健康問題によって職場での労働生産性が損なわれる現象は、health-related productivity loss(HRPL)と呼ばれます。HRPLは、病気やけがのために欠勤する「アブセンティーズム(absenteeism)」と、出勤はしているものの体調不良によってパフォーマンスが落ちる「プレゼンティーズム(presenteeism)」の両方を含む包括的な指標です。人口の高齢化と慢性疾患を抱えたまま働く労働者の増加、さらに非正規雇用や単発就労といった不安定な雇用形態の広がりを背景に、雇用者や政策立案者のあいだでHRPLへの関心は高まっています。
これまでの研究の多くは、特定の診断名や大まかな疾患カテゴリーに注目したものでした。しかし実際の職場では、正式な診断の有無にかかわらず、さまざまな症状や訴えが日々の業務パフォーマンスに影響を与えています。個々の健康状態がどの程度強く生産性と関連しているかに加え、その健康状態がどれだけ多くの労働者に該当するかという有病率を同時に考慮しなければ、職場でどの健康問題を優先的に支援すべきかは見えてきません。不妊治療のように有病率は高くないものの、渦中にある人への影響は大きいと推測される健康問題は、この2つの視点を組み合わせて初めて、その位置づけが明らかになります。
こうした問いに対し、韓国労働パネル調査(Korean Labor and Income Panel Study, KLIPS)の第26波(2023年)データを用い、12,554人の労働者を対象に34種類の自己申告健康状態とHRPLとの関連、および集団レベルでの生産性損失の負担を包括的に検証した研究が発表されました(2026年、in press)。年齢・性別・職種で調整した回帰分析により、どの健康状態が個人にとって最も大きな打撃となるのか、そしてどの健康状態が労働力全体にとって最大の負担となるのかを、それぞれ独立に示した点が特徴です。
方法──全国代表サンプル12,554人を、34の健康状態で比較した
KLIPSは1998年に開始された韓国の全国代表的な世帯パネル調査で、2段階層化クラスターサンプリングにより選ばれた都市部5,000世帯・約13,300人を追跡しています。今回の分析では、HRPL・社会人口学的特性・生活習慣・職業特性・健康状態のすべての項目に回答した20歳以上の労働者12,554人が対象となりました。
HRPLは、妥当性が確認された評価尺度であるWork Productivity and Activity Impairment Questionnaire–General Health version(WPAI-GH)を用い、過去7日間の健康問題による欠勤時間、実労働時間、0〜10点で評価する業務パフォーマンスへの支障度の3項目から算出されました。アブセンティーズムは欠勤時間が予定労働時間に占める割合として、プレゼンティーズムは出勤時間のうちパフォーマンス低下によって失われた分として計算され、両者の合計がHRPLとなります。
呼吸器症状、糖尿病、がん、腰痛、抑うつ、不安、不眠、不妊治療、更年期症状など34の健康状態について、複数回答形式のチェックリストで自己申告してもらい、それぞれについて年齢・性別・職種を調整した線形回帰モデルで、その健康状態を報告した労働者と報告しなかった労働者とのHRPLの平均差(adjusted mean difference)を算出しました。さらに、各健康状態の有病率(%)と調整後平均差(パーセンテージポイント)を掛け合わせることで、集団レベルでの生産性損失の負担(burden)を推定しています。頑健性を確認するため、フルタイム労働者7,729人に限定した感度分析、および性別による探索的な層別解析も行われました。
34疾患中、最大の個人差は不妊治療だった
12,554人全体の平均HRPLは19.0%(95%信頼区間 18.674〜19.370)で、その大半はプレゼンティーズム(平均18.7ポイント)によるものであり、アブセンティーズム(平均0.6ポイント)はごくわずかでした。つまり労働生産性の損失のほとんどは、欠勤ではなく「出勤しているのに本来の力を発揮できない」ことによって生じていたことになります。
年齢・性別・職種を調整したうえで、34の健康状態のなかで個人のHRPLと最も強く関連していたのは不妊治療で、報告した労働者は報告しなかった労働者よりもHRPLが52.18ポイント高いという結果でした。これは2位の不安(23.83ポイント)の2倍以上にあたり、抑うつ(20.43)、がん(20.23)、胃腸炎(18.36)を大きく上回る数値です。WPAI-GHは0〜100の尺度で評価されるため、52.18ポイントという差は、不妊治療を行っている期間の労働生産性が、他の労働者と比べておおむね半分近くまで落ち込んでいる可能性を示唆する、非常に大きな値といえます。
しかし社会全体で見ると、話は変わる
個人単位では最大級の影響を持つ不妊治療ですが、有病率(その状態を報告した労働者の割合)を掛け合わせた集団レベルの負担で見ると、順位は大きく入れ替わります。最も負担が大きかったのは腰痛(109.2)、次いで首・肩の痛み(85.0)、上肢または下肢の関節痛・機能障害(73.5)、疲労(61.5)で、いずれも個人レベルの関連度は不妊治療ほど強くないものの、多くの労働者が経験するありふれた症状であるために、労働力全体への影響が大きくなっていました。一方、不妊治療の集団レベル負担は0.4にとどまり、34項目中もっとも低い部類に入ります。これは、不妊治療を報告した労働者の割合そのものが少なかったためです。
この対比は、職場の健康施策を考えるうえで重要な示唆を含んでいます。「渦中にある一人ひとりへの影響の大きさ」と「労働力全体としての負担の大きさ」は、必ずしも一致しません。腰痛や疲労のような頻度の高い症状への対応と、不妊治療のように頻度は高くなくても当事者への影響が極めて大きい問題への支援は、異なる理由からそれぞれ優先度を持つといえます。
女性ではさらに際立つ、不妊治療・不安・抑うつの影響
性別による探索的な層別解析では、全体的な傾向はおおむね男女で共通していたものの、健康状態ごとの関連の強さや集団レベルの負担には違いが見られました。女性労働者では、個人レベルでHRPLと最も強く関連していたのは不妊治療、不安、抑うつであった一方、男性労働者ではがん、不安、胃腸炎が最も強い関連を示しました。また、集団レベルの負担については、多くの健康状態で女性のほうが男性よりも高い傾向がありました。これは、一部の健康状態について女性のほうが個人レベルの関連がやや強かったことに加え、多くの健康状態の有病率そのものが女性で高かったことの両方が影響していると考えられますが、負担指標は有病率と関連の強さを掛け合わせたものであり、両者の寄与は形式的に分解されていないため、この解釈は慎重に扱う必要があります。
そのほかの注目すべき所見
HRPLは60歳以上(22.4%)で20〜29歳(14.2%)より高く、高校卒以下(20.7%)は大学院卒(16.8%)より高い値を示しました。雇用形態別では正規雇用者(17.4%)に比べ、日雇い労働者(22.3%)や無給の家族従事者(23.1%)で高く、非正規・不安定就労の労働者ほど生産性損失が大きい傾向が見られました。また、余暇時間の身体活動が高い労働者はHRPLが低い一方、仕事上の身体的負荷が高い労働者はHRPLが高いという「身体活動パラドックス」に一致する対照も確認されています。
労働時間では、週35時間未満の短時間労働者でHRPLが最も高く(19.6%)、週52時間超の長時間労働者では高くなりませんでした(17.4%)。これは横断研究に特有の逆因果、すなわち健康状態の悪い労働者ほど労働時間を短縮している可能性を反映しているとみられ、フルタイム労働者7,729人に限定した感度分析でも主要な結果パターンは一貫していました。なお更年期症状は報告した労働者のほうがHRPLがやや低いという逆説的な結果(調整後平均差−4.68ポイント)を示しており、症状の重い女性がすでに離職している可能性(healthy worker survivor effect)など、横断研究ゆえの解釈の難しさを象徴する所見となっています。
臨床的意味・日本への含意
日本では、不妊治療は2022年に保険適用の範囲が拡大されましたが、通院回数の多さや排卵・移植のタイミングに合わせた急な受診の必要性など、働きながら治療を続けるうえでの負担は依然として大きいとされています。今回の結果は、不妊治療中の労働者が経験する生産性低下の大きさが、がんや抑うつを含む34の健康状態のなかでも際立って大きいことを、韓国の全国代表データという形で裏づけるものです。診察室で不妊治療と仕事の両立の相談を受ける医師にとっては、この負担が「気の持ちよう」ではなく、比較可能な形で数値化できる規模の生産性損失であるという点が、患者への説明や職場との調整を後押しする材料になり得ます。
同時に、集団レベルの負担では不妊治療の順位が低くなるという結果は、職場の健康施策が有病率の高い疾患に偏りがちであることの裏返しでもあります。臨床現場では、不妊治療のように相対的に少数の当事者に大きな影響を与える健康問題について、母数の小ささゆえに職場全体の施策から見落とされやすい構造がある可能性を踏まえた対応が求められます。
研究の強みと限界
この研究の強みは、全国代表的な大規模サンプルと妥当性の確認された尺度を用い、34種類という幅広い健康状態について、個人レベルの関連の強さと集団レベルの負担という2つの指標を同時に算出した点にあります。特に、頻度は低いが影響の大きい健康状態(不妊治療など)と、頻度は高いが個人への影響は中程度の健康状態(腰痛など)を同じ枠組みで比較できるようにした点は、優先順位づけを考えるうえで実務的な意味を持ちます。
一方で限界も複数指摘されています。横断研究であるため因果関係の方向は特定できず、更年期症状で見られた逆説的な結果はこの限界を象徴しています。健康状態とHRPLはいずれも自己申告であり、想起バイアスや社会的望ましさによる過小・過大申告の可能性があります。職場の心理社会的ストレスや組織文化といった要因は測定されておらず残余交絡の可能性が残るほか、各健康状態の重症度や罹病期間も把握されておらず、たとえば同じ「腰痛」でも軽度から重度まで一括りにされている点には注意が必要です。
おわりに
この研究は、韓国の労働者を対象に、34種類の健康状態とHRPLとの関連、およびそれぞれの集団レベルの負担を包括的に評価しました。個人レベルでは不妊治療が34項目中最大の生産性損失と関連していた一方、集団レベルの負担では腰痛や首・肩の痛みなど頻度の高い症状が上位を占めるという、視点によって優先順位が入れ替わる結果が示されました。因果関係の解明には縦断的な研究が必要とされていますが、個人への影響の大きさと集団としての負担の大きさを分けて捉える視点は、職場における健康支援の設計に新たな示唆を与えるものです。
参考文献
1. Ko H, Lee JE, Choi J, Lee DW, Kang MY. Health-related productivity loss among Korean workers: evidence from a nationally representative sample. (in press, 2026, epub ahead of print). doi: (in press)
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