妊娠を望むカップルのおよそ10〜15%が不妊を経験し、その約半数には男性側の因子が関わるとされています。男性不妊は男性全体のおよそ12%に及ぶ一方、原因が特定できないケースも少なくありません。中でも、精子濃度・運動率・正常形態率のすべてが基準を下回る「乏精子症・精子無力症・奇形精子症(OAT)」は、精巣機能そのものに問題があると考えられる代表的な病態ですが、その分子基盤はいまだ十分に解明されていません。
これまでにOATと明確に関連づけられてきた遺伝子は限られており、CFAP44やDNAH1、FANCMなど一部の遺伝子にとどまっています。近年は全ゲノム解析(WGS)によって、従来の検査では見つからなかった稀なバリアントを網羅的に検出する試みが進み、精子形成に関わる新たな候補遺伝子の報告が相次いでいます。
こうした流れの中、Journal of Applied Genetics誌(2026年)に、原因不明の男性不妊症例に対してWGSを実施し、重症OAT患者から新規候補遺伝子を同定した研究が掲載されました(doi:10.1007/s13353-026-01089-0)。核型異常やY染色体微小欠失を伴わない、いわば「他の検査では説明がつかない」男性不妊症例を対象とした研究です。
方法──17人の不妊男性を、全ゲノムで調べた
対象は、核型が正常でY染色体のAZF領域に微小欠失を認めない、原因不明の不妊男性17人です。このうち10人は無精子症、7人はOATと診断されていました。全員の末梢血からDNAを抽出し、イルミナ社のNovaSeq Xプラットフォームを用いて約30倍のカバレッジで全ゲノムシークエンシングを実施しました。
得られたバリアントはDeepVariantで検出し、Ensembl Variant Effect Predictor(VEP)で機能アノテーションを付与したうえで、gnomADにおけるアレル頻度が1%未満であること、精子形成への関連が示唆されること、劣性遺伝形式と矛盾しないことなどを基準に絞り込みました。候補となったバリアントは、サンガーシークエンシングまたはBAMファイルの目視確認によって検証され、一部はAlphaFoldによる立体構造予測やInterPro、NetSurfP-2.0などのツールを用いた構造・機能解析にも供されました。
OAT群7人のうち、精子形成との関連が疑われる稀なバリアントを保有する3人が、詳細な解析対象として選ばれました。3人の精液所見を見ると、精子濃度はいずれも1mLあたり300万〜500万個(基準値1500万個未満で乏精子症)、正常形態率は1〜3%(基準値4%未満で奇形精子症)と、いずれも重度の所見を示していました。
3人の重症OAT患者から、13個の稀なバリアントが浮かび上がった
3人の患者では、当初数百万件規模のバリアントが検出されましたが、これは通常のゲノム多様性を反映するものです。アレル頻度や機能予測などによる系統的な絞り込みを経て、最終的に13個の稀な、あるいは病的意義が疑われるバリアントが同定されました(患者ごとに6個、4個、3個)。このうち、精子形成への関与が強く疑われる3つのバリアントが、SSX1、CPNE1、SPTBN5という3つの遺伝子で優先的に検討されました。
1人目の患者(以下OAT-1)では、X染色体上のSSX1遺伝子に、ヘミ接合状態のスプライスドナー部位バリアント(c.*4+1G>T)が同定されました。これはmRNAのスプライシングを乱し、正常なタンパク質が作られなくなる「機能喪失」を引き起こすと予測されるタイプの変化で、集団データベース上の頻度はおよそ10万人に4〜5人ときわめて稀です。臨床的な意義づけを行うGenooxというプラットフォームでは「病的である可能性が高い(Likely pathogenic)」と分類されました。
同じOAT-1の患者では、CPNE1遺伝子にもホモ接合のミスセンスバリアント(c.1190A>G、アミノ酸置換p.His397Arg)が見つかりました。機能予測ツールの結果は一致せず、SIFTは「有害」、PolyPhen-2は「良性」と判定が分かれましたが、変異の有害性を総合的に示すCADDスコアは28.2と高い値を示し、最終的には「意義不明のバリアント(VUS)」に分類されています。
2人目の患者(OAT-2)では、SPTBN5遺伝子にホモ接合のストップゲイン(終止コドン獲得)バリアント(c.790C>T、p.Gln264*)が同定されました。これはタンパク質合成を途中で止めてしまう変化で、CADDスコアは37.0ときわめて高い値でした。こちらも、機能的な検証や既知の疾患との関連づけがまだ不十分であることから、VUSに分類されています。
それぞれの遺伝子は、精子のどこに関わるのか
SSX1は精巣で選択的に発現する遺伝子で、精子細胞の遺伝子発現を調整する転写調節や細胞分化への関与が示唆されています。もともとは「がん精巣抗原」として知られてきましたが、近年の研究では、SSX1の機能低下が精子の鞭毛形成不全や運動率の低下と関連することも報告されています。SSX1タンパク質の全長配列が主要なデータベースに登録されていないため、今回の研究では立体構造の予測は行えませんでしたが、スプライシング異常のパターンから、機能低下やタンパク質そのものの消失につながる可能性が指摘されています。
CPNE1は、カルシウムに依存してリン脂質と結合するタンパク質で、精子の鞭毛に発現し、細胞膜を介した情報伝達や運動性の調節に関わるとされています。過去の研究では、閉塞のない無精子症患者でCPNE1の発現量が低下していることも報告されています。今回の構造解析では、His397Argという置換がタンパク質の安定性を低下させ、カルシウムを介した細胞膜との相互作用を弱める可能性が示唆されました。精子の受精能獲得や先体反応といった、受精に不可欠な過程に影響しうるという考察です。
SPTBN5はスペクトリンというタンパク質ファミリーの一員で、精子そのものというより、精子を育てる「足場」の役割を担うセルトリ細胞の細胞接着や膜の安定性に関わるとされています。今回のストップゲイン変異は、タンパク質の大部分にあたるスペクトリンリピートドメインとC末端側のドメインを失わせると予測され、セルトリ細胞による精子形成の支持機能が損なわれる可能性が考察されています。
このほか、各患者ではミトコンドリア関連遺伝子(MT-ATP6、MT-CYBなど)や、クロマチン制御に関わるKIAA1210、銅代謝に関わるATP7Aなど、単独では病的意義が低いとされるバリアントも複数見つかっています。研究チームは、こうした複数の軽微なバリアントが積み重なることで、精子形成の閾値を下げ、表現型に寄与している可能性にも言及しています。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本では、原因不明とされる男性不妊症例に対する遺伝学的検査は、まだ限られた施設・条件でしか行われていません。今回の研究が示すのは、核型検査やAZF検査で異常が見つからない重症OAT症例であっても、WGSまで踏み込むことで新たな候補遺伝子が浮かび上がる可能性があるという点です。
臨床現場では、こうした候補遺伝子の多くがいまだ「意義不明(VUS)」の段階にあることに注意が必要です。SSX1の変異は「病的である可能性が高い」とされた一方、CPNE1とSPTBN5の変異はVUSにとどまっており、これらの結果を患者への説明に用いる際には、確定的な診断ではなく仮説段階の知見であることを丁寧に伝える必要があります。将来的には、こうした遺伝学的情報が、精子形成不全の原因を説明し、治療選択や遺伝カウンセリングに役立つ可能性がありますが、現時点ではその応用は限定的です。
研究の強みと限界
本研究の強みは、標的を絞った遺伝子パネル検査ではなく全ゲノム解析を用いることで、コーディング領域だけでなくスプライス部位のような非典型的な変化も検出できた点、そしてSanger法によるバリデーションやAlphaFoldによる構造解析まで踏み込んで検証した点にあります。
一方で限界も明確です。解析対象は3症例と少数であり、家族内での分離解析(バリアントが本当に病気の原因かを確認する手法)は、追加の家族からDNA試料が得られなかったため実施されていません。また、実際に細胞や動物モデルを用いた機能解析、mRNAレベルでの検証、タンパク質間相互作用の検討などは行われておらず、同定されたバリアントの病的意義や生物学的な影響は、あくまで推測の域にとどまっています。研究チーム自身も、今回の結果は「仮説を生み出す段階(hypothesis-generating)」であり、今後の機能検証や大規模コホートでの追試が必要だと位置づけています。
おわりに
今回の研究は、原因不明とされてきた重症OAT症例に対し、全ゲノム解析によってSSX1、CPNE1、SPTBN5という3つの新規候補遺伝子を提示するものです。SSX1は精子細胞の転写調節や分化、CPNE1はカルシウムを介した精子の運動・受精機能、SPTBN5はセルトリ細胞による精子形成の支持機能と、それぞれ異なる経路への関与が示唆されています。あわせて、複数の軽微なバリアントが積み重なって精子形成に影響する可能性も指摘されており、単一の原因遺伝子では説明しきれない、男性不妊の遺伝的な多様性を改めて示す結果ともいえます。今後、より大規模なコホートでの検証と機能解析が積み重ねられることで、こうした知見が遺伝カウンセリングや診断の精度向上につながることが期待されています。
参考文献
1. Sadeghzadeh S, Malcher A, Ebrahimi Askari R, Ibrahim R, Sefid F, Pastuszak K, Srivastava A, Dehghani M, Vahidi S, Lotfi M, Ghasemi N, Kurpisz M. Identification of novel variants in SSX1, CPNE1, and SPTBN5 in men with oligoasthenoteratozoospermia using whole-genome sequencing. J Appl Genet 2026. doi:10.1007/s13353-026-01089-0.
