「見えない精子」を、AIが手術中に見つけ出す──microTESE支援システムの挑戦

不妊症の男性のうち、約15%は無精子症と診断されています。このうち、精巣で精子がほとんど作られていない非閉塞性無精子症(NOA)では、射精液中に精子が存在しなくても、精巣組織のごく一部には精子が残っている場合があります。この精子を外科的に採取する方法として、顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE)がゴールドスタンダードとされていますが、精子回収率は約45%、生児獲得率は約13%にとどまるとされています。

手術では、採取した精巣組織を細胞懸濁液として処理し、位相差顕微鏡下で培養士が目視によって精子を探索します。この作業は労力を要するうえに主観に左右されやすく、観察できる組織はごく一部に限られます。精子の数が極めて少ない場合には、経験豊富な培養士であっても見逃してしまう可能性があります。人工知能(AI)による自動検出は、この課題への対応策として以前から検討されてきましたが、実際の手術中にリアルタイムで機能する精度と速度を両立したモデルは十分に確立されていませんでした。

こうした状況を踏まえ、micro-TESE術中にリアルタイムで候補精子を検出するAI支援システムを開発し、実際の手術で評価した論文が、Human Reproduction Open誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1093/hropen/hoag062)。改良型のYOLOアルゴリズムを用いたこのシステムは、実臨床の手術室でどの程度の性能を発揮したのか。論文の内容を読み解きます。

方法──1165人分・5032個の精子データで鍛えたモデルを、手術室で試す

研究チームは、既存のYOLOv11アーキテクチャを土台に、微量な精子の検出に特化した改良モデル「YOLOv11-RSD」を開発しました。背景の組織片や細胞と精子を区別しやすくするための注意機構(CBAM)を組み込み、複数のスケールで検出する仕組みを整えることで、密集した視野や複雑な背景の中でも精子らしい構造を見つけやすくする工夫が加えられています。

モデルの学習と検証には、単一施設で撮影された1165人分・1932枚の顕微鏡画像、合計5032個の精子アノテーションが用いられました。画像への注釈は、5年以上の経験を持つ培養士3名が独立して行い、判定が分かれた場合は合議で最終判断を行っています。

臨床評価は2024年5月から2025年7月にかけて実施されました。まず精管が閉塞しているだけで精子形成そのものは正常な閉塞性無精子症(OA)患者10例を対象に、複数の判定基準(信頼度閾値)ごとの性能を比較し、最も適切な閾値を選定しました。続いて、NOA患者30例のmicro-TESE術中に実際にシステムを稼働させ、培養士による従来の目視評価と比較しています。培養士の判定を基準として、陽性的中率(PPV、精度に相当)、感度(見逃しの少なさに相当)、F1スコア(両者のバランスを示す指標)と、それぞれの95%信頼区間が算出されました。AIが検出した候補のうち、当初の目視評価で見つかっていなかったものについては、その場で担当培養士が再確認し、判定が微妙な場合や当初「精子陰性」とされていた症例では、別の培養士による確認も行われています。

注意機構で「精子らしさ」を強調──ベースモデルとの比較

開発段階での比較では、YOLOv11-RSDは従来のYOLOv11に対して一貫した性能向上を示しました。比較的緩やかな判定基準(IoU 0.5、信頼度0.3)では、平均検出精度(mAP50-95)が0.552から0.734へ、PPVが78.2%から92.8%へ、感度が74.7%から87.8%へといずれも改善しています。標準的な基準(IoU 0.5、信頼度0.5)でも、感度は61.4%から87.2%へと大きく向上しました。

誤りの内訳を見ると、見逃し(偽陰性)の割合は38.6%から12.8%へ、誤検出(偽陽性)の割合は10.3%から6.8%へと、いずれも改善しています。精子が少ない視野(0〜5個)では感度が75.9%から91.2%へ、精子がやや多い視野(6〜10個)では57.0%から88.3%へと、精子を探しにくい条件ほど改善幅が大きいことも示されました。一方で、計算負荷の増加はわずかで(パラメータ数20.05Mから20.32M、モデルサイズ38.64MBから39.15MB)、処理速度も640×640ピクセルの画像で毎秒262.4フレームから260.9フレームとほぼ変わらず、1視野あたりの応答時間は8.76ミリ秒に保たれました。処理速度を大きく犠牲にすることなく精度を高められた点が、この改良の特徴といえます。

信頼度50%という「物差し」──閉塞性無精子症10例で基準を定める

精子形成が正常なOA患者10例を対象に、信頼度の判定基準を30%から70%まで変えながら性能を確認したところ、信頼度が低いほど感度は高くなる一方でPPVは下がるという、一般的なトレードオフの関係が見られました。信頼度30%ではPPV 75.2%・感度96.7%、信頼度50%ではPPV 83.5%・感度96.5%・F1スコア89.5%、信頼度70%ではPPV 86.1%・感度85.4%という結果でした。感度を高く保ちながらF1スコアが最も高くなる信頼度50%が、以降のNOA患者への適用における運用基準として選ばれています。

見逃されていた精子が、6例で浮かび上がった──NOA30例の実地成績

信頼度50%の基準を用いて、NOA患者30例のmicro-TESE術中にシステムを稼働させたところ、クラインフェルター症候群、Y染色体AZFc領域欠失、流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)後の精巣炎、特発性NOAなど多様な原因を含む30例のうち12例で精子の回収に成功しました。培養士の判定を基準とした場合、PPVは80.58%(95%信頼区間77.2〜83.6%)、感度は96.11%(95%信頼区間94.0〜97.5%)、F1スコアは87.66%(95%信頼区間85.5〜89.7%)でした。感度96.11%という数字は、見つけるべき精子のうちシステムが検出できた割合が非常に高かったことを示しています。

特に注目されるのは、30例中6例で、当初の目視評価では見つかっていなかった候補精子をシステムが指摘し、その場での再確認によって精子であることが確認された点です。このうち2例は、当初は「精子陰性」と判定されていた症例でした。AI支援による探索・確認の流れが関わった6例については、その後の生殖医療の経過も追跡されており、いずれの症例でも胚の卵割(受精卵が分裂を始めること)が確認され、うち3例で生児が得られています。また、当初「精子陰性」とされていた2例のうち1例では、単胎の生児出産に至りました(もう1例は妊娠したものの流産という経過をたどっています)。これらは症例数の限られた観察結果であり、AI支援の有効性を確定づけるものではありませんが、見逃されがちな候補を拾い上げる可能性を示す所見といえます。

臨床現場での位置づけ──「探す」より「見逃さない」を支える役割

日本でも、非閉塞性無精子症は生殖年齢の男性不妊の主要な原因のひとつであり、micro-TESEは標準的な治療選択肢として広く行われています。手術中の精子探索は培養士の経験と集中力に大きく依存する作業であり、視野を隅々まで確認する負担は小さくありません。今回のシステムは、培養士に代わって精子を選別したり採取したりするものではなく、あくまで培養士の判定と並行して稼働し、見逃されやすい候補を指摘したうえで、最終的な確認と回収は培養士が行うという位置づけの支援ツールとして設計されています。

臨床現場にとって重要なのは、手術時間の短縮効果がまだ示されていないという点です。1検体あたりの検出時間は平均366.4秒であり、過去の報告と比べて短縮されたわけではありませんでした。1フレームあたりのAI処理自体は8.76ミリ秒と高速ですが、実際の手術全体の所要時間は、スライドの走査や視野の切り替え、ピント合わせといったハードウェア・作業手順側の要因に左右される部分が大きく、アルゴリズムの高速化だけでは解決しない課題であることが示唆されています。

研究の強みと限界

この研究の強みは、精液検査や模擬環境ではなく、実際のmicro-TESE手術という臨床現場そのものでシステムを評価した点にあります。精巣内の精子は運動性が乏しく、セルトリ細胞やライディッヒ細胞、赤血球、組織片など多様な背景の中に埋もれているため、精液中の精子検出とは条件が大きく異なります。この実環境下での評価は、他の関連研究にはあまり見られない特徴です。

一方で限界も複数指摘されています。評価は単一施設で行われており、対象はOA10例・NOA30例と限られた規模にとどまります。また、画像への注釈作業においてカッパ係数などの定量的な一致度評価が行われていない点も限界として明記されています。手術全体の所要時間の短縮が示されていないことも先述のとおりです。これらを踏まえ、より多くの施設を含む前向きな多施設共同研究による外部検証が、今後の臨床実装に向けて必要とされています。

おわりに

今回の研究は、AI支援によるリアルタイム精子検出システムを、実際のmicro-TESE手術という厳しい条件下で評価し、候補となる希少な精子を検出できる可能性を示しました。培養士の判定を置き換えるものではなく、あくまで見逃しを減らすための決定支援ツールという位置づけであり、症例数の限られた観察結果である点にも留意が必要です。標準化された撮像手法と手術効率を評価項目に含む前向きな多施設共同研究が、今後の臨床応用の可否を左右する次のステップとして位置づけられています。

参考文献

1. Han S, Xu S, Hu H, Zhu Z, Bai F, Deng C, Huang Y, Zhang C, Sun Y, Bai H, Yao C, Zhao F, Li Z, Zhao D, Li P. 『An artificial intelligence real-time rare sperm detection system for intraoperative microsurgical testicular sperm extraction』Human Reproduction Open 2026;2026(3):hoag062. doi:10.1093/hropen/hoag062.

2. Vloeberghs V, Verheyen G, Haentjens P, Goossens A, Polyzos NP, Tournaye H. 『How successful is TESE-ICSI in couples with non-obstructive azoospermia?』Human Reproduction 2015;30:1790–1796.

3. Eisenberg ML, Lathi RB, Baker VL, Westphal LM, Milki AA, Nangia AK. 『Frequency of the male infertility evaluation: data from the national survey of family growth』The Journal of Urology 2013;189:1030–1034.

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