見えない精子を「見つける」AI──無精子症治療の新しい入口

無精子症(azoospermia)は、射精液の中に精子がまったく確認できない状態を指し、成人男性のおよそ1%、不妊症で受診する男性のうち10〜15%に見られるとされています。とくに、精巣内での精子産生そのものが著しく低下している非閉塞性無精子症(NOA)では、外科的に採取した精巣組織や、処理後の射精液の中からごくわずかに存在する精子を人の目で探し出す作業が必要になります。この作業は極めて時間がかかるうえ、検者の熟練度によって結果が左右されやすいという課題を抱えてきました。

こうした「探す」という工程に、人工知能(AI)、とくに画像認識を得意とする深層学習(ディープラーニング)を組み合わせる試みが、近年相次いで報告されています。Current Opinion in Urology誌(2026年)に掲載されたレビュー論文は、精巣組織および射精液サンプルの両方を対象に、AIを用いた精子検出技術に関する近年の知見を整理したものです(doi:10.1097/MOU.0000000000001430)。

このレビューでは、AIが検出速度と精度の両面で従来の目視検査を上回りうること、さらにAIとマイクロ流体工学(microfluidics)を組み合わせることで、検出だけでなく精子の物理的な単離・回収までを自動化できる可能性が示されています。以下、レビューが取り上げた主要な研究を、精巣組織を対象としたものと、射精液を対象としたものに分けて紹介します。

方法──AIによる精子検出研究を、精巣組織と射精液に分けて概観した

このレビューは、無精子症・乏精子症(cryptozoospermia、射精液中にごく少数の精子しか存在しない状態)に対するAI応用について、直近数年で発表された研究を対象に整理したものです。対象は大きく2つに分かれます。ひとつは、微小外科的精巣内精子採取術(micro-TESE)で得られた精巣組織の中から精子を探す研究、もうひとつは、処理済みの射精液サンプルから精子を検出・回収する研究です。なお、精子の形態評価や選別に関するAI応用は関連する別分野として扱われており、このレビューの範囲には含まれていません。

精巣組織からの探索時間が、36秒からほぼ一瞬に

精巣組織を対象とした研究のひとつでは、非閉塞性無精子症患者から得られた精巣組織の画像に、コンピュータビジョン用のアノテーションツールを用いて精子の位置情報を付与し、深層学習モデルを訓練しました。検証実験では、静止画像を用いてAIによる検出と胚培養士による目視検査を比較したところ、視野1つあたり精子をすべて特定するまでの時間は、目視の平均36.10秒からAIでは0.0000003秒程度へと大幅に短縮されました(P<0.001)。感度(見逃さずに検出できた割合)も、目視の86.52%からAIでは91.95%へと向上しています(P<0.001)。合計2,660個の精子のうち、胚培養士が確認できたのは1,937個であったのに対し、AIはより短い時間で1,997個を検出しました。

さらに、実際のICSI(顕微授精)用顕微鏡を用いた模擬的な臨床ワークフローでの検証でも、AI支援ありの探索は、1滴あたりの探索時間が平均168.7秒から98.9秒へと短縮され(P<0.001)、回収できた精子数も1,274個から1,396個へと増加しました。これらの結果は、AIが胚培養士の作業を代替するのではなく、補助することで、探索効率と検出感度の両方を底上げしうることを示しています。

拡張現実(AR)と組み合わせた検出支援

精巣組織からの精子探索を支援する別のアプローチとして、AIと拡張現実(AR)を組み合わせたシステムも報告されています。この研究では、リアルタイムの精子検出モデル(YOLOv5)と物体追跡アルゴリズムを組み合わせ、顕微鏡の接眼レンズに精子の位置や動きの情報を映し出すARマイクロスコープが試作されました。検証実験では精度0.81、感度0.52という性能が示され、AR支援によって精子の検出率は30.8%から66.9%へとおよそ2倍に向上しています。

ただし、この検証では実際のmicro-TESEサンプルではなく、ヒト肝がん由来の培養細胞(HepG2)を用いて組織の複雑さを模擬した点が限界として指摘されています。培養細胞と実際の精巣組織とでは性質が大きく異なるため、実臨床での性能については、なお不確実性が残るとされています。

多施設での予備的検討──探索時間はおよそ3分の1に

査読付き論文としてはまだ公表されていないものの、2025年の欧州ヒト生殖医学会(ESHRE)年次総会における口頭発表として、2施設・無精子症患者22名を対象とした多施設パイロット試験の結果が報告されています。この発表によれば、AI支援によって個々の精子を発見するまでの時間は平均7.5分から2.8分へと短縮され(P=0.0025)、シャーレ全体の探索完了までの時間も35.7分から21.8分へと短縮されました(P<0.0001)。査読前の予備的なデータではあるものの、実際の患者サンプルを用いた多施設での結果として位置づけられています。

射精液からの自動検出・回収──STARシステムの報告

精巣組織だけでなく、射精液サンプルを対象としたAI応用も進んでいます。射精液は非侵襲的かつ繰り返し採取できるため、精子が回収できるのであれば、外科的な精巣内精子採取よりも望ましい選択肢となります。この分野の代表例として紹介されているのが、高速撮影とマイクロ流体チップ、深層学習による物体検出モデルを組み合わせた「STAR(Sperm Tracking and Recovery)」システムです。

STARシステムは、1時間あたり約400マイクロリットルの検体を処理しながら、110万枚を超える画像をリアルタイムで解析できるとされています。検出モデルにはYOLOアーキテクチャが用いられ、連続する複数フレームにわたって同一の物体が一貫して精子と判定された場合にのみ陽性と確定する仕組み(時間的整合性フィルター)が組み込まれており、誤検出を抑える工夫がなされています。特徴的なのは、検出にとどまらず、識別された精子を300ナノリットルという微小な液滴に自動的に単離し、ICSI用のシャーレへ直接送り届けるところまでを、胚培養士の手を介さずに行える点です。

性能検証では、精度0.89、感度0.90、平均適合率0.95という結果が示され、既知の濃度で精子を添加したサンプルとの相関も高いことが確認されています(決定係数R2=0.99)。実際の臨床応用としては、19年間にわたり不妊に悩んでいた夫婦がこのシステムを用いて妊娠に至り、その後健常な児の出生に至ったという症例報告が、Lancet誌(2025年)に掲載されています。

『無精子症』の4人に1人に、実は精子が存在していた

STARシステムについては、無精子症と確定診断された患者を対象とした、より大規模な検討が現在投稿中とされています(未公表データ)。この検討の背景にあるのは、無精子症と診断された男性の一部は、実際には精子が存在するにもかかわらず、従来の目視検査の限界によって見逃されているのではないか、という仮説です。レビューではこの状態を「検出限界による無精子症」と呼んでいます。

盲検下での検証実験では、1サンプルあたり約5個という極めて低い濃度の精子を含むサンプルについても、すべて正しく判定できたとされています。また、専門家による目視検索との比較では、AIが10サンプル中10サンプルで精子を検出できたのに対し、目視では10サンプル中3サンプルにとどまりました。無精子症患者175名を連続して調べたところ、STARは26%の患者で精子を検出し、そのうち8/28例(29%)は、精巣内精子採取術(TESEまたはmicro-TESE)で過去に精子陰性と判定されていた症例でした。回収された精子は、実際の出生や妊娠成立につながった例もあり、その中には、2つの医療機関でともに精子陰性と判定されていたクラインフェルター症候群(47,XXY)の患者の症例も含まれています。

これらの結果は、無精子症という診断の一部が、精子産生そのものの欠如ではなく、検出技術の限界を反映している可能性を示唆しています。あわせて、極めて希少な対象を高感度に検出しながら誤検出を抑え、さらに物理的な単離までを自動化するという、これまで両立が難しかった要素を同時に達成できる可能性を示した報告といえます。

検出以外の応用──センサー設計へのAI活用

AIは画像から直接精子を検出する用途だけでなく、精子検出用のセンサー自体の設計を最適化する目的でも応用され始めています。ある研究では、グラフェンを用いたテラヘルツ帯のメタサーフェスセンサーについて、電磁気学的な挙動をシミュレーションしたうえで、1次元畳み込みニューラルネットワークにセンサーの応答を予測させたところ、決定係数0.93〜1.0という高い予測精度が得られています。ただし、この結果はあくまでシミュレーション上のものであり、実際の生体サンプルを用いた検証はまだ行われていません。類似の手法は、表面プラズモン共鳴を利用したバイオセンサーの最適化においても報告されています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本の生殖医療現場では、非閉塞性無精子症に対するmicro-TESEが広く行われていますが、精子探索の成否は施設や検者の経験に依存する部分が少なくありません。今回のレビューが示す知見は、探索時間の短縮や検出感度の向上を通じて、こうした検者依存性を減らせる可能性を示しています。とくに、従来は精子陰性と判定されていた症例の一部に実際には精子が存在しうるという報告は、精巣内精子採取が不成功に終わった患者への説明や、再採取・再検査の判断に影響を与えうる論点として受け止められる可能性があります。

一方で、今回紹介された技術の多くは、単一施設での小規模な検証や、査読前の発表、あるいはシミュレーションデータにとどまっており、実臨床への導入にはなお時間を要すると考えられます。日本の医療機関でこうした技術を評価・導入する際には、規制当局による承認の枠組みや、既存の顕微鏡・培養室のワークフローとの整合性、施設間でのデータの標準化といった論点が、今後の検討課題になると考えられます。

研究の強みと限界

このレビューで紹介された個々の研究には、それぞれ強みと限界があります。精巣組織からの検出速度と感度の向上を示した研究は、実際の患者由来の組織を用いた比較的大きなデータセットに基づいていますが、対象となったサンプルは数千個規模の精子を含むものであり、真に希少な1〜50個程度の精子しか存在しない最重症例での性能は、今後の検証課題として残されています。ARを組み合わせた検出支援については、実際のmicro-TESEサンプルではなく培養細胞株を用いた模擬実験にとどまっている点が限界です。

射精液を対象としたSTARシステムについては、症例報告や未公表データに基づく報告が中心であり、査読を経た大規模な前向き研究としての確立には至っていません。また、いずれの技術についても、単一施設・単一の患者集団で開発されたモデルが、他施設のデータに対してどこまで性能を維持できるかという、いわゆる一般化可能性の検証が十分ではないことが、レビュー全体を通じて指摘されています。規制当局の承認プロセスや、多施設共同でのデータ収集・標準化の枠組みが整うまでには、なお時間を要すると考えられます。

おわりに

今回のレビューは、無精子症・乏精子症に対するAIを用いた精子検出技術について、精巣組織と射精液の両方における近年の進展を整理したものです。深層学習による画像解析は、検出速度と感度の両面で従来の目視検査を上回りうることが複数の研究で示されており、マイクロ流体工学と組み合わせたシステムでは、検出にとどまらず精子の自動単離までが可能になりつつあります。従来は精子陰性とされていた症例の一部から精子が検出されたという報告は、無精子症という診断の一部が検出技術の限界を反映している可能性を示唆するものです。一方で、多くの技術はなお検証の初期段階にあり、より大規模で多様な患者集団を対象とした前向き研究、多施設での検証、そして規制上の枠組みの整備が、今後の実用化に向けた課題として位置づけられています。

参考文献

1. Gemmell LC, Suryawanshi H, Williams Z. AI-based techniques in sperm detection. Curr Opin Urol 2026;36:000-000. doi:10.1097/MOU.0000000000001430.

2. Goss D, Vasilescu S, Vasilescu P, et al. Evaluation of an artificial intelligence-facilitated sperm detection tool in azoospermic samples for use in ICSI. Reprod Biomed Online 2024;49:103910.

3. Mohamed M, Yuriko E, Kawagoe Y, et al. AI-based augmented reality microscope for real-time sperm detection and tracking in micro-TESE. Bioeng 2026;13:102.

4. Goss D, Vasilescu SA, Vasilescu P, et al. O-226 Clinical evaluation of an artificial intelligence (AI) model for rare sperm detection in testis biopsies and azoospermic semen for ICSI. Oral presentation at: 41st Annual Meeting of the European Society of Human Reproduction and Embryology (ESHRE); 2025.

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