仕事の『汗』と『疲れ』が精子の質を下げる──肉体労働と生殖機能の意外な関係

精液の質は、男性の生殖機能を測る代表的な指標です。喫煙や食事、環境化学物質への曝露など、さまざまな生活習慣要因が精液の質と関連することが報告されており、世界的な精子数の低下傾向が指摘される中で、こうした要因の研究が続けられています。身体活動と精液の質の関係についても多くの研究がありますが、結果は一貫していません。運動が精液の質を改善するという報告がある一方で、悪化させるという報告もあります。

これまでの身体活動研究の多くは、余暇時間の運動や日常的な活動レベルを対象にしてきました。これに対して、仕事中の身体的な負荷、すなわち職業的身体活動が精液の質にどう影響するかは、比較的研究が少ない領域です。立ち仕事や重い物の運搬、持続的な身体的努力を伴う職種は少なくありませんが、そうした働き方が生殖機能にどのような影響を及ぼすのかは、十分に整理されてきませんでした。

こうした背景のもと、Andrology誌(2026年)に、イスラエルの単一施設で実施された横断研究が掲載されました。精液検査のために受診した男性280人を対象に、職業的な身体活動の特徴と精液の質の関連を検討した内容です(doi:10.1111/andr.70326)。

方法──精液検査を受けた280人に、仕事の負荷を尋ねた

対象は、2012年から2015年にかけて精液検査のためにイスラエルの精子検査室を受診した男性593人のうち、厳格な選択基準・除外基準を適用したのちに残った280人です。除外理由には、questionnaire(質問票)の記入不備や欠測に加え、無精子症、精索静脈瘤、ホルモン異常、その他生殖機能に影響しうる医学的状態などが含まれています。除外された参加者と最終コホートとの間で、年齢やBMI、喫煙率に有意差はありませんでした。

職業的身体活動は、イスラエルで開発され検証済みのヘブライ語版questionnaireで評価されました。『仕事中にどの程度汗をかくか』『仕事終わりにどの程度身体的な疲れを感じるか』『職場の他の人と比べてどの程度身体的にハードに働いているか』といった項目を、0(まったくない)から3(非常にある)の4段階で尋ねる形式です。加えて、座位・歩行・持ち上げ作業といった具体的な身体活動の内容も調べられました。精液検査は、WHO 2010年版の基準に基づき、精液量・精子濃度・総精子数・運動率・正常形態率の5項目が評価されています。

汗をかくほど、疲れるほど、精子の数値は下がっていた

解析の結果、座位以外のほぼすべての職業的身体活動の指標が、精液の質のいずれかの項目と有意に関連していました。特に『仕事中の発汗』と『仕事終わりの疲労感』は、複数の精液パラメータと一貫して負の関連を示しています。発汗は精子濃度・正常形態率・運動率の低下と関連し(スピアマンの相関係数 r=-0.14〜-0.18、いずれもp<0.05)、疲労感は総精子数・精子濃度・正常形態率・運動率の低下と関連していました(r=-0.15〜-0.26、いずれもp<0.05)。おおよそ、これらの指標が1段階高くなるごとに、各精液パラメータがわずかに下がっていくという緩やかな量反応関係が見られたことになります。

年齢やBMI、社会経済状況、喫煙、禁欲期間といった交絡因子を調整した階層的重回帰分析でも、『仕事終わりの疲労感』は精子濃度(β=-0.17、p<0.01)と正常形態率(β=-0.29、p<0.001)を独立して予測する因子として残りました。一方、精液量については、総職業的身体活動スコアや歩行の程度がむしろ正の関連を示すなど(r=0.12、p=0.04)、単純に『身体を動かすほど悪化する』という図式ではないことも示されています。

身体活動以外の要因──BMI、年齢、社会経済状況の影響

この研究では、職業的身体活動以外の要因も精液の質を予測していました。BMIは総精子数と精子濃度を独立に予測し、BMIが高いほどこれらの数値は低い傾向にありました。年齢は運動率の低下と関連し、社会経済状況は運動率と正常形態率の両方と関連していました。実際、BMIを健康体重・過体重・肥満の3群に分けて比較すると、肥満群は健康体重群や過体重群に比べて総精子数・精子濃度が有意に低いという結果も示されています。

こうした結果から、職業的身体活動は精液の質に影響しうる複数の要因のひとつであり、単独で作用しているわけではないことがうかがえます。研究チームは、発汗や疲労感といった自己申告の指標が主観的である一方、持ち上げ作業や立ち仕事といった客観的な活動指標とも一貫して相関していたことから、この関連が一定の頑健性を持つとみています。

『重労働は悪い』とは言い切れない──先行研究との食い違い

職業的身体活動と精液の質に関する先行研究は、一致した結論に至っていません。米国のLIFE Studyでは、重い職業的身体的負荷が精子濃度と総精子数の低下と関連することが報告されました。一方、米国のEARTH Studyでは逆の結果、すなわち仕事で重い物を頻繁に持ち上げたり運んだりする男性のほうが、精子濃度や総精子数がむしろ高いという結果が示されています。タクシー運転手を対象にした研究では、正常形態率の低下が報告される一方、精子濃度や運動率には差がなかったという報告もあります。

今回のAndrology誌の研究チームは、こうした食い違いの背景として、職種や身体活動の内容、測定方法の違いに加え、余暇時間の身体活動と職業的身体活動は生物学的に同じものとして扱えない可能性を指摘しています。職業的身体活動は、強度やペースを自分で調整しにくく、回復の機会が乏しいまま長時間続くという特徴があり、これが余暇の運動とは異なる負荷として蓄積する可能性があるという考え方です。想定される生物学的な機序としては、持続的な身体活動に伴う陰嚢温度の上昇や、仕事に伴う心理的ストレスによるホルモン変動、酸化ストレスなどが挙げられていますが、この研究ではこれらの機序そのものは直接測定されていません。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、不妊治療を受ける男性の職業的な身体的負荷について、体系的に評価する枠組みは一般的ではありません。問診では喫煙や飲酒、睡眠習慣などが尋ねられることが多い一方、仕事中の発汗や疲労感といった職業的身体活動の詳細まで踏み込んで聴取される場面は限られています。今回の結果は、こうした職業的な身体的負荷が、精液の質を左右しうる要因のひとつとして問診に含める価値があることを示唆しています。

特に、力仕事や立ち仕事が中心の職種に就く男性が不妊評価を受ける際には、仕事終わりの疲労感の程度を尋ねることが、簡便なスクリーニングの手がかりになる可能性があります。ただし、この研究の著者らも述べているとおり、効果量自体は小さく、個々の患者に対して『仕事を辞めるべきだ』といった性急な助言につながるものではありません。エビデンスに基づく閾値や標準化された評価手法が確立されるまでは、あくまで多因子のうちのひとつとして位置づけるのが妥当と考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、比較的大きな参加者数、厳格な医学的除外基準の適用、そしてイスラエルで検証済みのquestionnaireを用いた点にあります。

一方で限界もあります。第一に横断研究であるため、因果関係を証明するものではなく、あくまで関連を示したにとどまります。第二に、職種や勤務形態、実際の熱曝露量といった詳細な職業情報は系統的に収集されておらず、あくまで『自覚された身体的負荷』の評価にとどまっています。第三に、対象者はもともと精液検査のために受診した男性であり、一般男性集団への一般化には注意が必要です。第四に、対象集団の人種構成が比較的均一(97%がユダヤ系)であり、より多様な集団への外挿には慎重さが求められます。また、精子運動率は室温での単回測定に基づいており、近年推奨される37℃・複数カテゴリでの評価とは異なる点も、結果解釈上の留意点として挙げられています。

おわりに

今回の研究は、仕事中の発汗や疲労感といった職業的な身体的負荷が、精子濃度・総精子数・正常形態率・運動率と負の関連を示すことを、比較的大きな参加者集団で報告するものです。特に仕事終わりの疲労感は、年齢やBMI、社会経済状況などの交絡因子を調整した後でも、精子濃度と正常形態率を独立して予測する因子として残りました。一方で、先行研究の間には食い違いも大きく、余暇時間の身体活動とは異なる評価軸として職業的身体活動を扱う必要性が示されています。今回の結果を一律の職業指導や治療方針の変更に直接つなげるのではなく、明確な閾値や標準化された評価法の確立に向けた、今後の縦断的・機序解明的な研究の蓄積が求められています。

参考文献

1. Efrat M, Barak S, Stein A, Pinkas H, Unger R, Birk R. Occupational Physical Activity Is Negatively Associated With Semen Quality. Andrology 2026;0:1-12. doi:10.1111/andr.70326.

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