ICSIでも埋まらない溝──精索静脈瘤の塞栓術で、86%の夫婦に子どもが生まれた

不妊は、避妊をせずに1年間性生活を送っても妊娠に至らない状態と定義され、カップルの最大15%が経験するとされています。男性側の要因、いわゆる男性因子不妊は、単独では不妊全体の20〜30%を占め、女性側の要因との合併も含めると全体の最大50%に関与するとされます。中でも精索静脈瘤は治療可能な原因として最も頻度が高く、全男性の約15%に見られ、原発性不妊の男性では35〜40%、続発性不妊の男性では最大80%に認められると報告されています。

体外受精・顕微授精(IVF-ICSI)は、精子の濃度や運動率、形態の異常を技術的に回避できる治療法として広く普及しています。しかし、それでも成功率は決して高くありません。米国疾病予防管理センター(CDC)の2022年ART報告では、1周期あたり生児出産に至った割合は37.5%にとどまり、多くの夫婦が複数回の治療を必要としています。2024年に改訂された米国泌尿器科学会・米国生殖医学会(AUA/ASRM)の男性不妊診療ガイドラインは、体外受精に進む前に男性側を十分に評価することを推奨していますが、実際にはこの評価が省略されたまま治療が進められることも少なくないと指摘されており、治療可能な精索静脈瘤が見過ごされたまま体外受精・顕微授精が繰り返されているケースが存在する可能性があります。

では、体外受精・顕微授精がすでに不成功に終わった夫婦において、その後に精索静脈瘤の治療を行うと結果はどう変わるのでしょうか。この問いに答えた研究はこれまで存在しませんでした。Andrology誌に2026年に掲載された単施設の後ろ向きコホート研究(DOI:10.1111/andr.70328)は、体外受精・顕微授精に失敗した42組の夫婦を対象に、精索静脈瘤の塞栓術後の妊娠・出産の経過を追跡し、この空白を埋める報告を行いました。

方法──ICSIに失敗した42組が、静脈瘤だけを塞いだ

対象は、イスラエルの単一施設で2013年5月から2019年12月までに精索静脈瘤の塞栓術を受けた患者のうち、塞栓術以前に体外受精・顕微授精を1回以上受けたものの生児出産に至らなかった夫婦です。この期間に実施された塞栓術1013件のうち体外受精・顕微授精の既往がある59組が抽出され、連絡不能の2組、塞栓術時点で女性パートナーの年齢が35歳超だった12組、自然妊娠がないまま塞栓術後に体外受精を受けなかった3組の計17組を除外した42組が解析対象となりました。組み入れ条件は、塞栓術時点で女性パートナーが35歳以下であること、塞栓術後の追跡期間が24か月以上であることです。

対象夫婦の背景は、男性の年齢中央値が31歳(範囲23〜37歳)、女性が27歳(範囲22〜34歳)、不妊期間の中央値は48か月(範囲23〜156か月)でした。総運動精子数は32例で200万未満、5例で200万〜500万、4例で500万〜2000万であり、明らかな女性側不妊因子を伴う例は5組にとどまりました。塞栓術は右内頸静脈からカテーテルを進め、コイルと発泡させた硬化剤(3%テトラデシル硫酸ナトリウム)を組み合わせて精索静脈を閉塞させる、いわゆるサンドイッチ法で行われ、左側単独が21組、両側が21組でした。全例で手技は成功し、報告された合併症はありませんでした。塞栓術後の情報は、男性または女性パートナーへの電話での聞き取り調査によって収集され、評価項目は自然妊娠またはIVF/ICSIによる生児出産としました。

60人の赤ちゃんと、86%という数字

塞栓術を受ける前、42組の夫婦は合計151回の卵子採取(中央値2回、範囲1〜21回)と200回の胚移植(中央値3回、範囲1〜26回)を経験していましたが、生児出産は一件もありませんでした。塞栓術後、追跡期間の中央値54か月(範囲25〜111か月)のあいだに、42組中36組(86%)で合計60件の生児出産があり、生まれた子どもは65人にのぼりました。

その内訳を見ると、34組が塞栓術後に合計119回の卵子採取と149回の胚移植を受け、このうち28組が体外受精・顕微授精によって36件の生児出産(41人)を達成しました。一方、15組は自然妊娠によって23件の生児出産(23人)を得ており、このうち6組は体外受精・顕微授精による出産のあとに自然妊娠が続いた例でした。さらに1組は人工授精(IUI)による出産を経験しています。塞栓術から最初の妊娠成立までの期間は中央値15.5か月(範囲2〜81か月)でした。データ収集時点では、妊娠23週を超える継続妊娠が7件(体外受精・顕微授精によるもの5件、自然妊娠によるもの2件)確認されています。

体外受精を4回以上失敗していても、変わらなかった成功率

塞栓術前の体外受精・顕微授精の実施回数別にサブグループ解析も行われました(2組はデータ欠損)。実施回数が3回以下(中央値1.5回)だった26組のうち、22組(85%)で生児出産が得られました。一方、4回以上(中央値6.5回)だった14組でも、12組(86%)で生児出産が得られています。すでに複数回の体外受精・顕微授精に失敗していた夫婦であっても、精索静脈瘤を治療した後の成功率は、失敗回数の少ない夫婦とほとんど変わりませんでした。

なぜICSIでも防げなかったのか──静脈瘤が精子に残す「見えない傷」

この結果は、これまでの複数のメタ解析とも矛盾しません。2021年のコクランレビューは、精索静脈瘤を伴う男性不妊患者を対象とした7件のランダム化比較試験(合計693例)を統合し、精索静脈瘤の治療が無治療や治療延期と比較して自然妊娠率を改善する可能性を示しました(相対リスク1.94、95%信頼区間1.23〜3.05、I2=61%)。無治療または治療延期の場合の妊娠確率が約21%であるのに対し、外科的または放射線科的治療後の妊娠率は26〜64%に達しうることを示す結果です。2019年のメタ解析では、両側性の精索静脈瘤に対する両側治療が片側治療よりも高い自然妊娠率と関連することが示され(オッズ比1.89、95%信頼区間1.52〜2.35、I2=0%、p<0.00001)、2025年に公表された5研究・746組(治療群348組、対照群398組)を対象とするメタ解析でも、治療群で生児出産率が有意に高いという結果でした(オッズ比2.18、95%信頼区間1.58〜3.01、p<0.00001、I2=0%)。

その機序は完全には解明されていませんが、顕微授精は精子の濃度・運動率・形態といった従来の精液検査項目の異常を技術的に回避できる一方で、精索静脈瘤に伴う精子機能上の問題までは解消しないと考えられています。具体的には、精子のDNA断片化や、卵子活性化に関わる酵素であるホスホリパーゼC-ゼータ(PLCζ)の発現低下が精索静脈瘤によって悪化することが知られており、これらが受精率や着床率、胚発生に影響を及ぼす可能性が指摘されています。

臨床現場への示唆

日本では、生殖補助医療への保険適用拡大に伴い体外受精・顕微授精の実施件数が増加していますが、CDCの報告に見られるように1周期あたりの生児獲得率は必ずしも高くなく、複数周期の治療を要する夫婦は少なくありません。治療可能な精索静脈瘤が見過ごされたまま体外受精・顕微授精が繰り返されている可能性は、日本の臨床現場でも無視できない論点です。臨床現場では、AUA/ASRM 2024年版ガイドラインや欧州泌尿器科学会(EAU)の2025年版男性不妊ガイドラインが、体外受精に進む前の男性側の身体診察と精査を推奨しており、これに沿った評価を行うことで治療可能な精索静脈瘤を特定できる可能性があります。

塞栓術は一度の処置で完結する低侵襲な治療であり、報告された合併症も少ないとされる一方、体外受精・顕微授精は周期ごとに費用や投薬、通院の負担が生じ、卵巣過剰刺激症候群や多胎妊娠、異所性妊娠といった合併症とも関連するとされています。精索静脈瘤の治療によって体外受精の周期数を減らすことができれば、これらのリスクや経済的負担の軽減につながる可能性があると論文は指摘しています。ただし塞栓術の効果が精液所見に現れるまでには数か月を要するとされ、早期の妊娠成立を急ぐ夫婦にとっては、即効性のある体外受精・顕微授精のほうが魅力的に映りやすいという事情もあります。

研究の強みと限界

この研究の強みは、各夫婦が塞栓術前後で自分自身の対照となる、いわば自己対照デザインを採用している点、そしてすでに体外受精・顕微授精に失敗しているという、治療選択が特に難しい集団を対象としている点にあります。

一方で限界も明確です。第一に、対照群が設定されていないため、精索静脈瘤を治療せずに体外受精・顕微授精を継続した場合にどの程度の生児出産が得られたかは不明です。ただし大規模研究では、体外受精の実施周期数が増えるほど累積生児獲得率への上乗せ分が先細りしていくことが示されており、すでに中央値2回失敗していた今回の対象群がその後さらに治療を継続しても86%という生児獲得率に達した可能性は低いと論文では考察されています。この傾向は、4回以上失敗していた18組でも86%の生児獲得率が得られている点で、より際立って見えます。第二に、後ろ向き研究であり、データの一部は患者の記憶に基づく電話での聞き取り調査に依存しているため、一定の不正確さが含まれる可能性があります。第三に、一部の夫婦は自然妊娠を待たずに塞栓術後まもなく体外受精・顕微授精を再開しており、報告された自然妊娠23件は実際より過小評価されている可能性があります。加えて対象は女性パートナーが35歳以下の夫婦に限られ、単一施設での検討である点にも留意が必要です。

おわりに

今回の結果は、体外受精・顕微授精が不成功に終わった男性因子不妊の夫婦においても、精索静脈瘤の塞栓術が単独の治療として、あるいは体外受精・顕微授精と組み合わせる形で、生児獲得に寄与しうることを示唆しています。顕微授精は精子の濃度や運動率、形態の異常を技術的に回避する一方で、精索静脈瘤に伴う精子機能上の問題までは解消しないと考えられます。男性因子不妊が疑われる夫婦においては、視触診や超音波検査によって治療可能な精索静脈瘤の有無を確認し、体外受精・顕微授精と並行して、あるいはその前段階で、静脈瘤治療という選択肢を検討することの意義について、対照群を伴う研究を含めたさらなる検証が期待されます。

参考文献

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7. Luke B, Brown MB, Wantman E, et al.『Cumulative Birth Rates With Linked Assisted Reproductive Technology Cycles』New England Journal of Medicine 2012;366(26):2483-2491. doi:10.1056/NEJMoa1110238.

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