男性不妊をどう診るか──韓国発の診療指針

不妊に悩むカップルのうち、男性側の要因が関わる例はおよそ半数に上るとされています。にもかかわらず、臨床の経路は歴史的に女性側の評価と生殖補助医療(ART)に重点を置いて構築されてきました。この不均衡は、治療可能・改善可能な男性側の病態の発見を遅らせ、男性に焦点を当てた介入によって結果を最適化する機会を逃す一因になってきたと指摘されています。

近年は国際的にも、男性不妊のガイドラインが相次いで改訂されています。米国泌尿器科学会・米国生殖医学会(AUA/ASRM)は2024年に、欧州泌尿器科学会(EAU)は2025年に、それぞれ男性不妊の管理指針を更新しました。オーストラリアでは初の男性不妊エビデンスベースガイドラインが、カナダでは無精子症に特化した診療指針が公表され、Global Andrology Forum(GAF)も非閉塞性無精子症・精索静脈瘤・精子DNA断片化についてデルファイ法とGRADEに基づく声明を発表しています。

こうした国際的な蓄積を自国の医療制度に落とし込む試みとして、韓国性医学・アンドロロジー学会(KSSMA)診療指針委員会がまとめた診療勧告が、World Journal of Men’s Health誌に2026年7月23日にオンライン先行公開されました(doi:10.5534/wjmh.260149)。診断の枠組みはすでに別稿で扱われており、この文書は「治療」に的を絞っている点が特徴です。ARTへ移行する目安を「3〜6か月」という具体的な時間軸で示すなど、保険制度や社会背景を踏まえた実装志向の勧告になっています。

方法──国際指針をどう束ねたか

委員会は、Population-Intervention-Comparator-Outcomes(PICO)フレームワークを用い、(1)非侵襲的な一般管理、(2)是正可能な男性因子(精索静脈瘤や射精障害など)、(3)無精子症管理、(4)精子DNA断片化などの補助的・新興領域という4領域に臨床課題を整理しました。中核となるエビデンス源は、AUA/ASRM 2024年版、EAU 2025年版、オーストラリア・カナダの各ガイドライン、GAFの各声明、そして韓国国内のART登録データです。これに加え、2024年1月から2025年12月までに発表されたランダム化比較試験とシステマティックレビューをPubMed、Embase、Cochrane Libraryで検索し、用語の統一にはWHO第6版精液検査マニュアルを参照しています。ガイドライン間で結論が分かれる場合(精子DNA断片化検査の選択的実施や、非閉塞性無精子症におけるホルモン前処置の是非など)には、対象集団の違い、アウトカムの優先順位、エビデンスの確実性、韓国での実装可能性(顕微鏡下手術の専門性、ARTへのアクセス、保険償還体制)という4つの観点から委員会が直接検討したとされています。

「まず生活習慣、それから薬」──6つの一般原則

一般原則として提示された6つの推奨(表1)のうち、最も強い推奨(Strong)とされたのは、女性パートナーの年齢・卵巣予備能を治療計画に組み込み、ARTへの移行が遅れないよう再評価の時期をあらかじめ定めるカップル単位の管理、手術・精子回収・ARTなど主要な選択肢についてベネフィット・不確実性・合併症・費用・機会費用(ARTへの遅れ)を説明したうえでの共有意思決定、喫煙・肥満・陰嚢の熱曝露(ノートパソコンを膝上で使う習慣など)といった修正可能な危険因子への対応を基盤に据えること、そして妊娠を望む男性への外因性テストステロン投与を避けることの4点です。中程度の推奨(Moderate)としては、是正可能な病態をARTだけに頼る前に狙い撃ちする病因指向の管理と、異常な精液所見のある男性全員に一律の薬物療法を行うのではなく、内分泌学的な表現型に応じて期間を区切った治療として試みることが挙げられています。この「3〜6か月」という時間軸は、精子形成に要する周期がおよそ74日であることや、精索静脈瘤修復や薬物療法による精液所見の改善の多くがこの期間内に現れるという臨床的観察に基づいています。

疾患別に見る治療の分かれ道──精索静脈瘤から無精子症まで

精索静脈瘤については、触知可能な精索静脈瘤と異常な精液所見があり、女性パートナーの妊孕性が良好で治療後の再評価に時間的余裕がある場合には、修復術の実施を検討するとされています(推奨度:中)。画像検査でのみ検出される無症候性(subclinical)の精索静脈瘤については、定期的な治療を行わないことが強く推奨されています。非閉塞性無精子症(NOA)に精索静脈瘤を合併する場合の扱いは条件付きとされ、エビデンスの限界と精子回収・ART開始の遅れという機会費用について十分な説明を行ったうえで、選択的に修復を検討するとされています。ただし、EAU 2025年版が引用する直近のメタ解析では、臨床的精索静脈瘤を伴うNOA男性において、修復術後の精子回収率(SRR)がオッズ比2.65という形で改善したとの報告があり、高品質な対照データはなお限られるものの、無視できない知見として位置づけられています。

内分泌異常のうち、視床下部・下垂体性性腺機能低下症(HH)ではhCG単独またはFSH併用による精子形成誘導が標準治療として強く推奨されています。肥満関連の機能性性腺機能低下症では、生活習慣・併存疾患の最適化を土台としつつ、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM、クロミフェンなど)やアロマターゼ阻害薬(レトロゾールなど)を用いた表現型指向の薬物療法を、期間を区切った試みとして検討するとされています。

閉塞性無精子症(OA)では、顕微鏡下による閉塞解除の再建術と、手術的精子回収(SSR)にICSIを組み合わせる方法のいずれもが妥当な選択肢とされ、閉塞部位、女性パートナーの年齢・卵巣予備能、希望する子どもの人数、施設の専門性や費用・アクセスによって個別に選択することが強く推奨されています。非閉塞性無精子症(NOA)では、専門性のある施設では顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE)を優先した標準化されたSSR計画が強く推奨される一方、臨床試験外での未実証の「実験的」介入は避けるべきとされています。

ARTとの接点──ICSIは「全員に」ではなく「必要な人に」

近年の大規模ランダム化比較試験の蓄積は、重度の男性因子不妊を伴わないカップルにおいては、卵細胞質内精子注入法(ICSI)を一律に行っても、通常の体外受精(IVF)と比べて累積生児出生率が改善しないことを一貫して示しています。Lancet誌に2024年に報告された多施設共同・非盲検ランダム化比較試験や、Nature Medicine誌に2025年に報告されたランダム化比較試験がその代表例です。この知見を踏まえ、指針はルーチンのICSI使用を強く推奨せず、ICSIは重度の男性因子、過去の受精不全や著しく不良な受精、極めて少ない精子数、手術的に採取された精子を用いる場合など、明確な適応がある場合に限定するよう求めています。人工授精(IUI)を継続するかどうかの判断では、総運動精子数(TMSC)を女性パートナーの年齢や卵巣予備能とあわせて評価し、あらかじめ「何周期まで」という中止基準を定めておくことが推奨されています。胚移植に関しては、多胎妊娠の予防を明示的に説明の対象とし、個々の予後に応じた移植個数の選択を行うことが強く推奨されています。

フォローアップについては、精液所見には個体内変動が大きいことから、少なくとも2回の精液検査を行い、単回の測定ではなく経時的な傾向で解釈することが強く推奨されています。再検査の間隔は精子形成周期(おおむね2〜3か月)に合わせることが一般的とされ、精索静脈瘤修復後の精液所見改善は多くのコホートで術後3か月ごろまでに現れ、6か月以降の追加的な改善は限定的とされています。指針が繰り返し強調しているのは、精液所見の改善そのものを最終目標にせず、妊娠・生児出生・治療負担といった患者にとって重要なアウトカムを追跡の中心に据えるべきだという点です。

日本の生殖医療の現場への含意

日本では、2022年4月から体外受精・顕微授精を含む生殖補助医療が公的医療保険の適用対象となり、保険適用の拡大という政策的転換をすでに経験しています。合計特殊出生率の低さや第一子出産時の母親年齢の高さといった人口動態上の課題も、韓国とかなりの部分で重なります。今回の指針が示す「女性パートナーが35歳以上であれば男性因子単独の治療期間を短縮し、40歳以上であれば男性側の最適化を理由にARTの開始を遅らせない」という時間軸の設計は、日本の診療現場でも参照しうる考え方です。診察室で用いられる「何か月様子を見るか」という判断は経験則に委ねられがちですが、精子形成周期という生物学的な根拠と、女性側の生殖可能年齢という制約の双方から時間軸を導く発想は、カップル単位での意思決定を支える枠組みとして応用可能と考えられます。また、ルーチンICSIを避けて適応を絞り込む方針や、精液所見の改善ではなく生児出生を追跡の主眼に据える考え方も、施設ごとに運用の幅がある生殖医療の現場において、標準化の参考になり得ると位置づけられます。

研究の強みと限界

この文書の強みは、複数の高品質な国際ガイドラインを統合したうえで、PICOフレームワークに基づく明確な臨床課題設定と、GRADEのEvidence to Decisionフレームワークを用いた透明性の高い合意形成プロセスを備えている点にあります。利益相反の開示と、関連する利益相反を持つ委員の投票除外という手続きも取られています。一方で限界も明記されています。韓国国内の大規模臨床試験が特定領域(精索静脈瘤、無精子症など)で乏しいため、国内エビデンスの多くは系統的な文献検索ではなく、専門家のコンセンサスと全国登録データの分析に基づいています。また、非閉塞性無精子症におけるホルモン前処置のように、エビデンスの確実性が非常に低い領域では、推奨は条件付き(conditional)にとどまり、今後のエビデンス更新に応じた改訂が予定されています。抗酸化サプリメントについても、Cochraneレビューが妊娠・生児出生率の改善の可能性を示唆する一方、エビデンスの確実性は低い、または非常に低いと評価されており、中核的な治療ではなく選択的な補助療法として位置づけられています。

おわりに

男性不妊の管理は、病因に応じて、カップル単位で、時間を意識しながら、そして全身の健康にも目を向けて行われるべきものであり、その成否は精液所見の変化そのものではなく、妊娠・生児出生や治療負担といった患者にとって重要なアウトカムによって測られるべきだと結論づけられています。国際的なガイドラインの潮流を踏まえつつ、保険制度や法制度、社会的背景といった国内事情に落とし込む作業は、他国の生殖医療体制を考えるうえでも一つの参照点になり得ます。今後は紹介体制や検査の標準化、アウトカム報告の統一、全国規模のデータ連携を進めることで、地域のエビデンスと資源の状況に応じた継続的な改訂が見込まれています。

参考文献

1. Moon YJ, Jeong JY, Shim KH, Kang DH, Jung HD, Lee DS, Song SH, Park HJ, Lee JY; Korean Society for Sexual Medicine and Andrology Clinical Practice Guideline Committee.『Clinical Recommendations for the Management of Male Infertility: A Consensus from the Korean Society for Sexual Medicine and Andrology (KSSMA) Clinical Practice Guideline Committee』World J Mens Health. Published online Jul 23, 2026. doi:10.5534/wjmh.260149.

2. Minhas S, Boeri L, Capogrosso P, Cocci A, Corona G, Dinkelman-Smit M, et al.『European Association of Urology guidelines on male sexual and reproductive health: 2025 update on male infertility』Eur Urol 2025;87:601-616.

3. Wang Y, Li R, Yang R, Zheng D, Zeng L, Lian Y, et al.『Intracytoplasmic sperm injection versus conventional in-vitro fertilisation for couples with infertility with non-severe male factor: a multicentre, open-label, randomised controlled trial』Lancet 2024;403:924-934.

4. Berntsen S, Zedeler A, Nøhr B, Rønn Petersen M, Grøndahl ML, Andersen LF, et al.『IVF versus ICSI in patients without severe male factor infertility: a randomized clinical trial』Nat Med 2025;31:1939-1948.

5. Lee D, Seong ME, Chang HJ, Choi YS, Lim HJ, Choi Y, et al.『Assisted reproductive technology trends in Korea: annual report for 2022』Clin Exp Reprod Med 2025;52:299-309.

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