IVFラボにも「持続可能性」を──83カ国のアンケートが映す現状と壁

医療分野は、気候変動と資源消費の両面で環境への負荷が大きい産業のひとつとされています。世界保健機関(WHO)は、持続可能な医療システムを「質の高いケアを提供しながら、環境への悪影響を最小化し、現在と将来の世代の健康を守る仕組み」と定義しています。近年は、大気汚染や環境中の化学物質と生殖機能の低下との関連や、原因不明とされる不妊症の背景要因としての環境要因、習慣流産など産科合併症への関与も指摘されるようになってきました。

こうした流れのなかで、生殖補助医療(ART)の分野は、環境負荷という観点からはこれまであまり注目されてこなかった領域です。使い捨てのプラスチック器具や培養液、梱包資材を多用する体外受精(IVF)ラボの現場で、医療従事者は実際にどの程度サステナビリティを意識し、どのような行動を取っているのでしょうか。この問いに、世界規模のアンケート調査で初めて答えを示した論文が、Reproductive BioMedicine Online誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105804)。

方法──83カ国、754人の臨床従事者の声を集めた

この調査は、International IVF Initiativeが展開する「GreenIVF」キャンペーンの一環として実施されたオンライン横断調査です。2024年7月から9月までの10週間、ART分野の臨床従事者を対象に、メールとSNS(LinkedIn、Facebook、X、Instagram)を通じて回答が募られました。対象はIVFラボで臨床業務に従事する専門職に限定され、該当しない回答者はアンケートの最初の設問で終了する仕組みが取られています。

質問は主要22問と、回答に応じた追加質問で構成され、「サステナビリティに関する考え方」4問、「日々のグリーンな取り組み」6問、「臨床現場での支援体制」5問、それに人口統計に関する7問が含まれました。最終的に893件の回答のうち754件が有効とされ、6大陸83カ国から回答が寄せられました。回答者の内訳は、女性70.3%(530/754)、男性27.7%(209/754)で、年齢は25〜54歳が全体の80.2%(605/754)を占めています。回答者の半数以上(53.2%、401/754)が12年を超えるラボ経験を持つベテラン層でした。

意識は高いが、「懸念」と「重要」の間に温度差

「サステナビリティ」という言葉への認知度は非常に高く、90%を超える回答者が「よく知っている」(58.0%、437/753)または「ある程度知っている」(34.0%、256/753)と答えています。医療分野全体の環境負荷について「非常に懸念している」とした回答者は51.4%(387/753)、「やや懸念している」は34.4%(259/753)で、合わせて8割を超える回答者が何らかの懸念を抱いていることになります。

さらに、「ART分野が持続可能な形で活動することの重要性」を尋ねた設問では、「非常に重要」との回答が74.2%(559/753)まで上昇しました。「環境負荷への懸念」から「重要性の認識」へと質問が進むにつれて、肯定的な回答の割合が増える傾向が見られたことになります。一方で、「グリーンな取り組みを行うクリニックは患者にとって魅力的に映るか」という設問については、経験年数の浅い層(1年未満・1〜2年)ほど強く同意する傾向があり(それぞれ52.9%、38.3%が「強く同意する」)、経験12年超の層で同様に答えたのは21.5%にとどまるなど、世代による認識差もうかがえました。

日々の行動──顕微鏡の照明はこまめに消すが、包装への声はまだ小さい

実際の行動レベルではばらつきが目立ちました。日常的に「常に」実施されている行動として最も多かったのは「使用していないときに顕微鏡の照明を消す」で70.3%(529/753)。一方、「サプライヤーに過剰包装についてフィードバックを送る」を「常に」行っているのは8.1%(61/750)にとどまり、35.9%(269/750)が「一度もない」と回答しています。

個人防護具についても差が見られました。再利用可能な布製キャップを「常に」使用する回答者は39.3%(296/753)で、「一度も使わない」の21.4%(161/753)を上回りましたが、使い捨てシューカバーについては34.7%(261/752)が「一度も使わない」一方、17.7%(133/752)は「常に使う」と回答しており、地域差も報告されています(メキシコ、ブラジル、南アフリカ、エジプトなどで使用頻度が高い傾向)。使用期限切れの在庫や余剰な使い捨て器具の廃棄についても、最も多い回答は「まれにある」(それぞれ36.0%)で、日常的な廃棄が一定程度生じている実態がうかがえます。

紙かデジタルか──同意書とラボノートの実情

患者への同意取得方法については、「主に紙」が39.2%(295/753)、「主にデジタル」が33.9%(255/753)、「両方を同程度」が26.2%(197/753)でした。紙を使い続ける理由としては、「法的要件」(41.9%、188/449)が最多で、次いで「ソフトウェア導入費用」(20.0%、90/449)、「IT支援の不足」(15.1%、68/449)、「署名の真正性への懸念」(9.8%、44/449)が挙げられています。ラボノート(培養記録)については、66.0%(497/753)が「デジタルと紙の併用」と回答し、紙のみを使用する施設で1周期あたりに使うA4用紙の枚数は、中央値2枚(四分位範囲2〜6枚)でした。

「グリーンチーム」への期待と、支援の手薄さ

環境・サステナビリティに特化した院内チーム(グリーンチーム)を実際に持つ施設は23.4%(176/753)にとどまり、そのうち「効果的に機能している」と感じているのは65.3%(115/176)でした。一方、57.6%(434/753)が「チームはないが、あればよいと思う」と回答しており、潜在的な関心の高さがうかがえます。他施設とグリーンな取り組みを共有する「グリーンアライアンス」への参加意向は、「強く関心がある」50.6%(381/753)、「やや関心がある」32.3%(243/753)と、8割以上が前向きな姿勢を示しました。

支援体制についての評価は分かれました。自施設のクリニックマネジメントからの支援については、「強く同意する」「やや同意する」を合わせて56.8%(428/753)と比較的高い評価だった一方、専門学会や行政機関からの支援については「どちらともいえない」が29.1%(219/753)と最多で、明確な支持は乏しい傾向が見られました。ARTサプライヤーからの支援についても評価は分かれ、イタリアやナイジェリアでは支持的な回答が多かった一方、英国とアメリカでは半数前後が「支援を感じない」と回答しています(それぞれ54.0%、45.1%)。

何が導入を妨げているのか──治療成績への不安が最大の壁

グリーンな取り組みを進めるうえでの懸念事項を順位付けしてもらったところ、最も多くの回答者が第1位に挙げたのは「治療成績への悪影響」で39.3%(297/753、P<0.001)でした。これに「費用の増加」「規制上の懸念」が続き、「スタッフの安全性への影響」や「効果を示すエビデンスの乏しさ」は相対的に懸念の順位が低い結果でした。

自由記述では、241人が追加のコメントを寄せ、うち155人が具体的な懸念や提案を示しました。最も多かったのは「職場の同僚や管理者からの支援不足」(18.8%、33/176)で、次いで「業務負担・時間的制約への懸念」(14.8%、26/176)、「利用可能なグリーンな代替手段についての知識不足」(14.2%、25/176)が挙げられています。誰が主導すべきかという設問では、「ARTサプライヤー」を上位2位以内に選んだ回答者が50.6%(381/753)にのぼり、業界内では現場の努力だけでなく、供給側の変化を求める声が強いことが示されました。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、IVFラボにおける環境負荷やサステナビリティを主題とした調査・議論はまだ限られています。今回のデータは、治療成績への影響を懸念する声が世界共通で最も大きいことを示しており、日本の現場でグリーンな取り組みを検討する際にも、まず品質管理や標準作業手順との整合性を確保したうえで進める必要があることを裏付けています。

紙の同意書やラボノートに関する結果は、日本の医療現場が抱える課題とも重なる部分があります。電子カルテや電子同意への移行が法的要件や既存の運用によって進みにくい状況は、他国の臨床現場でも共通してみられる障壁であり、規制当局との対話を通じた段階的なデジタル化が、今後の検討課題になり得ます。また、サプライヤーへのフィードバックという行動が世界的にも低調である点は、日本の施設が個別に声を上げるよりも、学会や業界団体を通じた集団的な働きかけのほうが実効性を持ちやすい可能性を示唆しています。

研究の強みと限界

本調査の強みは、83カ国、754人という規模で、ART専門職のサステナビリティに関する意識と行動を対象にした調査としてはこれまでで最大規模である点にあります。人口統計学的な属性による有意な差が乏しく、年齢・性別・経験年数を問わず、サステナビリティの重要性については比較的広いコンセンサスが存在することを示した点も特徴です。

一方で限界も指摘されています。第一に、調査はInternational IVF Initiativeのメーリングリストおよびソーシャルメディアを通じて配信されたため、もともと関心の高い層が回答しやすい自己選択バイアスの可能性があります。第二に、配信方法の性質上、調査が到達した対象者の総数が不明であり、回答率や無回答バイアスを検証することができません。第三に、環境負荷を定量的に示すデータ(炭素排出量や廃棄物量など)は依然として乏しく、具体的な介入がどの程度の効果を持つかについては、今後の研究による裏付けが必要とされています。

おわりに

今回の調査は、ART分野の臨床従事者が広くサステナビリティへの関心を共有しつつも、治療成績への影響や費用、規制上の懸念といった要因が実際の行動を妨げていることを、世界規模のデータで初めて示したものです。研究チームは、ラボスタッフ、クリニックマネジメント、専門学会、行政、そしてサプライヤーがそれぞれの立場で関与する多層的な取り組みが必要であるとしています。今回の結果は、IVFラボにおける持続可能な実践のあり方を検討するうえでの土台となるものであり、今後は環境負荷を定量的に評価する研究や、サプライヤーを含めた業界横断的な協働の進展が期待されています。

参考文献

1. Farlie F, Gorbunova A, Paredes O, Woolley TE, Alikani M, Cohen J, Palmer GA. Balancing science and sustainability in ART: an international survey of green issues in IVF laboratories. Reprod Biomed Online 2026;53(4):105804. doi:10.1016/j.rbmo.2026.105804.

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