癒着胎盤は「深さ」より「位置」で捉える新しい発想──画像診断と手術戦略を再設計するトポグラフィー分類

癒着胎盤スペクトラム(PAS)は、胎盤の一部が子宮筋層に異常に付着する疾患で、重症の産科出血や周産期子宮摘出の主要な原因のひとつです。帝王切開の増加に伴い、下部子宮segmentの帝王切開瘢痕の上に前置胎盤または低置胎盤が形成される症例が増えており、現在ではPAS患者の9割以上が帝王切開の既往を持つとされています。

出生前診断の精度は近年向上してきましたが、同じ超音波所見を示す患者であっても、実際の手術の難易度や、子宮を温存できるかどうかは大きく異なることが臨床上の課題として残されてきました。従来のPAS分類は「絨毛が筋層をどれだけ深く侵入しているか」という深達度の概念(癒着胎盤・嵌入胎盤・穿通胎盤)を中心に組み立てられていますが、この考え方だけでは、手術所見の多様性や、子宮温存手術の適否を十分に説明できないことが指摘されてきました。

こうした背景のもと、American Journal of Obstetrics and Gynecology誌(2026年)に、PASの病態理解、出生前画像診断、血管解剖、手術戦略を統合した総説(クリニカルオピニオン)が掲載されました(doi:10.1016/j.ajog.2026.07.020)。複数国の専門施設に所属する研究者チームが執筆したもので、深達度ではなく病変の「位置(トポグラフィー)」に基づいて手術を計画するという枠組みを提示しています。

「侵入する胎盤」ではなく「欠損した筋層」という理解

PASは長らく、脱落膜が失われた部分で絨毛組織が子宮筋層に直接浸潤する現象として説明されてきました。しかし総説が引用する近年の知見は、この理解を修正するものです。妊娠が進むにつれて脱落膜は本来生理的に菲薄化するため、脱落膜の欠如だけでは異常付着を説明できません。むしろ重要なのは、過去の子宮手術(とくに帝王切開)によって生じた筋層の瘢痕欠損そのものであり、この欠損部が胎盤の異常な発育を許容する「土壌」になっているという考え方です。

この枠組みでは、PASは正常な筋層に浸潤する能力を胎盤側が持っている疾患というよりも、瘢痕によって脆弱化した筋層の環境の上に胎盤が発育してしまう現象として位置づけられます。総説はこれを「種(seed)」ではなく「土壌(soil)」の異常と表現しています。帝王切開瘢痕部は筋層が薄く、正常な螺旋動脈の血流ではなく、より太い放射状動脈から直接血流を受けるため、絨毛間腔がゆがみ、線維素の沈着が過剰になり、胎盤剥離面(Nitabuch膜)の連続性が失われると説明されています。

従来「穿通胎盤(percreta)」とされてきた所見、すなわち胎盤組織が子宮漿膜を越えて膀胱などに浸潤しているように見える状態についても、再検討が加えられています。新鮮な子宮摘出検体を用いた検討では、絨毛組織や絨毛外栄養膜細胞が瘢痕部の漿膜を越えて存在する明確な証拠は乏しく、手術中に観察される膀胱との癒着の多くは、過去の帝王切開に伴う線維化や創傷治癒の結果であり、今回の妊娠での「浸潤」そのものではない可能性が示されています。

病変の「深さ」ではなく「位置」が手術の難易度を決める

総説が提案する枠組みの中心は、病変の解剖学的な位置に基づく分類です。子宮は血管支配の観点から2つの領域に分けられます。腹膜翻転部より上に位置し、子宮動脈と卵巣動脈が主に灌流する「S1」領域と、腹膜翻転部より下に位置し、腟子宮動脈(コルポ子宮動脈)が灌流する「S2」領域です。S1領域の病変は膀胱剥離を伴わずに比較的容易に到達できるのに対し、S2領域の病変は膀胱の剥離・授動を経て初めて到達できるため、手術の難易度と出血のリスクが大きく異なるとされています。

この考え方に基づき、病変は上前壁(Type 1)、上側壁(Type 2上部)、下側壁(Type 2下部)、下前壁(Type 3)、癒着が強く膀胱剥離が困難な下前壁(Type 4)、後壁上部・下部(Type 5)といった型に分類されます。子宮頸部や下部子宮segmentに強い血管増生所見がみられる場合、それは胎盤組織が頸部や膀胱に「浸潤」しているのではなく、瘢痕欠損部に発育した胎盤が血流を求めて周囲の血管を動員した結果と解釈されます。この解釈の転換により、頸部の血管増生所見を子宮摘出の絶対的な適応と捉えるのではなく、健常な筋層がどの程度残存しているかを丁寧に評価する対象として捉え直すことが可能になります。

胎児娩出前の「膀胱剥離」がすべての治療選択の起点になる

総説では、PASのほぼすべての管理オプション(子宮摘出、胎盤遺残による待機的管理、子宮温存手術)に共通する必須のステップとして、膀胱の剥離と授動が挙げられています。胎児娩出前、あるいは子宮摘出開始前にこの操作を行うことで、子宮の前壁・側壁を露出させ、トポグラフィー分類を確定し、病変の尾側にどの程度健常な筋層が残っているかを評価できます。これは「手術的ステージング」と呼ばれ、最終的な治療方針を決めるための重要な診断ステップと位置づけられています。

治療方針の選択については、3つの問いが提示されています。(1)膀胱を子宮から安全に剥離できるか、(2)頸部の上方に健常な筋層が2cm以上残っているか、(3)子宮周囲の50%以上が健常な筋層で構成されているか、という3点です。これらすべてを満たす場合には一段階温存手術(one-step conservative surgery、OSCS)が推奨され、健常な筋層が不十分な場合には子宮摘出が、膀胱剥離自体が困難な場合には改良型部分子宮摘出術が、それぞれ推奨される選択肢として整理されています。

OSCSは、病変部(瘢痕欠損部が胎盤の発育によって膨隆した部分)を胎盤とともに一塊として切除したうえで、切除断端の上下の健常な筋層縁を縫合して子宮の形態を再建する方法です。総説が引用する複数の報告では、PAS患者の半数以上がOSCSで管理可能であったこと、前壁上部病変(Type 1)ではOSCSが子宮摘出に比べて手術時間の短縮や輸血量の減少と関連していたこと、OSCS後の妊孕性や次回妊娠の転帰が通常分娩と同程度であったことなどが示されています。

資源の乏しい環境にも応用できる枠組み

総説は、低・中所得国におけるPAS管理という論点にも紙幅を割いています。多くの国際的な管理ガイドラインは、熟練した手術チームや高度な設備を前提としていますが、輸血用血液や薬剤の供給が限られる地域は少なくありません。出生前の超音波によるステージングと術中のステージングを組み合わせることで、尿管ステントや大動脈バルーンといった高価で希少な資源を、真に必要性の高い重症例(下側壁病変や膀胱剥離が不能な症例など)に絞って準備することができると述べられています。

また、経験の少ない施設が予期せずPASに遭遇した場合の対応として、皮膚切開を延長し子宮底部切開で胎児を娩出したうえで胎盤には触れず、定義的な管理が可能な施設に紹介するという方法も紹介されています。テレメディシンによる症例相談、低コストのシミュレーターを用いたトレーニング、多施設共同のワークショップなどを通じて、年間4〜10例程度しか扱わない施設でも、超音波・手術ステージングとOSCSを安全に導入できたとする報告が複数示されています。

日本の産科診療にとっての意味

日本では、PASの取り扱いについて、深達度に基づく従来の分類やFIGO分類が主に用いられており、病変の位置に着目したトポグラフィー分類はまだ広く普及しているとは言えません。今回示された枠組みは、出生前の超音波評価において、単にPASのリスクを判定するだけでなく、頸部や下部子宮segmentの血管所見、健常な筋層の残存範囲を詳細に記述し、それを手術チームに正確に共有することの重要性を示しています。

臨床現場では、超音波検査を担当する医師と実際に手術を行う医師が異なることも多く、両者の間で所見の解釈が食い違う場合があります。総説が提案するような、病変の位置を図示した所見報告や、術中の膀胱剥離を診断ステップとして位置づける考え方は、多職種チームでの情報共有を円滑にする一助になり得ると考えられます。また、子宮温存を強く希望する患者に対しては、深達度の推定だけでなく、病変の位置と残存筋層の評価を踏まえたうえで、温存手術の可能性について個別に説明する余地があることが示唆されています。

総説の位置づけと限界

本稿はクリニカルオピニオンであり、新たな症例データを提示する原著研究ではなく、既存のエビデンスを統合して実践的な枠組みを提案するものです。トポグラフィー分類やOSCSの有効性を支持する報告の多くは、特定の研究グループが関与した単一施設または少数の多施設研究に基づいており、無作為化比較試験によるエビデンスは限定的です。また、著者らも、病態生理の代替的な解釈や、子宮温存手術の適応基準については、今後も議論が続く領域であることを認めています。

トポグラフィー分類やOSCSを安全に実施するための標準化された研修プログラムは、現時点では確立されていません。著者らは、こうしたスキルの習得に必要な症例数や到達基準を定める教育カリキュラムの整備を、国際的な学会が優先的に取り組むべき課題として挙げています。

おわりに

今回の総説は、癒着胎盤スペクトラムを「絨毛が正常な筋層に侵入する疾患」としてではなく、「瘢痕によって脆弱化した筋層の上に胎盤が発育する疾患」として捉え直し、病変の深さではなく位置(トポグラフィー)に基づいて手術戦略を組み立てる枠組みを提示するものです。周産期子宮摘出は依然として一部の患者にとって最も安全で適切な選択肢であり続けますが、この枠組みは、子宮温存を含むより幅広い管理選択肢を、客観的な基準に基づいて検討するための土台になり得ます。著者らは、この枠組みが今後の前向き研究や多施設共同の検証を通じてさらに発展していくべきものであるとしています。

参考文献

1. Nieto-Calvache AJ, Palacios-Jaraquemada JM, Jauniaux E, Hussein AM, Afshar Y, Coutinho CM, Bartels HC, Suarez-Revelo MA, Aryananda RA, Campos C, Benavides JP. Rethinking Placenta Accreta Spectrum: A Topography-Based Framework for Prenatal Imaging and Individualized Surgery. Am J Obstet Gynecol. 2026. doi:10.1016/j.ajog.2026.07.020.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です