体外受精をはじめとする生殖補助医療(ART)において、卵巣刺激に対する反応が乏しい「卵巣低反応(poor ovarian response, POR)」は、治療成績を左右する大きな課題です。PORはART対象者の5〜35%に見られるとされ、加齢やライフスタイルの変化に伴って年々増加傾向にあるとも報告されています。原因としては加齢や卵巣手術歴、化学療法歴などが知られていますが、その病態は複雑で、環境要因の関与についても近年注目が集まりつつあります。
大気汚染物質への曝露が卵巣の反応性を低下させることは、複数の研究ですでに示されてきました。一方で、緑地の多い環境がもたらす健康上の恩恵――ストレス軽減や抗酸化作用、身体活動の促進など――が、卵巣機能にどう関わるのかは、これまでほとんど検証されてきませんでした。
こうした背景のもと、中国・長沙の生殖医療センターで実施されたコホート研究が、Ecotoxicology and Environmental Safety誌(2026年)に掲載されました。衛星リモートセンシングによる緑地指標と、6,509人の卵巣刺激データを突き合わせ、居住地の緑の量とPOR、そして卵巣感受性指数(OSI)との関連を検証した内容です(doi:10.1016/j.ecoenv.2026.120513)。
方法──緑地の量を衛星画像で測り、卵巣の反応と突き合わせた
対象は、2016年9月から2024年12月にかけて、湖南省母子保健病院の生殖医療センターで初めて卵巣刺激による不妊治療を受けた女性です。卵巣手術歴のある人や提供精子・提供卵子を用いた人などを除外し、最終的に6,509人が解析対象となりました。参加者の平均年齢は32.9歳、PORの有病率は8.32%でした。
緑地の量は、米国航空宇宙局(NASA)の衛星データをもとに算出される正規化植生指数(NDVI)という指標で評価されました。NDVIは-1から1の値をとり、値が高いほど植生が密であることを示します。各参加者の自宅住所を中心に半径1,000メートルの円を設定し、採卵の1年前・2年前・3年前における月別の平均NDVIを算出することで、長期的な緑地への曝露レベルを推定しました。
PORの判定には国際的に広く使われる「ボローニャ基準」が用いられ、①年齢40歳以上、②採卵数3個以下、③抗ミュラー管ホルモン(AMH)1.1ng/mL以下、のうち2項目以上を満たす場合にPORと診断されました。また、採卵数をゴナドトロピン投与量で割って1000を掛けた「卵巣感受性指数(OSI)」も算出され、卵巣の反応性を評価するもう一つの指標として用いられました。解析では、BMIや婚姻状況、不妊期間、職業、採卵時期、卵巣刺激プロトコル、各種ホルモン値などの要因を調整したロジスティック回帰モデルおよび線形回帰モデルが用いられています。
緑地への曝露が多いほど、卵巣低反応のリスクは半減
緑地への曝露量とPORの関連を見ると、明確な用量反応関係が確認されました。各種因子を調整したモデルでは、緑地への曝露がもっとも多い群(第4四分位)は、もっとも少ない群(第1四分位)と比べて、採卵1年前の曝露でオッズ比0.51(95%信頼区間0.40〜0.67)、2年前で0.50(0.38〜0.65)、3年前で0.50(0.38〜0.65)と、いずれの期間でもPORのリスクがおよそ半分にとどまっていました。緑地の量を四分位範囲(IQR)1単位分増やすごとに見た場合でも、オッズ比は0.65(0.56〜0.75)前後と、一貫した関連が示されています。
この関連は直線的ではなく、緑地の量がある程度まで増えるとリスク低下が頭打ちになる非線形のパターンを示していました(いずれの曝露期間でも非線形性の検定でP<0.05)。つまり、緑地がまったくない環境からわずかに緑が増えるだけでも、リスク低下の効果が比較的大きく現れる可能性が示唆されています。
卵巣感受性指数(OSI)も、緑の量に応じて上昇
卵巣の反応性をより直接的に表すOSIについても、緑地への曝露量が多いほど値が高くなる関連が見られました。調整後のモデルでは、緑地への曝露がもっとも多い群は、もっとも少ない群と比べて、採卵1年前の曝露で回帰係数0.123(95%信頼区間0.051〜0.196)、2年前で0.135(0.062〜0.207)、3年前で0.131(0.058〜0.204)、それぞれ有意にOSIが高いという結果でした。IQR1単位分の増加あたりでは、回帰係数0.070〜0.072程度の上昇が、すべての曝露期間で確認されています。こちらもPORと同様、緑地の量に応じた非線形の用量反応関係が示されました。
恩恵の大きさは、BMIによって変わる
BMI別に見た解析では、興味深い違いが浮かび上がりました。BMI24kg/m²未満の女性では、緑地への曝露が多いほどPORのリスクが明確に低下し、たとえば採卵1年前の曝露では、もっとも緑地が多い群のオッズ比が0.38(95%信頼区間0.27〜0.52)にまで下がっていました。一方、BMI24kg/m²以上の女性では、統計学的に有意な関連は認められませんでした(交互作用のP<0.05)。
OSIについても、BMI24kg/m²未満の群では緑地への曝露量に応じた上昇が一貫して見られましたが、BMIによる交互作用そのものは統計学的に有意ではありませんでした。研究班は、肥満に伴うインスリン抵抗性や慢性炎症が、緑地環境がもたらす抗炎症・代謝改善効果を弱めている可能性を指摘しています。
考えられるメカニズム
本研究は観察研究であるため、緑地が卵巣機能に影響する具体的な生物学的経路を直接検証したわけではありません。ただし、これまでの知見から、いくつかの仮説が示されています。第一に、緑豊かな環境との接触が腸内細菌叢を介して「腸-卵巣軸」に働きかけ、卵巣の微小循環や代謝環境を整える可能性です。第二に、緑地の多い地域では屋外での身体活動の機会が増えやすく、運動習慣が卵巣の血流やホルモンバランス、インスリン抵抗性の改善につながる可能性です。第三に、緑地が持つ抗炎症・抗酸化作用や、心理的ストレスを緩和する働きが、卵巣機能の低下に関わる酸化ストレスや慢性炎症を抑える方向に作用している可能性です。これらはいずれも仮説の段階であり、今後の介入研究や機序解明研究による検証が必要とされています。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本でも、都市化の進行や生活環境の変化が生殖年齢層の健康に及ぼす影響については、これまで十分な検証が行われてきたとは言えません。今回の結果は、居住環境という、これまであまり注目されてこなかった要因が、卵巣の反応性と関連している可能性を示すものです。もっとも、本研究のデータは中国・湖南省という単一地域に限られており、気候や都市構造、生活習慣の異なる日本にそのまま当てはめられるかどうかは、慎重な検討が必要です。
臨床現場では、緑地環境そのものを直ちに治療方針に組み込むことは難しいものの、体重管理や生活環境への意識づけといった、患者への説明の一材料として今回の知見を位置づけることは考えられます。特にBMIが標準範囲にある女性で関連がより明確だった点は、体重管理と環境要因が相互に作用し合う可能性を示唆しており、今後の研究テーマの一つになり得ます。
研究の強みと限界
本研究の強みは、6,509人という比較的大規模な集団を対象に、衛星データという客観的な指標を用いて緑地曝露を評価した点、そしてPORとOSIという2つの指標で一貫した関連を示した点にあります。年齢やPM2.5、気温などを追加調整した感度分析でも、結果は大きく変わりませんでした。
一方で限界も複数指摘されています。第一に、緑地への曝露は自宅住所のみから評価されており、通勤先や外出先での緑地との接触は考慮されていません。第二に、対象者が中国の一省に限られているため、気候や植生分布、医療体制の異なる地域への一般化には注意が必要です。第三に、心理的ストレスや喫煙、飲酒、食習慣、遺伝的要因といった、卵巣機能に影響しうる複数の交絡因子が、診療記録の制約から調整できていません。第四に、後方視的な観察研究であるため因果関係を証明するものではなく、BMI24kg/m²以上の群は該当者数が少なく、統計学的な検出力にも限界がありました。
おわりに
今回の研究は、居住地の緑地環境と卵巣の反応性との関連を大規模な集団で検討した、これまでにない試みです。緑地への曝露が多い女性ほど卵巣低反応のリスクが低く、卵巣感受性指数も高いという関連が示され、その傾向はBMIが標準範囲にある女性でより明確でした。因果関係の証明には至っておらず、今後は前向き研究や介入研究による検証が必要とされていますが、生殖年齢の女性の健康を考えるうえで、居住環境という新たな視点を提供する結果と言えます。
参考文献
1. Wu X, Ouyang M, Yang X, Shu Y, Yang L, Wu M. Impact of long-term exposure to greenness on poor ovarian response and ovarian sensitivity index in assisted reproductive technology patients. Ecotoxicol Environ Saf 2026;322:120513. doi:10.1016/j.ecoenv.2026.120513.
