体外受精(IVF)における精液採取前の禁欲期間(ejaculatory abstinence, EA)については、世界保健機関(WHO)が2〜7日、欧州ヒト生殖医学会(ESHRE)と北欧アンドロロジー学会(NAFA)が3〜4日という、やや幅のある推奨を示してきました。禁欲期間が長いほど精液量や総精子数は増える一方、精子のDNA損傷が蓄積しやすくなるという報告もあり、どの程度の禁欲期間がIVFの成績にとって望ましいのかは、長らく決着のつかない論点でした。
これまでの研究の多くは、顕微授精(ICSI)を対象としたものか、IVFとICSIを混在させたデータに基づくものでした。IVF単独を対象に、精液所見だけでなく妊娠率・流産率・生児出生率までを大規模に検証した研究は、これまで十分に存在しませんでした。
こうした背景のもと、Andrology誌(2026年)に、英国の単一施設で2013年から2022年にかけて実施された2,899カップル、3,873周期を対象とした後方視的コホート研究が掲載されました。禁欲期間を2日、3日、4日、5〜7日の4群に分け、精液所見と胚盤胞形成率、そして妊娠・流産・生児出生といった臨床成績との関連を、多変量解析によって検証した内容です(doi:10.1111/andr.70322)。
方法──禁欲期間別に、精液所見から出産まで追跡した
対象は、2013年から2022年にかけて英国の単一生殖医療施設で自己卵子・パートナー新鮮精子を用いたIVF周期を受けた2,899カップル、3,873周期です。禁欲期間が2日未満または7日を超える周期、卵巣刺激で採卵に至らなかった周期、提供精子を用いた周期は除外されました。禁欲期間は2日(1,681周期)、3日(1,609周期)、4日(392周期)、5〜7日(191周期)の4群に分けられました。
精液所見(総精子数、精子濃度、総運動精子数、精液量など)、胚盤胞形成率、高品質胚盤胞形成率、そして胚移植後の妊娠率・流産率・生児出生率が評価されました。解析には、男性年齢や精液所見、女性年齢・BMI・採卵数といった交絡因子を調整した二項一般化線形混合モデルおよびロジスティック回帰モデルが用いられ、多重比較の補正にはBenjamini-Hochberg法による偽発見率(FDR)調整が適用されました。
精液所見は禁欲期間とともに向上、しかし胚盤胞形成率には差がなかった
禁欲期間が長いほど、総精子数、精子濃度、総運動精子数、精液量は有意に増加しました(いずれもp<0.001)。禁欲2日群の総精子数(中央値)は65.6×10⁶/射精であったのに対し、5〜7日群では92.5×10⁶/射精でした。これは、禁欲期間が長いほど精子が量的に豊富になるという、従来の知見と一致する結果です。
一方で、胚盤胞形成率は禁欲期間によってほとんど変わりませんでした。禁欲2日群の胚盤胞形成率は63.2%、5〜7日群は61.4%で、調整後オッズ比(aOR)は0.996(95%信頼区間0.951〜1.044、p>0.05)と、統計学的な差は認められませんでした。高品質胚盤胞形成率についても同様に、有意な関連は見られませんでした(aOR 0.985、95%信頼区間0.915〜1.060)。精液所見の数字上の改善が、必ずしも胚の発育能力の向上には直結していないことがうかがえます。
妊娠率は禁欲期間とともに低下、生児出生率も同じ傾向を示した
最も注目される結果は、胚移植後の臨床成績です。妊娠率は禁欲期間が長くなるにつれて有意に低下し、禁欲2日群で61.2%、3日群で57.7%、4日群で50.4%、5〜7日群で48.6%でした。多変量調整後のオッズ比は0.786(95%信頼区間0.685〜0.903、p<0.001)で、多重比較のためのFDR補正後も有意性は維持されました(FDR調整後p=0.003)。禁欲期間が1日延びるごとに、妊娠のオッズがおよそ2割低下する計算になります。
生児出生率についても、禁欲2日群で44.6%、5〜7日群で38.6%と同様に低下する傾向が見られましたが、統計学的な有意水準には届きませんでした(aOR 0.886、95%信頼区間0.769〜1.020、p=0.0921)。流産率は禁欲期間による有意差が見られませんでした(aOR 0.880、95%信頼区間0.678〜1.141)。ただし5〜7日群は生児出生数がわずか28件と少なく、差を検出する力(検出力)自体が不足していた可能性が指摘されています。
なお、移植可能な胚が得られず周期がキャンセルとなった割合は、禁欲期間が長いほどむしろ低くなっていました(2日32.8%に対し5〜7日27.7%)。これは、禁欲期間が長い群で精子数が多く、受精・胚盤胞到達に必要な最低限の胚が確保されやすかったことを反映していると考えられます。
年齢や精液所見で層別化しても、妊娠率低下の傾向はおおむね一致した
追加のサブグループ解析では、35〜39歳の女性においては禁欲期間と妊娠率低下の関連が主解析と同様に維持されました(aOR 0.736、95%信頼区間0.605〜0.895)。一方、35歳未満および40歳以上の女性、また精液所見が異常だった周期のサブグループでは、有意な関連は確認されませんでした。この違いは、生物学的な差というよりも、各サブグループの症例数が少なく統計学的な検出力が不足していたことによる可能性が高いとされています。実際、最も症例数の多い35〜39歳群では一貫して有意差が確認されており、全体としての傾向を支持する結果と解釈されています。
欠測していた女性BMIデータを補って行った感度分析や、着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)を行った周期を除外した解析でも、禁欲期間と妊娠率低下の関連は同様に確認されました。加えて、傾向スコアを用いた重み付け解析では、禁欲期間2日群と比べて5〜7日群で高品質胚盤胞形成率が有意に低いという新たな知見も得られています(aOR 0.320、95%信頼区間0.206〜0.498)。この結果は主解析では見られなかったものであり、禁欲期間の上限に近い日数が、胚移植前の段階での胚発育能力そのものに影響している可能性を示唆するものとされています。
なぜ禁欲期間が妊娠率に影響するのか──精子DNA断片化という手がかり
精子は精巣上体を通過する過程で成熟しますが、この過程は活性酸素種(ROS)の生成と密接に関わっています。適度なROSは精子の運動機能獲得に必要な生理的シグナルとして働く一方、過剰なROSは精子DNA断片化(sperm DNA fragmentation, SDF)を引き起こし、男性不妊の一因となることが知られています。既存のメタ解析では、禁欲期間が2日を超えて1日延びるごとに、SDFがおよそ0.65%ずつ直線的に増加することが報告されています。
SDFの上昇は、受精や胚盤胞到達そのものには大きな影響を与えない一方で、着床率や胚の発育能力を低下させることが、別の前向きコホート研究でも示されています。今回の研究で、胚盤胞形成率には差がないにもかかわらず妊娠率だけが低下していたという結果は、こうした精子DNA損傷の蓄積が、受精後・胚盤胞形成後の段階、すなわち着床や妊娠の維持に関わる過程に影響している可能性を示すものと位置づけられています。
ICSIとの違い──同じ禁欲期間でも影響の出方は異なる
2024年に発表されたICSI周期を対象とした大規模な後方視的研究(6,919周期)では、禁欲期間が長いほど正常受精(2PN)の形成率はわずかに低下するものの、胚盤胞形成率や妊娠率、流産率には有意差が見られませんでした。今回のIVF周期を対象とした結果とは対照的です。ICSIでは卵子への精子注入という人為的な選別が入るため、自然な受精過程で生じる精子選択のふるいが働きにくく、禁欲期間の影響が異なる形で現れる可能性が指摘されています。
また、禁欲時間をごく短時間(1〜3時間程度)まで短縮した研究では、IVF・ICSIいずれにおいても妊娠率や生児出生率の向上が報告されており、今回の結果と合わせて、WHO推奨の禁欲期間の下限(2日)よりもさらに短い禁欲期間の意義について、今後の検証が求められる領域とされています。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本の生殖医療の現場では、精液採取前の禁欲期間について、WHOの推奨(2〜7日)に沿った説明がなされることが一般的です。今回の結果は、この推奨範囲の中でも、禁欲期間の長さによって妊娠率に無視できない差が生じうることを示しています。特に、禁欲期間が長いほど精液所見(精子数や精液量)は良好に見えるため、患者側にも医療者側にも「長めの禁欲のほうが望ましい」という直感が働きやすい場面ですが、今回のデータはその直感と実際の妊娠成績が必ずしも一致しないことを示唆しています。
臨床現場では、精液所見の改善を目的とした禁欲期間の指導と、胚移植後の妊娠成績を見据えた禁欲期間の指導とが、必ずしも同じ方向を向かないという点を踏まえた説明が求められる可能性があります。ESHRE・NAFAが推奨する3〜4日という範囲は、長い禁欲期間の不利益をある程度回避できる一方、今回のデータで最も妊娠率が高かった2日という短い禁欲期間を除外してしまう点にも注意が必要です。
研究の強みと限界
本研究の強みは、IVF周期に限定した解析としては最大規模である点、精液所見だけでなく妊娠・流産・生児出生率までを一貫して追跡した点、そして多重比較やBMI欠測データを考慮した複数の感度分析によって結果の頑健性を検証した点にあります。
一方で限界もあります。第一に単一施設のデータであり、他施設への一般化には注意が必要です。第二に、女性BMIが175周期で欠測しており、これが交絡の残存につながった可能性があります。第三に、人種・男性BMI・産科歴・不妊原因といった、精液所見やIVF成績に影響しうる因子の一部が多変量モデルに含まれていません。第四に、PGT-Aを行った周期は解析に含まれているものの、正倍数性胚の移植率自体は多変量解析に組み込まれておらず、この点に関する残存交絡は否定できません。第五に、禁欲期間が長い群(特に5〜7日群)は生児出生数が少なく、生児出生率の解析については検出力が不足していた可能性があります。累積生児出生率や新生児の在胎週数・出生体重といったアウトカムも、今回は評価されていません。
おわりに
今回の研究は、IVF周期において禁欲期間が精液所見に与える影響と、胚移植後の妊娠成績に与える影響とが、必ずしも同じ方向を向かないことを示すものです。禁欲期間が長いほど精液所見は良好になる一方、胚盤胞形成率には差がなく、妊娠率はむしろ低下する傾向が確認されました。精子DNA断片化の蓄積が、この背景にある一因として想定されています。今回の知見はあくまで単一施設の後方視的データに基づくものであり、多施設での前向き研究による検証が、今後の指針の精緻化には必要とされています。
参考文献
1. Tighe J, Kasaven LS, Exeter H, Jones BP, Chronopoulou E, Ben Nagi J, Theodorou E. Effect of Ejaculatory Abstinence Duration on Laboratory and Clinical Outcomes in IVF: A Retrospective Analysis. Andrology 2026;0:1-11. doi:10.1111/andr.70322.
2. Cermisoni GC, Minetto S, Marzanati D, et al. Effect of Ejaculatory Abstinence Period on Fertilization and Clinical Outcomes in ICSI cycles: A Retrospective Analysis. Reprod Biomed Online 2024;48(1):103401. doi:10.1016/j.rbmo.2023.103401.
