精子DNAの傷は、ICSIでも帳消しにならない──高齢期に強まる胚発生への影響

精子DNA断片化(SDF)は、精子核内DNAの一本鎖または二本鎖切断を指し、父親由来の遺伝情報の完全性を左右する重要な指標です。その割合を数値化したものが精子DNA断片化指数(DNA fragmentation index、DFI)で、フローサイトメトリーを用いたSperm Chromatin Structure Assay(SCSA)により測定されます。DFIの上昇は臨床妊娠率の低下や流産率の上昇と関連することが知られていますが、胚そのものの発育能力への影響については見解が分かれてきました。DFIが30%を超える周期で受精や卵割に障害が生じるとする報告がある一方、初期発育は正常でも胚盤胞形成の段階で異常が顕在化するとする報告もあり、精子DNA損傷がどの発生段階で影響を及ぼすのかは十分に整理されていませんでした。

さらに、母体年齢や受精方法(体外受精かICSIか)がこの影響をどの程度修飾するのかも、臨床データとして十分に定量化されてきませんでした。ICSIは精子を直接卵細胞質内に注入するため自然な受精過程を回避できますが、それによってDNA損傷を持つ精子の選別を防げるのかどうかも、明確な結論が出ていませんでした。

Asian Journal of Andrology誌に2026年に掲載された論文は、中国・鄭州大学第三附属病院で2019年1月から2025年4月までに実施された3567件の体外受精・ICSI周期を対象とした後ろ向きコホート研究として、この問いに答えを示しました(doi: 10.4103/aja202619)。

方法──DFIで3群に分け、3567周期を解析

対象は上記期間に体外受精・ICSI治療を受けたカップルで、DFI測定から採卵までの間隔が90日を超える周期、採卵に至らなかった周期、受精がキャンセルされた周期、体外受精とICSIを併用した周期や提供卵子を用いた周期、染色体異常や遺伝性疾患を有するカップルは除外されました。DFIは臨床ガイドラインに基づき、低DFI群(15%以下、1616周期)、中等度DFI群(15%超30%未満、1240周期)、高DFI群(30%以上、711周期)の3群に層別化されています。胚の評価は、採卵3日目の卵割期胚についてグレードI〜IVで判定し(グレードI・IIを良好胚)、5〜7日目の胚盤胞についてはGardner分類で拡張期・内細胞塊・栄養外胚葉を評価しました(グレード4以上かつ内細胞塊・栄養外胚葉がBB以上を良好胚盤胞)。統計解析では、周期単位で結果をまとめた一般化線形モデル(GLM)と、同一患者から得られる複数の胚の相関を考慮した一般化推定方程式(GEE)という2つのアプローチが用いられ、いずれも女性年齢、BMI、不妊原因、受精方法、前胞状卵胞数(AFC)、精液所見で調整されました。DFIと胚発生の非線形な関係を検討するため、制限付き3次スプライン(RCS)解析も実施されています。

高DFI群ほど、良好胚盤胞率は下がっていく

背景因子をみると、DFIが高い群ほど男女ともに年齢が高く、男性因子不妊の割合は低DFI群の22.0%から高DFI群では64.6%まで上昇していました(P<0.001)。精子濃度、運動率、正常形態率といった一般的な精液所見も、DFIが高いほど有意に低下していました。胚発生の結果では、採卵数、2前核(2PN)胚数、利用可能な卵割期胚数、良好卵割期胚数、延長培養に進んだ胚数、利用可能な胚盤胞数、良好胚盤胞数のいずれも、高DFI群で有意に減少していました(いずれもP<0.001)。ただし「率」で見ると、2前核率や利用可能卵割期胚率、良好卵割期胚率にはDFI群間で有意差はなく(いずれもP>0.05)、影響が明確に現れたのは胚盤胞の段階でした。利用可能胚盤胞率は低DFI群57.1%から高DFI群50.0%へ(P=0.001)、良好胚盤胞率は低DFI群22.0%から中等度16.7%、高DFI群14.3%へと低下しています(P=0.003)。精子DNA損傷の影響は、受精や初期卵割の段階では表面化しにくく、胚盤胞まで培養を延長して初めて明らかになりやすい性質のものだといえます。

ICSI×35歳以上で、影響がくっきり浮かぶ

全体解析では、共変量を調整すると胚パラメータとDFIの間に有意な関連は認められませんでした(いずれもP>0.05)。しかし年齢で層別化すると様相が変わります。35歳以上の女性では、DFIが1%上昇するごとに、利用可能胚盤胞の調整後オッズ比(Exp[β])は0.84(P=0.014)、良好胚盤胞は0.89(P=0.020)と、有意な低下が確認されました。さらに受精方法別にみると、体外受精(IVF)周期ではどちらの年齢層でもDFIと胚パラメータに有意な関連は認められなかった一方、ICSI周期かつ35歳以上の女性では、良好卵割期胚(調整後Exp[β]=0.99、P=0.008)、利用可能胚盤胞(同0.99、P=0.002)、良好胚盤胞(同0.98、P=0.008)のいずれもDFIの上昇に伴って有意に低下していました。ここでのオッズ比はDFIが1%上がるごとの変化を示すため一見小さく見えますが、臨床で実際に想定されるDFIの変動幅(低DFI群と高DFI群の差にあたる十数〜数十%)に換算すると、その影響はより大きなものになります。制限付き3次スプライン解析でも、DFIの上昇とともに胚盤胞の質が連続的かつ用量依存的に低下する関係が確認され、明確な閾値というよりも、DFIが高いほど段階的にリスクが増す連続的な関係であることが示されました。

ICSIは「救済策」にならなかった

これまで、精子を直接卵細胞質へ注入するICSIは、自然な受精過程を経るIVFに比べて精子DNA損傷の影響を受けにくいと考えられてきました。しかし今回の解析は、その前提に再考を迫るものです。ICSIでは培養士が形態的な基準をもとに精子を目視で選別しますが、この選別方法はDNA損傷の有無までは判別できません。外見上は問題のない精子であっても、DNAが損傷している可能性は残ります。高DFI例でICSIを行う場合、DNAが傷ついた精子がそのまま選ばれて注入される可能性が否定できず、結果としてICSIが精子DNA損傷の影響を防ぐどころか、自然選択による排除を回避してしまう側面があるのではないかと論文は指摘しています。受精後の発生においては、父親由来のゲノムが転写活性化される「父性ゲノム活性化(PGA)」という過程が重要であり、特に4〜8細胞期にこの活性化が障害されると、胚の発生停止につながることが知られています。卵子には精子由来のDNA損傷をある程度修復する能力が備わっていますが、損傷量がその修復能力を超えると、ゲノムの不安定化やアポトーシスの活性化を通じて発生停止や断片化が生じると考えられます。年齢とともに卵子の質や修復能力そのものが低下することを踏まえると、35歳以上でICSI周期において影響がより顕著になったという今回の結果は、この修復能力の限界という観点からも説明がつきます。

妊娠率・出生率には差が出なかった、その理由

一方、DFI群間で臨床的な妊娠・出産の結果を比較すると、統計的に有意な差は認められませんでした。生化学的妊娠率(低DFI群53.4%、中等度53.4%、高DFI群47.1%、P=0.226)、臨床妊娠率(49.8%、51.0%、44.5%、P=0.263)、経過妊娠率(41.4%、42.5%、34.4%、P=0.165)、流産率(16.3%、16.2%、22.8%、P=0.279)、生児獲得率(38.5%、37.9%、30.8%、P=0.107)のいずれも、高DFI群で数値としては不利な傾向にあるものの、有意水準には達しませんでした。論文はこの一見矛盾する結果について、いくつかの説明を挙げています。ひとつは、精子DNA損傷検査が特に有用とされるのは原因不明不妊や反復流産といった特定の臨床像を持つ集団であり、今回の解析対象はそうした高リスク集団に限定されていなかったため、効果が薄まった可能性です。もうひとつは、今回の妊娠・出産に関する解析が新鮮胚移植に限定されていた点です。全胚凍結方針を採る周期も少なくない中、DFIの影響をより正確に捉えるには、1回の移植ではなく、1周期あたりの採卵から得られる胚全体を通じた累積生児獲得率で評価する必要があると論文は述べています。

日本の生殖医療現場への示唆

日本の生殖医療現場でも、精液検査に加えてDFI測定を実施できる施設は増えつつあります。今回の研究で用いられた低DFI(15%以下)、中等度(15〜30%)、高DFI(30%以上)という区分は既存の臨床ガイドラインに基づくものであり、日本の現場で参照される基準とも大きくは異ならないと考えられます。今回の結果を踏まえると、DFIが高いからといって一律にICSIへ切り替えれば安心、とは言い切れません。特に35歳以上の女性でパートナーの精子DFIが高い場合には、胚盤胞まで発育する胚の数や質が低下しやすいことを踏まえた説明とカウンセリングが求められます。一方、35歳未満の女性でパートナーのDFIが高い場合は、治療を大きく遅らせる必要はなく、生活習慣の改善や抗酸化療法などDNA損傷を減らす取り組みを並行して進めながら治療を継続するという選択肢も現実的です。培養士による精子選別の場面では、形態評価に加えてDNA損傷を考慮した精子選別技術の活用も、今後の検討課題として位置づけられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、3567周期という大規模なコホートを対象とし、同一患者から得られる複数胚の相関を考慮したGEEモデルを用いることで、より信頼性の高い推定値を得ている点にあります。また、卵割期から胚盤胞期まで発生の全過程を評価し、母体年齢と受精方法の両方で層別化した解析を行うことで、どのような集団が高DFIの影響を受けやすいかを具体的に示した点も評価できます。一方で限界も少なくありません。単一施設・後ろ向きデザインであるため、施設固有の患者背景や検査手順が結果の一般化可能性を制限する可能性があります。喫煙や飲酒といった男性の生活習慣因子や精子のエピジェネティックな情報は測定されておらず、未知の交絡因子の影響を完全には排除できません。DFIの群分けも統計的に導出された閾値ではなく既存ガイドラインの基準に基づくものであり、誤分類のリスクも残ります。さらにDFI測定は基本的に1回の精液検体に基づいており、禁欲期間や体調による変動は考慮されていません。加えて、妊娠・出産に関する解析は新鮮胚移植に限定されており、凍結胚を含めた累積的な治療成績は評価されていません。

おわりに

今回の解析は、精子DNA損傷指数(DFI)の上昇が胚盤胞への発育能力を用量依存的に低下させること、そしてその影響がICSI周期と35歳以上の女性においてより明確に現れることを、大規模な臨床データによって示しました。DFIが高いことは必ずしも妊娠や出産そのものの確率を決定づけるものではなく、新鮮胚移植に限れば臨床妊娠率や生児獲得率に有意な差は見られていません。今後は、凍結胚を含めた累積生児獲得率を評価指標に据えた前向き研究によって、DFIが治療成績を予測する指標としてどこまで有用かを検証していくことが課題として残されています。

参考文献

1. Zhang YC, Wang JY, Shen CY, Liu YQ, Liu YL, Yang XF, Guan YC, Zhang WJ.『The impact of sperm DNA fragmentation index levels on embryo development potential and clinical outcomes in infertile couples undergoing IVF/ICSI treatment』Asian Journal of Andrology 2026;28(1):1-9. doi:10.4103/aja202619.

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