世界保健機関(WHO)の推計では、生殖年齢にある人のおよそ6人に1人が不妊を経験するとされ、その原因の約半数には男性側の要因が関与しているとされています。精液検査で得られる精子濃度や運動率、DNA損傷の程度は、自然妊娠や生殖補助医療の成績を左右する重要な指標です。近年注目されているのが、肥満をはじめとする代謝の異常が精子の質にどう影響するかという論点です。肥満男性は標準体重の男性に比べて不妊のリスクがおよそ5割高いとする報告もあり、体重管理は男性不妊の評価において無視できない要素になりつつあります。
ただし、肥満そのものが精液所見にどこまで影響するのか、また高血糖や高血圧といった随伴する代謝異常が加わった場合に影響がどう変わるのかについては、これまで十分に整理されていませんでした。この問いに答えるべく、Andrology誌(2026年)に、中国・浙江大学附属第四医院で実施された1,048人の男性を対象とする後方視的コホート研究が掲載されました(doi:10.1111/andr.70324)。
方法──1,048人の精液所見を、肥満の有無で追跡した
対象は、2022年7月から2025年11月にかけて同院を受診し、精液検査と血液生化学検査をともに完了した男性です。染色体異常や無精子症、遺伝性の造精機能障害、生殖器の手術歴、精液所見に影響しうる薬剤の使用歴などがある例は除外されました。最終的に1,048人(非肥満群765人、肥満群283人)が解析対象となりました。肥満の判定には中国の基準(BMI 28.0 kg/m²以上)が用いられています。
精液検査はWHOマニュアル第5版に準拠して実施され、乏精子症(精子濃度15×10⁶/mL未満、または総精子数39×10⁶未満)、精子無力症(前進運動率32%未満)、奇形精子症(正常形態率4%以下)、精子DNA断片化指数(DFI)が評価されました。血液検査では空腹時血糖、インスリン、脂質プロファイルなどが測定され、空腹時血糖6.1 mmol/L以上を高血糖状態、収縮期血圧140 mmHg以上または拡張期血圧90 mmHg以上を高血圧と定義したうえで、肥満群をさらに血糖・血圧の有無で層別化した解析が行われました。
「乏精子症」のリスクは、多変量調整後も肥満群で2.4倍
肥満群では非肥満群に比べて、収縮期・拡張期血圧、空腹時血糖、インスリン抵抗性の指標(HOMA-IR)、中性脂肪、LDLコレステロール、尿酸値などが有意に高く、HDLコレステロールは有意に低いという結果でした。年齢や喫煙・飲酒歴には両群で差がありませんでした。
精液所見を比較すると、奇形精子症や精子無力症、DFIの分布には両群で有意差が見られませんでした。一方、乏精子症の頻度は、肥満群で9.89%(283人中28人)と、非肥満群の5.75%(765人中44人)より有意に高い結果でした(P=0.019)。年齢や血圧、空腹時血糖、インスリン、コレステロール、肝機能、尿酸値などを調整した多変量解析でも、肥満と乏精子症の関連は保たれ、調整オッズ比は2.369(95%信頼区間1.313〜4.272、P=0.004)でした。言い換えると、他の代謝指標の影響を差し引いても、肥満そのものが精子数の低下と結びついていたことになります。
肥満に高血糖が重なると、運動率低下とDNA損傷が上乗せされる
肥満群をさらに空腹時血糖の有無で層別化すると、高血糖を伴う肥満男性では、精子無力症の頻度が20.93%(43人中9人)と、血糖が正常な肥満男性の8.75%(240人中21人)より有意に高い結果でした(P=0.017)。DFIが高値(30%以上、重度のDNA損傷を示す区分)である割合も、高血糖群で18.60%(43人中8人)と、非高血糖群の5.00%(240人中12人)を上回りました(P=0.006)。一方、高血圧の有無による差は、肥満群の中では統計学的に有意ではありませんでした。全体のコホートで見ると、高血圧は精液量の増加とのみ関連しており、乏精子症や精子無力症、DFIとの明確な関連は認められませんでした。
これらの結果から、肥満そのものは精子数の減少と、高血糖の併存は精子の運動率低下やDNA損傷の増加と、それぞれ異なる形で結びついている可能性が示唆されます。肥満と高血糖が重なった場合には、単独の影響を足し合わせた以上の、相加的または相乗的な作用が働いている可能性も指摘されています。
見えてきた機序──脂肪組織が引き起こす「二次性性腺機能低下」
肥満が男性の生殖機能に影響する経路としては、脂肪組織そのものが精巣機能を抑制する「二次性性腺機能低下」が中心的な役割を果たすと考えられています。具体的には、血中テストステロン値の低下、インヒビンBの減少、黄体化ホルモン(LH)の分泌リズムの乱れ、そして脂肪組織における男性ホルモンから女性ホルモンへの変換の増加といった変化が連鎖的に起こり、性欲低下や勃起機能の低下、造精機能の障害につながるとされています。分子レベルでは、酸化ストレスの増加、精子DNA損傷の蓄積、ミトコンドリア機能の低下、エピジェネティックな変化などが、こうした一連の変化の基盤にあると整理されています。高血糖の併存がこれらの経路をさらに強めることで、精子の運動率低下やDNA損傷の増加という形で表れた可能性があります。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本の肥満の判定基準はBMI 25 kg/m²以上であり、本研究で用いられた中国の基準(BMI 28 kg/m²以上)よりも低い値が採用されています。そのため、本研究の結果をそのまま日本の臨床現場に当てはめる際には、対象となる体格の範囲が異なる点に留意が必要です。それでも、男性不妊の評価において、精液検査だけでなく体重や血糖値といった代謝指標を組み合わせて評価する意義は、日本の生殖医療現場においても共通する論点といえます。とくに、肥満のある男性で乏精子症が見つかった場合には、血糖値などの代謝異常が併存していないかを確認することが、リスクの層別化や生活習慣への介入を検討するうえでの手がかりになり得ます。
研究の強みと限界
本研究の強みは、1,048人という規模で、肥満の有無だけでなく高血圧や高血糖の併存状況まで層別化して解析した点にあります。一方で限界もあります。第一に、単一施設における後方視的研究であり、選択バイアスの可能性を否定できません。第二に、肥満の判定基準がアジア人向けの中国基準に基づいているため、異なる基準を用いる地域への一般化には注意が必要です。第三に、精子DNA損傷の評価はSCSA法という一手法にとどまっており、他の測定法との相互検証は行われていません。第四に、観察研究であるため、肥満や高血糖と精液所見との間の関連が示されたにとどまり、因果関係を直接証明するものではありません。著者らも、今後は大規模な前向きコホート研究や、生活習慣・薬物療法による介入がどこまで精液所見を改善するかを検証するランダム化比較試験が必要だとしています。
おわりに
今回の研究は、肥満が乏精子症の独立した危険因子であることを、多変量解析によって確認しました。さらに、肥満に高血糖が重なった場合には、精子無力症やDNA断片化の増加という形で、追加の悪影響が生じる可能性を示しています。これらの知見は、男性不妊の評価において精液検査と代謝指標を組み合わせて捉える視点の重要性を裏づけるものであり、今後の前向き研究や介入試験による検証が期待されています。
参考文献
1. Hu R, Zou H, Li Q, Fan W, Xu J. Obesity Is an Independent Risk Factor for Oligozoospermia, With Co-Existing Hyperglycemia Exacerbating Risks of Asthenozoospermia and Elevated Sperm DNA Fragmentation. Andrology 2026;0:1-9. doi:10.1111/andr.70324.
