体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)では、採取した卵子と精子を受精させたあと、胚を子宮に戻すまでの数日間、培養液と呼ばれる特殊な溶液の中で育てる工程が欠かせません。世界では1978年の初めてのIVF出生以来、累計1000万人以上の子どもがIVFによって生まれており、年間およそ400万周期の治療が行われ、約100万人が誕生していると推計されています。培養液の選択はこの過程を支える重要な要素ですが、どの培養液が最も良い結果につながるのかについては、長年にわたり明確な合意がありませんでした。
培養液には、初期胚(1〜3日目)向けの「卵割期用培地」と、胚盤胞(5〜6日目)まで育てるための「胚盤胞期用培地」があり、さらに培養途中で組成の異なる培地に交換する「連続交換法」と、同じ培地のまま培養を続ける「単一培地法」に分かれます。メーカーや製品によって成分や濃度が異なり、成分の詳細が公開されていない製品も少なくありません。どの培養液が妊娠や出生の可能性を高めるのかという問いに答えるには、質の高い比較試験の積み重ねが必要ですが、これまでの研究は小規模で設計にばらつきがあることが指摘されてきました。
こうした状況を踏まえ、Cochrane Database of Systematic Reviewsの2026年版(Issue 8)に、ヒト着床前胚の培養液を比較したランダム化比較試験(RCT)を対象とする系統的レビューの更新版が掲載されました(DOI: 10.1002/14651858.CD007876.pub3)。2015年に発表された前回のレビューから10年以上が経過しており、現時点までに蓄積されたエビデンスを整理し直す試みです。
方法──26本の研究を、女性1人を単位として比較した
この総説は、2025年8月28日までに登録された文献を対象に、5779件の記録を検索し、重複を除いた2715件のタイトル・抄録を精査、213件の全文を評価したうえで、最終的に26件の研究(女性3913人を対象にした13研究、周期361件を対象にした2研究、卵子・卵子複合体・胚合計30,542個を対象にした12研究など)を採用しています。このうち、累積生産率、生産率、継続妊娠率という3つの重要な指標(critical outcomes)を報告していたのは8研究(女性3315人)にとどまりました。
解析では、クラスター効果(1人の女性から複数の胚や周期が生じること)による誤差を避けるため、報告の単位にかかわらず「女性1人あたり」に揃えて発生率を算出し直しています。バイアスリスクはCochraneのRoB1ツールで、エビデンスの確からしさはGRADE方式で評価されました。
「同じ組み合わせを比べた試験」は、ひとつもなかった
26研究は、比較していた培養液の組み合わせがそれぞれ異なっていました。適切な設計で同じ2製品を比較した試験が2つと重ならなかったため、結果を統合するメタ解析は実施できず、各試験の結果はそのまま個別に提示されています。市販されている培養液の種類は多岐にわたり、G5、HTF、Sydney IVF、G1シリーズ、GM501、BlastAssist、EmbryoAssist、EmbryoGen/BlastGenなど、少なくとも39種類の培養液が今回の研究群の中で使われていました。
836人を対象にした試験だけが、「中程度の確からしさ」の差を示した
累積生産率を報告していた研究は1件のみでした。オランダの多施設で836人の女性を対象に行われたこの試験では、G5という培養液を使った群の累積生産率が44.1%、HTF(human tubal fluid)を使った群が37.9%となり、G5群の方が高い傾向が示されました(オッズ比[OR] 1.29、95%信頼区間[CI] 0.98〜1.70)。中程度の確からしさのエビデンスと評価されており、今回のレビュー全体の中では最も信頼度の高い結果です。
同じ試験では、継続妊娠率もG5群45.3%に対しHTF群38.7%(OR 1.32、95% CI 1.00〜1.73)、臨床妊娠率もG5群47.7%に対しHTF群40.1%(OR 1.36、95% CI 1.04〜1.79)と、いずれもG5群でやや高い数値が確認されています。ただし、いずれも1件の試験だけに基づく結果であり、信頼区間の下限が1に近い(効果なしの可能性を排除できない)点には注意が必要です。
その一方で、生まれた子の体重は181g軽かった
妊娠や出生に至る確率だけでなく、生まれてきた子どもの健康も重要な指標です。出生体重を報告していた4研究のうち、先の836人規模の試験では、G5群の単胎新生児の出生体重が、HTF群と比べて平均181g軽いという結果が示されました。
残る3研究では、比較した培養液のあいだで出生体重に明確な差は見られていません。今回の結果は1件の試験にとどまり、確率の話であって運命を決めるものではありませんが、妊娠や出生の「成功率」だけを見て培養液を評価すると、子どもの発育に関わる情報を見落とす可能性があることを示す一例といえます。総説の著者らも、生産率や継続妊娠率に加えて、生まれた子どもの健康状態を評価項目に含める必要性を今後の研究課題として挙げています。
サプリメントの効果は「単独」では測れない――GM-CSFとアルブミン濃度の相互作用
デンマークで743人を対象に行われた別の試験では、EmbryoAssistという培養液に顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)を添加した群と、添加しない群が比較されました。ヒト血清アルブミン(HSA)濃度が低い条件では、GM-CSF添加群の方が生産率(24.0%対18.4%、OR 0.71、95% CI 0.50〜1.02)、継続妊娠率(30.0%対21.3%、OR 0.63、95% CI 0.45〜0.88)ともにやや高い傾向が見られました。ただし試験の途中でプロトコルが変更されており、エビデンスの確からしさは非常に低いと評価されています。
興味深いのは、HSA濃度を標準的な水準まで引き上げた群では、GM-CSFを添加しても差がほとんど見られなかった点です(継続妊娠率29.0%対28.1%、OR 0.96、95% CI 0.67〜1.38)。これは、観察された差がGM-CSFそのものというより、HSA濃度との組み合わせによって生じていた可能性を示唆しています。
このほかの比較――Sydney IVF Cleavage対G1シリーズ3(449人)、GM501対Sydney IVF(170人)、G2シリーズ対BlastAssist M1/M2(176人)、Sydney IVF対EmbryoGen/BlastGen(100人)、GM501対ISM1(172人)、ECM/Multiblast対Global(80人)――は、いずれも参加者数が100〜450人規模と小さく、信頼区間も広いため、培養液間の差があるともないとも判断できない「非常に低い確からしさ」の結果にとどまっています。
研究の強みと限界
今回のレビューは、2025年8月までの文献を対象に網羅的な検索を行い、2015年版から10年以上ぶりに知見を更新した点に意義があります。一方で、限界も少なくありません。含まれた試験の多くはランダム化の手順が不明確で、女性ではなく卵子や胚を無作為に振り分けている試験、同じ女性に複数の群の胚を移植していた試験もありました。すべての領域で低リスクと判定された試験は1件もなく、半数以上の領域で低リスクだった試験もわずか2件にとどまっています。
培養液の成分組成を報告していない試験も多く、製造企業が詳細を公開していないケースも影響しています。さらに、含まれた試験の多くは10年以上前に実施されたもので、当時使用されていた培養液の一部はすでに市場から姿を消しています。そのため、今回得られた知見を現在の臨床現場にそのまま当てはめられるかどうかにも、一定の留保が必要です。
日本の生殖医療現場への含意
日本の生殖医療現場では、培養液の選択は各施設の経験や費用、供給状況などをもとに行われているのが実情です。今回のレビューが示した「G5がHTFより優れている可能性がある」という所見は、中程度の確からしさとはいえ1件の試験に基づくものであり、これだけを根拠に特定の培養液を推奨する段階には至っていません。臨床現場で患者から使用している培養液について尋ねられた際には、現時点でどの培養液が優れているかを裏付ける十分な根拠は存在しないこと、そして出生体重のような子どもの健康に関わる指標についても、まだ研究が限られていることを丁寧に説明する必要があります。
おわりに
26本のランダム化比較試験を集めても、同じ組み合わせを比較した適切な設計の試験は1組も存在せず、培養液どうしを直接比べる形でのメタ解析は実現しませんでした。836人規模の試験1本が示したG5とHTFの差は、今後の研究で確認されるべき手がかりの一つに位置づけられています。総説は、女性を無作為化の単位とすること、累積生産率を優先的に評価すること、培養液の成分組成を詳細に報告すること、そして生まれた子どもの健康状態を追跡することを、今後の研究に求めています。培養液という胚培養の土台をめぐる問いには、まだ十分な答えが出ていません。
参考文献
1. Laverde M, Zagers M, van Wely M, Youssef MA, Mastenbroek S, supported by the Cochrane Gynaecology and Fertility Review Group.『Culture media for human pre-implantation embryos in assisted reproductive technology cycles』Cochrane Database of Systematic Reviews 2026;Issue 8:CD007876. doi:10.1002/14651858.CD007876.pub3.
2. Laverde M, Zagers M, van Wely M, Youssef MA, Mastenbroek S, supported by the Cochrane Gynaecology and Fertility Review Group.『Culture media for human pre-implantation embryos in assisted reproductive technology cycles(Protocol)』Cochrane Database of Systematic Reviews 2009. doi:10.1002/14651858.CD007524.
