体外受精・胚移植(IVF-ET)は、身体的な負担だけでなく、長期にわたる不確実性と心理的な負荷を伴う治療です。侵襲的な処置、厳格なスケジュール、そして着床がうまくいかない経験を繰り返すなかで、患者は自分の身体や人生の見通しに対するコントロール感を失いやすいことが知られています。
これまでの心理学研究の多くは、不安や抑うつといった否定的な心理状態に注目してきました。しかし近年のポジティブ心理学の広がりを受けて、自己効力感・レジリエンス・希望・楽観の4要素からなる「心理資本(Positive Psychological Capital)」という、患者が本来持っている内的な強さに目を向ける研究が増えています。心理資本は、侵襲的な処置に耐える力、結果を待つ不確実な期間を支える力、失敗した周期から立ち直る力の源になると考えられていますが、IVF-ET患者を対象とした研究はまだ多くありません。
こうした背景のもと、International Journal of Women’s Health誌(2026年)に、中国・浙江省の三次医療機関で実施された602人のIVF-ET患者を対象とする研究が掲載されました。心理資本を潜在プロファイル分析(Latent Profile Analysis, LPA)という手法でタイプ分けし、どのような患者がどのタイプに属しやすいかを検討した内容です(doi:10.2147/IJWH.S602396)。
方法──何人を、どう調べたか
対象は、2025年7月から11月にかけて中国・浙江省の三次医療機関の生殖内分泌科外来で、初回の胚移植を受けたIVF-ET患者です。20歳以上で結婚しており、独立して電子アンケートに回答できることなどが条件とされ、重篤な身体疾患や精神疾患の既往がある人、移植周期をキャンセルした人は除外されました。638人に配布し、回答に一貫性のない36人を除いた602人(有効回答率94.4%)が解析対象となりました。平均年齢は32.99±4.52歳で、35歳未満が392人(65.1%)を占めています。
胚移植当日に、心理的苦痛を測るKessler心理的苦痛尺度(K10、10〜50点)と、自己効力感・レジリエンス・希望・楽観の4次元・26項目からなる心理資本質問票(Positive Psychological Capital Questionnaire, PPQ、7段階評価)が実施されました。この26項目の回答パターンをもとに、統計ソフトMplusを用いて1〜4クラスの潜在プロファイルモデルが順にあてはめられ、AIC・BIC・aBICなどの適合度指標とEntropy(分類の正確さを示す指標、0〜1で1に近いほど良好)、LMRT・BLRTという2種類の検定を組み合わせて、最適なクラス数が検討されました。
心理資本は3タイプに分かれた──低群2割、中間層が最多
モデルの比較では、クラス数を1から3に増やすとAIC・BIC・aBICのいずれも段階的に低下し、LMRT・BLRTともに統計学的に有意でした(いずれもP<0.001)。4クラスモデルではEntropyが0.925とやや高くなったものの、LMRTが有意ではなくなり(P=0.091)、4クラス目を加えても適合度の改善が乏しいと判断されました。こうした複数の指標を総合し、Entropy 0.924の3クラスモデルが最終的に採用されています。
3つのタイプの内訳は、心理資本スコアが低い「低群」が130人(21.6%、スコア97.86±9.34)、中程度の「中間群」が275人(45.7%、スコア119.40±7.36)、高い「高群」が197人(32.7%、スコア145.48±11.45)でした。全体の心理資本スコアの平均は123.28±19.86で、理論上の得点範囲の中間よりやや高い、中程度の水準にあたります。各次元別では、自己効力感32.58±6.42、楽観30.73±5.62、希望30.41±5.47、レジリエンス29.63±6.52の順で高く、4つの次元のなかではレジリエンスがもっとも低い値でした。心理的苦痛を示すK10スコアの平均は18.22±5.96で、目安として「まずまずの精神健康状態」に相当する水準です。
低群に属する患者は、自己効力感・楽観・希望・レジリエンスのいずれの次元でも低い水準にあり、困難に直面したときに内的な動機づけや緩衝材となる仕組みを欠きやすく、無力感や挫折感を抱きやすい傾向が報告されています。一方、高群に属する患者は、治療中の不安やストレスをうまく調整し、さまざまな課題に前向きに対処できていたと自己報告されています。中間群は、一定の心理的な適応力を持ちながらも、治療の反復や不確実性に直面したときに楽観的な態度やストレスへの耐性が揺らぎやすい層と位置づけられました。
誰が「低群」になりやすいのか──若さは守りにならない
単変量解析では、年齢、居住地(都市・農村・町)、世帯の月収、不妊期間、妊娠歴の分布が3タイプ間で有意に異なっていました(いずれもP<0.05)。これらの変数と自己効力感スコアを投入した多変量ロジスティック回帰分析では、年齢とK10スコア(心理的苦痛)の2つが、独立した予測因子として残りました。
低群を基準とした場合、35歳未満であることは、中間群に属するオッズを0.534倍(95%信頼区間0.316〜0.902)、高群に属するオッズを0.361倍(95%信頼区間0.205〜0.637)に下げていました。言い換えると、35歳未満の患者はそうでない患者に比べて、低群にとどまりやすいということになります。心理的苦痛(K10スコア)についても、スコアが1点高くなるごとに、中間群に属するオッズが0.942倍(95%信頼区間0.911〜0.975)、高群に属するオッズが0.857倍(95%信頼区間0.819〜0.897)に低下しており、心理的苦痛が強いほど低群にとどまりやすいという関係が確認されました。
若い患者のほうが心理資本を保ちやすいだろうという直感とは逆の結果ですが、論文では、キャリアの初期段階にある若い患者ほど仕事と治療の両立に迫られやすく、これまでの人生経験のなかで治療の失敗を繰り返し経験する機会が少ないこと、また中国の文化的背景として、若く結婚したばかりの女性ほど早期の妊娠を求める家族からの圧力を受けやすいことなどが、この関連を説明しうる要因として挙げられています。ただし本研究は横断研究であるため、因果関係の方向までは特定できません。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本でも、体外受精を受ける患者への心理的支援の必要性は繰り返し指摘されてきましたが、多くの現場では、心理的な状態を体系的にスクリーニングする仕組みは十分に整っていません。今回の結果は、年齢と心理的苦痛という、外来診療のなかでも比較的把握しやすい2つの指標が、心理資本の低い群を早期に見分ける手がかりになりうることを示しています。
特に、35歳未満だからといって心理的な負担が軽いとは限らないという知見は、日本の臨床現場での説明のあり方にも示唆を持ちます。治療を受けている患者にとっては、年齢的な余裕があるはずだという周囲の見方と、実際の心理的な負担感との間にずれが生じやすい可能性があり、医師や看護師が患者への声かけや支援の優先順位を検討するうえで、参考になる視点だと考えられます。ただし、本研究の対象は中国の単一施設であり、文化的背景や医療制度の違いを踏まえると、同じ分類やカットオフ値がそのまま日本の患者にあてはまるとは限らない点には注意が必要です。
研究の強みと限界
本研究の強みは、602人という比較的大規模なサンプルに対して潜在プロファイル分析という個人中心の手法を用い、心理資本という肯定的な側面から患者の異質性を捉え直した点にあります。同じ研究チームは、以前に不安や抑うつと関連する「失感情症」という否定的な特性についても潜在プロファイル分析を行っており、今回の研究は、これを肯定的な資源の視点から補完するものと位置づけられています。
一方で限界も少なくありません。第一に、単一施設での機縁法(convenience sampling)によるデータであり、選択バイアスや施設固有の偏りが生じている可能性があります。第二に、対象は「初回の胚移植」を控えた患者に限られており、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)や移植可能な胚が得られなかったことなどにより周期をキャンセルした患者は含まれていません。こうした患者では心理資本がより低い可能性があり、除外による影響は無視できません。第三に、横断研究であるため因果関係の方向は特定できず、心理的苦痛と心理資本のどちらが先に生じるのか、あるいは両者が相互に影響し合っているのかは、今回のデータだけでは判断できません。第四に、すべて自己報告による測定であり、社会的望ましさに基づく回答の偏りなども否定できません。
おわりに
今回の研究は、IVF-ET患者の心理資本が低群(21.6%)・中間群(45.7%)・高群(32.7%)という3つのタイプに分かれること、そして35歳未満であることと心理的苦痛の強さが、低群に属することと関連する独立した因子であることを示しました。多くの患者が一定の心理的な資源を保持している一方で、特に低群に属する患者は、心理的な資源が枯渇した状態にあり、早期の注意を要する可能性があります。研究チームは、年齢と心理的苦痛という2つの指標を組み合わせた早期のスクリーニングと、タイプに応じた段階的な心理的支援の可能性を提案していますが、本研究は横断研究であることから、こうした介入の効果そのものは今後の縦断研究や介入研究によって検証される必要があるとされています。
参考文献
1. Yan Y, Ma Y, Xu L, Lv Y, Zhang X, Yu G. Latent Profile Analysis and Predictors of Positive Psychological Capital in Patients Undergoing in vitro Fertilization-Embryo Transfer. Int J Womens Health. 2026;18:602396. doi:10.2147/IJWH.S602396.

