将来の妊娠に備えて健康な状態で卵子を凍結保存しておく「社会的卵子凍結」(elective oocyte cryopreservation、EOC)は、加齢や病気による治療ではなく、キャリア形成や結婚のタイミング、パートナーの不在といった非医学的な理由で選択される生殖医療の一手段です。2010年代以降、この技術は世界各地で急速に普及しており、カナダでは2010〜2016年の間に周期数が67%増加、イスラエルでは16倍、オーストラリアでは倍増、米国では15倍に増え、2022年には米国だけで年間29,000周期を超えたと報告されています。
一方で、凍結した卵子を実際に使いに戻ってくる女性の割合(帰還率)は一貫して低く、8割以上の女性が凍結後に一度も卵子を利用していないという報告もあります。そのため、凍結した卵子が最終的にどれだけ出産に結びついているのかという「その先」のデータは、これまで限られた症例数や、不妊症・がん患者を中心にしたデータに依存してきました。ラテンアメリカ地域からの長期追跡データは、とりわけ乏しいとされています。
こうした背景のもと、Reproductive BioMedicine Online誌(2026年)に、ブラジル・サンパウロの単一施設で2013年1月から2022年12月までに実施された社会的卵子凍結2,431周期を対象とした後方視的コホート研究が掲載されました。凍結した女性のうちどれだけが実際に卵子を使いに戻り、どれだけが出産に至ったのかを、10年間という長期スパンで検証した内容です(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105825)。
方法──2,073人の女性を、10年間追跡した
対象は、2013年1月から2022年12月にかけてブラジル・サンパウロの生殖医療施設で社会的卵子凍結を実施した2,073人の女性、2,431周期です。がんの治療前など医学的理由での凍結や、体外受精治療の一環としての凍結は除外されました。データ確認の結果、338周期がこの基準に該当せず除外され、最終的に2,093周期(1,783人)が解析対象となり、そのうち2,050周期(1,755人)で卵子の凍結保存に成功しました(成功率97.9%)。
凍結時の平均年齢は36.5±2.8歳、1回の周期あたりの平均凍結個数は8.4±6.4個でした。凍結後にこの施設へ戻ってきて卵子を融解・利用した女性については、体外受精治療と同様の手順で顕微授精、胚培養、必要に応じて着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)を経て、胚移植と妊娠・出産までの経過が追跡されました。
解析では、胚移植に至った周期と至らなかった周期、出産に至った周期と至らなかった周期がそれぞれ比較されたほか、追跡期間の違いを補正するため、Kaplan-Meier法による経時的な利用率の推定も行われました。
戻ってきたのは、わずか7.6%
2013年から2022年の10年間で、社会的卵子凍結の年間周期数は57周期から336周期へと、約5倍に増加しました。年を追うごとに凍結時の年齢や採卵数にも統計学的に有意な変動が見られ、施設全体としての需要拡大がうかがえる結果でした。
一方で、凍結保存に成功した1,755人の女性のうち、同じ施設に卵子を使いに戻ってきたのは134人、7.6%にとどまりました。凍結から利用までの平均期間は4.1±2.2年でした。これに加え、140人(8.0%)は保存していた卵子を他院に移送しており、その後の転帰は不明です。この他院への移送分を合わせた「利用率」の推定値は15.6%でした。凍結卵子の81.4%はなお同施設での保存が継続されており、廃棄を選んだのは4.4%にとどまっています。
追跡期間の差を補正したKaplan-Meier分析では、累積利用率は凍結後1年で0.13%、2年で1.83%、3年で4.02%、5年で9.37%と推定されました。半数以上の女性が追跡期間中に一度も利用していないため、利用までの期間の中央値は算出できませんでした。この利用率は、凍結時の年齢による差は見られなかった一方(log-rank検定P=0.24)、凍結した成熟卵子(MII卵子)の累積個数が多いグループほど、より早く、より高頻度に利用に至る傾向が示されました(log-rank検定P<0.0001)。
戻った女性の3人に2人が胚移植へ、その半数近くが出産に
実際に卵子の融解を行った134人のうち、95人(69%)が少なくとも1回の胚移植に到達しました。融解後の卵子生存率は平均82.1±23.6%でした。胚移植に至った周期と至らなかった周期を比較すると、胚移植に至った群のほうが、凍結時年齢が若く(36.4±2.7歳 vs 37.9±2.9歳、P=0.003)、採卵数・成熟卵子数・凍結個数のいずれも多いという傾向が見られました。凍結した卵子数が多い群では2前核胚(2PN)や胚盤胞、正倍数性胚盤胞の個数も有意に多く、胚移植達成には検査室レベルでの経過(融解後の生存率、受精率、胚盤胞発生率)が強く関わっていました。
胚移植を受けた95人のうち、45人(47.3%)が出産に至りました。治療を意図した全体(134人)に対する出産率は32.8%にあたります。出産に至った周期と至らなかった周期の比較では、獲得した胚盤胞の総数(3.9±2.6個 vs 2.8±1.9個、P=0.02)、胚盤胞発生率(53.0±22.1% vs 41.2±21.4%、P=0.005)、PGT-A実施の割合(59.6% vs 37.3%、P=0.04)に有意差が見られました。一方、凍結時の年齢そのものは、出産の有無とは統計学的に関連していませんでした。
何が胚移植達成を左右したのか──年齢と凍結個数の役割
凍結時に把握できる情報だけを用いた多変量ロジスティック回帰分析では、凍結時年齢が高いほど胚移植達成のオッズが低く(調整オッズ比0.86、95%信頼区間0.74〜0.99、P=0.037)、凍結した成熟卵子の累積個数が多いほどオッズが高くなる(調整オッズ比1.11、95%信頼区間1.03〜1.20、P=0.004)という関係が確認されました。
さらに、融解周期での検査室データ(融解卵子数、生存率、受精率、胚盤胞発生率、PGT-A実施の有無)を加えたモデルでは、融解した卵子数や胚盤胞発生率などの検査室レベルの指標が胚移植達成の独立した予測因子として浮かび上がった一方、凍結時年齢や凍結個数そのものは有意な予測因子ではなくなりました。研究チームは、これは凍結時点の情報がカウンセリングにおいて重要である一方、実際に治療が進むかどうかは、融解後に得られる検査室成績によって左右されることを示していると位置づけています。なお、PGT-A実施は胚移植達成のオッズを大きく下げる結果でした(オッズ比0.04)が、これは異数性(染色体数の異常)が確認された胚を移植前に除外した結果を反映したものと解釈されています。
出産に関しては、胚移植を受けた群を対象とした別の多変量モデルで、凍結時年齢、凍結から移植までの期間、胚盤胞発生率、PGT-A実施、移植胚数のいずれも統計学的に有意な予測因子とはなりませんでした。胚盤胞発生率とPGT-A実施は出産オッズとの関連が示唆される傾向にとどまっています(いずれも信頼区間が0をまたぐ境界的な結果)。研究チームは、出産の成否がこの研究で測定した項目だけでは説明しきれない、多因子的なものであることを示していると述べています。
パートナーの有無という視点──独身での凍結という選択
融解に戻った女性のうち27%が、融解の時点で独身でした。これは、パートナーがいない状況下でも生殖の選択肢を確保する手段として社会的卵子凍結が機能していることを示す結果として位置づけられています。凍結を選ぶ女性全体でみても、独身の割合は46%にのぼり、体外受精治療を受ける女性における独身の割合(2%)とは対照的です。この傾向は他国の報告とも一致しており、パートナーの不在が社会的卵子凍結を選択する主要な動機のひとつであることがうかがえます。
研究チームは、若い年齢での凍結のほうが将来の妊娠可能性は高いにもかかわらず、若い女性ほど実際には卵子を利用しない傾向があることにも触れています。自然妊娠を望む気持ちやパートナーの不在、経済的な事情がその背景として挙げられており、こうした利用率の低さは、社会的卵子凍結の費用対効果をめぐる議論にもつながる論点とされています。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本でも社会的卵子凍結を実施する施設は増えていますが、凍結後にどれだけの女性が実際に利用し、どれだけが出産に至るのかという長期データは限られています。今回の結果は、凍結すること自体が将来の妊娠を保証するものではなく、実際に利用に至る女性は一部にとどまること、そして利用に至った場合でも、出産率は凍結時の年齢だけでは説明しきれない複数の要因に左右されることを示しています。
臨床現場でのカウンセリングにおいては、凍結時の年齢と成熟卵子の獲得個数が、その後の治療進展の見通しに関わる重要な情報として位置づけられます。今回のデータでは、凍結した成熟卵子が15個以上あったグループのほうが、より早期に、より高い頻度で利用に至っていました。一方で、実際に出産まで到達できるかどうかについては、年齢そのものよりも融解後の検査室成績が大きく関わっており、単純な「若いうちに多く凍結すれば安心」という説明だけでは不十分である可能性が示唆されています。
日本の生殖医療の説明の場では、社会的卵子凍結を「将来の妊娠を保証する保険」としてではなく、成功率に幅のある選択肢のひとつとして位置づけたうえで、凍結時期や個数についての現実的な見通しを共有することが、今後の議論の出発点になると考えられます。
研究の強みと限界
本研究の強みは、単一施設ながら2,073人、2,431周期という大規模な10年間のコホートであること、ラテンアメリカ地域からの初めての長期報告であること、そして他院への移送分も含めた利用率の推定を行っている点にあります。時間経過を考慮したKaplan-Meier分析と多変量回帰分析を組み合わせることで、単純な帰還率と、追跡期間を補正した累積利用率という2つの視点からの評価が可能になっています。
一方で限界もあります。第一に後方視的な観察研究であり、詳細な背景因子の情報が限られています。第二に単一施設のデータであるため、他の医療体制や社会背景を持つ国への一般化には注意が必要です。第三に、一部の統計解析ではオッズ比の信頼区間が非常に広く、症例数の少なさを反映していると考えられ、効果の大きさそのものよりも関連の有無を示す結果として解釈すべきだとされています。第四に、他院へ卵子を移送した女性の転帰は追跡できておらず、真の利用率や出産率はこの研究で示された数値よりも高い可能性があります。
おわりに
今回の研究は、社会的卵子凍結を選んだ女性のうち、実際に卵子を使いに戻るのは10人に1人に満たないこと、そして戻った女性の中でも出産に至るのはおよそ半数程度であることを、10年間という長期データで具体的に示しました。凍結時の年齢と成熟卵子の個数は、その後の治療進展の見通しに関わる一方、実際の出産の成否は複数の要因が絡み合う結果であることも明らかになっています。今回の知見は、社会的卵子凍結を検討する女性への説明や、凍結後のフォローアップ体制のあり方を考えるうえでの土台となるものであり、今後は他の医療体制のもとでの追跡データとの比較が課題になるとされています。
参考文献
1. Chéles DS, Alegretti JR, Gomes C, Domingues TS, Panzan MQ, Motta ELA, Caetano JPJ, Chehin MB, Lorenzon AR. A decade of elective egg freezing in Brazil: reproductive outcomes of women using stored oocytes. Reprod Biomed Online 2026;53(4):105825. doi:10.1016/j.rbmo.2026.105825.
