プロタミンの「比率」は正常だった──それでも精子は壊れていた

精子が女性の生殖管を安全に進み、卵子と受精するためには、核の中のDNAを極限まで小さく折りたたみ、傷から守る仕組みが必要です。この折りたたみを担うのが「プロタミン」と呼ばれる塩基性タンパク質で、精子が成熟していく過程でヒストンという別のタンパク質を置き換えることでDNAを強く凝縮させます。ヒトやマウスなどの一部の哺乳類では、プロタミンには1型(PRM1)と2型(PRM2)の2種類があり、その比率は種によって決まっています(ヒトではおよそ1対1、マウスでは1対2)。この比率が崩れることは、ヒトでもマウスでも精子の質の低下や不妊と関連することが知られており、実際に一部の不妊外来ではPRM1/PRM2比の測定が精子検査の一項目として使われています。

では、このプロタミン比さえ正常であれば、精子のDNA凝縮は健全だと判断してよいのでしょうか。比率という「量のバランス」だけを見ていて、プロタミンが正しく「成熟」しているかという質的な問題を見落としてはいないでしょうか。この問いに、マウスを用いた実験で答えを示した論文が、Andrology誌(2026年)に掲載されました(DOI: 10.1111/andr.70363)。ドイツとスペインの研究チームによるこの研究は、PRM1とPRM2をそれぞれ1コピーずつ欠くマウス(以下、dHETマウス)を新たに作出し、比率が正常に見える状態でも重篤な不妊が生じることを明らかにしています。

方法──PRM1とPRM2を1つずつ欠くマウスを、どう作り、何を調べたか

研究チームは、CRISPR/Cas9によるゲノム編集で、Prm1遺伝子とPrm2遺伝子の片方のコピー(対立遺伝子)だけをそれぞれ欠損させたマウス(dHETマウス)を作出しました。既存のPrm2欠損マウスの受精卵にPrm1を標的とするガイドRNAとCas9を導入する方法がとられ、遺伝子型は複数の系統で確認されています。

得られたdHETの雄マウスについて、雌との交配で妊娠率・産仔数を調べる繁殖試験、精子タンパクの電気泳動・ウエスタンブロットによるプロタミン量と比率の測定、CMA3染色による凝縮状態の評価、8-OHdG免疫染色による酸化ストレスの評価、透過型電子顕微鏡(TEM)による核の微細構造観察、そして体外での胚発生の観察が行われました。比較対象には、正常な野生型(WT)マウスに加え、PRM1あるいはPRM2の片方だけを欠損させたマウスのデータも用いられています。

プロタミンの量も比率も、正常だった

繁殖試験の結果は明確でした。dHETの雄マウス(2系統、計11匹)を用いた交配では、妊娠したメスは1匹もいませんでした。一方、野生型の雄との交配では68%の頻度で妊娠が成立し、平均産仔数は1腹あたり7匹でした。dHETマウスは完全な不妊であるといえます。

興味深いのは、その原因が一見「見えない」ことです。研究チームがdHET精子のプロタミン総量とPRM1/PRM2比を測定したところ、野生型と比べて有意な差は見られませんでした。これは、PRM1だけを1コピー欠くマウス(比率が1対5までシフトし、妊性が低下することが分かっている)とは対照的です。つまり、PRM1とPRM2を同時に1コピーずつ失うと、量的なバランスの乱れという分かりやすい異常は表に出てこないまま、完全な不妊に至っていたのです。

「成熟」できていないプロタミン――前駆体が6割を占めていた

PRM2というタンパク質は、はじめは「前駆体(pre-PRM2)」という未成熟な形で作られ、DNAに結合した後にN末端の一部が切断されることで、初めて機能的な「成熟型(mPRM2)」になります。研究チームがこの成熟の過程を詳しく調べたところ、dHET精子では成熟型PRM2の量が有意に減少し、逆に未成熟な前駆体の量は有意に増加していました。数値で見ると、dHET精子ではPRM2全体のうち60.36%が未成熟な前駆体のまま残っていました。これは、PRM1だけを欠くマウス(前駆体の割合はおよそ55%)やPRM2だけを欠くマウス(およそ35%)と比べても高い値であり、dHETマウスでプロタミンの成熟障害がもっとも重度であることを示しています。

精子の99%が「protamination不足」

プロタミンによるDNA凝縮が不十分かどうかを調べる代表的な方法に、CMA3染色があります。CMA3は、プロタミンによって正しく凝縮されたDNAには結合しにくく、凝縮が不十分な部位に強く結合する性質を持つ色素です。dHET精子では、精巣上体尾部(成熟した精子が蓄えられる部位)で99%の精子がCMA3陽性、つまり凝縮不足を示したのに対し、野生型ではわずか2%でした。さらに注目すべきは、精巣上体の入り口に近い頭部(caput)の段階でもすでに99%がCMA3陽性だった点です(野生型は3%)。これは、DNA凝縮の不全が精子が精巣上体を通過する過程で徐々に生じたものではなく、精巣内で精子が作られる段階(スペルミオジェネシス)ですでに始まっていたことを示しています。

同時に、DNAを保護するはずのヒストンや、ヒストンからプロタミンへの橋渡し役であるトランジションタンパク質(TNP1、TNP2)についても、dHET精子ではPRM1のみ、あるいはPRM2のみを欠損させたマウスよりも大きく残存していることが確認されました。ヒストンからプロタミンへの置き換えという一連の流れが、複数の段階で滞っていたことになります。

酸化ストレスと、精子集団の「二極化」

生存率は野生型64%に対しdHETでは29%、運動率は野生型71%に対しdHETではわずか9%でした。先体(卵子への進入に必要な構造)が正常な割合は野生型84%に対しdHET23%、中片部(尾の付け根)が正常な割合は野生型72%に対しdHET19%と、いずれも大きく低下していました。本来脱落するはずの残余細胞質もdHET精子の44%に残存し(野生型12%)、酸化ストレスによるDNA損傷の指標である8-OHdGの陽性率も精巣上体頭部・尾部でそれぞれ73%、69%に達しました(野生型は5%、8%)。

興味深いことに、dHET精子はDAPI核染色で明るく光る集団(46.12%)と、弱くしか光らない集団(53.88%)の2つに分かれていました。弱く光る精子は小さく変性しており、DNA損傷の進行を示唆します。研究チームは、精巣上体通過中に活性酸素種(ROS)による損傷を強く受けて変性する精子と、比較的損傷を免れる精子とが混在することで、この二極化が生じるのではないかと考察しています。

受精はできても、8細胞期で止まる

これほど障害を抱えた精子でも、受精能力は完全には失われていませんでした。dHET雄と交配させた雌の卵子のうち、23%が2細胞期まで発生し受精が成立しました(野生型78%)。野生型雄との交配では106個中82個が2細胞期に達し26個が胚盤胞まで発生した一方、dHET雄との交配では136個中29個が2細胞期に達し、17個が4〜8細胞期まで進みましたが、胚盤胞に到達した胚は一つもありませんでした。受精卵が8細胞期まで発生した割合も、野生型64%に対しdHETはわずか13%でした。

8細胞期は、マウスの発生において父親由来の遺伝情報が本格的に読み出され始める「胚性ゲノム活性化」の時期にあたります。この時期での発生停止は、精子由来のDNA損傷や、精子核に残ったヒストンの異常な修飾パターンが、受精後の胚のゲノム活性化を妨げている可能性を示唆しています。

臨床的意味・日本への含意

日本の生殖医療の現場でも、原因不明とされる男性不妊の評価の一環として、精子のプロタミン比(PRM1/PRM2比)を測定する検査が用いられることがあります。今回の研究が示したのは、この比率という指標だけでは、精子のDNA凝縮に関わる重大な異常を見逃す可能性があるという点です。dHETマウスの精子は、比率という「量のバランス」は正常に見えながら、実際にはプロタミンの「成熟」という質的な過程が大きく損なわれており、99%の精子でDNA凝縮不全が確認されました。

研究チームは、プロタミン比の測定にCMA3染色やPRM2前駆体の特異的検出を組み合わせることで、比率検査だけでは見逃されてきた症例を拾い上げられる可能性があると論じています。ただし、これはマウスモデルで得られた知見であり、ヒトのプロタミン比(1対1)はマウス(1対2)と異なること、同様の「二重ヘテロ接合」に相当する状態がヒトの不妊患者にどの程度存在するかは未解明であることには留意が必要です。実際の検査法に反映させるには、ヒト精子を対象とした今後の検証が求められます。

研究の強みと限界

この研究の強みは、PRM1とPRM2という2つの遺伝子の欠損を精密に組み合わせた遺伝学的モデルを用い、繁殖試験、タンパク質の生化学的定量、免疫染色、電子顕微鏡観察、体外受精・胚培養という複数の手法を組み合わせて多角的に検証した点にあります。単独のPRM1欠損マウスやPRM2欠損マウスとの比較を通じて、二重のヘテロ接合状態に特有の異常パターンを浮かび上がらせたことも特徴です。

一方で、マウスの動物実験であり、プロタミン比が異なるヒトにそのまま当てはめられるとは限らない点、ヒストンH3・H4の検出に特定の変異体・修飾を区別しない抗体が使われ、どの修飾が胚発生停止に関与するかまでは特定されていない点、明るく光る精子と弱く光る精子という2集団が生じる分子機構が未解明である点は限界として挙げられます。

おわりに

この研究は、プロタミン1とプロタミン2をそれぞれ1コピーずつ欠くマウスが完全な不妊を示す一方で、プロタミンの総量や比率という従来の指標には異常が現れないことを明らかにしました。実際に精子を損なっていたのは、プロタミンが未成熟な前駆体のまま留まり、ヒストンやトランジションタンパク質の置き換えが不完全に終わるという、質的な成熟障害でした。この知見は、比率という一つの数値だけでは捉えきれない精子DNA損傷のかたちがあることを示しており、CMA3染色やプロタミン前駆体の検出を組み合わせた、より感度の高い診断法の必要性を示唆しています。ヒトの精子におけるプロタミン成熟障害の実態解明は、今後の課題として残されています。

参考文献

1. Merges GE, Wiesejahn C, Domingo-Lopez M, Schneider S, Kovacevic A, Arévalo L, Schorle H.『Male Mice Heterozygous for Protamine 1 and Protamine 2 Are Infertile, Displaying Sperm Damage and Retention of Protamine 2 Precursors, Transition Proteins, and Histones』Andrology 2026;0:1-16. doi:10.1111/andr.70363

2. Merges GE, Meier J, Schneider S, et al.『Loss of Prm1 Leads to Defective Chromatin Protamination, Impaired PRM2 Processing, Reduced Sperm Motility and Subfertility in Male Mice』Development 2022;149(12):dev200330. doi:10.1242/dev.200330

3. Schneider S, Balbach M, Jan FJ, et al.『Re-Visiting the Protamine-2 Locus: Deletion, but Not Haploinsufficiency, Renders Male Mice Infertile』Scientific Reports 2016;6:36764. doi:10.1038/srep36764

4. Oliva R.『Protamines and Male Infertility』Human Reproduction Update 2006;12(4):417-435. doi:10.1093/humupd/dml009

5. Rezaei-Gazik M, Vargas A, Amiri-Yekta A, et al.『Direct Visualization of Pre-Protamine 2 Detects Protamine Assembly Failures and Predicts ICSI Success』Molecular Human Reproduction 2022;28(2):gaac004. doi:10.1093/molehr/gaac004

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