置き去りにされる男性──不妊クリニックでの体験を追う

不妊は世界保健機関(WHO)により、避妊をせずに12か月間性交を続けても妊娠に至らない状態と定義されており、生殖年齢にあるカップルのおよそ6組に1組が経験するとされる、身近で世界的な健康課題です。男性因子はこのうち単独の原因としておよそ30%を占め、さらに20%のケースで女性因子と併せて関与しているとされています。しかし、不妊治療の中心である体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)といった生殖補助医療(MAR)は、実際の身体的負担の大半を女性側が担う構造になっているため、診療の焦点も自然と女性に偏りがちです。

その結果、男性不妊の検査と治療の道筋は必ずしも体系立てられておらず、多くの男性が「置き去りにされている」「十分な説明を受けられていない」と感じているという指摘が、これまでの研究で繰り返し報告されてきました。男性不妊は糖尿病や心血管疾患といった全身の健康状態、さらには前立腺がんや精巣がんの生涯リスクとも関連するとされ、精液検査や問診を通じた評価には診断以上の意味があります。にもかかわらず、男性患者がどのような経路で検査を受け、どのような生活指導を受け、どのような情報を求めているのかを大規模に描き出した研究は、これまで多くありませんでした。

この空白に答える形で発表されたのが、Human Fertility誌2026年(DOI: 10.1080/14647273.2026.2705218)に掲載された、アイルランドの2つの不妊治療クリニックで504人の男性患者を対象に行われた臨床サービス評価です。この論文が明らかにした、検査の入り口から情報ニーズまでの実態を読み解きます。

方法──504人の男性患者へのアンケートで、検査の経路をたどる

この調査は、男性不妊領域への事業展開を進めるFerring Pharmaceuticals社が主導し、既存文献や過去の類似調査を参考に作成した10問のアンケート(選択式・はい/いいえ形式)を用いて実施されました。なお、このアンケート自体は妥当性が検証された標準化ツールではありません。

対象は、2022年にアイルランド共和国内の2つの民間不妊治療クリニック(Cork のWaterstone Clinicと、DublinのReproMed Fertility Clinic)で不妊の検査・治療を受けていた男性です。Waterstone Clinicでは紙の質問票に匿名で回答する形式が取られ、複数選択が可能でした。一方ReproMed Clinicでは電子回答形式が取られ、多くの設問で単一選択のみが可能という運営上の違いがありました。この違いは、後述する結果の一部(生活習慣の変更や求める情報の種類)の単純比較を難しくしている点に留意が必要です。最終的に504人(ReproMed 284人、Waterstone 220人)が回答を完了し、倫理審査は臨床サービス評価という位置づけのため必要とされませんでした。

検査までの道のりは、施設や紹介元でバラバラだった

妊娠を望んで挙児を試み始めてから実際に検査を受けるまでの期間は、12か月未満が24%(121人)、1〜3年が64%(323人)、3〜5年が8%(40人)、5年超が4%(20人)でした。多くは想定される範囲内でしたが、一部には3年以上検査を受けずに過ごした患者も含まれていました。

精液検査を最初に依頼したのが誰かを見ると、かかりつけ医(GP)からの依頼は3人に1人(30%)にとどまり、二次医療機関にあたる一般不妊クリニックの専門医からが26%、三次医療機関にあたるIVF専門クリニックの専門医からが41%と、専門施設からの依頼が多数を占めていました。さらに、検査結果を実際に説明されたのは、二次医療で31%、三次医療で54%だった一方、GPから結果の説明を受けた患者はわずか15%にとどまりました。異常な精液検査結果が出た後の紹介先についても(データが取得できたReproMedの284人に限ると)、GPが30%(84人)、二次医療が21%(60人)、三次医療が49%(140人)と、紹介パターンは初診時の傾向とよく似ていました。

これらの数値が示すのは、精液検査の入り口も、結果の説明を受ける場も、患者ごとに大きく異なるという実態です。標準化された「男性不妊の診療パス」が存在しないため、同じ男性因子による不妊であっても、受診した医療機関や最初に相談した医師によって、その後の経験が大きく変わり得ることが数値として裏付けられました。

追加の検査を受けたのは3人に1人ほど、治療の主眼はやはり女性側に

初回の精液検査時に健康に関する質問票への回答を求められた患者は77%でした。その後の経過を見ると、精液の再検査を受けたのは33%(167/504人)、血液検査を受けたのは22%(110/504人)、陰嚢の超音波検査を受けたのは4%(22/504人)にとどまりました。

治療の提供状況については、パートナーを介さず男性本人に直接向けられた治療の選択肢を提示されたのはわずか14%(49人)である一方、パートナーを伴う治療(生殖補助医療など)を提示されたのは86%(306人)にのぼりました(なお149人はこの設問に無回答でした)。男性因子による不妊であっても、実際の治療の焦点はほぼ一貫して女性側に置かれている構造が、この結果からも読み取れます。背景には、男性不妊そのものを直接治療する根拠に基づいた選択肢が限られているという事情があり、多くのカップルが生殖補助医療という形で対応せざるを得ない現状があります。

禁酒・減量はよく聞かれるが、4人に1人は『何も変えなかった』

検査期間中に生活習慣の変更を試みたかを尋ねた設問では、回答方式の違い(ReproMedは単一選択、Waterstoneは複数選択)によって単純比較はできないものの、両施設に共通する傾向が見られました。最も多かったのは飲酒量の減少・中止(ReproMed 16%、Waterstone 58%)で、次いで減量(ReproMed 15%、Waterstone 45%)、陰部への熱曝露の軽減(ReproMed 14%、Waterstone 27%)、カフェイン摂取の制限(ReproMed 12%、Waterstone 39%)、禁煙の試み(ReproMed 10%、Waterstone 23%)、サプリメントや嗜好品の使用制限(いずれもReproMed 1%、Waterstone 20〜21%)と続きました。

一方で「何も変えなかった」と回答した割合は、ReproMedで約3人に1人(32%)、Waterstoneで約5人に1人(20%)、全体では27%にのぼりました。過度の飲酒が精液の質に悪影響を及ぼすことは比較的よく示されている一方、カフェインと不妊の関連については一貫したエビデンスがなく、喫煙は不妊だけでなく全身の健康にとっても重要な危険因子とされています。参考として、アイルランドの人口統計では15歳以上の喫煙率が16%と報告されている中、Waterstone Clinicの患者の23%が禁煙を試みたと回答しており、この集団における喫煙率が一般人口より高い可能性が示唆されます。ただしこれは間接的な比較であり、確定的な結論を導くものではありません。

8割が『情報が足りない』と回答──求められているのはウェブサイト

回答者の79%が「男性不妊についてもっと情報が提供されるべきだ」と答えました。具体的に求められていたのは、精液検査の数値の読み方、男性生殖器の解剖生理、血液検査の内容、外科的な精子回収術など、検査や治療の実務に直結する内容でした。

情報の入手手段については、ウェブサイトを希望した患者が81%(407人)と大多数を占め、専用アプリが15%(76人)、Facebookなどのソーシャルメディアはわずか4%(21人)にとどまりました。男性不妊をめぐる知識不足や、精子の数と男性性を結びつける偏見が依然として根強いことも先行研究で指摘されており、正確で専門的な情報にオンラインでアクセスできる環境を整えることは、比較的取り組みやすく効果の見込める対策として位置づけられます。

日本への示唆──紹介経路の違いが、説明機会の格差を生む

日本では、2022年度から不妊治療の保険適用が拡大した一方、男性不妊の検査・治療体制は施設ごとの差が大きく、泌尿器科と生殖医療科の連携が十分でないケースも指摘されています。今回の研究が示した「GP経由では検査結果の説明を受ける機会が15%にとどまる一方、専門施設では54%に達する」という格差の構造は、紹介体制の異なる日本の医療環境にも通じる論点です。

臨床現場では、男性不妊の説明や生活指導が女性側の診療の陰に隠れやすいという課題が繰り返し指摘されてきました。今回の結果で情報の入手希望先としてウェブサイトが圧倒的に選ばれたことは、医療機関のウェブサイトや公的な情報発信の充実が、男性患者への情報提供という課題に対する現実的な糸口になり得ることを示しています。

研究の強みと限界

この研究の強みは、504人という比較的大規模な集団から得られたデータであり、運営方法の異なる2施設で似た傾向が確認され、結果に一定の一貫性が認められる点にあります。

一方で限界も少なくありません。用いられたアンケートは妥当性が検証された尺度ではなく、独自に作成されたものです。またこの研究はFerring Pharmaceuticals社が資金提供・主導したものであり、著者6名のうち2名は同社の従業員です。企業主導の調査という性質上、結果の解釈には一定のバイアスが含まれ得る点に留意が必要です。さらに2施設で回答方式(紙と電子、複数選択と単一選択)が異なるため、割合の単純な比較には限界があります。対象もアイルランドの民間クリニック2施設に限られ、公的医療機関や他国への一般化には慎重さが求められます。加えて横断的な質問票調査であるため、想起バイアスの影響も否定できず、臨床サービス評価という位置づけのため通常の倫理審査も経ていません。

おわりに

今回の研究は、男性不妊患者が経験する臨床経路が、受診した施設や最初に相談した医師によって大きく異なり、なおかつ情報提供が不足している実態を、504人分のデータとして具体的に示しました。標準化された男性不妊の診療パスウェイの構築、根拠に基づいた生活指導の体系化、そして男性本人に向けた分かりやすい情報発信の強化が、今後の課題として挙げられます。男性不妊そのものを直接治療する選択肢は依然として限られていますが、正確な情報提供と生活習慣への働きかけは、今この瞬間にも実行可能な支援策であることを、この研究の結果は示しています。

参考文献

1. Dalal, K., Bajaj, P., Swainston, J., Arce Sáenz, H., Waterstone, J., & Martins da Silva, S. (2026). 『Investigating the journey and experience of male patients through infertility clinics』Human Fertility 2026;29(1):2705218. doi:10.1080/14647273.2026.2705218

2. Agarwal, A., Baskaran, S., Parekh, N., et al. (2021). 『Male infertility』Lancet 2021;397(10271):319-333. doi:10.1016/S0140-6736(20)32667-2

3. Arya, S. T., & Dibb, B. (2016). 『The experience of infertility treatment: The male perspective』Human Fertility 2016;19(4):242-248. doi:10.1080/14647273.2016.1222083

4. Domar, A., Vassena, R., Dixon, M., et al. (2021). 『Barriers and factors associated with significant delays to initial consultation and treatment for infertile patients and partners of infertile patients』Reproductive Biomedicine Online 2021;43(6):1126-1136. doi:10.1016/j.rbmo.2021.09.002

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