精液の液状保存──最適温度は動物種で違う

人工授精や体外受精における精子の機能維持は、保存条件に大きく左右されます。凍結保存は長期保存に適する一方でコストや設備の制約があり、より簡便な液状保存(冷蔵保存)が代替手段として注目されてきました。しかし液状保存中の精子は、時間の経過とともに構造的・機能的な劣化(in vitro aging、体外老化)を避けられません。

精子の体外老化は、運動性の低下だけでなく、膜の安定性、細胞内カルシウム濃度、ミトコンドリア機能といった多面的な指標に現れます。これらは受精能力に直結する要素であるにもかかわらず、豚精液と牛精液を同一の実験条件下で直接比較した研究はこれまで限られていました。両者は精子膜の脂質組成が大きく異なることが知られており、最適な保存温度も種によって異なる可能性があります。

こうした背景のもと、Andrology誌(2026年)に、ドイツの研究施設で実施された豚(ピエトレン種、10頭)と牛(ホルスタイン・フリージアン種、10頭)の精液を対象とした比較研究が掲載されました。精液を5℃と16℃で6日間液状保存し、運動性・形態・生存率・先体の状態・膜の流動性・細胞内カルシウム・ミトコンドリア膜電位という多角的な指標で、種特異的な体外老化のパターンを検証した内容です(doi:10.1111/andr.70318)。

方法──2つの温度で6日間、多角的な指標を追跡した

対象は、健康で性的に活発な10頭のピエトレン種の豚(2025年5月採取)と、10頭のホルスタイン・フリージアン種の牛(2025年6月採取)から得られた精液です。豚精液は専用希釈液(Androstar Premium)で20×10⁶精子/mLに、牛精液は別の希釈液(Caprogen)で40×10⁶精子/mLに希釈された後、それぞれ2つに分けられ、5℃と16℃で6日間保存されました。

保存1日目、3日目、6日目に、以下の項目が測定されました。精漿を38℃で30分・120分加温した後の前進運動精子の割合(耐熱試験、TRT30・TRT120)、精子形態、そしてフローサイトメトリーによる4種類の機能指標です。具体的には、生存かつ先体が正常な精子のうち膜流動性と細胞内カルシウムがともに低い集団(VAI-LMLC)、および同じくミトコンドリア膜電位が高い集団(VAI-HMMP)の割合が調べられました。膜流動性の上昇や細胞内カルシウムの増加は、受精能獲得(先走った成熟変化)に似た状態を示す指標とされ、保存中に望ましくない早期の変化が起きていないかを反映します。統計解析には反復測定による一般線形モデルが用いられました。

豚精液は、意外にも16℃保存の方が良好だった

結果は種によって対照的でした。豚精液では、5℃保存よりも16℃保存の方が複数の指標で優れていました。保存1日目のTRT120(120分加温後の前進運動精子率)は、5℃で73.70±2.37%だったのに対し16℃では77.80±1.73%と有意に高く(p<0.001)、VAI-LMLCも1日目(5℃:67.50±2.29% vs 16℃:75.50±1.00%、p=0.012)、6日目(5℃:46.50±4.11% vs 16℃:60.50±2.28%、p=0.002)ともに16℃保存の方が高い値を示しました。VAI-HMMPについても、1日目(5℃:52.50±1.96% vs 16℃:65.40±2.12%、p<0.001)、3日目(5℃:42.50±4.02% vs 16℃:52.70±2.28%、p=0.019)で16℃保存が上回りました。

これは、豚の精子膜が多価不飽和脂肪酸を多く含み、コレステロール含有量が比較的少ないという脂質組成上の特徴によるものと考えられています。この組成のため、豚精子は10℃を下回るような低温に置かれると、膜の相転移や構造の不安定化、いわゆる「コールドショック」が起こりやすいとされます。実際、豚の液状精液は従来から15〜17℃で保存されるのが一般的であり、今回の結果はこの実務慣行と整合するものでした。

牛精液は逆に、5℃保存の方が優れていた

牛精液では、豚とは逆の傾向が見られました。保存3日目のTRT30(30分加温後の前進運動精子率)は、5℃で67.50±5.04%、16℃で57.30±5.12%と5℃保存が有意に高く(p=0.014)、TRT120も同様に5℃で56.10±5.32%、16℃で42.70±5.54%でした(p=0.003)。形態正常精子の割合も3日目で5℃保存の方が高く(5℃:78.90±2.88% vs 16℃:73.60±3.56%、p=0.036)、生存かつ先体正常な精子の割合(VAI)も3日目で5℃保存が優位でした(5℃:76.70±4.34% vs 16℃:73.80±3.72%、p=0.014)。

さらに顕著だったのはVAI-LMLCとVAI-HMMPで、保存1日目・3日目・6日目のすべてにおいて5℃保存の方が有意に高い値を示しました(いずれもp<0.005)。特にVAI-HMMPは、1日目で5℃:46.30±5.39% vs 16℃:72.70±3.65%、3日目で5℃:36.70±4.40% vs 16℃:72.10±4.35%と、方向としては16℃の方が高い数値でしたが、論文の考察では、この16℃でのミトコンドリア膜電位の高さは保存ストレス下での一過性の代謝亢進を反映している可能性があり、必ずしも機能の維持を意味しないと慎重に解釈されています。牛精子は豚精子に比べて精子膜のコレステロール対リン脂質比が高く、多価不飽和脂肪酸含有量が低いため、低温による膜の脂質相転移に対して耐性が高いことが、この違いの背景として挙げられています。

両種に共通していたこと、異なっていたこと

6日間の保存を通じて、両種に共通して見られたのは、保存日数が進むにつれて耐熱試験の成績が低下していくという典型的な精子老化のパターンでした。これは、ATP産生量の低下、代謝産物の蓄積、酸化的損傷の蓄積といった、保存中の精子に共通する劣化過程を反映していると考えられています。

一方で、統計モデル上の違いも見られました。豚精液では、保存日数と保存温度の交互作用がVAI-HMMPでのみ有意でしたが(p<0.001)、牛精液ではどの指標についても保存日数と温度の交互作用は有意ではありませんでした。これは、豚精子における温度の影響が保存日数によって変化しやすいのに対し、牛精子ではより一貫して温度の影響が現れることを示唆しています。

生殖医療の現場にとっての意味

日本の生殖医療の現場でも、精液サンプルは体外受精や顕微授精などの処置に先立ち、室温(20〜25℃)、生理的温度(37℃)、短期冷蔵(4〜8℃)といったさまざまな温度条件にさらされます。今回のモデル動物での知見をそのままヒトに外挿することはできませんが、ヒト精子の膜脂質組成は豚(多価不飽和脂肪酸が多い)と牛(コレステロールが多い)の中間的な性質を持つとされ、温度に対する感受性もその中間に位置すると考えられています。

臨床現場では、精液の取り扱い時間や温度管理が、運動性やミトコンドリア機能、膜の安定性といった機能指標に影響しうるという点で、今回の知見は保存条件を検討するうえでの一つの参考情報になります。37℃での長時間のインキュベーションは、代謝活性と活性酸素種の産生を高め、酸化ストレスやDNA断片化を介して受精能力を低下させる可能性が指摘されており、保存・処置プロトコルの最適化は今後も検討が続く領域です。

研究の強みと限界

本研究の強みは、豚と牛という膜脂質組成の異なる2種の精液を、同一の実験デザインと測定手法のもとで直接比較した点、そして運動性・形態といった従来の指標に加え、フローサイトメトリーによる膜流動性・細胞内カルシウム・ミトコンドリア膜電位という多角的な機能指標を組み合わせた点にあります。

一方で限界もあります。第一に、豚精液と牛精液ではそれぞれ種特異的に最適化された異なる希釈液(豚:Androstar Premium、牛:Caprogen)が用いられており、観察された種差が精子本来の生物学的差異なのか、希釈液の組成の違いによるものなのかを完全に切り分けることはできません。第二に、本研究では実際の受精成績(人工授精の現場成績や体外受精の成功率、胚発生など)は測定されておらず、今回の指標はあくまで受精能力の間接的な代理指標です。第三に、活性酸素種や脂質過酸化(マロンジアルデヒドなど)の直接測定は行われておらず、酸化ストレスの機序を裏づけるにはさらなる検証が必要とされています。

おわりに

今回の研究は、豚精液と牛精液という膜脂質組成の異なる2種を同一条件下で比較することで、液状保存における最適温度が種によって異なりうることを具体的な数値とともに示しました。豚精液では16℃保存の方が、牛精液では5℃保存の方が、複数の機能指標で優れた成績を示しています。この違いは、精子膜における多価不飽和脂肪酸とコレステロールの比率という、種に固有の脂質組成の違いから説明されると考えられています。研究チームは、実際の受精成績を含めたさらなる検証が今後必要であるとしています。

参考文献

1. Khan MU, Neubert ML, Henneberg S, Jung M, Schulze M. Comparative Analysis of In Vitro Aging in Liquid-Preserved Boar and Bull Semen Stored at 5°C and 16°C. Andrology 2026;0:1-10. doi:10.1111/andr.70318.

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