体外受精(IVF)における着床の成否は、良好な胚を得られるかどうかだけでなく、子宮内膜がその胚を受け入れる状態にあるかどうかにも左右されます。近年、子宮内膜の受容性に関わる要素の一つとして注目されているのが、子宮筋層の内側部分(接合部帯)が示す律動的な収縮運動、いわゆる「子宮のぜん動」です。
これまでの複数の研究では、胚移植の前後に子宮のぜん動が頻繁(おおむね1分間に3回以上)にみられる女性ほど、臨床妊娠率が低下する傾向が報告されてきました。あるメタ解析では、蠕動回数が多い群の臨床妊娠率は、少ない群に比べてオッズ比0.49(95%信頼区間0.37〜0.64)まで低下するとされています。また、凍結胚移植を対象とした研究では、蠕動が1分間に4回以上の群と2回以下の群とで、妊娠率が8%対60%という大きな差が報告された例もあります。
一方で、こうした知見の多くは研究間で結果にばらつきがあり、評価のタイミングや方法も一定していません。子宮のぜん動を胚移植前にルーチンで評価すべきかどうかは、依然として結論が出ていない課題です。この問いに、エジプト・アシュート大学の生殖医療チームが前向きコホート研究で挑みました。Reproductive Biology and Endocrinology誌(2026年)に掲載された本研究は、胚移植の直前に子宮のぜん動を超音波で評価し、頻度と方向の両面から妊娠・出産成績との関連を検証したものです。
方法──胚移植の直前に、子宮のぜん動を超音波で記録した
対象は、2023年8月から2025年1月にかけてエジプト・アシュート大学附属病院でIVFまたは顕微授精(ICSI)を受けた20〜40歳の女性です。良好胚が1個以上得られ、新鮮胚移植または凍結融解胚移植を予定していた女性が組み入れられました。子宮中隔やポリープ、腺筋症など未治療の子宮病変がある女性、内膜厚が7mm未満の女性は除外されています。156人が適格性を評価され、最終的に127人(新鮮周期76人、凍結周期51人)が解析対象となりました。
子宮のぜん動は、胚移植の直前に経腟超音波で子宮の正中矢状断を3分間録画し、その映像を通常の4倍速で再生して評価する方法がとられました。2名の観察者が独立して波形の回数と方向を判定し、意見が食い違った場合は両者で映像を確認して合意に至るまで協議しています。方向は、頸部から底部へ向かう「頸部−底部方向」、底部から頸部へ向かう「底部−頸部方向」、部位や時間によって方向が一定しない「ランダム」、そして蠕動が観察されない「消失」の4パターンに分類されました。
主要評価項目は臨床妊娠率(妊娠反応陽性から2週間以降の超音波検査で胎児心拍が確認されること)、副次評価項目は生化学的妊娠率、流産率、生児出生率としています。解析では、蠕動の回数を「消失」「1分間に3回未満」「1分間に3回以上」の3群に分け、方向についても4群に分けて比較しました。
蠕動の頻度は、妊娠率と関連しなかった
127周期における蠕動回数の中央値は1分間に1回でした。内訳は、蠕動が消失していた女性が34人(26.8%)、1分間に3回未満が72人(56.7%)、3回以上が21人(16.5%)です。臨床妊娠率は、消失群26.1%、3回未満群36.1%、3回以上群33.3%となり、統計学的な有意差は認められませんでした(カイ二乗0.97、P=0.616)。生化学的妊娠率(35.3% vs 40.3% vs 33.3%、P=0.80)、流産率(14.7% vs 9.7% vs 14.3%、P=0.71)、生児出生率(11.8% vs 26.4% vs 19.0%、P=0.221)についても、いずれの群間にも有意差は見られていません。
全体の成績としては、生化学的妊娠率37.7%、臨床妊娠率33.1%、流産率11.8%、生児出生率21.2%で、異所性妊娠の報告はありませんでした。新鮮周期と凍結周期に分けたサブ解析でも、蠕動の頻度による差は同様に確認されず、両群で一致した結果が得られています。
方向別に見ても差はなかったが、底部−頸部方向は5例中0例の妊娠
蠕動の方向別では、頸部−底部方向が62人(48.8%)ともっとも多く、消失が33人(26.0%)、ランダムが26人(20.5%)、底部−頸部方向はわずか6人(4.7%)にとどまりました。臨床妊娠率は、消失群26.3%、頸部−底部方向群35.4%、底部−頸部方向群0.0%、ランダム群42.3%で、こちらも統計学的な有意差はありませんでした(カイ二乗4.30、P=0.23)。
注目に値するのは、底部−頸部方向を示した女性(解析対象5人)のうち、妊娠に至った例が1人もいなかった点です。人数が少なく統計学的な有意差には至らないため偶然の可能性も否定できませんが、この方向は月経期に見られる収縮パターンと重なるとされ、着床への影響が理論的には懸念される方向でもあります。研究チームは、この所見だけで臨床的な結論を出すのは時期尚早であり、さらなる検証が必要だとしています。
先行研究とは食い違う結果──何が違ったのか
この結果は、これまで蠕動の頻度が妊娠率に影響すると報告してきた複数の先行研究とは一致しません。研究チームは、その理由として評価のタイミングの違いを挙げています。過去に有意な関連を報告した研究の一部は、胚移植の5分後や1時間後といった移植操作後のタイミングで蠕動を評価していました。移植手技そのものがカテーテル刺激を介して一時的な蠕動の亢進を引き起こす可能性があり、そのタイミングで測定すると、手技の巧拙が蠕動の評価と妊娠率の両方に影響する交絡要因になりえます。
一方、本研究では胚移植の直前、まだ手技による刺激が加わっていない時点で蠕動を評価しており、これは自然な状態の蠕動をより反映していると考えられます。実際、同様に移植前のタイミングで評価した先行研究では、本研究と同じく方向による有意差が見られなかったとされ、評価のタイミングが結果を左右する重要な要因である可能性が示唆されています。
研究の強みと限界
本研究の強みは、原因を問わずIVFを受けるすべての女性を対象とした実臨床に近い設計であること、新鮮周期と凍結周期を分けて解析し同じ結果が得られたこと、そして胚移植の直前という着床への影響を最も反映しやすいタイミングで評価を行った点にあります。評価も単一の超音波機器・単一の術者によって行われ、2名の観察者による独立判定で評価者間のばらつきを抑える工夫がなされています。
一方で限界も残ります。第一に、サンプルサイズは妊娠率が50%から25%へ低下するという比較的大きな効果を検出できるよう設計されており、より小さな効果は見逃されている可能性があります。第二に、この研究施設全体の妊娠率(33%)・生児出生率(21%)は他の時期の同施設データと同水準であるものの、必ずしも高いとは言えず、結果の一般化には注意が必要です。第三に、蠕動の判定方法は観察者の主観に依存しており、一部の映像では評価者間で解釈が分かれています。より客観的な評価法として磁気共鳴画像(シネMRI)や電子子宮筋電図(EUG)がありますが、前者は高コスト、後者は侵襲的で胚移植当日の使用に適さないという制約があります。
日本の生殖医療現場にとっての意味
今回の結果は、少なくとも胚移植の直前という評価タイミングにおいては、蠕動の回数や方向が臨床妊娠率・生児出生率と明確に関連しなかったことを示しており、蠕動評価を胚移植の可否判断に一律に用いる根拠は、現時点では強固ではないことを裏付けるものといえます。
一方で、底部−頸部方向という特定のパターンについては、症例数が少ないながらも妊娠率がゼロだったという所見があり、今後さらに症例を蓄積した検証が求められます。日本の臨床現場では、蠕動評価をルーチン化するかどうかという判断よりも、腺筋症や子宮内膜症など蠕動異常と関連が指摘されている基礎疾患を持つ患者において、個別に評価を検討する立場が現実的だと考えられます。
おわりに
今回の前向きコホート研究は、胚移植の直前という時点で子宮のぜん動を評価した場合、その回数・方向のいずれも臨床妊娠率をはじめとする成績と有意な関連を示さなかったことを報告しています。研究チームは、現時点のエビデンスでは胚移植前の蠕動評価をルーチンに推奨することはできないと結論づけており、今後はより大規模な研究によって、評価のタイミングや対象患者を絞り込んだ検証が必要とされています。
参考文献
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