米国では、妊娠を望む女性の15.4%が受胎能の低下を経験し、妊娠の約20%が流産に至るとされています。加齢や食事、運動などの生活要因が生殖機能に影響することはよく知られていますが、近年は環境中の化学物質、とりわけホルモンの働きを乱す「内分泌かく乱化学物質(EDC)」の関与にも関心が高まっています。EDCに分類される化学物質は1400種類以上にのぼり、食品包装、日用化粧品、家庭用品、繊維、玩具、建材など、日常生活のあらゆる場面に存在しています。
これまでの研究の多くは、尿や血液を採取して特定の化学物質群を測定する手法に頼っており、対象は100種類未満の化学物質にとどまるのが一般的でした。しかし実際の生活の中では、人は単一の化学物質ではなく、無数の化学物質が入り混じった「混合物」に曝露されています。そこで、手首に着用するウェアラブル型の大気サンプラーを用いて、妊娠を計画中のカップルが日常的に接している化学物質の全体像を、これまでにない網羅性で捉えようとした研究が、Environmental Science & Technology誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1021/acs.est.5c18677)。米国のプレコンセプションコホート研究PRESTO(Pregnancy Study Online)の一環として実施され、化学物質を吸着するウェアラブルバンド「Fresh Air wristband」を3日間着用してもらい、既知の化学物質を定量する「ターゲット分析」と、未知の化学物質まで幅広く検出する「ノンターゲット分析」を組み合わせて、生活の中での曝露実態を検証しています。
方法──132組のカップルに、着用型センサーで3日間の曝露を記録した
対象は、2021年1月から10月にかけてPRESTOに登録した米国39州在住の女性223名とその男性パートナー47名です。このうち、オンラインで同意を得て手首用サンプラーキットを郵送された179名の女性と31名の男性のうち、実際に着用し返送を完了したのは女性132名(同意者の74%)、男性24名(同意者の77%)でした。参加者は3日間連続でバンドを手首に着用し、水中活動時のみ外すよう指示されました。
回収したサンプラーは、ガスクロマトグラフィー・高分解能質量分析(GC-HRMS)によって解析されました。既知の80種類の環境毒性物質(多環芳香族炭化水素、フタル酸エステル、喫煙関連物質、農薬、難燃剤など)を対象とした「ターゲット分析」に加え、未知の化学物質まで広く探索する「サスペクトスクリーニング分析」も実施されています。検出された化学物質は米国環境保護庁(EPA)のデータベースと照合し、生殖毒性や内分泌かく乱作用などの健康リスクが予測されました。参加者の9割が大卒以上で、人種・民族構成は非ヒスパニック系白人が9割近くを占める、比較的均質な集団でした。
491種類のうち3割が「高リスクの内分泌かく乱物質」候補
サスペクトスクリーニング分析では、491種類の高確度の化学物質曝露が確認されました。このうち377種類は化学構造による分類(ClassyFire)が可能で、ベンゼノイド類(139種類、36.9%)とオルガノヘテロサイクリック化合物(69種類、18.3%)が最も多くを占めていました。
491種類のうち361種類についてEPAのデータベースで健康リスク情報が得られ、107種類(29.6%)が「高リスクの内分泌かく乱物質候補」と予測されました。生殖毒性については68種類(18.8%)に何らかの影響が指摘され、うち17種類(4.7%)が高リスク、30種類(8.3%)が中リスクとされています。さらに10種類は、生殖毒性と内分泌かく乱作用の両方で高リスクと判定される「二重の懸念」を持つ化学物質でした。これにはp-クレゾール、香料成分のガラクソリド、メチルサリチル酸、そして複数のフタル酸エステル類(DEHP、DIBP、DnOPなど)が含まれており、いずれも日用化粧品や家庭用品に広く使われている成分です。
このほか、25種類(6.9%)が高い発がん性リスク、248種類(68.7%)が高い発生毒性(胎児発育への影響)リスク、112種類(31.0%)が高い遺伝毒性・変異原性リスクを持つと予測されました。数値だけを見ると衝撃的に映るかもしれませんが、これはあくまで化学構造や既存データに基づく予測であり、実際の健康影響の大きさを直接示すものではない点には注意が必要です。
香料と抗菌成分が化学物質構成の主役だった
検出された化学物質の用途を分類したところ、女性参加者において最も多かったのは「香料」用途で、用途情報のある化学物質の45.9%を占めていました。次いで抗菌剤(27.1%、パラベン類やp-クレゾールなど)、香味料(16.1%)、化学中間体(15.7%)が続きました。個人ケア用品と家庭用洗剤関連の成分が、分類できた化学物質全体のおよそ半数を占めており、日用品が化学物質曝露の主要な発生源であることが浮き彫りになりました。
ターゲット分析では43種類の化学物質について定量値が得られています。多環芳香族炭化水素とフタル酸エステルは、ほぼ全員から検出されました(検出率99%以上)。フタル酸エステルの中で最も濃度が高かったのはジエチルフタル酸エステルで、中央値2294 ng/m3(四分位範囲1006〜4288)にのぼりました。香料成分のガラクソリドと日焼け止め成分のホモサレートは、参加者全員(検出率100%)から検出され、それぞれ中央値21,259 ng/m3、4402 ng/m3という高い値を示しています。
ニコチン曝露は自己申告の喫煙状況と一致しなかった
興味深いことに、ニコチンは女性参加者全員から検出されました。唯一の自己申告の現喫煙者(1日10〜14本)は986.72 μg/m3という突出した濃度を示し、非喫煙者の中央値3.03 μg/m3(範囲0.37〜309.67)と比べておよそ326倍の差がありました。喫煙者と同居している女性2名も、非喫煙パートナー世帯の中央値2.97 μg/m3に対して309.67 μg/m3、277.41 μg/m3という高い濃度を示しています。喫煙していない参加者からも広くニコチンが検出された背景には、家庭内での受動喫煙に加え、衣類や家具に染み込んだニコチンが長期間残留する「サードハンド曝露」の関与が考えられます。能動・受動を問わず喫煙者は、11種類のEDCへの曝露も有意に高くなっていました。
同様に、大麻由来のTHCも、過去12ヶ月の使用を申告した女性は11名(8.3%)だった一方、実際にTHCが検出された女性は18名(13.6%)にのぼり、受動曝露や表面残留の関与が考えられています。
日焼け止めと犬の飼育が、意外な曝露経路になっていた
生活習慣のうち、化学物質曝露量と関連が確認されたのは、喫煙、日焼け止めの使用頻度、そして犬の飼育でした。一方、世帯収入や人種・民族、学歴、年齢との関連は見られませんでした。
日焼け止めを「とてもよく使う」と回答した女性は、「ほとんど使わない・全く使わない」女性と比べて、成分のホモサレートが3.1倍、オクチサレートが2.6倍、オクトクリレンが2.9倍高い濃度を示しました。これらは内分泌かく乱作用が懸念される代表的なUV吸収剤です。使用頻度が高い人ほど、香料成分や皮膚コンディショニング成分の曝露量も同時に高くなる傾向があり、日焼け止め製品では有効成分に加え香料や保湿成分など「不活性成分」が5〜7割を占めることも、この背景として指摘されています。
もう一つの意外な発見は、犬の飼育です。犬を飼っている女性参加者は、猫など他のペットの飼育者と比べて20種類の化学物質への曝露が高く、うち12種類が香料成分で、最大2.6倍高い曝露量が確認されました。犬用シャンプーや香りつきのおもちゃ、ノミ・ダニ予防薬など、犬特有のケア用品の使用頻度の高さを反映していると考えられます。
同居カップルでも、化学物質の「指紋」は驚くほど異なっていた
17州の24組のカップルを対象に、同居する男女パートナー間で化学物質曝露を比較したところ、ターゲット分析で測定した化学物質の相関係数(ρ)は−0.2から0.8までばらつき、全体として低〜中程度の相関にとどまりました。最も相関が強かったのはガラクソリド(ρ=0.76)、ニトロベンゼン(ρ=0.78)、クリセン(ρ=0.74)、フルオランテンでした(ρ=0.73)。フタル酸エステル類では、化合物によって相関係数は0.49〜0.68とやや幅がありました。
サスペクトスクリーニング分析でも、男女で異なる化学物質シグネチャーが確認されました。女性は食品関連の防腐剤や香味料成分が有意に高く、男性は別種の香味料成分や香料成分が有意に高いという結果です。同じ住居で生活しているにもかかわらず相関が限定的だったことは、個人の製品選択や行動パターンが、共有する生活環境よりも化学物質曝露を大きく左右している可能性を示しています。この傾向は他の複数のプレコンセプションコホート研究とも一致しており、共有する世帯環境が化学物質のばらつきを説明する割合は、多くの化学物質群で2割に満たないと報告されています。
なお、491種類のうち66種類の化学物質では、米国の7地域間で統計学的な差もみられました。全体として曝露量が最も低かったのは南大西洋岸地域で、太平洋岸地域と山岳地域で高い傾向がありました。地域に自生する樹木由来と考えられる成分も含まれており、消費者製品由来と環境由来の両方が混在していることがうかがえます。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本では、プレコンセプションケアにおいて食事や運動、喫煙、飲酒などの生活習慣指導が中心となっており、日用品や化粧品を通じた化学物質曝露についての体系的な説明は、まだ一般的ではありません。今回の結果は、香料入りの日用品や日焼け止め、ペット用品といった、一見リスクと結びつきにくい日常的な製品の使用頻度が、実際の体内曝露量と関連しうることを具体的な数値で示しています。
臨床現場では、妊娠を計画するカップルへの説明において、フタル酸エステルや多環芳香族炭化水素がほぼ全員から検出される「不可避の曝露」である一方、香料成分やUV吸収剤のように製品選択によって曝露量を調整できる成分もあることを、区別して伝える意義があります。また、同居しているカップルであっても曝露パターンが男女で異なっていたという知見は、女性だけでなく男性パートナーへの説明や介入も個別に検討する必要性を示唆しています。
研究の強みと限界
本研究の強みは、132名の女性と24名の男性を対象に、491種類という広範な化学物質を同時に評価した点、そしてカップル単位での比較を行った点にあります。個々の化学物質を単独で評価してきた従来の生体モニタリング研究に比べ、日常生活における「混合物としての曝露」の実像に迫る内容といえます。
一方で限界もあります。第一に、参加者は高学歴・高所得の非ヒスパニック系白人が中心であり、より多様な集団への一般化には注意が必要です。第二に、3日間という短い測定期間であり、季節変動や製品使用パターンの変化を捉えきれていない可能性があります。第三に、Fresh Air wristbandは大気中の化学物質のみを捕捉する手法であり、食事や皮膚接触を通じた曝露経路は対象外です。第四に、サスペクトスクリーニング分析はスペクトルライブラリとの照合や予測モデルに基づいており、認証された標準物質による確認を経ていない化学物質も含まれます。第五に、統計解析は多変量調整を行わないノンパラメトリック検定が中心で、交絡因子を十分に制御できていない可能性があります。
おわりに
今回の研究は、妊娠を計画するカップルが、日常生活の中で490種類近い化学物質の混合物に曝露されており、そのうち半数以上が生殖・内分泌系への影響が指摘される成分であることを、これまでにない網羅性で示しました。日焼け止めの使用頻度や犬の飼育といった、これまで生殖医療の文脈で注目されてこなかった生活習慣が、特定の化学物質曝露と関連していたことも新たな知見です。また、同居するカップルであっても化学物質曝露のパターンは男女で異なっており、個別化した曝露評価の必要性が示されています。今後は、より多様な集団を対象とした追跡調査や、実際の妊娠・生殖アウトカムとの関連を検証する前向き研究が求められるとされています。
参考文献
1. Zhou J, Lin EZ, Wesselink AK, Schildroth S, Willis MD, Hatch EE, Wise LA, Godri Pollitt KJ. Contribution of Consumer Products to Emerging Chemical Exposures in a Preconception Cohort Study. Environ Sci Technol 2026;60(29):20197-20212. doi:10.1021/acs.est.5c18677.
