不妊は生殖年齢にある夫婦の少なくとも15%が経験するとされ、WHOの報告(2023年4月)では、生涯のいずれかの時点で不妊を経験する成人はおよそ6人に1人(17.5%)にのぼるとされています。不妊の原因は女性側の要因に帰されがちですが、実際には男性側の要因も大きな比重を占めており、その重要性はしばしば過小評価されてきました。
不妊はさらに、これまで一度も子を持ったことがない夫婦における「一次性不妊」と、過去に出産経験があるうえで次の妊娠に至らない「二次性不妊」に区分されます。この2つは背景にある要因も、対象となる年齢層も異なると考えられていますが、国・地域ごとにどちらが優勢で、どのような経年変化をたどっているのかについては、包括的な検証が十分に行われてきませんでした。
こうした背景のもと、International Journal of Gynecology & Obstetrics誌(2026年)に、世界の疾病負荷研究(Global Burden of Disease study 2021、以下GBD 2021)のデータを用い、ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ・エジプト・イラン・アラブ首長国連邦・サウジアラビア・エチオピアのBRICS加盟10か国を対象に、男性の一次性不妊(PMI)と二次性不妊(SMI)の負荷を1990年から2021年まで追跡し、2035年までの将来推計を行った論文が掲載されました(doi:10.1002/ijgo.71219)。
方法──10か国、32年分のデータをGBD 2021から抽出
解析には、GBD 2021データベースに収載された、15〜49歳の男性人口を対象とする国別の不妊有病率が用いられました。GBD 2021では、一次性不妊は「5年以上避妊をせずに性交渉を続けても第1子を得られない状態」、二次性不妊は「過去に出産経験がありながら、5年以上経っても次の妊娠に至らない状態」と定義されており、いずれも夫婦単位の不妊のうち男性側の要因に帰属する割合をモデル推計したものです。したがって、精液検査など個別の臨床診断に基づく数値ではなく、人口レベルでのモデル推計値である点に留意が必要です。
解析対象は、世界全体および、2024年1月にBRICSに新規加盟したエジプト・イラン・アラブ首長国連邦・サウジアラビア・エチオピアを含む10か国です。年齢調整有病率(ASPR、10万人あたり)と、1990〜2021年の年間平均変化率(EAPC)が算出されたほか、ベイズ流の年齢-期間-コホートモデルを用いて2022〜2035年のASPRが予測されました。さらに、有病者数の変化を「高齢化」「人口増加」「疫学的変化」の3要素に分解する手法(Das Gupta法)も用いられています。
世界全体では、二次性不妊が一次性不妊のおよそ2倍
2021年の世界全体の推計では、一次性不妊が約1710万例、二次性不妊が約3838万例と報告されており、有病者数・ASPRともに二次性不妊が一次性不妊のおよそ2倍でした。ASPRは一次性不妊が10万人あたり862.53件(95%不確実性区間259.61〜2240.92)、二次性不妊が1899.17件(574.20〜4419.17)です。1990年から2021年にかけて、世界全体のASPRは一次性不妊で年平均0.58%(95%信頼区間0.44〜0.72)、二次性不妊で0.46%(0.32〜0.60)、いずれも緩やかな増加傾向を示しました。年齢別にみると、一次性不妊の有病率は25〜29歳でピーク(10万人あたり1499.51件)を迎え、二次性不妊は35〜39歳でピーク(同3890.41件)に達したのち低下していました。
BRICS各国で対照的な傾向──イラン・ロシアは高止まり、中国・インドは急増
2021年時点で、一次性不妊のASPRが最も高かったのはイラン(10万人あたり1704.11件)、二次性不妊のASPRが最も高かったのはロシア(同2809.01件)でした。一方、有病者数でみると、一次性不妊はインドが最多(約443万例)、二次性不妊は中国が最多(約1025万例)となっており、ASPRの高さと絶対数の多さが必ずしも一致しない点が特徴的です。
1990年から2021年の推移では、中国・インド・ブラジル・エジプトでASPRの明確な増加傾向が、エチオピアと南アフリカで減少傾向が確認されました。ロシア・イラン・サウジアラビア・アラブ首長国連邦では、有病者数自体は大きく変動したものの、ASPRは相対的に安定していました。また、二次性不妊と一次性不妊の比率(SMI/PMI比)は国によって大きく異なり、中国は1990年6.67、2021年6.19と一貫して高い一方、イランは1990年0.441、2021年0.613と一貫して低い水準にとどまっていました。エジプトはこの比率が0.565(1990年)から1.112(2021年)へと逆転しており、二次性不妊が一次性不妊を上回る構造へと変化したことが示されています。
増加の内訳──高齢化・人口増加・疫学的変化のバランス
有病者数の変化を高齢化・人口増加・疫学的変化の3要素に分解した解析では、インドの一次性不妊の増加に対し、高齢化が30.69%、人口増加が35.44%、疫学的変化が33.87%それぞれ寄与していたことが示されました。二次性不妊についても、インドでは高齢化26.96%、人口増加26.87%、疫学的変化46.18%という内訳でした。対照的に、ロシアの二次性不妊では人口増加の寄与が340.14%に達する一方、高齢化の寄与は−245.08%とマイナスに転じており、生殖年齢人口自体の縮小が有病者数を押し下げる方向に働いていたことがうかがえます。中国とロシアでは、高齢化が不妊負荷を「押し下げる」という他国とは逆の傾向がみられ、これは生殖年齢層(20〜40歳)の人口構成比が縮小したことによる見かけ上の効果である可能性が論文中で指摘されています。
2035年予測──インドの二次性不妊がBRICS首位に
2022年から2035年にかけての予測では、世界全体の一次性不妊ASPRは低下傾向、二次性不妊ASPRは上昇傾向が続くとされています。BRICS諸国の中では、インドの二次性不妊ASPRが2020年の10万人あたり1998.2件から2035年には3356.9件へと増加し、世界水準を上回ってBRICS域内で最も高くなると予測されました。エジプトの二次性不妊ASPRも、2020年の905.4件から2035年には1344.93件へ増加すると見込まれています。一方、一次性不妊のASPRは、ブラジルと中国でわずかに上昇するものの、インド・エチオピア・イランを中心に多くの国で低下すると予測されており、一次性不妊と二次性不妊とで今後の軌道が分かれる可能性が示されています。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本はBRICSに含まれていませんが、今回の知見は、男性不妊を一次性・二次性に分けて捉える視点の重要性を示す点で示唆に富みます。日本の生殖医療の現場では、これまで男性不妊の評価が「不妊」全体として扱われることが多く、一次性か二次性かによってリスク因子や年齢分布が異なりうるという整理は、必ずしも一般的ではありませんでした。二次性不妊が30〜40歳代にピークを持つという年齢分布は、晩婚化・高齢出産化が進む日本の生殖年齢人口の構成とも関わりうる論点であり、カウンセリングや検査のタイミングを検討するうえでの参考情報になり得ます。
臨床現場では、精液検査や生活歴の聴取に加え、既往の妊孕性(過去に子を持てたかどうか)を踏まえたうえで、一次性・二次性という枠組みでリスクを整理する視点が、患者への説明や検査計画の一助になる可能性があります。
研究の強みと限界
本研究の強みは、GBD 2021という大規模で標準化されたデータベースを用い、32年間にわたる10か国の男性不妊負荷を一次性・二次性に分けて体系的に比較し、2035年までの将来予測まで行った点にあります。BRICS諸国を対象にこの区分で解析した研究はこれまでほとんど報告されていませんでした。
一方で限界も複数あります。第一に、GBD 2021の推計値は人口調査や行政記録など複数のデータソースに基づくモデル推計であり、個々の患者の精液検査や医療記録に基づく臨床データではないため、真の負荷を過大・過小評価している可能性があります。第二に、二次性不妊については原因別の内訳が提供されておらず、感染症や生活習慣などの寄与を個別に比較することはできません。第三に、環境要因や生活習慣、医療制度に関する考察は、人口レベルのモデル推計に基づく仮説的な解釈であり、因果関係を証明するものではありません。第四に、将来予測は過去の傾向が今後も継続するという前提に基づいており、代替モデルを用いた感度分析は行われていません。これらの点から、今回の知見は今後の個人レベルのデータを用いた検証を要する仮説生成的な位置づけとして理解する必要があります。
おわりに
今回の研究は、BRICS諸国における男性の一次性不妊と二次性不妊の負荷を、初めて体系的に区分して示したものです。世界全体では二次性不妊の負荷が一次性不妊のおよそ2倍にのぼり、国によって主要な増加要因(高齢化・人口増加・疫学的変化)の構成が大きく異なることが明らかになりました。2035年にかけては、とりわけインドにおける二次性不妊の増加が注目されるべき動向として位置づけられています。今回の知見は各国の実情に応じた個別化された予防・カウンセリング戦略を検討するための土台となるものであり、今後は個人レベルの臨床データを用いたさらなる検証が求められています。
参考文献
1. Yang C, Ding N, Wang J, Tie Y. Epidemiological trends of primary male infertility and secondary male infertility burden in BRICS from 1990 to 2021 and projections to 2035. Int J Gynecol Obstet. 2026;00:1-13. doi:10.1002/ijgo.71219.
