子宮に14日とどまる乳酸菌ゲル──接着ハイドロゲルが子宮内膜を再生させる仕組み

子宮内膜の損傷は、着床不全や不妊の主要な原因の一つです。不妊は世界的に見て6組に1組の夫婦が経験するとされる、決してまれではない健康課題であり、その一因として近年注目されているのが子宮因子による不妊です。子宮鏡下手術などの子宮内処置や子宮内感染は、子宮内膜のうち胎盤形成に深く関わる機能層を損傷し、瘢痕化や癒着を引き起こすことがあります。実際、子宮の修復処置を受ける女性は全体の約6%にのぼるとされており、損傷後の子宮内膜がうまく再生しないことが、着床不全という形で妊よう性に影響を及ぼします。

子宮内膜損傷の治療では、物理的なバリアとしてハイドロゲルを子宮腔内に留置する方法が広く検討されてきました。しかし、既存のハイドロゲルの多くは、子宮内の分泌液で早期に脱落してしまう接着性の乏しさと、炎症や酸化ストレスが持続する損傷部位の環境を積極的に改善する機能の乏しさという、2つの課題を抱えています。損傷部位では酸化ストレスの蓄積や炎症性マクロファージの活性化、子宮内細菌叢の乱れが線維化を助長することが知られており、単なる物理的な足場だけでは、こうした病的プロセスを止めることは困難です。

こうした課題に対し、乳酸菌(Lactobacillus johnsonii)を組み込んだ生体接着性ハイドロゲル「LAT@L」を開発し、子宮内膜の修復と妊よう性の回復への効果をラットおよびブタモデルで検証した研究が、Advanced Science誌(2026年)に発表されました(DOI: 10.1002/advs.77229)。このハイドロゲルは、α-リポ酸、L-アルギニン、タンニン酸という3つの天然由来分子と乳酸菌を組み合わせることで、14日間を超える子宮内滞留と、局所の炎症・酸化ストレス・細菌叢の同時改善を両立させたと報告されています。

方法──三つの天然分子と乳酸菌を、一つのゲルに閉じ込める

研究チームは、抗酸化作用を持つα-リポ酸(LA)、創傷治癒に関わるアルカリ性アミノ酸のL-アルギニン(Arg)、抗炎症・抗酸化作用を持つタンニン酸(TA)という3つの天然分子を混合し、共有結合・水素結合・静電的相互作用によって安定なネットワーク構造を持つハイドロゲル(LAT)を作製しました。ゲル化の過程で乳酸菌を混ぜ込むことで、菌体を内部に保持したまま子宮内に留置できる「LAT@L」ハイドロゲルが得られています。

FTIRやX線回折(XRD)などの構造解析では、原料であるLAとArgに由来する結晶ピークが消失し、非晶質構造への転換が確認され、複数の化学結合を介してゲルが形成されていることが裏付けられました。

有効性の検証には、子宮内膜を損傷させたラットモデルが用いられました。ラットは、正常な子宮を持つ「blank群」、損傷のみで無治療の「control群」、臨床で使用されているヒアルロン酸(HA)ハイドロゲルを投与した「HA群」、乳酸菌を含まないLATハイドロゲルを投与した「LAT群」、LAT@Lハイドロゲルを投与した「LAT@L群」の5群に無作為に割り付けられました。さらに、子宮鏡下手術で子宮内膜を損傷させたブタモデルでも、ハイドロゲルの接着性と滞留性が評価されています。

接着強度は既存製剤の16倍、子宮に14日間とどまり続ける

子宮内膜損傷の治療において、ハイドロゲルが十分な効果を発揮するには、分泌液による洗い流しに耐えて患部にとどまり続けることが欠かせません。健康な成人の子宮腔からは4時間あたり3~4gの子宮内膜液が分泌されるとされ、この流れに抗する接着力が必要になります。

損傷させたブタの子宮内膜を用いたラップシェア試験では、LAT@Lハイドロゲルの接着強度は約8kPaに達し、臨床で使用されているHAハイドロゲル(約0.5kPa)の16倍に相当しました。水流で24時間洗い流した後もLAT@Lハイドロゲルは損傷部位に付着し続けたのに対し、HAハイドロゲルは早期に脱落しています。蛍光標識したハイドロゲルをラットの子宮内に投与し、1、3、5、7、14日目の滞留状況を追跡した実験でも、HA群の蛍光シグナルが7日以内に急速に減弱したのに対し、LAT@L群では14日目の時点でもシグナルが確認され、長期にわたる滞留が裏付けられました。

ハイドロゲル内部に保持された乳酸菌は、72時間で82.3%±3.2%が累積的に放出されることが確認されており、生きた菌体をゆっくりと供給できる設計であることがうかがえます。また、力を加えると粘度が下がり、除くと速やかに元のゲル状態へ戻る自己修復性も備えており、細いカテーテルを通した注入や子宮腔の形状への追従を可能にしています。

抗酸化・抗炎症作用で、傷んだ子宮内膜を健常に近づける

子宮内膜の損傷部位では、循環血流の乱れから生じる局所的な低酸素状態が好中球やマクロファージを活性化し、大量のフリーラジカルを放出させます。過剰な活性酸素種(ROS)は脂質やタンパク質、DNAを損傷し、子宮内膜の修復を妨げる要因になります。LAT@Lハイドロゲルは、DPPH・ABTS・ヒドロキシラジカルのいずれに対しても高い消去活性を示し、過酸化水素で酸化ストレスを誘導した培養細胞においても、細胞内のROSレベルを顕著に低下させました。

ラットモデルでの評価では、治療1週間後の子宮内膜の厚さは、control群の285µmに対し、LAT@L群では最大576µmに達し、正常なblank群の約93.5%に相当する厚みまで回復しました。腺の数もこれに対応して増加しており、マッソントリクローム染色では、LAT@L群のコラーゲン構造が正常な子宮内膜に近い状態を示し、線維化した領域の割合もLAT群やHA群に比べて有意に減少しています。子宮内膜間質細胞のマーカーであるVimentinの発現も、control群で減少していた面積がLAT@L群では回復し、増殖マーカーKi-67の発現も上昇していました。

なお、培養細胞を用いた毒性試験では、LATハイドロゲルとの共培養によって細胞数が減少することはなく、乳酸菌の増殖にも影響を及ぼさないことが確認されており、ハイドロゲル自体の生体適合性にも問題は見られませんでした。

着床ゼロから、平均11匹の出産へ

子宮内膜修復の最終的な指標となるのが、受精卵の着床と妊娠の成立です。手術7日後に交配させたラットの生殖成績を追跡した実験では、着床した受精卵の割合はcontrol群でゼロだったのに対し、LAT@L群では明らかな改善が見られました。出生に至った個体数についても、control群では新生児が一匹も得られなかったのに対し、LAT@L群では平均して約11匹の新生児が誕生しています。新生児の外見や体重は、4週間の観察期間を通じて各群間で有意差がなく、治療が胎仔の発育に悪影響を及ぼさないことも確認されました。

子宮内膜の着床能を担うエストロゲン受容体(ER)とプロゲステロン受容体(PR)の発現を調べたところ、LAT@L群ではこれらの発現パターンがblank群に近い状態まで回復しており、子宮内膜の受容能そのものを取り戻す方向に働いていることがうかがえます。

免疫のスイッチを切り替える──マクロファージの再教育

子宮内膜損傷後の炎症の持続には、炎症性(M1)マクロファージの活性化が深く関わっています。M1マクロファージのマーカーCD86と、抗炎症性のM2マクロファージのマーカーCD163の発現を調べたところ、LAT@L群ではCD86の発現が有意に低下する一方、CD163の発現は顕著に上昇しており、炎症性から抗炎症性への転換(M2偏極)が誘導されていることが示されました。これと符合して、炎症性サイトカインIL-6は減少し、抗炎症性サイトカインIL-10は増加しています。局所の免疫環境を「炎症を持続させる状態」から「修復を後押しする状態」へと切り替えることが、治療効果の一因と考えられます。

子宮内の細菌叢を、健常に近づける

子宮内膜損傷は子宮内細菌叢の乱れ(ディスバイオシス)を伴うことが知られており、この乱れが免疫恒常性を崩し、不妊の一因になるとも指摘されています。治療7日後の子宮内スワブを用いた16SリボソームRNA解析では、菌叢の多様性(α多様性)がcontrol群に比べてLAT@L群で有意に改善し、blank群に近い水準まで回復していました。菌叢全体の構成パターン(β多様性)でも、LAT@L群はblank群と高い類似性を示しています。

属レベルの解析では、慢性子宮内膜炎の悪化に関与するとされる大腸菌(E. coli)や糞便性連鎖球菌(E. faecalis)などの有害菌の相対量が、LAT@L群で明らかに減少していました。これらの結果は、LAT@Lハイドロゲルが炎症を抑えるだけでなく、子宮内の生態系そのものを健常な状態に近づけていることを示しています。なお、体重や主要臓器の組織染色、血清の心機能・肝機能・腎機能マーカーのいずれにおいても有意な変化は認められず、全身安全性にも問題は見られませんでした。

研究の強みと限界

今回の研究の強みは、接着性・抗酸化性・免疫調節・細菌叢改善という複数の機能を一つのハイドロゲルに統合し、ラットとブタという2種類の動物モデルでその効果を裏付けた点にあります。多角的な手法で作用機序を検証している点も、今後の臨床応用を見据えるうえで説得力を持ちます。

一方で、この研究はあくまで動物モデルを用いた基礎研究であり、ヒトの子宮内膜環境や損傷の病態は、ラットやブタとは異なる部分も少なくありません。観察期間も治療後数週間程度にとどまっており、より長期的な安全性や効果の持続性については追加の検証が必要です。また、細菌叢の改善が子宮内膜修復の直接的な原因なのか、それとも組織修復に伴う結果なのかという因果関係も、今回のデータだけでは明確に切り分けられていません。ヒトへの応用に向けては、製造工程の標準化や乳酸菌株の安全性評価、既存の癒着防止材料との比較試験など、越えるべき段階がまだ残されています。

臨床的意味・日本への含意

日本では、子宮鏡下手術後の癒着(いわゆるAsherman症候群)や子宮内膜損傷に対して、ヒアルロン酸製剤などの物理的バリア材が臨床で使用されていますが、分泌液による早期の脱落や、炎症を積極的に改善する機能の乏しさが課題として指摘されてきました。今回のような、接着性と生物学的な微小環境の改善を両立させたハイドロゲルが実用化されれば、体外受精を繰り返しても着床に至らない患者や、子宮内膜が薄いために移植を見合わせている患者にとって、将来的な治療の選択肢が広がることも期待されます。ただし、今回の成果はあくまで動物実験の段階であり、ヒトでの安全性や有効性が確認されるまでには、これから相応の時間を要する点には留意が必要です。

おわりに

今回の研究は、天然由来の抗酸化分子と乳酸菌を組み合わせることで、接着性と生物学的な微小環境の改善を両立させたハイドロゲルが、子宮内膜の修復と妊よう性の回復を促しうることを、ラットおよびブタモデルで示しました。子宮内膜損傷という子宮因子不妊の一因に対し、物理的なバリアとしての機能に加えて、炎症・酸化ストレス・細菌叢という複数の病態要因に同時に働きかけるアプローチは、今後の生殖医療用材料の開発に一つの方向性を示すものといえます。ヒトでの安全性・有効性の検証を含め、臨床応用に向けたさらなる研究の進展が注目されます。

参考文献

1. Chen L, Zhou H, Li Y, et al.『Lactobacillus-Loaded Bioadhesive Hydrogel with Prolonged Retention and Microenvironmental Remodeling for Endometrial Repair and Fertility Restoration』Advanced Science 2026;0:e77229. doi:10.1002/advs.77229.

2. Carson S, Kallen A.『Diagnosis and Management of Infertility』JAMA 2021;326:65. doi:10.1001/jama.2021.4788.

3. Magalhaes RS, Williams JK, Yoo KW, Yoo JJ, Atala A.『A Tissue-Engineered Uterus Supports Live Births in Rabbits』Nature Biotechnology 2020;38:1280–1287. doi:10.1038/s41587-020-0547-7.

4. Fan G, Lu Y, Li Y, et al.『Lactobacillus-Loaded Easily Injectable Hydrogel Promotes Endometrial Repair Via Long-Term Retention and Microenvironment Modulation』ACS Nano 2025;19:4440–4451. doi:10.1021/acsnano.4c13593.

5. Feng L, Wang L, Ma Y, et al.『Engineering Self-Healing Adhesive Hydrogels With Antioxidant Properties for Intrauterine Adhesion Prevention』Bioactive Materials 2023;27:82–97. doi:10.1016/j.bioactmat.2023.03.013.

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