胚を長く育てても、赤ちゃんのDNAはほぼ変わらない──胚培養期間とエピジェネティクスの関係

体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)では、受精卵を体外で培養したのち子宮に戻しますが、そのタイミングには「初期胚移植」(受精後2〜3日目、分割期)と「胚盤胞移植」(受精後5〜6日目)の2つがあります。胚盤胞移植は初期胚移植より妊娠・出産の成功率が高いことが知られている一方、早産や在胎週数に対して大きめに生まれる「LGA(large for gestational age)」のリスクが上昇するとの報告が積み重ねられてきました。

このリスク上昇の背景として想定されてきたのが、DNAメチル化をはじめとするエピジェネティックな変化です。受精後の胚は、ゲノム全体で一度メチル化が消去され、その後新たにメチル化が付け直される「エピジェネティック・リプログラミング」という大規模な再構築の途上にあります。培養期間が長くなるほど、この時期の胚が人工的な培養環境にさらされる時間も長くなるため、DNAメチル化のパターンに影響が及ぶのではないか、という懸念が指摘されてきました。

では実際に、培養期間の違いは新生児のDNAメチル化にどの程度の影響を与えるのでしょうか。Bioscience Reports誌(2026年)に、フィンランド・タンペレ大学病院のグループによる、この問いに正面から答える研究が掲載されました(doi:10.1042/BSR20260093)。

方法──臍帯血と臍帯動脈のDNAメチル化を、全ゲノムで比較した

対象は、タンペレ大学病院不妊治療クリニックで体外受精・顕微授精治療を受けた50組(初期胚移植25組、胚盤胞移植25組)と、自然妊娠による30組の、合計80組の新生児です。単胎妊娠で在胎36週6日以降に分娩した例に限定されています。

出生後、臍帯血は76例(体外受精・顕微授精由来47例、自然妊娠由来29例)、臍帯動脈は全80例から採取され、Illumina社のMethylationEPIC BeadChipという網羅的な解析基盤を用いて、ゲノム全体のDNAメチル化レベルが測定されました。解析は、特定の遺伝子座ごとにメチル化の差を検討する「EWAS(エピゲノムワイド関連解析)」、ゲノム全体の平均的なメチル化レベルの比較、そしてDNAメチル化パターンから推定される「エピジェネティック年齢」(妊娠週数を予測する複数の指標)の比較という、複数の角度から行われました。

EWASでは、統計学的に確からしい差はゼロだった

初期胚移植群と胚盤胞移植群を比較したEWASでは、臍帯血で31,180カ所、臍帯動脈で25,540カ所のCpG部位(メチル化が起こりうるDNA上の目印)で、単純な検定では意味のありそうな差(P<0.05)が見られました。しかし、数十万カ所を同時に検定する際に必要となる多重検定補正を行うと、いずれの部位も有意水準(FDR<0.05)を満たしませんでした。臍帯血と臍帯動脈のあいだで、共通して差が見られた部位が重なり合っているかどうかも検証されましたが、統計学的に意味のある重なりは認められませんでした(P=0.032)。培養期間による一貫した差を示すDNAメチル化領域(DMR・VMR)も、見つかりませんでした。

ゲノム全体のメチル化レベルも、培養期間による違いはなかった

個々の部位ではなく、ゲノム全体でならしたメチル化レベルを比較しても、初期胚移植群と胚盤胞移植群のあいだに差はありませんでした(臍帯血P=0.13、臍帯動脈P=0.31)。妊娠週数を推定する5種類のエピジェネティック年齢指標(Horvath、Lee、Bohlin、Knight、EPICの各クロック)についても、両群のあいだに差は見られませんでした。培養期間の長さそのものが、赤ちゃんの生物学的な「発育の進み具合」を狂わせている様子はうかがえない結果です。

10%超の差がついた224カ所──ただしその多くは遺伝的な個人差

個々のCpG部位のメチル化レベルを群間で比較したところ、臍帯血で224カ所、臍帯動脈で116カ所において、中央値で10%を超える差が見られました。このうち44カ所は両方の組織に共通し、43カ所は差の向きも一致していました。さらに、43カ所のうち19カ所は、MUC4遺伝子(6カ所)、ALLC遺伝子(4カ所)、HOOK2遺伝子(2カ所)などを含む6つの領域に、1000塩基以内という近い距離で密集していました。

研究チームは、これらの部位のメチル化パターンが、もともとの遺伝的な個人差(一塩基多型などの遺伝子変異)によって規定されている可能性を、公開データベース(GoDMC)を用いて検証しました。その結果、データのあった17カ所すべてで、既知の遺伝子変異との関連が確認されました。つまり、これらの差は培養期間そのものの影響というより、群間でたまたま偏っていた遺伝的背景の違いを反映している可能性が高いと考えられます。

自然妊娠との比較でも、大きな違いは見られなかった

自然妊娠群と初期胚移植群、自然妊娠群と胚盤胞移植群のそれぞれについても、同様の解析が行われました。臍帯血では、いずれの比較でも多重検定を満たす有意な部位は見つかりませんでした。臍帯動脈では、自然妊娠群と胚盤胞移植群のあいだで、EIF4G3という遺伝子内のcg25263722という1カ所のみが統計学的に有意でした(P=5×10⁻⁸)。ただしこの部位の群間の差は中央値でわずか1.6%にとどまり、同じ遺伝子の周辺にある51カ所の別のCpG部位ではいずれも差が見られなかったことから、生物学的な意味は限定的と考えられています。ゲノム全体のメチル化レベルやエピジェネティック年齢についても、自然妊娠群と両ART群のあいだに差は認められませんでした。

臍帯血と臍帯動脈は、まったく別のメチル化地図を持っていた

この研究でもっとも際立った違いは、実は培養期間ではなく組織の種類によるものでした。同じ新生児から採取した臍帯血と臍帯動脈を比較すると、458,044カ所ものCpG部位で統計学的に有意な差(FDR<0.05)が見られ、そのうち325,268カ所は中央値で2.5%を超える差がありました。全体の約6割の部位で、臍帯血のほうが臍帯動脈よりもメチル化が高い傾向にありました。組織ごとに求められる遺伝子発現パターンが異なる以上、こうした組織差は自然なことですが、培養期間による変化がいかに小さかったかを際立たせる結果でもあります。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、胚盤胞移植は妊娠・出産率の高さから広く選択されている一方、早産やLGAとの関連を懸念する声も一部にあります。今回の結果は、少なくともDNAメチル化という分子機構を介した経路については、培養期間の長さそのものが赤ちゃんのエピゲノムに大きな影響を及ぼしている証拠は乏しいことを示しています。胚盤胞移植を検討する患者への説明や、医師・培養士による意思決定の場面において、この種のデータは安心材料として活用しうるものです。ただし、今回の研究は培養期間という単一の要因に絞った検証であり、培養液の組成や酸素濃度、受精方法といった他の培養条件の影響までを否定するものではありません。

研究の強みと限界

本研究の強みは、EWAS、ゲノム全体のメチル化レベル、エピジェネティック年齢、DNAメチル化領域(DMR・VMR)解析という複数の手法を組み合わせ、さらに臍帯血と臍帯動脈という2種類の組織を同時に検討した、多角的な検証にあります。

一方で限界もあります。第一に、各群25〜30例という小規模なコホートであり、より小さな、あるいは一部の胚にのみ生じるような変化までは検出できていない可能性があります。第二に、単一施設(フィンランドの1病院)のデータであり、他地域・他施設への一般化には注意が必要です。第三に、この研究では遺伝子データそのものは収集されておらず、遺伝的な個人差の影響は公開データベースとの照合によって間接的に推定されています。このデータベースは旧世代の解析基盤(約45万カ所)に基づくため、一部の部位については遺伝的関連の有無を確認できませんでした。第四に、新鮮胚移植と凍結融解胚移植の割合が初期胚移植群と胚盤胞移植群で異なっていた(P<0.001)点は、統計解析上調整されているものの、結果の解釈には留意が必要です。

おわりに

今回の研究は、体外受精・顕微授精における胚培養期間の長さが、新生児のDNAメチル化に及ぼす影響を、ゲノム全体のスケールで検証した初めての報告です。EWAS、全体的なメチル化レベル、エピジェネティック年齢のいずれの指標でも、初期胚移植と胚盤胞移植のあいだに大きな差は見出されず、自然妊娠との比較でも同様の結果でした。培養期間よりも、臍帯血と臍帯動脈という組織の違いのほうが、はるかに大きなメチル化の差を生んでいたことも示されています。これらの知見は、胚盤胞移植を受けた児の将来的な健康について、少なくともDNAメチル化を介した経路に関しては一定の安心材料を提供するものですが、より大規模な集団での追試が今後の課題として残されています。

参考文献

1. Ciantar J, Raitoharju E, Marttila S, Lehtimäki T, Pohjonen EM, Ahinko K, Kaartinen N. The length of the embryo culture in assisted reproductive technology does not have a major impact on newborn DNA methylation. Bioscience Reports 2026;46(8):BSR20260093. doi:10.1042/BSR20260093.

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