凍結融解胚移植(FET)は、体外受精治療において広く行われている手法です。移植前の子宮内膜の準備方法には、排卵誘発剤を使わずに自然の排卵周期を利用する「自然周期FET(NC-FET)」と、ホルモン剤で子宮内膜を人工的に整える「ホルモン補充周期(HRT-FET)」があります。NC-FETでは、卵巣刺激周期に見られるような黄体機能不全が起こりにくいと理論的には考えられていますが、実際の臨床現場では、移植後の妊娠成立を後押しする目的で、黄体ホルモン剤(黄体補充、LPS)がしばしば投与されています。
この黄体補充が本当に必要かどうかについては、これまでの研究で結論が一致していません。腟内プロゲステロン製剤を用いた複数のランダム化比較試験(RCT)では生児出生率の改善が報告される一方、hCGトリガーの有無を比較した試験や複数の後方視的研究では、有意な効果が示されていません。こうした背景のもと、経口黄体ホルモン剤であるジドロゲステロンを用いた黄体補充と、薬剤を一切使用しない群とを比較した大規模な後方視的研究が、BMC Pregnancy and Childbirth誌(2026年、Article in Press)に掲載されました(doi:10.1186/s12884-026-09550-y)。
方法──2施設、2,657周期を、薬剤の有無で比較した
対象は、中国・香港大学深圳病院(2015年〜2023年)と上海交通大学医学院附属第六人民医院(2023年のデータ)の生殖医療センターで実施されたNC-FET周期です。43歳を超える女性、子宮の器質的異常がある患者、無精子症の男性因子、重症の子宮内膜症、内分泌・代謝疾患、無月経や習慣流産の既往がある患者などは除外されました。
自然周期では、卵胞径が14mmを超えた時点から血中エストラジオール(E2)、プロゲステロン(P4)、黄体形成ホルモン(LH)を連日測定し、直前3日間の平均値の2倍を超え、かつ絶対値が20 IU/Lを上回った時点を「LHサージ」と定義しました。LHサージから3日目に分割期胚(day2)を、6日目に胚盤胞を移植する方法が取られています。LHサージの3日目から、一方の群には経口ジドロゲステロン(1回10mg、1日3回、合計30mg/日)を投与し、もう一方の群には薬剤を投与しませんでした。主要評価項目は胚移植あたりの生児出生率で、副次評価項目として陽性妊娠率、臨床妊娠率、着床率、流産率、異所性妊娠率、多胎率が設定されました。
背景因子を揃えると、両群の差は消えた
解析対象となった2,657周期のうち、黄体補充群は1,160周期、無投薬群は1,497周期でした。傾向スコアマッチング(PSM)前の時点では、女性の年齢、BMI、不妊期間、胞状卵胞数、E2値、移植胚数、続発性不妊の割合などに有意な差があり、単純比較はできない状態でした。そこで、これら8つの変数について1対1のマッチングが行われ、両群802周期ずつが解析対象として残されました。マッチング後は、すべての背景因子で有意差が消え、両群はほぼ揃った集団になりました。
この揃った集団で比較すると、生児出生率は黄体補充群27.930%、無投薬群32.173%(P=0.064)、臨床妊娠率は33.416%対38.030%(P=0.054)、着床率は27.322%対29.636%(P=0.229)と、いずれも統計学的に有意な差は認められませんでした。数値としては無投薬群のほうがやや高い傾向にありましたが、これは黄体補充が有害であることを意味するものではなく、両群の差が偶然の範囲内にとどまったと解釈されています。流産率(16.418%対15.635%、P=0.798)、異所性妊娠率(0.374%対0.748%、P=0.315)、多胎率(2.868%対2.369%、P=0.532)についても、有意差は見られませんでした。
分割期胚移植でも、胚盤胞移植でも、結果は変わらなかった
分割期胚(day2)移植と胚盤胞移植とでは、もともとの妊娠率や生児出生率の水準が異なるため、研究チームはこの2つを分けたサブグループ解析も行いました。分割期胚移植のサブグループ(黄体補充群473周期、無投薬群461周期)では、生児出生率21.353%対24.295%(P=0.284)。胚盤胞移植のサブグループ(黄体補充群329周期、無投薬群341周期)では、生児出生率37.386%対42.815%(P=0.152)と、いずれの区分でも有意差は認められませんでした。着床率、流産率、異所性妊娠率、多胎率についても同様に、両群間の差は統計学的に有意ではありませんでした。
なぜ自然周期では黄体補充が不要なのかもしれないのか
卵巣刺激を伴う新鮮胚移植周期で黄体機能不全が生じやすいのは、過剰なステロイドホルモンが視床下部・下垂体系にフィードバックをかけてLHサージを妨げること、また採卵の際に卵胞内の顆粒膜細胞が除去されてしまうことが背景にあるとされています。これに対して自然周期では、卵胞が自らの排卵に至るまで発育し、その後の黄体形成も生理的な過程として進むため、理論上は黄体機能不全が起こりにくいと考えられます。今回の研究チームは、実際にLHサージの起点をもとに移植日を決定する厳密な自然周期プロトコルを採用しており、この設定のもとでは薬剤の追加が結果を大きく変えなかったと報告しています。
ジドロゲステロンの用量については、体外受精の新鮮胚移植周期を対象にしたLotus I・IIという大規模RCTで、1日30mgという用量が黄体補充として許容可能かつ有効であることが示されています。研究チームは以前、ホルモン補充周期(HRT-FET)でも同じ30mg/日のジドロゲステロンと腟用プロゲステロンゲルを比較し、同等の成績を報告していました。今回はその知見を自然周期に応用した形ですが、有意な上乗せ効果は確認されませんでした。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本の生殖医療の現場では、NC-FETにおける黄体補充の要否について、施設ごとに運用が分かれているのが実情です。今回の結果は、少なくとも今回と同様の厳密なLHサージ判定プロトコルを用いる場合には、経口ジドロゲステロンの追加投与が生児出生率や臨床妊娠率を明確に押し上げるとは言えないことを示しています。患者にとっては、内服薬という負担が一つ減る可能性がある一方、無投薬でも妊娠・出産の成績が損なわれるわけではないという安心材料にもなり得ます。
一方で、この結果がすべてのNC-FETプロトコルに一般化できるわけではありません。LHサージの検出方法や、hCGトリガーを用いる「修正自然周期」を採用している施設では、黄体補充の位置づけが異なる可能性があります。医師と患者のあいだでは、施設が採用している自然周期の方式に応じて、黄体補充の要否を個別に説明することが引き続き重要になると考えられます。
研究の強みと限界
本研究の強みは、2,657周期という規模の大きさと、傾向スコアマッチングによって背景因子の偏りを調整した点、さらに分割期胚移植と胚盤胞移植を分けてサブグループ解析を行った点にあります。経口ジドロゲステロンと無投薬という2群を直接比較した研究はこれまで乏しく、その意味でも新規性のあるデータです。
一方で限界もあります。第一に後方視的研究であり、黄体補充の有無は無作為に割り付けられたものではないため、選択バイアスの可能性は否定できません。第二に、LHサージ後の排卵そのものを超音波で確認していないため、一部の周期で想定と異なるタイミングで排卵が起きていた可能性があります。第三に、対象は中国人女性に限られており、他の集団への一般化には注意が必要です。研究チームは、今後は前向きのランダム化比較試験によって、経口ジドロゲステロンの位置づけをさらに検証する必要があるとしています。
おわりに
今回の研究は、経口ジドロゲステロンによる黄体補充と無投薬とを比較し、傾向スコアマッチング後の生児出生率、臨床妊娠率、着床率、流産率のいずれにも統計学的に有意な差がないことを示しました。分割期胚移植・胚盤胞移植のいずれのサブグループでも同様の結果が得られており、厳密なLHサージ判定に基づく自然周期FETでは、黄体補充の上乗せ効果が限定的である可能性を示唆する結果と言えます。ただし本研究は後方視的分析であり、今後の前向き研究による検証が引き続き求められています。
参考文献
1. Ye T, Shao H, Huang Y, Lin S, Ding S, Li Y. Comparison between oral dydrogesterone versus no drugs in clinical outcome within the natural cycle-frozen-thawed embryo transfer cycle: a retrospective analysis. BMC Pregnancy Childbirth. 2026. doi:10.1186/s12884-026-09550-y.
