精液の質が過去数十年で低下してきたとする報告や、多くの国で合計特殊出生率が低下してきたことは、男性の生殖機能そのものにも関心を向けさせてきました。この変化の背景としては、環境要因やライフスタイルの変化とともに、遺伝的要因の関与も疑われてきましたが、男性の生殖機能がどの程度遺伝的に規定されているのかについては、これまで十分な知見がありませんでした。
デンマークの父子ペアを対象とした先行研究では、精巣容積や血中FSH、テストステロン、SHBGなどに父子間の類似性が認められ、精巣の発達や機能に父親由来の遺伝的要因が影響している可能性が指摘されています。では、より大規模な集団で同様の検討を行った場合、どの指標にどの程度の家族的類似性が見られるのでしょうか。
この問いに取り組んだのが、フィンランドとデンマークで進められている前向き出生コホート研究「Finnish-Danish Boy Cohort Study」の追跡調査です。1997年から2002年に生まれた若年男性(息子)とその父親、合計117組を対象に、精巣容積、血中生殖ホルモン、精液所見、外性器サイズを測定し、級内相関係数(ICC)を用いて父子間の家族的類似性を検討した結果が、Andrology誌(2026年)にOriginal Articleとして掲載されました(DOI:10.1111/andr.70364)。
方法──117組の父子を、フィンランドとデンマークで診た
対象は、1997年から2002年にフィンランド・トゥルク大学病院およびデンマーク・コペンハーゲン大学病院で生まれた男性で、18〜23歳の成人期追跡調査に父親とともに参加した117組の父子ペアです(フィンランド38組、デンマーク79組。デンマークの双子1組は片方のみを解析対象とした)。参加率はフィンランドで11.8%、デンマークで24.6%でした。
調査項目は、精巣の触診とオーキドメーターおよび超音波による精巣容積測定(超音波値はLambertの式:長径×幅×高さ×0.71で算出)、精液検査、血中の総テストステロン・遊離テストステロン・SHBG・FSH・LH・インヒビンB濃度、そして陰茎長・幅、肛門陰嚢距離(ASD)、肛門陰茎距離(APD)といった外性器サイズです。父子間の家族的類似性は、家族IDを変量効果とした線形混合モデルから算出した級内相関係数(ICC)で評価し、年齢、国籍、停留精巣の既往、BMI、喫煙状況などの因子で調整した解析も行われました。
精巣容積のICCは0.30──超音波で最もはっきり出た家族的類似性
調整後の解析では、超音波による精巣容積でICC 0.30(95%信頼区間0.15〜0.45、p=0.0014)と、検討項目の中で最も明瞭な父子間の類似性が認められました。これは、精巣容積のばらつきのうち3割程度が父子で共有される要因(遺伝的要因を含む家族的背景)で説明できることを意味します。触診によるオーキドメーター法の精巣容積でもICC 0.16(95%信頼区間0〜0.33、p=0.055)とほぼ同じ傾向でしたが、統計学的な有意水準はわずかに届かず、停留精巣の手術既往がある5組を除外した解析では有意(ICC 0.18)になりました。
有意な父子間相関が見られたのは、精巣容積(超音波)のほか、FSH(ICC 0.24)、インヒビンB(ICC 0.25)、LH(ICC 0.22)、SHBG(ICC 0.26)、テストステロン/LH比(ICC 0.24)、精子濃度(ICC 0.21)、肛門陰茎距離(ICC 0.19)、陰茎幅(ICC 0.23)でした。一方、総テストステロンや遊離テストステロン、総精子数、精液量、運動率、正常形態率などでは、統計学的に有意な家族的類似性は認められませんでした。全体として、いずれの項目もICCは0.2〜0.3程度にとどまり、「強い遺伝性」と呼べるほどの相関ではなかった点は、論文の結論でも強調されています。
父親のほうが精巣が大きい──意外な世代差
興味深いことに、父親の精巣容積(超音波、中央値20.7mL)は、息子(中央値18.8mL)より有意に大きい結果でした(p=0.0001)。論文によれば、この所見はこれまで報告されたことがないといいます。過去の研究では、精巣容積は25歳前後でピークに達し、その後緩やかに減少するとされていますが、今回の息子たちは18〜23歳で、父親より2〜7歳若いにすぎず、年齢差だけでこの差を説明するのは難しいと論文は述べています。
父親は精子濃度でも息子を上回り(中央値55.5 vs 43.0 million/mL、p=0.0033)、総精子数も多い結果でした。この傾向は、フィンランドやデンマークで報告されてきた、若年男性の精液所見が過去数十年でやや低下してきたとする複数の疫学データとも整合的である一方、今回のデータだけで経時的な傾向を論じるには限界があると論文は注意を促しています。
ホルモンで見えた家族的類似性、テストステロンでは見えなかった
FSH、インヒビンB、LH、SHBGといった精巣機能に関わるホルモンでは、いずれも統計学的に有意な父子間相関が認められました。これらの結果は、SHBGの家族的類似性が変動の31%を、FSHが32%を説明したとする先行のデンマーク父子研究とも方向性が一致しています。
一方で、総テストステロン(ICC 0.14、p=0.069)と遊離テストステロン(ICC 0.052、p=0.30)については、有意な家族的類似性が確認されませんでした。双子を対象とした過去の研究では、テストステロン濃度に強い遺伝的関与が示唆されていたため、この結果はやや対照的です。テストステロンの血中濃度は日内変動や生活習慣の影響を受けやすいことも、父子間の相関を弱める一因として考えられます。
精子濃度はICC 0.21で有意、しかし精液の他の指標はほぼ相関なし
精子濃度は、調整後のICCが0.21(95%信頼区間0.028〜0.40、p=0.032)と、統計学的に有意な父子間相関を示しました。これは、精液所見に家族的類似性は乏しいとした一部の先行研究とは異なる結果です。一方で、総精子数、運動率、正常形態率といった他の精液指標では、有意な家族的類似性は確認されませんでした。過去の双子研究では、精子濃度には遺伝的要因よりも環境要因(喫煙や肥満など、共有されない生活習慣)の寄与が大きいとする報告もあり、精液所見の家族的類似性の解釈は一様ではありません。
外性器のサイズにも、緩やかな家族的類似性
胎児期のアンドロゲン作用の指標とされる肛門陰茎距離(APD)は、調整後ICC 0.19(p=0.036)で有意な父子間相関を示しました。陰茎幅もICC 0.23(p=0.010)で有意でしたが、停留精巣の手術既往がある5組を除外するとボーダーラインの有意性にとどまりました。一方、肛門陰嚢距離(ASD)や陰茎長には、有意な家族的類似性は認められませんでした。
父子はY染色体を共有する一方、X染色体は共有しません。精子形成に関わる遺伝子の多くはY染色体上に、アンドロゲン受容体遺伝子はX染色体上に存在するため、理屈のうえでは精液関連の指標のほうが父子で似やすく、アンドロゲン作用に依存する陰茎サイズや肛門性器距離は父子で異なりやすいと予想されます。しかし今回の結果は、この仮説と完全には一致しておらず、精巣機能の遺伝的背景の複雑さを示す結果となりました。
日本の生殖医療における含意
日本では、男性不妊の診療において父親の精液所見や生殖歴を系統的に問診する機会は多くありません。今回の研究は、精巣容積や精子濃度、複数の生殖ホルモンに緩やかな父子間の類似性があることを示しており、家族歴を問診に取り入れる意義を再確認させるものです。ただし、いずれのICCも0.2〜0.3程度にとどまり、「父親の精液所見が良くなかったから息子も必ず同様になる」といった確定的な結び付けはできません。臨床現場では、家族歴を確率的な参考情報として位置づけ、個々の検査結果に基づいて評価と説明を行うことが重要です。
研究の強みと限界
この研究の強みは、ホルモン測定と精液形態解析をすべて単一の施設で実施し、フィンランドとデンマークで標準化されたプロトコルを用いた点にあります。前向き出生コホートの一部として計画された研究であることも、データの質を担保しています。
一方で限界もあります。総参加者数と参加率は、特にフィンランドで小さく、参加者が一般集団を代表しているとは限りません。精液検体は1回のみの採取であり、繰り返し採取による変動は評価できていません。父親の停留精巣既往は問診による自己申告のみで把握されており、出生コホートで臨床的に診断された息子(12.0%)と、自己申告による父親(2.6%)とでは、把握方法自体が異なる点にも注意が必要です。また、父親と息子の測定時期の年齢差も限界として挙げられていますが、精子濃度は加齢による低下が比較的乏しい指標とされており、解釈を大きく損なうものではないとされています。
おわりに
117組の父子ペアを対象とした今回の検討では、精巣容積、複数の生殖ホルモン、精子濃度、外性器の一部の指標において、統計学的に有意ではあるものの決して強くはない父子間の類似性が示されました。遺伝的要因が生殖機能に一定の寄与をすることは示唆される一方で、テストステロンや大半の精液指標では家族的類似性が確認されず、母親由来の遺伝的背景や胎児期の環境、共有されない生活習慣など、非遺伝的要因の関与も無視できないことが浮き彫りになりました。男性の生殖機能における遺伝と環境の相対的な寄与を解明するには、さらに大規模な家族研究や双子研究の蓄積が今後の課題となります。
参考文献
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