子宮内膜症と子宮腺筋症は、いずれも月経困難症や慢性骨盤痛、不妊と関連するエストロゲン依存性の疾患です。子宮内膜症は腹腔内や卵巣など子宮の外に病変ができるのに対し、子宮腺筋症は子宮内膜組織が子宮筋層の内部に入り込んで増える点で、発生する場所が異なります。
その一方で、両者は臨床像や疫学的特徴の面で多くの共通点を持ち、同一患者に併存することも珍しくありません。子宮内膜症患者における子宮腺筋症の併存率は、報告によって15〜89%と幅がありながらも、無視できない頻度で重なり合うことが知られています。こうした背景から、近年では両疾患を完全に独立した病気としてではなく、共通の生物学的基盤を持つ一連の疾患スペクトラムとして捉え直す視点が注目されています。
両疾患を分けているものは何なのか。奈良県立医科大学の研究者による総説が、Reproductive Biology and Endocrinology誌(2026年)に掲載されました。2025年12月までの文献を対象としたnarrative reviewであり、共通の病態基盤と、病変が置かれた組織環境によってなぜ異なる表現型に分かれるのかを、ミトコンドリアの機能に着目して整理した内容です(doi:10.1186/s12958-026-01588-z)。
方法──文献を、組織の微小環境という視点で整理した
この総説は、PubMedでの文献検索にもとづくnarrative review(物語的総説)です。子宮内膜症、子宮腺筋症、ミトコンドリア機能、酸化ストレス、線維化、機械的ストレス、カルシウムシグナルなどの用語で、最初の関連論文が発表された年から2025年12月までの文献が検索され、分子メカニズムや組織リモデリングを扱った基礎研究・臨床研究・総説が対象とされました。手術手技や画像診断のみを扱い病態メカニズムに触れていない論文は除外されています。
出発点は同じ──『組織の傷と修復』という共通理論
両疾患の病態を説明する仮説の一つに、TIAR理論(組織損傷と修復理論)があります。子宮は精子や胚の輸送、月経血の排出を助けるために「子宮蠕動」と呼ばれるリズミカルな収縮を行いますが、これが過剰になると子宮内膜と筋層の境界面に繰り返し微細な損傷が生じます。この損傷が局所的なエストロゲン産生を高め、炎症とリモデリングを引き起こし、さらに収縮を乱すという悪循環につながります。子宮内膜の断片が腹腔側に押し出されれば子宮内膜症の病変になり、筋層側に入り込めば子宮腺筋症になる、というのがTIAR理論の骨子です。ただしこれは仮説の一つであり、因果関係そのものはまだ十分に証明されていません。
腹腔の中では『低酸素』、筋層の中では『機械的ストレス』
子宮内膜症は病変の場所によって、腹膜表層の子宮内膜症(SUP)、卵巣子宮内膜症(OMA)、深部浸潤子宮内膜症(DIE)に分けられます。SUPは血流の乏しい腹腔内で低酸素にさらされ、低酸素誘導因子(HIF-1α)の活性化や解糖系優位の代謝(ワールブルグ効果)によって生き延びます。OMAは繰り返す出血による鉄の蓄積と強い酸化ストレスにさらされ、抗酸化酵素SOD2などを介した適応が中心となります。
一方、DIEと子宮腺筋症は、いずれも組織の線維化と硬さの増大が特徴です。DIEは慢性的な組織損傷と平滑筋の過活動にさらされ続け、TGF-β/Smad経路を中心とした線維化のプログラムが優位になります。子宮腺筋症は、収縮性の高い筋層の内部という、機械的な力が常にかかる環境に病変があるため、線維化と機械的ストレスへの適応が病態の中心に位置づけられています。
同じ『ミトコンドリアの関与』でも、働き方が違う
この総説の軸となるのが、ミトコンドリアの役割の違いです。子宮内膜症では、ミトコンドリアは主に病変細胞の生存と増殖を支える『代謝の司令塔』として働き、低酸素・酸化ストレス・機械的ストレスへの適応を通じて病変の定着を後押しすると位置づけられています。
これに対し子宮腺筋症では、ミトコンドリアはエネルギー代謝に加え、平滑筋細胞の収縮性やカルシウムの恒常性を統合的に制御する役割を担うとされています。筋層の収縮は細胞内カルシウム濃度の上昇によって起こりますが、慢性的なカルシウム流入はミトコンドリア内のカルシウム過負荷を招き、電子伝達系の機能不全と活性酸素の増加につながります。この活性酸素がTGF-β/Smad経路をさらに活性化させ、線維化と組織の硬化を助長するという悪循環が想定されています。子宮内膜症のミトコンドリアの役割が『代謝適応による生存支援』であるのに対し、子宮腺筋症では『カルシウムを介した線維化の促進』という質的に異なる働きが強調されている点が、この総説の特徴的な視点です。
『増殖か、線維化か』──ほかの臓器にも通じる分岐のパターン
子宮内膜症ではARID1A、KRAS、PIK3CA、PTEN、CTNNB1といった体細胞変異が比較的高頻度に検出され、細胞増殖や浸潤といった腫瘍に似た性質と関連づけられています。子宮腺筋症でもKRASやPIK3CAの変異は報告されていますが、ARID1AやPTENなど腫瘍抑制遺伝子の変異は目立ちません。しかし遺伝子変異だけでは表現型の違いを十分に説明できず、同じ変異があっても、病変が置かれた微小環境によってHIF-1αやNF-κBが優位になれば『増殖優位』に、Wnt/β-cateninやHippo-YAP/TAZが優位になれば『線維化優位』に分かれるというモデルが提示されています。
同様の分岐は他の臓器の慢性疾患でも見られます。肝臓では慢性炎症が肝細胞癌にも肝硬変にもなり、肺では肺癌にも肺線維症にもなります。組織の損傷と慢性炎症という『きっかけ』は共通していても、その後どちらの経過をたどるかは活性化するシグナル経路と局所の組織環境によって決まるという考え方であり、子宮内膜症と子宮腺筋症の関係にも同じ枠組みが当てはまるのではないか、というのがこの総説の中心的な提案です。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本では、子宮内膜症と子宮腺筋症はしばしば別々の疾患として診断され、治療方針も個別に検討される。今回の総説が示す視点は、両疾患を『同じ土台から分かれた続き物』として捉え直すことで、治療の考え方にも影響を及ぼす可能性がある。増殖優位の性質が強い子宮内膜症病変にはmTOR阻害や代謝標的療法が、線維化優位の子宮腺筋症にはTGF-β経路やミトコンドリア機能を標的とした抗線維化療法が、それぞれ有望な治療戦略になり得ると展望されている。ただしこれらは概念的な枠組みの段階であり、臨床現場で今すぐ治療方針を変える根拠ではない。
また、DIEは線維化やTGF-β/YAP-TAZシグナルの活性化パターンにおいて子宮腺筋症に近い性質を示すことも指摘されている。DIEと子宮腺筋症が併存する患者では、両者を切り分けるより、線維化という共通の病態プロセスに着目した評価が有用な場面もあり得る。
研究の強みと限界
この総説の意義は、子宮内膜症の複数のサブタイプと子宮腺筋症を横並びで比較し、ミトコンドリアという共通の切り口から病態の分岐を説明する概念的な枠組みを提示した点にある。一方で、narrative reviewであるため系統的レビューのような網羅的・定量的な評価ではない点、PI3K-AKTやRAS-MAPK経路の議論の多くはがん生物学からの外挿であり良性疾患での直接的な確認が乏しい点、DIEと子宮腺筋症の境界は必ずしも明確ではなく連続的なスペクトラムとして理解すべきとされる点、そして単一細胞解析により個々の病変内にも大きな細胞の多様性が示されつつある点が限界として挙げられている。
おわりに
子宮内膜症と子宮腺筋症は、子宮内膜由来の細胞という共通の起源と、エストロゲン依存性・慢性炎症・体細胞変異といった共通の病態基盤を持ちながら、病変が置かれた組織の微小環境の違いによって異なる病理像へと枝分かれしていく可能性が、今回の総説によって整理された。子宮内膜症では低酸素や酸化ストレスへの適応を通じた増殖優位の性質が、子宮腺筋症では機械的ストレスとカルシウム動態の乱れを通じた線維化優位の性質が、それぞれの表現型を特徴づけている。この『増殖-線維化分岐モデル』は概念的な枠組みであり、今後さらなる実験的検証が必要とされているが、両疾患を対立するものとしてではなく共通の土台から分かれた一連のスペクトラムとして理解する視点は、より精密な診断や個別化された治療戦略の開発につながる可能性がある。
参考文献
1. Kobayashi H. The endometriosis–adenomyosis spectrum: shared pathophysiology and microenvironment-driven disease divergence. Reprod Biol Endocrinol. 2026. doi:10.1186/s12958-026-01588-z.
