不妊は生殖年齢にあるカップルの10〜15%が経験するとされる、決して珍しくない健康上の課題です。男性因子による不妊のなかでも、精液中に頭部を欠いた精子(尾部のみの精子)が多数みられる「無頭精子症(acephalic spermatozoa syndrome、ASS)」は、1981年に初めて報告されたきわめてまれな重症奇形精子症の一つです。運動性のある精子尾部が多数存在するにもかかわらず頭部が欠けているため、自然妊娠はもとより通常の体外受精でも受精が成立しにくいことが知られています。
これまでにHOOK1、SUN5、PMFBP1、CEP112など十数個の遺伝子がASSの原因として報告されてきました。一方、ジンクフィンガーMYND型タンパク質15(ZMYND15)の変異は男性不妊との関連がすでに知られていたものの、表現型は主に重症乏精子症や無精子症であり、ASSとの関連は明らかになっていませんでした。ZMYND15の変異がASSを引き起こしうるのか――この問いに答える研究が報告されました。
Asian Journal of Andrology誌(2026年)に掲載された今回の研究は、無関係の2家系に属する不妊男性2人を対象に全エクソームシークエンシングを実施し、ZMYND15に新規のホモ接合性ナンセンス変異を同定しました(doi: 10.4103/aja2025109)。形態学的解析、生化学的実験、バイオインフォマティクス解析を組み合わせ、この変異がどのように精子の頭部と尾部の接続を破壊するのかを詳細に検証しています。
方法――2人の不妊男性を全エクソーム解析と電子顕微鏡で調べた
対象は無関係の2家系に属する不妊男性2人(患者1:34歳、患者2:29歳)です。末梢血ゲノムDNAを用いた全エクソームシークエンシング(WES)とサンガーシークエンシングによる検証が実施されました。精液検査はWHO第5版の基準に基づき、コンピュータ支援精子分析装置(CASA)、パパニコロウ染色、走査型・透過型電子顕微鏡(SEM・TEM)で精子形態を評価。さらに293T細胞での発現実験、免疫蛍光染色、共免疫沈降(co-IP)、AlphaFold2による構造・相互作用予測が行われました。倫理委員会の承認と、参加者全員からの書面同意を得たうえで実施されています。
わずか98アミノ酸、113アミノ酸で翻訳が止まっていた
2人の患者はいずれもZMYND15に新規のホモ接合性ナンセンス変異(早期に翻訳が止まる変異)を保有していました。患者1はc.292C>T(p.Arg98Ter、以下M1)、患者2はc.337G>T(p.Glu113Ter、以下M2)です。M1は98番目のアミノ酸で、M2は113番目のアミノ酸で翻訳が止まる変異で、いずれもZMYND15タンパク質の中核をなすジンクフィンガードメインを含む、大部分の機能ドメインを失う結果になります。
一般集団におけるM1の頻度は、gnomAD_exomeデータベース全体で3.2×10⁻⁵、東アジア人集団では5.893×10⁻⁵(全集団中2番目に高い頻度)、非フィンランド系ヨーロッパ人集団では6.095×10⁻⁵(最も高い頻度)でした。ExACデータベースでは全体で2.685×10⁻⁵、東アジア人集団で1×10⁻⁴です。一方M2は、参照したすべての人口データベースで頻度0であり、新規に生じた変異(デノボ変異)である可能性が示されました。CADD、MutationTaster、DANNといった複数の病原性予測ソフトウェアは、いずれの変異も病原性ありと判定しています。
家系解析でも、この変異が劣性遺伝することが確認されました。患者1の兄も同じホモ接合変異を保有し長年不妊でしたが、精液提供に応じなかったため同じ表現型かは不明です。姉妹の一人はヘテロ接合性キャリア、もう一人はホモ接合性変異保有者でしたが、いずれも妊孕性に問題はありませんでした。患者2は一人っ子で、両親はともにヘテロ接合性キャリアながら妊孕性は正常です。女性ではこの遺伝子の欠損が妊孕性に影響しないことがうかがえます。
精子濃度は基準値の3分の1以下――精液検査と電子顕微鏡が示したもの
精液検査では、患者1の精子濃度は5.5×10⁶/ml、患者2は2.1×10⁶/mlと、WHO基準値(15×10⁶/ml以上)の3分の1を大きく下回りました。総運動率は患者1で1.5%、患者2で2.4%にとどまり(基準値40%以上)、前進運動率は患者1で0%でした。正常形態精子の割合も患者1で2.0%、患者2で2.3%と、基準値(4%以上)の半分程度でした。
形態異常の内訳をみると、頭部欠損(無頭精子)がそれぞれ60.1%、65.1%を占め、円形頭部(先体を欠く)が35.5%、28.6%と続きました。パパニコロウ染色では、ほとんど頭部が確認できないか円形頭部の精子がわずかに観察される程度で、まれに頭部が保たれている精子でも頭部と頸部の接続は非常に弱いものでした。SEMでも頭部の欠損と頸部構造の変形が確認され、TEMでは精子頸部の微小管構造(通常9+2構造)の崩壊、中心微小管の欠如や空胞化、ミトコンドリア鞘の消失といった超微形態異常が観察されました。患者2ではアニュラス(輪状構造)の配列異常と外側緻密線維の欠如もみられました。
免疫蛍光染色では、ZMYND15タンパク質は正常であれば精子の頸部と中片部に主に分布し、頭部での発現は弱いことが確認されました。ミトコンドリアマーカーTOMM20の蛍光強度は患者の精子で明らかに低下し、ミトコンドリア鞘の形態異常と一致。先体マーカーPNA染色では、患者の精子頭部に先体シグナルがまったく検出されず、ZMYND15の欠損が先体形成にも影響することが示されました。
変異タンパク質はなぜ消えるのか――ZMYND15とSUN5の“接着”喪失
293T細胞を用いた発現実験では、野生型ZMYND15-GFPを導入した細胞では明瞭なタンパク質バンドと蛍光シグナルが検出された一方、M1・M2変異体を導入した細胞では対応するバンドがウエスタンブロットでほとんど検出されず、蛍光シグナルもほぼ消失していました。グレースケール値の定量比較でも有意な低下が確認され、M1・M2変異がタンパク質の分解を引き起こしていることが示されました。実際、患者の精子でもZMYND15タンパク質の発現はまったく検出されませんでした。
さらに、ヒト精巣アトラスデータベースの発現プロファイル解析から、ZMYND15と、精子の頭部・尾部の接続に必須なタンパク質SUN5の発現パターンが高い類似性を示すことが判明しました。AlphaFold2による構造予測でも両者の相互作用が示唆され(ipTM値0.48)、293T細胞での共発現実験では、SUN5存在下でZMYND15の一部が核膜(SUN5の局在部位)に共局在しましたが、SUN5非存在下ではこの局在は認められませんでした。共免疫沈降実験でも、ZMYND15とSUN5の直接的な結合が確認されています。
AlphaFold2による相互作用予測から、ZMYND15のうちSUN5との結合に関与する主要なアミノ酸はG415、G413、I411と特定されました。これらはいずれもC末端側に位置しており、M1(98番目で終止)、M2(113番目で終止)のいずれの変異でも完全に失われる領域です。SUN5との結合部位そのものが失われることが、頭部と尾部の接続破綻、すなわち無頭精子症という表現型につながったと考えられます。
同じZMYND15でも、変異の位置で表現型が変わる
これまでに報告されているZMYND15変異は、いずれも今回よりC末端寄りに位置し、表現型も異なっていました。近親婚家系のc.1520_1523del(p.Lys507fs)は劣性無精子症を、中国の重症乏精子症患者219人のコホートで見つかった3つの新規変異(p.Tyr403Ter、p.Leu541fs、p.Glu551fs)はそれぞれ乏精子無力奇形精子症・重症乏精子症・劣性無精子症を、ClinVar登録のc.931C>T(p.Arg311Ter)は非閉塞性無精子症(NOA)を引き起こすとされています。
興味深いことに、AlphaFold2による予測では、NOAと関連するp.Arg311Ter変異体はヒストン脱アセチル化酵素1(HDAC1)との相互作用が野生型よりむしろ強く、乏精子症と関連するp.Tyr403Terやp.Lys507fs変異体では逆にHDAC1との相互作用が弱いという結果でした。この違いから、p.Arg311Ter変異体は機能を失いながらもHDAC1への結合能を保持し、HDAC1を“占有”することでより重い表現型を引き起こす可能性が考察されています。一方、今回のM1・M2変異はより重度の欠失によりタンパク質自体が分解されるため、代わりにSUN5との結合部位の消失を通じて無頭精子症という独自の表現型を示したと推定されます。
顕微授精の結末を分けたもの――年齢と卵子の質
2人の患者はいずれも顕微授精(ICSI)を受け、受精率はともに70%を超えました。しかし妊娠の転帰は対照的でした。患者1(パートナー33歳)は成熟卵率53.8%(13個中7個)にとどまり早期流産に至った一方、患者2(パートナー24歳)は成熟卵率96.4%(28個中27個)と高く、生児を得ました。この違いは、女性側の年齢と卵子の質が顕微授精後の妊娠成立に重要な役割を果たすことを裏づけています。
日本の生殖医療現場が読み取れること
日本では、精子濃度が著しく低い、あるいは無頭精子が多数観察される男性不妊症例において、原因遺伝子が特定できないまま経験的にICSIが選択される場面が少なくありません。今回のようなZMYND15変異による無頭精子症では、SUN5との相互作用部位を含む広範な領域が失われるため、顕微授精を行っても受精後の発生や妊娠成立に影響が及ぶ可能性があります。原因遺伝子を特定できれば、予後の見通しやカウンセリングの精度を高める材料になります。また、ヘテロ接合性キャリアの女性が妊孕性に問題を示さないことは、常染色体劣性遺伝の典型的なパターンとして、遺伝カウンセリングの場でも参考になります。
研究の強みと限界
本研究の強みは、遺伝学的解析にとどまらず、電子顕微鏡による超微形態観察、細胞レベルでのタンパク質発現・分解実験、AlphaFold2による構造予測、co-IPによる相互作用検証まで、複数の手法を組み合わせてZMYND15とSUN5の関係を裏づけた点にあります。一方で限界も明確です。対象は無関係の2家系・2症例のみで、一般化には限界があります。ASS自体がきわめてまれな疾患であり、原因となりうる遺伝子は複数存在します。実際、連続して集められた重症ASS患者50例のうち、ZMYND15の両アレル性変異を保有していたのは2例のみでした。中国人集団では、SUN5やPMFBP1と比較してZMYND15は主要な原因遺伝子ではないと位置づけられており、症例を前向きに収集し遺伝子型と表現型の対応を体系的に記録するデータベースの構築が今後の課題です。
おわりに
本研究は、ZMYND15の新規変異が無頭精子症を直接引き起こすことを初めて示し、精子の頭部と尾部の接続および頭部形成におけるZMYND15の重要な役割を明らかにしました。これらの知見は、ZMYND15が精子形成において果たす分子メカニズムに新たな理解をもたらすとともに、無頭精子症関連不妊の臨床診断と治療における参考情報を提供するものです。今後は動物モデルを用いた検証を通じて、ZMYND15が精子の形態形成に果たす役割のさらなる解明が期待されます。
参考文献
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