精子DNAの傷はどこまで許容できるか──IVFとICSI、選ぶべき境界線

不妊症は生殖年齢の男女の10〜15%が経験するとされ、男性側の要因が関与する割合は30〜50%にのぼるとされます。しかし精液検査だけでは精子の質を十分に評価できず、所見が正常でも不妊とされる患者が一定数存在します。

近年注目されているのが、精子DNA断片化(SDF)という指標です。精子のDNA損傷の度合いをDNA断片化指数(DFI)として数値化するもので、DFIが高い精子を用いた治療は妊娠率や生児獲得率の低下と関連するとされます。SDFが高い場合、顕微授精(ICSI)が選択されることがありますが、重症の男性因子不妊がない集団でのランダム化比較試験では、ICSIが通常の体外受精(IVF)より累積生児獲得率(CLBR)を下げたとの報告もあり、使い分けは議論が続いています。DFIの水準によってIVFとICSIのどちらが有利かは変わるのか。この問いに、中国の生殖医療センターによる後ろ向きコホート研究がAndrology誌(2026年)で答えを示しました(DOI:10.1111/andr.70338)。

方法──1689例をどう絞り込んだか

2015〜2022年に実施された2万6978件のART周期のうち、DFI検査(SCSA法)を受け受精に成功した1689周期が解析対象となりました。1259周期(74.5%)がIVF、430周期(25.5%)がICSIでした。両群は背景因子が大きく異なるため、傾向スコアマッチングによりIVF群398例、ICSI群398例が抽出され(標準化平均差はすべて0.1未満)、DFIとCLBRの関係が一般化加法モデル(GAM)と因果森モデルの2手法で検討されました。

マッチング後の全体像:CLBRに大きな差はなかった

背景をそろえた398例ずつの比較では、CLBRはIVF群60.3%、ICSI群56.3%で有意差はありませんでした(p=0.28)。一方、移植胚1個あたりの生児数はICSI群0.395、IVF群0.40とICSI群でわずかに低く(p=0.006)、生児獲得までに必要な胚移植回数もICSI群のほうが有意に多いという結果でした(p=0.03)。

DFIで見えてきた分かれ道──14.3%と47.9%

GAM解析では、IVF群はDFIが上がるほどCLBRが緩やかに低下しました(edf=1.1、p=0.001)が、ICSI群には有意な関連はありませんでした(edf=1、p=0.68)。DFIが14.3%未満ではIVF群のCLBRが有意に高く、47.9%を超えるとIVF群のCLBRが有意に低くなりました。移植胚あたりの生児数でも同様の移行(13.6%未満でIVF優位、41.7%超で逆転)が見られています。

DFIを15%未満・15〜40%・40%以上に分けた比較でも同じ傾向でした。15%未満ではCLBRがIVF群64.4%、ICSI群52.8%とIVFが有意に高く(p=0.026)、15〜40%ではCLBR62.2% vs. 61.5%とほぼ同等(p=0.992)。40%以上ではCLBRがIVF群31.0%、ICSI群52.9%と数値上逆転し(p=0.088)、移植胚あたりの生児率はICSI群が有意に高くなりました(p=0.027)。

解析モデルが選んだ決め手──14.25%

因果森モデルでは、DFIはICSIとIVFの治療効果差を左右する第4位の予測因子として抽出されました。SHAP解析では、DFIが14.25%未満ではIVFを、14.25%以上ではICSIを支持する方向に働き、GAM解析の14.3%とほぼ一致しました。ブートストラップ感度分析でも傾向とカットオフ値はおおむね安定していました。

なぜ差が出るのか──卵子の修復力と精子選別

背景には二つの仮説があります。一つは卵子側のDNA修復能力で、精子由来のDNA損傷は受精後に卵子の修復機構で一部修復され、この能力は母体年齢に左右されます。若く質の高い卵子を用いるドナー卵子周期では、DFIが高くてもICSI後のCLBRが低下しなかったとの報告もあります。もう一つは精子選別の違いで、IVFの卵丘細胞による自然選別は高DFI精子の排除効果が限定的とされる一方、ICSIでは胚培養士が形態良好な精子を選んで注入するため、相対的に損傷の少ない精子を拾い上げている可能性があります。

臨床的意味・日本への含意

臨床現場では、SDF検査はART不成功を経て初めて検討されることが多いのが実情です。今回の結果は、DFIが低いうち(おおむね14〜15%未満)は通常のIVFで良好な成績が見込める一方、DFIが40%を超える範囲ではICSIへの切り替えが意味を持つ可能性を示しています。日本の現場でもDFI検査の実施時期や解釈基準は施設ごとに異なるのが現状で、今回のDFI値は治療前の測定であり採卵当日の実測値とは異なりうる点に注意が必要です。

研究の強みと限界

強みは、大規模コホートに傾向スコアマッチングを適用し、性質の異なる2つの統計手法で結果の再現性を確認した点です。一方、後ろ向き研究であるため未測定の交絡因子は排除できず、DFIが高い群はサンプル数が少なく検出力にも限りがあります。対象が精液所見の境界域や予後良好な患者に偏っている可能性もあり、示された閾値は参考値として慎重に解釈し、より大規模な前向き研究による検証が今後の課題とされています。

おわりに

重症の男性因子不妊がない患者では、全体としてIVFのCLBRがICSIを上回る傾向が見られる一方、DFIが上昇するにつれIVFの成績は低下し、ICSIの成績はDFIの影響を受けにくいという対照的な関係が示されました。治療開始前のDFI値は、ICSIを選択するかどうかを判断する指標の一つになりうると結論づけられており、今後はより大規模な前向き研究による検証が期待されます。

参考文献

1. K. Chen, L. Pan, J. Cai, et al. “Differential Effects of Sperm Deoxyribonucleic Acid Fragmentation Index on Cumulative Live Birth Rate per Complete Cycle Following IVF and ICSI Treatment in Patients Without Severe Male Infertility.” Andrology 2026;0:1–12. doi:10.1111/andr.70338.

2. World Health Organization. Infertility Prevalence Estimates, 1990–2021. 2023.

3. A. Agarwal, A. Majzoub, S. Baskaran, et al. “Sperm DNA Fragmentation: A New Guideline for Clinicians.” World Journal of Men’s Health 2020;38(4):412–471. doi:10.5534/wjmh.200128.

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5. S. Berntsen, A. Zedeler, B. Nohr, et al. “IVF versus ICSI in Patients Without Severe Male Factor Infertility: A Randomized Clinical Trial.” Nature Medicine 2025;31(6):1939–1948. doi:10.1038/s41591-025-03621-x.

6. M. R. Virro, K. L. Larson-Cook, D. P. Evenson. “Sperm Chromatin Structure Assay (SCSA) Parameters Are Related to Fertilization, Blastocyst Development, and Ongoing Pregnancy in in Vitro Fertilization and Intracytoplasmic Sperm Injection Cycles.” Fertility and Sterility 2004;81(5):1289–1295. doi:10.1016/j.fertnstert.2003.09.063.

7. B. Wan, Y. Fu, N. Ma, Z. Zhou, W. Lu. “Effect of Sperm DNA Fragmentation on Embryo Euploidy Rate in Assisted Reproductive Technologies: A Systematic Review and Meta-Analysis.” European Journal of Medical Research 2025;30(1):1138. doi:10.1186/s40001-025-03402-9.

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