「活性酸素の量」で胚を選ぶ──着床率を80%まで引き上げたマウスの実験

体外受精(IVF)で得られた胚盤胞の中には、形態的に高品質と判定されても、実際には着床に至らないものが少なくありません。着床率の低さは体外受精における妊娠成立を妨げる大きな要因の一つとされ、その背景には、培養環境の影響によって胚盤胞に生じる特定のタンパク質発現の乱れが関わっていると考えられてきました。

着床の成立には、胚盤胞の栄養外胚葉と子宮内膜との接着を仲介する「インテグリンα5β1」というタンパク質が重要な役割を果たします。これまでの研究では、アルギニンとロイシンという2種類のアミノ酸を培養液に加えることで、細胞内の活性酸素(ROS)レベルが上昇し、それに伴ってインテグリンα5β1の発現が高まり、胚盤胞の着床能が向上することが示されてきました。ただし、この処理を行っても、一部の胚盤胞ではインテグリンα5β1の発現が低いままにとどまることも分かっていました。

そこで、個々の胚盤胞の活性酸素レベルをあらかじめ測定し、そのレベルに応じて胚盤胞を選別することで、着床率をさらに高められるかを検証した研究が、F&S Science誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1016/j.xfss.2026.07.002)。マウスを用いた実験によって、活性酸素レベルを指標とした胚盤胞の直接選別という新しい発想を提示する内容です。

方法──20個ほどの胚盤胞を、活性酸素レベルで2群に分けた

実験に用いられたのはICR系統のマウスです。体外受精によって得られた胚盤胞を、0.2mMのL-アルギニンと0.2mMのL-ロイシンを含む培養液で24時間処理しました。その後、各胚盤胞を専用の微小格子(マイクログリッドアレイ)に1個ずつ配置し、活性酸素の指標となる蛍光試薬(CellROX Orange)と、グルタチオン(GSH、活性酸素を消去する物質)の指標となる蛍光試薬(ThiolTracker Violet)を用いて、生きたままの胚盤胞を共焦点レーザー顕微鏡で撮影しました。

1回の体外受精周期あたり約20個の胚盤胞が得られ、それぞれの活性酸素レベルを測定したうえで高い順にランク付けし、上位6個を「高ROS群」、下位6個を「低ROS群」としました。この過程を12回の独立した周期で繰り返しました。高ROS群と低ROS群の胚盤胞は、それぞれ同じ偽妊娠マウス1匹の左右異なる子宮角に移植され、移植から6日目に着床部位の数を色素法で数えました。同じ個体の中で2群を直接比較できる点が、この実験系の特徴です。

高ROS群の着床率は80.6%、低ROS群は62.5%だった

胚盤胞1個ごとの活性酸素レベルには大きなばらつきが見られた一方、グルタチオンのレベルは全体的に低く、群間での差は見られませんでした(相対値で高ROS群0.59±0.04、低ROS群0.50±0.03、有意差なし)。これに対し、実際に移植された72個ずつの胚盤胞で比較した活性酸素レベルは、高ROS群で3.89±0.11、低ROS群で2.68±0.09と、明確な差がありました(P<0.05)。

着床率については、高ROS群で80.6±4.5%、低ROS群で62.5±4.5%となり、統計学的に有意な差が認められました(P<0.05)。12匹の偽妊娠マウスのうち9匹では高ROS群のほうが着床率が高く、残る3匹では両群が同じ着床率でした。高ROS群で最も低い着床率は50.0%だったのに対し、低ROS群では33.3%まで下がる例があり、ばらつきの幅にも差が見られました。さらに、高ROS群では12匹中11匹(91.7%)が、低ROS群全体の平均着床率(62.5%)を上回っており、活性酸素レベルの高い胚盤胞を選ぶことで、着床率の底上げが期待できることを示しています。

カットオフ値は3.91――発育段階による差はなかった

活性酸素レベルの分布を見ると、値は二峰性(高い群と低い群に分かれるパターン)を示していました。この分布をもとにROC分析を行ったところ、高ROS群と低ROS群を分けるカットオフ値は3.91で、この値を用いた場合の感度は55.6%、特異度は98.6%、曲線下面積(AUC)は0.825でした。特異度の高さは、この値を上回る胚盤胞を「高ROS」と判定した場合に誤判定が少ないことを意味しますが、感度は高くないため、実際に着床能が高い胚盤胞のすべてを拾い上げられるわけではありません。

また、胚盤胞の発育段階(拡張期、孵化中、孵化完了)によって活性酸素レベルに差があるかも検討されましたが、拡張期(3.13±0.12)、孵化中(3.40±0.12)、孵化完了(3.24±0.06、ただしn=2)の間で明確な違いは見られませんでした。活性酸素レベルは、胚盤胞の見た目の発育段階とは独立した指標である可能性を示しています。

ヒトへの応用可能性と、慎重に見るべき点

インテグリンα5β1は、ヒトの胚盤胞が子宮内膜へ接着する際の栄養外胚葉の遊走にも関わっていることが知られています。マウスとヒトの胎盤は、形成過程や分子メカニズムの点で共通する部分が多いとされ、着床のごく初期の段階に限れば、マウスで得られた知見がヒトにも応用できる可能性は否定できません。今回の研究では、アルギニンとロイシンによる活性酸素の上昇が、ヒトの胚盤胞でも着床能を高める可能性が指摘されています。

ただし、基礎となる培養液の組成は動物種によって異なるため、アルギニンとロイシンが培養液中の他の成分とどのように相互作用するかは、種ごとに検証が必要とされています。また、今回用いられた蛍光色素には細胞への毒性リスクが指摘されており、着床能を測るためだけに胚盤胞へ色素を取り込ませる手法を、そのままヒトの臨床現場に持ち込むことは難しいと考えられます。今後の課題として、培養液中に排出される代謝産物を分析するなど、胚盤胞そのものに色素を加えない代替法の開発が挙げられています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、体外受精による出生児数が世界的に見ても多く、移植胚盤胞の選別方法は臨床上重要な関心事とされています。現在、形態評価やタイムラプス撮影によるAIスコアリングなど、非侵襲的に胚を評価する手法の開発が進んでいますが、今回の研究が示した活性酸素レベルという指標は、それらとは異なる切り口です。

現時点では、この手法がそのままヒトの臨床現場に導入できる段階にはありませんが、着床のごく初期に関わる分子メカニズムに着目した選別法として、今後の技術開発の方向性を示すものと位置づけられます。臨床現場では、形態評価や遺伝子検査に加えて複数の指標を組み合わせて胚の質を評価する、いわゆる「多層的な選別」の考え方が、今後さらに重要になっていくと考えられます。

研究の強みと限界

本研究の強みは、同一の偽妊娠マウスの左右の子宮角に高ROS群と低ROS群を同時に移植することで、母体側の個体差を排除しながら2群を直接比較できた点にあります。また、活性酸素レベルという指標をもとに、胚盤胞を生きたまま個別に評価し、選別に応用できることを示した点も新規性のひとつです。

一方で限界も残ります。着床率は子宮角ごとの着床部位数として数えられており、個々の胚盤胞がどの着床部位に対応するかまでは追跡できていません。そのため、算出されたカットオフ値(3.91)は、あくまで群としての傾向を示すものであり、個々の胚盤胞の着床能を確実に予測する値ではない点に注意が必要です。さらに、着床は妊娠成立の一つの指標にすぎず、活性酸素レベルの高い胚盤胞を選ぶことが、着床はしても妊娠の初期以降まで正常に発育しない胚盤胞を選んでしまうリスクを高める可能性も否定できません。今回の実験では、蛍光イメージングを行った群と行わなかった群との比較(内部対照)は設けられておらず、撮影操作そのものが胚の発育や出生率に与える影響は検証されていません。また、実験はマウス1種に限られており、異なる動物種、とりわけヒトでの再現性については今後の検証が必要とされています。

おわりに

今回の研究は、マウスの体外受精由来胚盤胞において、移植前に活性酸素レベルを測定することで、着床能の高い胚盤胞を選別できる可能性を示しました。同じ偽妊娠マウスの体内で高ROS群と低ROS群を比較したところ、着床率はそれぞれ80.6%と62.5%となり、統計学的に有意な差が認められています。活性酸素は単に胚に害を及ぼす物質としてだけでなく、インテグリンα5β1の発現を介して着床能を高める生理的な役割も担っていると考えられており、その両面性を踏まえた選別法の検討が今後の課題です。妊娠・出産までを見据えた検証や、ヒトへの応用に向けた非侵襲的な代替手法の開発など、前向きな研究の積み重ねが求められています。

参考文献

1. Asano H, Nakazato M, Fukui E, Matsumoto H. Selection of blastocysts with higher implantation potential based on reactive oxygen species levels prior to embryo transfer in mice. F&S Science 2026. doi:10.1016/j.xfss.2026.07.002.

2. Nakazato M, Matsuzaki M, Okai D, Takeuchi E, Seki M, Takeuchi M et al. Arginine with leucine drives reactive oxygen species-mediated integrin α5β1 expression and promotes implantation in mouse blastocysts. PNAS Nexus 2024;3:pgae114.

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