勃起機能不全(ED)は、満足な性交渉に十分な勃起を得る、あるいは維持することが困難な状態を指し、男性の性機能障害のなかでもっとも頻度の高いものの一つです。局所的な問題にとどまらず、心血管疾患のセンチネルマーカー(前兆となる指標)としても位置づけられており、早期発見と治療が心血管リスクの低減につながる可能性も指摘されています。
現在の臨床ガイドラインでは、IIEF-5などの質問票による評価が診断の中心で、夜間陰茎勃起硬度(NPTR)検査や陰茎カラードプラ超音波検査は、費用や入院を要することもあり、複雑な症例に限って用いられます。加えて、羞恥心や社会的な偏見から症状を自発的に申告しにくいという事情もあり、早期介入の機会が失われやすい構造があります。こうした背景から、通常の血液検査から得られる客観的なスクリーニング手法へのニーズが指摘されてきました。
Andrology誌に2026年に掲載された研究は、日常的な採血データをもとに機械学習モデルを構築し、EDリスクを予測できるかを検証しました(doi:10.1111/andr.70358)。全国調査データによる訓練と、独立した臨床コホートによる外部検証という二段階のデザインを採用し、外部検証でAUC 0.934という高い判別性能を報告しています。
方法――全国調査データと独立した臨床コホートの二段階で検証した
訓練・内部検証データには、米国の全国健康栄養調査(NHANES)2001〜2004年分が用いられ、女性や20歳未満などを除外した4116人の男性が解析対象となりました。年齢、BMI、血算19項目、生化学23項目、性ホルモン4項目の計49項目が収集され、勃起機能に関する質問への回答から非ED・EDに分類されています。データは訓練群2882人と内部検証群1234人に7対3で分割されました。
外部検証には、安徽医科大学附属第一医院を2025年5月〜11月に受診した489人(非ED 359人、ED 130人)が組み入れられました。この群では質問票ではなくNPTR検査によって客観的にED診断が確定されており、主観的な自己申告で訓練したモデルが、検査に基づく客観的基準でも通用するかを試す設計になっています。
変数選択は、単変量ロジスティック回帰(p<0.05)、多変量ロジスティック回帰(11候補)、LASSO回帰(10分割交差検証、λ=0.005143977で24変数)を経て、両手法に共通する年齢、総カルシウム、コレステロール、重炭酸塩、血糖、クレアチニン、グロブリン、テストステロン、SHBGの9項目に絞り込まれました。この9項目をもとに、ロジスティック回帰・決定木・ランダムフォレスト・XGBoost・LightGBM・KNN・SVMの7モデルが、グリッドサーチと5分割交差検証で構築・最適化されています。
9つに絞り込まれた血液指標――49項目からの生き残り
多変量ロジスティック回帰では、年齢のオッズ比(OR)は1.05(95%信頼区間1.04〜1.06、p<0.001)で、年齢が上がるほどEDリスクが高まることを示しました。テストステロンはOR 0.64(0.54〜0.76、p<0.001)と1未満で、値が高いほどリスクが低いという保護的な関連です。SHBGはOR 1.04(1.03〜1.06、p<0.001)、血糖はOR 1.10(1.04〜1.17、p<0.001)、グロブリンはOR 1.40(1.04〜1.89、p=0.027)、総カルシウムはOR 4.29(1.13〜16.28、p=0.032)、重炭酸塩はOR 1.06(1.01〜1.12、p=0.024)、コレステロールはOR 0.87(0.78〜0.96、p=0.006)、クレアチニンはOR 1.00(0.99〜1.00、p=0.028)と、いずれも統計学的に有意でした。49項目という膨大な候補からこの9項目まで絞り込まれた点が、実用性を支える土台になっています。
ランダムフォレストの独り勝ち――外部検証AUC 0.934
内部検証では7モデルのAUCが0.791〜0.856に収まり、SVM(0.856)とLightGBM(0.844)が上位でした。しかし訓練データとは分布の異なる独立した外部検証セットでは、ランダムフォレストがAUC 0.934、XGBoostがAUC 0.911と高い性能を示した一方、従来型のロジスティック回帰はAUC 0.743にとどまりました。約19ポイントの差は、血液指標とEDの関係が単純な線形関係では捉えきれないことを示唆しています。
ランダムフォレストは正確度0.918、特異度0.986、陽性的中率0.950を外部検証で達成しました。感度は0.731で、XGBoost(0.700)とともに、ロジスティック回帰(0.323)やSVM(0.285)を大きく上回っています。感度が低いモデルは実際にEDがある人の多くを見逃すため、この差は実用性に直結します。較正曲線は理想的な対角線に近い形を示し、決定曲線分析(DCA)でも、閾値確率0.1〜0.6の範囲でランダムフォレスト・XGBoost・LightGBMが「全員に介入」「誰にも介入しない」という単純戦略より高い臨床的純利益を示しました。
決め手は年齢だけではない――SHBGとテストステロンの役割
最も性能の高かったランダムフォレストモデルについて、SHAP(SHapley Additive exPlanations)という手法で各指標の寄与度が解析されました。もっとも影響力が大きかったのは年齢で、それに続いたのがSHBGとテストステロンです。血糖、コレステロール、グロブリン、総カルシウム、クレアチニン、重炭酸塩といった代謝・生化学指標も、無視できない予測寄与を示しました。
SHBGが上昇すると、体内で作用可能な遊離テストステロンが減少し、一酸化窒素の合成や陰茎海綿体の平滑筋弛緩が妨げられる可能性があります。総テストステロン値が正常範囲内でも勃起機能に影響が及びうるということです。高血糖や脂質異常は血管内皮機能障害・微小血管障害の主要な機序として陰茎血流に直接関わり、クレアチニンの寄与は腎機能低下や心血管疾患負荷を反映している可能性があります。グロブリンは慢性炎症のマーカー、カルシウムや重炭酸塩は酸塩基平衡・ミネラル代謝を介して血管機能に関与しうると考察されています。
健診にどう活かせるか――対話のきっかけとしての採血データ
日本では、健康診断や人間ドックの場で採血はすでに標準的な手続きであり、追加の侵襲的検査なしにEDリスクの手がかりを得られる可能性がある点は、導入のハードルを下げる要素です。この研究では、米国泌尿器科学会(AUA)・欧州泌尿器科学会(EAU)のガイドラインに沿った運用も提案されています。血液パネルでEDリスクが高いと判定された場合、まず医師が性の健康に関する対話を切り出すきっかけとして活用し、IIEF-5などの質問票で診断を確定させる、という二段階の流れです。高リスクフラグは代謝・内分泌の異常を反映するため、心血管リスクの評価もあわせて促し、生活習慣改善やPDE5阻害薬の導入、専門医への紹介につなげることが想定されています。臨床現場では、羞恥心や申告へのためらいがEDの見逃しにつながりやすいという事情は日本でも共通しており、採血データを対話の入り口とする発想には導入の余地があると考えられます。
研究の強みと限界
強みは、4116人の大規模な全国調査データと、NPTR検査で客観的にED診断が確定された489人の独立した臨床コホートという、性質の異なる二つのデータセットで検証を行った点にあります。49項目という多数の候補から系統的な手法で9項目まで絞り込み、SHAPで予測根拠を可視化した点も「ブラックボックス」への懸念を和らげる工夫です。
一方、横断研究のため血液指標とEDの因果関係は証明できません。NHANESのED判定は自己申告に基づきますが、外部検証群でNPTRという客観的検査を用いたことで懸念は部分的に緩和されています。NHANESデータは2001〜2004年収集であり、この20年余りの人口動態や生活習慣の変化を踏まえると現代の集団への一般化には限界がある可能性があり、外部検証も中国の単一施設・単一地域にとどまるため地理的・民族的な一般化可能性にも制約が残ります。服薬歴による交絡も完全には測定できていません。また、汎用的なスクリーニング適性を重視しHbA1cはあえて含めておらず、これを組み込んだモデルの開発や、多施設・多地域での前向き研究による検証が今後の課題です。
おわりに
この研究は、日常的な採血データに基づく機械学習モデルによって、EDリスクを客観的に評価できる可能性を示しました。訓練とは異なる診断基準・異なる集団による独立した外部コホートでも高い判別能と汎化性能が確認され、SHAP分析からは年齢だけでなく内分泌・代謝・血管関連因子が複合的に関与していることが示されています。今後は、HbA1c等を組み込んだより包括的なモデルの開発や、多施設・多地域での前向き研究による検証が課題です。侵襲的な検査を経ずに、通常の健康診断の枠組みの中でEDリスクの手がかりを得られるという知見は、早期発見と男性の健康管理全体に新たな選択肢を加えるものといえます。
参考文献
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