「見つからない精子」をAIが探す──重症男性不妊、ICSIの現場を変える可能性

非閉塞性無精子症(NOA)は、男性不妊のうち無精子症の約60%を占めるとされ、精巣内での造精機能そのものが障害されている状態を指します。こうした患者に対しては、顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE)などによって精巣組織から精子を回収し、これを用いた顕微授精(ICSI)が行われます。しかし、回収した組織や検体の中からごくわずかに存在する精子を見つけ出す「精子探索」の工程は、極めて労力を要する作業として知られています。夥しい数の細胞やデブリの中から、形態的な特徴を頼りに精子を一つひとつ確認していく作業は、培養士の熟練度や体力に大きく依存し、卵子採取や融解のタイミングと並行して行われる時間的制約の中で、検査室のボトルネックになりやすいことが指摘されてきました。探索時間の延長は受精率の低下や妊娠転帰への悪影響とも関連するとされ、精度を落とさずに効率を高める方法が求められてきました。

こうした課題に対し、人工知能(AI)によるリアルタイム画像解析を用いて、顕微鏡視野内の精子候補を自動的に検出・表示する技術が近年開発されています。では、AIによる支援は実際の臨床ワークフローの中で、探索時間や精子回収数をどの程度改善し、その先の受精や胚発生といった結果にまで影響を及ぼしうるのでしょうか。Reproductive BioMedicine Online誌(2026年)に掲載された、オーストラリアの2施設による前向き多施設共同パイロット研究(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105873)は、この問いに正面から取り組んでいます。

方法──重症男性不妊患者40人を、AIと人の目で同じ検体上で比較した

本研究は2024年1月から2025年9月にかけて、オーストラリア・シドニーのIVF Australia Alexandria施設とGreenwich施設で実施されました。対象は、予後不良と判断された非閉塞性無精子症、または重症乏精子症の患者40人です。各患者から採取された同一検体(精巣組織35例、精液5例)を左右に分け、AI支援を受けた探索と、支援を受けない従来の手作業による探索を、同一患者内で対比較するという、検体を分割する形のデザインが採用されました。

用いられたAIツール(SpermSearch.AI)は、顕微鏡カメラの映像をリアルタイムに解析し、精子候補にバウンディングボックス(候補領域を示す枠)を重ねて隣接モニターに表示する仕組みです。最終的にその候補が本当に精子かどうかを確認し、注入するかどうかを判断するのは、あくまで培養士の役割として位置づけられています。主要評価項目は、精子1個あたりの探索時間と、検体1皿あたりの探索時間で、いずれも中央値と四分位範囲(IQR)で示されました。副次評価項目として、検体1皿あたりの精子回収数、そして両方の方法で精子が得られた患者のサブセットにおける受精率と、成熟卵子(MII)1個あたりの利用可能胚数が設定されています。

探索時間41%減、精子回収は1.8倍に

検体1皿あたりの探索時間は、AI支援なしで中央値35.80分(IQR 27.85〜44.75)であったのに対し、AI支援ありでは21.80分(IQR 18.00〜29.88)へと短縮しました(P<0.0001、40組の対比較)。平均値でも40.23±2.95分から23.82±1.46分への減少が確認されています。両方の方法で精子を発見できた18組に限定すると、精子1個あたりの探索時間は中央値10.85分(IQR 6.95〜38.65)から5.50分(IQR 2.27〜11.00)へと短縮しました(P=0.001)。論文の考察では、これらの結果を平均時間の変化に換算し、精子1個あたりで53%、検体1皿あたりで41%の探索時間短縮に相当すると説明しています。

精子回収数についても、検体1皿あたりの中央値が0.00個(IQR 0.00〜3.50)から0.75個(IQR 0.00〜5.00)へと有意に増加しました(P<0.0001)。平均値では2.02±0.56個から3.71±0.98個への増加で、約1.8倍の回収数増加に相当します。40例のうち8例では、AI支援下でのみ精子が確認され、そのままICSIに進むことができました。一方、AI支援なしの探索でのみ精子が見つかったケースは報告されていません。

受精率17%から42%へ──小さな部分集団が示した可能性

両方の方法で得られた精子が卵子に注入された、12組の患者からなる小規模なサブセットでは、受精率の中央値がAI支援なしで0.0%(IQR 0.0〜43.8)、AI支援ありで36.7%(IQR 21.2〜63.9)となり、その差は26.4ポイント(95% CI 5.0〜45.0)、Wilcoxon符号順位検定でP=0.020、符号検定でP=0.039という結果でした。成熟卵子(MII)への注入単位でみると、AI支援群では73個中31個(42.5%)が受精したのに対し、支援なし群では38個中9個(23.7%)にとどまっています。平均値では17.08±6.81%から41.87±8.91%への上昇に相当します。

利用可能胚数(成熟卵子1個あたり)の中央値も、支援なし群の0.00個(IQR 0.00〜0.15)からAI支援群の0.21個(IQR 0.15〜0.31)へと増加しました(Wilcoxon検定P=0.047、符号検定P=0.021)。実数では、AI支援群のMII注入73個中17個(23.3%)が利用可能胚となったのに対し、支援なし群では38個中4個(10.5%)でした。ただし対象患者数が12組と少ないため、一般化線形混合モデル(GLMM)による探索的な効果推定では、受精のオッズ比は2.20(95% CI 0.86〜5.64、P=0.093)、利用可能胚数の発生率比は1.75(95% CI 0.49〜6.24、P=0.353)にとどまり、統計的有意性には届いていません。

また記述的な観察として、研究期間中に確認された2件の生児出産(2025年1月、2026年1月)と、さらに2件の妊娠は、いずれもAI支援下で発見された精子に由来する胚から得られたもので、対になる支援なし群からは利用可能胚が得られていませんでした。一方、支援なしで発見された精子で移植された胚は1例のみで、臨床的妊娠には至りませんでした。これらは研究の主要なエンドポイントとしてではなく、記述的な観察として報告されています。

日本の診療現場への含意

臨床現場では、精子探索は卵子採取や融解のスケジュールと並行して進められることが多く、探索時間の延長がそのまま治療全体の進行を圧迫する要因になり得ます。日本においても非閉塞性無精子症に対する顕微鏡下精巣内精子採取術は広く行われており、回収した組織から極めて希少な精子を探し出す工程は、培養士の熟練と集中力に依存する場面が少なくありません。本研究が示すような探索時間の短縮と精子回収数の増加は、培養士の身体的・精神的な負担の軽減や、採卵・融解タイミングとの同期のしやすさにもつながる可能性があります。ただし、受精率や胚発生への好影響については、12組という小規模なサブセットに基づく探索的な結果にとどまるため、臨床判断の根拠として一般化するには、より大規模な前向き研究による裏づけが必要です。

研究の強みと限界

本研究の強みは、同一患者・同一検体内でAI支援の有無を比較する対応のあるデザインを採用した点にあります。年齢や不妊原因といった患者間のばらつきの影響を受けにくく、探索時間や精子回収数という主要評価項目については、40組という規模で明確な差が示されました。

一方で、いくつかの限界も報告されています。第一に、AI支援と非支援の探索は並行して異なる培養士が担当したため、経験や探索スタイルによる交絡が生じ得ます。事後解析ではオペレーターを共変量として調整してもAI支援群の時間短縮効果はほとんど変わらなかった一方、精子回収数への効果はやや減弱しました。第二に、受精・胚発生に関する解析は12組という小規模なサブセットに限られ、利用可能胚が0個の観察が多いゼロ膨張を伴う分布のため、信頼区間は広く、探索的な位置づけにとどまります。第三に、AI支援群は時間に余裕がある場合により多くの検体皿を探索する傾向があり(40例中21例)、皿数のばらつきが結果に影響した可能性も否定できません。第四に、探索時間の計測には精子の確認・回収・移送に要した時間も含まれており、精子が多く見つかった皿ほど時間が長く記録される方向にバイアスがかかっている可能性があります。加えて、AIによる検出そのものの感度・特異度は検証されておらず、女性因子の影響も調整されていません。

おわりに

本研究は、リアルタイムAI支援による精子探索が、重症男性不妊患者において探索時間の短縮と精子回収数の増加をもたらすことを、対応のある比較デザインによって示しました。受精率や利用可能胚数における改善は小規模なサブセットに基づく探索的な知見であり、統計的な確実性を得るためには、より大規模で多施設にわたる今後の研究が求められます。それでもなお、本研究は重症男性不妊の臨床ワークフローにAIを組み込むことの実行可能性を示すものであり、標準化された探索プロトコルと長期的な臨床転帰を検証する今後の試験に向けた、明確な根拠を提供しています。

参考文献

1. Goss, D.M., Vasilescu, S.A., Vasilescu, P.A., Dai, B., Skinner, A., Hua, V.K., Cummins, L., Cooke, S., Fathi, S., Susetio, D., Persson, J., Kim, S.H.K., Sacks, G.P., Warkiani, M.E., Gardner, D.K.『Real-time artificial-intelligence-assisted rare sperm searching: a prospective, multicentre, paired sister-oocyte pilot study』Reproductive BioMedicine Online 2026;53(5):105873. doi:10.1016/j.rbmo.2026.105873

2. Goss, D.M., Vasilescu, S.A., Vasilescu, P.A., Cooke, S., Kim, S.H., Sacks, G.P., Gardner, D.K., Warkiani, M.E.『Evaluation of an artificial intelligence-facilitated sperm detection tool in azoospermic samples for use in ICSI』Reproductive Biomedicine Online 2024;49(1):103910.

3. Suryawanshi, H., Gemmell, L.C., Morgan, S., Koustas, G., Prosser, R.W., Fu, R., Forman, E.J., Williams, Z.『First clinical pregnancy following AI-based microfluidic sperm detection and recovery in non-obstructive azoospermia』The Lancet 2025;406(10516):2213–2214.

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