不妊治療におけるpreconception health(妊娠前の健康)というと、女性の年齢や卵巣の状態に注目が集まりがちです。しかし精子は、受精の直前だけでなく、その前段階である精子形成(スペルマトジェネシス、およそ74日間)の過程で様々な外的要因の影響を受けながら作られていきます。大気汚染と妊娠のしやすさとの関連は、自然妊娠を計画するカップルや体外受精(IVF)を受けるカップルを対象とした研究で示唆されており、微小粒子状物質(PM2.5)や二酸化窒素(NO2)への曝露は精液濃度・運動率・正常形態率の低下などと関連することが報告されています。ただし、これまでの研究の多くは女性側の曝露時期(排卵期・着床期)に焦点を当てたもので、男性側の精子形成期の曝露が実際の治療成績にどう影響するかは十分に検討されていませんでした。
人工授精(IUI)は、原因不明不妊などに対する第一選択の治療として広く行われています。IUIによる妊娠は、受精が子宮内で自然に起こる点でIVFよりも自然妊娠に近いプロセスとされ、男性側の精子形成に対する大気汚染の影響を検討するうえで適した対象と考えられます。米国ユタ州ソルトレイクシティ都市圏を対象に、精子形成期の大気汚染曝露とIUI治療成績との関連を検討した論文がPaediatric and Perinatal Epidemiology誌に2026年に掲載されました(DOI: 10.1111/ppe.70185)。ソルトレイクシティは冬季の気温逆転によるPM2.5、夏季のオゾン(O3)いずれについても米国環境保護庁(EPA)の大気環境基準を超過する地域です。
方法──ソルトレイクシティの592組を、74日間の曝露で追跡した
この研究は、葉酸・亜鉛補充トライアル(FAZST、2013〜2018年)の二次解析として行われました。FAZST本体は、不妊治療を受けるカップルの男性パートナーを対象に葉酸・亜鉛の補充とプラセボを比較したランダム化比較試験で、4拠点(ソルトレイクシティ、アイオワシティ、シカゴ、ミネアポリス)で実施され、補充は精液所見にも不妊治療成績にも関連しなかったことがすでに報告されています。今回の解析では、住所のジオコーディングが可能なソルトレイクシティ都市圏の参加者のうち、IUI治療を受けたカップル592組(IUI周期数1223件、9か月間の追跡)を対象としました。
大気汚染曝露は、Community Multiscale Air Quality(CMAQ)モデルを用いて、居住地における日々のPM2.5、NO2、O3(8時間平均)、二酸化硫黄(SO2)濃度を12km四方の解像度で推定し、IUI施行日から遡って精子形成期にあたる74日間の平均値として算出しました。さらに、精子形成の各発達段階(有糸分裂期〔59〜74日前〕、減数分裂I・II期〔33〜58日前〕、精子形成期〔spermiogenesis、11〜32日前〕、精子放出期〔spermiation、0〜10日前〕)に対応する曝露ウィンドウも設定し、先行研究との比較のために排卵前5日間・着床前後という女性側の時期区分でも解析しました。妊娠(hCG陽性)、妊娠損失、生児出生の3アウトカムについて、男性の年齢・季節・世帯収入・共存汚染物質で調整した一般化線形混合モデルにより相対リスク(RR)を推定し、単一汚染物質モデル、複数汚染物質モデル、分位数g計算法による混合物モデルの3通りで評価しました。
3人に1人が妊娠せず、O3・NO2は「妊娠しにくさ」と関連していた
1223件のIUI周期のうち、hCG陽性妊娠は133件(10.9%)でした。妊娠が成立した133件のうち、46件(34.6%)が妊娠損失に至り、87件(65.4%)が生児出生に至りました。74日間の精子形成期における大気汚染の中央値は、PM2.5が6.5μg/m3(四分位範囲5.0〜8.7)、NO2が8.1ppb(同5.4〜12.3)、O3が34.5ppb(同25.3〜40.8)、SO2が0.38ppb(同0.25〜0.62)でした。
単一汚染物質モデルでは、O3が5ppb増加するごとに妊娠の可能性が16%低下していました(RR 0.84、95% CI 0.73〜0.97)。一方でPM2.5・NO2はむしろ妊娠の可能性が高い方向に関連していましたが、信頼区間の幅が広く精度は高くありませんでした(それぞれRR 1.27、95% CI 0.98〜1.65およびRR 1.13、95% CI 0.95〜1.33)。
複数の汚染物質を同時に調整した複数汚染物質モデルでは、O3は5ppb増加あたり妊娠の可能性を29%低下させる方向に関連しました(RR 0.71、95% CI 0.55〜0.93)。NO2についても27%の低下という同様の傾向がみられましたが、統計的な精度はやや低いものでした(RR 0.73、95% CI 0.50〜1.05)。PM2.5は複数汚染物質モデルでも妊娠の可能性が高い方向の関連を保っていました(RR 1.31、95% CI 0.92〜1.85)。4種類の汚染物質をまとめて評価する混合物モデルでも同様の傾向が確認され、汚染物質の混合物が10分位分増加するごとに妊娠の可能性は21%低下する方向の関連が示されました(RR 0.79、95% CI 0.62〜1.01)。SO2については、いずれのモデルでも一貫した関連は認められませんでした。
発見──最も影響が大きかったのは「有糸分裂」と「減数分裂」の時期
精子形成の発達段階別に見ると、O3・NO2との関連が最も強く現れたのは、IUI施行の59〜74日前にあたる有糸分裂期でした(O3:RR 0.77、95% CI 0.64〜0.93、NO2:RR 0.70、95% CI 0.51〜0.96)。次いで33〜58日前の減数分裂I・II期でも同様の傾向が確認されました(O3:RR 0.76、95% CI 0.61〜0.96、NO2:RR 0.80、95% CI 0.58〜1.11)。混合物モデルでも、有糸分裂期(RR 0.83、95% CI 0.70〜0.99)、減数分裂I・II期(RR 0.84、95% CI 0.67〜1.06)、そしてIUI施行直前にあたる精子放出期(RR 0.81、95% CI 0.68〜0.96)で、汚染物質の混合物増加と妊娠の可能性低下との関連が確認されました。
この時期は、染色体数が半分になる細胞分裂(有糸分裂・減数分裂)が進み、半数体の精子細胞が形成されるとともにDNAメチル化のパターンが確定していく段階にあたります。この過程で受けたダメージが、後の精子の形態形成や受精能力に影響を及ぼす可能性が考えられます。なお、排卵前(RR 0.90、95% CI 0.77〜1.06)や着床期(RR 0.88、95% CI 0.73〜1.06)における女性側の大気汚染曝露についても、hCG陽性妊娠の可能性が低下する方向の傾向が確認されており、既存の女性側曝露研究と同様の知見といえます。
妊娠損失については、全体としては明確な関連パターンは認められませんでした。ただし着床後のPM2.5曝露は、妊娠損失のリスクが高くなる方向の関連が確認されています(複数汚染物質モデルRR 1.21、95% CI 1.08〜1.36)。生児出生は妊娠に関する結果とおおむね一致し、精子形成期全体を通じたO3曝露が生児出生の可能性低下と関連していました(RR 0.76、95% CI 0.55〜1.06)。一方、有糸分裂期のPM2.5曝露は生児出生の可能性が高まる方向の関連を示すなど、汚染物質ごとに異なるパターンも見られました。寒冷期(10〜3月)の精子形成期・有糸分裂期・減数分裂I・II期におけるO3・NO2曝露は、妊娠の可能性低下との関連がより明瞭で(精子形成期全体でO3:RR 0.61、95% CI 0.41〜0.90)、冬季にPM2.5、夏季にO3が基準値を超えやすいという、ソルトレイクシティ特有の季節性が背景にあると考えられます。
日本の現場への含意──精子形成期の環境要因が治療成績に関わる可能性
日本では、大気汚染の水準は地域や季節によって差があるものの、都市部を中心にPM2.5やNO2、O3への曝露は依然として存在します。IUIは日本でも原因不明不妊などに対する第一選択の治療として広く行われており、IVFに比べて侵襲性が低く費用も抑えられる治療法です。今回の結果は、IUIの治療成績を左右しうる要因として、女性側の因子だけでなく、男性パートナーが精子形成期にどのような環境で過ごしているかという視点が重要である可能性を示しています。臨床現場では、これまで喫煙や飲酒、体格指数(BMI)といった生活習慣要因が精子の質の説明として用いられてきましたが、居住地の大気環境という患者本人の努力だけでは変えにくい要因が関与しうるという点は、患者説明や今後の研究の方向性を考えるうえで新たな視点となります。ただし今回示されたのはあくまで集団レベルの統計学的な関連であり、個々の患者について「大気汚染のせいで妊娠しなかった」と断定できるものではありません。
研究の強みと限界
この研究の強みとしては、男女双方のパートナーの大気汚染曝露を考慮したこと、IUI治療を受けるカップルという臨床的に重要な集団に焦点を当てたこと、精子形成の生物学的な発達段階に基づいて曝露時期をあらかじめ設定したこと、複数汚染物質モデルや混合物モデルなど複数の解析手法を用いて汚染物質間の相互関連を検討したことが挙げられます。季節や地域レベルの社会経済的要因を調整し、妊娠損失の解析では選択バイアスに対応するため逆確率重み付けを用いるなど、バイアスの低減にも配慮されています。
一方で限界もあります。IUI施行前の特定のパートナー(男性・女性)ごとの影響を完全に切り分けることはできず、精子形成の各発達段階の時期区分もあくまで生物学的な推定にとどまるため、有糸分裂期や減数分裂I・II期が真に重要な曝露時期であるかを強い確信をもって結論づけることはできません。ソルトレイクシティの大気は複雑な汚染物質の混合や広域の気象条件の影響を受けており、共存汚染物質による交絡や、12km四方という解像度のCMAQモデルによる曝露の誤分類が生じている可能性があります。加えて、対象者の多くが非ヒスパニック系白人で中〜高所得層であったため、結果の一般化には慎重を要し、より多様な集団や異なる大気汚染組成の地域での再現研究が求められます。
おわりに
今回の解析は、精子形成期、特に有糸分裂期と減数分裂I・II期における大気汚染物質(O3・NO2)への曝露が、IUI治療におけるhCG陽性妊娠および生児出生の可能性の低下と関連していることを示しました。妊娠損失との明確な関連は認められておらず、大気汚染の影響は妊娠成立の段階に強く現れている可能性が示唆されています。PM2.5・SO2については一貫した関連は確認されていません。この知見は示唆的なものであり、パートナー間の影響を切り分けるためのさらなるデータの蓄積、個人曝露量の測定、精子機能バイオマーカーを介した媒介経路の検討が今後の課題として挙げられています。男性のpreconception healthは依然として研究の蓄積が少ない領域であり、精子形成期における感受性の窓と不妊治療成績への影響経路を明らかにする研究の進展が期待されます。
参考文献
1. Russo LM, Pilsner JR, Canty TP, et al. “Critical Windows of Air Pollution Exposure During Spermatogenesis and Intrauterine Insemination Outcomes.” Paediatric and Perinatal Epidemiology 2026;0:1–11. doi:10.1111/ppe.70185
2. Schisterman EF, Sjaarda LA, Clemons T, et al. “Effect of Folic Acid and Zinc Supplementation in Men on Semen Quality and Live Birth Among Couples Undergoing Infertility Treatment: A Randomized Clinical Trial.” JAMA 2020;323:35–48.
3. Heller CG, Clermont Y. “Spermatogenesis in Man: An Estimate of Its Duration.” Science 1963;140:184–186.
4. Keil AP, Buckley JP, O’Brien KM, Ferguson KK, Zhao S, White AJ. “A Quantile-Based g-Computation Approach to Addressing the Effects of Exposure Mixtures.” Environmental Health Perspectives 2020;128:47004.
