不妊治療(ART)は長期的に心血管の安全性が高い──ただし「不妊そのもの」は要注意サイン

体外受精や顕微授精などの生殖補助医療(ART)は、世界的に利用が広がる不妊治療です。国際的な報告によれば、2018年には83か国で年間330万周期を超えるARTが実施されています。ART では卵巣刺激によって複数の卵胞を育てるため、女性の体は通常よりも高いエストロゲン濃度にさらされますが、この生理学的な変化が長期的な心血管の健康にどう影響するかは、十分に解明されていません。

これまでの長期追跡研究の多くはがんの発症リスクに関心が向けられており、心血管疾患や代謝疾患への長期的な安全性については研究の蓄積が限られていました。数年単位の追跡では、静脈血栓塞栓症や高血圧のリスク上昇を指摘する報告がある一方、心血管疾患が実際に発症するまでには長い年月を要するため、より長期の観察が必要とされてきました。さらに、心血管リスクの上昇がART自体によるものなのか、それとも治療の背景にある不妊症そのものが持つリスクなのかを切り分けることも、これまで十分にはできていませんでした。

この課題に、スウェーデンの全国規模のレジストリデータを用い、最長30年間という長期の追跡で挑んだ研究が、2026年にmedRxiv(査読前の論文を公開するプレプリントサーバー)に公開されました(DOI: 10.64898/2026.05.18.26353477)。正式な査読を経る前の報告ですが、対象規模と追跡期間の長さから注目に値する知見です。

方法──38万人を30年間追跡した、スウェーデンの全国レジストリ研究

今回の研究は、1992年から2002年にスウェーデンで第1子を出産した女性38万756人を対象としました。出生医療登録(Medical Birth Register)をはじめとする複数の全国レジストリを個人単位で連結し、2023年末まで最長30年間追跡しています。対象のうち2万6514人(7.0%)がARTを使わずに不妊を経験しており、1万923人(2.9%)がARTを用いて妊娠していました。

安全性を検証する主要な解析(一次解析)では、不妊を経験した女性の中で、ARTを使って妊娠した群と使わずに妊娠した群を比較しました。年齢、BMI、出身国、社会経済的要因、既往症、喫煙状況、出産年などの背景因子について逆確率重み付け(IPTW)による調整を行い、両群の背景をできるだけそろえたうえでリスクを比較しています。加えて二次解析として、ARTの使用有無にかかわらず、不妊を経験した女性と経験していない女性を全体で比較し、不妊そのものが心血管疾患リスクに与える影響を検討しました。

対象となった疾患は、急性心筋梗塞、脳梗塞などの脳虚血性病態、頭蓋内出血、2型糖尿病、心不全、大動脈瘤・解離、慢性腎臓病の7種類です。10年、20年、30年時点での累積リスク差とリスク比を算出し、95%信頼区間とともに提示しています。

ART自体は「概ね安全」──例外は脳梗塞リスクの上昇

背景因子を調整した一次解析では、不妊を経験した女性の中でARTを使った群と使わなかった群のあいだに、調べた心血管疾患のほとんどで明確なリスクの差は見られませんでした。唯一の例外が脳梗塞などの脳虚血性病態で、30年時点のリスク比は1.43(95%信頼区間1.09~1.89)、リスク差は0.46ポイント(95%信頼区間0.07~0.84ポイント)と、ART群でおよそ4割高いという結果でした。

この点を掘り下げるため、卵子側ではなく主に男性側の不妊を理由に行われる顕微授精(ICSI)のみを対象にした感度分析も行われました。研究対象期間の初期、ICSIは男性因子による不妊にほぼ限定して用いられていたため、ART群の中でも不妊関連のリスク因子が比較的少ないと想定される集団です。この群でも、脳虚血性病態を除けば、ARTを使わず妊娠した不妊女性と同程度かそれ以下のリスクにとどまっており、脳梗塞についてもわずかな上昇にとどまり、統計的に明確な差とは言えませんでした。全体として、一次解析の結果を裏づける内容です。

「不妊症そのもの」が示すサイン──心筋梗塞36%、2型糖尿病34%、心不全25%

一方で、ARTの使用有無にかかわらず、不妊を経験したこと自体は心血管疾患リスクの上昇と関連していました。年齢が近い女性同士で比較すると、不妊を経験した女性は急性心筋梗塞、2型糖尿病、心不全のリスクが一貫して高く、背景因子で調整してもこの差は完全には消えませんでした。

具体的には、30年時点での急性心筋梗塞のリスク比は、年齢のみで調整した場合1.47(95%信頼区間1.26~1.71)でしたが、BMIや喫煙、社会経済的要因なども含めて調整すると1.36(95%信頼区間1.16~1.59)に減少しました。リスク差で見ると0.29ポイント(0.16~0.43)から0.23ポイント(0.10~0.36)への変化です。絶対的なリスク上昇そのものは大きくありませんが、相対的にはおよそ3~5割高いことになります。

2型糖尿病については、リスク差が1.24ポイント(0.97~1.52)から0.75ポイント(0.50~1.00)へ、リスク比が1.58(1.45~1.71)から1.34(1.23~1.46)へと、調整後も明確な差が残りました。心不全は、リスク差0.21ポイント(0.07~0.34)から0.15ポイント(0.02~0.28)、リスク比1.35(1.14~1.61)から1.25(1.04~1.49)という結果でした。脳梗塞などの脳虚血性病態については、不妊群でわずかにリスクが高い傾向が見られたものの、背景因子を調整すると統計的に明確な差とは言えなくなりました(調整後のリスク比1.10、95%信頼区間0.95~1.27)。

これまでの研究との比較──一貫する「安心材料」と新たな課題

過去の研究の多くは、ARTを受けて出産した女性の心血管疾患リスクが特に高いとは報告していませんでした。カナダやスウェーデン、北欧諸国を対象とした追跡期間中央値11年程度の研究では、主要な心血管疾患の明確なリスク上昇は見られず、高血圧や脳卒中についてやや高いリスクを示唆する報告があった程度です。これまでで最大規模とされる北欧4か国・250万人を対象とした研究でも、凍結胚移植後にわずかな脳卒中リスクの上昇が見られた以外、ARTと心血管疾患の明確な関連は確認されていません。今回の研究は、これらの知見と整合する結果を示しつつ、脳虚血性病態のリスク上昇という点をより明確に示した点に意義があります。

2016年には40名を超える国際的な専門家が、不妊症とその後の心代謝系の健康との関連についてさらなる研究の必要性を指摘しています。北米からは、不妊を経験した女性で早期死亡や心血管・代謝疾患のリスクが高いとする一連の報告が続いており、男性についても精子の質の低下が慢性疾患や早期死亡のリスクと関連することが示されています。2025年1月には、米国心臓協会(American Heart Association)が不妊症と将来の心血管疾患リスクとの関連を認める科学的声明を発表しており、今回の研究は、これまでで最長となる追跡期間によって、この関連を支持する疫学的な根拠を加えるものといえます。

臨床的な意味・日本への示唆

臨床現場では、女性の心血管リスクを評価する際に、妊孕性(妊娠のしやすさ)や不妊の既往を確認することの重要性が、この研究結果からもうかがえます。逆に、不妊症が診療の中で明らかになった場合には、それを心血管系の評価につなげる視点も求められます。不妊を経験した女性に対しては、高血圧や脂質異常、インスリン抵抗性など、心血管疾患の前段階となりうる状態を早期に見つけるためのスクリーニングが有用である可能性があります。

日本では、生殖補助医療は保険適用の拡大とともに実施件数が増加しており、治療を受ける女性のその後の健康を長期的に見守る体制づくりが課題となっています。今回の結果は、ART自体への過度な不安を持つ必要は乏しいことを示す一方で、不妊治療をきっかけに見つかった健康上のリスク因子を、その後の内科的・循環器的なフォローにつなげる意義を示唆しています。生殖医療と循環器医療の連携は、まだ体系立った枠組みが少ない領域であり、今後の課題として位置づけられます。

研究の強みと限界

今回の研究の強みは、全国規模のレジストリデータを用いることで選択バイアスや想起バイアスの影響を抑えつつ、38万人という大規模な集団を最長30年間追跡した点にあります。妊娠成立の時点から追跡を開始することで、妊娠中や分娩後早期のリスクも含めた全体像を捉えている点、また脳梗塞などの脳虚血性病態と頭蓋内出血を区別して評価した点も特徴です。

一方で、いくつかの限界があります。ART群の人数は他の群に比べて少なく、リスクの推定精度には限りがあります。また、出産に至らなかったART治療の情報は含まれておらず、妊娠・出産に至った女性のみが解析対象となっている点にも注意が必要です。不妊を経験しながらARTを使わずに妊娠できた比較群には、健康状態が比較的良好な女性が選択的に含まれている可能性があり、その場合ARTのリスクは実際よりも高く見積もられている可能性があります。2型糖尿病の診断コードは1997年より前は1型・2型を区別しておらず、また外来診療の記録が十分でない時期のデータも含まれるため、一部の疾患分類には誤分類の可能性が残ります。加えて、この研究は2026年5月にmedRxivで公開されたプレプリントであり、正式な査読を経た論文ではない点にも留意が必要です。

おわりに

今回の研究は、ARTの使用が心血管疾患全般のリスクを明確に高めるとは言えないという、既存の知見を裏づける結果を示しました。唯一、脳梗塞などの脳虚血性病態については30年時点でリスク比1.43という上昇が観察されており、今後さらなる検証が求められます。同時に、ARTの使用有無にかかわらず、不妊を経験したこと自体が心筋梗塞や2型糖尿病、心不全のリスク上昇と関連していることも示されました。不妊症は、単独の症状としてではなく、女性の生涯にわたる心血管・代謝の健康状態を映すサインの一つとして捉えられる可能性があり、今後、不妊のタイプや原因ごとのリスクを解明する研究や、生殖医療と循環器医療の連携のあり方についての検討が期待されます。

参考文献

1. Mezzoiuso AG, Henriksson P, Radó M, Rodriguez-Wallberg K, Öberg AS.『Long-term risk of cardiovascular disease after assisted reproductive technology and infertility』medRxiv(プレプリント、査読前公開)2026. doi:10.64898/2026.05.18.26353477

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