不妊は、妊娠のしにくさという生殖の問題にとどまらず、女性の将来の心血管疾患リスクを映し出す指標になり得るという見方が、近年の研究で少しずつ積み重ねられています。慢性的な軽度炎症や血管内皮の機能不全は、不妊の背景にもしばしば存在する一方で、動脈硬化を進行させ、虚血性心疾患や脳血管疾患のリスクを高める経路としても知られています。インスリン抵抗性についても、不妊女性で頻繁にみられ、メタボリックシンドロームや血管リスクを助長する要因として指摘されてきました。
ただし、不妊と心血管疾患の関連については、これまでの研究結果が一致しているわけではありません。米国の前向きコホート研究であるSWAN(Study of Women’s Health Across the Nation)では、不妊とメタボリックシンドロームや心血管イベントの発症との間に明確な関連は見出されませんでした。一方で、別の前向きコホート研究では不妊歴と心血管の健康状態との関連が報告されており、閉経後女性を対象とした研究でもアテローム動脈硬化性心血管疾患のリスクがやや高いことが示されています。こうした知見の食い違いを整理するには、より大規模で追跡期間の長いデータが必要とされていました。
こうした背景のもと、International Journal of Gynecology & Obstetrics誌(2026年)に、台湾の全民健康保険研究データベース(NHIRD)を用いた大規模な後方視的コホート研究が掲載されました。18〜50歳の女性を対象に、不妊の既往と脳血管疾患・心不全・虚血性心疾患という3つの心血管アウトカムとの関連を、20年以上にわたる追跡データから検証した内容です(doi:10.1002/ijgo.71234)。
方法──台湾の200万人規模データベースで、不妊と心血管疾患の関連を追跡した
対象は、台湾のNHIRDに含まれる200万人規模の代表サンプルのうち、2000年から2021年までのデータです。ICD-9-CMコード628またはICD-10-CMコードN97で不妊の診断記録がある18〜50歳の女性が不妊群とされ、不妊の診断がない女性の中から年齢を基準に4対1でマッチングした対照群が設定されました。18歳未満・50歳超の女性、2001年より前が指標日となる女性、指標日より前にすでに心血管アウトカムの診断がある女性は除外されています。
主要評価項目は、脳血管疾患(CeVD)・心不全(HF)・虚血性心疾患(IHD)を合わせた複合アウトカムで、外来2回以上または入院1回以上の診断記録により定義されました。年齢や所得水準、喫煙・肥満などの生活習慣要因、高血圧や糖尿病などの併存疾患、子宮内膜症、帝王切開・卵巣手術などの産科手術歴、クロミフェンやプロゲステロン・エストラジオールといった不妊治療薬の使用歴を共変量として調整したCox比例ハザードモデルに加え、これらの背景因子をそろえた1対1の傾向スコアマッチング(PSM)による解析も行われました。
複合アウトカムのリスクは、不妊群で15〜18%高かった
1対4の年齢マッチングにより、不妊群39,337人、対照群157,348人が解析対象となりました。平均年齢は両群とも31.92歳で一致しており、平均追跡期間は不妊群10.37年、対照群10.50年でした。子宮内膜症の有病率は不妊群で5.0%、対照群で1.2%と差があり、クロミフェンなど不妊治療薬の使用歴も不妊群で大きく上回っていました。これらの背景差を調整するため、20,974組を対象とした1対1の傾向スコアマッチングも別途実施され、主要な背景因子はいずれもよくそろっていました。
複合アウトカム(脳血管疾患・心不全・虚血性心疾患のいずれか)の発生率は、不妊群で10万人年あたり839.7件、対照群で677.3件でした。不妊群のリスクは、背景因子を調整した解析でハザード比(HR)1.15(95%信頼区間1.08〜1.21)、傾向スコアマッチング後の解析でHR 1.18(95%信頼区間1.10〜1.26)といずれも有意に高く、素朴な比較にとどまらず、年齢や併存疾患、薬剤使用歴を考慮しても一貫した関連が確認された形です。感覚的な言い方をすれば、不妊のある女性では、これらの心血管イベントが起こる確率が1〜2割ほど高いという結果になります。
虚血性心疾患と脳血管疾患で有意差、心不全では差が消えた
疾患別にみると、傾向はやや異なりました。脳血管疾患の発生率は不妊群で10万人年あたり258.0件、対照群で222.0件で、調整後のHRは1.12(95%信頼区間1.01〜1.24)、傾向スコアマッチング後のHRは1.18(95%信頼区間1.05〜1.33)と、いずれも統計学的に有意な関連が示されました。虚血性心疾患では、発生率が不妊群567.2件、対照群440.9件と差が最も大きく、調整後HR 1.15(95%信頼区間1.08〜1.24)、傾向スコアマッチング後HR 1.20(95%信頼区間1.10〜1.30)と、こちらも一貫して有意な関連が認められています。
一方、心不全については、発生率こそ不妊群95.7件、対照群84.4件とわずかに高く、未調整の解析ではHR 1.13(95%信頼区間1.02〜1.26)と有意でしたが、背景因子を調整した解析ではHR 1.02(95%信頼区間0.87〜1.20)、傾向スコアマッチング後もHR 1.06(95%信頼区間0.87〜1.30)といずれも有意差が消失しました。全体として、不妊と心血管疾患の関連は、脳血管疾患と虚血性心疾患において比較的明確であり、心不全ではその関連が背景因子によって説明される部分が大きいことがうかがえます。
35歳以上でより明確に──若年層では傾向スコア調整後に有意差が消える
年齢層別のサブグループ解析では、関連の強さに違いがみられました。18〜34歳の女性では、調整後の解析で複合アウトカム(HR 1.13、95%信頼区間1.04〜1.22)や虚血性心疾患(HR 1.13、95%信頼区間1.02〜1.25)に有意な関連が認められたものの、傾向スコアマッチング後にはいずれの項目も有意差が消失しました(複合アウトカムHR 1.08、95%信頼区間0.99〜1.19)。
これに対して35〜50歳の女性では、より一貫した関連が示されています。複合アウトカムは調整後HR 1.17(95%信頼区間1.08〜1.27)、傾向スコアマッチング後HR 1.22(95%信頼区間1.10〜1.35)、虚血性心疾患は調整後HR 1.19(95%信頼区間1.08〜1.31)、傾向スコアマッチング後HR 1.24(95%信頼区間1.10〜1.40)と、いずれも有意な関連が保たれました。脳血管疾患についても、傾向スコアマッチング後の解析でHR 1.23(95%信頼区間1.03〜1.47)と有意な関連が確認されています。研究チームは、この年齢による差について、不妊に伴う内分泌機能の異常やエストロゲン曝露の低下といった代謝・炎症面での影響が、十分な血管障害が蓄積した後になって初めて臨床的に表れる可能性を指摘しています。
子宮内膜症という共通の背景──炎症経路が橋渡しをしている可能性
不妊としばしば併存する子宮内膜症についても、心血管疾患との関連を検討した複数のメタ解析が存在します。2023年に発表された6つのコホート研究、25万人以上を対象としたメタ解析では、子宮内膜症が脳血管疾患(統合HR 1.17、95%信頼区間1.07〜1.29)と虚血性心疾患(統合HR 1.50、95%信頼区間1.37〜1.65)のいずれのリスク上昇とも関連することが示されています。より大規模な7研究・140万人超を対象とした最近のメタ解析でも、脳血管疾患(HR 1.19)や虚血性心疾患(HR 1.35)、主要有害心血管イベント(HR 1.15)との関連が確認された一方、心不全や全死亡との関連は認められませんでした。
今回の台湾コホートでは、不妊群の中で子宮内膜症の有無による心血管イベントの差は明確には検出されませんでしたが、これは追跡期間が比較的短いことや、不妊という枠組み全体の中で子宮内膜症固有のシグナルが目立ちにくくなっている可能性を反映していると考察されています。とはいえ、これまでの研究の蓄積は、子宮内膜症を独立した心血管リスク因子として支持する方向でおおむね一致しており、慢性的な全身性炎症が、子宮内膜症・不妊・心血管疾患をつなぐ共通経路である可能性が議論されています。
なお、体外受精などの生殖補助医療そのものが脳卒中や虚血性心疾患のリスクを高めるかどうかについては、研究間で結果が分かれています。8万7千人超の生殖補助医療実施女性を追跡した別の研究では、心血管疾患全般との有意な関連は認められておらず、これは治療対象があらかじめ健康状態のよい集団に偏りやすいことや、入院を伴うイベントのみを評価対象としたことが影響している可能性が指摘されています。一方、3100万件超の分娩入院データを用いた米国の研究では、周産期の脳卒中リスクが大きく上昇していましたが、これは排卵誘発に伴う急性の血栓形成傾向を反映したものであり、慢性的な長期リスクとは性質が異なると考えられています。今回のNHIRD研究は、これら両極端な結果の中間に位置する、緩やかで一貫した関連を示したものと位置づけられます。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本では、不妊治療を受ける女性の将来の心血管疾患リスクについて、系統立ったフォローアップ体制が確立しているとは言えないのが実情です。今回の結果は、絶対リスクの上昇幅自体は小さいものの、不妊という既往が、年齢や従来の心血管危険因子とは独立した形で、長期的な心血管疾患リスクの目印になり得ることを示しています。特に35歳以上で不妊治療を経験した女性では、この関連がより明確であるため、産婦人科と循環器内科・かかりつけ医との間で情報が引き継がれる仕組みの重要性が増します。
臨床現場では、不妊治療の終了後もリスク因子であるコレステロールや血糖、血圧などを定期的に確認し、生活習慣の見直しを促す機会として位置づけることが、今後の議論の出発点になり得ます。ただし、今回の研究はあくまで観察研究であり、不妊と心血管疾患の間に直接の因果関係があることを証明するものではありません。不妊が心血管疾患を引き起こすというより、両者に共通する炎症や代謝の異常を背景に持つ女性を、不妊という診断が間接的に浮かび上がらせている、という理解がより妥当と考えられます。
研究の強みと限界
本研究の強みは、台湾の人口のおよそ99%をカバーするNHIRDを用い、20万人を超える大規模な集団で、年齢マッチングと厳密な傾向スコアマッチングという2種類の解析を組み合わせた点にあります。脳血管疾患・心不全・虚血性心疾患という複数のアウトカムを同時に評価し、長期の追跡によって結果の信頼性を高めている点も特徴です。
一方で限界も少なくありません。診断は保険請求データに基づくICDコードによって定義されており、誤分類の可能性を否定できません。体格指数(BMI)や血圧、脂質プロファイル、生殖ホルモン値、不妊の原因(男性因子・排卵障害・子宮内膜症など)といった臨床的に重要な変数は直接把握されていません。喫煙や食事、身体活動、妊娠回数といった生活習慣・生殖歴の情報も十分には捉えられていない可能性があります。また、対照群は「不妊の診断記録がないこと」で定義されており、実際には受診していない、あるいは他院で診断された女性が対照群に紛れ込み、結果を過小評価する方向に働いた可能性も指摘されています。体外受精そのものの実施の有無を示す診療コードがデータベースに存在しないため、生殖補助医療の影響を直接検証できていない点や、原発性・続発性不妊の区別ができない点も限界として挙げられています。後方視的な観察研究である以上、因果関係の証明はできず、台湾以外の集団への一般化にも慎重さが求められます。
おわりに
今回の研究は、台湾の大規模な保険データベースを用いて、不妊と脳血管疾患・虚血性心疾患との間に、modestではあるものの統計学的に一貫した関連があることを示しました。絶対リスクの上昇幅は大きくなく、効果量も中程度にとどまるものの、複数の心血管アウトカムにわたって関連が認められ、傾向スコアマッチングや幅広い背景因子の調整を経てもなお関連が保たれた点は、不妊が心血管疾患を直接引き起こす原因というよりも、背景にある血管・代謝面の脆弱性を映し出す臨床的な指標である可能性を示唆しています。これらの知見をただちに一律の診療変更に結びつけるのではなく、十分な統計学的検出力を備えた前向き研究によって、不妊と心血管疾患を結ぶ生物学的な機序や、標的を絞ったスクリーニングの臨床的意義をさらに検証していく必要があるとされています。
参考文献
1. Hsu J-Z, Ding D-C. Comparative risks of cerebrovascular and heart disease in women with infertility: A retrospective cohort study. Int J Gynecol Obstet 2026;00:1-9. doi:10.1002/ijgo.71234.
