子宮内膜症は、生殖年齢女性の10人に1人が経験する慢性炎症性疾患です。無症状のまま経過することもある一方、不妊症の女性の25〜50%に合併するとされ、子宮内膜症のない女性と比べて不妊症を伴う頻度は6〜8倍に上ります。骨盤内の炎症は臓器全体に及び、癒着や解剖学的な変形を通じて痛みだけでなく、卵巣予備能の低下や着床障害による不妊にもつながるとされています。中でも子宮内膜症性のう胞(いわゆるチョコレートのう胞)は子宮内膜症の中で最も頻度の高いタイプで、世界的には子宮内膜症患者の44%に認められ、卵巣予備能の低下や卵巣の加齢の進行と関連づけられてきました。
しかし、子宮内膜症と不妊症を結ぶ明確な因果関係は、これまでのところはっきりしていません。子宮内膜症性のう胞のある患者は他の良性卵巣のう胞を持つ患者より抗ミュラー管ホルモン(AMH)値が低く、その低下速度も速いことが報告されており、原始卵胞数の減少も指摘されていますが、正確な機序は不明なままです。こうした中、Journal of Assisted Reproduction and Genetics誌(2026年)に、子宮内膜症性のう胞に隣接する卵巣組織の原始卵胞を対象に、酸化ストレスとDNA損傷のマーカーを直接評価したパイロット研究が掲載されました(doi:10.1007/s10815-026-03990-3)。原始卵胞は将来の卵巣予備能を担う「休眠中の卵子プール」であり、この卵胞そのものに分子レベルの傷害が存在するかどうかは、子宮内膜症による卵巣加齢の機序を考えるうえで重要な問いです。
方法──29人の卵巣組織を、免疫染色で3つのマーカーで調べた
この研究は、単一の学術医療機関で実施された後ろ向きパイロットコホート研究です。2006年6月から2024年6月までに、症候性の子宮内膜症性のう胞に対して卵管卵巣摘出術を受けた18〜45歳の患者を対象に、電子カルテから候補者を抽出しました。卵巣がんや悪性腫瘍の既往、BRCA1/2変異保持者、化学療法・放射線治療歴などの患者は除外され、対照群には子宮内膜症性のう胞以外の良性婦人科疾患で同様の手術を受けた患者が組み入れられました。950人の候補から70人が組み入れ基準を満たし(対照17人、子宮内膜症53人)、識別可能な原始卵胞が10個未満だった患者を除外した結果、最終的な解析対象は対照8人、子宮内膜症群21人の合計29人となりました。
摘出した卵巣組織は免疫組織化学染色によって、酸化ストレスのマーカーである4-ヒドロキシノネナール(4-HNE)、DNA損傷のマーカーである8-オキソグアニン(8-Oxo)およびリン酸化ヒストンH2AX(γH2AX)の発現を評価しました。原始卵胞の同定には卵母細胞特異的マーカー(UCHL-1)を併用し、形態学的基準を満たす卵胞のみを解析対象としました。各マーカーの陽性率(染色陽性の卵母細胞数÷評価した原始卵胞総数)を主要評価指標とし、2名の評価者(うち1名は群分けを盲検化)が独立して判定しました。統計解析にはp<0.05を統計学的有意と定義しました。
DNA損傷マーカー「γH2AX」だけが、統計的に有意な差を示した
対照群8人と子宮内膜症群21人の背景は、年齢(39.4±5.1歳 対 37.1±4.6歳、p=0.269)、BMI(33.6±10.6 対 29.5±7.8 kg/m2、p=0.310)、人種・民族分布、未経産の割合、ホルモン療法の使用、喫煙状況のいずれについても統計学的な有意差は認められませんでした。子宮内膜症群における子宮内膜症性のう胞の平均サイズは6.6±2.8cmでした。
3つの分子マーカーはいずれも、対照群より子宮内膜症群で陽性率が高い傾向を示しました。中でもDNA二本鎖切断の指標であるγH2AXは、子宮内膜症群63.6%に対して対照群50.1%と、統計学的に有意な差が認められました(p=0.033)。パーセンテージにすると13.5ポイントの差であり、相対的には約1.3倍の陽性率でした。一方、8-Oxoは子宮内膜症群67.5%、対照群55.8%(p=0.070)、4-HNEは子宮内膜症群65.1%、対照群61.8%(p=0.168)とやはり高い傾向を示したものの、統計学的な有意差には至りませんでした。3つのマーカーのうち、統計学的に有意だったのはγH2AXのみという結果です。
なぜγH2AXだけが有意だったのか──既存知見との整合性
別の研究では、子宮内膜症患者の卵子の質の低下が顆粒膜細胞での8-Oxo値の上昇と関連し、8-Oxo高値は受精率や胚の質の低下とも関連づけられています。今回8-Oxoが有意差に届かなかった背景には対照群の少なさがあり、より大規模な集団では検出される可能性も指摘されています。4-HNEは加齢そのものによって組織内濃度が上昇するため、両群とも加齢に伴う蓄積が背景にあり差が縮まった可能性が推測されています。
γH2AXについては、子宮内膜症患者の卵胞液に体外で曝露したマウス卵子でγH2AXフォーカスが有意に増加したとする先行研究と一致する結果でした。その研究では、曝露した卵子はすべてDNA損傷の増加を示した一方、活性酸素種(ROS)の上昇を示したのは一部にとどまり、γH2AXがROSマーカーより高感度である可能性が示唆されています。機序としては、DNA二本鎖切断とその修復障害が、原始卵胞の休眠状態を維持するFOXO3経路(PI3K-PTEN-AKTシグナル伝達により制御される)の異常な活性化につながり、原始卵胞の早期活性化や卵胞閉鎖(アトレジア)を引き起こす可能性が想定されています。別の先行研究でも、卵巣予備能の低下がDNA修復関連遺伝子(BRCA1、Rad51)の発現低下を伴っていたことが報告されており、今回のγH2AX上昇はこの修復障害モデルと一致する方向性を示しています。
臨床的な意味──卵巣予備能の低下を、分子レベルで裏づける
子宮内膜症性のう胞は、これまでもAMHの低下や胞状卵胞数の減少、体外受精における卵巣刺激への反応不良と関連づけられてきました。今回の研究は、こうした臨床的な観察と原始卵胞そのものの分子レベルの変化とを結びつける根拠を示した点に意義があります。日本では子宮内膜症性のう胞に対する手術療法(嚢腫摘出術)が広く行われていますが、手術自体が卵巣予備能を低下させることも知られており、手術のタイミングや妊孕性温存の選択には慎重な判断が求められます。今回の知見は、手術の要否にかかわらず、子宮内膜症性のう胞そのものが原始卵胞に持続的な負荷を与えている可能性を示すものであり、妊孕性温存のタイミングについての情報提供に役立つ可能性があります。ただし、これは確率としてリスクが高まりうるという知見であって、すべての患者に卵子の質の低下が生じることを意味するものではありません。
研究の強みと限界
強みは、確立された免疫組織化学マーカーを用い、盲検化した2名の評価者による判定でバイアスを抑えた点、そして子宮内膜症性のう胞に隣接する原始卵胞そのものを対象とした初めての研究である点です。一方、パイロット研究であり特に対照群が8人と少数のため統計学的検出力が限られること、後ろ向き研究のため交絡因子(喫煙、経産回数、病勢の重症度など)を十分に制御できていない可能性があること、対象を子宮内膜症性のう胞に限定しているため他のタイプの子宮内膜症へは一般化できないこと、対象患者が全員手術を受けたより重症の集団に偏っている可能性があることが限界です。評価可能な原始卵胞数の不足による除外率も高く、選択バイアスの可能性も指摘されています。また、AMHや胞状卵胞数といった臨床的な卵巣予備能マーカーとの直接的な相関は評価されていません。
おわりに
子宮内膜症と卵巣加齢の関係については、依然として理解が不十分な部分が残されています。今回のパイロット研究は、対象規模の制約はあるものの、子宮内膜症性のう胞に隣接する原始卵胞でDNA損傷マーカーであるγH2AXの発現が有意に上昇していることを示し、子宮内膜症性のう胞がDNA損傷を介して卵巣加齢を促進しうるという仮説を補強するものとなりました。今後は、より大規模な前向き研究によってこれらの分子マーカーとAMHや胞状卵胞数などの臨床的指標との関連を検証し、妊孕性温存のタイミングに関する判断にこうしたバイオマーカーをどう活かせるかが検討課題として残されています。
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