日本の合計特殊出生率は2024年時点で1.4と、先進国の中でも低い水準にあります。不妊治療への保険適用拡大や、東京都をはじめとする自治体による社会的卵子凍結への助成など、生殖医療をめぐる制度は近年大きく動いていますが、その一方で、若い世代がどこまで正確な妊孕性(妊娠する力)の知識を持っているかは、十分に明らかにされていません。
オーストラリア、スウェーデン、米国など海外の複数の調査では、生殖年齢にある人々の妊孕性に関する知識が限定的であることが繰り返し報告されてきました。年齢とともに妊孕性が低下すること自体は比較的知られている一方、喫煙や肥満、過度な飲酒やストレスといった他の要因についての理解は乏しいままです。しかし、日本の非医療系大学生を対象にした知識調査は少なく、教育介入の効果を検証した研究はさらに限られています。
こうした状況を背景に、Journal of Obstetrics and Gynaecology Research誌の2026年号(doi:10.1111/jog.70425)に、愛知県内の非医療系大学2校で実施された、60分の生殖健康講義に関する調査結果が報告されました。2014年から2018年にかけて、生殖医療を専門とする医師による同一内容の講義を受けた20〜29歳の女子学生712人を対象に、講義の前後で無記名アンケートを実施し、妊娠・不妊に関する知識や意識がどう変化したかを検証しています。
方法──女子学生712人に、講義の前後でアンケートを実施
対象は、2014〜2018年に愛知県内の非医療系大学2校で60分間の生殖健康講義を受講した20〜29歳の女子学生です。講義は同一の医師が同一のスライドを用いて行い、生殖の基礎生理、年齢による妊孕性低下、喫煙などの生活習慣因子との関連を扱いました。生殖補助医療(卵子提供治療など)には踏み込まず、月経不順や性機能の異常があれば医療機関を受診するよう勧める内容も含まれていました。
講義の前後で同一内容の選択式アンケートを匿名で実施し、年齢の不整合や未回答が多いものを除いた712件を解析対象としました。参加者の年齢中央値は20歳(四分位範囲20〜21歳)でした。統計解析にはWilcoxon符号順位検定を用い、有意水準はp<0.05としました。
「55歳でも妊娠できる」と思っていた学生が、約半数から4人に1人へ
「女性が妊娠できなくなるのは何歳頃だと思うか」という問いに対し、講義前は334人(46.9%)が「55歳以上」と回答していました。実際には女性の妊孕性は35歳前後から低下が加速し、40歳を過ぎると自然妊娠は大きく難しくなるとされていますが、約半数の学生が実際よりかなり高い年齢まで妊娠可能だと考えていたことになります。講義後、この回答は192人(27.0%)まで減少し(p<0.01)、推定年齢の分布全体もより実態に近い方向へシフトしました。
STD、体重、喫煙……「不妊のリスク要因」の理解が軒並み上昇
不妊の危険因子に関する9つの知識項目でも、講義前後で明確な変化がみられました。性感染症が不妊の原因になりうると答えた学生は74.7%から89.7%へ、過体重については51.3%から94.2%(約1.8倍)、低体重は87.8%から96.3%、喫煙は80.6%から96.6%、過度な飲酒は70.1%から86.1%、運動不足(「運動は妊孕性を改善しうるか」)は33.0%から54.8%(約1.7倍)へと、いずれも統計学的に有意な改善を示しました(すべてp<0.01)。「不妊は必ず治療できるか」という設問では、実際には治療に限界があるため中立的な理解が望ましいところ、「どちらともいえない」を選んだ学生は26.5%から34.6%へ増加しています。
「不妊は女性だけの問題」という誤解にも変化
「不妊は女性だけに起こる」という誤った考えに対して否定的な回答(「あまりそう思わない」「全くそう思わない」)をした学生は59.8%から76.3%へ増加しました(p<0.01)。同様に、「不妊は高齢者だけに起こる」という誤解についても、「全くそう思わない」と回答した学生は45.2%から55.2%へ増加しています(p<0.01)。不妊には男性側の要因も関与し、年齢を問わず起こりうるという基本的な理解が、短時間の講義でも広がったことがうかがえます。
「卵巣予備能」という言葉、知っていたのはわずか0.6%だった
卵巣に残された卵子の量と質を示す「卵巣予備能」という概念については、講義前に「よく知っている」と答えた学生はわずか4人(0.6%)にとどまっていました。講義後にはこれが444人(62.4%)へと大きく増加し(p<0.01)、「卵巣予備能は加齢とともに減少する」と正しく理解した学生も11.7%から78.5%(約6.7倍)へ増えました。自分自身の卵巣予備能を知りたいと望む学生も12.9%から76.4%(約5.9倍)に増加し、必要であれば配偶子(卵子や精子)の凍結保存を希望すると答えた学生も12.4%から41.0%(約3.3倍)に増えています。一方、卵巣予備能が低い場合でも治療で改善できると考える学生が講義後には約半数に達しており(p<0.05)、治療の限界について正確に理解してもらうことの難しさも示されました。
「子どもは欲しいか」は変わらなかったが、「いつから」は早まった
子どもを持ちたいと思うかどうか、また希望する子どもの人数については、講義前後で統計学的に有意な変化はみられませんでした。一方で、子どもを持ち始めたいと考える年齢、持ち終えたいと考える年齢は、いずれも講義後に有意に若い方向へシフトしていました(p<0.01)。論文では、もともと参加者が希望していた出産年齢が比較的若かったことに加え、講義自体が早期の妊娠・出産を推奨する内容ではなかったことが、大きな変化につながらなかった理由として考察されています。生殖に関する意思決定は、キャリアや個人の価値観を含めて本人が判断すべきものであり、講義は知識を補うことを目的としていたと位置づけられています。
日本では、卵子凍結の現実的なハードルも共有されている
論文の考察部分では、卵巣予備能や卵子凍結保存への関心の高まりに触れつつ、実際の卵子凍結の成績についても言及されています。計画的に卵子を凍結保存した女性のうち、実際に凍結卵子を使用したのは約11%にとどまり、1人あたりの生児獲得率は28%と報告されています。年齢別にみると、35歳未満で凍結した場合の成功率は52%である一方、40歳以上では19%まで低下するとされています。米国など卵子凍結が比較的普及している国では年齢制限や保存期間の制限がない場合が多いものの、費用は7000〜20000米ドル程度と高額であり、こうした生物学的・経済的な制約を正確に伝えることの重要性が指摘されています。日本の臨床現場でも、卵巣予備能を示すバイオマーカーである抗ミュラー管ホルモン(AMH)を健康診断に組み込むことや、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)や子宮内膜症といった婦人科疾患についての教育を広げることが、早期の婦人科受診や妊娠前ケアへの関心につながる可能性があるとされています。
研究の強みと限界
本研究の強みは、712人という比較的大きな集団を対象に、同一の講師・同一の教材を用いることで教育内容の一貫性を確保した点にあります。一方で限界もいくつか挙げられています。対象が愛知県内の非医療系大学2校に限られており、結果の一般化には注意が必要です。また、評価されたのは講義直後の知識変化のみであり、長期的な知識の定着や実際の行動変化は検証されていません。さらに、講義が実施されたのは2014〜2018年で、日本における不妊治療の保険適用拡大や卵子凍結への助成制度の拡充より前の時期にあたるため、現在の学生の妊孕性知識の基礎水準は当時と異なっている可能性があります。加えて、アンケート項目には正解が定められた知識項目と、正解のない意識・態度項目が混在しており、後者の変化は知識の向上というより、理解や態度の変化として解釈すべきだとされています。
おわりに
今回の調査は、たった1回・60分という短い教育介入でも、非医療系大学生の妊娠・不妊に関する知識や、卵巣予備能への関心を有意に高めうることを示しました。子どもを持ちたいという意思そのものは大きく変わらなかった一方、妊娠・出産を考える年齢はより早い方向へシフトしており、正確な情報が意思決定に一定の影響を与えうることも示唆されています。学校教育の中で生殖に関する体系的な学びの機会が限られている現状を踏まえ、一般大学のカリキュラムに生殖健康教育を組み込むことが、若い世代が将来の生殖に関する選択を主体的に行ううえで役立つ可能性があるとされています。長期的な知識の定着や行動変容を検証する今後の研究が期待されます。
参考文献
1. Seki T, Miyake N, Goto M, et al.『Effectiveness of a 1-h Reproductive Health Lecture on Enhancing Fertility Knowledge Among Japanese Female Undergraduates』Journal of Obstetrics and Gynaecology Research 2026;52:e70425. doi:10.1111/jog.70425
2. Hirsch A, Hirsh Raccah B, Rotem R, Hyman JH, Ben-Ami I, Tsafrir A.『Planned Oocyte Cryopreservation: A Systematic Review and Meta-Regression Analysis』Human Reproduction Update 2024;30(5):558-568.
3. Katsani D, Paraschou N, Panagouli E, et al.『Social Egg Freezing: A Trend or Modern Reality?』Journal of Clinical Medicine 2024;13(2):390.
4. Miyake N, Osuka S, Ohsawa I, et al.『Association Between Anti-Müllerian Hormone Levels and Polycystic Ovary Syndrome in a General Cohort of Young Women in Japan』Reproductive Medicine and Biology 2024;23:e12615.
