体外受精や顕微授精を繰り返しても、卵子がうまく成熟しない、受精しない、あるいは受精しても分割が止まってしまう。こうした状態は加齢に伴う染色体異常とは別に、若く卵巣機能に問題のない女性にも一定の割合で生じることが知られています。近年の研究では、こうした「卵子・受精卵・胚の成熟停止」(OZEMA)の一部が、単一の遺伝子の変異によって引き起こされていることが示されてきました。TUBB8やPATL2など、卵子の減数分裂や受精、初期の細胞分裂に関わるタンパク質をコードする遺伝子が原因として報告されており、OMIMには20を超える原因遺伝子が登録されています。
ただし、こうした遺伝的背景の頻度や、遺伝子検査を優先すべき臨床的な目安は、これまで明確になっていませんでした。原因となる変異の頻度は民族集団によって異なることが知られており、中国や欧州の集団ではTUBB8やPATL2の変異が高頻度に報告されている一方、日本人集団における実態は不明のままでした。
こうした背景のもと、Scientific Reports誌(2026年)に、藤田医科大学を中心とする日本国内34施設の共同研究チームによる多施設後方視的コホート研究が掲載されました。2020年3月から2025年9月にかけて、複数の採卵周期にわたり繰り返しOZEMAを示した日本人女性50名を対象に、全エクソームシークエンシングでOZEMA関連24遺伝子を解析し、遺伝子変異の頻度と、変異の有無を予測しうる臨床的な指標を検証した内容です(doi:10.1038/s41598-026-60724-2)。
方法──くり返しOZEMAを示す女性を、24遺伝子で調べた
対象は、複数の採卵周期にわたり卵子成熟率、受精率、胚盤胞形成率のいずれかが平均30%未満という基準を満たした原発性不妊症の女性50名です。重度の男性因子不妊や子宮の異常などがある場合は除外されました。末梢血または唾液から抽出したDNAを用いて全エクソームシークエンシングを実施し、OMIMに登録されているOZEMA関連24遺伝子を網羅的に解析。候補となる変異はサンガー法で確認したうえで、ACMG/AMPガイドラインに基づき病的または病的擬いと分類しました。
10人に2人で原因変異、最多はTUBB8
50名のうち10名(20%)で、病的または病的擬いの変異が同定されました。内訳は、TUBB8が6名と最も多く、続いてPATL2、ZP2、ZP3、CHEK1がそれぞれ1名ずつでした。TUBB8は紡錘体形成に関わる微小管の構成タンパク質をコードしており、これまでの中国や欧州の報告でも最も頻度の高い原因遺伝子とされてきました。今回の結果は、民族を問わずTUBB8がOZEMAの主要な原因遺伝子であることを裏づける内容といえます。
一方、中東や北アフリカの集団で高頻度に報告されてきたPATL2の変異は、今回はわずか1名にとどまりました。興味深いことに、今回同定されたTUBB8とPATL2の一部の変異は、国際的なデータベース(gnomAD)では稀であるにもかかわらず、日本人集団のデータベースでは比較的高い頻度で見られました。特定の変異が創始者効果や遺伝的浮動を通じて日本人集団の中で広がっている可能性を示唆する結果です。なお、遺伝子パネル検査を通じて2名(4%)に、BRCA2やATMといった遺伝性がんに関連する遺伝子の二次的所見も見つかり、遺伝カウンセリングを通じて開示されました。
変異陽性群は、day-3胚にすら到達しなかった
変異の有無で分けた2群を比較すると、年齢や採卵周期数、総採卵数には有意差がありませんでした。一方、胚の発育成績には際立った差が見られました。変異陽性群の中央値は、成熟卵(MII卵)が4個(変異陰性群24個)、受精卵が0個(同14個)、day-3胚(3日目の分割期胚)が0個(同7個)、移植可能なday-3胚が0個(同2個)、胚盤胞が0個(同1個)と、いずれも統計学的に有意に少ない結果でした。とりわけ注目すべきは、変異陽性群の10名全員がday-3胚に到達しなかった一方、変異陰性群では40名中28名(70%)がday-3胚を得ていた点です。
表現型の内訳を見ると、変異陽性群では卵子成熟停止が60%と最多で、次いで受精失敗が20%でした。対照的に、変異陰性群では初期胚停止が70%と最多です。この違いは、変異陽性群で同定された遺伝子がいずれも、受精や卵割といった比較的早い発生段階で機能するタンパク質をコードしていることと符合します。
「day-3胚に到達できるか」が、遺伝子検査の目安になる
研究チームは、day-3胚の到達、移植可能なday-3胚の到達、胚盤胞形成という3つの発生指標について、遺伝子変異を予測する診断性能を検証しました。いずれの指標も感度は100%(95%信頼区間72.2〜100)で、変異を持つ患者を見逃すことはありませんでした。特異度は、day-3胚到達の有無で最も高く82.5%(95%信頼区間68.0〜91.3)、移植可能なday-3胚では70.0%、胚盤胞形成では52.5%と、発生段階が進むほど下がる傾向が見られました。
陽性的中率も、day-3胚に到達できなかった患者群で58.8%(95%信頼区間36.0〜78.4)と最も高い値でした。裏を返せば、day-3胚に到達できなかった患者のうちおよそ4割は、今回調べた24遺伝子には変異が見つからなかったことになります。未知の原因遺伝子や、精子のDNA損傷、エピジェネティックな要因など、遺伝子検査だけでは捉えきれない要因が関与している可能性が考えられます。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本では、OZEMAに対する遺伝子検査の実施基準がこれまで十分に整理されてきませんでした。今回の結果は、卵子成熟や受精、初期の胚分割という早い段階で発生が止まる患者ほど、単一遺伝子の変異が背景にある可能性が高いことを示しています。複数周期にわたってday-3胚にすら到達できない患者では、遺伝子検査を検討する意義が大きいと考えられます。
臨床現場にとって、この情報は治療方針の説明に直結します。原因となる変異が同定された場合、採卵周期を重ねても生存可能な胚を得られる可能性は低いと考えられるため、卵子提供や養子縁組といった代替的な家族形成の選択肢について、早い段階で情報提供を行う判断材料になります。一方、day-3胚に到達できたとしても胚盤胞に至らない患者では、遺伝子検査による絞り込み効果は相対的に弱く、検査の実施はケースごとに検討する必要があります。
研究の強みと限界
本研究の強みは、日本国内で実施されたOZEMA研究として現時点で最大規模の多施設共同研究である点、そして遺伝子検査の結果だけでなく実際の胚発育の経過まで追跡した点にあります。
一方で限界もあります。50例という規模は大きくなく、より大規模な前向き研究による検証が必要です。また、解析対象は解析時点でOMIMに登録されていた24遺伝子にとどまり、今後同定される原因遺伝子や、全エクソームシークエンシングでは検出できない非コード領域の変異が、変異陰性とされた患者に含まれている可能性があります。さらに、day-3胚への到達失敗は今回の集団で感度100%を示しましたが、これはあくまで遺伝子検査を優先すべき患者を絞り込むための目安であり、確定的な診断基準ではないとされています。実際、別の報告ではTUBB8変異を持ちながら分割期胚を得られた例も存在しており、この指標だけで検査対象を除外することは避けるべきとされています。
おわりに
今回の研究は、日本人のOZEMA患者における遺伝的背景を、これまでで最大規模のデータで明らかにしたものです。TUBB8を中心とする単一遺伝子変異が患者の20%で同定され、変異を持つ患者はday-3胚にすら到達できないという明確な発生停止パターンを示しました。day-3胚への到達の可否は、遺伝子検査を優先すべき患者を見極めるための実用的な目安となりうることが示されましたが、確定的な基準ではなく、今後より大規模な前向き研究によるさらなる検証が必要とされています。
参考文献
1. Sako Y, Inagaki H, Nishizawa H, Kisu I, Kurahashi H. Gene panel analysis for oocyte/zygote/embryo maturation arrest in female infertility: a multicenter study in Japan. Sci Rep (2026). doi:10.1038/s41598-026-60724-2.
