不妊治療(体外受精や人工授精などの生殖補助医療、以下MAR)を受けているあいだ、カップルの性生活は排卵日に合わせたスケジュールに縛られやすく、性的な満足度や欲求が低下しやすいことが、これまでの研究で繰り返し指摘されてきました。実際、女性の42%、男性の28%が不妊が自分の性欲に悪影響を及ぼしたと回答したとする報告や、MARを受ける女性の58%、男性の29%が性欲の問題を経験しているとする報告もあります。
ただし、こうした知見の多くは一時点の調査や、女性のみを対象とした研究に基づくものでした。カップルという単位で、しかも治療開始から長期にわたって性欲がどう変化していくのかを追った研究は、これまでほとんど存在していませんでした。すべてのカップルが一様に性欲を失っていくのか、それとも経過には多様なパターンがあるのか。この問いに答えるため、カナダの複数施設で実施された前向きコホート研究がJournal of Sexual Medicine誌(2026年)に掲載されました(doi:10.1093/jsxmed/qdag216)。
方法──217組のカップルを、2年間・5時点で追跡した
対象は、医学的な原因による不妊でMARを開始したばかりのカップル217組です。ベースライン、6か月後、12か月後、18か月後、24か月後の計5時点で、オンライン調査により性欲を測定しました。性欲の評価には、女性用の性機能質問票(FSFI)と男性用の勃起機能質問票(IIEF)から、それぞれ2項目ずつを用いています。
解析には、ダイアド(2者関係)潜在クラス成長分析(DLCGA)という手法が用いられました。これは、カップルを一つの単位として捉え、時間の経過とともにどのような性欲の変化パターン(軌跡)のグループに分かれるかを統計的に推定する方法です。あわせて、年齢や教育歴、不妊の原因、治療の種類、治療回数、妊娠の有無、経済的負担、関係満足度、パートナーからのサポート感など、多岐にわたる要因が、どの軌跡グループに属しやすいかを予測するかどうかも検証されました。
4つの軌跡──「足並みの揃った低下」から「高いままの安定」まで
解析の結果、カップルの性欲の変化は一様ではなく、4つの異なる軌跡グループに分かれることが示されました。全体を通じて、MARを受けている本人(調査対象の大半が女性)の性欲は、いずれのグループでも時間とともに低下する傾向が見られました。
最も割合が高かったのは「不一致型」(37%、80組)で、MARを受けている本人の性欲は緩やかに低下する一方、パートナーの性欲は高いまま安定していたグループです。次いで「高欲求維持型」(26%、56組)で、両者とも比較的高い性欲を保ったまま緩やかに低下するにとどまりました。「中程度低下型」(27%、59組)は、両者とも中程度の水準から緩やかに低下するパターンです。最も割合が小さかったのが「急激な低下型」(10%、22組)で、両者ともベースラインでは中程度の性欲だったものが、2年間で急激に低下し、調査終了時にはきわめて低い水準に達していました。
何が軌跡を左右するのか──治療内容ではなく、教育歴と関係満足度
単変量の解析では、男性因子による不妊、両者の関係満足度、MARを受けている本人が感じるパートナーからのサポート、本人の年齢と教育歴の6つが、軌跡グループの違いと関連していました。しかし、これらを同時に投入した多変量解析では、教育歴と関係満足度の2つだけが独立した予測因子として残りました。
教育歴については、複雑なパターンが見られました。MARを受けている本人の教育歴が高いほど、「急激な低下型」に比べて「中程度低下型」や「不一致型」に属する見込みが高く、最も深刻な低下パターンに対しては保護的に働いていました。ところがその一方で、教育歴が高いほど「高欲求維持型」には属しにくいという、先行研究とは逆の関連も示されています。研究では、教育歴の高さが仕事上のストレスの大きさや、出産の先送り、あるいは性の悩みへの気づきやすさ・報告のしやすさと関連している可能性が考察されています。
関係満足度については、より一貫した結果でした。MARを受けている本人、パートナーのいずれについても、関係満足度が高いほど「高欲求維持型」に属する見込みが高くなっていました。一方で、不妊の期間や診断名、体外受精か人工授精かといった治療の種類、治療周期数、妊娠の成否、治療の中断といった、いわゆる医学的・治療関連の要因は、いずれも軌跡グループの違いを予測しませんでした。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本の生殖医療の現場では、不妊治療中の性生活の変化について、体系的に話題にする機会は限られているのが実情です。今回の結果は、治療の種類や治療周期数といった医学的な要因そのものよりも、カップルの関係満足度のほうが、性欲の経過を左右する重要な手がかりになりうることを示しています。医師や看護師などの医療者にとっては、治療の説明にあわせて性欲の変化が起こりうることをあらかじめ伝え、個人差が大きいことを共有すること自体が、患者の不安や自責感を和らげる一助になると考えられます。
また、「不一致型」が最も多い層だったという結果は、片方だけが性欲の低下を経験している場合でも、それが必ずしも特殊な状況ではないことを示唆しています。カップルにとっては、こうした差が生じること自体を「異常」と捉えず、話し合いの糸口とすることが助けになる可能性があります。関係満足度を保つための時間の使い方や、治療と関係のない共通の目標を持つことなど、カップル単位での心理的サポートの重要性が、今回の結果からも改めて示された形です。
研究の強みと限界
本研究の強みは、217組という比較的大きなサンプルを2年間、5時点にわたって追跡した縦断デザインにあります。また、個人単位ではなくカップル単位で解析するダイアドの手法を用いることで、変数中心の解析では見えなかった多様な組み合わせのパターンを明らかにできた点も特徴です。
一方で限界もあります。性欲の評価は過去4週間についての自己申告であり、記憶の想起バイアスや社会的望ましさバイアスの影響を否定できません。対象者は教育歴・就労率が高く、白人・異性愛者が多数を占めており、同性カップルや単身での不妊治療といった「社会的不妊」のケースは除外されているため、結果の一般化には注意が必要です。また、MARを受けていないカップルとの比較対照群が設けられておらず、観察されたパターンがMARに特有のものか、より一般的な関係性の変化を反映しているのかは判別できません。
おわりに
今回の研究は、不妊治療中のカップルの性欲の変化が一様ではなく、少なくとも4つの異なる軌跡に分かれることを、大規模な縦断データで示しました。医学的な治療要因よりも、教育歴や関係満足度といった心理社会的な要因のほうが、軌跡の違いと関連していたという知見は、治療説明や心理的サポートのあり方を考えるうえでの土台になりうるものです。今後は、より多様な背景を持つカップルを対象とした追跡調査や、対照群を伴う研究によって、知見の妥当性をさらに検証していくことが課題とされています。
参考文献
1. Rosen NO, Jabbour K, Marcotte-Beaumier G, Rossi M, Bergeron S, Brassard A, Péloquin K. Patterns and predictors of classes of sexual desire trajectories in couples with medical infertility undergoing medically assisted reproduction. J Sex Med 2026;23(8):qdag216. doi:10.1093/jsxmed/qdag216.
