ影響が見られたという結果は、卵子の質の変化が細胞分裂を重ねるなかで蓄積的に胚の発育に反映されるという考え方と整合的だとされています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本の生殖医療の現場でも、裸化から精子注入までの時間管理について、明文化された統一基準があるとは言えないのが実情です。多くの施設で、培養士の経験や日々のスケジュールに基づいて運用されているのが現状と考えられます。

今回の結果は、追加の設備投資を伴わずに、スケジュールの組み方だけで胚の利用効率を改善できる可能性を示すものです。特に、タイムラプス培養システムのような高額な機器を導入していない施設にとっても、実行可能な改善策となり得る点は重要です。一方で、この研究は単一施設・単一民族的背景に限らない多民族コホートではあるものの中国国内の一施設で行われたものであり、そのまま日本の臨床現場に一般化できるかどうかは、今後の検証を要する点として留意する必要があります。

研究の強みと限界

本研究の強みは、1,152周期という規模、分単位の時間記録による精度の高さ、そして一般化加法モデルから制限付き三次スプラインへと進む体系的な非線形モデリングの手法にあります。BICによる変数減少とLASSO正則化を組み合わせた二重の変数選択、19サブグループでの層別解析、複数の頑健性検証を経ている点も評価できます。

一方で限界もあります。第一に後方視的な観察研究であり、因果関係を証明するものではありません。第二に単一施設のデータであり、異なる培養条件や機器を用いる施設への一般化には注意が必要です。第三に、この研究が着目したのは受精3日目の胚利用率であり、実際の妊娠率や生児出生率までは追跡されていません。胚の利用可能性の向上が、最終的な出生率の向上に直結するかどうかは、今後の課題として残されています。第四に、個々の培養士の技量や培養器の割り当てといった要因は記録されておらず、共変量として調整できていない点も指摘されています。

おわりに

今回の研究は、ICSIにおける裸化-注入間隔について、これまでで最大規模のデータをもとに、逆U字型の非線形な関連と1.75〜3.75時間という具体的な至適時間窓を示すものです。この関連は19の患者サブグループを通じて一貫しており、受精率や卵割率には影響せず胚発育にのみ及ぶという特異性も確認されました。追加のコストを要さない、スケジュール調整のみによる胚利用効率の改善可能性を示した点は、実務への応用可能性という観点から注目に値します。ただし、これはあくまで単一施設の観察研究の結果であり、生児出生率を主要評価項目とした多施設ランダム化比較試験による検証が、今後の課題として位置づけられています。

参考文献

1. Xu Y, Li Y, Li Y, Xiang L, Zheng H, Gao M, Deng L, Li M, Zeng P, Wu X, Zhang M, Ding L, Wu Z, Luo X. Nonlinear effects of post-denudation timing on day 3 embryo outcomes in ICSI and evidence for a translatable optimization window. J Transl Med. 2026;24:894. doi:10.1186/s12967-026-08586-0.

凍結胚の融解はもっとシンプルでいい──1ステップでも成績は同等

体外受精や顕微授精で得られた胚を凍結保存し、必要な時期に融解して移植する「ガラス化保存法」は、現在の生殖補助医療の標準的な手法として定着しています。融解の際には、凍結保護剤を細胞外に安全に取り除くため、複数の溶液に段階的に浸す方法が一般的にとられてきました。急激な浸透圧の変化は細胞に低張ストレスを与え、不可逆的な障害につながりうるという凍結生物学の考え方に基づく手順です。

一方で、この段階的な融解操作は手技の熟練度が求められ、時間もかかります。近年は、溶液を1回または2回にとどめる簡易な融解プロトコルでも、胚盤胞の生存率や妊娠成績が従来法と変わらないとする報告が相次いでおり、培養室の作業負担を減らす方向での見直しが進んでいます。ただし、これまでの研究の多くは胚盤胞のみを対象としており、発育段階や形態評価、胚盤胞に到達した日数といった胚の特性によって簡易法の効果に差が出るのか、また卵割期胚にも同様に適用できるのかは、十分に検証されていませんでした。

こうした課題に答えるため、Reproductive BioMedicine Online誌(2026年)に、日本国内の単一施設で2024年1月から12月にかけて実施された1,501周期を対象とした後方視的研究が掲載されました。従来の3ステップ融解法と、簡易な2ステップ法・1ステップ法とを比較し、胚の特性別にも成績を検証した内容です(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105799)。

方法──1,501周期の胚移植を、三つの融解法で比較した

対象は、単一胚移植を行った1,501周期で、内訳は卵割期胚150周期、胚盤胞1,351周期でした。融解法は、融解液1分・希釈液2分・洗浄液3分からなる従来の3ステップ法(742周期)、融解液1分・希釈液2分の2ステップ法(461周期)、融解液1分のみで完了する1ステップ法(298周期)の3群に分けられました。3ステップ法は2024年1〜9月、1ステップ法は同年4〜9月に導入され、両者が重なる期間は割り付けを交互に行うことで比較の公平性が図られています。2ステップ法は同年10〜12月に単独で使用されました。

胚盤胞についてはさらに、患者の年齢や体格指数(BMI)などの背景因子を調整した多変量ロジスティック回帰分析に加え、発育段階(完全胚盤胞か拡張胚盤胞か)、形態評価(グレードの良し悪し)、胚盤胞に到達した日数(5日目か6日目か)別のサブグループ解析が行われました。

卵割期胚:すべてのプロトコルで生存率100%

卵割期胚150個では、融解直後の生存率はいずれのプロトコルでも100%でした。移植後の継続妊娠率(心拍確認まで至った妊娠の割合)は、3ステップ法11.1%、2ステップ法12.5%、1ステップ法10.8%で、統計学的な差はありませんでした(P=1.0000)。

一方で、妊娠に至った例のうち、その後に妊娠が継続しなかった割合(流産率)は、簡易な2群のほうが高い傾向が見られました(P=0.0284)。ただし卵割期胚の症例数自体が少なく、妊娠の絶対数はごくわずかであるため、この結果は探索的な所見にとどまり、慎重な解釈が必要とされています。

胚盤胞:3ステップも1ステップも、妊娠率は変わらなかった

胚盤胞1,351個における融解後の生存率は、3ステップ法100%、2ステップ法99.3%、1ステップ法99.6%と、いずれも極めて高い水準で保たれ、統計学的な差はありませんでした(P=0.1112)。移植後の継続妊娠率も、47.7%、46.2%、43.9%と近い値にとどまり、有意差はありませんでした(P=0.5765)。

この同等性は、胚の特性によらず一貫していました。発育段階別に見ると、完全胚盤胞では43.2%・39.6%・33.7%(P=0.3111)、拡張胚盤胞では49.6%・49.5%・49.1%(P=0.9950)。形態評価別では、グレードの低い胚盤胞で27.5%・23.5%・23.4%(P=0.7636)、グレードの良い胚盤胞で52.1%・51.6%・48.4%(P=0.6390)。胚盤胞に到達した日数別では、5日目胚盤胞で52.7%・52.9%・50.3%(P=0.8234)、6日目胚盤胞で34.4%・28.4%・27.4%(P=0.4088)と、いずれの区分でも3群の間に意味のある差は確認されませんでした。

背景因子を調整した多変量ロジスティック回帰分析でも、母体年齢、発育段階、形態評価、胚盤胞到達日数は妊娠成績と関連する因子として検出された一方(いずれもP≦0.002)、融解プロトコルの違いはどの成績にも有意な影響を与えていませんでした。

レーザー孵化補助の実施率だけは、1ステップで下がった

唯一、3群間で明確な差が見られたのが、透明帯の一部にレーザーで切開を加える孵化補助(レーザーアシステッドハッチング、LAH)の実施率です。3ステップ法96.5%、2ステップ法93.5%に対し、1ステップ法では84.3%にとどまりました(P<0.0001)。これは、1ステップ法では融解液から出た直後に胚が急速に再膨張し、透明帯とのすき間(囲卵腔)が狭くなることで、レーザーを安全にあてられる余地が小さくなるためと説明されています。それでもなお、LAHの実施有無自体は妊娠成績に有意な影響を与えていませんでした。

なぜ単純な融解でも大丈夫なのか──「浸透圧ショック」説の見直し

従来の凍結生物学では、凍結保護剤を含む高浸透圧の溶液から、等張の培養液へと一気に移すと、細胞内へ急激に水分が流入し、細胞膜の破綻など不可逆的な損傷につながると考えられてきました。しかし近年の複数の臨床研究は、この理論的な懸念を覆す結果を積み重ねています。別の研究チームによる前向き研究では、1ステップ融解による臨床妊娠率・継続妊娠率・生児出生率が、従来法と有意差がないことが示されており、さらに大規模な追跡調査では、1ステップ融解で生まれた1,266人の児について、出生時の在胎週数や体重に従来法との差がないことも報告されています。

今回の研究では、1ステップ法で胚盤胞の再膨張速度がむしろ速くなる現象が観察されており、これは別の実験研究の知見とも一致しています。理論上は、この急速な再膨張が細胞への負担を増すとも考えられますが、実際の臨床成績には表れていません。むしろ、段階的な融解操作にかかる時間や、室温にさらされる時間の長さそのものが胚にとっての負担になっている可能性が指摘されており、直近では、凍結保護剤を含む融解液すら使わず、培養液の中で直接胚を戻す、さらに簡略化した手法の可能性も議論され始めています。胚が想定されていたよりも急激な浸透圧変化に耐えられる可能性があるという見方は、今後の融解プロトコルの標準を変えていく可能性があります。

日本の生殖医療現場にとっての意味

今回の研究は日本国内の生殖医療施設で実施されたデータに基づいており、国内の臨床現場にとって直接的な参考になります。融解操作は培養室における作業負担の大きい工程のひとつであり、1ステップ法への移行は、胚を扱う時間や手技者による差を減らし、業務の効率化につながる可能性があります。市販の融解キットを使わない、さらに簡略化した方法まで視野に入れれば、コスト面でのメリットも見込まれます。

一方で、卵割期胚に関するデータは症例数が限られており、流産率にみられた差が実際に臨床的な意味を持つのかどうかは、今後さらに大きな規模での検証が必要とされています。日本の現場では、胚盤胞移植が主流になりつつある一方、卵割期胚での移植を選択せざるを得ない状況も一定数残っており、双方の胚に関するエビデンスの蓄積が引き続き求められます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、1,501周期という規模の大きさに加え、胚盤胞だけでなく卵割期胚も対象に含め、発育段階・形態評価・胚盤胞到達日数という複数の切り口でサブグループ解析を行った点にあります。

一方で限界も存在します。第一に、3ステップ法は研究期間の前半、簡易な2法は後半に導入されており、時期による背景因子の違いが結果に影響した可能性があります。第二に、3ステップ法と簡易な2法とでは使用した市販の融解キットが異なっており、溶液組成の違いが結果に影響した可能性は完全には否定できません。第三に、卵割期胚の解析対象数(150例)は胚盤胞に比べて少なく、流産率に関する所見は探索的なものにとどまります。第四に、単一施設・後方視的研究であるため、他施設への一般化には注意が必要です。同一患者が複数回の移植周期を経ている点についても、初回移植のみに限定した追加解析で同様の結果が確認されてはいるものの、今後は多施設での前向き研究による検証が望まれます。

おわりに

今回の研究は、簡易な融解プロトコルが、胚盤胞だけでなく卵割期胚においても、また発育段階や形態評価、胚盤胞到達日数によらず、従来の3ステップ法と同等の生存率・妊娠成績をもたらすことを、これまでにない規模のデータで示しました。融解操作の簡略化は、培養室の作業負担軽減という実務的な利点にとどまらず、凍結胚が急激な浸透圧変化にも相応の耐性を持つ可能性を示す知見として、今後の融解プロトコルのあり方を検討する土台になると考えられます。単一施設での後方視的研究という限界を踏まえ、多施設での前向き研究によるさらなる検証が今後の課題とされています。

参考文献

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2. Liebermann J, Hrvojevic K, Hirshfeld-Cytron J, Brohammer R, Wagner Y, Susralski A, Jasulaitis S, Chan S, Takhsh E, Uhler M. Fast and furious: pregnancy outcome with one-step rehydration in the warming protocol for human blastocysts. Reprod Biomed Online 2024;48:103731. doi:10.1016/j.rbmo.2023.103731.

3. Karagianni M, Papatheodorou A, Oraiopoulou C, Papadopoulou MI, Thivaiou L, Katsakoglou N, Christoforidis N, Chatziparasidou A. Effect of a one-step fast warming protocol on reproductive outcomes of vitrified-warmed blastocysts. Fertil Steril 2025;124:1272-1282. doi:10.1016/j.fertnstert.2025.07.005.

4. Liebermann J, Brohammer R, Wagner Y, Parus A, Macias C, Suda N, Vanderpool A, Petrus G, Sarris O, Even K, Smith R, Sutherland S, Jasulaitis S, Hirshfeld-Cytron J, Sipe C, Uhler M. Fast and furious: live birth outcomes in 1266 infants born after one-step warming of vitrified human blastocysts. Reprod Biomed Online 2026;52:105238. doi:10.1016/j.rbmo.2025.105238.

胚移植前の「子宮のぜん動」は妊娠率を左右するか──前向きコホート研究の答え

体外受精(IVF)における着床の成否は、良好な胚を得られるかどうかだけでなく、子宮内膜がその胚を受け入れる状態にあるかどうかにも左右されます。近年、子宮内膜の受容性に関わる要素の一つとして注目されているのが、子宮筋層の内側部分(接合部帯)が示す律動的な収縮運動、いわゆる「子宮のぜん動」です。

これまでの複数の研究では、胚移植の前後に子宮のぜん動が頻繁(おおむね1分間に3回以上)にみられる女性ほど、臨床妊娠率が低下する傾向が報告されてきました。あるメタ解析では、蠕動回数が多い群の臨床妊娠率は、少ない群に比べてオッズ比0.49(95%信頼区間0.37〜0.64)まで低下するとされています。また、凍結胚移植を対象とした研究では、蠕動が1分間に4回以上の群と2回以下の群とで、妊娠率が8%対60%という大きな差が報告された例もあります。

一方で、こうした知見の多くは研究間で結果にばらつきがあり、評価のタイミングや方法も一定していません。子宮のぜん動を胚移植前にルーチンで評価すべきかどうかは、依然として結論が出ていない課題です。この問いに、エジプト・アシュート大学の生殖医療チームが前向きコホート研究で挑みました。Reproductive Biology and Endocrinology誌(2026年)に掲載された本研究は、胚移植の直前に子宮のぜん動を超音波で評価し、頻度と方向の両面から妊娠・出産成績との関連を検証したものです。

方法──胚移植の直前に、子宮のぜん動を超音波で記録した

対象は、2023年8月から2025年1月にかけてエジプト・アシュート大学附属病院でIVFまたは顕微授精(ICSI)を受けた20〜40歳の女性です。良好胚が1個以上得られ、新鮮胚移植または凍結融解胚移植を予定していた女性が組み入れられました。子宮中隔やポリープ、腺筋症など未治療の子宮病変がある女性、内膜厚が7mm未満の女性は除外されています。156人が適格性を評価され、最終的に127人(新鮮周期76人、凍結周期51人)が解析対象となりました。

子宮のぜん動は、胚移植の直前に経腟超音波で子宮の正中矢状断を3分間録画し、その映像を通常の4倍速で再生して評価する方法がとられました。2名の観察者が独立して波形の回数と方向を判定し、意見が食い違った場合は両者で映像を確認して合意に至るまで協議しています。方向は、頸部から底部へ向かう「頸部−底部方向」、底部から頸部へ向かう「底部−頸部方向」、部位や時間によって方向が一定しない「ランダム」、そして蠕動が観察されない「消失」の4パターンに分類されました。

主要評価項目は臨床妊娠率(妊娠反応陽性から2週間以降の超音波検査で胎児心拍が確認されること)、副次評価項目は生化学的妊娠率、流産率、生児出生率としています。解析では、蠕動の回数を「消失」「1分間に3回未満」「1分間に3回以上」の3群に分け、方向についても4群に分けて比較しました。

蠕動の頻度は、妊娠率と関連しなかった

127周期における蠕動回数の中央値は1分間に1回でした。内訳は、蠕動が消失していた女性が34人(26.8%)、1分間に3回未満が72人(56.7%)、3回以上が21人(16.5%)です。臨床妊娠率は、消失群26.1%、3回未満群36.1%、3回以上群33.3%となり、統計学的な有意差は認められませんでした(カイ二乗0.97、P=0.616)。生化学的妊娠率(35.3% vs 40.3% vs 33.3%、P=0.80)、流産率(14.7% vs 9.7% vs 14.3%、P=0.71)、生児出生率(11.8% vs 26.4% vs 19.0%、P=0.221)についても、いずれの群間にも有意差は見られていません。

全体の成績としては、生化学的妊娠率37.7%、臨床妊娠率33.1%、流産率11.8%、生児出生率21.2%で、異所性妊娠の報告はありませんでした。新鮮周期と凍結周期に分けたサブ解析でも、蠕動の頻度による差は同様に確認されず、両群で一致した結果が得られています。

方向別に見ても差はなかったが、底部−頸部方向は5例中0例の妊娠

蠕動の方向別では、頸部−底部方向が62人(48.8%)ともっとも多く、消失が33人(26.0%)、ランダムが26人(20.5%)、底部−頸部方向はわずか6人(4.7%)にとどまりました。臨床妊娠率は、消失群26.3%、頸部−底部方向群35.4%、底部−頸部方向群0.0%、ランダム群42.3%で、こちらも統計学的な有意差はありませんでした(カイ二乗4.30、P=0.23)。

注目に値するのは、底部−頸部方向を示した女性(解析対象5人)のうち、妊娠に至った例が1人もいなかった点です。人数が少なく統計学的な有意差には至らないため偶然の可能性も否定できませんが、この方向は月経期に見られる収縮パターンと重なるとされ、着床への影響が理論的には懸念される方向でもあります。研究チームは、この所見だけで臨床的な結論を出すのは時期尚早であり、さらなる検証が必要だとしています。

先行研究とは食い違う結果──何が違ったのか

この結果は、これまで蠕動の頻度が妊娠率に影響すると報告してきた複数の先行研究とは一致しません。研究チームは、その理由として評価のタイミングの違いを挙げています。過去に有意な関連を報告した研究の一部は、胚移植の5分後や1時間後といった移植操作後のタイミングで蠕動を評価していました。移植手技そのものがカテーテル刺激を介して一時的な蠕動の亢進を引き起こす可能性があり、そのタイミングで測定すると、手技の巧拙が蠕動の評価と妊娠率の両方に影響する交絡要因になりえます。

一方、本研究では胚移植の直前、まだ手技による刺激が加わっていない時点で蠕動を評価しており、これは自然な状態の蠕動をより反映していると考えられます。実際、同様に移植前のタイミングで評価した先行研究では、本研究と同じく方向による有意差が見られなかったとされ、評価のタイミングが結果を左右する重要な要因である可能性が示唆されています。

研究の強みと限界

本研究の強みは、原因を問わずIVFを受けるすべての女性を対象とした実臨床に近い設計であること、新鮮周期と凍結周期を分けて解析し同じ結果が得られたこと、そして胚移植の直前という着床への影響を最も反映しやすいタイミングで評価を行った点にあります。評価も単一の超音波機器・単一の術者によって行われ、2名の観察者による独立判定で評価者間のばらつきを抑える工夫がなされています。

一方で限界も残ります。第一に、サンプルサイズは妊娠率が50%から25%へ低下するという比較的大きな効果を検出できるよう設計されており、より小さな効果は見逃されている可能性があります。第二に、この研究施設全体の妊娠率(33%)・生児出生率(21%)は他の時期の同施設データと同水準であるものの、必ずしも高いとは言えず、結果の一般化には注意が必要です。第三に、蠕動の判定方法は観察者の主観に依存しており、一部の映像では評価者間で解釈が分かれています。より客観的な評価法として磁気共鳴画像(シネMRI)や電子子宮筋電図(EUG)がありますが、前者は高コスト、後者は侵襲的で胚移植当日の使用に適さないという制約があります。

日本の生殖医療現場にとっての意味

今回の結果は、少なくとも胚移植の直前という評価タイミングにおいては、蠕動の回数や方向が臨床妊娠率・生児出生率と明確に関連しなかったことを示しており、蠕動評価を胚移植の可否判断に一律に用いる根拠は、現時点では強固ではないことを裏付けるものといえます。

一方で、底部−頸部方向という特定のパターンについては、症例数が少ないながらも妊娠率がゼロだったという所見があり、今後さらに症例を蓄積した検証が求められます。日本の臨床現場では、蠕動評価をルーチン化するかどうかという判断よりも、腺筋症や子宮内膜症など蠕動異常と関連が指摘されている基礎疾患を持つ患者において、個別に評価を検討する立場が現実的だと考えられます。

おわりに

今回の前向きコホート研究は、胚移植の直前という時点で子宮のぜん動を評価した場合、その回数・方向のいずれも臨床妊娠率をはじめとする成績と有意な関連を示さなかったことを報告しています。研究チームは、現時点のエビデンスでは胚移植前の蠕動評価をルーチンに推奨することはできないと結論づけており、今後はより大規模な研究によって、評価のタイミングや対象患者を絞り込んだ検証が必要とされています。

参考文献

1. Abdallah KS, Zahran KM, Othman MA, Nasr A. Effect of uterine peristalsis at the time of embryo transfer on the outcomes of IVF cycles: a prospective cohort study. Reprod Biol Endocrinol 2026;24:72. doi:10.1186/s12958-026-01587-0.

2. Vidal A, Trejos V, Pape J, Karrer T, Yilmaz G, von Wolff M. Lower pregnancy rate in women with high uterine peristalsis before embryo transfer: a systematic review and meta-analysis. Reprod Biol Endocrinol 2025;23(1):49.

3. Zhu L, Che H, Xiao L, Li Y. Uterine peristalsis before embryo transfer affects the chance of clinical pregnancy in fresh and frozen-thawed embryo transfer cycles. Hum Reprod 2014;29(6):1238-43.

4. Chung CHS, Wong AWY, Chan CPS, Saravelos SH, Kong GWS, Cheung LP, et al. The changing pattern of uterine contractions before and after fresh embryo transfer and its relation to clinical outcome. Reprod Biomed Online 2017;34(3):240-7.

胚が全て発生停止した周期──次の周期の見通しは?

体外受精(IVF)では、受精を確認した胚(前核2個、2PN胚)のうち、およそ40〜60%が胚盤胞まで発育するとされています。しかし実際の診療では、採卵周期で得られた2PN胚のすべてが胚盤胞に到達せず、移植や凍結に用いる胚が1つも得られない周期が一定の割合で生じます。この状態は「完全胚発生停止(complete embryo developmental arrest、以下EDA)」と呼ばれ、加齢や卵巣予備能の低下、染色体異常、胚の代謝経路の異常などが関与すると考えられていますが、そのメカニズムは十分に解明されていません。

胚が1つも得られなかった周期を経験した患者の多くは、その後、追加の採卵周期に進みます。臨床現場では「一度EDAを経験すると、次の周期も同様に不良な結果になりやすい」という見方がしばしばなされますが、それを裏付ける具体的なデータは限られていました。過去の研究の多くはEDAに限定しない幅広い集団を対象としており、胚盤胞形成率が2回目の周期で改善するかどうかについても、報告によって結論が分かれていました。

こうした背景のもと、Fertility and Sterility誌(2026年)に、単一の生殖医療センターで2017年1月から2025年4月までに実施された、着床前診断(PGT-A)を前提とした連続2周期のIVF治療を対象とする後方視的コホート研究が掲載されました。最初の周期で完全EDAを経験した患者が、次の周期でどのような胚培養・妊娠・出産成績を得るのかを、傾向スコアマッチングを用いて検証した内容です。

方法──1年以内に連続した2回のIVF周期を、遺伝子検査を前提に追跡した

対象は、2017年1月から2025年4月にかけて、1年以内に連続して2回の調節卵巣刺激(COS)によるIVF周期を受け、いずれもPGT-Aを実施する予定であった患者です。2回の周期を通じて2PN胚が合計2個以上得られた患者が組み入れられ、代理精子や非自己配偶子を用いた周期、単一遺伝子疾患や染色体構造異常を対象とするPGT-M・PGT-SRを実施した周期は除外されました。

最初の周期の胚培養結果によって、患者は2群に分けられました。胚盤胞形成率が0%であった「完全EDA群」と、1個以上の胚盤胞が凍結された「比較群」です。主要評価項目は、次の周期における胚盤胞到達率(総胚盤胞数÷総2PN数)とし、副次評価項目として採卵数、成熟卵数、受精卵数、総胚盤胞数、正倍数性率、そして単一正倍数性胚移植後の生児出生率が検討されました。両群の背景因子には大きな差があったため、年齢、抗ミュラー管ホルモン(AMH)値、体格指数(BMI)、精子の由来・種類を用いた1対2の傾向スコアマッチングが行われ、マッチング後のデータに対して多変量回帰分析(log-binomial回帰モデル)による調整リスク比(aRR)が算出されました。

マッチング前は、EDA群がもともと不利な条件だった

適格基準を満たした3,917人のうち、501人が完全EDA群、3,412人が比較群に分類されました。マッチング前の時点で、完全EDA群は比較群に比べて年齢が高く(平均38.4歳 vs 37.2歳、P<0.001)、BMIが高く(27.3 vs 26.5 kg/㎡、P=0.008)、AMH値が低く(1.6 vs 2.1 ng/mL、P<0.001)、採卵で得られた成熟卵数も少ない(平均6.6個 vs 9.1個)という結果でした。使用された治療プロトコルにも差があり、完全EDA群ではマイクロフレア法(57.5%)とhCG単独トリガー(73.3%)が多く用いられていたのに対し、比較群ではアンタゴニスト法(64%)とhCG・GnRHアゴニスト併用トリガー(43.3%)が多く用いられていました。

こうした年齢・卵巣予備能・治療プロトコルの偏りをそろえるため、1対2の傾向スコアマッチングが行われ、完全EDA群444人、比較群815人が抽出されました。マッチング後は、平均年齢・BMI・AMH値・採卵で得られた成熟卵数のいずれにも有意差はなくなり、年齢区分や治療プロトコル、トリガーの種類の分布もほぼそろえられました。

胚盤胞到達率は25%低く、「全滅」のリスクは2倍だった

背景因子をそろえたうえでの多変量解析では、完全EDAの既往が、次の周期の胚培養成績に独立して関連していることが示されました。次の周期の胚盤胞到達率は、完全EDA群で33.1%±30.1、比較群で47.0%±31.3となり、完全EDA群では胚盤胞到達率がおよそ25%低いという結果でした(aRR 0.75、95%信頼区間0.70〜0.80、P<0.001)。また、次の周期でも胚盤胞が1つも得られない(再度のEDA)リスクは、完全EDA群で33.6%、比較群で17.9%となり、完全EDA群ではおよそ2倍近く高いという結果でした(aRR 1.82、95%CI 1.44〜2.30、P<0.001)。受精率についても、完全EDA群でわずかに低い値が示されました(76.6%±24.6 vs 81.5%±21.1、aRR 0.94、95%CI 0.92〜0.97、P<0.001)。

それでも三分の二は胚盤胞にたどり着き、正倍数性率・出産成績は同等だった

一方で、得られた胚盤胞の質に着目すると、異なる側面が見えてきました。胚盤胞のうち染色体数に異常がない(正倍数性)割合は、完全EDA群45.5%±40.8、比較群46.7%±39.1と、両群間に有意差はありませんでした(aRR 0.97、95%CI 0.81〜1.15、P=0.209)。さらに、正倍数性が確認された胚を1個移植した場合の生児出生率も、完全EDA群(91件)で73.6%、比較群(318件)で74.8%と、統計学的な有意差は認められませんでした(aRR 0.98、95%CI 0.85〜1.12、P=0.817)。

研究チームは、完全EDAを経験した患者のうち約3分の2が、次の周期で胚盤胞を得られたことも報告しています。胚盤胞形成率や再度のEDAのリスクは高いものの、いったん正倍数性の胚盤胞が得られれば、その後の妊娠・出産成績は完全EDAの既往がない患者と変わらなかったことになります。

何が胚盤胞到達率に関わるのか

マッチング後のデータでは、完全EDAの既往に加えて、年齢区分(35歳未満、41〜42歳、43歳以上)、AMH値、BMI 30kg/㎡以上、そして顕微授精(ICSI)時に新鮮精子と凍結精子の両方を用いる必要があった場合(該当数が少なく解釈には注意が必要)が、次の周期の胚盤胞到達率と関連していました。また治療プロトコルについては、ダウンレギュレーション法(aRR 0.70、95%CI 0.56〜0.87)とマイクロフレア法(aRR 0.89、95%CI 0.81〜0.99)が、胚盤胞到達率の低下と関連していました。ただし、これらの因子は「再度のEDA」そのものとは有意な関連を示しませんでした。

プロトコルを変えても、結果は変わらなかった

完全EDAを経験した患者にとって関心が高いのは、「次の周期で治療プロトコルを変えれば、結果は改善するのか」という点です。この研究では、最初の周期から次の周期にかけて刺激プロトコルやトリガーの種類を変更したかどうかを検討しましたが、胚盤胞到達率にも、再度のEDAのリスクにも、統計学的に有意な差は見られませんでした。この結果について研究チームは、卵巣刺激やトリガーの選び方が、胚の代謝や染色体などの遺伝的側面に影響を与えるという知見がこれまで示されていないことと矛盾しない、生物学的に妥当な所見だとしています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本の生殖医療の現場でも、採卵した胚がすべて胚盤胞に到達せず、移植や凍結に至る胚が1つも得られない周期は珍しくありません。こうした結果を経験した患者にとっては、次の治療に進むかどうかを判断する材料が乏しいことが、大きな不安につながりやすい状況です。今回の結果は、完全EDAの既往が次の周期の胚盤胞到達率の低下や再度のEDAのリスク上昇と関連する一方で、それでも過半数を超える患者が胚盤胞を得られており、得られた胚盤胞の質やその後の妊娠・出産成績には差がないことを示しています。診察室での説明においては、「不利な予後因子ではあるが、致命的な予後不良因子ではない」という位置づけで、治療継続の是非を患者とともに検討する材料になり得ると考えられます。また、プロトコル変更が結果に大きな影響を与えなかったという知見は、次周期に向けた治療方針の説明においても参考になると考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、単一施設・単一の胚培養ラボで実施された連続周期を対象としたことで、施設間や培養条件の違いによる交絡を抑えられた点、そして傾向スコアマッチングによって年齢や卵巣予備能などの背景因子をそろえたうえで比較を行った点にあります。完全EDAという比較的まれな事象を対象としながら、500人規模の患者と3,000人を超える比較群という大きな母集団から解析対象を抽出できたことも強みとされています。

一方で限界もあります。第一に後方視的研究であり、治療プロトコルの選択自体が患者の予後予測に基づいて行われていた可能性があるため、選択バイアスを完全には排除できません。第二に、比較群についても、追加の治療周期に進むことを選んだ患者という点で、一般的な不妊治療患者集団全体を代表しているとは限りません。第三に、男性因子不妊など、解析に含まれていない交絡因子が残っている可能性があります。第四に単一施設の研究であるため、他施設への一般化には慎重な検討が必要とされています。なお、事前のサンプルサイズ計算は行われていませんが、研究チームは、最終的な解析対象の規模(完全EDA群444人、比較群815人)が、オッズ比にしておよそ1.19程度(約30%対35.5%)の効果量を検出するには十分な検出力(80%)を持っていたとしています。

おわりに

今回の研究は、完全EDAという特定の集団に絞って、次の周期の胚培養・妊娠・出産成績を検証した、これまでで初めての報告とされています。完全EDAの既往は、次の周期における胚盤胞到達率の低下や、受精率のわずかな低下、再度のEDAのリスク上昇と独立して関連していました。一方で、正倍数性率や、正倍数性胚移植後の生児出生率には差がなく、治療プロトコルの変更も結果を大きく左右しませんでした。これらの知見は、完全EDAを経験した患者への説明や、次周期に向けた治療方針の検討に活用しうるものですが、単一施設のデータであることから、他施設でのさらなる検証が必要とされています。

参考文献

1. George L, Kalafat E, Sachdev D, Whitehead C, Sahin GN, Werner M, Seli E. Complete Embryo Developmental Arrest and Its Prognostic Significance in IVF. Fertil Steril 2026 (in press). doi:10.1016/j.fertnstert.2026.07.005.

なぜ胚は8細胞で止まるのか──ゲノムの「立体構造」が握る鍵

体外受精(IVF)による治療では、受精が成立しても、その後の分割の途中で発育が止まってしまう胚にしばしば出会います。とりわけヒトの胚では、受精後3日目ごろに到達する「8細胞期」の前後で発育が停止する例が知られており、移植可能な胚が得られない主要な原因のひとつとされています。しかし、なぜこの時期に発育が止まるのか、その分子的なしくみは十分に解明されていません。

8細胞期は、ヒト胚が母親由来の情報だけに頼った発育から、自分自身の遺伝子(ゲノム)を本格的に読み始める「接合体ゲノム活性化(ZGA)」と呼ばれる転換点にあたります。この転換がうまく進むかどうかを左右する要因として、近年注目されているのが、DNAが核内でどのように折りたたまれ、立体的に配置されているかという「3次元ゲノム構造」です。DNAは平面的な設計図ではなく、折りたたまれ方そのものが、どの遺伝子がいつ読まれるかに影響すると考えられています。

こうした立体構造の乱れが、発育停止とどう関わっているのかを、正常に発育した胚と発育が停止した胚を直接比較する形で検証した研究が、Communications Biology誌(2026年)に掲載されました。染色体の立体構造を網羅的に調べるHi-C法と、遺伝子の発現量を調べるRNAシークエンシングを組み合わせた、この分野では規模の大きい解析です(doi:10.1038/s42003-026-10614-0)。

方法──正常な胚と停止した胚を、染色体の立体構造から比較した

対象となったのは、卵管性不妊のため治療を受けた30〜45歳の女性から提供された、顕微授精(ICSI)由来のヒト胚です。受精後3日目までに8細胞期に達し、その後さらに2日間観察してもそれ以上分割が進まなかった胚を「発育停止胚」(37個、37人の提供者から採取)、3日目に8細胞期へ順調に到達した胚を「正常胚」(34個、20人の提供者から採取)と定義しました。いずれも見た目の形態は良好で、変性の兆候はないものが選ばれています。

これらの胚を独立した群に分け、染色体の立体構造を解析するHi-C法と、遺伝子発現を調べるRNAシークエンシングをそれぞれ実施しました。染色体の折りたたみは、大きな単位から順に「コンパートメント」(活発な領域Aと不活発な領域Bへの大まかな区分)、「TAD」(数十万〜数百万塩基対規模でまとまる構造単位)、「ループ」(離れた2点が空間的に接触してできる小さな輪)という階層構造を持っており、この研究ではその全階層を比較しています。

停止した胚では、染色体どうしの「近距離の結びつき」が失われていた

正常胚では、同じ染色体内の近い場所どうしが接触する「染色体内相互作用」が91.8%を占め、別々の染色体どうしが接触する「染色体間相互作用」はわずか8.2%にとどまっていました。ところが発育停止胚では、染色体内相互作用が79.0%に低下し、染色体間相互作用が21.0%まで増加していました。さらに、染色体内でも200万塩基対以内という近距離での接触の割合が、発育停止胚で明らかに減少しており、遠距離の相互作用へと比重が移っていました。これは、正常胚がコンパクトに折りたたまれた構造を保っているのに対し、発育停止胚ではその構造がゆるみ、本来近くにあるべき領域どうしの結びつきが失われていることを示唆しています。

遺伝子発現の面でも大きな違いが見られました。発育停止胚では2,164個の遺伝子で発現が有意に高く、2,726個の遺伝子で発現が有意に低くなっていました。とりわけ、ZGAの際に働くべき遺伝子群(ZGA遺伝子)の発現は、発育停止胚で明らかに低下していました(p<2×10⁻¹⁶)。一方、卵子由来のRNA(母性RNA)を分解する過程に関わる遺伝子群には、有意な変化は見られませんでした(p=0.074)。これは、母性RNAの分解自体は保たれている一方で、胚自身のゲノムを読み始める働きだけが選択的に障害されている可能性を示すものです。

2つの群のあいだで立体構造が特に大きく異なる領域(全ゲノム上341か所)を抽出したところ、こうした領域にはZGA遺伝子が有意に多く含まれていました(p=6.5×10⁻⁵)。また、これらの領域に位置する遺伝子は、立体構造が安定していた領域の遺伝子に比べて、発現量の変化もより大きいことが確認されました。立体構造の乱れと遺伝子発現の乱れが、同じ場所で連動して起きていたことになります。

およそ半分のゲノム領域で、「活発か不活発か」の判定が入れ替わっていた

染色体の大まかな区分である「Aコンパートメント」(活発)と「Bコンパートメント」(不活発)についても、発育停止胚では広範な入れ替わりが見られました。全ゲノム領域のうち、活発から不活発へ切り替わった領域が25.7%、不活発から活発へ切り替わった領域が25.8%にのぼり、両者を合わせるとおよそ半分の領域で状態が入れ替わっていたことになります。もともとヒトの正常胚でもコンパートメントの区分はやや不明瞭な傾向がありますが、発育停止胚ではその不明瞭さがさらに強まっており、活発・不活発の境界そのものがあいまいになっていました(p=0.00014)。

興味深いのは、この切り替わりが遺伝子発現の変化と対応していた点です。活発から不活発へ切り替わった領域には、RNAの局在調節やリボソーム(たんぱく質合成装置)の形成、ミトコンドリアの働きに関わる、発育に不可欠な「基盤的な」遺伝子群が集中しており、これらの発現は発育停止胚で明らかに低下していました。一方、不活発から活発へ切り替わった領域には、四肢の形成や骨形成など、本来はもっと発育が進んだ段階で働くはずの遺伝子群が含まれており、これらは発育停止胚でむしろ発現が上昇していました。

この結果は、発育停止した胚が単に成長を止めているのではなく、発育のタイミングそのものが乱れ、「後で使うはずの遺伝子」が早々に動き出してしまっている可能性を示しています。基盤的な機能を支える遺伝子が沈黙する一方で、本来先の段階で必要になる遺伝子が先走って活性化する――発育の順序が崩れていることが、停止の背景にあるのかもしれません。

TADとループ──折りたたみの「区画」と「つなぎ目」にも乱れが

より細かい構造単位であるTADについては、その大枠(2,191個)は正常胚と発育停止胚のあいだで98.6%が共通しており、比較的保たれていました。一方で、TADとTADを区切る「境界」については変動が大きく、正常胚に特有の境界が479か所(36%)、発育停止胚に特有の境界が582か所(43%)見られました。TADという区画そのものは崩れていないものの、区画を仕切る境界線の位置は不安定になっていたことになります。境界の強さもやや弱まり(p=0.002947)、TADのサイズ自体も正常胚より大きくなっていました。境界近くには、遺伝子の並び方に影響を与える「トランスポゾン」という反復配列が多く集まっていることも分かりました(p<0.0001)。

さらに細かい「ループ」構造(離れた2点が接触してできる小さな輪)についても、染色体によっては大きな違いが見られ、その接触頻度の変化量は、対応する遺伝子の発現変化量と弱いながら有意な相関を示しました(r=0.1、p=0.0078)。また、染色体の折りたたみを支えるコヒーシンなどのたんぱく質(SMC2、SMC4、RAD21、STAG2、CTCFなど)をコードする遺伝子の発現も、発育停止胚で軒並み低下しており、折りたたみを支える「足場」役そのものが不足していたことがうかがえます。

鍵を握るかもしれない転写因子――KLF17とZNFファミリー

こうした構造変化を引き起こす「司令塔」候補を絞り込むため、ループの接合部に集まりやすい転写因子(遺伝子の働きを調節するたんぱく質)を網羅的に調べたところ、KLF17という因子が候補として浮かび上がりました。KLF17は発育停止胚で発現が有意に低下しており、かつそのDNA結合配列(モチーフ)がループ接合部に有意に集積していました。マウスの研究では、KLF17がRNAポリメラーゼII(遺伝子を読み取る酵素)を呼び込むことでZGAを助けることが報告されており、ヒトでも同様の役割を担っている可能性が推測されています。

KLF17のほかにも、TPRX1・TPRX2、ZSCAN5B、KLF4、MYC、YY1といった転写因子の発現が、発育停止胚で有意に低下していました。また、DNAやRNAに結合して転写やDNA修復に関わる「ジンクフィンガーたんぱく質(ZNF)」というグループの遺伝子群にも注目が集まりました。CTCFやコヒーシンと協調してループ形成を助けるZNF143、ZGAの活性化に必要とされるZNF675は、いずれも発育停止胚で発現が有意に低下していました。たんぱく質どうしの相互作用ネットワーク解析では、幹細胞の未分化性維持に関わることが知られるZNF281をはじめ、ZNF597、ZNF622が中心的な候補として浮かび上がりましたが、これらのZGAにおける具体的な役割は、今後の実験的な検証が必要とされています。

エネルギー代謝に関わる変化も見られました。TADの境界に位置する遺伝子群の機能を調べると、正常胚では「グルタミン分解」に関わる経路が目立つ一方、発育停止胚では「グルタミン酸合成」に関わる経路が目立っていました。グルタミンは胚のエネルギー代謝を支える基質のひとつとされており、関連する酵素をコードするGLUD1やGLS、ミトコンドリアの銅代謝とエネルギー産生に関わるSCO1といった遺伝子の発現が、発育停止胚でいずれも低下していました。構造の乱れが、エネルギー代謝の乱れとも結びついている可能性が示されています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本の生殖医療の現場では、受精確認後に発育が途中で止まる胚にたびたび遭遇しますが、その原因の多くは、通常の顕微鏡による形態観察だけでは判別できません。今回の研究は、そうした「見た目では分からない」発育停止の背景に、染色体の立体構造という、これまで臨床的な胚評価では扱われてこなかった次元の異常が関わっている可能性を示すものです。

ただし、この研究で得られた知見は、あくまで基礎的なメカニズムの解明にとどまり、現時点で個々の胚を選別するための臨床検査として使える段階には至っていません。染色体の立体構造を調べるHi-C法は、現状では胚そのものを壊して分析する必要があり、移植前の胚に直接応用することはできません。今後、こうした立体構造の異常を、より低侵襲な方法で間接的に検出できるようになれば、将来的な胚評価の新たな指標につながる可能性はありますが、それには前向きな検証研究の積み重ねが必要とされています。

研究の強みと限界

本研究の強みは、正常胚と発育停止胚という明確に定義された2群を対象に、染色体の立体構造(Hi-C)と遺伝子発現(RNAシークエンシング)を同一コホートから系統的に取得し、統合的に解析した点にあります。公開データベースを組み合わせた過去の研究に比べて、内部一貫性の高い結果が得られています。

一方で限界もあります。第一に、立体構造と遺伝子発現のデータは同一個体の胚から同時に取得されたものではなく、個々の胚における両者の直接的な対応関係までは示せていません。第二に、「正常胚」は形態的な観察のみで選ばれており、その後さらに培養を続ければ発育が停止した可能性を完全には否定できません。これは通常の顕微鏡観察に本質的な限界があるためで、臨床での胚選別が抱える課題と共通しています。第三に、観察された立体構造の変化がどのようなしくみで生じるのかは今回のデータだけでは特定できておらず、エピジェネティックな異常や染色体異数性、単一遺伝子の異常、細胞分裂の乱れなど、複数の要因が絡み合っている可能性が指摘されています。

おわりに

今回の研究は、ヒト胚が8細胞期で発育を停止する現象について、染色体の立体構造という新しい切り口から、正常胚と発育停止胚の違いを大規模に描き出したものです。発育停止胚では、染色体内の近距離での結びつきが失われ、コンパートメントの区分があいまいになり、TADの境界やループ構造にも乱れが生じていました。あわせて、本来先の段階で働くはずの遺伝子が早期に活性化する一方、ZGAやエネルギー代謝を支える遺伝子群の働きが低下しているという、発育のタイミングの乱れも示されました。これらの知見は、ヒト初期発生の理解を深める資源となるとともに、将来的な胚評価法の改善に向けた検討の土台になり得るものですが、実際の臨床応用に向けては、さらなる前向きの検証研究が必要とされています。

参考文献

1. Cao Y, Tian GG, Hou C, Wang S, Lu Q, Yu S, Zhang M, Sun Y, Wu J. A barrier to human embryogenesis involves dysregulated 3D genome reprogramming and ZGA collapse. Commun Biol 2026. doi:10.1038/s42003-026-10614-0.

卵子・胚が育たない不妊──遺伝子検査が必要な人を見分ける手がかり

体外受精や顕微授精を繰り返しても、卵子がうまく成熟しない、受精しない、あるいは受精しても分割が止まってしまう。こうした状態は加齢に伴う染色体異常とは別に、若く卵巣機能に問題のない女性にも一定の割合で生じることが知られています。近年の研究では、こうした「卵子・受精卵・胚の成熟停止」(OZEMA)の一部が、単一の遺伝子の変異によって引き起こされていることが示されてきました。TUBB8やPATL2など、卵子の減数分裂や受精、初期の細胞分裂に関わるタンパク質をコードする遺伝子が原因として報告されており、OMIMには20を超える原因遺伝子が登録されています。

ただし、こうした遺伝的背景の頻度や、遺伝子検査を優先すべき臨床的な目安は、これまで明確になっていませんでした。原因となる変異の頻度は民族集団によって異なることが知られており、中国や欧州の集団ではTUBB8やPATL2の変異が高頻度に報告されている一方、日本人集団における実態は不明のままでした。

こうした背景のもと、Scientific Reports誌(2026年)に、藤田医科大学を中心とする日本国内34施設の共同研究チームによる多施設後方視的コホート研究が掲載されました。2020年3月から2025年9月にかけて、複数の採卵周期にわたり繰り返しOZEMAを示した日本人女性50名を対象に、全エクソームシークエンシングでOZEMA関連24遺伝子を解析し、遺伝子変異の頻度と、変異の有無を予測しうる臨床的な指標を検証した内容です(doi:10.1038/s41598-026-60724-2)。

方法──くり返しOZEMAを示す女性を、24遺伝子で調べた

対象は、複数の採卵周期にわたり卵子成熟率、受精率、胚盤胞形成率のいずれかが平均30%未満という基準を満たした原発性不妊症の女性50名です。重度の男性因子不妊や子宮の異常などがある場合は除外されました。末梢血または唾液から抽出したDNAを用いて全エクソームシークエンシングを実施し、OMIMに登録されているOZEMA関連24遺伝子を網羅的に解析。候補となる変異はサンガー法で確認したうえで、ACMG/AMPガイドラインに基づき病的または病的擬いと分類しました。

10人に2人で原因変異、最多はTUBB8

50名のうち10名(20%)で、病的または病的擬いの変異が同定されました。内訳は、TUBB8が6名と最も多く、続いてPATL2、ZP2、ZP3、CHEK1がそれぞれ1名ずつでした。TUBB8は紡錘体形成に関わる微小管の構成タンパク質をコードしており、これまでの中国や欧州の報告でも最も頻度の高い原因遺伝子とされてきました。今回の結果は、民族を問わずTUBB8がOZEMAの主要な原因遺伝子であることを裏づける内容といえます。

一方、中東や北アフリカの集団で高頻度に報告されてきたPATL2の変異は、今回はわずか1名にとどまりました。興味深いことに、今回同定されたTUBB8とPATL2の一部の変異は、国際的なデータベース(gnomAD)では稀であるにもかかわらず、日本人集団のデータベースでは比較的高い頻度で見られました。特定の変異が創始者効果や遺伝的浮動を通じて日本人集団の中で広がっている可能性を示唆する結果です。なお、遺伝子パネル検査を通じて2名(4%)に、BRCA2やATMといった遺伝性がんに関連する遺伝子の二次的所見も見つかり、遺伝カウンセリングを通じて開示されました。

変異陽性群は、day-3胚にすら到達しなかった

変異の有無で分けた2群を比較すると、年齢や採卵周期数、総採卵数には有意差がありませんでした。一方、胚の発育成績には際立った差が見られました。変異陽性群の中央値は、成熟卵(MII卵)が4個(変異陰性群24個)、受精卵が0個(同14個)、day-3胚(3日目の分割期胚)が0個(同7個)、移植可能なday-3胚が0個(同2個)、胚盤胞が0個(同1個)と、いずれも統計学的に有意に少ない結果でした。とりわけ注目すべきは、変異陽性群の10名全員がday-3胚に到達しなかった一方、変異陰性群では40名中28名(70%)がday-3胚を得ていた点です。

表現型の内訳を見ると、変異陽性群では卵子成熟停止が60%と最多で、次いで受精失敗が20%でした。対照的に、変異陰性群では初期胚停止が70%と最多です。この違いは、変異陽性群で同定された遺伝子がいずれも、受精や卵割といった比較的早い発生段階で機能するタンパク質をコードしていることと符合します。

「day-3胚に到達できるか」が、遺伝子検査の目安になる

研究チームは、day-3胚の到達、移植可能なday-3胚の到達、胚盤胞形成という3つの発生指標について、遺伝子変異を予測する診断性能を検証しました。いずれの指標も感度は100%(95%信頼区間72.2〜100)で、変異を持つ患者を見逃すことはありませんでした。特異度は、day-3胚到達の有無で最も高く82.5%(95%信頼区間68.0〜91.3)、移植可能なday-3胚では70.0%、胚盤胞形成では52.5%と、発生段階が進むほど下がる傾向が見られました。

陽性的中率も、day-3胚に到達できなかった患者群で58.8%(95%信頼区間36.0〜78.4)と最も高い値でした。裏を返せば、day-3胚に到達できなかった患者のうちおよそ4割は、今回調べた24遺伝子には変異が見つからなかったことになります。未知の原因遺伝子や、精子のDNA損傷、エピジェネティックな要因など、遺伝子検査だけでは捉えきれない要因が関与している可能性が考えられます。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、OZEMAに対する遺伝子検査の実施基準がこれまで十分に整理されてきませんでした。今回の結果は、卵子成熟や受精、初期の胚分割という早い段階で発生が止まる患者ほど、単一遺伝子の変異が背景にある可能性が高いことを示しています。複数周期にわたってday-3胚にすら到達できない患者では、遺伝子検査を検討する意義が大きいと考えられます。

臨床現場にとって、この情報は治療方針の説明に直結します。原因となる変異が同定された場合、採卵周期を重ねても生存可能な胚を得られる可能性は低いと考えられるため、卵子提供や養子縁組といった代替的な家族形成の選択肢について、早い段階で情報提供を行う判断材料になります。一方、day-3胚に到達できたとしても胚盤胞に至らない患者では、遺伝子検査による絞り込み効果は相対的に弱く、検査の実施はケースごとに検討する必要があります。

研究の強みと限界

本研究の強みは、日本国内で実施されたOZEMA研究として現時点で最大規模の多施設共同研究である点、そして遺伝子検査の結果だけでなく実際の胚発育の経過まで追跡した点にあります。

一方で限界もあります。50例という規模は大きくなく、より大規模な前向き研究による検証が必要です。また、解析対象は解析時点でOMIMに登録されていた24遺伝子にとどまり、今後同定される原因遺伝子や、全エクソームシークエンシングでは検出できない非コード領域の変異が、変異陰性とされた患者に含まれている可能性があります。さらに、day-3胚への到達失敗は今回の集団で感度100%を示しましたが、これはあくまで遺伝子検査を優先すべき患者を絞り込むための目安であり、確定的な診断基準ではないとされています。実際、別の報告ではTUBB8変異を持ちながら分割期胚を得られた例も存在しており、この指標だけで検査対象を除外することは避けるべきとされています。

おわりに

今回の研究は、日本人のOZEMA患者における遺伝的背景を、これまでで最大規模のデータで明らかにしたものです。TUBB8を中心とする単一遺伝子変異が患者の20%で同定され、変異を持つ患者はday-3胚にすら到達できないという明確な発生停止パターンを示しました。day-3胚への到達の可否は、遺伝子検査を優先すべき患者を見極めるための実用的な目安となりうることが示されましたが、確定的な基準ではなく、今後より大規模な前向き研究によるさらなる検証が必要とされています。

参考文献

1. Sako Y, Inagaki H, Nishizawa H, Kisu I, Kurahashi H. Gene panel analysis for oocyte/zygote/embryo maturation arrest in female infertility: a multicenter study in Japan. Sci Rep (2026). doi:10.1038/s41598-026-60724-2.

全胚凍結は誰に効くのか──9,716件の移植が問い直す、新鮮胚移植との使い分け

体外受精において、採卵した卵子から得られた胚をいったんすべて凍結し、後日あらためて融解して移植する「全胚凍結」という方法があります。新鮮な胚をそのまま移植する「新鮮胚移植」と比べてどちらが妊娠・出産に有利かは、長年議論の的となってきました。

これまでの指針では、全胚凍結が推奨されるのは主に卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクが高い患者や、採卵数の多い「高反応群」に限られてきました。実際、英国の規制当局であるヒト受精・胚機構(HFEA)のガイダンスも、追加の処置や費用がかかることを踏まえ、全胚凍結はOHSSリスクのある患者や高反応群に絞って推奨するという立場をとっています。しかし、この根拠となったランダム化比較試験(RCT)の多くは、参加基準や年齢上限によって対象が限定されており、実際の診療現場で治療を受けるすべての患者層を反映しているとは言えない面がありました。

こうした背景のもと、Reproductive BioMedicine Online誌(2026年)に、英国の単一施設で2016年から2023年にかけて実施された9,923件の自己卵子採卵周期、9,716件の胚移植を対象とした大規模な後方視的コホート研究が掲載されました。年齢だけでなく、採卵数や胚の個数・質によって、新鮮胚移植と全胚凍結のどちらが有利かが変わるのかを、傾向スコアマッチングという統計手法を用いて検証した内容です(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105742)。

方法──9,923周期を、傾向スコアでマッチングして比較した

対象は、2016年から2023年にロンドンの単一体外受精クリニックで実施された9,923件の自己卵子採卵周期です。体外受精または顕微授精を行い、新鮮胚移植を実施した周期と、全胚を凍結したうえで後日凍結融解胚移植(FET)を行った周期を比較しました。卵子提供や代理懐胎、着床前遺伝学的検査(PGT)を伴う周期などは除外されています。

新鮮胚移植群と全胚凍結群では、採卵数や胚の個数、患者の年齢などの背景因子が大きく異なっていたため、これらの偏りを補正する目的で、傾向スコアによる完全マッチングという手法が用いられました。さらに、年齢・採卵数・受精方法・胚の個数・凍結胚数・胚移植数などを共変量としたロジスティック回帰モデルで調整が加えられています。解析は大きく2種類行われました。ひとつは各周期の最初の胚移植(新鮮胚移植か、最初のFETか)における生児出生率の比較、もうひとつは同一採卵周期に由来する複数回の移植を通算した「累積生児出生率」の比較で、こちらはCox比例ハザードモデルが用いられています。

全年齢では差なし、しかし「反応の良さ」で結果が分かれた

最初の胚移植における生児出生率は、全年齢をまとめて解析すると新鮮胚移植と全胚凍結後の初回FETでほぼ同等でした(調整オッズ比0.9、95%信頼区間0.6〜1.3、35% vs 35%、P=0.8)。年齢層別に見ても、35歳未満(45% vs 46%)、35〜37歳(39% vs 36%)、38歳以上(21% vs 24%)のいずれにおいても、両群の差は数%以内にとどまり、統計学的な有意差は認められませんでした。

一方で、採卵数による「反応性」で層別化すると、傾向に違いが見えてきました。採卵数が16個以上の高反応群では、新鮮胚移植のほうが生児出生率が高い傾向にありました(50% vs 41%)が、この差は有意ではありませんでした(調整オッズ比0.6、95%信頼区間0.4〜1.1、P=0.2)。これは、高反応群にこそ全胚凍結が有利とされてきた従来の考え方とは逆方向の結果です。逆に、採卵数が5個未満の低反応群では、新鮮胚移植と全胚凍結後の初回FETの生児出生率はほぼ同じでした(26% vs 27%、調整オッズ比1、95%信頼区間0.7〜1.5、P=1)。

胚の数が少ない周期でこそ、全胚凍結の強みが表れた

得られた胚の個数によって解析すると、より明確な違いが見られました。1周期あたりの胚が2個以下と少ない場合、全胚凍結後の初回FETは新鮮胚移植に比べて生児出生率が高い傾向にありました(28% vs 23%)。この差は補正前では有意でしたが(P=0.04)、多重検定の補正後には有意性を失いました(調整オッズ比1.3、95%信頼区間1〜1.8、調整後P=0.1)。

さらに、発育の遅れた胚や形態評価の低い胚を除外し、良好な質の胚だけに絞って比較すると、胚数が少ない周期における全胚凍結の優位性はより明確になりました。生児出生率は全胚凍結後の初回FETで38%、新鮮胚移植で29%となり、この差は補正後も統計学的に有意でした(調整オッズ比1.6、95%信頼区間1.2〜2.1、補正前P=0.001、補正後P=0.02)。ただし、この傾向は38歳未満の患者に限って解析すると消失し(37% vs 37%、P=1)、38歳以上に限ると差は残るものの有意ではなくなりました(19% vs 14%、調整オッズ比1.5、95%信頼区間1.1〜2.4、P=0.2)。胚数が多い周期(6個以上)では、逆に新鮮胚移植のほうが高い傾向でしたが(55% vs 45%)、こちらも有意差はありませんでした。

質の低い胚を移植するとき、若い患者ほど全胚凍結が有利?

発育が遅れた胚や形態評価の低い胚(グレードBC以下)を移植した場合に限った解析では、全胚凍結後の初回FETのほうが生児出生率が高い傾向が見られました(18% vs 13%)。この差は補正前では有意でしたが(P=0.03)、補正後は有意性を失いました(調整オッズ比1.7、95%信頼区間1.1〜2.8、補正後P=0.1)。

年齢で層別化すると、この傾向は38歳未満の患者に限って見られ、生児出生率はおよそ2倍の差でした(30% vs 19%、調整オッズ比2、95%信頼区間1.1〜3.5、補正前P=0.02、補正後P=0.1)。38歳以上では、質の低い胚を移植した場合の生児出生率は新鮮胚移植・全胚凍結のどちらでもほぼ同じでした(8% vs 7%、P=1)。研究チームは、この年齢差の背景として、高齢患者では胚の染色体異数性(コピー数の異常)が結果を左右する主要因になっている一方、若い患者では子宮内膜と胚の発育タイミングの「ずれ」が影響している可能性を指摘しています。

周期全体で通算すると、若い患者では新鮮胚移植がやや優勢

1回の採卵周期に由来するすべての移植を通算した「累積生児出生率」をCox比例ハザードモデルで解析すると、全年齢を通じて新鮮胚移植のほうが生児出生に至るまでの速度が63%速い傾向にありました(ハザード比1.63、95%信頼区間1〜2.6)が、補正後は有意性を失いました(補正前P=0.034、補正後P=0.06)。35歳未満(ハザード比1.69、補正後P=0.06)、35〜37歳(ハザード比1.95、補正後P=0.06)でも同様に、新鮮胚移植で速い傾向は見られたものの、いずれも補正後には有意ではありませんでした。一方、38歳以上では、新鮮胚移植と全胚凍結の差はわずか10%にとどまり、明確な差は見られませんでした(ハザード比1.11、95%信頼区間0.78〜1.56、P=0.6)。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本の生殖医療の現場でも、全胚凍結の適応は主にOHSSリスクの高い患者や採卵数の多い患者に限定されることが多く、少数の胚しか得られなかった周期では新鮮胚移植が選択されることが一般的です。今回の結果は、この従来の使い分けに一定の再考を促す内容です。高反応群において全胚凍結の明確な優位性は確認されず、むしろ胚数が少ない周期において、胚の質を揃えたうえでの全胚凍結が有利である可能性が示されました。

特に、胚の発育が遅れていたり形態評価が低かったりする「質の低い胚」しか得られなかった場合、38歳未満の患者では全胚凍結によって子宮内膜の状態を整えてから移植することが有利に働く可能性があります。ただし、これらの知見の多くは多重検定補正後に有意性を失っており、確定的な結論ではありません。日本の臨床現場では、採卵数という単一の指標だけでなく、得られた胚の個数と質を踏まえた個別化された意思決定が、今後の議論の出発点になると考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、9,923件という大規模な単一施設データに基づき、傾向スコアによる完全マッチングで背景因子の偏りを補正した点、そして最初の移植だけでなく周期全体を通算した累積成績まで検証した点にあります。単一の標準化された培養室で得られたデータであるため、施設間差によるばらつきが少ないという利点もあります。

一方で限界も明記されています。第一に、後方視的コホート研究であり、卵巣予備能マーカーや子宮内膜調整法、刺激プロトコルなど、測定されていない交絡因子が結果に影響した可能性は否定できません。第二に、単一施設のデータであるため、他施設への一般化には注意が必要です。第三に、解析は5日目胚の移植に限定されており、2〜4日目胚や6〜7日目胚、3個以上の胚移植は除外されているため、より予後良好な患者層に偏っている可能性があります。第四に、胚の染色体異数性検査(PGT-A)は行われておらず、胚の質は形態評価にとどまります。第五に、複数の解析結果が補正前では有意であったものの、多重検定補正後には有意性を失っており、これらの知見はあくまで仮説を提示するものであって、確証的な結果ではない点に留意が必要です。

おわりに

今回の研究は、新鮮胚移植と全胚凍結のどちらが有利かは、年齢そのものよりも、得られた胚の個数と質によって左右される可能性を示すものです。従来、全胚凍結が有利とされてきた高反応群では明確な優位性は確認されず、逆に胚数が少ない周期や、質の低い胚しか得られなかった若い患者において、全胚凍結が有利となる可能性が示されました。これらの知見の多くは統計学的な確証には至っておらず、今後さらに大規模な前向き研究による検証が求められています。

参考文献

1. Garratt J, Macklon N, Ellis PJ, Goswami M, Kovats T, Al-Hashimi B, Shah T, Linara-Demakakou E, Ahuja KK. Time to reconsider who the freeze-all approach benefits: a matched cohort analysis of over 9000 embryo transfers. Reprod Biomed Online 2026;53(3):105742. doi:10.1016/j.rbmo.2026.105742.

「前核1個」の胚は捨てるべきか──受精方法で一変する遺伝的リスク

体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)による受精の確認は、精子と卵子に由来する遺伝情報が、それぞれ独立した「前核」と呼ばれる構造として、受精後16〜18時間ごろに卵の中に見えてくることを目印に行われます。通常はこの前核が2つ(2PN)観察されることをもって正常受精と判断されますが、実際には前核が1つしか見えない「1PN(前核1個)」といった非典型的な受精像が、一定の割合で生じます。1PNの頻度は報告によって1.6〜9%とされ、その多くは受精確認という一時点での観察に伴う手法上の制約から生じると考えられています。

国内外の生殖医療のガイドラインでは、1PN由来の胚(以下、1PN胚)を移植に用いないことが長く推奨されてきました。染色体の由来が母親または父親のどちらか一方に偏る「片親性(単為性)」の胚である可能性があり、まれに胞状奇胎という異常妊娠につながるリスクが指摘されてきたためです。一方で、これまでの複数の研究では、1PN胚の一部が正常な両親性(両親由来)の胚盤胞へと発育し、健常な出生に至ることも報告されており、2026年発表のメタ解析でも、正倍数性が確認された1PN胚の生児出生率は2PN胚と有意差がないことが示されています(相対危険度0.85、95%信頼区間0.59〜1.23)。

このような背景のもと、Human Reproduction誌(2026年)に、オーストラリアの複数施設で2010年1月から2024年2月までに実施された10,730周期、13,203個の1PN胚を対象とした大規模な後方視的研究が掲載されました。受精方法(体外受精か顕微授精か)によって1PN胚の遺伝的性質がどう異なるのか、そして両親性が確認された胚を移植した場合の妊娠・出産成績を、これまでで最大規模のデータで検証した内容です。

方法──前核1個の胚を、受精方法別に追跡した

対象は、2010年1月から2024年2月にかけてオーストラリアの複数の体外受精クリニックで実施された10,730周期のうち、受精確認時に1PN胚が1つ以上観察された周期です。体外受精由来(5,266周期、6,706個の1PN胚)と顕微授精由来(5,464周期、6,497個の1PN胚)に分けて解析されました。

胚盤胞まで発育し、遺伝子検査(着床前胚染色体異数性検査、PGT-A)に適した胚については、栄養外胚葉の一部を採取して染色体数の異常(異数性)を調べるとともに、短鎖反復配列(STR)というDNAマーカーを用いて、染色体が母親と父親の双方に由来する「両親性」か、片方のみに由来する「片親性」かを判定しました。両親性が確認され、かつ染色体数に異常がない(正倍数性)胚のみが、凍結融解胚移植の対象とされました。

IVF由来なら97%が両親性、ICSI由来では3人に1人が片親性

遺伝子検査の対象となった1PN由来の胚盤胞(以下MPB)のうち、体外受精由来では454個中440個(96.9%)で両親性が確認されたのに対し、顕微授精由来では164個中108個(65.9%)にとどまりました(P<0.001)。体外受精由来のMPBはおよそ30個に1個ほどしか片親性ではなかった一方、顕微授精由来のMPBではおよそ3個に1個が片親性だったことになります。

片親性と判定された胚の内訳を見ると、体外受精由来では92.8%、顕微授精由来では94.6%が母親由来でした。父親由来の片親性は、体外受精由来でわずか1/14(7.2%)、顕微授精由来で3/56(5.4%)にとどまっています。胞状奇胎のリスクと直接関わるのは父親由来の片親性であるため、体外受精由来のMPBにおける父親由来片親性の頻度は全体の約0.2%と見積もられ、自然妊娠における背景リスクと同程度と評価されています。

染色体の数的異常(異数性)の頻度にも違いが見られました。体外受精由来のMPBは異数性の頻度が2PN胚盤胞とほぼ同程度でした(37.3% vs 33.9%)。一方、顕微授精由来のMPBは、2PN胚盤胞よりも異数性の頻度が明らかに高くなっていました(45.5% vs 31.5%、P<0.05)。

胚盤胞にたどり着けるかどうかも、受精方法で差がついた

1PN胚が受精後5日目までに胚盤胞に到達する割合は、体外受精由来で19.3%、顕微授精由来で9.7%と、いずれも2PN胚(体外受精63.3%、顕微授精60.6%)を大きく下回りました。凍結または移植に用いられた「利用率」で見ても、体外受精由来のMPBは13.0%(2PN胚は49.9%)、顕微授精由来のMPBは5.7%(2PN胚は47.4%)と、実際に利用できる胚は限られていました。たどり着いた胚盤胞の質(グレード)についても、1PN由来の胚盤胞は2PN由来の胚盤胞に比べて低グレードの割合が高い傾向にありました。

両親性が確認されれば、妊娠・出産の成績は2PN胚と変わらなかった

両親性かつ正倍数性が確認されたMPBを実際に移植した場合の成績は、注目すべき結果でした。体外受精由来のMPB移植では、生化学的妊娠率56.2%、生児出生率40.9%で、2PN胚盤胞の移植(生化学的妊娠率65.1%、生児出生率50.4%)と比べると単純比較ではやや低い値でしたが、母体年齢や胚の凍結日、患者ごとの背景を調整した解析では、両者の差は統計学的に有意ではなくなりました。胚盤胞の質で層別化した解析でも、高・中・低いずれの品質区分でも1PN由来と2PN由来の間に有意差は認められませんでした。

顕微授精由来のMPB(移植数54件)についても、胚盤胞のグレードや妊娠・出産成績に、2PN胚由来の胚盤胞との有意差はありませんでした。新生児の在胎週数、出生体重、性別、母児の合併症の頻度(4.5〜9.9% vs 8.7〜9.6%)についても、1PN由来と2PN由来の胚で差は見られませんでした。移植された257件のいずれにおいても、胞状奇胎の発生は報告されていません。

見分ける手がかりは「核小体の数」

遺伝子検査を経ずに両親性かどうかを予測できる形態学的な指標があれば、臨床上の意義は大きくなります。研究チームは、体外受精由来の1PN胚(両親性30個、片親性14個)について、前核の大きさや発育のタイミングなどを比較しましたが、多くの指標では明確な違いが見出されませんでした。唯一、前核の中に見える「核小体」(核内の小さな構造物)の数については、両親性の胚のほうが片親性の胚よりも有意に多いという結果が得られました(P=0.008)。この差は、その後平均〜低品質の胚盤胞へと発育した群でとくに顕著でした。ただし、この所見だけで両親性かどうかを確実に判定できるわけではなく、今後の前向き研究での検証が必要とされています。

1PN胚が生じるしくみについても、いくつかの仮説が整理されています。片方の前核が遅れて現れる「非同期性」、両方の遺伝情報が1つの前核に収まってしまうケース、2つの前核が早期に融合してしまうケース、そして一方の前核が観察前に消失してしまうケースなどが挙げられており、これらはいずれも両親性の胚を生み出しうる一方、体外受精と顕微授精とでは、その起こりやすさが異なると考えられています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、1PN胚の取り扱いについて統一的な指針が定まっているとは言えず、多くの施設で移植を見送る運用がとられています。今回の結果は、少なくとも体外受精由来のMPBについては、遺伝子検査を行わずに移植する場合のリスクが、これまで想定されていたよりも低い可能性を示しています。特に、2PN胚が得られなかった周期でその意味は大きくなります。今回のデータでは、1PN胚を含む周期のおよそ6周期に1周期(体外受精15.6%、顕微授精16.7%)で利用できる2PN胚が存在せず、1PN胚だけが唯一の選択肢となっていました。こうした周期では、1PN胚の利用が、新たな採卵周期を避ける手段になり得ます。

一方で、顕微授精由来のMPBについては片親性の頻度が高いままであり、遺伝子検査を省略する根拠にはならないとされています。日本の臨床現場では、受精方法の違いに応じてリスク評価や患者への説明を使い分ける、いわゆる「リスク層別化」の考え方が、今後の議論の出発点になると考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、10,730周期、13,203個という規模の大きさ、体外受精と顕微授精を分けて比較した点、そして遺伝子検査結果だけでなく実際の妊娠・出産・新生児の成績までを追跡した点にあります。

一方で限界もあります。第一に後方視的なコホート研究であり、選択バイアスの可能性を否定できません。第二に、単一の医療グループ内のデータであるため、他施設への一般化には注意が必要です。第三に、顕微授精ではタイムラプス撮影による観察、体外受精では静止画による観察というように、1PN胚の検出方法自体に違いがあった可能性が指摘されています。第四に、両親性の判定に用いられたSTR法は、これまで別の技術との相互検証が行われておらず、三倍体(染色体が3セット存在する状態)の胚が誤って両親性と分類されている可能性も残ります。三倍体は現在使われている検査プラットフォームでは検出が難しく、この点は結果の解釈に一定の留保が必要とされています。

おわりに

今回の研究は、1PN胚の遺伝的性質と臨床成績について、これまでで最大規模のデータを提供するものです。体外受精由来のMPBは、顕微授精由来のMPBに比べて片親性の頻度が明らかに低く、両親性が確認された場合の妊娠・出産成績は2PN胚と同等でした。これらの知見は、受精方法に応じた個別化されたリスク評価と説明のあり方を検討する土台になり得るものです。今回の結果を直ちに一律の診療変更につなげるのではなく、前向きの多施設研究によってさらに検証していく必要があるとされています。

参考文献

1. McPherson NO, Ussher C, Holden S, Hesketh N, Murray A, Lee A, Bui D, Traversa MV, Grkovic S, Dickson R, Bowman M, Marren A, Morbeck DE. A large retrospective study on 1PN embryo transfer supports the need for updated harmonized best practice guidelines. Hum Reprod 2026;00(00):1-17. doi:10.1093/humrep/deag098.

2. Lee T, Qi F, Peirce K, Natalwala J, Chapple V, Mark PJ, Sanders K, Liu Y. To discard or not to discard 1PNs? A systematic review and meta-analysis on 291,474 embryos. Reprod Biomed Online 2026;52:105080.