精液からも、卵胞液からも──生殖補助医療に忍び寄るマイクロプラスチックのリスク

マイクロプラスチック(MPs)は、直径5mm未満のプラスチック粒子を指す概念で、1μm未満のナノプラスチックも含みます。海洋、淡水、土壌、大気などあらゆる環境媒体から検出されるほか、脳、血管、肺、肝臓、腎臓、胎盤、卵巣など人体の多数の組織からも検出されたと報告されており、世界的な公衆衛生上の課題として関心が高まっています。

生殖領域はこの懸念の焦点のひとつです。世界的には男性の1.8%、女性の3.7%が不妊を経験しているとされ、その割合は過去30年で増加を続けています。不妊治療を受ける人にとって、生殖補助医療(ART)の過程は、採卵針や培養皿、精子回収用の容器など多くのプラスチック器材と接触する機会でもあり、自然妊娠と比べて配偶子や胚の曝露機会が増えるのではないかという疑問は無視できない論点になりつつあります。

こうした背景のもと、eBioMedicine誌に2026年に掲載された総説(doi:10.1016/j.ebiom.2026.106426)は、精液、卵胞液、子宮内膜、胎盤、羊水などからMPsが検出された既存研究を体系的に整理し、ART領域における潜在的リスクを論じています。

方法──23件の研究を、精液・卵胞液・子宮内膜のデータから読み解いた

MEDLINEデータベースを用いたスコーピングレビューが行われ、生殖系組織からMPsを検出した研究として23件が同定され、大半(17件)は中国で実施されたものでした。検出手法は熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法(Py-GC/MS)、レーザー直接赤外分光法(LDIR)、ラマン分光法など多岐にわたります。検出率は精液で60〜100%、精巣組織で100%、卵胞液で21.9〜100%、子宮内膜組織で65〜100%と報告されており、いずれの組織でもMPsの存在自体は広く確認されています。ただし、LDIRは20μm未満の粒子を検出できず過小評価につながる一方、Py-GC/MSは脂質をMPsと誤認する可能性があるなど、手法ごとに限界があります。人種や生活習慣、食習慣など対象集団の違いも、報告値のばらつきの一因とされています。

精液の6〜10割から検出──男性生殖機能への影響

不妊症例のうち男性因子が主な原因または一因となっているのはおよそ50%とされ、男性の生殖能力低下の要因解明はART依存を減らすうえでも重要な課題です。人の精巣組織からMPsを検出した研究は2件のみですが、いずれも検出率は100%でした。あるメキシコの研究では、精巣組織中のポリ塩化ビニル(PVC)とポリエチレンテレフタラート(PET)の濃度が精巣の標準化重量と負の相関を示しました。精液についても、無力精子症(精子の運動率が低下した状態)の患者では正常な対照群よりMP濃度が有意に高かったとする研究があり(平均104±53.58粒子/g)、複数の研究がポリテトラフルオロエチレン(PTFE)やPET、ポリスチレン(PS)、PVCと、総精子数・精子濃度・前進運動率の低下との関連を報告しています。精索静脈瘤患者98人を対象としたトルコの研究でも、検出率は精索静脈瘤群84%対対照群62.5%で、MPsの量は精子濃度・運動率・正常形態率のいずれとも負の相関を示しました。もっとも各研究のサンプルサイズは限られており、今後は経時的な精液検査を組み込んだ、より大規模な研究が必要とされています。

卵巣予備能が低いほど、卵胞液中の濃度が高い――データが示す関連

女性の生殖生理は男性よりも複雑で、卵巣予備能(将来排卵しうる卵子の数)は出生時の原始卵胞数によって規定される有限の資源です。卵胞液中のMP濃度は卵胞刺激ホルモン(FSH)と正の相関を示し、胞状卵胞数(AFC)とは負の相関を示す一方、抗ミュラー管ホルモン(AMH)との関係は研究間で一致していません。卵巣予備能低下(DOR)患者110人と対照群110人を比較した研究では、DOR群でMP濃度が有意に高く、なかでもポリアミド66という素材が最も強く関連していました。別の研究(DOR群25人対対照群20人)でも、DOR群のMP濃度(30.63μg/g)は対照群(18.48μg/g)を上回り、AMHおよびAFCとの間に負の相関が確認されています。さらに複数の研究が、卵胞液中のMP濃度が高いほど体外受精の受精率が低下する傾向を報告しました。子宮内膜についても、子宮内膜ポリープでは正常組織よりMP蓄積量が有意に高く、ポリエチレン曝露は子宮筋腫のリスクを有意に高め、筋腫の大きさとも正の相関を示しています。これらは観察研究であり因果関係の証明ではありませんが、MPsが子宮内膜の受容能(着床のしやすさ)に構造的・機能的な異常をもたらしうる可能性を示す手がかりとされています。

胎盤を通り抜ける微粒子──母から子への曝露

母子系の組織を対象とした研究は27件同定され、そのうち17件が中国で実施されました。サンプルサイズは最大1750例に及ぶものも含まれます。検出率は胎盤で62〜100%、羊水で66.7〜100%、臍帯血で55.6〜100%と報告され、ハワイでの胎盤研究では検出率が2006年の60%から2021年には100%まで上昇したとされました。1000例を超える大規模コホートでは、母体側でMP曝露と血清クレアチニン・シスタチンCの上昇(1350例)、肝機能マーカーの上昇(1057例)との関連が報告されています。胎児側では、胎盤中のMP濃度と出生体重・身長・頭囲の縮小(1750例、男児でより顕著)、臍帯血中コルチゾール低下(1324例)、甲状腺ホルモン低下(1250例)、臍帯血テロメア長の短縮(1121例)などが報告されました。小規模研究では、子宮内胎児発育遅延例での検出率が100%であったのに対し健常対照群では13%にとどまり、胎盤中のMP含有量は新生児の1分後アプガースコア低下とも関連していたとされます。

体外受精の培養皿は、なぜ曝露リスクの起点になりうるのか

ARTは人工授精、採卵、体外受精、胚培養など一連の手技から成り、その過程で配偶子・胚・生殖器官はさまざまなプラスチック製品と頻繁に接触します。人工授精や精子採取ではプラスチック製の容器や採取管が、採卵では穿刺針や吸引チューブが使われ、受精と胚培養はプラスチック製のディッシュ内で行われます。侵襲的な医療処置がMPの体内侵入経路になりうることは、輸液チューブや採血針からのMP放出を定量した実験からも示唆されています。しかし、この総説が明確に述べているとおり、ART特有の手技そのものがMP曝露を増加させる、あるいは臨床成績を悪化させるという直接的な証拠は現時点では乏しいのが実情です。現在のエビデンスは、MPsへの懸念のみを理由にART開始を遅らせたり見送ったりすることを支持するものではなく、この総説はむしろバランスの取れた患者説明と検査室での厳密な品質管理、的を絞った今後の研究の必要性を強調しています。

日本の生殖医療現場に、何を意味するのか

日本の生殖医療現場でも、採卵から胚移植に至る一連の工程で多数のプラスチック器材が使用されており、この総説が指摘する曝露経路は共通して当てはまります。もっとも、現時点でART自体が曝露を増やす、あるいは治療成績に影響するという直接的な根拠がない以上、この論点だけを理由に治療方針を変える必要はありません。一方で、妊娠を計画する段階での患者説明においては、ペットボトルや食品容器、化粧品など日常生活で接触する機会の多いプラスチック製品への曝露を減らす工夫を伝えることが、予防的な選択肢のひとつになり得ます。培養室の運営という観点では、ディッシュやチューブ、ピペットチップなど日常的に使用される消耗品がMPsを放出していないかを検証し、より安全な代替素材の開発を検討することも今後の課題です。

研究の強みと限界

この総説は、男性生殖器、女性生殖器、胎盤・胎児組織という複数の切り口を横断的に整理した点に強みがあります。一方で限界も少なくありません。既存研究の多くは小規模かつ単一施設での観察研究であり、対象集団も偏っているため結果の一般化には慎重を要します。多くが横断研究であるため、MPsが生殖機能障害を引き起こしているのか、生理的変化の結果として蓄積しているのか、単に環境曝露を反映しているだけなのかを区別できません。また、プラスチック粒子そのものの影響と、可塑剤やビスフェノール類、重金属など付着する化学物質の影響を切り分けることも技術的に難しい課題です。検出手法にも異質性があり、空気中の落下塵や試薬由来のコンタミネーション制御も課題であり、今後は手続き上のブランク測定を組み込んだ研究設計が求められます。

おわりに

現時点でのエビデンスは、MPsが人の生殖組織および母子系の組織に広く存在し、卵巣予備能の低下や精子の質の低下、妊娠関連の合併症と関連しうることを示しています。ただし大半は観察研究にとどまり、因果関係は証明されていません。ART特有の手技がMP曝露を増加させるという直接的な証拠も現時点では不足しています。今後は、標準化された検出プロトコルの確立、厳密なコンタミネーション対策、大規模かつ前向きな多施設コホート研究、より安全な検査室材料の開発が、この分野の重要な課題として位置づけられます。ART治療を受ける人やその家族にとって、MPsへの曝露は確実なリスクとして恐れるべきものというより、今後の研究によって解明されるべき論点として理解するのが妥当といえそうです。

参考文献

1. Mao D, Nan W, Li J, Su B, Li R, Hu KL, Qin X.『Reproductive risks of microplastics in assisted reproduction』eBioMedicine 2026;131:106426. doi:10.1016/j.ebiom.2026.106426.

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