体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)を行っても、卵子が正常に受精しなかったり、受精はしても分割が進まなかったりする例が一定数存在します。こうした受精障害・初期分割障害は、生殖補助医療(ART)の失敗の主要な原因のひとつとされていますが、原因を遺伝子レベルで特定し、それに応じて治療方針を調整する「遺伝子型に基づく管理」は、臨床現場ではまだ十分に普及していません。
受精は、精子の獲得能獲得、先体反応、配偶子の結合・融合、卵子活性化、前核形成といった複数の段階からなるプロセスです。カルシウムイオン濃度の振動的な変化(Ca2+オシレーション)などのシグナル伝達が、精子と卵子の融合や受精卵の最初の分割といった重要なチェックポイントを制御しています。原因不明の受精障害・分割障害の背景には、精子の頭部・鞭毛の構造異常や、卵子活性化経路の機能不全など、複数の遺伝的要因が関わっていることが分かってきました。
こうした中、Asian Journal of Andrology誌に2026年に掲載された症例シリーズは、原因不明の受精障害・分割障害を経験した20組の夫婦を全エクソーム解析(WES)で調べ、4家系から6つの新規遺伝子変異を同定しました(doi:10.4103/aja202629)。精子の超微形態、免疫染色、そして受精卵レベルでの遺伝学的検査を組み合わせることで、遺伝子型ごとに異なる治療戦略――ICSIで乗り越えられる壁と、ICSIに卵子活性化処置(AOA)を加えて初めて乗り越えられる壁――を具体的に描き出しています。
方法──20組の夫婦を、全エクソーム解析で調べた
対象は、2020年3月から2024年10月にかけて、中国・広州の中山大学孫逸仙記念医院IVFセンターで、原因不明のIVF/ICSI受精障害または初期分割障害を経験した20組の夫婦です。女性側には明らかな遺伝的異常が認められなかったため、男性側の精液を対象に全エクソーム解析(WES)がスクリーニングとして行われました。候補となる変異は、一般集団データベース(gnomAD、1000 Genomesなど)での頻度が0.01未満であること、複数の予測ツールで病原性が示唆されること、男性不妊との関連がすでに報告されている遺伝子であることなどの基準で絞り込まれ、サンガーシーケンシングで確認されました。変異が同定された症例では、精子の透過型電子顕微鏡(TEM)観察、免疫蛍光染色、さらに必要に応じて受精卵の定量的親由来汚染検査(qPCT)と血縁関係解析が追加で行われています。
4家系、6つの新規変異──ICSIで越えられる壁
4つの家系から見つかった6つの新規変異は、DNAH10に2つ、DNAH12に2つ、CFAP47とPLCZ1にそれぞれ1つずつでした。DNAH10とDNAH12は、精子の鞭毛を動かす「9+2」構造(9対の周辺微小管と1対の中心微小管からなる軸糸)の中で、ダイニンという分子モーターを構成する遺伝子です。家系1の男性は、精液量・濃度は正常であるものの、正常形態精子率が0.9%(基準値4.0%以上)と重度の形態異常を示し、DNAH10の複合ヘテロ接合変異(ナンセンス変異c.2569C>T、ミスセンス変異c.4102A>G)を保有していました。従来の体外受精(IVF)では受精率が10.0%(1/10)にとどまったのに対し、ICSIでは57.1%(4/7)まで改善し、最終的に先天異常のない健康な男児が誕生しています。
家系2では、兄弟2人がともに軽度の奇形精子症を伴う不妊症で、DNAH12のフレームシフト変異(c.2439delG)とミスセンス変異(c.10254G>T)の複合ヘテロ接合を共有していました。兄はIVFでは受精率0%だったのに対しICSIでは60%(3/5)、弟はICSI単独で受精率89.5%(17/19)、分割率94.1%(16/17)と良好な成績を示し、いずれも健康な子どもの出産に至っています。精子の電子顕微鏡観察では、軸糸の内腕ダイニンの欠損や微小管の消失といった「9+2」構造の破綻が確認され、免疫染色でも該当タンパク質の発現低下が裏付けられました。これらの結果は、DNAH10・DNAH12によるダイニン機能不全が精子の運動性や卵子への侵入を妨げている一方、ICSIによって物理的にその壁を回避できることを示しています。
ICSIだけでは足りなかった──CFAP47とPLCZ1、卵子活性化の壁
家系3の男性は、重度の奇形精子症と軽度の精子無力症を伴い、CFAP47のヘミ接合ミスセンス変異(c.8006C>T)を保有していました。妻は多嚢胞性卵巣症候群と原発性不妊の診断を受けており、ICSI単独では受精率58.3%(7/12)を得たものの、正常な分割に進んだのはわずか14.3%(1/7)で、移植可能な胚は得られませんでした。免疫染色では、CFAP47タンパク質の発現がわずかに低下するとともに、卵子活性化に関わるPLCZ1タンパク質の局在異常も認められ、CFAP47の欠損がPLCZ1の機能に間接的に影響している可能性が示唆されました。ICSIにAOA(人工的卵子活性化)を追加したところ、受精率は84.2%(16/19)、分割率は93.8%(15/16)まで改善し、2回の胚移植でいずれも出産に至っています。
家系4は近親婚家系で、夫婦とも精液所見・女性ホルモン・生殖器の構造・染色体核型はすべて正常であるにもかかわらず不妊が続いていました。夫はPLCZ1のホモ接合ミスセンス変異(c.589C>T)を、カルシウムイオン結合部位に近いX領域に保有していました。通常のIVFでは受精した卵子が一つもなく、多くが3個以上の前核を持つ「多核化」を示しました。ICSIにAOAを追加したところ、受精率は11.6%(5/43)にとどまったものの、受精した卵はすべて(5/5)正常に分割し、最終的に先天異常のない健康な女児が誕生しています。PLCZ1は精子に特異的なホスホリパーゼで、受精後のカルシウムイオン振動を引き起こし、卵子の活性化と、複数精子の侵入を防ぐ「透明帯ブロック」の両方に関わるとされます。この機能が損なわれると、卵子の活性化不全だけでなく、多精子受精(ポリスパーミー)のリスクも高まると考えられています。
多核卵の正体──遺伝学的検査が明かした「父親由来DNA過剰」
家系4で得られた6個の受精卵について、単一細胞全ゲノム増幅とqPCTによる解析が行われました。その結果、2つの胚は正常な二倍体でしたが、残る4個は異数体で、その染色体の多くが父親由来であることが判明しました。さらに、胚と両親の血縁関係を数値化する血縁係数解析では、父親との係数が第一度近親者の目安である0.25に近い、あるいはそれを上回る一方、母親との係数は0.25を大きく下回り、時にマイナス値を示す胚もありました。これは、受精卵に含まれる父親由来のDNA量が過剰で、母親由来のDNA量が不足していることを意味し、1個の卵子に複数の精子が受精する多精子受精(ポリスパーミー)と矛盾しない所見です。その後、ICSIとAOAを組み合わせた治療では正常な2つの前核を持つ受精卵が得られ、順調に分割期胚まで発育しています。
臨床的意味・日本への含意
日本では、不妊症のうち男性側の要因が関わる割合は約半数とされ、体外受精・顕微授精を繰り返しても原因不明のまま受精や分割がうまくいかないケースは、生殖医療の現場で少なからず経験されます。今回の症例シリーズが示すのは、こうした原因不明のケースの一部に、精子の軸糸構造やカルシウムシグナル伝達に関わる遺伝子変異が関与している可能性であり、遺伝子検査によって治療方針を精密化できる余地があるという点です。具体的には、軸糸ダイニン関連遺伝子(DNAH10、DNAH12など)の変異が疑われる場合はICSIを、卵子活性化経路の遺伝子(PLCZ1、CFAP47など)の変異が疑われる場合はICSIにAOAを組み合わせる、という二段構えの戦略が想定されます。AOAについては、22件の研究を統合したメタ解析で、妊娠成績を改善し先天異常の発生率には影響しないことが示されており、AOAで生まれた3〜10歳の子どもを対象とした追跡調査でも、神経発達や行動面の問題は確認されていません。ただし、AOAが胚に及ぼす影響が完全には解明されていない以上、臨床現場では利益とリスクについて十分な説明と同意のプロセスを経ることが求められます。また、多核化した受精卵が生じた場合には、qPCTや血縁係数解析といった胚レベルの遺伝学的検査が、多精子受精の可能性を客観的に示す手段として活用できる可能性があります。
研究の強みと限界
今回の症例シリーズの強みは、全エクソーム解析による遺伝子型の同定にとどまらず、精子の電子顕微鏡観察・免疫染色による表現型の裏付け、さらに受精卵レベルでのqPCT・血縁係数解析までを一貫して組み合わせ、同じ患者・家系内でIVF、ICSI、ICSI+AOAという複数の治療法の成績を比較できた点にあります。一方で限界も明確です。対象は4家系にとどまる観察研究であり、変異の病原性を裏付ける機能的なレスキュー実験(変異を修復して機能が回復するかを確認する実験)は行われていないため、因果関係についての結論は慎重に扱う必要があります。また、単一細胞全ゲノム増幅に伴う増幅バイアスは、複数の解析手法や複数胚での検証によって軽減が図られているものの、完全には否定できません。より大規模な前向きコホート研究と、AOA適応基準の標準化が今後の課題として挙げられています。
おわりに
今回の症例シリーズは、精子の軸糸ダイニン機能不全(DNAH10、DNAH12)と、卵子活性化経路の機能不全(PLCZ1、一部のCFAP47)という、異なる原因によって生じるART失敗のパターンを遺伝子レベルで区別し、それぞれに対応する治療戦略――軸糸ダイニン関連ではICSI、活性化経路関連ではICSI+AOA――を具体的に示しました。多核化した受精卵に対するqPCT・血縁係数解析も、多精子受精を裏付ける有用な補助的手法として位置づけられています。原因不明の受精障害・分割障害に対して、標的を絞った遺伝子検査と受精卵レベルの解析を組み合わせることは、個々の患者の病態に応じた、より精密な生殖補助医療につながる可能性を示す知見です。
参考文献
1. Gan KE, Zhong HL, Li Y, Liu WY, Ou SB, et al.『Genotype-based management of fertilization and cleavage failure: case-series evidence from DNAH10, DNAH12, CFAP47, and PLCZ1』Asian J Androl 2026;28:1-9. doi:10.4103/aja202629.
2. Tu C, Cong J, Zhang Q, He X, Zheng R, et al.『Bi-allelic mutations of DNAH10 cause primary male infertility with asthenoteratozoospermia in humans and mice』Am J Hum Genet 2021;108:1466-77.
3. Geng H, Wang K, Liang D, Ni X, Yu H, et al.『Further evidence from DNAH12 supports favorable fertility outcomes of infertile males with dynein axonemal heavy chain gene family variants』iScience 2024;27:110366.
4. Liu C, Tu C, Wang L, Wu H, Houston BJ, et al.『Deleterious variants in X-linked CFAP47 induce asthenoteratozoospermia and primary male infertility』Am J Hum Genet 2021;108:309-23.
5. Peng Y, Lin Y, Deng K, Shen J, Cui Y, et al.『Mutations in PLCZ1 induce male infertility associated with polyspermy and fertilization failure』J Assist Reprod Genet 2023;40:53-64.
6. Shan Y, Zhao H, Zhao D, Wang J, Cui Y, et al.『Assisted oocyte activation with calcium ionophore improves pregnancy outcomes and offspring safety in infertile patients: a systematic review and meta-analysis』Front Physiol 2022;12:751905.
7. Vanden Meerschaut F, D’Haeseleer E, Gysels H, Thienpont Y, Dewitte G, et al.『Neonatal and neurodevelopmental outcome of children aged 3-10 years born following assisted oocyte activation』Reprod Biomed Online 2014;28:54-63.
8. World Health Organization.『WHO Laboratory Manual for the Examination and Processing of Human Semen』5th ed. Geneva: World Health Organization; 2010.
9. Huang B, Wang Z, Kong Y, Jin M, Ma L.『Global, regional and national burden of male infertility in 204 countries and territories between 1990 and 2019: an analysis of global burden of disease study』BMC Public Health 2023;23:2195.
