子ども時代の虐待や家庭の機能不全といった逆境体験(Adverse Childhood Experiences、ACE)は、成人後の心血管疾患や精神疾患など、幅広い健康リスクと関連することが知られている。一方で、こうした逆境体験が妊娠・出産という生殖に関わる領域にどう影響するのかについては、これまで十分に整理されてこなかった。
先行研究が示す関連は一様ではない。ACEは、若年での出産や計画外妊娠、将来子どもを持ちたいという意欲の高まりと結びつき、出産数を押し上げる方向に働く可能性が指摘される一方で、不妊や流産、妊娠合併症のリスク上昇を介して出産数を押し下げる可能性も報告されてきた。出産数・不妊・妊娠合併症は互いに関連し合う指標であるにもかかわらず、同一集団内でこれらを同時に検証した研究はこれまで存在しなかった。
こうした背景のもと、Fertility and Sterility誌(2026年)に、ノルウェーの大規模住民コホートであるHUNT研究のデータを用いた横断研究が掲載された。子ども時代の逆境体験と、出産数・不妊・妊娠合併症(妊娠糖尿病、妊娠高血圧症候群、早産、低出生体重児)との関連を、27,259人という規模で検証した内容である(doi:10.1016/j.fertnstert.2026.07.019)。
方法──ノルウェーの住民コホートを、出生登録データとつないだ
対象は、ノルウェー・トロンデラーグ県で1984年から続く住民コホート研究「HUNT研究」の第3回調査(2006〜2008年)および第4回調査(2017〜2019年)に参加した、1950年以降生まれの女性である。HUNTの個人識別番号を用いて、ノルウェー医療出生登録(MBRN、1967年以降の全出生を記録)のデータと連結された。子ども時代の質に関する情報が欠けていた194人を除く27,259人が出産数の解析対象となり、不妊についての情報も揃った22,071人、妊娠合併症についての情報も揃った23,083人が、それぞれの解析に用いられた。
子ども時代の逆境は、HUNT研究のために開発された「困難な子ども時代質問票」(DCQ)によって自己申告で評価された。具体的には、①子ども時代の質についての主観的評価、②両親の離婚、③親の死、④機能不全な家庭環境、⑤つらい子ども時代の記憶に苦しんでいるか、⑥信頼できる大人の不在、という6項目である。これとは別に、身体的・心理的・性的暴力やいじめなど、より具体的な逆境体験の個数を数える「ACE合計スコア」も算出され、0個・1〜3個・4個以上の3群に分けて、量反応関係(逆境体験が多いほどリスクが高まるかどうか)の検証にも用いられた。出産数は、無出産・1回・2回・3回・4回以上の5区分に分類され、不妊は「1年以上妊娠を試みても妊娠に至らなかった経験」の有無として自己申告で把握された。妊娠合併症については、初回の単胎出産(妊娠20週以降)を対象に、MBRNの登録データから妊娠糖尿病、妊娠高血圧症候群、早産(妊娠37週未満)、在胎不当過小児(SGA、体重が在胎週数・性別ごとの標準の10パーセンタイル未満)が調べられた。
無出産と多産、両方向のオッズが上昇した
解析対象27,259人のうち1,712人(6.3%)が、子ども時代について「困難だった」と回答した。子ども時代を困難と報告した女性は、教育年数が短く、婚姻・同居のパートナーがいない割合が高く、喫煙経験や糖尿病・心血管疾患の既往も多かった。
出産数との関連をみると、子ども時代の困難、機能不全な家庭環境、つらい記憶への苦しみ、信頼できる大人の不在は、いずれも無出産・1回出産・4回以上出産のオッズを高めるという、共通したパターンを示した。特に強い関連が見られたのは、子ども時代の困難と無出産(オッズ比1.83、95%信頼区間1.58〜2.11)、つらい記憶への苦しみと無出産(1.81、1.55〜2.13)である。一方、親の離婚は出産数と有意な関連を示さなかった。親の死は、無出産と1回出産のオッズを高めていた。
さらに、ACE合計スコアで見ると明確な量反応関係が確認された。4個以上のACEを経験した女性は、ACE経験のない女性と比べて、無出産のオッズが2倍以上に高まっていた(オッズ比2.39、95%信頼区間1.92〜2.99)。つまり子ども時代の逆境は、出産数を減らす方向にも増やす方向にも働きうるという、一見矛盾する結果が同時に観察されたことになる。研究チームは、これは逆境を経験した女性たちの中に異なる生殖行動の経路が存在することを反映している可能性があると考察している。不妊や流産による出産数の減少と、若年での妊娠や計画外妊娠による出産数の増加という、方向の異なる2つの経路が混在しているという解釈である。ただし今回の研究では、妊娠喪失の経験や希望する子ども数についての情報がなく、この2つの経路を直接区別することはできなかった。
不妊のオッズは1.35倍、逆境体験が多いほど上昇
子ども時代の困難を報告した女性は、不妊のオッズが1.35倍(95%信頼区間1.17〜1.55)であった。両親の離婚、機能不全な家庭環境、つらい記憶への苦しみについても、同様に不妊のオッズ上昇との関連が見られた。年齢や初経年齢、教育レベル、BMI、喫煙歴といった要因を調整しても、この関連はほとんど変化しなかった。
ACE合計スコアで見ても量反応関係が確認され、4個以上のACEを経験した女性は、経験のない女性と比べて不妊のオッズが29%高かった(オッズ比1.29、95%信頼区間1.04〜1.60)。慢性的なストレスが視床下部-下垂体-副腎系を介して生殖ホルモンの調節や月経周期に影響を及ぼす可能性が、こうした関連の背景として挙げられている。
早産・低出生体重児は増えたが、妊娠糖尿病・高血圧症には関連なし
妊娠合併症については、子ども時代の困難、両親の離婚、親の死、つらい記憶への苦しみが、SGA(在胎不当過小児)のオッズを21〜36%高めていた。また、子ども時代の質の低さとつらい記憶への苦しみは、早産のオッズをそれぞれ25%、33%高めていた。この結果は、ACEと低出生体重・早産の関連を示した過去のメタ解析ともおおむね一致する。
一方、妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群については、子ども時代の逆境との明確な関連は見られなかった。研究チームは、この結果が先行研究の多く(特に米国発)と異なる背景として、ノルウェーが国民皆保険制度を持ち、ACEの有病率自体が米国より低いことや、対象集団の民族的多様性が乏しいことを挙げている。また、妊娠糖尿病の該当例が145件と少なく、統計的な検出力が限られていた可能性も指摘されている。なお、SGAや早産については出産数の解析で見られたような明確な量反応関係(ACEスコアが多いほどリスクが高まる関係)は確認されなかった。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本では、不妊治療や周産期管理の場面で、患者の子ども時代の背景まで踏み込んで評価する運用は一般的ではない。今回の結果は、不妊や早産・SGAといった生殖にまつわるアウトカムの背景に、子ども時代の逆境体験という、これまで見過ごされがちだった要因が関わっている可能性を示している。
臨床現場では、不妊治療を受けている患者に対して、生活習慣や年齢だけでなく、より広い人生経験を踏まえた個別化された関わりが求められる場面が今後増えていく可能性がある。ただし、今回の研究結果は「子ども時代に困難があったから不妊になる」という単純な因果関係を証明するものではなく、あくまで集団レベルでの関連を示したものである点には注意が必要である。個々の患者にとって、これは確率の話であって、運命を決めるものではない。
研究の強みと限界
本研究の強みは、27,259人という規模の大きさに加え、出産数・不妊・妊娠合併症という複数の生殖アウトカムを同一集団内で同時に検証した点、そして全国出生登録データとの連結によって高い精度の妊娠アウトカムを得ている点にある。
一方で限界も少なくない。第一に横断研究であり、子ども時代の逆境は成人後に自己申告で評価されているため、想起バイアスの影響を否定できない。第二に、逆境の時期や持続期間、深刻度についての詳細なデータが欠けている。第三に、今回の対象集団で「子ども時代が困難だった」と回答した割合は6.3%にとどまり、別のノルウェーの住民調査で報告された10.1%より低かった。HUNT研究の参加者は社会経済的地位が比較的高く、参加バイアスにより、実際の関連はより強い可能性がある。第四に、ノルウェーは民族的に比較的均質で医療アクセスも平等性が高い社会であり、社会経済的格差の大きい集団への一般化には注意が必要とされている。
おわりに
今回の研究は、子ども時代の逆境体験が、出産数・不妊・妊娠合併症という複数の生殖アウトカムに、複雑かつ長期的な影響を及ぼしうることを示すものである。逆境体験は出産数を減らす方向にも増やす方向にも働き、不妊のオッズを一貫して高め、早産やSGAとも関連していた一方、妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群との関連は認められなかった。研究チームは、こうした知見が、生殖に関する公衆衛生戦略や産科診療において、母親の人生経験全体を視野に入れる必要性を示すものだとしている。今後は、逆境体験の時期や深刻度を踏まえた前向き研究や、生殖への意欲・妊娠喪失の経験といった情報を含むより詳細な調査によって、さらなる検証が必要とされている。
参考文献
1. Bromark S, Sandsæter HL, Sund ER, Horn J. How Early-Life Adversity Relates to Reproductive Health: Fertility and Pregnancy Outcomes in the Norwegian HUNT Study. Fertility and Sterility 2026. doi:10.1016/j.fertnstert.2026.07.019.
