続ける? やめる?──抗うつ薬という選択が、産後うつのリスクを左右する

産後うつは、米国では出産を経験した女性のおよそ7人に1人が経験するとされる疾患で、近年その頻度は増加傾向にあります。治療されない周産期のうつは、妊娠・産後にまつわる自殺念慮や自殺の最大の危険因子であるとともに、物質使用障害やそれに関連する死亡の危険因子でもあり、これらを合わせたものが産後1年間における母体死亡の主要な原因を占めています。産後うつはさらに、母子の愛着形成や母乳育児の選択・母乳の質、そして児の認知・情緒発達にも影響を及ぼすことが報告されています。

こうした背景から、米国産科婦人科学会(ACOG)と米国精神医学会(APA)は、妊娠期・産後の抑うつスクリーニングとともに、うつ病の既往がある一部の患者に対して妊娠中の抗うつ薬継続を推奨しています。しかし、妊娠中の抗うつ薬使用をめぐる評価は一様ではありません。低出生体重児や新生児集中治療室(NICU)入院、心奇形との関連は近年の研究で否定的な結果が積み重なっている一方、早産や新生児遷延性肺高血圧症、出生後72時間ほどで軽快する新生児適応症候群(易刺激性、落ち着きのなさ、筋緊張の亢進、頻呼吸などを特徴とする)との関連を指摘する研究もあります。他方で、治療されない妊娠中のうつ病自体も、早産、在胎不当過小児、死産、低出生体重、周産期合併症、器械分娩の増加、そして産後うつと関連することが知られています。あるメタ解析とコクランレビューは、妊娠中の抗うつ薬使用が産後うつの予防に有効かどうかについて、現時点のエビデンスでは結論を出せないと報告していました。

この空白を埋める目的で行われた後方視的コホート研究が、American Journal of Obstetrics and Gynecology誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1016/j.ajog.2026.07.031)。妊娠前からうつ病の既往があり抗うつ薬を服用していた患者を対象に、妊娠中に服薬を継続した場合と中断した場合とで産後うつのリスクがどう異なるか、そしてそのリスクが人種・民族、年齢、妊娠初期の抑うつ症状によって左右されるかどうかを検証した内容です。

方法──6,552人を、服薬パターン別に3群に分けて追跡した

米国の統合医療システムであるKaiser Permanente Northern California(KPNC)で行われた研究です。KPNCは約470万人の会員を抱え、都市部・郊外・準農村部にまたがる地域の人口構成を反映しているとされます。2010年1月から2019年12月までに出産した18歳以上の患者のうち、最終月経の1年以内にうつ病の診断を2回以上受け、かつ最終月経の6か月以内に抗うつ薬の処方があった患者が対象とされました。統合失調症、統合失調感情障害、精神病性障害、双極性障害の既往がある患者、妊娠中のPHQ-9(抑うつ症状を評価する9項目の質問票)記録がない患者、抗うつ薬の用量が推奨量に満たない患者、産後にKPNCを受診していない患者は除外されました。

出産のあった392,378人のうち、これらの基準を満たしたのは6,552人でした。医薬品の処方履歴(服薬の継続期間、リフィル間隔42日以内を許容)に基づき、患者は妊娠中に抗うつ薬を継続した群(継続群、2,216人)、いったん中断してから再開した群(中断後再開群、1,258人)、中断したままの群(中断群、3,078人)の3群に分類されました。産後うつは、出産後1年以内の国際疾病分類(ICD)の診断コード、またはPHQ-9スコア10点以上(大うつ病の診断に対する感度・特異度88%)のいずれかとして定義されました。年齢、人種・民族、居住地域の中央値所得、経産回数、多胎妊娠の有無、保険の種類、妊娠管理を開始した妊娠週数、最終月経前の抗うつ薬用量、そして妊娠初回のPHQ-9スコアなどを共変量として調整した上で、修正ポアソン回帰分析により調整相対危険度(aRR)が算出されました。

中断すると、産後うつのリスクは1.14倍に

対象となった6,552人のうち、37.7%にあたる2,469人が産後うつを発症しました。継続群と比較すると、いったん中断してから再開した群は産後うつのリスクが有意に高く(調整相対危険度〈aRR〉1.14、95%信頼区間1.05〜1.24)、中断したままの群も同様に高いリスクを示しました(aRR 1.14、95%信頼区間1.06〜1.22)。特に重症の産後うつ(PHQ-9スコア20点以上)に限ると、中断群のリスクは継続群の1.33倍でした(95%信頼区間1.09〜1.62)。治療必要数(NNT、1人の産後うつを防ぐために継続的な抗うつ薬治療が必要な人数)は15と算出されています。人種・民族、年齢による有意な交互作用は認められませんでした(p>0.05)。

なお、産後うつを発症した患者の内訳を見ると、継続群では34.3%、中断後再開群では41.0%、中断群では38.7%が該当しており、中断後再開群がもっとも高い発症率を示しました。

「症状あり×中断」で、リスクは2.72倍に

妊娠初回のPHQ-9スコアで抑うつ症状の有無別に見た解析では、全体の50.8%が軽度以上の抑うつ症状(PHQ-9スコア5点以上)を有しており、これは服薬状況とは独立して産後うつリスクの上昇と関連していました(aRR 1.55、95%信頼区間1.45〜1.65)。重症の産後うつに限るとリスクはさらに大きく、2.10倍でした(95%信頼区間1.76〜2.52)。

継続群でかつ妊娠初回のPHQ-9スコアが5点未満の患者を基準とすると、同じ継続群でもPHQ-9スコアが5点以上だった患者はリスクが1.67倍(95%信頼区間1.47〜1.89)、中断後再開群でPHQ-9スコアが5点以上だった患者は1.87倍(95%信頼区間1.64〜2.13)でした。重症の産後うつに限ると、それぞれ2.23倍(95%信頼区間1.57〜3.18)、2.75倍(95%信頼区間1.91〜3.95)まで上昇しています。中断群では、妊娠初回のPHQ-9スコアが5点未満であってもリスクは1.21倍(95%信頼区間1.07〜1.38)、5点以上では1.78倍(95%信頼区間1.58〜2.01)に達し、症状ありで中断した場合の重症産後うつリスクは2.72倍(95%信頼区間1.94〜3.82)にのぼりました。これは、今回の解析で示された組み合わせの中で最も高いリスクです。

興味深いのは、中断群がもともと妊娠初回のPHQ-9スコアが低く、産後うつの既往を持つ割合も他の2群より低かったにもかかわらず(既往ありの割合は継続群25.9%、中断後再開群27.7%に対し中断群22.2%)、産後うつのリスク自体は最も高い部類に入っていた点です。この点は、抑うつ症状の重症度だけでなく、服薬継続そのものが産後うつリスクに独立して関わっている可能性を示唆しています。

日本の周産期医療への示唆

日本の産科・精神科の臨床現場でも、妊娠中の抗うつ薬使用については、胎児への影響を懸念する患者と、母体のメンタルヘルス悪化を懸念する医師との間で、判断に迷う場面が少なくありません。今回の結果は、うつ病の既往があり妊娠前から抗うつ薬を服用していた患者においては、妊娠中の服薬継続が産後うつの予防に一定の効果を持つ可能性を示しており、既存のガイドラインが推奨してきた方針を支持する内容といえます。

日本では、妊娠初期のPHQ-9をはじめとする抑うつ症状のスクリーニングを、服薬継続の是非を判断する材料として活用する余地があります。今回の研究でも、妊娠初回の抑うつ症状の程度が産後うつリスクを大きく左右することが示されており、症状が軽度以上であれば、服薬継続の必要性についてより慎重な話し合いが求められることになります。臨床現場では、こうした数値を踏まえたうえで、患者ごとの背景やこれまでの治療歴を考慮しながら、個別化された意思決定を進めていくことが望ましいと考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、約470万人規模の統合医療システムのデータを用い、妊娠前の抑うつ症状・服薬歴・精神科既往を縦断的に把握できた点、そして98%という高いスクリーニング受診率のもとで妊娠中・産後のPHQ-9データを収集できた点にあります。中断群がもともと抑うつ症状や産後うつ既往の少ない集団であったにもかかわらず産後うつリスクが高かったという結果は、見かけ上の交絡では説明しにくく、知見の妥当性を支持するものと位置づけられています。

一方で限界もあります。後方視的研究であるため、測定されていない交絡因子や誤分類、欠損データの影響を完全には排除できません。対象は保険加入者を中心とした統合医療システムの患者であり、他の医療制度や無保険者を含む集団への一般化には注意が必要です。また、PHQ-9は抑うつ症状評価の妥当性が確認された尺度である一方、身体症状に関する項目を含むため、妊娠に伴う身体的変化と抑うつ症状を完全に切り分けられない可能性があります。ICD-9からICD-10への移行に伴う診断コードの記録上の変動も、観察された頻度に一定の影響を与えた可能性があります。

おわりに

今回の研究は、うつ病の既往があり妊娠前から抗うつ薬を服用していた患者において、妊娠中の服薬継続が産後うつリスクの低下と関連することを示した、この分野で数少ない大規模な実証データです。特に妊娠初期に抑うつ症状を認める患者では、服薬継続の効果がより大きく現れる可能性が示されました。これらの知見は、専門学会のガイドラインや、医師と患者の間での妊娠中の抗うつ薬治療に関する意思決定に、具体的な根拠を提供するものです。今後は、服薬継続と一時中断が、自殺念慮や自殺関連行動、母乳育児の選択、母子の愛着形成、そして児の認知・行動発達といった、産後うつ以外の指標にどのような影響を及ぼすかについても、検証が求められています。

参考文献

1. Ridout KK, Eswarappa C, Alavi M, Peterman K, Harris B, Avalos L, Ridout SJ.『Antidepressant Continuation in Pregnancy and Postpartum Depression Risk Across Racial and Ethnic Groups』American Journal of Obstetrics and Gynecology 2026(in press). doi:10.1016/j.ajog.2026.07.031

2. Getahun D, Oyelese Y, Peltier M, et al.『Trends in Postpartum Depression by Race/Ethnicity and Pre-pregnancy Body Mass Index』American Journal of Obstetrics & Gynecology 2023;228(1):S122-S123. doi:10.1016/j.ajog.2022.11.248

3. Molyneaux E, Telesia LA, Henshaw C, Boath E, Bradley E, Howard LM.『Antidepressants for preventing postnatal depression』Cochrane Database Syst Rev 2018;4(4):CD004363. doi:10.1002/14651858.CD004363.pub3

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