カルシウムが低いだけでは、精子は減らない──PTH・ビタミンD不足が重なったときに見えてきたもの

カルシウムは骨や神経筋、心血管系の働きに欠かせないミネラルであり、精子の運動性や受精能にも関与することが知られています。先進国の多くで合計特殊出生率が置換水準の2.1を下回るなか、男性不妊の背景にあるミネラル代謝の乱れが、あらためて注目されています。

血中カルシウムは副甲状腺ホルモン(PTH)とビタミンDによって精密に調節されています。ビタミンDは肝臓で25-ヒドロキシビタミンD(25OHD)に変換され、腎臓で活性型のカルシトリオールへと変わり、PTHはこの活性化と骨からのカルシウム動員を促します。これまでの研究は主にビタミンDと精液所見の関連に焦点を当ててきましたが、生理活性を持つイオン化カルシウムと精液の質の関係は十分に検討されておらず、どのカルシウム指標を用いるかで結果が一貫しないという課題もありました。

イオン化カルシウム、PTH、ビタミンDのどの指標が精液の質を最もよく反映するのか、これらの乱れが組み合わさると精子の状態はどう変わるのか。この問いに、不妊評価を受けた男性1230人を対象とした横断研究が答えを示しました。Reproductive BioMedicine Online誌2026年53巻4号(論文番号105840、doi:10.1016/j.rbmo.2026.105840)に掲載された研究です。

方法──1230人の不妊男性を、カルシウム・PTH・ビタミンDで層別化

研究の対象は、2017年1月から2020年8月にコペンハーゲン大学病院リグスホスピタレット生殖成長科で不妊評価を受けた男性です。ミネラル代謝に影響しうる基礎疾患や、精巣がんによる片側精巣摘出、染色体異常などがある男性を除外し、最終的に1230人が解析対象となりました。

参加者は身体診察、精巣容積の触診とエコー、精液検査、血液検査(イオン化カルシウム・補正カルシウム・PTH・25OHD・生殖ホルモン)を受けています。イオン化カルシウムが1.18mmol/l未満を低カルシウム血症、1.18〜1.32mmol/lを正常カルシウム血症と定義し(高カルシウム血症の該当者はなし)、PTHは3分位(低位<3.7、中位3.7〜4.8、高位4.9pmol/l以上)に、25OHDは欠乏(25nmol/l未満)・不足(25〜50nmol/l)・充足(50nmol/l超)に分類されました。統計解析には年齢・BMI調整済みの多変量線形回帰、Mann-Whitney U検定またはKruskal-Wallis検定、Dunnの多重比較(Bonferroni補正)が用いられています。

血中カルシウムが低いだけでは、精液所見は変わらなかった

1230人のうち196人(16%)が低カルシウム血症、1034人(84%)が正常カルシウム血症でした。低カルシウム血症群は年齢(中央値35.0歳 対 33.5歳、P=0.002)、BMI(26.6 対 25.7kg/m²、P=0.004)、PTH(4.9 対 4.1pmol/l、P<0.001)がいずれも高値で、ホルモンでは総テストステロン(P=0.030)、遊離テストステロン(P=0.010)、インヒビンB(P=0.049)が低値、エストラジオールが高値(P=0.017)でした。一方、精液量・精子濃度・総精子数・運動精子率・前進運動精子率・正常形態精子率といった精液所見そのものには、両群のあいだで統計学的な差が認められませんでした。血中カルシウム値を単独の指標として二群に分けただけでは、精液の質の違いを検出できなかったことになります。

イオン化カルシウムとPTHの相関(r=−0.28、P<0.0001)は、補正カルシウムとPTHの相関(r=−0.14、P<0.001)よりも強く、イオン化カルシウムのほうがPTHを介した生理的フィードバックをより鋭敏に反映する指標であることが示唆されています。

PTHが高い男性では、運動精子数が「ほぼ半分」だった

血中カルシウムを層別化しても差が出なかった一方、PTH値に着目すると異なる結果が浮かび上がりました。PTHが最も高い3分位(4.9pmol/l以上)に属する男性は、中位群と比べて総運動精子数が中央値11百万個(中位群19百万個)、前進運動精子数が中央値8百万個(中位群15百万個)と、いずれも約50%少ない値でした(それぞれP=0.014、P=0.011、年齢・BMI調整後)。ホルモン面でも、PTH最高位群はFSHが高値(中央値7.7 対 6.5IU/l、P=0.002)、インヒビンBが低値(中央値125 対 142pg/ml、P=0.004)、インヒビンB/FSH比が低値(中央値15 対 21、P<0.001、最高位群 対 最低位群)でした。FSH高値とインヒビンB低値はセルトリ細胞機能の低下を示唆する所見であり、PTHの上昇が精子形成を支える精巣機能そのものに影響している可能性を示しています。

ビタミンD欠乏(25OHD 25nmol/l未満)の男性でも、充足群(50nmol/l超)と比べて運動精子率(中央値37% 対 51%、P=0.012)、前進運動精子率(中央値25% 対 40%、P=0.005)がいずれも低値でした。

三重の乱れが重なったとき──「最も不利な集団」の実像

研究の核心は、カルシウム・PTH・ビタミンDの3指標を組み合わせた層別解析にあります。低カルシウム血症かつPTH高位の男性は98人(8%)、いずれか一方に該当する男性は409人(33%)、両方とも正常な男性は719人(59%)でした。この3群では総テストステロン(19.9 対 20.9 対 21.2nmol/l、P=0.033)、遊離テストステロン(442 対 450 対 455pmol/l、P<0.001)、インヒビンB(112 対 128 対 135pg/ml、P=0.048)が乱れの重なりとともに低下し、エストラジオール(101.0 対 95.1 対 92.1pmol/l、P<0.001)とテストステロン/エストラジオール比(207 対 213 対 237、P<0.001)は逆の傾向でした。

さらに25OHDまで加えた4群解析では、低カルシウム血症・PTH高位・ビタミンD欠乏がすべて重なった37人(最重症群)と、3指標すべてが正常な643人(対照群)を比較しています。最重症群では精子濃度(中央値6.9 対 10.2百万/ml、P=0.043、年齢・BMI調整後P=0.064)、運動精子率(35% 対 53%、P=0.007)、運動精子数(9 対 19百万個、P=0.011)、前進運動精子率(26% 対 42%、P=0.017)、前進運動精子数(6 対 15百万個、P=0.013)、正常形態精子率(2.0% 対 2.5%、P=0.034)、総精子数(27 対 40百万個、P=0.023)と、調べたほぼすべての精液パラメータで有意な差が確認されました。この差は統計学的だけでなく臨床的にも意味を持ち、前進運動精子数が8百万個から15百万個へ倍増するだけで、人工授精1周期あたりの妊娠率はおよそ6〜10%から11〜16%へ上昇すると報告されています。

なぜ血中カルシウムより、PTHとビタミンDのほうが重要なのか

血中カルシウム濃度はPTH・ビタミンD・カルシトニンの協調作用によって狭い範囲に保たれているため、低カルシウム血症は代謝の乱れがかなり進行して初めて表面化する「遅れて現れるサイン」であり、単独の指標としては鈍感になりやすいと考えられます。精液中のカルシウムは精子の運動性や受精能に関わると以前から報告されてきましたが、血中カルシウムと精液中カルシウムは必ずしも一致せず、研究間で結果が食い違う一因となってきました。イオン化カルシウムはアルブミンなど結合タンパクの変動に左右されにくいため、ミネラル代謝と生殖機能の研究ではこの指標を用いることが望ましいと論文は指摘しています。今回のコホートでは16%の男性が低カルシウム血症に該当し、一般男性人口の推定値(2〜3%程度)と比べて際立って高い数値でした。

臨床的意味・日本への含意

日本の生殖医療の現場では、男性不妊の評価において血中カルシウムやPTHが日常的に測定される機会は限られてきました。今回の知見は、ビタミンDだけでなくカルシウムとPTHをあわせて確認することで、精液所見だけでは見えにくいミネラル代謝の乱れを拾い上げられる可能性を示しています。ただし介入研究の結果はまだ一貫していません。中国のランダム化比較試験ではコレカルシフェロールとカルシウムの併用投与で前進運動精子数と妊娠率の改善が報告された一方、ビタミンD不足の不妊男性330人を対象としたデンマークの大規模試験では、高用量投与を行っても有意な改善は認められませんでした。日本の臨床現場では、今回のような層別化の視点を今後の研究や診療の参考にできる段階にあると言えます。

研究の強みと限界

研究の強みは、1230人という大規模なコホートで血液検査と精液検査の双方を欠損なく収集できた点にあります。この規模があったからこそ、3指標を組み合わせた細かい層別解析が可能になり、年齢・BMIによる交絡因子の調整や多重比較の補正も行われています。一方で、横断研究であるため因果関係は証明できず、遊離テストステロンも直接測定ではなく計算式による推定値です。対象がデンマークの単一施設のコホートであるため、人種的・環境的背景が異なる集団への一般化には慎重な判断が必要です。精子濃度の群間差は年齢・BMI調整後にP値が0.043から0.064へ変化し有意性がやや弱まった一方、他の主要な結果はいずれも有意なまま残っています。

おわりに

今回の横断研究は、血中カルシウムそのものよりも、イオン化カルシウム・PTH・ビタミンDを組み合わせた評価のほうが、不妊男性の精液所見や生殖ホルモンの乱れをより正確に反映することを示しました。3つの指標すべてに異常がみられる男性では、精子濃度・運動率・正常形態率・総精子数のいずれもが有意に低下しており、ミネラル代謝の乱れが男性不妊の一因となりうることが示唆されています。因果関係の証明にはランダム化比較試験が必要であり、これまでの介入研究の結果も一様ではありません。それでも、不妊評価を受ける男性の16%が低カルシウム血症に該当していたという知見は、男性不妊の評価項目としてカルシウム代謝を組み込む意義を投げかけるものといえます。

参考文献

1. Yahyavi, S.K., Paredes, C.E., Homburg, M., Jorsal, M.J., Jørgensen, N., Juul, A., Blomberg Jensen, M.『Calcium deficiency is associated with impaired semen quality in 1230 infertile men』Reproductive BioMedicine Online 2026;53(4):105840. doi:10.1016/j.rbmo.2026.105840

2. Deng, X.-L., Li, Y., Yang, X., et al.『Efficacy and safety of vitamin D in the treatment of idiopathic oligoasthenozoospermia』National Journal of Andrology 2015;20:1082-1085.

3. Blomberg Jensen, M., Gerner Lawaetz, J., Andersson, A.-M., et al.『Effects of Vitamin D supplementation on semen quality, reproductive hormones, and live birth rate: A randomized clinical trial』Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism 2018;103:870-881. doi:10.1210/jc.2017-01656

4. Dickey, R.P., Pyrzak, R., Lu, P.Y., et al.『Comparison of the sperm quality necessary for successful intrauterine insemination with World Health Organization threshold values for normal sperm』Fertility and Sterility 1999;71:684-689. doi:10.1016/s0015-0282(98)00519-6

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