男性不妊の原因のひとつに、精子の頭部形態に異常が生じる「奇形精子症(テラトゾーパーミア)」があります。精子の尾(鞭毛)の異常については、この数年で原因遺伝子の同定が急速に進みましたが、頭部形態の異常についてはいまだ解明が遅れています。不妊症の男性のうち、遺伝学的な原因が特定できる割合は3割に満たないとされ、多くの症例が原因不明のまま残されているのが現状です。
同じ家族内で複数の兄弟が似た不妊症状を示す場合、通常はひとつの遺伝的原因を共有すると想定されます。しかし、この前提が必ずしも成り立たないことを示した研究が、Human Reproduction Open誌2026年号(doi:10.1093/hropen/hoag066)に発表されました。ドイツ・ミュンスター大学の研究グループが、精子形態にさまざまな異常を示す4人の兄弟を対象にエクソーム解析(遺伝子の翻訳領域を網羅的に読む手法)を行い、原因遺伝子を探索しました。
結果、4人のうち1人は既知の遺伝子DNAH17の変異、残る3人は新たに見いだされたHIPK4という遺伝子の変異が原因であることが判明しました。ひとつの家系の中に、まったく異なる2つの遺伝的原因が存在していたのです。
方法──4人の兄弟を、家族ぐるみのエクソーム解析で比較した
対象は2013〜2018年にミュンスター大学生殖医療センターを受診した4人の不妊症の兄弟(M865、M1344、M1670、M1611)です。精液検査、染色体検査、ホルモン検査、精巣超音波検査により染色体異常やAZF微小欠失は否定されました。妊孕性のある弟(M1688)と両親からも試料を採取し、家族全体でエクソーム解析を実施したほか、男性不妊症の大規模コホートMERGE(3338人)を照会しました。候補変異はサンガーシーケンシングで確認し、精子の形態・超微細構造は電子顕微鏡(TEM)や免疫蛍光染色で調べ、HIPK4変異の機能的影響はヒト培養細胞(HEK293T細胞)を用いた実験で検証しました。
4人のうち1人は、精子の「尾」に原因があった
4人に共通する既知の不妊症遺伝子(32遺伝子)の変異は見つかりませんでした。長兄のM865は、精子鞭毛の運動に関わるDNAH17遺伝子について、機能喪失型の変異を2つ(c.1076_1077dup、c.7752+2T>A)両アレルに持つ複合ヘテロ接合体でした。いずれもgnomADでの頻度が0.02%未満と極めてまれで、ClinVarでは病原性ないし病原性の可能性が高いと分類されています。TEM観察では外側ダイニン腕(ODA)の欠損と軸糸構造の乱れが確認され、DNAH17変異によるMMAF(多発性鞭毛形態異常)の典型像と一致しました。M865の精子正常形態率は10回以上の検査で1〜4%にとどまりました。
残る3人の弟たちは、精子の「頭」に原因があった──新規遺伝子HIPK4
残る3人の弟(M1344、M1670、M1611)は、HIPK4遺伝子の開始コドンを失わせる変異(c.1A>G)を両アレルに持つホモ接合体でした。両親と妊孕性のある弟はこの変異を1コピーのみ持つヘテロ接合体で、常染色体劣性遺伝の形式と一致しました。HIPK4はマウスで精子頭部の形づくりに関わることが報告されていた遺伝子ですが、ヒトの不妊症との関連が確立された報告はこれまでありませんでした。
翻訳の「やり直し」が、壊れやすいタンパク質を作っていた
ヒト培養細胞での実験で、変異型HIPK4は本来の開始コドンを失い、35アミノ酸下流の別の開始コドンから翻訳が始まり、N末端側が欠けた短いタンパク質(p.(Met1_Glu35del))が作られることが確認されました。欠失部分にはATP結合部位の一部が含まれ、酵素活性を担うキナーゼドメインの機能が損なわれます。翻訳阻害剤を用いた実験では、変異型タンパク質は野生型より24時間後の残存量が有意に少なく(P=0.008)、安定性の低下も示されました。単一細胞レベルの発現データからは、HIPK4が減数分裂後期から精子細胞形成期にかけて発現することも確認され、精子頭部の形成時期と一致します。
精子の形は多様に崩れていたが、「完全な無精子症」にはならなかった
HIPK4変異ホモ接合体の3人は、いずれも正常形態精子の割合が0%、すなわち100%の精子に頭部形態異常が認められました。先細り型、円形、無定形の頭部、頭部の縮小・先体消失、頭部を欠いた「ピンヘッド」様精子、屈曲・肥大した中片部、頭部に巻き付いた鞭毛など、異常は多彩でした。一方で3人とも精子形成自体は完了し、無精子症には至りませんでした。MERGEコホートを追加照会しましたが、HIPK4の両アレル変異を持つ他の男性は見つかりませんでした。
治療の選択肢──HIPK4変異があってもICSIで挙児に成功
HIPK4変異保有兄弟のうち1人(M1344)は顕微授精(ICSI)で1子をもうけ、DNAH17変異のM865もICSIで3子を得ました。どちらの原因による不妊症でも、生殖補助医療による挙児が可能であることが示されています。マウスのHipk4欠損モデルでは精子と卵子の結合率低下が報告されており、この知見を踏まえると、HIPK4関連不妊症の男性には自然妊娠や人工授精よりICSIが妥当と考えられます。
臨床現場への示唆
日本でも男性不妊症の遺伝学的原因は多くが未解明で、原因不明のまま治療方針が決められる症例が少なくありません。今回の研究は、同じ家系内で似た精液所見を示す複数の男性でも単一の遺伝的原因を共有するとは限らないことを示し、家系内複数個体を対象としたエクソーム解析の有用性を裏付けています。臨床現場では、HIPK4を含む新規候補遺伝子の情報が今後の遺伝学的検査パネルに組み込まれる可能性があり、遺伝カウンセリングの精度向上が期待されます。ICSIという治療選択肢が有効である可能性が示された点も、治療方針の決定に参考となります。
研究の強みと限界
本研究の強みは、家族全体を対象とした遺伝学的解析に加え、形態学的評価と培養細胞での機能検証を一貫して行った点です。一方、HIPK4変異と男性不妊症との遺伝子-疾患関連性は、ClinGen基準による予備評価で「中程度」の証拠レベル(7点)にとどまり、正式な確立には独立した症例の蓄積が必要です。変異型タンパク質のキナーゼ活性を直接測定する実験は行われておらず、機能低下の程度は推定にとどまります。精巣以外でHIPK4がほとんど発現しないため、患者由来細胞での機能解析が難しかった点も限界です。
おわりに
本研究は、HIPK4を精子頭部形態異常および男性不妊症に関連する新規候補遺伝子として提示しました。HIPK4の機能喪失は精子運動能や精子数の低下を伴う奇形精子症を引き起こす一方、無精子症には至らず、ICSIによる挙児が可能であることが示されました。同時に、同一家系内でも表現型が似ていれば同じ原因とは限らないことも明らかになりました。HIPK4と男性不妊症の関連を正式に確立し、表現型の範囲を明らかにするには、今後さらなる症例の蓄積と検証が求められます。
参考文献
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