子宮内膜が受精卵(胚)を受け入れやすい状態になる期間は「着床の窓」と呼ばれ、多くの女性ではおよそ3〜4日間しか続かないとされています。この窓の時期が前後にずれたり短くなったりすると、良好な胚を移植しても着床に至らないことがあり、体外受精治療における難しい課題のひとつとされてきました。
子宮内膜の受容能(着床の窓が開いているかどうか)を調べる方法としては、内膜組織を採取する生検が従来から用いられてきました。しかし、この方法は侵襲的であり、移植周期そのものの内膜を検査に使うことができないため、前周期のデータをもとに移植のタイミングを決めざるを得ないという限界がありました。近年注目されている子宮内膜受容能検査(ERA)も、内膜組織の採取という点では同様の制約を抱えています。
こうした背景のもと、Methods誌(2026年)に、胚移植に使ったカテーテルの先端に残った子宮液・細胞を用いて子宮内膜の受容能を予測する手法を検証した研究が報告されました(doi:10.1016/j.ymeth.2026.07.008)。移植そのものの妨げにならない非侵襲的な方法として、実用化が期待される内容です。
方法──移植カテーテルの残液を、遺伝子発現で読み解いた
対象は、2021年6月から2022年3月にかけて中国・上海の生殖医療センターで、自己卵を用いた新鮮または凍結胚移植周期を受け、その後臨床妊娠(超音波検査で胎嚢または心拍が確認された状態)に至った223周期です。子宮内膜の状態が「着床前」であると想定される初期胚(受精後3日目、D3)移植のカテーテル残液96検体と、「着床可能」と想定される胚盤胞(受精後5日目、D5)移植のカテーテル残液127検体が集められました。
胚移植の際、カテーテルの先端はわずかな陰圧によって子宮腔内の液や細胞を吸着します。この残留物をリン酸緩衝生理食塩水で洗い流して回収し、遠心分離を経て細胞を抽出、全RNAシークエンシング(トランスクリプトーム解析)にかけました。1検体あたりに含まれる細胞数は、およそ300〜2,000個と推定されています。
223検体は、遺伝子(シグネチャー遺伝子)の選定とモデル構築に用いる訓練セット(111検体、D3が48、D5が63)と、そのモデルの性能を検証するテストセット(112検体、D3が48、D5が64)にランダムに分けられました。訓練セットのデータから、D3とD5のあいだで発現量が有意に異なる遺伝子(DEG)を抽出するとともに、既報の子宮内膜シングルセル解析データを参照して上皮細胞・マクロファージで動的に変化する遺伝子を絞り込み、両者を統合したうえでランダムフォレストという機械学習アルゴリズムによってモデルの学習を行いました。
カテーテルの残液には、内膜の上皮細胞とマクロファージが多く含まれていた
解析の前提として、カテーテル残液に十分な子宮内膜細胞が含まれているかどうかが検証されました。細胞の種類構成を推定する解析(CIBERSORT)の結果、線毛のない上皮細胞が最も多く、次いでマクロファージ、リンパ球が多く含まれていることが確認され、検体ごとの構成にはばらつきが見られました。この結果は、カテーテル残液が子宮内膜の情報を反映した検体として利用できることを裏づけるものです。
D3とD5のあいだでは、1,725個の遺伝子で発現量に有意な差が認められ、そのうち1,071個がD5で増加、654個がD5で減少していました。増減した遺伝子群の機能を解析したところ、走化性(細胞の移動を誘導するしくみ)、細胞接着、免疫関連の経路(T細胞活性化の調節、白血球同士の接着など)が多く含まれており、ケモカインシグナル伝達経路や自然免疫・獲得免疫に関わる複数の経路が有意に濃縮されていました。着床期には子宮内膜の免疫環境が大きく変化することが、これらの結果からもうかがえます。
57個の遺伝子で、精度83%・AUC 0.91の予測モデルに
最終的に、内膜の受容能を予測するために57個のシグネチャー遺伝子が選定されました。この遺伝子群の中では、生体アミンの代謝、MHCクラスII複合体、抗原提示に関わる機能などが濃縮されており、経路解析ではグルタチオン代謝が最も強く濃縮されていました。相関の強い上位3遺伝子(ADAMDEC1、SPP1、GPX3)については、RNAシークエンシングのデータでD5(着床可能とされる時期)における発現上昇が確認され、別の手法(RT-qPCR)による検証でも同じ傾向が再現されています。
この57遺伝子を用いてランダムフォレストで学習したモデルをテストセットに適用したところ、AUC(曲線下面積、1.0に近いほど高精度)は0.9159、正診率は83.03%、特異度85.93%、感度79.16%という結果が得られました。訓練セットでのAUCは1.00に達していましたが、論文はこれについて、訓練データ111検体に対して特徴量となる遺伝子が57個と比較的多く、過学習(モデルが訓練データに過剰に適合してしまう現象)が生じている可能性を明確に認めています。10分割交差検証や再帰的特徴削減といった手法で頑健性を高める工夫が取られたものの、より大規模で独立したデータでの検証が今後必要とされている点には留意が必要です。
既存の内膜受容能マーカー研究(ERA検査で選定された238遺伝子群や、複数のメタ解析で報告されたマーカー群など)との重なりは、SPP1、C4BPA、DPP4、GPX3、MAOA、NNMT、IDO1、CPなど、全体のおよそ2割にとどまりました。論文は、研究ごとに検体の採取時期や対象集団、解析手法の基準(発現変化の閾値など)が異なることが、この重なりの小ささに影響している可能性を指摘しています。
臨床的な意味と日本の生殖医療現場への含意
日本の生殖医療現場では、内膜組織の生検を伴う検査は患者の身体的負担が大きく、また移植周期そのものの内膜を評価できないという制約が指摘されてきました。今回示された手法は、移植の操作自体で得られる残液を利用するため、追加の侵襲的な処置を必要とせず、移植と同じ周期の内膜情報が得られる点に特徴があります。
ただし、論文自身が明記しているとおり、この研究で構築されたモデルは、移植した周期の内膜状態を移植後に評価するものであり、その周期の移植タイミングをリアルタイムで調整するためのものではありません。妊娠が成立しなかった場合に、モデルが内膜受容能の異常を示していれば次周期の内膜調整プロトコルの見直しに役立てられる一方、内膜受容能が良好と判定されれば、胚の質など他の要因に注意を向ける手がかりになるとされています。日本の臨床現場でこうした手法を取り入れる場合も、移植当日の判断材料としてではなく、次周期以降の方針決定を支える補助的な情報として位置づけることが妥当と考えられます。
研究の強みと限界
本研究の強みは、内膜生検よりも侵襲性の低い方法で、実際に妊娠に至った周期のデータを用いてモデルを構築・検証した点、そしてカテーテル残液に含まれる細胞構成や免疫関連遺伝子の変化まで詳細に解析した点にあります。
一方で限界も複数指摘されています。第一に、前述のとおり訓練セットでのAUC 1.00とテストセットでのAUC 0.91という差は過学習を示唆しており、より大規模かつ多施設のデータによる外部検証が必要です。第二に、本研究は単一施設での後方視的研究であり、選択バイアスや未測定の交絡因子の影響を否定できません。第三に、対象を「着床前」と「着床可能」の2群に絞っており、着床可能な時期を過ぎた「着床後」の内膜状態を予測できるかは検証されていません。第四に、解析対象はすべて妊娠が成立した周期の検体であり、妊娠が成立しなかった周期のデータは含まれていません。これは、着床不全の原因が胚側の要因など内膜受容能以外にも多岐にわたり、これらを十分に除外できないための判断とされていますが、着床不全例を含めた検証は今後の課題として挙げられています。
おわりに
今回の研究は、胚移植カテーテルに残った子宮液・細胞という、従来は廃棄されていた検体から子宮内膜受容能を予測できる可能性を示したものです。57個のシグネチャー遺伝子を用いたモデルは、テストセットでAUC 0.91、正診率83%という結果を示し、免疫関連の遺伝子発現の変化が着床期の内膜で重要な役割を果たしていることも確認されました。過学習の可能性や検体の偏りといった限界を踏まえたうえで、多施設・大規模なデータによるさらなる検証が、臨床応用に向けた次の課題として位置づけられています。
参考文献
1. Chen M, Zhou D, Zou Y, Wang Y, Sun J, Mao Y, Li T, Chen Y, Niu J, Pan J, Guo Y, Liang S, Zhao M, Li K, Liu W, Bukulmez O, Yeung WSB, Lu S, Sun H, Teng X. Sequencing of uterine fluid is a promising tool for predicting endometrial receptivity: a proof-of-concept study. Methods 2026;254:212-220. doi:10.1016/j.ymeth.2026.07.008.
