不妊はカップルのおよそ15%が経験するとされる、世界的にありふれた医療課題です。デンマークでは約20%のカップルが不妊を経験し、デンマーク人男性の最大40%で精子の質が最適とは言えない水準にあるとの報告もあります。精子の質を低下させる要因の解明は、生殖医療にとって重要な課題であり続けています。
胎児期、とりわけ妊娠8〜14週の「男性化プログラミングウィンドウ」と呼ばれる時期は、男性生殖器の発達に対する外的曝露の影響を受けやすい期間とされています。この時期のホルモン環境の乱れが、将来の精子の質を含む男性生殖機能の異常につながる可能性が指摘されてきました。
一方、人工甘味料入り飲料(ASB)の消費は世界的に増加傾向にあり、2024年時点でヨーロッパの人工甘味料市場の約半分をASBが占めるとの推計もあります。糖質制限の手段として一般成人に広く使われるほか、妊娠糖尿病の管理のために妊娠中の女性に勧められる場合もあります。しかし、妊娠中のASB摂取が胎児、とくに男児の将来の生殖機能にどう影響するかは、これまで十分に検証されてきませんでした。動物実験では、母動物へのASB曝露が雄の子の生殖発達や精子パラメータに影響するとの報告があり、性差のある作用が示唆されています。こうした背景のもと、デンマークの出生コホートを用いて、妊娠中の母親のASB摂取と、成人した息子の精子の質・精巣容積・生殖ホルモンとの関連を検証した研究がAndrology誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1111/andr.70317)。
方法──デンマークの出生コホートを、成人になった息子まで追跡した
対象となったのは、デンマーク国民出生コホート(DNBC)に妊娠中から参加していた母親から生まれ、成人後に「精子の質の胎児プログラミング(FEPOS)」コホートに参加した息子880人です。DNBCは1996年から2002年にかけて約9万2000人の妊婦を登録した大規模コホートで、妊娠中に2回の電話面接調査が行われていました。FEPOSコホートは、そのうち18歳9か月以上になった息子を対象に2017年から2019年にかけて構築され、招待対象5679人のうち参加率は19%でした。
母親のASB摂取量は、妊娠25週前後に実施された食物摂取頻度調査(FFQ)をもとに、「摂取なし」「週1回未満」「週1〜7回未満」「1日1回以上」の4群に分類されました。対象となった砂糖不使用の飲料は、無糖のフルーツシロップ入り飲料水と、ダイエット炭酸飲料(コーラなど)の2種類です。結果として、63.0%の母親が「摂取なし」、8.6%が「週1回未満」、15.3%が「週1〜7回未満」、13.1%が「1日1回以上」でした。
息子側のアウトカムは、18〜21歳時点で測定された精液の性状(精子濃度、総精子数、運動率、正常形態率)、精子のDNA損傷を示すDNA断片化指数(DFI)と未成熟なクロマチン構造を示す高DNA染色性(HDS)、プレーダー式オーキドメーターによる精巣容積、そしてFSH・LH・エストラジオール・SHBG・テストステロンといった生殖ホルモンです。解析には負の二項回帰モデルが用いられ、「摂取なし」群を基準として、各曝露群における相対的な差(%)と95%信頼区間が算出されました。親の社会経済状態や母親の妊娠前BMI、喫煙状況、妊娠までの期間などで調整され、参加バイアスを抑えるための逆確率重み付けも適用されています。
精子濃度は低め、正常形態も減少──ただし統計的には「誤差の範囲」
調整後の解析では、「摂取なし」群と比べて、最も摂取量が多い群(1日1回以上)の息子で精子濃度がやや低い傾向が見られました(-6.4%、95%信頼区間-22.3〜12.8)。正常形態を示す精子の割合も同様に低い傾向でした(-13.7%、95%信頼区間-26.5〜1.3)。数値としてはマイナス方向の変化ですが、信頼区間はいずれもゼロをまたいでおり、「差がない」という可能性や、むしろ保護的に働く可能性も否定できない結果です。総精子数や運動率についても、群間で一貫した差は確認されませんでした。
精巣容積や、テストステロン、エストラジオール、SHBG、LHといった生殖ホルモンについては、曝露群による明確な差は見られませんでした。血液や精液のサンプルは採取した一時点のみの測定であり、視床下部-下垂体-性腺系のホルモン変動を捉えきれていない可能性が、著者らによって考察されています。
唯一有意だった指標──精子クロマチンの「未成熟さ」
今回の複数のアウトカムのうち、信頼区間がゼロをまたがなかった、つまり統計学的に意味のある差として検出されたのは一つだけでした。DNA染色性(HDS)、すなわち精子クロマチンが十分に成熟しきっていない状態を示す指標です。最も摂取量が多い群の息子では、「摂取なし」群と比べてHDSが18.1%高い値を示しました(95%信頼区間3.8〜34.3)。DNA断片化指数(DFI)についても、同じ群で6.8%高い傾向が見られました(95%信頼区間-5.4〜20.5、有意差には至らず)。これらは精子のDNA完全性に関わる指標であり、動物実験で報告されてきた酸化ストレスやDNA損傷のメカニズムと方向性が一致する所見です。ただし、いずれも効果量は小さく、この差が実際の妊孕性にどの程度の意味を持つかは、この研究だけでは判断できません。
人工甘味料を「ふつうの炭酸」に置き換えたら
補足解析として行われた置換分析では、母親のASB摂取を、同量の砂糖入り飲料(SSB)に置き換えた場合の影響が推定されました。その結果、ASBをSSBに置き換えることは、精子濃度・総精子数・正常形態率の上昇、DFIとHDSの低下と関連しており、精液所見全体としてはやや良好な方向への変化が示されました。一方でSHBGとFSHはわずかに高い値を示しています。ただし、著者らはこの結果について、ASBを多く摂取する母親は食生活や生活習慣全体が異なる可能性があり、残余交絡や偶然の影響を除外できないと注意を促しています。
子どものBMI(7歳時点)を媒介変数とした媒介分析では、ASB摂取と精子バイオマーカーとの関連を、幼少期の肥満度が仲介しているという明確な結果は得られませんでした。摂取量をより細かく区分した用量反応の検討では、精液量やDFI・HDS、テストステロン、SHBGについて、摂取量に応じた傾向がうかがえるものの、いずれも確定的な結論には至っていません。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本では、妊娠中の人工甘味料摂取について具体的な摂取量の目安が広く周知されているとは言えない状況です。世界保健機関(WHO)は体重管理を目的とした人工甘味料の使用を推奨しないとの見解を示しており、デンマークの保健当局は成人1人あたり週0.5リットルを上限とする目安を示しています。今回の研究は、妊娠中のASB摂取が男性の妊孕性に明確な悪影響を及ぼすという強い証拠を示したものではなく、臨床現場で一律に「摂取を避けるべき」と説明する根拠にはなりません。一方で、精子DNAの完全性に関わる指標に一貫した傾向が見られたことは、妊娠中の食事指導において選択肢の一つとして共有しうる情報と言えます。糖質管理の目的でASBとSSBのどちらを選ぶかという相談を受ける場面では、双方に一長一短があるという前提のもとで、個々の状況に応じた説明が求められると考えられます。
研究の強みと限界
本研究の強みは、前向きに収集されたデータをもとに、曝露(妊娠中のASB摂取)がアウトカム(成人後の精子所見)よりも先に記録されているため、思い出しバイアスの影響を受けにくい点にあります。精液検査は曝露状況を伏せられた検査技師によって行われ、複数の検査施設による外部精度管理も実施されています。
一方で限界も複数あります。第一に、精液・血液サンプルは1回のみの採取であり、日々変動するホルモン値や精液所見の典型値を反映しきれていない可能性があります。第二に、FEPOSコホートの参加率は19%にとどまっており、選択バイアスの影響は完全には否定できません。ただし、招待を受けながら参加しなかった息子群と参加した息子群とで、母親のASB摂取量に大きな差はなかったと報告されています。第三に、ASB摂取は妊娠21〜25週時点の自己申告に基づいており、妊娠期間を通じた摂取量の変化が反映されていない可能性があります。第四に、対象集団は社会経済的地位が比較的高い層に偏っている可能性があり、結果の一般化には注意が必要です。また、近年は人工甘味料の摂取量自体が増加傾向にあるため、より新しい、より大規模なコホートでの追試が望まれます。
おわりに
今回の研究は、妊娠中の母親のASB摂取と、成人した息子の精子の質・精巣容積・生殖ホルモンとの関連について、これまでで最も詳細な検証の一つです。全体として、明確な悪影響を裏づける強い証拠は得られませんでしたが、最も摂取量が多い母親群の息子では、精子濃度や正常形態率がやや低く、精子クロマチンの未成熟さやDNA断片化を示す指標がやや高いという傾向が観察されました。これらの関連は統計学的に不確実であり、臨床的な意味も現時点では不明です。人工甘味料の消費パターンが変化を続けるなか、より精密な曝露評価と繰り返しの測定を伴う今後の研究が必要とされています。
参考文献
1. Hauberg FV, Hviid EM, Stokholm MV, Gaml-Sørensen A, Bjerregaard AA, Halldorsson TI, Tøttenborg SS, Ramlau-Hansen CH. Maternal Consumption of Artificially Sweetened Beverages in Pregnancies and Biomarkers of Fecundity in Adult Sons. Andrology 2026;0:1–11. doi:10.1111/andr.70317.
